今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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ちょっと書き直してました。


夜の獣

 ——ペルセフォネの纏う雰囲気が変わった。

 

 その事を、その場に居た全員が感じ取る。今までは単なる化身でしかなかった三つ首の獣、それに明確に意思が宿ったのを感じたのだ。

 

「下の化け物に乗っ取られたのかしら……?」

 

「いいえ、あの獣もまた彼女そのもの。乗っ取られたのではなく、切り替わったのよ」

 

 首を傾げたアブグルントに、ヘカティエがそう訂正する。三つ首の獣もまた、ペルセフォネの化身である。故に、乗っ取りではなくこれは主導権の切り替わり。

 そして、それが意味するところは——

 

 庭園の中心で、獣が咆哮する。

 狼を思わせるその咆哮が冥界に響き渡り、その威容を否が応でも知らしめる。

 無論、それは単なる威圧ではない。

 

「見てください! 庭園の花が……!」

 

 庭園の花が枯れていく。

 生命力に満ちていたそれが彩りを失い、萎れ、朽ちていく。

 庭園が再び、色を失っていく。まるでペルセフォネが眠っていた時に戻ったかのようだったが、それはこれまでとは意味合いが違う。

 

「花は生命の象徴、それが朽ちて枯れていく……反転します」

 

 ヘリューズの言葉の直後、その変化は訪れた。

 枯死した花、それは翻って死の象徴となる。

 褪せ人の身体を異様なまでの脱力感が襲う。己の生命力、その根本を削り取るようなそれは褪せ人だけではなく、その場に居た全ての英傑達に降りかかっていく。

 

「……舞台は整いました。では、再び踊りましょう」

 

 ペルセフォネの言葉に呼応して、三つ首の獣が動き出す。

 獣が駆ける。咥えた剣に炎を纏わせ、褪せ人に向けてすれ違うようにして振るう。

 

「……ッ!」

 

 褪せ人がそれを咄嗟に身を屈める事で躱す。頭上を冥界の炎が掠め、魂を蝕む炎が褪せ人の魂を焼く。

 攻撃を躱され、しかし三つ首の獣は止まらない。方向転換すると大地を蹴り、褪せ人に向けて飛び掛かる。

 

「褪せ人……!」

 

 アスバールの声を聞きながら、褪せ人が選択したのは前進。三つ首の獣が全体重を乗せて叩き付ける剣、それを掻い潜るようにローリングする。

 その一瞬の後、庭園の大地に剣が突き刺さり、青い炎が庭園の緑を塗り潰す。

 

「……」

 

 致死の一撃を躱し、獣の懐で褪せ人は黒鉄の大剣を突き上げる。狙うのは、獣の無防備な腹部。

 

「ヴゥ……!」

 

 だが、浅い。急所を突いたつもりだったが、鋼のように硬い毛に、減衰された力では致命を与えるには至らない。

 だが、全く効果が無かったわけではないのだろう。褪せ人を懐に入れた状況を嫌うように、獣は大きく後方に跳ぶ。褪せ人を睨みつけ、此方の出方を伺うように低く唸った。

 

 褪せ人もまた、大剣を仕舞うと大盾を構える。

 相手の動きが変わった。今までとは違う、より獣としての側面の強まった相手に、褪せ人もまた観察を選択する。

 

 暫しの睨み合い、だが、それも長くは続かなかった。動き出したのは、やはり獣の方。

 

「剣舞は如何でしょう? ついて来れますか?」

 

 獣が咥えた大剣を上空に放り投げる。そして、それに繋がる鎖を咥えると、体全体を使って振り回す。

 鎖に引き寄せられた大剣が、褪せ人に向けて叩き付けられる。

 

「……ッ!?」

 

 予想だにしない動きに、褪せ人は咄嗟に大盾を構える。上方に構えた盾に、鎖剣の一撃が降り掛かった。

 

「ぐっ……!」

 

 あまりの衝撃に、褪せ人は苦悶の声を漏らすと盾を構えたまま膝をつく。

 当然、その隙を逃すペルセフォネではない。獣は鎖を引き寄せ、大剣が再び宙を舞う。

 

「褪せ人君ッ!!」

 

 今この状況で褪せ人を追撃させるわけにはいかない。タラニアは両手の剣と共に、獣に向けて飛び出した。

 

「あぁ、その感情、とてもよく分かります。故に——」

 

 それは罠だった。飛び出してきたタラニア、獣は一瞬そちらへと視線を向けると、鎖を引き自身の身体を回転させる。

 引かれた大剣が遠心力と共に周囲を薙ぐようにして回る。

 

「——まずは一人」

 

 大剣がタラニアの身体へと迫る。鎖によって伸びたリーチは、タラニアに判断を誤らせた。

 

「……!?」

 

 振るわれた大剣に、タラニアが瞠目する。されど、飛び出した身体の制御は効かない。

 咄嗟に両手の剣を身体の前の構える。

 

「がっ……!?」

 

 構えた剣は容易く砕かれる。剣の破片と共に、タラニアの身体は吹き飛ばされる。

 宙を舞ったタラニアはそのまま庭園の大地に叩き付けられ、土を抉り、幾度も跳ねては花壇を砕き、そして漸く止まった。

 

「タラニアさん!?」

 

 吹き飛ばされたタラニアを見て、イリスは駆け出す。そして、庭園の地面でぴくりとも動かないタラニアの下に辿り着き、その有様を見る。

 腕はあり得ない方向に曲がり、幾度も地面に叩き付けられたからか全身は血に塗れている。内臓も負傷しているのだろう。口からは血が溢れていた。

 

「あぁ嘘です、こんな……! しっかり、しっかりしてください!!」

 

 辛うじて息はある。だが、このままでは時間の問題だろう。泣き出しそうになるのを堪え、イリスは回復の奇跡を発動する。

 

「死を遠ざける女神の奇跡……何と悍ましいのでしょう。それはただ苦しみを長引かせるだけだというのに」

 

 冷たい声がイリスの背に響く。

 三つ首の獣が此方に向けて駆けていた。猛然と迫るそれを見て、しかしイリスはタラニアを見捨てる事は出来ない。

 ただ仲間を傷付けたその女神を睨みつける。

 

「彼女達はやらせないよ」

 

 だが、そんなイリス達とペルセフォネの間にヘイズルとヴィラヘルムが割って入る。

 神器のレプリカと蒼剣に魔力を込める二人を見て、ペルセフォネもまた目を細める。

 

「アダマスの使徒……死を拒み、私達の前に立ちはだかりますか」

 

「そういう契約だからね」

 

「それに、私達個人としても貴方達の理想は相容れません」

 

 鎌と大剣、輝く二つの得物を構え、ヴィラヘルムは静かな殺意をペルセフォネへと向ける。

 

「貴方の夢もまた、とうの昔に終わったもの。共に過去の者同士、出しゃばるのはやめにしましょう」

 

「それは出来ません。私達の歩みは、最早止められない」

 

 やはり、人の言葉は彼女には届かない。

 ヴィラヘルムが鎌を振るい、三つ首の獣へと斬撃を放つ。獣はその一撃を横に飛ぶ事で躱すが、そこを狙い撃つように大剣の一撃が獣の脚を斬り裂いた。

 

「グゥ……!」

 

 獣は僅かに怯み、ヴィラヘルムへと怒りの籠った目を向ける。次の攻撃へと繋ごうとするヴィラヘルムに、獣はその大口を開けて迫る。

 

 だが、ヴィラヘルムへと迫るそれは彼女を守る帝国騎士によって阻まれる。

 白光を放つ蒼剣を振るい、獣の頭部をかち上げる。

 

「ガッ……!?」

 

「両断するつもりだったんだけど、流石に硬いね」

 

 淡々とした口調で語るヘイズル。大きく仰け反った獣を横目に、イリスの方へと振り向いた。

 

「回復の奇跡に集中して。こっちは、私達が何とかするから」

 

「……! はい!」

 

 そうして再び獣へと向き直るヘイズル。しかし、そんな彼女達に向けて黒炎の槍が飛来する。

 ヘイズルが黒炎を打ち消すように剣を振るえば、その黒炎の奥からハイドースが肉薄する。

 

「アダマスの信徒め! これ以上はやらせん!」

 

「奥さん想いなのは良いけど厄介だね……!」

 

 突き出される槍を辛うじて躱し、ヘイズルが剣を振るう。だが、ハイドースもまた退くことはない。人類最高峰の剣戟を前に、冥界の亜神も槍一本で渡り合う。

 

 ヘイズル達の攻防の横、再び体勢を整えた三つ首の獣。口から冥界の炎を燻らせ、その大口を開ける。

 

「いけません……!」

 

 ブレスの前兆、背後のイリス達諸共に此方を焼き尽くさんとするそれに、ヴィラヘルムが大剣を振るう。斬撃を放つが、しかし獣を怯ませるには後一歩足りない。

 

 間に合わない。歯噛みするヴィラヘルム。しかし、その眼前、今まさにブレスを放とうとする獣に赤雷が迸った。

 

「グァ……!?」

 

 古竜の雷は獣の口腔を貫き、その全身を駆け巡る。不意に放たれた強烈な一撃に悶え、獣は大きく天を仰ぐ。

 

「あの子達はそれなりに気に入ってるの。殺させる訳にはいかないわよね?」

 

 ハイドースやペルセフォネの主戦場より遥か後方。アブグルントはグランサクスの雷を構える。

 異形の槍に赤雷が宿り、それは再び獣に向けて放たれる。

 

「……!?」

 

 さしもの獣も、大古竜の雷は堪えるのだろう。赤雷の一撃に、全身を痙攣させ、その肉を焦がしていく。上に跨るペルセフォネもまた、苦痛に身を捩らせる。

 

「おのれ……! 忌々しい悪魔め!!」

 

 ペルセフォネへと降り注ぐ雷撃に、ハイドースが吠える。先程まで渡り合っていたヘイズルを力任せに振り解き、その怒りはアブグルントへと注がれる。

 

 左手に冥界の黒炎をかき集めると、槍を形作る。そして、それをアブグルントへと投げ放った。

 

「ふふ……」

 

 猛然と迫る黒炎の槍。亜神が放ったその一撃を前にして、アブグルントは——避けなかった。

 槍を目前にしてなお、彼女はグランサクスの槍を掲げる。

 そんな無防備な白の悪魔の小さな身体に、黒炎の槍が突き刺さった。

 

「ごふっ……」

 

「何……!?」

 

 その選択に、目を見開いたのはハイドースの方だ。

 避けられる一撃。雷撃を止める為に放った牽制の一撃を、彼女は避けなかったのだから。

 

「くっ……あははははは!!」

 

 黒炎に焼かれ、腹部を貫く痛みに狂笑しながら、アブグルントが掲げたグランサクスの雷を振るい、赤雷を放つ。

 狙いは変わらず三つ首の獣、その上に居るペルセフォネだ。その方が、きっと目の前の亜神は苦しむだろうから。動機など、その程度で十分。

 そして、彼女の捨て身の一撃は、果たして狙い通りにペルセフォネを穿った。

 

「うあぁ……!!」

 

「ペルセフォネぇっ!! 貴様ぁっ!!」

 

 これまで以上に悶えるペルセフォネを前に、ハイドースの憤怒は頂点に達した。あの悪魔は塵も残さず殺してやる。力なく落ちていくアブグルントを前にして、しかしハイドースは手心を加えるつもりなどありはしなかった。

 再び黒炎の槍を手中に生み出すハイドースを見ながら、アブグルントは薄い笑みを浮かべる。

 

「くっ……ふふふ……神様なんて言っても、人間とそう変わらないのね……」

 

 愛した者を傷つけられ、怒りを見せる冥界の王。それは、過去に見てきた超越者——ガリウスやディアスなどと比較すればどこまでも真っ当な善性であり、故に扱いやすい。

 今のあの亜神は、最早戦えない己にしか目を向けていないのだろう。復讐心に囚われた心は視野を狭め、こうして悪魔に手玉に取られる。

 

 このままでは、アブグルントはなす術もなくハイドースによって冥界の炎で焼き尽くされるのだろう。

 

 ——このままであれば。

 

「だけど、貴方が妻を想うように……私達も想われてるのよ」

 

 死なないだろうという計算はあったが、それでも致命傷には変わりない。激痛の中、今にも遠のきそうになる意識を必死で繋ぐ。

 見たいものがあるのだ。神々の闘争に巻き込まれていながら、彼女はどこまでも自分の興味を優先した。

 

 憤怒の形相で黒炎の槍を構えるハイドース。刻一刻と迫る死の瞬間に、しかしアブグルントの視線はハイドースに向けられていない。

 

 彼女の視界に収まっているのはただ一人。折れず、砕けない、彼女にとってのただ一人の英雄。

 

 アブグルントの視線に、ハイドースもまた疑問を覚える。そして、言いようのない悪寒に、怒りに囚われていたハイドースが弾かれたように振り向いた。

 

 ——そこに居たのは、螺旋の大剣に黒炎を纏わせ振りかぶる、無機質な殺意の塊だった。

 

「なっ……!?」

 

 音もなく肉薄するそれに、ハイドースは咄嗟に槍を振るう。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。

 容赦なく振るわれた褪せ人の渾身の一撃。それはハイドースの受け止めた槍を容易く弾き飛ばす。

 

「何故そんな力が……!?」

 

 ハイドースが瞠目する。今、この場にはペルセフォネの花による力の減衰が働いている。故に、褪せ人が槍を弾ける程の力を出せるなど、ハイドースからすればあり得ない。

 だが、目の前の褪せ人にはそんな様子はない。それどころか、ハイドースすらも圧倒してみせた。

 

「…………」

 

 褪せ人のした事はそう難しいものではない。力を奪われたならば、それを上回るだけの力を出せばいい。祈祷、薬、戦技……褪せ人は自身の限界を超えた力を出す術を知っていた。

 無論、褪せ人がわざわざそれを答えてやるつもりもない。動揺しているのであれば、それを利用するまでの事。

 

 褪せ人の持つ剣が黒炎に包まれる。それは、ハイドース達の持つ冥界の炎とはまた異なる力、神狩りの炎である。

 

 神狩りの剣を褪せ人が振るう。ハイドースの防御をその膂力で強引に突破し、その刃をもって斬り伏せる。

 

「ぐあぁ……! ああぁぁぁ!!」

 

 袈裟斬りに斬られ、その斬り口から黒炎が噴き上がる。

 ハイドースはこの時、明確に己の死が近付いている事を悟った。

 

「これは……凄いね」

 

 ヘイズルが思わず呟く。

 亜神ハイドース、亜神でありながら冥界の王として桁違いの力を持つそれをいとも容易く斬ってみせた。ペルセフォネと違い、完全に力を取り戻していないとしても、人の身でそれを成す事がどれ程の偉業か。

 何より彼女の目を引いたのは、それ程の事を成しながら、恐れも高揚も抱いていない。ただただ平坦な殺意だけが剣に乗せられている。

 

「あぁ……本当に素敵……」

 

「……死に掛けなのであんまり動かないでくださいね」

 

 瀕死の重傷の中、どこか恍惚な笑みを浮かべるアブグルントを、帝国の癒術士であるアウローラが冷たい目で見下ろしていた。

 

 褪せ人は無言で神狩りの剣を構える。女王の黒炎は未だ刃を覆っている。再びハイドースへとそれを振るおうとして——褪せ人の視界の隅で鎖が踊った。

 

「……!」

 

 すぐさま追撃を中断すると、その場を飛び退く。一瞬の後、褪せ人の居た場所に大剣が叩き付けられた。

 飛び退いた褪せ人がその鎖の先を見遣る。そこで、ペルセフォネが殺意の視線を褪せ人へと向けていた。

 

「この人に手を出す事はなりません」

 

「……どの口が言う」

 

 思わず出てしまった褪せ人の言葉にペルセフォネが耳を貸す事なく、三つ首の獣が遠吠えをあげる。

 それと共に、ペルセフォネと三つ首の獣が青い炎に包まれた。

 

「今度は何……!?」

 

 フーロンが声を上げる中、一塊の炎が三つに分かたれる。それはそれぞれ意思を持つかのように飛び回ると、再び獣の形を成す。

 再び現れたのは、三つ首の獣ではなく三頭に分かれた獣達。

 

「分裂した!?」

 

「何でもありか! クソッタレ!」

 

 トラムとアトナテスが叫ぶ中、三頭に分かれた獣達の一頭、ペルセフォネの跨るそれが遠吠えをあげる。

 それは狩りの合図。獲物は当然——褪せ人だ。

 

 庭園を揺らし、二頭の獣が褪せ人へと駆ける。一頭が飛び掛かり、更にもう一頭がブレスを放つ。

 

「褪せ人!!」

 

 カゴメの呼び掛けを聞きながら、褪せ人はブレスを放つ獣の懐に潜り込む。

 二頭の連撃を躱し、潜り込んだ懐で剣を振るう。

 

「ギャンッ!?」

 

 腹部を斬り裂いた傷に、獣の一頭が大きく怯んだ。

 確かな手ごたえ。分かれていても、そのダメージ自体は共有されているらしい。ならば、やりようは幾らでもある。

 

 視界の隅で、タラニアとイリスが見えた。

 未だ起き上がる様子はなく、イリスが懸命に祈りを捧げている。

 

「…………」

 

 研ぎ澄まされた何かが、褪せ人の思考を加速させる。

 視界に三頭の獣を収め、どこまでも冷えた頭の中で戦術を組み上げる。

 

 標的にされているのは己だけ。それは寧ろ都合が良かった。己が狙われている分、他の者は動きやすいのだから。

 

 迫る獣達の猛攻を躱し、褪せ人はどこまでも機械的に分析を始める。

 どの攻撃の後に反撃出来るか、どこを狙えば効率的に傷付けられるか。そう言った経験値を、凄まじい速度で積み上げていく。

 

 遠目に見ても分かるだろう。獣達に集中攻撃されていながら、それらに適応し、あまつさえ反撃に転じる余裕すら見せ始めた褪せ人の異常さが。

 

「化け物……だな」

 

「それはどっちの事を言ってるんだ?」

 

「聞かずとも分かるだろう」

 

 皇帝の口から思わずこぼれたその言葉に、王子が尋ねればそう返される。

 実際、誰が最も恐ろしいかと尋ねればそれは間違いなくあの男だ。神を相手にただ一人、退かぬどころか押し勝ってすらいる。或いは、このまま一人で神殺しを成してしまうのではないかと思わせる程に。

 

「……怒っているのかもな」

 

「あの男がか?」

 

「まぁ、実際は分からないんだが」

 

 或いは、褪せ人自身も分かっていないかも知れない。

 そう思いながら、王子は再び神器を構える。

 

「行こう、このまま助けられてばかりじゃ格好がつかない」

 

「フ……間違いない」

 

 皇帝もまた神剣を携えると、獣達の待つ庭園へと駆け出した。

 

 獣の突進を躱し、すれ違い様に剣を振るう。手に持つのは神狩りの剣からオルドビスの大剣へと変わっていた。獣達を相手取る為により隙が小さく、かつ相応のリーチを求めた結果である。

 くすんだ黄金の刃は獣の肉を裂き、褪せ人の顔を血で汚す。

 襲い掛かる獣達の攻撃を捌きながら、褪せ人は一頭の獣に意識を割いた。

 

 二頭の獣に攻撃させ、その一頭はそれに参加する事なく剣を咥えたままじっと褪せ人を観察している。

 これもまた、獣の狩りなのだろう。二頭は陽動、本命はあの獣の放つ一撃。喉元に牙を突き立てる瞬間を、じっと待っているのだ。

 

 そして、褪せ人の予想通りにその時は来た。

 最後の一頭、その獣が大きく回転する。そして、青い炎の灯った剣を地面に突き立てると、大地を抉るように力一杯振り上げた。

 青い炎が爆発し、衝撃波が褪せ人に向けて放たれる。

 

「……!」

 

 避けるのは困難。されど、盾で防ぐのも厳しい。一瞬の判断、褪せ人が選択したのは前進だった。

 次々と爆発する地面。その爆発と爆発の間、ごく僅かな安全地帯に己の身体を滑り込ませんとローリングする。

 

 強烈な破壊の一撃は、庭園を砕き、生命なき死者達すらも巻き添えにする。

 

「貴方は……本当に恐ろしいですね」

 

 爆発が晴れた先、ペルセフォネは心の底からそう呟いた。

 完全に避ける事は出来なかったのだろう。全身を焼かれ、鎧も最早形を成していない。だが、それでも男は生きていた。

 ひしゃげた兜の奥、変わらぬ殺意を瞳に宿したまま。

 

「終わりよ、ペルセフォネ」

 

 ただ一人の人間相手に時間をかけ過ぎたのだろう。膨大な魔力を杖に込めたヘカティエとヘリューズ、そして神器を構えた王子と皇帝達が獣達を打ち倒していく。

 

 分かたれた炎は再びペルセフォネの元に戻り、そして三つ首の獣へと変わる。

 その姿は傷だらけで先程までの威容はありはしない。ペルセフォネが限界なのは、誰の目にも明らかだった。

 

「ぐっ……ペルセフォネ……」

 

「あなた……」

 

 黒炎に蝕まれながら、ハイドースがペルセフォネの下へと身体を引き摺っていく。

 その姿に、ペルセフォネは目を見開き、やがてハイドースへと微笑んだ。

 

「あなただけでも……どうか……生きて……」

 

「ペルセフォネ……?」

 

 何を言われたのか分からず、問い返すハイドースの足元でペルセフォネの魔法陣が広がっていく。

 それが転移の魔法陣である事、そして今言われた言葉の意味を知り、ハイドースは取り乱す。

 

「なっ、やめろペルセフォネ!! また我を置いていくのか!? 我はただお前と共に——」

 

「——ごめんなさい」

 

 ハイドースの言葉を待たずして、ペルセフォネはただ一人の想い人を送り出す。最後まで聞いてしまえば、きっと自分の決意が揺らいでしまうから。

 ただ一人、庭園に残されたペルセフォネは再び英傑達を見遣る。

 

「……私の舞台はこれで終わり。ですが、貴方達には最後まで付き合ってもらいましょう」

 

 三つ首の獣が起き上がる。満身創痍ながら、己の全てを振り絞り、正真正銘の最後の一撃を放たんと獣は大地に炎を吐き出す。

 

「来るぞ! 全員備えろ!」

 

 三つ首の獣が炎を纏った剣を振るう。

 それは大地を斬り裂き、込められた魔力が大地を駆け巡る。膨大な魔力を注がれた大地に亀裂が走り、抑えきれないとばかりに炎が噴き出していく。それは、一切の見境なく英傑達を襲った。

 

「無茶苦茶だ! こんなの庭園が保たないぞ!」

 

「うわわわわ!」

 

 噴き上がる炎を英傑達が躱す中、獣は剣を上空に放り投げる。宙を舞う剣に、冥界の炎、その全てが集まっていく。荒れ狂う炎が剣に込められ、恒星の如く輝きを放つ。

 それは、さながら青い太陽だった。

 

「これが……私のフィナーレ……!!」

 

 その青い太陽をペルセフォネは庭園へと叩き付けた。

 眩いばかりの光が庭園を覆い、その直後に爆発音が響き渡る。青い炎が、津波の如く庭園に広がっていく。

 それは、草木も石畳も等しく飲み込み、あらゆるものを無に帰す絶対の一撃だった。

 

「…………」

 

 炎が晴れ、荒れ果てた庭園の中心で三つ首の獣がゆっくりと崩れ落ちる。文字通り全ての力を出し尽くし、獣は炎に溶けていく。

 唯一残されたペルセフォネもまた、殆ど残り火のようなものであった。

 

 最早面影すら残っていない庭園に、英傑達が倒れ伏す。気を失っているが、死んでいない。亜神達の仕業か、アイギスの神器か、聖女の祈りか、はたまたあの異界の英雄の力か。いずれにせよ、彼女の悪足掻きは未来を生きる者達には通用しなかった。

 

 ただ立ち尽くすペルセフォネの背後、瓦礫を踏み砕く音を聞く。

 

「やはり、最後は貴方なのですね」

 

 ゆっくりと振り向いたペルセフォネの前に、褪せ人が立っていた。マリケスの黒き剣を手に、引き摺りながら向かってくる。

 その姿はボロボロで、ペルセフォネ以上に立っているのが不思議な程だったが、それでもその目を見れば彼女も納得した。

 

「受け入れましょう……運命の死を」

 

 両手を広げ、褪せ人を迎え入れるペルセフォネ。褪せ人は、そんな彼女へと黒き剣を突き立てた。

 一切の抵抗なく胴を貫き、やがて運命の死、その残滓が解放される。

 

「最期に……あの人に会えて……嬉し……」

 

 崩れ落ち、獣と同じように冥界の炎に溶けていくペルセフォネを、褪せ人はただ見送る。

 後に残されたのは、荒廃した瓦礫の山とただ静寂のみ。

 ただその静寂は、冥界の王、その一柱が眠りに落ちた事を示していた。




次回小休止的な回を挟んでDXロボハイドース戦やって帝国大戦終了予定です。
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