今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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悲しみに満ちた世界

 燃え盛る黒炎の海を、ハイドースが見下ろす。

 

「…………」

 

 魂を削り取る冥界の炎に埋め尽くされながら、しかしハイドースはこれで終わるとはまるで考えていなかった。

 討つべき仇敵、己が全てを賭けるに値する者達。相容れず、その上で認めたからこそ、この程度で終わる筈がないと確信していた。

 

 だからこそ、黒炎の海から飛び出してきたトラムを見ても、ハイドースに驚きはない。

 

「ハァッ!!」

 

 トラムが右腕を握り締める。輝ける銀腕、戦神の一撃がハイドースに放たれる。

 デーモンの巨体すら容易く吹き飛ばしたその一撃を、しかしハイドースは苦もなく受け止めてみせる。

 

「やはり、お前達は耐えるか」

 

「当たり前……でしょ!」

 

 銀腕を防ぎ、続け様に振るわれるマク・ア・ルーインをいなす。

 如何に戦神といえども神の座を降り、亜神となったトラムとありし日の力を取り戻した大神ハイドース。その力の差は埋め難い。

 だが、トラムはそれを理解しつつも尚ハイドースへと肉薄する。敵わないのは承知の上、もとより彼女は一人で勝つつもりなど毛頭ないのだから。

 

「貴方の神器、姿隠しの兜はこうして密着し続けている限り起動できない……そうでしょう?」

 

 ハイドースを取り囲むようにして複数の魔術と神器が起動する。

 ヘカティエが、ヘリューズが、王子が、皇帝が、膨大な魔力巻き上げる。無論、彼らとて無事ではない。冥界の炎に焼かれ、その魂をすり減らしていながらも、瞳に宿る意志は何ら燃え尽きてはいない。

 

「小癪な真似を……」

 

 ハイドースが苛立たしげにトラムへと槍を振るう。トラムがは咄嗟に銀腕で槍を受け止めるも、衝撃までは殺し切れず、吹き飛ばされる。

 狙いが分かってしまえば単純だ。ただトラムを引き剥がし兜を起動してしまえば良い。

 しかし、それを許す程に英雄達とて甘くはない。

 

「——二度目の人生だ。神殺しといこうじゃないか」

 

 飛び出したのはヴィラヘルムとヘイズルだ。両の手の神器と蒼光の大剣を振るい、トラムに代わってハイドースへと肉薄する。神器を起動する隙など与えはしない。

 この世界における頂点達からの猛攻。ハイドースとて、容易く引き剥がすことは出来なかった。

 

「——終わりよ、ハイドース」

 

 ヘカティエの言葉を合図に、ハイドースに向けて英傑達の一撃が放たれる。

 爆炎、死氷、斬撃、並の魔物など形も残さず消し去り、地形すらも容易く変えうる至高の一撃。

 それらがヴィラヘルム達と斬り結ぶハイドースへと殺到する。

 流麗にハイドースから距離を置き、ヴィラヘルムの持つ鎌と大剣が光を放つ。

 

「奥さんにお尻を蹴飛ばされて漸くやる気を出す神になど、私達は負けません」

 

 神器のレプリカを振るわれる。二筋の閃光がハイドースを斬り裂き、少し遅れてハイドースは四方から迫る極光に飲み込まれた。

 冥界の闇すらも照らす魔力の光。耳を劈くような爆発音が響き渡る。

 亜神と神器の継承者達。そんな彼等の一撃を受けて無事な者など居るはずもない。

 

 だが——

 

「くく、耳が痛いな……だが、愛する者から背を押されて本気を出さぬなど嘘であろう」

 

 ハイドースは倒れていなかった。

 鎧はひしゃげ、その身は魔力に灼かれようとも未だ膝を突いてすら居ない。その身に纏う神たる威圧は、何ら衰えてはいなかった。

 渾身の一撃を正面から受け止められ、愕然とする英雄達を前にハイドースが口を開く。

 

「少し、数の差を埋めさせて貰おうか」

 

 ゴポリ、と冥界の大地に闇が垂らされる。タルタロスの魔力、その残滓をハイドースは行使し、即席の兵隊を生み出していく。

 それらはこの世界の知識に当て嵌めればシャドーと言われる魔物に酷似していた。だが、眼前で産み落とされたそれはより禍々しく、より深い闇を身に纏った異形。

 

「タルタロスの魔力をこうまで……」

 

「ハッ! 今更焦って雑魚生み出したって遅えよ!」

 

 ある者は荒れ狂うタルタロスの魔力を自在に扱ってみせたハイドースに驚嘆し、ある者はハイドースの焦りを見透かして獰猛に笑う。

 事実、ハイドースが思うように事が運んでいない。本来ならば、褪せ人を殺した時点で撹乱し、場をかき乱したまま主導権を握れたはずなのだから。

 

「まぁ、それも今更の話だ」

 

 彼らは瓦礫の王を下し、ペルセフォネを討ったのだ。今更神器程度で崩れるような相手だとは考えてもいない。

 果たしていつ振りだろうか、思惑を越え、真に敵と言える相手と相対したのは。

 

「行け」

 

 ハイドースの短い号令に、シャドー達が英傑達に殺到する。闇に潜り、相手の虚を突きその命を刈り取る。タルタロスの深淵、光を求めた罪人達の末路が、その爪を振るわんとする。

 

 先陣を切ったシャドー達。しかし、その進軍はすぐさま止まった。突如、赤い光が闇に潜る自分達を照らしていたからだ。

 見上げれば、自分達を照らしていたのは無数の炎。降り注ぐそれらがシャドーを照らし、やがて礫となって冥界の大地を燃やしていく。

 大地に落ちた炎は爆ぜ、冥界の大地ごと闇を焼き尽くす。

 

「ギ……!?」

 

 闇に生きる彼らにとってそれらは脅威であった。慌ててシャドー達は闇に潜るも、逃げ遅れた数体がその炎によって灼かれ、霧散してしまう。

 シャドー達の動きが止まる。その瞬間を狙うように、シャドー達へと褪せ人が飛び出した。

 

 その手に握るのは、溶岩の如く燃え盛る爪痕。さながら曲剣のごときそれを片手にシャドー達へと突貫する。

 

「……」

 

 駆けながら、褪せ人は祈祷を発動させる。その手に聖印はない。しかし、爪痕は己が持ち主の意を汲んで、その姿を変えてみせた。

 褪せ人が握るのは、紅く、蛇のようにのたうち回る炎。忌むべきそれを火球の形に押し込め、一際大きなシャドーの影目掛けて叩き付ける。

 爆ぜる火球は、タルタロスの闇すら飲み込み焼き尽くす。煌々と燃え盛る火を嫌い、生き残ったシャドーは己の身を更に深く闇に沈めようとする。

 

「ギィ……!?」

 

 だが、褪せ人はそれすら許す事はなかった。冥界の大地に広がる闇の泥濘、褪せ人は躊躇う事なくそれに腕を突き入れると、今まさに逃げようとしていたシャドーを引き摺り出した。

 

「……! ……!?」

 

 掴まれた腕の中でシャドーがもがく。だが、暴れたところで褪せ人を振り解く事などかなわない。

 抵抗するシャドーを見ながら、褪せ人は徐に一振りの大槍を取り出した。

 

 歪む炎姿の刃を持つ、忌むべき者の大槍である。

 

「……」

 

 褪せ人が大槍を横薙ぎに振るう。炎の残光が弧を描き、シャドーは抵抗すらままならず斬り裂かれる。

 タルタロスの魔力で形作られたそれは、泥となって辺りに飛散し、ハイドースの黒金の鎧を僅かに汚す。

 

「貴様……」

 

 兜の奥、ハイドースは目を細める。清々しいまでの挑発だった。シャドー達は炎の光を、そして炎と同様に苛烈なまでの有り様を示した褪せ人を忌避するように散っていく。

 あのタルタロスの罪人達が、褪せ人というただ一人に怯えているのだ。

 

「恐れを知らぬのは異界から来た故か? いや……」

 

 違うのだろう。神だろうと魔物だろうと、この男にとっては然程重要ではないのだ。

 だが、この世界でのその有り様は、あまりに傲慢で許容されるべきものではない。

 

「来るがいい、その無知故の蛮勇。死をもって正してくれる」

 

 自身が死に抗えていると思っているのならば教えてやろう。この身は冥界の王、如何に神の権能を奪い取ろうとも、いつまでも逃げられるものではないのだと。

 

「…………!」

 

 褪せ人が駆ける。ハイドースがその身を闇に溶かそうとするのを咎めるように炎姿の大槍を投擲する。

 

「むっ……!」

 

 のたうつ火蛇を纏い、真っ直ぐに飛来する大槍をハイドースが槍で弾く。爆ぜる炎が、ハイドースの鎧を焦がす。

 忌々しげにハイドースが褪せ人に目を向ければ、弾いた筈の大槍は既に褪せ人の手元に戻っていた。

 

「……そういう手合いか」

 

 手元に戻る武器。そういった物があるという事を永きを生きる神は良く知っていた。故に、今更この男がそれを持っていたとしても何ら疑問には思わない。

 

 そして、褪せ人もその程度で不意を打てるだなどとは考えてもいない。

 

「使えるか……」

 

 手に持った槍に意識を向けながら、褪せ人が小さく呟く。

 あまり得手としていない武器である。されど、褪せ人の握る手の中で炎姿の槍は応えるように熱を帯びた。

 

 この槍を握り、思い起こすのは一人の男。

 褪せ人(光なき者)という個に対し、これ以上ない憎悪を向けた忌むべき蛇(光なき者)

 

 ハイドースが黒炎の槍を放つ。先の褪せ人への意趣返しのつもりか、此方に真っ直ぐに投げ放たれたそれに対して、褪せ人は跳躍と共に薙ぎ払う。

 薙ぎ払われた黒炎の槍に、火の蛇が絡みつく。黒と赤、異なる色の炎が混じり合い、互いを滅さんと喰らい合う。

 

「何と悍ましい……!」

 

 その異形の炎に、ハイドースは嫌悪の声をあげる。目前の炎が普通の炎ではないと知り、全てを飲み干さんとする貪欲さを見たが故に。

 

 無論、褪せ人にはそんなハイドースの感情など知った事ではない。忌み嫌われるなど、今更の話である。

 跳躍し、宙に浮いたまま褪せ人は槍を構え前進。そのままハイドースに向けて炎を纏った突きを放つ。

 

「無謀な真似を!」

 

 猛然と放たれた突きを目前に、ハイドースもまた槍を振るう。次々と放たれる互いの槍の一撃を、弾き、或いはその身で受け、されどどちらも退くことはない。

 褪せ人の胴を貫き、とめどなく血が溢れようともそれが止まる気配はない。

 対するハイドースも同様だ。鎧を貫かれ、その身の内を焼かれようとも、寧ろ一歩踏み込んでみせた。

 

「また無茶やってる……!」

 

「またイリスに怒られますね!」

 

 割って入る事すらままならないその戦い。しかし、終わりの時は訪れた。褪せ人の槍が、ハイドースの槍を弾いたのだ。

 

「……!!」

 

 明確な隙を、褪せ人は逃しはしない。褪せ人は手に握る槍を、渾身の力を込めて地面へと突き立てた。串刺し公の槍、その内に潜む邪な蛇の残滓を解放する。

 爆ぜる炎、そして一瞬遅れて地面から無数の槍が突き立った。凄まじい勢いで飛び出したそれは、ハイドースを串刺しにせんとばかりに襲い掛かる。

 

「ガッ……!?」

 

 結果、ハイドースの巨体が打ち上げられる。鎧に身を守られていなければ、どうなっていたかなど言うまでもないだろう。

 

「……!」

 

 ハイドースが大地に叩き付けられる。対して、褪せ人もまた膝をついた。視界が赤く染まり、身体から溢れ出した血液が肌を撫でる。

 

「褪せ人……!」

 

「問題……ない……」

 

 駆け寄ってきた王子を手で制し、褪せ人が回復の祈祷を発動させる。

 空いた穴は塞がり、流れ出る血は止まったが、流石に完全には癒えていない。立ち上がると同時に痛みが走り、兜の内で眉を顰める。

 

「ハイドースは……!」

 

 褪せ人の攻撃を受けたハイドースもまた、立ち上がる。鎧はひび割れ、兜もまた半ば砕けその素顔を覗かせる。

 

「終わりだ、ハイドース」

 

「……そのようだ」

 

 英傑達に囲まれ、皇帝によって告げられた言葉をハイドースは静かに肯定した。

 決着の時は近い。だが——

 

「——この一撃をもって、この戦いに終止符を打とう」

 

 ——終わるのは、己ではない。

 

 ハイドースの周囲を、膨大なまでの魔力が吹き荒れる。燃え盛る黒炎、タルタロスの泥濘。それら全てがハイドースの身の内へと流れ込んでいく。

 

「全ての時代、全ての場所で、この世界を憎んだ者達よ……! 離別の苦しみに、苦しみ喘ぐ者達よ……!」

 

 鎧は砕け、ハイドースの身体にもまた亀裂が走る。この世界の不条理を嘆く者達の怨嗟と祈り、そしてタルタロスの罪人達から収奪した魔力。その魔力は、ハイドースをしても決して受け止め切れるものではない。

 

「何て桁違いな魔力量……!」

 

「こんなの受けたら文字通り消し飛ぶわ! 退避を……!」

 

「逃げると言っても、逃げる場所なんて何処にも……」

 

 吹き荒れる魔力の渦を前に、口々に英傑達が叫ぶも、最早ハイドースを止める事も、逃げる事もかなわない。

 世界すら悲鳴を上げる中、ハイドースは槍を構えると、その穂先に黒い光が迸る。

 

「——創造神の生み出した悲しみの世界、この手で終わらせよう」

 

 放たれるのは黒き魔力の奔流。ハイドースの持つ全てを込めた、全霊にして至高の一撃。その余波ですら冥界の大地を焼き溶かし、タルタロスの罪人達をも霧散させる。

 そんな一撃が、褪せ人達へと迫っていた。

 

「クソッ……!」

 

「…………」

 

 王子と褪せ人が前に出て、互いに盾を構える。アイギスの神器、その力を解放し、黒き魔力の奔流を受け止めようと身構える。

 しかし、そんな身構えた褪せ人達より更に前に出た者がいた。その小さな白い背中は、褪せ人にとって酷く見覚えのあるもの。

 

「——誰かを護るのはアタシの役目でしょう!」

 

「カゴメ……!?」

 

 王子が叫び、制止しようとするより先に、カゴメと分身達が次々と壁を生成する。

 幾重にも重なった重厚な壁。幾度となく助けられてきたそれは、しかし圧倒的な死の奔流を前にしてあまりにも薄く見えた。

 

「無駄な事を……!」

 

 ハイドースが嗤う。幾らぬりかべといえども、これは大神による全霊の一撃。世界をも砕かんばかりの一撃を、ただ強いだけの妖怪一人で受け止め切れるはずもない。

 

 一枚、また一枚とカゴメの壁は砕かれ、その背後の分身達が黒き光に飲み込まれていく。

 

「ぐっ……まだまだ……!」

 

 己の分身が消えゆくのを感じ、その暴力的な光を前にカゴメは尚も諦めはしない。その余波がカゴメの肌を焼こうとも、彼女が後ろに退がる事はない。

 

「カゴメ……! やめ……!?」

 

 王子がカゴメの前に出ようとするのを、褪せ人は静かに押し留めた。そして、褪せ人はカゴメの背に静かに声を掛ける。

 

「カゴメ」

 

「はい! 何ですか!?」

 

 褪せ人はカゴメの力を疑ってはいない。この娘は、やると言ったらやるのだ。たとえどれ程に力の差があろうとも、この妖怪はそれを気合いでどうにかする。そう褪せ人をして思わせるのだ。

 

 だからこそ、掛ける言葉など一つしかない。

 

「——頑張れ」

 

「……ッ!! はいっ! 無限に! 頑張りますよ!!!」

 

 背に掛かるその言葉だけで、彼女の力は何倍にも膨れ上がるのだ。黒き光は遂に分身達の壁を砕き、本体であるカゴメの壁へと到達する。全く勢いの衰えていない破壊の一撃。しかし、それはたった一枚の壁を前にして止まる。

 あれ程容易く砕けたというのに、その最後の一枚が砕ける気配がない。

 

「馬鹿な……!?」

 

 ハイドースがその光景に目を見開く。大神の一撃、世界を砕く一撃がたった一枚の壁に阻まれる。あり得て良い筈がない。しかし、そんな馬鹿げた光景は、ただ一人の妖怪少女によって今まさに成されているのだ。

 

「……幾度となく仲間を守ってきた彼女への信頼が、そのまま彼女の力となっています。妖怪にとっての畏れとは、決して負の感情によるものだけではない」

 

 アスバールがその光景を前に口を開いた。妖怪とは、畏れを糧に生きる怪物。されど、彼女達と人との関係は魔物と人のそれとは決定的に違う。

 どちらかと言えば、神の有り様に近いのだ。畏れとは信仰。そして、彼女の白亜の壁は数え切れないほどの窮地を救ってきたのだ。

 

「或いは、彼女はもう妖怪を超えて——」

 

 ——遠く、東の国。八百万の神々を信仰するその地にて、厄神や悪霊を人々から遮る神が居た。

 

 ——名を不通不帰神或いは、さえのかみと言う。

 

「頑張れば何だって出来る事をアタシはよく知っています! だからこそ、この程度で……!!」

 

 壁を越える人間が好きだった。魔物に襲われ、それでも尚抗わんとする人の姿を見て、もっと好きになった。

 誰しもが諦める中で、絶望を前に立ち上がり、無謀を通す王国の者達を見た。

 そして、その中でも顔色一つ変えずに無茶を通す男を知った。

 

 ——そんなものを見せられて、カゴメも応えぬ訳にはいかないのだ。

 

 黒き光を前に、白亜の壁は尚も耐える。少しずつひび割れ、破片が光に焼かれるも、決定的な破壊の気配はない。

 

「援護するわよ!」

 

「ここまでの事をやられたら、こっちも頑張らないといけないか」

 

 カゴメの姿に、英傑達も武器を構える。ハイドースの魔力を少しでも削ろうと己の全霊を賭けて攻撃を放つ。

 

「ぐっ……オオォォォォ!!」

 

 ハイドースとて、このまま何も出来ずに終わるわけにはいかない。英傑達の攻勢に、槍に更なる魔力を注ぎ込む。鎧は崩れ、タルタロスの魔力はハイドースの身の内まで侵している。

 

「終わりだ、ハイドース」

 

 黒き奔流の先、ハイドースが見たのは神器を構える皇帝と、聖印に祈りを捧げる褪せ人の姿。

 祈りにより、放たれるのは12の黄金の礫。脆く、ねじくれた影樹の残滓。しかし、その黄金の光は間違いなく本物であった。

 

 黄金の礫が黒き光へと放たれる。

 カゴメの壁と、英傑達の度重なる攻撃によってその力は既に衰えている。影樹の残滓が魔力の奔流を貫き爆ぜる。

 

「皇帝」

 

「あぁ、分かっている」

 

 褪せ人の言葉に、皇帝は神器を振りかぶる。アダマスの神剣、その刀身が輝きを放つ。

 

「やはり、最後は貴様なのか……アダマス……」

 

 ハイドースの言葉に、皇帝は答えない。ただその眼を宿敵に向けたまま大剣を振り下ろす。

 白き光の斬撃は黒き光を斬り裂き尚も止まらない。そして遂に、その刃はハイドースの胴を斬り裂いた。

 

「——あぁ、世界はまだ……続くというのか……」

 

 無念に塗れたその言葉と共に、ハイドースが膝をつく。槍を手放し、あれ程に満ちていた暴力的な魔力も霧散する。

 

「アタシの勝……ち……」

 

「カゴメ!?」

 

 ハイドースの一撃を受け切り、カゴメもまた力なく崩れ落ちる。

 フーロンが慌てて駆け寄るよりも先に、褪せ人がカゴメの身体を抱き留めた。

 

「頑張りの……勝利、ですね……」

 

「あぁ、よくやってくれた」

 

 ぐったりと意識を失ったカゴメを褪せ人は抱える。

 息はある。限界を超えた力を引き出した反動だろう。仮にアスバールの言っていたように彼女が神になったとしても、大神と化したハイドースの一撃を受け止めたのだ。意識を失くした程度で済むのがある意味で奇跡だった。

 

 褪せ人は崩れ落ちたハイドースの方へと視線を向ける。皇帝を前にしても、ハイドースが立ち上がる様子はない。否、最早立ち上がる事すら出来ないのだろう。

 身体に走る亀裂は大きくなり、身の内の魔力が血のように吹き出している。

 

 そんなハイドースに、皇帝は静かに問い掛ける。

 

「何か、言い残す事はあるか?」

 

「……庇護すべき者、死すべき運命にある人の子に委ねる意思などありはしない」

 

 皇帝の問いに、ハイドースは拒絶の言葉をもって返す。

 それは敗者として、そして神としての最期の矜持であった。

 

「さらばだ、皇帝よ、英雄達よ。悲しみに満ちた世界を征くがいい」

 

 世界を悲しみから救う事は出来なかった。人の子らが生を望む限り、離別の悲しみは終わらない。

 

「……世界は、それ程捨てたものではない」

 

 無念の言葉を吐くハイドースに、皇帝は静かに反論した。

 世界が悲しみに満ちているのは事実だろう。やり方はどうあれ、ハイドースが望んだ世界には、人に対する愛があった。

 だが、世界はハイドースが思う程に、絶望と悲しみだけに満ちているわけではない。

 

「嘆く者が居れば、必ず俺が助けに行く。その程度の約束しか出来ないが——」

 

 皇帝の言葉に、ハイドースは小さく笑った。

 何と無謀な約束なのだろう。嘆く者などこの世界に数え切れないほど居るというのに。今こうしている時も、きっと何処かで苦しみに喘ぐ者が居るというのに。

 だが——

 

「——やってみせるといい」

 

 ——それが綺麗事だったとしても、この男達は最後の時まで足掻いてみせるのだろう。

 

 そうハイドースに思わせる程度には、彼らは強く、眩しかった。

 

「…………」

 

 ハイドースの眼から光が消える。

 完全に沈黙した彼から皇帝は視線を外し、振り返る。

 

 全員が、皇帝の言葉を待っていた。

 

「——帰るぞ。今度こそ、勝利の凱旋だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥界の最奥、タルタロスの扉は閉じられた。

 暗く、冷たい静寂の中、残されたのはかつて冥界の王だった男一人。

 

 少しずつ消え掛かる命の灯火に、ただ終わりの時を待つ。

 

「……あぁ、ずっと、そこに居てくれたのか」

 

 己以外誰も居ない筈のその闇の中、ハイドースは穏やかな声で呟いた。

 最早目も見えはしない。しかし、己を包む暖かなそれを彼が間違えるはずもない。

 

「今度はもう、君を一人になんてしない」

 

 闇の中、小さく優しい光が見えた気がした。ずっと追い求めていたそれを前に、ハイドースは立ち上がる。

 不思議と身体は軽かった。今なら、彼女となら、どこへでも行ける気がする。

 

「——君を愛している。たとえ、世界が永遠に終わろうとも」

 

 もうこの手を離す事はない。その決意だけを胸に、ハイドースは光の先へと歩き出すのであった。




水着アブグルント実装! 水着アブグルント実装!!!

私はやったんだあああああああああ!!!




帝国大戦編はこれでひと段落です。
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