今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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メインとメインの谷間でちょっと短め


反撃の兆し

 戦時において、血を流す最前線だけが戦場ではない。作戦立案、補給物資の管理、そういった裏方もまた一つの戦場といっても過言ではないだろう。

 

 白の帝国、黒の軍団執務室。そこもまた、無数の書類に囲まれた一つの戦場であった。

 

「あー、うー、あうあー」

 

「ひぇ……副団長〜! ヴィルデフラウが労働に耐えかねて人の言葉を忘れちゃいました〜!」

 

「うん? あぁ、いつもの発作だろう。放っておけば治るさ」

 

 イルムガルドが涙目で訴えたそれを、魔神副団長であるマレブランケが一蹴する。

 そんな彼女の机の上にも書類が山のように積まれている。団長であるメフィストが不在の今、副団長である彼女が代理で裁決をしなければならない事柄は無数にあった。

 マレブランケに一蹴されたイルムガルドは、目の前で首をガクガクさせているヴィルデフラウに泣きそうになりながらも諦めて書類仕事を始める。

 ヴィルデフラウが奇声を上げる中ひたすら書類仕事を続ける奇妙な空間が広がる。しばらくして、不意にヴィルデフラウが身を起こす。

 

「あー……ふぅ……はい、イルちゃんこれ物資目録の回覧。問題無ければハンコ押して副団長に回してくれる?」

 

「ひぃ……! 何事もなかったかのように正気に戻らないで……!」

 

 先程まで腐った亡者のようだったヴィルデフラウが徐に書類を手渡してくる。その目は先程の虚ろなものが嘘だったかのように理性の光が灯っていた。

 イルムガルドが怯えながらも書類を受け取る。副団長は特に何も言わない。ヴィルデフラウが定期的に奇声を上げるのはいつもの事だからだ。

 

 これが黒の軍団、魔神団長メフィストが魔界からかき集めた、優秀なデーモンであり、変人達である。

 

「失礼するわね」

 

 そんな絶賛デスマーチ中の執務室に何者かが入ってくる。白いドレスを身に纏った幼げな少女。それは彼女達と同じデーモンであるアブグルントであった。

 

「あれ、アブちゃんだ。おひさ」

 

「ええ、久しぶりね」

 

 アブグルントの姿を見て、ヴィルデフラウが声を上げる。マレブランケやイルムガルドもまた、その声に顔を上げた。

 

「おや、珍しいね。団長の誘いを受ける気になったのかい?」

 

「まさか」

 

 マレブランケの問いに、アブグルントが首を振る。アブグルントも以前、黒の軍団の一員としてメフィストに声を掛けられていたデーモンの一人だ。当初はそれを受けるつもりでいたが、褪せ人を見つけた事によりそれは撤回されていた。

 

「今回は一応の挨拶と……情報収集?」

 

「情報ねぇ」

 

「そう、何か面白い話が無いかと思って」

 

 イルムガルドが恐る恐る差し出した椅子に座りながら、アブグルントが口を開いた。

 ここに来たのは、魔界の古馴染み達への顔見せと情報収集——といってもそんなに深い意味はない。単に面白い話が転がっていないかといった程度だ。

 

 現状、白の帝国と冥界軍の戦況は白の帝国側に傾きつつある。

 突然の奇襲こそあったものの、白の帝国の軍事力に加え、王国という援軍をもってこれらを撃退。

 ハイドースによって呼び出された腐肉の太陽もまた褪せ人達によって砕かれた。

 そして、新たに骸帝という白の帝国においての脅威が現れたが、彼女の見立てではこれもさして問題なく討たれるだろう。

 向かったのは他でもない褪せ人だ。相手は蘇った英雄と言えど、所詮は人間。彼女は今更あの男が人間相手に敗れるなどとは考えていなかった。

 

 総じて順調。未だ大きな動きを見せないハイドース本人は気掛かりだが、防戦一方だった白の帝国の危機は一先ず脱したと言って良いだろう。

 

「——でも、それじゃつまらないわ」

 

「うわでた」

 

「ひぃ……」

 

 ヴィルデフラウがほらきたとばかりに声を上げ、イルムガルドが怯える。ここに居るデーモン達は基本的に人間相手に極めて好意的だ。人間の価値観に当て嵌めたとしても、善良と言っていい。

 だが、アブグルントは違う。基本的に多くの人間に興味はなく、積極的に害する気が無いだけで人間の味方をするつもりもない。

 そんな彼女が一人の人間に興味を通り越して執着していると聞いた時は随分と驚いたものだが。

 マレブランケがアブグルントに問う。

 

「……それも、君が好意を寄せている人間の為かい?」

 

「まぁ……そうなるのかしら?」

 

 マレブランケの問いに、アブグルントが首を傾げながらも肯定する。

 若干煮え切らない返事なのは、単に好意と呼ぶには少しばかり複雑である事を自覚しているからだ。

 そんなアブグルントの答えに目を輝かせたのはマレブランケである。

 

「おお……! 良いなー! 私も白馬の王子様と出会いたい!」

 

「出た、副団長の恋愛脳」

 

 何かを想像して一人で盛り上がるマレブランケをヴィルデフラウが冷めた目で見つめる。魔神副団長マレブランケ、彼女は比較的乙女な思考を持つデーモンであった。

 

「白馬の王子様……」

 

 果たしてあの男がそれに当て嵌まるだろうか。アブグルントはふと思い起こす。確かに馬には乗っている。白馬というよりは葦毛だが、白っぽいと言われればそうだろう。角も生えている。

 王子様ではないが、王ではあるのだろう。以前、マンモンの作り出した幻の中でエルデの王という肩書きを耳にしたことがある。その詳細を聞いたことはないが、立ち塞がる敵を討ち倒し、その力を証明した者に許される肩書きらしい。

 霊馬に跨り、力こそが王の故と敵を討つ。成程、白馬の王子様が何なのかをアブグルントは知らないが、きっとそういうものなのだろう。

 

「ちなみに……お金持ち?」

 

「お金は……持っているんじゃないかしら。あまり使ってる印象はないけれど」

 

 ヴィルデフラウに問われ、アブグルントが答える。金持ちというのがどの程度かにもよるが、世間一般よりは余程金持ちだろう。王国に重用され、こうして帝国からも引く手数多である。本人があまり散財しないのもあり、貯まっていく一方ではあるのだが。

 

「へー……私が入り込む余地ある?」

 

「駄目」

 

「うおっ思ったよりガチトーン」

 

 ちょっとした冗談のつもりだったが割と本気で拒絶されるヴィルデフラウ。彼女を怒らせるのは得策ではない。ヴィルデフラウには白の帝国で働いた後、400年間は年金で遊んで暮らす夢があるからだ。死ぬわけにはいかない。

 

「おや、珍しい客人が居るじゃないか」

 

 そんな姦しい会話を続けているところに現れたのは、この黒の軍団を率いる団長であるメフィスト。

 アブグルントが来ていることに僅かに驚きを示すも、直ぐに理知的な表情を浮かべる。

 

「何か面白い事がないかと思って」

 

「面白い事、ね。君好みの面白いことはあまり起きて欲しくはないが……」

 

 アブグルントの言葉にそう言いながらメフィストは自身の机に座る。そして改めてアブグルントの方を見る。

 

「残念ながら、ある」

 

「へぇ」

 

 メフィストの言葉に、アブグルントが薄い笑みを浮かべる。それこそが求めていたものだと笑う彼女に肩をすくめながら、メフィストは口を開く。

 

「先程まで私は元帥閣下からの依頼で調査に出掛けていたのだが……」

 

「調査?」

 

「そう、調査だ。不自然に発生する腐敗の亡者のね」

 

 腐敗の亡者。その言葉で思い起こされるのは腐肉の太陽を齎したあの怨嗟の悪鬼だろう。

 

「でも、あれはもう倒したわよね?」

 

「その通り、怨嗟の鬼は倒され、嵐雨の亜神の雨によって腐敗も洗い流された」

 

 アブグルントの言葉にメフィストが頷く。悪鬼は倒れ、腐敗もまた洗い流された。故に、湧き出てくる亡者達も確実に減っていたのだ。

 

「これを見てくれ」

 

 そう言って机の上に広げたのは帝国の地図だ。ところどころメフィストの考えを纏めるためにメモ書きがされているが、見るべきはそこではない。

 

「赤い印を付けたところは亡者達の発生源だ。私が直接出向いただけでなく、他の兵士達からの報告も上げられている」

 

 指し示された赤い印には日付が書かれている。当初は減少傾向にあったそれが、ある時を境に下げ止まり、再び増え始めている。

 

「関係があるかは分からないが、この増加傾向は骸帝が物質界に姿を現したと同時に更に活発化しているね」

 

「骸帝が再び帝国の怨嗟を呼び起こしたと?」

 

「まだ仮説の段階だけどね」

 

 怪訝な目で地図を見つめるマレブランケに、メフィストが答える。その顔は上機嫌だ。帝国の危機に、というよりは興味深い事象が増えた事に喜んでいるのだろう。

 

「ただ、仮に私の仮説が正しいとして……冥界の王は一体何を考えているんだろうね?」

 

 突然戦争を仕掛け、迂遠な手筈で帝国を混乱させる。悉く撃退されておきながら本人は殆ど表に出てきてはいない。果たしてこの冥界の王は何を目的としているのか。

 まるで見えない思惑に、しかしメフィストはだからこそ面白いとばかりに笑みを深めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 骸帝討伐から数日。

 褪せ人は帝国の練兵場を訪れていた。だが、今回訪れたのは己の為ではない。

 

「……」

 

 どこか緊張した面持ちで練兵場の人形の前にフーロンが立つ。

 彼女の手にはいつも愛用していた小刀はない。代わりに握られていたのは、竜の鱗を研ぎ澄ませた得物。

 

「いきます……!」

 

 竜鱗刀を大上段に構え、その戦技を解放する。刀身に纏うは氷雷。本当の空を知らず、だからこそあり得ざる『凍りつく雷』が竜鱗刀に宿る。

 

「はぁっ!」

 

 竜鱗刀を人形目掛けて振り下ろす。曇りなき刀身は、人形を一切抵抗なく斬り裂く。だが、それだけではない。

 僅かに遅れて氷雷が斬り裂かれた人形を穿つ。空気を裂く轟音が練兵場に轟くと、そこには雷撃によって縦に引き裂かれた人形があった。

 雷を受けたそれは燃える事なく凍りついている。それを見たフーロンが褪せ人の方へ振り向くと、褪せ人が頷いた。

 

「使えそうだな」

 

「やった……!」

 

 褪せ人が貸し与えたのは竜鱗刀。フーロンに乞われ、見繕ったのがそれであった。

 使えるかどうかは分からなかったが、問題なく使えるらしい。どの道褪せ人のスタイルでは然程使う予定のない代物である。

 

「凄い……」

 

 竜鱗刀の刀身を眺め、フーロンが呟く。その刀身は未だに氷雷を宿し、青い光を放っていた。

 暫し見つめていたが、やがて褪せ人へと向き直る。

 

「次は冥界を攻めるんですよね」

 

「そう聞いている」

 

 フーロンの問いに褪せ人が頷く。

 既に目標は聞いている。絶えず湧き出る冥界よりの軍勢を止める為、帝国が遂に攻勢に出るのだ。

 

「あまり時間はない。上手く使いこなせ」

 

「はい!」

 

 褪せ人の言葉に、新たな力を手に入れたフーロンが高揚したように返事する。

 

「戻るぞ、明日は色々準備がある」

 

 そう言って褪せ人は練兵場を後にするべく背を向ける。その背を見ながら、フーロンは手に持った竜鱗刀を再び見つめる。

 

「『重荷』になる訳にはいきませんからね……」

 

 わざわざ頼み込んで手に入れたのだ。重荷になるつもりはない、対等に支えたいのだから。そんな決意を胸に秘め、フーロンは遠ざかる背を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 とある山岳地帯。帝国領の外れにあるそこに、リンクス達は居た。

 眼下に広がるのは古戦場。千年戦争ではない。それより後、人と人とが殺し合いを繰り広げた、戦乱の時代のものである。

 

「ここに居られたか」

 

「……オークロード」

 

 不意に声が掛かる。振り向けば、オークの王がそこに立っていた。その姿に溜息をつき、リンクスは口を開いた。

 

「傷はもう大丈夫なの?」

 

「ハハハ、オークに傷の心配など。これは名誉の傷よ、そして再び強者へ挑む誓いの傷だ」

 

 豪奢な鎧に身を包んでいるが、首筋から胸に掛けて隠しきれない傷が刻まれていた。前回の戦いで、竜人の英傑に挑み刻まれた傷だ。流石のオークロードも撤退の後に倒れる程の重傷であったが、今はこうして再戦に燃える程に回復していた。

 随分と頼もしい。それに対して、己のなんと弱いことか。リンクスはここにきて、この戦争を始めた事に迷いが生じていた。

 押し黙るリンクスを見て、オークロードは僅かに目を細める。やがて、口を開いた。

 

「帝国軍が動き出したようだ。狙いは真っ直ぐ此方を狙っている」

 

「それって……」

 

「あぁ、此処が冥界の入り口だと分かっているのだろうな」

 

 此処は古戦場。多くの戦士達の魂が眠る場所である。それ故に、物質界と冥界の距離が近い。故に、ハイドースは此処に目を付け、冥界の門を開き、兵を送り込んでいた。

 帝国もそれに気付いてはいたのだろう。何しろ向こうにもヘカティエとヘリューズが居るのだ。ただ、防戦一方だった今までは手を出す事もままならなかったというだけの事。そして、そんな帝国が攻勢に出ているということは、戦況が変わったという事でもある。

 

「俺達は帝国を迎え撃つつもりだ」

 

「……勝てるの?」

 

「はっきり言ってしまえば、死ぬだろうな」

 

 リンクスの問いに、オークロードはあっさりと答えた。驚いて顔を上げるリンクスに、オークロードは笑う。そこに諦めの感情はない。だが、何処か清々しさを覚えさせた。

 

「オークとはそういうものだ。誇りの為に命を賭け、名誉の為に死を選ぶ。どうしようもない戦士の血が流れておるのよ」

 

 数の差も、力の差も問題にならない。ただそこに強者が居る。死ににいく理由はそれだけで十分だった。

 父祖の土地を取り戻せそうにないのは残念だが、オークロードは、それすらも些事だとすら考えている自分が居ることを自嘲する。どうしようもない阿呆だ。だが、オークとはそうでなければならない。

 

「リンクス殿も、後悔ない選択をされよ。戦争など、強がりでやるものではないからな」

 

 リンクスがオークロードに何かを言おうとして、しかしオークロードは大声で笑いながら立ち去ってしまう。

 

「俺達は征く! 殺し、殺されるに相応しい強者を見つけたからだ! 俺達が止まることはない!」

 

 最後にそう言い残すと、オークロードはオークの戦士達のもとへと行ってしまった。最後の夜を、戦友達と過ごすつもりだろう。

 一人になったリンクスは自らの王笏を握りしめる。

 

「戦争は、強がりでするものじゃない。そんなもの、最初から分かっているわ……」

 

 獣人の王として、決断を迫られていた。誇りに死ぬか、未来に生きるか。リンクスは思う。こんな時にチャンピオンは、ヒーローは何を選ぶのか。

 

「違う……! 私はあんな、人と手を取り合ったチャンピオンとは……!」

 

 自身の思考に混じったそれを振り払うようにリンクスはかぶりを振ると、立ち上がる。

 

「私は民を見捨てない。私はただ、私に出来る事を……」

 

 リンクスの中で、覚悟は決まった。果たしてそれが正しいかどうかなど分からない。だが、それこそが彼女に出来る唯一の事だと、そう信じるより他なかった。

 

 

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