今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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情報整理&日常回?


戦の狭間にて

 白の帝国、作戦司令室。

 どこか重々しい空気の面々の中、レオナが口を開いた。

 

「……陛下はご無事だ。治癒士長の見立てでは神器の力を限界以上に引き出した事で限界を迎えてしまったのではないかとの事だ」

 

「そうでしたか、それは良かったです……」

 

 レオナの言葉にアスバールがほっと胸を撫で下ろす。庇われた手前、意識を失った皇帝が心配だったのだろう。司令室の空気が僅かに和らいだのを感じる。

 

「現在、戦況は小康状態である。アスバール様の雨のおかげで腐敗の雨が流されたのと、王国軍が地上でダークエルフ達の軍勢を追い払ってくれたお陰だ」

 

 腐敗の太陽による混乱、それに乗じて新たに冥界軍の同盟者として名乗りを上げたダークエルフ達。王国軍の増援のおかげで、それらは退けられ、戦場は一時的に落ち着きを取り戻していた。

 現在は帝国兵達によって一部の亡者達の討伐が行われている。軍師達の見立てによれば、大きな打撃を与えた以上、しばらくは向こうも大きな動きは取れないだろうとの事だった。

 

「とはいえ、それは物質界の亜人達や裏切ったベラート達の話。ハイドース様率いる冥界兵達についてはまだ分からないわ」

 

 冥界の亜神、ヘカティエが補足を加える。この物質界に生きる者達は疲労し、負傷すれば動けなくなる。部隊の再編にも時間はかかるだろう。だが、冥界兵達はそうではない。冥界の亜神によって紡がれた彼らは、元来冥界を守護し、迷える魂の導き手である。その使命に終わりはなく、故に疲れも恐れもありはしない。

 天界の天使達と同じようなものだ。故に、今の小康状態とていつまで続くのかは分からない。

 

「それまでに——これを何とかする方法を探さないとね」

 

 ヘカティエが机の上に目を向ける。そこにあったのは、刀身を砕かれた大剣。皇帝の象徴たるアダマスの神器、その残骸であった。

 その残骸に、レオナは困ったように眉根を寄せる。

 

「厄介な事になった……この神器は、陛下が先帝より託された、いわば後継者としての証。これが砕かれたと知れば、益々ベラート達貴族派閥の増長を招く事になる」

 

 現白の皇帝に、血統上の正統性はありはしない。彼を皇帝たらしめているのは、その実力に加え、正当な後継者の資格を持つアンジェリーネが後ろ盾にある事と、神器の継承者であるという事。これら全てが成立するからこそ、一介の傭兵が大国の玉座に君臨出来ているのだ。

 聞けば聞くほど頭を抱えたくなる状況、王子がレオナへと視線を向ける。

 

「直せないのか」

 

「分からん。そもそも神器が壊される事自体が前代未聞だ。ヘカティエ様によれば、力を持つ亜神や神ならば壊せるらしいが……」

 

 それは、逆説的にあの瓦礫の王が神に匹敵する事を意味する。帝国に夜を齎した事、短期間であれ程の範囲を腐敗に侵した事を考えれば、それも頷ける。

 

「鍛冶神が居れば話は早かったのですけれど……」

 

「うん? 鍛冶神って確かディアスに……」

 

「他にも居るのですよ。火と鉄の亜神、鍛冶を司る者は」

 

 タラニアの疑問に、へリューズが答える。存外、司る権能が同じ、或いは似通っている神は少なくないのだ。

 とはいえ、その亜神はどこぞの問題児と意気投合しているが故に行方が知れない。積極的に人に手を貸す事も無いだろう。

 

「無いものねだりをしても仕方ない。考えるのは私達の仕事だ。お前達は次の戦いに備えてゆっくり休んでくれ」

 

 問題は残ったが、それでも束の間の休息期間である。

 レオナにそう言われ、褪せ人達は作戦司令室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 褪せ人があてがわれた客室で武具の手入れをしていると、帝国の使用人から面会希望者が来ていると声を掛けられる。わざわざ面会を求められるような者に覚えはないが、通すように言う。

 しばらくしてやって来たのは、ゼニスブルーの長い髪の少女であった。

 

「やぁ、商売の匂いがしたから駆けつけてきたよ」

 

「シトーか」

 

 彼女の名はシトー。『天頂運輸』と呼ばれる商会のトップであり、今や物質界で凄まじい勢いで知名度を上げている大商人の一人である。

 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの彼女だが、褪せ人との出会いは単なる偶然に過ぎない。彼女が未だ無名で、馬車一つで王国に向かっていた頃、盗賊に襲われていたところを偶々褪せ人が助けたのがきっかけだった。

 以降は度々輸送の護衛の依頼を受けたり、こうして商品を売りに来たりしているというのが彼女との関係であった。

 

「色々入り用でしょ? 掘り出し物もあるから見てってよ」

 

 そう言って机の上に商品の目録を広げる。食料、火薬、香料に砥石……此方が欲しいものを押さえているのは流石というところであった。

 褪せ人がこの『天頂運輸』を重宝しているのはそのフットワークの軽さである。欲しいと思ったものを、絶妙なタイミングで売りに来るのだ。

 買ってくれと言う割には探しにくい辺鄙な場所で商いを続ける狭間の地の商人は彼女を見習った方がいい。

 

「そして、君に買ってもらいたい掘り出し物がこれなんだよねー」

 

 必要なものをリストアップしているところに、シトーが袋から何かを取り出す。わざわざ持ってくる辺り、余程自信のある品なのだろう。

 ごとり、と音を立てて置かれたのははっきり言ってしまえばガラクタとしか言えないもの。

 

 棒状の骨組みに、薄く青みがかった布地が張られている。ところどころ破け、折れかかっているが、褪せ人の見立てが正しければ、それは傘と呼ばれるものだった。

 

「これは」

 

「魔神ウェパル……彼女が使っていた傘の破片だよ」

 

 魔神ウェパル、生憎と褪せ人は不在だったが、王国近郊の海岸に現れた魔神だという事は聞いていた。討伐に向かった王国軍は、死闘の末に彼女を撃退したのだ。

 

「その話を聞いたもんだからさぁ、危険を承知でサルベージしてみたんだよね。そしたら、これが出てきたってワケ!」

 

 ぶかぶかの上着の長い袖に隠れた腕をブンブンと振りながらシトーは己の成果を強調する。

 成程、確かにこれは掘り出し物だ。鍛治職人達に相談すれば、何か良い武器になるかも知れない。実に、此方のツボを押さえている。

 

「買おう」

 

「毎度ありー!」

 

 商談成立にシトーに掲示された金額を即座に支払う。想定より遥かに安い。褪せ人としては、倍以上でも買う値打ちのあるものだったのだが。

 

「貴重なのは間違いないけどぶっちゃけこんなの買う人居ないんだよね。君以外には変な忍者達くらいでさ。買わないって言われて持ってるのも嫌だし」

 

 魔神の破片など、一部の悪魔崇拝者と物好きくらいしか買わないので貴重品ではあれどそれ程法外な値段は付けられないらしい。

 ならば、この商人はそれを承知でわざわざ魔神の居た海域で引き揚げ作業をしていたという事になるが。

 

「……んー、まぁそれは良いじゃん? 買い手が居るのが分かってるんだから危険を冒すのは商人として当然、みたいな?」

 

 微妙に歯切れの悪いシトーだが、褪せ人はそれ以上何も言わなかった。一代で富を築いた大商人の考える事など分かるはずもなし。褪せ人にとっても、思いがけない品を得て満足している。互いに損はない。

 手に入ったウェパルの破片を手に取ると、シトーが満足気に立ち上がる。

 

「よし、じゃあぼくは他の人ところに行ってくるね。他の商品は後で持ってくるから」

 

 ひらひらと手を振って部屋を出ていくシトーを見送り、褪せ人は改めて魔神ウェパルの破片を眺める。どこか引き込まれるような青色のそれは、魔力に疎い褪せ人にも分かる程の力に満ちていた。これは期待出来そうだと、褪せ人は密かに充足感を得ながら、それを懐にしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都練兵場。

 小康状態といえど、それは冥界軍との戦いが終わった事を意味しない。依然として兵士達は武具の手入れや砲弾の補充、訓練と次の戦いに備え慌ただしく働いている。

 そんな兵士達が、練兵場の一角を遠巻きに眺める。

 

「あれが王国を中心に活動している異界の英雄か……」

 

「腕は立つが、奇行の目立つ男だとも聞いていたが」

 

「ありゃ何だ? 何かの儀式か?」

 

 帝国兵達が声を潜める先に居たのは、褪せ人である。壺と大壺、様々な素材を前に、無言で座り込んでいる。

 褪せ人がここに足を運んだ理由は単純だ。先の飛空船で消耗した大壺などの補充をする為に、少し広い場所が欲しかっただけの事。

 

「……」

 

 褪せ人が壺を睨み、逡巡する。素材は限られている故に、あまり無駄にはしたくない。無難なのは、やはり火炎壺だろうか。シトーから買い付けた素材が使えるかどうかの確認もしたい。

 ヘカティエから得た冥界軍の情報を考慮するに、聖水壺は作るべきだろう。此方の素材はかなり余裕はあるが、この世界の聖水を詰めた物も試すべきか。

 

「此方に居られたのですね」

 

 思考を沈めていた褪せ人に、不意に背後から声が掛かる。振り返れば、そこに居たのは、かつて世界樹の奪還にて出会ったオートマタ、アルタであった。世界樹での戦い以降、姉のラーワルと共に王国で預かりとなっていたはずだが。

 

「何の用だ」

 

「いえ、何かお手伝い出来る事はないかと」

 

 そう言ってじっと褪せ人を見つめるアルタ。褪せ人はどうにも彼女が苦手であった。亜神イルドナによって作られ、送り込まれた彼女は褪せ人を仮の主と定めているのだという。

 問題は、褪せ人も彼女も受け身であるという事。何らかの頼み事を受けて動く褪せ人と、命令を待つオートマタであるアルタ。人となりはともかくとして、相性はあまり良くなかった。

 故に、褪せ人はアルタをラーワルと王子の元へ半ば押し付ける形で送り込んだのだが。

 

「お父さまからは貴方の力になるように言われています。ですので、私は私の役割を全うしたいのです」

 

 拳を握り、やる気はありますとばかりにアピールするアルタ。いつかの時に比べ、随分と表情が豊かになった。なればこそ、己のような者に構うより他の者達と居た方が良い影響を受けるだろうに。とはいえ、それを言ったところで押し問答なのは分かっている。

 

「ところで、それは何をされているのですか?」

 

「次の戦の支度だ」

 

 アルタが壺を拾い上げ、中身を覗き込む。そういえば手が止まってしまっていた。褪せ人は一先ず大壺の中に赤肉キノコを詰め込むと、黒ずんだ羽を持つ蝶の死骸を数匹落とした。そして、それらを手で混ぜ合わせる。生肉を掴んだような感触と、水気を含んだ音が練兵場の隅で響く。

 

「……」

 

 アルタはそんな壺の中身を覗き込み、宝石のような赤い瞳を見開いて食い入るように見つめている。おずおずと指で触れようとしては引っ込めるそれは、見た目よりも遥かに幼い仕草であった。

 

「……」

 

 しばし、混ぜ合わせ、褪せ人は手を止める。不思議そうに此方を見上げるアルタに、褪せ人は口を開いた。

 

「……疲れた。少し手を貸せ」

 

「っ! はいっ喜んで!」

 

 褪せ人の言葉に、アルタは目を輝かせる。無論、疲れてなどいない。とはいえこうも見られていては気が散るというのも本音であった。

 アルタは袖をまくると手をツボに突っ込む。おっかなびっくり触れていたそれが、徐々に遠慮がなくなっていく。

 

「わぁ……!」

 

 何が楽しいのか、夢中になって壺の中身をアルタはかき混ぜる。ドレスが汚れてしまうが、気にした様子もない。こうしてみると、どうにも兵器には見えない。果たして亜神イルドナは、彼女に何を期待して生み出したのだろうか。

 

「……それはそんなところで良いだろう。次は——」

 

「はい!」

 

 褪せ人が指示すれば彼女は嬉しそうに返事をして従う。壺の中身を混ぜるのも楽しいが、何より彼女は褪せ人の役に立っているという事が嬉しいのだ。他者への承認欲求というには、あまりにささやかで微笑ましいものだが、或いはそれこそが、明確な目的を告げられず造り出された彼女の欲しいものだったのかも知れない。

 

 しばらく後に、何が転じたのか彼女は壺作りが趣味になる。娘から貰った壺をまるで神器の如く掲げ、王子達に自慢する光の亜神の姿が見られるのは、これより未来の話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——冥界

 死者達の国の奥深くに、小さな庭園がある。暗く、冷たく、静かなそこに死者は居ない。その庭園には、ただ此処を愛した者が独り眠るだけ。

 そんな庭園に、ハイドースは居た。

 

「瓦礫の王が敗れたか」

 

 ただ一人、誰にともなくハイドースは呟く。瓦礫の王、辺り構わず怨嗟を振り撒く醜悪なる悪鬼。その絶叫が聞こえない。

 

「予想より早い、か」

 

 想定ならば、あれにはもっと場を掻き回してもらうはずだった。腐敗を広げ、怨嗟に塗れ、アダマスの信徒たる帝国の民に罰を与えるはずだった。想定外だったのは、やはり嵐雨の亜神の存在だろう。

 だが、問題はない。瓦礫の王が彼らに破れるのは想定内。寧ろ、予想外の戦果を挙げてさえくれた。

 

「帝国を乱すならば、神器の壊れた今が好機だろう——やってくれるな」

 

 ハイドースが視線を向ける。

 果たしていつの間にそこに居たのだろうか。ハイドースの側、一人の男が立っていた。まるで骸を身に纏っているかのような白い鎧。王冠を被った髑髏を模した兜を被っている。

 

「——無論、今の帝国は見るに耐えん。この我自らが、引導をくれてやる」

 

 低く、唸るような声だった。失望、怒り、そしてそれ以上の傲慢さが、兜で隠そうとも、その男から滲み出ていた。

 

「牙を抜かれた子犬に教えてやろう。弱き皇帝に、民は従わぬのだと」

 

 愚かな民は、力を見せ付けてやらねば従わぬのだ。いつから帝国は反逆を許す程に甘くなった。いつから帝国は、逆らった愚者すら潰せぬ程に弱くなった。

 

「——戦え、剣を取れ、殺し続けよ。帝国とは、血河の上に建つ城なのだから」

 

 奪い、殺し、犯し、蹂躙する。帝国とはかくあらねばならない。そして、そんな帝国の頂点に立つ皇帝とは、誰よりも強く、誰よりも非情でなければならない。

 

「期待しよう。その怒り、その無念。今代の白の皇帝に叩きつけるがいい」

 

 ハイドースの言葉に、男はマントを翻すと庭園を後にする。その堂々たる歩みは、まさしく王の姿であった。

 

 ——かつて、白の帝国の在り方を決定的にした英雄が居た。

 数多の国を侵略しては、一切の慈悲なく殺戮を繰り返す。血と骸の山の上に立ち、恐怖と畏怖で民達を従えた狂気の英雄。

 今の帝国の強さの基盤を築いた、決して無視出来ぬ存在として、今なお語り継がれる。

 

 ——三代目、白の帝国皇帝、『骸帝』

 

 帝国に、新たな血が流れようとしていた。




色々思惑渦巻く中、シンプルにヴィランやってくれる骸帝は好きでした。
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