今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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かつての、血塗られた栄光を

 荒れたダークエルフの居留地、褪せ人達が相対するのは過去の英雄。

 最初に動いたのは、やはり骸帝だった。

 

「シィッ!」

 

 牽制とばかりに斬撃を放ち、その勢いのまま骸帝自身も褪せ人に向かって肉薄する。先の褪せ人から受けた攻撃の影響などまるで感じられない。

 

「むっ! これ以上は——」

 

「——急いては死ぬるぞ、童……!」

 

 褪せ人を庇おうと動き出したカゴメに、騎兵の一人が動き出す。騎馬を駆けさせ、長大なグレイブを薙ぎ払うように振るう。

 

「くっ……!」

 

 自身に迫るそれを、カゴメが壁を生成して防いでみせた。騎兵の全体重を乗せた一撃が、壁と衝突して火花を散らす。

 

「むぅ……! 面妖な術を使う!」

 

 壁に一撃を防がれ、応報の呪いが騎兵の身体を蝕む。一瞬、騎兵の動きが鈍るが、すぐに立ち直る。追撃はしない。騎馬の手綱を引くと、一度距離を離す。

 

「我ら、国盗り戦の帝国騎士! 貴様らに、その戦を見せてやろう……!」

 

 広場の中心、カゴメ達を囲むように騎兵二人が大きく駆け回る。その横では褪せ人が骸帝を相手に一進一退の攻防を繰り広げている。加勢したいが、目の前の騎兵も無視出来る相手ではない。

 

「駆けいっ!」

 

 再び騎兵が接近する二方向、狙いを絞らせないようにグレイブとフレイルが交差する。

 

「この……!」

 

 それぞれの一撃を壁で防ぎ、或いは跳んで躱す。フーロンが小刀を構える頃には、騎兵は再び広場の周りを駆けていた。

 その後も同様だ。急接近し、一撃入れたかと思えば距離を離す。そんな攻防が幾度か繰り返される。

 

「鬱陶しいですね……!」

 

 フーロンが思わず毒づく。騎兵の機動力とリーチに物を言わせ、此方の間合いに付き合うつもりがない。一撃入れては離脱。まるで狼の狩りだ。此方の出血を狙い、少しずつ弱るのを待っている。

 

「……埒が明きませんね。それなら……」

 

 ヘリューズが不意にそう言うと、杖を構え、何事かを唱え始めた。古い言葉、意味こそフーロン達には分からないが、それが何らかの呪文である事は明らかだ。

 当然、それを見た騎兵達が動き出す。しかし、それよりもヘリューズが術を唱え終える方が早かった。

 戦場の温度が下がる。吐く息が白み、地面に霜が走る。フーロン達すらも戸惑う中、戦場の中心に青い炎が灯った。

 

「この子達はあまり使いたくありませんでしたが、致し方ありません」

 

 ——死氷の亡霊

 

 ヘルヘイム、閉ざされた死氷の国より呼び出された青い炎は、彼女の眷属である。

 慈悲深き死氷の亜神、彼女を害する者に亡霊達は容赦はしない。

 

 青い炎が輝きを増す。戦場が凍てつき、騎兵達の仮初の肉体から温度を奪う。

 

「ぬぅ……!?」

 

 迫り来る死に、本能が恐怖したのだろう。取り乱す騎馬を騎兵が必死に抑え込む。その隙をフーロンは見逃さなかった。

 

「はあっ!」

 

 騎馬を駆け上がり、そのまま騎兵の背後に回り込む。振り落とさんと身を捩る騎兵にしがみつき、小刀を振り上げる。そして、背後から鎧の隙間に刃を捻じ込み、その肉を抉る。

 

「ぐあぁ……!?」

 

 騎馬が大きく揺れ、フーロンが振り落とされる。騎兵は背に走る激痛を無視して手綱を引くと、再び戦場を駆けさせる。

 

「この首……未だ落ちてはおらぬぞ……!」

 

「コイツ、まだ……!」

 

 死氷が騎兵の命を削り、フーロンが致命の一撃を与えた。それでも目の前の騎兵達は諦めるつもりはないらしい。

 

「何がそこまで……」

 

 フーロンが呟く。何故、そこまでして骸帝を守るのか。あの男は災厄だ。敵にも民にも容赦はしない。それなのに、何故この男達はそんな暴君に命を捧げられるのか。

 

「童らには分かるまい……! どれ程非情で恐ろしかろうとも、あのお方は紛れもなく英雄! 白の帝国こそが最強であったという時代の象徴よ!」

 

 仕える理由など簡単だ。ただその強さに惹かれたのだ。ただの暴君ではない。戦場があればその最前線に立ち、最も多くの血を浴びた英雄こそが、骸帝なのだ。

 

「例え外道と謗られようとも、その先に帝国の栄光があるのならば……!」

 

「……何とも哀しい存在ですね、貴方達は」

 

 騎兵の叫びに、ヘリューズが呟いた。

 この男達は、今の帝国が惰弱に見えて仕方ないのだろう。そしてそれが我慢ならない。修羅の時代に生きたが故に、他の生き方を知らないのだ。

 

「今の世に貴方達の居場所はありません。冥府にて、その沙汰を待ちなさい」

 

 気炎を上げる騎兵の姿に、ヘリューズが杖を振り上げる。古き時代の修羅、その幕を下ろすべく、死氷の裁きが下されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎兵との戦いが繰り広げられる中、褪せ人と骸帝の戦いも熾烈を極めていた。

 

「防いでばかりか、随分と余裕ではないか!」

 

 迫る剣閃を大盾で弾き、褪せ人はただその動きを観察する。観察、分析、そして対応。褪せ人の戦いにおいて基本である。だが、今回はそれだけではない。

 骸帝の猛攻の最中、僅かに意識を外へ移す。その先では、ヘリューズが何らかの魔法を使い、騎兵の動きを止め、フーロンが刃を突き立てんとする姿が見えた。

 

「愚かな!」

 

 ほんの僅かに意識を外したその隙を、骸帝は見逃さなかった。素早く盾に向かって駆けたかと思えば姿勢を低く落とす。褪せ人の大盾を利用して視界を遮り、その側面に回り込む。そしてそのまま剣を振るった。

 

「……!」

 

 その動きに辛うじて対応出来たのは、褪せ人に刻まれた戦いの経験故だろう。ローリングで素早く躱し、距離を離す。そこでは、侮蔑の笑みを隠そうとしない骸帝の姿が見えた。

 

「慣れぬ事をするな、貴様はただの戦士。戦場で駒を気にするのは、将や王の役割だ」

 

 骸帝が一瞬、褪せ人の後ろへと視線を向けた。そして、口角を上げる。

 

「例えば——こんな風に」

 

 その言葉の後、何かが風を切った。頭部を狙って放たれたそれを褪せ人は跳んで躱す。先程まで褪せ人の居た場所を素早く何かが横切った。

 視線を向ければ、そこには弩を構えた兵士。それも、一人二人ではない。褪せ人を囲むようにして、一斉に狙いを定めていた。

 

「時間が味方しているのは我々の方だ。賢しらぶって周りの者を気にしたところで、死ぬのは貴様だぞ、首輪付き」

 

 骸帝が剣を構える。四方からの突き刺すような殺意を受けながら、褪せ人もまた静かに武器を構えた。

 

 迫り来る骸帝の猛攻を捌き、弩の一撃を何とか防ぐ。だがやはり数が多い。その大半は鎧に阻まれ弾かれるが、それでも鎧の隙間を幾本かが抉る。

 

「どうした、その程度か!?」

 

 骸帝が肉薄する。どうにもやり難い相手だった。単純な強さだけならば明らかに骸帝よりも上は居る。亜神ディアスは言うに及ばず、あの竜将クロコと比べても、やはり劣るだろう。

 魔術も使わず、ただ剣技のみ。だが異様に巧かった。此方のカウンターを野生の獣じみた感覚で躱し、すぐさま反撃に転じていく。加えて、用兵も巧みだった。兵士達に指示を下し、此方の反撃に転ずる起こりを咎める。

 どこまでも人の域でありながら、この男はそれを極めている。

 

 だからこそ——同じ土俵で戦って勝てるものではない。

 骸帝が王としての到達点ならば、見せてやらねばならない。蛮地の王にすら認められた、その王たる故を。

 

 褪せ人が一歩踏み込む。どこか消極的だった男の動きが変わり、その存在感を増していく。その動きに反応し、弩が一斉に放たれた。褪せ人はそれを意図的に無視した。

 背に突き刺さる無数の矢。足元に血が流れていくのを感じながら、褪せ人はただ前だけを見る。

 

「ほう……!」

 

 雰囲気が変わった。それを骸帝も感じたのか、酷薄に笑う。

 褪せ人が手に持つ武器を変える。それは5本の獣の爪を柄頭に配された大槌であった。

 褪せ人が大上段にそれを振り上げ、叩き付ける。込められた戦技が、大槌に配された獣王の爪がその力を解放する。

 石畳を砕き、放たれたのは5本の衝撃波。大地を引き裂き、抉りながら骸帝に向けて突き進む。

 

「これは……!?」

 

 骸帝が目を見開く。放たれた爪、大地を砕きながら前に突き進むそれは、その全てが致命になり得るもの。骸帝はその威力に驚嘆し、しかし冷静に対応する。

 扇状に広がり、衝撃波の範囲は広くなる。だが、衝撃波同士の感覚もまた広がっている。骸帝は初見でそれを見抜くと、最低限の動きでその隙間に滑り込む。

 だが、褪せ人もまた避けられる事は想定済。骸帝の躱した先には、既に狙いを定めた褪せ人が居る。大槌を持たぬ片手には、砕かれた石畳の破片。

 

「……!」

 

 腕を薙ぐような仕草で破片を放り投げる。祈祷の込められた破片はさらに細かく砕かれ、複数の鋭い石片となって骸帝へと放たれる。さながら散弾の如きそれもまた、獣の祈祷、その原初の一つである。

 

「小癪な真似を……!」

 

 目潰し、牽制。骸帝は褪せ人の攻撃の意図を見抜き、対処する。最小限の動きで躱し、それでもなお躱しきれない石片を剣で斬り落とす。それはまさしく絶技と言っても良いだろう。獣の石を容易く躱し、大槌を振りかぶっていた褪せ人から距離を離すと、斬撃を放つ。

 

「悪くない、貴様の殺意が研ぎ澄まされていくのを感じるぞ」

 

 殺意が一本に絞り込まれているのが骸帝にはよく分かった。やはりこの男は獣だ。つまらない枷など、外してしまえばいい。

 骸帝がほんの少し視線を褪せ人の背後に向ける。それだけで、兵士は意図を察して弩を構えた。恐怖で縛り、鍛え上げた優秀な兵士達だ。骸帝の一挙手一投足を見逃せばどうなるのかを、よく心得ている。

 

「獣狩りだ、せいぜい踊ってみせろ!」

 

 剣を振るい、褪せ人に斬りかかる。だが、それはブラフだ。背後から放たれる弩に、最後まで気付かせないための牽制。無論、その意図を悟らせるつもりもない。防ぐか、或いは後ろに跳ぶか。相手を観察していたのは褪せ人だけではない。褪せ人が咄嗟にどう動くか、その予測を立てる材料を探していたのは骸帝もまた同じ。どちらを選んでも、弩は褪せ人の背を抉るだろう。

 

「……」

 

 だが、褪せ人はその予想を超えてみせた。一歩踏み込み、骸帝の斬撃を大槌の柄で受け止める。そして、鍔迫り合いの状況から不意に横に跳んだ。

 骸帝の身に、無数の弩が襲い掛かる。

 

「貴様……!」

 

 骸帝が歯噛みする。この読み合い、褪せ人が一枚上手だった。ギリギリまで鍔迫り合いを演じたのは、その巨体で迫る矢を隠す為。最初に矢を背で無防備に受けたのも、或いは布石に使ったか。

 

「優秀な兵だ。故に読みやすい」

 

 骸帝は部下を信頼していない。ただ使える駒として、徹底的に教育したのだろう。故に、指示が無ければ動かない。ならば簡単だ。骸帝の動きを見れば、兵士を見ずとも攻撃が来るのは容易く分かる。

 

「ちぃっ! ぐっ……!」

 

「へ、陛下!?」

 

 迫る矢の全てを払い落とそうとするも、骸帝の胴に矢が突き刺さる。兵士が思わず声を上げる。それは骸帝の身を案じたものではない。酷く怯えた、上擦った声だった。

 

「貴様……」

 

「もう駒は使えない」

 

 骸帝が苦々しく顔を歪める。褪せ人の言う通り、兵士はこれで使い物にならなくなった。

 褪せ人に利用されたとはいえ、他ならぬ骸帝に誤射をした。動揺、恐怖、或いは焦り。なんでもいい、その感情が何であれ骸帝の恐怖から機械的に動いていた兵士の思考に不純物が混ざった。

 また骸帝を射ってしまうかもしれない。それは、恐怖に縛られた兵士達の引き金を重くするには十分な理由だった。

 

「クク……ハハハハハッ! 良いぞ、極上だ貴様は!」

 

 骸帝が笑う。心の底から、喜びを露わにして。

 読み合いに打ち勝ったばかりか、この骸帝から戦場の支配権をもぎ取ってみせた。この状況下、孤立した戦場でそれをやってのけるのがどれ程の事か。

 

「だからこそ惜しい……軟弱な帝国に与し、くだらぬ枷を嵌めていなければより殺し合いに興じられたというのに!」

 

 骸帝が地を蹴り、褪せ人へと肉薄する。最早小細工はない。ただ純粋な剣のみを振るう。一撃一撃に、己の全てを賭けたような苛烈な剣だ。まるでこの男の生き方を表したようなそれを、褪せ人は躱し、防ぎ、そして反撃に転じる。褪せ人が止まることはない。それは、骸帝の動きに対応しつつある事を意味する。

 

「剣を交わせばよく分かる! やはり貴様は血塗られている! 戦場が無ければ渇き、飢える獣だ!」

 

 骸帝の剣が苛烈さを、鋭さを増していく。天秤の傾きを、少しずつ取り戻していく。褪せ人は骸帝の言葉に黙して返すことはない。己の所業を考えれば、それを否定する事は出来ないからだ。

 反論しない褪せ人に何を思ったか、失望、或いは侮蔑を込めて骸帝はさらに剣を振るう。

 

「哀れだよ、時代が違えば王にもなれたというのに、つまらぬ者共に囲まれ、くだらぬ荷を背負っているのだからな!」

 

「——それは違う」

 

「ぬぅ……!?」

 

 骸帝の剣を褪せ人が大槌を振り上げて弾く。強烈な膂力のそれに、骸帝は何とか剣を手放す事なく対応した。追撃を嫌い、骸帝が後ろに跳ぶ。

 その視線の先、追撃する事なく大槌を担ぐ褪せ人の姿。

 

「私は、彼女達を重荷と思った事はない」

 

「何……!?」

 

「——カゴメ」

 

「はいっ!」

 

 褪せ人の呼び掛けに突如として、壁がせり上がる。骸帝から褪せ人を隠すように、白亜の壁が視界に広がる。

 

「珍しく褪せ人がデレましたからね! いつも以上に頑張りますよ!」

 

「妖怪風情が……!」

 

 親衛騎士達は何をしている。骸帝が視線を向ければ、そこには全身を霜に包まれ、イルヴィとフーロンにそれぞれ刃を突き立てられている騎兵の姿が見えた。

 兜の下、喉元を掻き切られ、少しずつ仮初の肉体を霧散させていく。

 

「チッ……!」

 

 時間をかけ過ぎた。いや、彼女達を侮った己の失態か。骸帝は剣を構え、褪せ人の気配を追う。

 幾重にも立ちはだかる白亜の壁。その何処かに、褪せ人が居る。

 不意に、壁の一つが幻のように消える。骸帝が素早く視線を向ければ、既に大槌を振り下ろさんとする褪せ人の姿。

 

「貴様……!?」

 

 ぬりかべの特性である壁の生成。その驚異的な堅固さこそ本領であるが、その自在さもまた無二の利点である。場所を選ばず作り上げ、そしてそれらは幻の如く消し去る事もまた自由。

 故に、褪せ人は攻撃の予備動作を壁で隠したのだ。戦技の「起こり」を視認出来なければ、それらを回避するのは酷く困難なものになる。

 

「……!」

 

 振り下ろされた大槌から、5本の獣の爪が放たれる。大地を引き裂き、砕くそれは扇状に骸帝へと迫る。

 

「おのれ!」

 

 先とは違い、距離が近い。衝撃波の隙間に逃げ込む事は不可能。骸帝が剣を構え、衝撃波に備える。獣の爪が、骸帝を飲み込んだ。

 

「ガアァァァ!!」

 

 衝撃波に晒された鎧が砕かれ、晒された肉が引き裂かれる。剣を大地に突き立て真っ向から耐えんとしたが、やがて限界が訪れた。

 骸帝の身体が宙を舞う。そして、無防備に晒された身体が、荒れた石畳の上に強く打ち付けられた。

 

「へ、陛下……!?」

 

「馬鹿な……骸帝陛下が……」

 

 兵士達が思わず声を上げる。あの骸帝が、血塗られた国盗り戦の英雄が地に這いつくばっている。それは、あの戦乱の時代を生きた者達にとって、信じられない光景だった。

 

「ガハッ……! グッ……!」

 

 しばらく動かなかった骸帝だが、血を勢いよく吐き出すとよろよろと身を起こす。限界なのは明らかだった。

 褪せ人がゆっくりと骸帝のもとへ歩む。

 

「負け、か」

 

 骸帝が最早剣を取る事はない。その姿は酷く傷付いているが、それでも何処か満足げであった。

 

「早すぎるが、まぁ仕方ない。殺してるんだ、殺されもするさ」

 

 本当の事を言えば、惰弱な帝国の牙を抜かれた今代の皇帝の姿を拝んでおきたかった。とはいえ、不意に得られた仮初の生と思えば、上等だろう。

 そんな骸帝に、剣が向けられる。ダークエルフの少女、イルヴィが骸帝を睨みつけ、問い掛けた。

 

「骸帝、人質はどこに居る」

 

「あぁ、何かと思えばそんな事か……屋敷の庭だ。まぁ、生きているかは分からんがな」

 

「何だと!?」

 

 イルヴィに問われ、骸帝はあっさりと答えた。最早人質など興味はない。ただ、生きているかと言われれば分からなかった。あそこの兵士達には、ダークエルフが裏切るか、或いは負けた時に人質の首を落とすように命じていたからだ。

 セグナント達は、恐らく生きてはいないだろう。牙を抜かれたとはいえ、帝国の兵力は圧倒的。ダークエルフの戦士など飲み込まれて終わりだ。

 

「——人質は解放した。既に退避も終わっている」

 

 そんな骸帝達の下に、新たな鋭い男の声が響いた。門が勢いよく開け放たれ、屋敷の方から続々と兵士達が現れる。

 イルヴィとフーロンが慌てて剣を構えるが、それは骸帝の手勢ではなかった。

 兵士達の間を、一人の餓狼のような男が歩く。

 

「皇帝陛下!?」

 

「ほう……貴様がそうか……」

 

 イルヴィが声を上げ、骸帝もまた興味深く顔を上げる。白の皇帝が褪せ人の方を見て、そして骸帝へと視線を移す。

 

「第三代白の帝国皇帝……骸帝だな」

 

「如何にも、十三代目」

 

 互いにそう言うと、しばし睨み合う。今にも死にそうな骸帝だが、この時ばかりはその弱さを感じさせなかった。異様な緊張感が、辺りを包む。

 そんな静けさを切り裂いたのは、イルヴィであった。白の皇帝に、何処か怯えたように問いかける。

 

「へ、陛下、父上は……まさか……!」

 

「……生きている。とはいえ、無傷というわけでもないが」

 

 白の皇帝が問いに答える。ダークエルフの族長、セグナント。そのただならぬ気配に事態を察したレオナは一計を案じた。ダークエルフの居留地に、援軍を差し向けたのだ。

 骸帝軍は褪せ人達の襲撃により混乱状態。肝心の骸帝本人もまた、注意を引き付けられている。人質の解放は容易だった。

 

「クク……ハハハハハハ! そうか、我らのやった事は、何もかも無意味だったか!」

 

 白の皇帝の話を聞き、骸帝は笑った。差し向けたセグナントは生きていて、人質もまた無傷。白の皇帝は罪なき民の血に汚れる事なく、己の前に立っている。

 自分の成した事が全て無駄に終わった。己の事だというのに、骸帝はその滑稽さに笑った。口から血が溢れ、仮初の生が尽きかけている事すら最早構う事もない。

 

「言い残す事はあるか」

 

「そうだな……精々冥府で見届けさせてもらうとしよう。我が覇道が間違いだったと、証明してみせよ」

 

 冷酷非情、己以外の命を下に見る骸帝だが、この男なりに帝国の行末を憂いていたのもまた事実。故に、白の皇帝に、己の後継者に望むのはそれだった。

 骸帝がそれだけ言うと、白の皇帝は褪せ人へと視線を向ける。それを受け、褪せ人は静かに剣を振り上げた。骸帝はそれを見て、やはり抵抗する事なく笑う。

 

「よかったぜ、お前とは……」

 

 剣が振り下ろされる。荒れ狂う死とまで呼ばれた男の首は、静かに、そしてあまりに呆気なく落とされた。

 

 




騎兵のキャラが濃くなってしまいました。
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