今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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意外と難産でした…


ありふれた狂気

 白の帝国、その永きに渡る因縁の炎は一先ずの収束を迎えた。

 未だ火種が潰えたわけではない。白の王国の栄華を忘れられぬ貴族達は未だ水面下で燻っているし、未だ全ての異種族達が恨みを忘れた訳ではない。

 

 しかし、それらも遠からず解決に向かっていくのだろう。

 前者は初代白の皇帝が現皇帝の支持を表明した事で屋台骨を失い、その力を大きく失う事となった。まさか帝国の貴族達も、ヴィラヘルム本人が蘇るなどとは夢にも思っていなかっただろう。

 国中が混乱の真っ只中にある中、最初の王が戻ってきたのだ。何処かで聞いた覚えのある話ではある。

 

 そして、後者についても時間の問題だ。

 もとより現白の皇帝は異種族との融和政策には積極的であった。結果的には荒療治ではあったが、今回の反乱を経て急速に和解へと進むだろう。

 また、王国の介入があったのも大きい。帝国に敗北した獣人を王国は自領に迎え入れるばかりか自治領を与え、帝国と対等に領土交渉出来るようにとリンクスに叙勲まで立てたのだ。これにはさしものリンクスもお人好しが過ぎると呆れられてはいたが。

 

 いずれにせよ、当面の問題は去ったというのが帝国の見解であり、レオナを筆頭に優秀な彼女達は上手くやってのけるのだろう。

 

 そして、帝国から多大な報酬を得た褪せ人達は久方ぶりに王国へと帰ってきたのであった。

 

「やっぱり久しぶりの王都は落ち着きますね……」

 

「帝国は少し都会的だったからね。戦時中というのもあったけど」

 

 門を潜りながら、久しぶりの王都に懐かしさを覚えながら一行は歩く。

 王国の方はどうやら変わりないらしい。国のトップが剣を片手に最前線を走っていようともこの国の優秀な人材は問題なく政務を回してみせていた。

 

 飛空船の上で、王国に近付くにつれて王子の顔色が悪くなっていたのは溜まっていた政務の事を思い出したからなのだろう。

 

「王子様の応援に行きたいですね……」

 

「まぁ、文字通り死ぬ程頑張る事になるでしょうね」

 

 どこかウズウズとし出したカゴメに、アブグルントが気のない返事を返す。

 飛空船が着陸した時、出迎えたアンナと文官達がとても良い笑顔で王子を引き摺っていったのが印象的だった。ある意味で、ハイドースよりも厳しい戦いが待ち受けているのかも知れない。

 

「今回も色々ありましたね……カゴメは神様になっちゃうし」

 

「んー、どうなんでしょうね? 正直あんまり変わらないですし、アタシの故郷はその辺の線引き曖昧ですから」

 

 フーロンの言葉に、カゴメは首を傾げながら返事を返した。実際、彼女にも分かってはいないのだろう。

 この世界で基本的に神、或いは亜神と呼ばれる者達は神の楔を有しているかどうかである。

 

 しかし、当然ながら例外はあるし、彼女の生まれた東の国もまた異なった観点より神を見出している。

 アスバール曰く、結局のところ信仰を集められるかどうかであり、畏れを糧とする妖怪は特に神に至りやすいのだという。

 

「うーん、崇めたりした方が良かったり?」

 

「いつも通りで良いですよ? アタシを崇めるくらいなら頑張ってくださいね!」

 

「言うと思った」

 

 予想通りの返答にタラニアが苦笑いを浮かべる。

 全くブレない。恐らくはこれが彼女の力の源なのだろう。ぬりかべなのかどうかはちょっと議論の余地がありそうだが。

 

「王都に戻ったわけだけど……これからどうするの?」

 

「やるべき事はまだある」

 

 アブグルントの問いに、褪せ人はにべもなく返す。

 亜神ハイドースは帝国にとっての因縁であり、世界を揺るがす脅威でもあったが、褪せ人にとってはただ立ちはだかる敵の一人でしかない。

 亜神ディアスは未だ健在であり、討ち倒すにはオリュンポスを攻略していかなければならないのだ。

 

 無論、褪せ人一人で動く事を王国は許しはしないだろう。

 それまでの間に装備を整えたり、情報収集など出来ることはそれなりにある。

 時間が余るようならば、適当な依頼をこなしても良いだろう。

 

「あら、それなら私が依頼を見繕っても良いかしら?」

 

「好きにしろ」

 

「やったっ」

 

 アブグルントは褪せ人の了承を受けて見た目相応の喜びを露わにした。

 だが、褪せ人達は知っている。この白い悪魔が動きを見せるということは、大抵碌なことにならないという事を。

 実際、アブグルントの持ってくる依頼という部分でタラニアは露骨なまでに目を逸らした。

 

「貴方も請ける?」

 

「い、いや……今回はやめておこうかな……」

 

 以前、彼女の持ってきた依頼を褪せ人と共に請けた事を思い出したのだろう。

 実に悪意に塗れた、醜悪というのも生易しい内容だったのはよく覚えている。褪せ人自身、兜の下で眉を顰め、それを見て取り乱したタラニアに発狂の苔薬を含ませて外に放り出した程だ。

 彼女から持ってくる依頼は一人で対応しようと決めた出来事である。どうせ、彼女の興味は己なのだ。他は彼女にしてみればおまけだろう。

 

「長い間家空けてたし、まずは買い出しかなー」

 

「泥棒とか心配ですね……」

 

 思い思いにこの後の事を語りながら褪せ人の邸宅にまでたどり着く。半ば彼女達の拠点と化してしまっているが、それは今更の話だろう。

 尚、泥棒どうこうについては問題はない。ヘリューズ達が魔法を施しているのは知っているし、何より留守番が居るからだ。

 

「え? 留守番って——」

 

 褪せ人の言葉に疑問を浮かべながらフーロンが扉を開ける。

 扉を開けて、一行の鼻先をくすぐったのは甘い香の匂いだ。香りに導かれるようにして中に入れば、邸宅の中は様変わりしていた。

 元々置いてあった簡素なテーブルや最低限の調度品が取り払われ、豪奢な格子細工の施されたテーブルに見事な金細工と象嵌の薬箪笥、そして絹の帳が部屋を彩っていた。

 さながら華の国の宮殿を思わせるその邸宅の中で、二人の仙人が此方に背を向けて問答を繰り広げていた。

 

「……やはり少し豪華過ぎるのでは?」

 

「これだから神仙境の仙人共は……真に優れた物というのは心を豊かにし、己が見識を深めるのに役が立つものだ」

 

「む、邪仙の言う事にしては一理ありますね……確かにこの薬箪笥は実に見事な……」

 

「ほう……仙人にしては見る目がある。これは昔宮廷の家具職人だった男から譲り受けた……」

 

 どうやら、この有り様は仙人達の仕業らしい。相変わらずの二人だが、幾分かその会話から互いに険が取れているのは見て取れた。

 やがて、そんな二人も此方に気付いたのか褪せ人達の方へと向き直る。

 

「おお、戻ってきたか。既に帝国の勝利の報は届いている。随分と派手にやったそうだな」

 

「問題は」

 

「何も。こうして部屋を飾り立てて退屈を紛らわせる程度にはな」

 

 褪せ人の問いに、金光聖菩が肩を竦める。彼女にとっては不幸な事に、王国はこの遠征期間中大きな問題は発生しなかった。精々が魔物騒ぎ程度のもので、彼女達が出向くようなものではなかった。

 

「……持ち直したようだな」

 

「何……? あぁ、あの事か」

 

 褪せ人の言葉に金光聖菩が訝しげな顔を浮かべ、やがて合点のいったように頷く。

 安寧者との戦いの後、取り乱してしまっていた事を言っているのだろう。

 

「これでもそれなりに長く生きているのだ。今更小娘の如く塞ぎ込んだりはせん」

 

 褪せ人に庇われ、己の源流を思い出してしまったが故に、強さへの求道の芯が揺らいだのは事実。されどもこの身は邪仙。気を鎮め、己の道を再び見つめ直す程度、出来なくては話にもならない。

 どこか優しげに此方を見つめる太公望を鬱陶しそうに睨みながら、しかし再び金光聖菩は褪せ人へと視線を戻す。

 

「ただ、こうして変わる機会を得られたのはお前のおかげなのだろうな」

 

 強きを渇望し、高みを目指す。仙人として内に閉じ籠って得られる強さに限界を感じて邪仙境に与したが、それもまた彼女の望むものではなかった。必要だったのは強者との高め合い。

 満たされぬ渇望に、ジクジクと己が心が膿んでいくのを感じる中に現れたこの男は鮮烈だった。

 

「責任は……取って貰わないとな?」

 

 己の胸に出来た古傷を撫でながら、金光聖菩は褪せ人へとしなだれかかる。褪せ人の矢によって付けられたその傷は、仙術を使えば如何様にも治せるものであるが、彼女は敢えてそうしなかった。元は雪辱を晴らす誓いの為、だが今は——

 

「——はい、ストップ」

 

 そこまで考えたところで、褪せ人と金光聖菩の間にフーロンが割って入る。

 

「勝手に自分だけの世界に入らないでくれます?」

 

 見れば、フーロンだけでなく背後に居た者達もまた鋭い視線を投げ掛けてくる。白い悪魔だけが、この状況下で褪せ人を観察するような視線を向けていた。

 睨み合いが続く中、金光聖菩とフーロンの間に入ったのは太公望であった。

 

「さて! 何はともあれ皆様もお疲れでしょう? 荷物を置いて、久しぶりにゆっくりなされては?」

 

「……そうだな」

 

 太公望からの助け舟に、褪せ人はこれ幸いと乗る事にした。

 部屋に向かう褪せ人に、金光聖菩が僅かに不服そうな顔を浮かべるもそれ以上は何も言わない。

 

 褪せ人が自室の扉を開ける。

 どうやら個人の部屋にまでは金光聖菩は手を出して居なかったらしい。といっても大したものはない。飾り気のない、その分頑丈なテーブルとベッドだけの、立派な屋敷に似つかわしくない殺風景な部屋。

 

 そんなつまらない部屋に多少の懐かしさを覚えながら、褪せ人は束の間の安らぎに身を委ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは酷く暗く、腐臭の立ち込める部屋だった。壁は赤一色に塗りたくられ、奇怪な形の燭台と、形容しがたいピンク色の何かが盛られた杯が卓の上に並べられている。

 そんな誰もが目を覆いたくなるような部屋の中で、彼女は退屈凌ぎに一冊の本を読んでいた。

 王都で流行っている恋愛小説だ。魔物に滅ぼされた国の王子とヒロインの物語。誰がモデルなのかは言うまでもない。この国では不敬罪で捕まったりはしないらしい。

 

 ——貴方の悲しい顔は見たくない。

 

 ——貴方にはずっと笑っていてほしい。

 

 ページを捲るたびに、そのような台詞が目に入ってくる。

 何とも理解の出来ない感情だと、彼女は思う。真に好きな相手ならば、その全てを知りたくなるのではないだろうか。

 

 喜びも哀しみも、愛も憎しみも、或いは抱えている闇と狂気すらも。その深淵を露わにして、肯定し、愛でてしまいたいと思うのはおかしいのだろうか。

 

 突如、開かれたページに赤い雫が落ちて、彼女の思考が打ち切られる。まだ読んでいない部分だったが、丁度興味が失せてきたところだ。

 彼女は顔を上げ、赤一色の部屋の中で想い人に声を掛ける。

 

「仕事は終わり?」

 

「あぁ」

 

 いつものように、必要最低限の返答を彼女に返す。ただ、僅かにその声音が硬くなっているのを彼女は見逃さなかった。

 兜の奥、褪せた瞳に揺らぎはない。ただ、ほんの少しでも彼の心に漣を立てる事が出来たなら、彼女の目的としては果たせたと言えるだろう。

 どこか楽しげに、彼女は男に口を開く。

 

「他の子を連れて来なくて良かったわね? きっと使い物にならなかったでしょうから」

 

 今回は少し刺激が強かったのだろう。彼女の脇で這い蹲って啜り泣く男を見ればよく分かる。

 

 彼は裏社会の工作員だ。今回、褪せ人に仕事を持ち掛ける際にアイリーンというメイドが寄越した腕利きの一人。

 わざわざついてくるだけあってその手腕は見事なものだった。ここまで滞りなく仕事が終わったのは彼が居たからなのは間違いないだろう。

 

 今回の案件はそう大したものではない。ただ人々を攫い、怪しげな魔術の実験を行う狂った人間の魔術師一人を始末するだけ。アイリーンが一枚噛んでいるのは、その狂気の手が裏社会にまで手が及んでいたからだ。

 事前の情報通りに魔術師の隠れ家を押さえ、その現場に踏み込んだ。

 

 だが、この後が問題だった。

 そこで待ち受ける狂気と深淵は、ただ裏社会の暴力に慣れた程度の者には理解の及ばないものであったからだ。

 

 裂かれ、接がれ、剥がされ、縫われる。

 彼ら、或いは彼女達だったそれらは一つの作品として完成していた。

 タチが悪いのは、この狂気の魔術師が簡単に死ぬ事を許さなかった事だろう。身も心も凌辱の限りを尽くされたそれは、つい先程まで言葉を話し、生きていたのだから。

 

「……」

 

 褪せ人が乱雑にアブグルントの足元に何かを放る。血溜まりに転がったそれは、この依頼の標的である魔術師であった。

 

「殺したの?」

 

「死体は持ち帰る。準備しろ」

 

 生死不問。ただし、可能ならば生かして捕らえるのが望ましい。この男ならば生かすのも簡単な依頼の筈だった。

 褪せ人はアブグルントに背を向けると、被害者達の成れの果てに徐に油を撒き始める。

 

「救われたと思う?」

 

「…………」

 

 アブグルントの問いに褪せ人は答えない。聖印を握り、生じた炎をゆっくりと放る。

 黒い油溜まりに落ちた炎はたちまちに燃え上がり、彼等の骸をも包み込む。

 褪せ人は布に包まれた魔術師の死体を担ぎ、隠れ家の外へ向かって歩き出す。

 アブグルントがそれに続き、工作員の男も最低限証拠になりそうなものをかき集めると慌てて外に飛び出した。

 

 煌々と燃える炎を背にして、褪せ人達は夜の静寂を歩く。

 

「アブグルント」

 

「何かしら?」

 

 不意に名を呼ばれ、内心の高揚を抑えながら彼女はいつも通りに応じてみせた。夜闇の中、兜の奥の褪せ人の表情は見えない。

 

「お前は知っていたのか」

 

「いいえ。でも、多少の予測はしていたわね」

 

 褪せ人の問いに、彼女はかぶりを振る。今回の件、知らなかったのは事実だ。ただ、こういった事を期待して見繕ってきたのは否定しない。

 

 ほんの少しの創造力と、ほんの少しの狂気。

 ただそれだけで、人間というのは簡単に地獄を作り出せるという事を彼女は知っていた。

 

「これからも沢山地獄を用意してあげる。貴方達が世界を救っている傍らで、どうしようもない絶望の縁で転がる死体を探してきてあげる」

 

 貴方の全部が知りたいから、地獄を見せるのだ。それはきっと、私にしか出来ないから。

 

「ねぇ、私の事嫌いになった?」

 

 アブグルントが褪せ人に問い掛ける。その問いに込められているのは僅かな期待。

 好かれたいし、愛されたい。だけどもそれと同じくらいには嫌われたいし、憎まれたい。

 多くの者が知れば彼女を狂った破綻者の如く言うが、彼女の中でそれらは矛盾しない。

 

 褪せ人は童女のように答えを待つアブグルントに背を向けたまま、口を開く。

 

「お前が探してくる依頼は、全て持ってこい」

 

「へぇ、それって……」

 

「満足するまで付き合ってやる」

 

 それだけ言うと、褪せ人は再び歩き出す。

 期待していた答えではなかったが、彼女にとっては満足のいくものだった。

 

「やっぱり貴方は素敵だわ」

 

 どれ程の地獄を見せれば折れるのだろう。何度救われなかった者達の骸を目にすれば堕ちるのだろう。

 何も感じていない訳でもないのに。そうやって辛い道を進んで突き進むから悪魔に魅入られるのだ。

 

「勿論、最後まで付き合ってもらうわ。だから、ずっと折れないでいてね」

 

 小さな呟きは夜の風に消えていく。

 炎の光は少しずつ遠ざかり、褪せ人達は暗い闇へと消えていく。

 誰も救えず、ただ狂気の一端を目にしただけ。褪せ人のごくありふれた日々のほんの一部に過ぎなかった。

 

 

 

 

 この日起きた出来事を、それ以降褪せ人が表に出すような事は無かった。

 その後はいつも通りに周囲の者達に振り回されながら、次の戦場に向けての準備を続ける毎日。

 そんな騒がしくも穏やかな日々が続き、しかし当然のように終わりを迎える。

 

 華の国より正式な招待が届いたのだ。

 王国と、救国の英雄たる褪せ人に対して。そして、元十天君たる金光聖菩に対して。

 

 それは、新たなる戦いの始まりを告げる報せであった。




次回から華の国
多分金光聖菩がヒロインやる…はずです。
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