今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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歩みを妨げる者

褪せ人が暗黒騎士の襲撃にあった翌日。王城内、その執務室にて、王子は書類の山と死闘を繰り広げていた。

王国軍が各地に遠征、破竹の勢いで魔物を掃討していくにつれ、当然のことながら政務も加速度的に増えていった。遠征の報告書、解放した地域への復興支援、軍備増強。これに加えて、引き続きの王国内の政務と、最近になって竜人達と同盟を結ぶことになり、その対応にも追われている。

当然、その全てを差配するわけでは無い。各文官に仕事は割り当てられ、滞りなく作業は進んでいく。だが、最終的にはこの国の責任者は王子なのだ。その判断無く勝手なことは許されない。それ故に、各文官より上げられてくる書類を、王子はひたすらに処理し続けていた。

 

「王子、そろそろご休憩なされた方がよろしいかと」

 

アンナが、そう言いながらテーブルにコーヒーを置く。確かに、昨日からずっと寝ていない。食事をしたのもいつだったか。一度そう考えてしまえば、集中の糸を紡ぎ続けるのはもはや困難だった。

 

「もうそんな時間か…。ふふ、見ろアンナ。昨日からずっと書類を処理しているのに机から書類が無くならない…素敵だ…」

 

「…一度、寝室でお休みになられた方がよろしいかと。私の方で出来るものは処理しておきますし、責めるものは居ませんよ?むしろその調子で続けられる方がマーガレットさん達から怒られてしまいます」

 

その言には一理あった。必死に仕事をして仲間達から怒られるのは辛い。それに、限界を認識してしまえば、眠気と空腹が襲ってきた。

 

「…それも、そうだな。だが、寝る前に腹が減ったな…。セーラに何か作ってもらうか」

 

「では、私が呼んで参ります。王子は、そのままゆっくりなさっていてください」

 

そう言ったところで、執務室にノックが響く。王子が促すと、セーラが中へ入ってきた。

 

「おお、セーラ。丁度、呼ぼうとしてたところだったんだが、どうかしたか?」

 

「褪せ人様が、王子に面会を希望しております。如何なさいますか?」

 

「褪せ人が?分かった、会おう。それと、食事を頼みたい。あいつの分も頼む」

 

「かしこまりました」

 

そう言うと、セーラは褪せ人を連れるべく執務室を後にした。

 

「褪せ人がわざわざ会いに来るなんて珍しい事もあるものだ。さて、酒はどこだったかな。この前、北の大国から贈られたものが確か…」

 

「…あの、王子。現実逃避されている中、申し上げるのも心苦しいのですが」

 

王子がことさらに明るい声で立ち上がり執務室を物色し始める。それをアンナは気の毒なものを見るようにして、遠慮がちに言った。

 

「褪せ人様がわざわざ会いに来る時点で、絶対に何か厄介なことが起きてます」

 

「言うな…。そんなもの俺だって分かっている」

 

あの男がわざわざ面会を取り付けてまで会いにくる話。一方的に友人として認識してる身としては話すのは喜ばしい事ではあったのだが。その内容が碌なものではないのは王子とて確信していた。その事を考えると気が重くなるので、こうして一抹の望みをかけているというのに。

そんな、どこか沈んだ空気が漂い始めた執務室に、再びセーラが褪せ人を伴って入ってくる。

 

「褪せ人様をお連れしました。では、私は食事の支度に参ります」

 

「ああ、ご苦労だった。…さて、褪せ人よ。久しぶりじゃないか。食事はまだだろう?今セーラに作らせてるんだ。一緒にどうだ?お互い積もる話も――」

 

「先に報告を済ませたい」

 

褪せ人に対して、明るく振舞いながら食事に誘うも、にべもなくそう返される。いや、食事の誘い自体は断られていないため少しは進歩しているのだろうが、今はそれどころではない。

 

「ま、待て。そう急ぐな。俺だって心の準備が――」

 

「暗黒騎士団長を自称する者に遭遇し、交戦した。途中、邪魔が入って取り逃がしたが、近々王国軍に向けて襲撃があるだろう」

 

「んんんんんんんんんんん!!」

 

寝ておけば良かった。碌な話ではないと覚悟していたが、やはり厄介ごとだった。奇声と共に崩れ落ちる。

 

――どうか、耐えてください。

 

そんな王子を見ながら、アンナはそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「落ち着いたか」

 

「ああ…。すまん、取り乱した。ちょっと寝てなくてな」

 

褪せ人の言葉に、セーラの作った軽食を囲み、いくらか落ち着いたように王子は返す。

 

「暗黒騎士団、か…」

 

王子が何かを思い出すように、思考を沈める。同じくサンドウィッチを食べていたアンナが、褪せ人に説明を始めた。

 

「暗黒騎士団とは、私達も既に何度か交戦しています」

 

曰く、永遠の闘争を臨む者。王国軍を女神に縋る惰弱な者達と吐き捨てて襲ってきた彼らは、既に幾度か王国軍と衝突済。そのたびに彼らの計画を阻止し続けては居たが、団長本人はその度に取り逃し、以降その行方が分からなくなっていた。

 

「決着を着けると、そう言っていた」

 

「決着、ね」

 

褪せ人の言葉に、王子もまた、考える。暗黒騎士団長。あの男と刃を交え、少なからずその在り方に触れてきた。彼らの所業は決して許されるものではないが、それでも強い相手との闘争を臨むというのは、王子としても、理解できるものであった。

その男が、決着を望んでいる。己を好敵手として定め、最期の相手に相応しいと認めている。ならば、応えなければならなかった。

 

「…話は分かった。俺としても、決着が望ましい。あいつの背後に居る者については未だに分かっていないから、警戒はしないといけないが」

 

「そうか。ならば休むことだ。その様で負けたなどと、笑い話にもならん」

 

「違いないな。ひとまず、今日の所は休むとしよう」

 

王子は苦笑いしながら、そう言った。決着の時に寝不足で負けましたなど、英雄王の子孫として語られるわけにはいかなかった。

褪せ人が立ち上がり、執務室の外へと向かう。言うべきことは言った。後は、その日を待つのみ。

 

「次の戦場には私も呼べ。取り逃したのは私の責任だ。こちらで処分する」

 

「勿論、頼らせてもらう。だが、団長の相手は俺がする。それが覚悟を決めた者に対する礼儀というものだ」

 

その言葉に何も言わず、今度こそ褪せ人はその場を後にした。

 

「あいつに言わせれば、あの男の覚悟もただ処理されるだけのものか…」

 

異界の価値観か、あるいはあの男の固有のものかは分からない。だが、戦士としての矜持。それを理解されないのは、少し寂しいものがあると、王子は思った。

 

王国に、暗黒騎士団からの果たし状が来たのはそれから一月後の事だった。

 

 

 

 

 

 

王国のとある平野。ただ何もない草原が広がっているだけの場所で、暗黒騎士団は陣を広げ、討つべき相手の到来を待っていた。

 

「果たし状なんて古風な。いつものように強襲をかければよかったじゃないか」

 

エルヴァはリビングアーマー達に指示を出しながら、横で静かに立つ団長に言う。

 

「あやつなら、果たし状の方が確実だ。間違いなく、奴は我の前に現れる」

 

「幾度となく剣を交えたから分かるってこと?…だけど、もう失敗は許されないよ。これ以上あのお方のご意思に応えられなければ…」

 

「…分かっている。王子打倒は我が宿命。今度こそ、この手で打ち倒して見せる」

 

エルヴァの懸念を、暗黒騎士は確かな覚悟を以て応える。度重なる失敗に加え、余計な虎の尾を踏み、助力を乞う始末。恥を重ね続けたが故に、もはや後は無い。如何に寛大なあの方であっても見切りをつけられて当然であった。

 

「来たよ。私達の相手が」

 

エルヴァが正面を見遣り、そう呟く。王国軍が、彼方より進軍しているのが見えた。度重なる遠征で、力を拡大し続けた王国軍。一騎当千の猛者たちを抱えたそれは、間違いなくここで雌雄を決さんが為の確殺の布陣。

 

「あいつもいる…。あの方が言っていたことは本当だったんだ」

 

王国軍の、その先頭。最前線で鼓舞する王子の隣で、トレントに跨っている褪せ人を見て、エルヴァは苦々しく呟く。

あの恐ろしい死神が、王国軍に加わっていることを、信じたくは無かったのだ。何より、あの男が集団に所属しているというのが理解できなかった。あれは間違いなく英雄の類だが、その隔絶した個人の武勇は兵達をただの足枷としか感じられないだろう。

強すぎる力は、他者と並び立つことを許容できない。そのはずだ。

 

「貴様の懸念は尤もだろう。アレは恐らく、足並みを揃えるなどということをまるで考えん。まっすぐにこちらへ来て、首級を持ち帰る。そういう類だ」

 

エルヴァの心中を察した暗黒騎士が、己の見解を示す。一方的だったとはいえ、刃を交えたのだ。恐らくはそう間違いということも無いだろう。

 

「あの娘、使うんでしょう?大丈夫なの?」

 

エルヴァが心配そうに問う。褪せ人が王国軍に所属しているという最悪の想定において、何の対策もせずに決戦に臨むというのは無謀という他無かった。故に、あの方に助力を乞うた。そして、ある一人の娘を、戦力として貸し与えられたのだった。

 

「あれもまた、人間では無い。華奢な小娘のように見えても、その力は間違いなく人外のものだ」

 

おおよそ見た目からは想像もできないが、その力は間違いなく褪せ人を足止めするにはうってつけであった。とはいえ、未だ底を見せぬあの男にどこまで通用するかは分からない。それでも、王子との決戦の邪魔さえされなければ、それで良かった。

暗黒騎士は静かに王国軍を見据える。決戦の時は、確かに近づいていた。

 

 

 

 

 

 

「見えました。暗黒騎士団です」

 

隣に立つ弓兵、ソーマの声で王子は正面を見据える。リビングアーマーを中心とした魔物の軍勢が、平野にて陣形を組んでいるのが見えた。重装砲兵、ボウライダー等、これまでの戦力を結集したそれは、間違いなく背水の陣。ここで決着を着ける。そういう意思が見て取れた。

 

「褪せ人、お前が見た赤髪の女戦士だが…」

 

「洗脳されていると?」

 

王子が、褪せ人の報告の中にあった赤髪の戦士について言及する。これまでの戦いでも、暗黒騎士団はその洗脳の魔力を用いて、数々の戦士を手駒として王子に襲い掛かってきた。

恐らくは、今回もその類であることは想像に難くなかった。

 

「分かっているとは思うが、今回も――」

 

「――殺すなと、そう言うのだろう。問題ない。少し試したいことがある」

 

王子の言葉を最後まで聞かず、しかし了承の意を伝える。

人の心を侵し、そのあり様を変える。その力には心当たりがあった。魔物共のそれよりは思い通りにならないが、それでも比べるべくもなく強力なもの。主君の憎き仇であっても、一目見れば跪き、その命を捧げんとする誘惑に抗えぬほどのそれ。そんな力に、唯一対抗する術を、持ち合わせていた。

通用するかは分からない。最悪通用しないなら以前のように眠り壺をぶつけてしまえば良い。試す価値は十分にあった。

 

王国軍が、暗黒騎士団と対峙する。互いに睨み合い、静寂が辺りを支配する。

 

「全軍、突撃」

 

王子の号令と共に、王国軍は暗黒騎士団へと吶喊し、その距離を縮めていった。

暗黒騎士団が歩兵を散らすべく重装砲兵を展開。しかし、それは上空を駆けまわるペガサスライダーの斧槍によって刈り取られていった。地上の相手であれば、その砲弾の爆発によって面で攻撃が出来る。しかし、空中を自由自在に進路変更しながら飛び回るペガサスを砲で狙い撃つのは至難の業と言う他無かった。

最も厄介な重装砲兵が数を減らし、王国の騎兵部隊が突出する。騎兵がその槍で敵を穿ち、弓騎兵が敵に矢の雨を降らす。その様を見て、褪せ人もまた、頃合いであると悟る。

褪せ人がトレントと共に前へ出る。王国にとっては、苛烈な戦果を上げ続ける無二の英雄。されど、暗黒騎士団には死神に他ならなかった。それが、戦場でその存在感を主張し始める。狙いは、騎士団を指揮し続けるエルヴァただ一人。

 

「あいつ、私を狙ってッ!?手筈通りに、あの娘をあいつにぶつけろ!」

 

戦場を駆ける褪せ人を見て、エルヴァもまた切り札を切る。このためにわざわざ洗脳したのだ。役立ってもらわねば困る。

褪せ人の進行方向、そこに突如として巨大な壁が出現する。白く、堅牢なそれは飛び越えるにはあまりに困難。その出現に褪せ人は足を止めざるを得ない。

 

「貴方が頑張る団長を邪魔する悪い人ですね!では!アタシも邪魔するので乗り越えるところを見せてください!」

 

壁の上から、この戦場に似つかわしくない、幼げな声が響く。褪せ人が見上げれば、そこには小柄な少女が立っていた。唐突な乱入者。これも恐らくは洗脳をされているのだろう。

見るからに堅牢な壁は破壊するのには時間がかかりそうであった。だが、ここは平野。壁一枚の妨げなど容易く回り込めてしまう。こちらを攻める意思がないのであれば、いくらでも無視しようがあった。

褪せ人がトレントを翻し、少女を無視して進もうとする。指揮官を落とした後、相手してやればいい。そういう判断の元、エルヴァを優先する。

 

「むむ、ズルは駄目です!楽な道に逃げようというのは、他ならぬこのアタシが許しません!」

 

褪せ人の身をひるがえした先に少女が現れる。壁の上の少女は依然変わりなくこちらを見ており、移動したというわけでは無い。恐らくは分体。それが5体、褪せ人の周囲を取り囲むとそれぞれが再び白い壁を構築した。

 

――ここより遥か、東の国で。それは道歩く者の行く手を遮るいたずら好きな化生として知られる。

 

「さぁ、この壁をどう乗り越えますか?無限に頑張っていきましょう!」

 

――妖怪・ぬりかべ。

 

それが今、褪せ人の進む道を遮っていた。

 

 




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