今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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第二形態書いてる時がとても楽しい


爪痕

 白の帝国、かつては白の王国と呼ばれていたその国の歴史は長い。

 国土の多くが北部山岳地帯にあり、住まう民達には苦難の日々があった。食料はなく、飢えに喘いだ。今現存する資料からも、かつての白の王国の食料事情が悲惨であったかは窺い知れるというもの。

 明日をも生きるのに精一杯。そんな白の王国の未来に立ち上がったのが当時白の王国の女王であったヴィラヘルムである。

 

 やがて、白の王国は肥沃な土地を求め、周辺国家を併呑することとなる。そうして王国は帝国となり、女王は女帝となった。

 白の帝国、その始まりである。

 

「……さて」

 

 白の帝国の者達が唖然とする中、ヴィラヘルムは眼前の悪魔達を睨む。砲撃に斬撃、度重なる攻撃を受けて尚、燃え盛る悪魔。彼女の生きた時代にも、このような禍々しい存在は見たこともなかった。

 

「こうして戦うのも随分と久しい気がしますが」

 

 ヴィラヘルムが両手に武器を構える。それは、大鎌と大剣だった。その二つの武具は、現白の皇帝が受け継いだ女神アダマスの神器によく似ていた。

 

「あの大剣と大鎌は……!」

 

「そんな有名なもんなんです? あれ?」

 

 戦場でありながら、目を見開いて驚愕を示すディアナに、メーアが首を傾げながら言う。

 あまりにも無知な様子に、さしものレオラも呆れた様子で口を開く。

 

「貴方を大隊長に任命したの、ちょっと後悔してきたわぁ」

 

「い、嫌だな〜閣下。冗談ですよ? ちょっと思い出せないだけで……えっと、皇帝陛下と姫様の神器に似てますね?」

 

 慌てたように取り繕うメーアに溜息をつく。それを横目に、ディアナが口を開いた。

 

「あれはヴィラヘルム様にアダマス様が直々に贈られた葬送の品、つまりは神器のレプリカです。ある時を境に姿を消したと伝えられていましたが……」

 

 帝国の歴史を知る者には有名な話である。

 皇帝ヴィラヘルムは崩御の際に女神アダマスより賜った神器——大鎌と大剣を次代皇帝に引き継いだ。

 その折にアダマスが授けたのが神器の影打ちであった。皇帝の墓所に納められたその二つの武器だが、ある時、忽然と姿を消してしまう。

 不遜な墓荒らしに盗まれたのだ、或いはその強さ故に帝国の暗部が隠したのだ。口々に憶測が飛び交う中、それを贈った当のアダマス本人は微笑みと共にこう言い残した。

 

 ——勿論、使う為に持っていったのですよ。

 

「アダマス様は預言されていたのです。初代皇帝がいつか、葬送の品を伴い、己が騎士と共にこの帝国に帰ってくる事を」

 

 大剣と大鎌、いずれもヴィラヘルムの身の丈程のそれらを両手に悪魔へと駆ける。無論、悪魔も見ているだけではない。迎え撃つように口を開くと、無数の火花のようなブレスを吐き出した。それらは僅かに遅れて爆発する。連鎖するように爆ぜる火花が、駆けるヴィラヘルムへと向かう。

 

「ハァッ!」

 

 両手に握った神器のレプリカを白光が包む。模造品なれど、女神より贈られた武具である。込められた魔力は、真打ちたる神器にも劣らない。

 右手に握った大鎌を振るう。放たれたのは光の斬撃、悪魔の放った火花を散らし、爆発をも斬り裂いた。

 

「まだです……!」

 

 大鎌を振るった遠心力をそのままに、彼女は踊るように回転すると左手に握られた大剣で空間を薙ぐ。大鎌が斬り裂いて作った道を、大剣の斬撃が追従する。

 

「……!?」

 

 ブレスを破られ、迫り来る斬撃を前に悪魔は言葉なく驚愕する。ブレスの硬直が解けぬまま、光の斬撃が悪魔の顔面を斬り裂いた。

 

「キエアァァァァ!?」

 

 血を吹き出す顔を押さえ、悪魔は大きく身を捩らせる。ヴィラヘルムが追撃を掛けようとするが、それを拒むように悪魔は遮二無二大きく腕を振るう。

 

「両断するつもりで振るったのですが」

 

 ヴィラヘルムが目を細める。確かな手応えと、己の予想を下回る結果。目前の悪魔は、彼女が思うよりも硬い。

 

 そんなヴィラヘルムに、もう一方の悪魔が迫る。幾度も迷宮の地面を叩きながら、彼女に向けて突進する。

 

「——ヘイズル」

 

「うん、分かってる」

 

 ヴィラヘルムの言葉に、女騎士——ヘイズルが前に出る。

 大鎌と大剣という特異なスタイルのヴィラヘルムに対し、彼女が持つのは蒼く輝く剣一本。されど、彼女から放たれる圧は初代皇帝と何ら見劣りはしない。

 初代帝国騎士団長ヘイズル。彼女もまた、帝国に語り継がれる伝説の一人が故に。

 

「目覚めて最初の相手なんだ。退屈はさせないで欲しいね」

 

 気負いなく振るわれる一閃。並の相手ならば見る事すら叶わない神速の斬撃が放たれる。巨体を誇る悪魔ですら、その斬撃を受けて尚突き進む事など出来はしない。

 

「成程、確かに硬い」

 

 怯み、悶える悪魔を前にヘイズルが呟く。加減したつもりはない。悶え苦しむ程の余裕を与えたつもりはなかったのだから。

 

「……少し、本腰を入れようか」

 

 彼女の経験が警鐘を鳴らす。この悪魔は手早く倒すべきであると。ヴィラヘルムも同じ意見だったのだろう。再び両手に握った武器に白光が宿る。

 

「おお……もう全部あの二人で良いんじゃないですか?」

 

「何を言ってるんです。先達を前にそんな情けない真似出来る筈もないでしょう」

 

 圧倒的と言える戦いぶりに呆然と呟いたメーアをディアナが咎める。

 心強い味方なのは否定出来ないが、このままおんぶに抱っこなどと今の帝国の沽券に関わる。何より、骸帝の言が正しかったと認める形になってしまう。

 

「まぁ、このまま獲物を取られたままって訳にはいかねぇな」

 

 ゲオルグが好戦的な笑みを浮かべる。無言で砲を構え直すエルミラも、言葉なくとも言わんとしている事は態度で分かった。

 

「じゃあ先達に見せましょうかぁ、今の帝国軍もそれなり以上に出来るって事を、ね?」

 

 レオラの号令と共に帝国の戦士達が戦列に加わる。

 そこからは一方的な展開だった。ヴィラヘルムとヘイズルを中心に、戦士達が猛追する。レオラの指揮のもと、二体の悪魔を翻弄し、着実に彼らを追い詰めていく。

 こうなってしまえば悪魔が倒れるのは時間の問題だった。一体がヴィラヘルムの神器の前に沈み、もう一体もまた、砲撃をうけて崩れていく。

 

「……終わりかな」

 

 残された、傷だらけの悪魔が崩れ落ちる。全身に斬撃と砲撃を受け、それでも尚立ちあがろうとしたが、そこで限界を迎えたように倒れる。

 

 沈黙が迷宮を支配する。ヘイズルとヴィラヘルムは悪魔達から視線を外すと、改めて帝国軍へと向き直る。

 伝説を前に、僅かに張り詰めたような空気の帝国軍。レオラが一歩前に出る。

 

「この度はご助力頂けた事、感謝致します。ヴィラヘルム様、ヘイズル様」

 

「いえ、私もこうして後輩達に手を貸せるとは思ってもいませんでしたから」

 

 レオラからの礼にそう返すとヴィラヘルムは迷宮を見渡す。アダマスから借り受けた力故か、ヴィラヘルムをして禍々しいまでの力が迷宮を支配していた。

 

「……積もる話はありますが、先を急ぎましょう。幸い、気配を探ればある程度向かう先は分かりそうです」

 

 そう言って、ヴィラヘルム達が広間を抜けようとした、その時だった。

 

「……ア……アァ……」

 

 それは絞り出すような弱々しい声だった。

 

「へぇ、しぶといね」

 

 ヘイズルが再び剣を抜く。その背後、傷ついた悪魔が身を起こそうとしていた。

 全身は傷つき、最早無事な場所などありはしない。あれ程燃え盛っていた炎もついに消えてしまった。起き上がったところで、何も出来はしない。誰もがそう思っていた。

 

 ——火を点けろ、燃え残った全てに。

 

「アァ……!」

 

 消えかけた炎に再び火が灯される。残された片割れ、混沌より分かたれたデーモンが、遂に一つとなる。

 死にかけの肉が燃え上がる。これまで以上に熱く、この世全てを焼き溶かさんとばかりに。

 

「……これは、少し不味いかも知れませんね」

 

「起き抜けにこれはちょっと重いかもね」

 

 ヴィラヘルムの言葉に軽口を叩いたヘイズルだが、その目はどこまでも剣呑だった。

 混沌の炎、この世界ではない何処かで生まれ落ちた成れの果て達。彼等はただ瓦礫の王に導かれただけだろうか。

 そんな事がある筈がない。彼等もまた、薪を欲したのだ。火のなき灰の世界から、新たに混沌の苗床となるべき新天地を。

 

「キャアアァァァ!!」

 

 混沌を身に宿し、デーモンの王子は立ち上がる。煌々と燃える身体は先程までの弱々しさなどありはしない。

 翼を広げ、咆哮。そして、己を阻む怨敵達へと灼熱の瞳を向けた。

 

「来るよ! 備えて!」

 

 そう叫びながら、ヘイズルが斬撃を放つ。蒼光の一閃を、しかしデーモンの王子は迷宮の空へと翼を広げ、悠々と回避する。上空からヘイズルを見下ろしながら、右手に生み出したのは苗床の残滓。周囲を焼き尽くす混沌の火球をヘイズルに向けて投げ放つ。

 

「くっ……!」

 

 ヘイズルがその場から離れるように駆ける。混沌の火球が迷宮の床に着弾すると、石畳を焼き溶かし溶岩溜まりを作り出す。

 

「まともに受けたら第二の人生が終わっちゃうね……!」

 

 契約の為とはいえ、折角女神から授かった命だ。こんなところで終わる訳にはいかない。そんなヘイズルへと、デーモンの王子は滑空。炎の残光を残しながら、炎の爪で襲いかかる。

 

「させません……!」

 

 そんなデーモンの王子に向けて、横合いからヴィラヘルムの斬撃が放たれる。大剣より放たれた白光の一撃、先程までならば吹き飛ばす事すら出来たそれを受けながら、デーモンの王子は怯まない。だが、それでも軌道を僅かに逸らす事は出来た。

 ヘイズルのすぐ横を、デーモンの王子が通り過ぎる。灼熱の空気が、僅かにヘイズルの肌を焦がす。

 

「エルミラ、ゲオルグ!」

 

「いきます……!」

 

 レオラの指示に、重装砲兵の大砲が火を吹いた。着地し、がら空きのデーモンの背中に向けて砲弾が放たれる。

 

「ガアァ……!」

 

 砲撃を受けて苦悶の声こそ上げはするが、デーモンの王子が怯む様子はない。追い詰められて尚激しさを増す炎。それは果たして最後の足掻きか。

 

 デーモンの王子の両手に火が灯る。緩慢な動き、まるで祈りのような所作で作られたのは二つの火球だ。それらはデーモンの王子の手を離れると、その場を動く事なく滞空する。

 

「何をしてくる……?」

 

 先程のように投げ付けてきたわけではない。ただ浮かび上がらせた火球は恒星の如く薄暗い迷宮を照らし出す。

 無論、ただの飾りな筈もない。火球は蠢き、帝国軍に向けて炎の飛沫を吐き出す。

 

「チッ……!」

 

 ゲオルグとエルミラが大盾を構える。身軽な他と異なり、著しく機動力に劣る彼等は防ぐ以外に手立てはない。

 絶えず吐き出す飛沫が重装砲兵を釘付けにする。

 そんな彼等を見ると、デーモンの王子は大きく後ろに飛び退き、迷宮の天蓋を見上げた。

 

「オォォ……!」

 

 唸りと共に天へと向けて炎が吹き上がる。迷宮の天蓋すら焦がさんとするそれは、デーモンの王子の頭上で滞留し、際限なくその熱量を上げていく。

 不定形の炎はやがて形を成し、灼熱の隕塊へと変じていく。

 

「……! ヘイズル!」

 

「分かってる!」

 

 何かを悟ったヴィラヘルムに、ヘイズルが応じる。地を蹴り、今尚天に炎を吐くデーモンの王子を止めるべく駆けていく。

 だが、そんなヘイズルを咎めるようにして浮かび上がった火球が火の飛沫を吐き出した。

 

「思ったよりクレバーだね……!」

 

 浮かび上がらせた火球は無防備な己を守る為。ヘイズルは飛沫を避けるか、ダメージ覚悟でデーモンの王子を止めるかの選択を強いられる。

 

「せぇいっ!」

 

 そんなヘイズルを庇うように、馬を駆けさせたメーアが槍を振るう。水流の槍術、振るわれた槍から放たれる魔法の水が飛沫を打ち消していく。

 

「助かるよ」

 

「大隊長ですから! 大・隊・長ですからっ!!」

 

 大隊長である事を強調しながら、槍を振るうメーア。言動に目を瞑れば、その槍捌きは帝国騎士としては一流のそれである。

 

「これで……!」

 

 邪魔立ては無くなった。蒼剣を片手にデーモンの王子に肉薄する。大技を前に、無防備を晒す今こそ、致命の一撃を与えるチャンス。

 駆ける勢いをそのままに、刃を向けて突進する。デーモンの王子、天を見上げたその喉元に蒼剣が突き刺さる。

 

「ギァ……!」

 

 声にならない悲鳴がデーモンの王子から漏れる。力を込めて突き入れれば、血とも溶岩ともつかない飛沫がゴポリと漏れ出した。

 飛び散るそれが、ヘイズルの頬を焼く。無論、その程度で今更怯む彼女ではない。喉元を裂くように、突き入れた大剣を振り抜いた。

 

「ヴィラヘルム!」

 

 ヘイズルが叫ぶ。彼女の背後、既にヴィラヘルムは白光を湛えて武器を振り上げていた。

 

「終わりです……!」

 

 白光の一閃が放たれる。渾身の魔力を込めたそれは、デーモンの王子、その頭部を斬り裂いた。分かたれた頭部が宙を舞う。

 

「……!!」

 

 首を失った胴がよろける。それでも尚、敵を引き裂かんと爪を振るうが虚しく空を切る。膝をつき、少しずつ弱まる炎。もがき、立ちあがろうとするが、やがて炎は潰え、動かなくなった。

 主を失った混沌の炎、宙に浮いたままだった炎塊が揺らめく。

 

「急いで! ここを離れますよ!!」

 

 ディアナの叫びに、全員が迷宮の広間から距離を取るべく通路へと逃げ込んだ。

 降り注ぐ炎の岩。さながら流星の如きそれが広間へと落ちると、次々と爆ぜる。耳を劈く轟音が鳴り響き、迷宮を揺らした。

 炎が辺りを覆い尽くす。デーモンの王子の亡骸すらも飲み込んでいく。

 

 果たして、どれ程そうしていたか。やがて轟音は収まり、迷宮を照らしていた星々が消え失せる。

 

「終わりましたか……」

 

 ヴィラヘルムが広間へと戻る。他の者達も、終局を察して広間へと集う。後に残ったのは、黒く焼け焦げた破壊の痕跡。デーモンの王子の亡骸はない。

 だが、炎は潰えていなかった。

 

「これは……」

 

 ヴィラヘルムがそれに近寄る。それは、デーモンがこの世界に遺した爪痕だった。燃え盛る刃の如きそれを、徐にヴィラヘルムが握る。

 とてつもない熱を持っていながら、不思議と火傷はしなかった。

 

「どうするの、それ」

 

 ヘイズルの言葉に、ヴィラヘルムは考え込む。

 この世界の理にない力。強力なものだが、さりとて尋常な者の身に余るものには違いない。

 しばし悩み、ヴィラヘルムはそれを懐にしまう。いずれにせよ、放置して良いものではない。

 

「……今度こそ、終わりです。先を急ぎましょう」

 

 ヴィラヘルムの言葉に、異を唱える者は居なかった。

 黒く焼け焦げた広間から背を向ける。視線の先、迷宮の遥か奥で、血肉で出来た塔が突き立つのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、迷宮の別の場所。

 王国の英傑達が集うそこもまた、苛烈な戦場と化していた。

 

「ふぅ……!」

 

 トラムが息を整える。汗がとめどなく吹き出しては蒸発する。息を吸い込めば、喉すら焼けてしまいそうだった。

 まさに灼熱地獄。それを成したのは、目の前の鉄の巨人。

 

「魔神アモンを思い出すな……」

 

「えぇ、でもこれは……」

 

 隣に立つアトナテスの呟きにトラムは同意しながら、しかし同時に魔神とは異なるものであることも感じていた。

 同じ炎を操る悪魔でありながら、そこに込められた意味合いは全く違う。

 

 デーモンがトラムへと視線を向ける。身の内で暴れ回る炎は、自身の鎧すら溶かしている。だが、それを気にした様子はない。本来顔がある筈の場所は、まるで木のうろのように伽藍堂だ。その中からも、溢れんばかりの炎が漏れ出している。

 

 鉄の巨人が剣を振り上げる。迷宮の壁などまるで積み木のように崩しながら、デーモンがそれを振り下ろす。

 

「ハッ! 遅え!」

 

 アトナテスが魔竜を駆り、剣の一撃を避ける。幸いにして、敵の動きは単調だ。重く、まともに受ければ致命だが、躱すのは容易。すれ違い様にデーモンへと斧槍の一撃を放つ。

 

「かってぇな! クソッ!」

 

 甲高い音と共に弾かれた斧槍にアトナテスが眉を顰める。幾度も繰り返したやり取りだ。此方の攻撃は弾かれ、距離を詰められただけ灼熱が彼らを襲う。

 

「トラム!」

 

「もう少し待って……!」

 

 アトナテスの叫びに、トラムが答える。彼女の持つマク・ア・ルーインは時を経る事で力を紡ぎ上げる神器。故に、この戦場は我慢比べの様相を呈していた。トラムがデーモンの鎧を貫くか、それまでに彼女達が燃え尽きるか。そういう戦いだ。

 

「援護します……!」

 

 アトナテスに再び剣を向けるデーモンに対し、砲の一撃が放たれる。デーモンはその一撃によろめくも、大きなダメージを負った様子はない。デーモンが振り向いた先に居たのは、オートマタのアルタだ。

 

「これも効果が薄い……」

 

 アルタがデーモンを前に目を細める。分析が通用しない。彼女は己の父と、古代の文明の知識によって、この世界のあらゆる種族についてのデータを入力されている。故に、彼女はこの世界の種族に対し、特攻とも言える戦闘力を発揮出来る。

 だが、それはあくまでこの世界の者達に対してのみ。悪魔、デーモンと言葉で表現しようとも、混沌の火より生まれた彼らに、この世界のデータなど何の役にも立ちはしない。

 

「構わねぇ、とにかくトラムを狙わせるな! 時間稼ぎだけ考えろ!」

 

 悔しげに顔を歪めるアルタにアトナテスが叫ぶ。通用しなくとも良い。相手に鬱陶しいと思わせさえすれば役目は果たせるのだ。

 灼熱の炎を身に纏い、デーモンは剣を振り上げる。先と同じ繰り返し。だが、それならば都合が良い。アトナテスがそう言った矢先だった。

 デーモンの動きが止まる。

 

「何だ……?」

 

 距離を取り、アトナテスが警戒する。デーモンは何かに気付いたように迷宮の一方向へと視線を向ける。不穏な動き。しかし、アトナテスにはそれを見る事しか出来ない。

 

 遠く、迷宮の別の場所でデーモンの王子が覚醒した。生まれた時代こそ違えども、彼らは同じ混沌より生じた同胞。故に、多くのものを共有するのだ。

 王子の誇り、そして消えかけた炎ですらも。

 

「……!!」

 

 デーモンの身体、身の内の炎が溢れ出す。抑えきれないとばかりに滾る赤色は、青い炎へと変じていく。

 

「……! 周囲の温度、急上昇します!」

 

「おいおい勘弁してくれよ……!」

 

 ただでさえ灼熱地獄と称したそれが、より過酷さを増した。迷宮の壁すら赤熱し、焼き溶かしていく。まるで火の炉に焚べられた薪だ。ただそこに居るだけで、皮膚は爛れ、肉すらも焼いていく。普通の生者ならば、最早息すらも出来はしない。

 

 青い炎を纏い、デーモンは緩慢な動作で歩く。極限まで燃え盛る炎は、より一層自身の鎧を溶かしていく。だが、それでいい。炎より生まれたデーモンとは、その燻りを身に宿し、滅びゆく運命なのだから。

 

「アトナテス様……お下がりください! 後は私が……!」

 

 オートマタであるアルタが叫ぶ。無論、彼女とて無事ではない。人工的に作られた皮膚は焦げ、彼女の内部機関すら焼いている。オーバーヒート寸前と言っても良いだろう。それでも、生身のアトナテスよりはマシだった。

 

「……」

 

 アトナテスは無言で槍を構える。そこに込められた意思は明白だ。アルタが再び叫ぼうとして、目の前のデーモンが剣を振りかぶっている事に気付く。

 

「くっ……!」

 

 アルタの持つ砲が火を吹いた。二度、三度と砲弾がデーモンに直撃し、爆発を起こすも僅かによろめくばかり。振り上げた剣をそのままに、歩く足取りは微塵も止まる様子はない。

 

「……!」

 

 最早これまで、せめてアトナテスだけでも逃さなければ。そうアルタが覚悟を決めたその時だ。

 

「ハアァァァァァッ!!」

 

 ——輝ける銀腕が、燃え盛る鉄の巨人を殴りつけた。

 

「……!?」

 

 銀腕の一撃を受け、デーモンが吹き飛ばされる。アルタの砲を受けても動じなかったそれが、迷宮の壁すら破り、転がっていく。

 二枚、三枚と迷宮の壁を突き破り、漸くデーモンが止まる。強烈な一撃にふらつきながら、デーモンは身を起こす。ただでさえ自身の炎で溶けかけていた鎧が半ばひび割れるも、炎は健在。寧ろ、枷が外れたように身の内の炎が更に溢れ出す。

 

 混沌の炎に身を震わせながら、デーモンは己を吹き飛ばしたトラムへと視線を向ける。

 その先では、極大の光を身に宿し、剣を構える戦神の姿があった。

 

「マク・ア・ルーイン!!」

 

 輝ける剣。時の紡いだ光がデーモンへと降り注ぐ。デーモンは自身の剣でそれを正面から受け止めた。圧倒的な光の力。溶鉄の剣はその威力に耐えきれないとばかりにひび割れていく。

 

「……これで、終わりだ!」

 

 ひび割れた大剣に向けて、アトナテスは自身の斧槍を投げつける。デーモンがそれに気付くも、動く事など出来はしない。

 

 斧槍の一撃が大剣を穿つ。ひび割れた大剣が遂に砕け、光の波がデーモンを覆い尽くした。

 

「……!」

 

 鎧が砕け、身の内の炎すらも掻き消される。後に残されたのは、迷宮の壁を幾度も突き破った破壊痕のみ。

 

「ぐっ……流石に堪えたな……」

 

「ごめんなさい、遅くなったわ」

 

「いや、よくやってくれた。俺達だけじゃどうしようもなかったからな」

 

 謝るトラムに、アトナテスは首を振る。アトナテスもだが、トラムとて無事ではない。あちこちに火傷を負い、直接殴りつけた銀の腕すら僅かに焼けている。あの炎の巨人を直接殴りつけたのだ、それも無理もなかった。

 

「さて、残すはあそこだけか」

 

 アトナテスの見上げた先、血肉の塔が聳え立つ。悍ましい力の気配。嫌悪すら感じさせるそこで、今もなお戦いが繰り広げられているのだろう。

 

「行きましょう。王子様も、褪せ人も、きっとその先で戦っています」

 

 満身創痍ながらも、彼女達に退くという選択肢はない。信じる仲間達が、その先で戦っているのだから。

 

 悪魔は滅び、されど爪痕は残された。向かう先、待ち受けるのは怨嗟振り撒く瓦礫の王。





火のなき灰と夜渡り達「うろ底残して! うろ底残して!」

ヴィラヘルム「……?」
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