今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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イデスの騎士で久しぶりのやり直し中
DLC武器を序盤に振り回せるだけでも楽しいですね。
後初期装備とステ振りにも無駄がない……。


仮面の裏に

「皆、無事か!?」

 

 土煙が視界を覆う中、王子が声を張り上げて仲間達を探す。

 

「ぐっ、何とかね……」

 

「カゴメが居なかったら危なかったですね……」

 

「えへへー!」

 

 少しずつ晴れていく視界で、フーロンとタラニアがよろよろと立ち上がる。彼女達は全身に傷こそ負っているが、致命的なものはない。

 カゴメとその分身による白亜の壁が、王子達を元始天尊の放つ仙力の爆発から守っていた。

 

 元始天尊の力は凄まじく、その威力は崑崙の山肌の一部を消し飛ばす程のもの。巻き込まれた十天君の残滓達は成す術もなかった。

 

「くぁ……」

 

「聞忠!?」

 

 そしてそれは、聞忠とて例外ではない。

 仙術の光に晒され、崩れ落ちる聞忠を誅子が慌てて抱き留める。息絶え絶えの中、聞忠は誅子の姿を探すと口を開いた。

 

「誅……子、怪我は……」

 

「馬鹿者……! 怪我をしているのはお前の方だろう! 誰か! 誰かおらぬか!?」

 

 この期に及んで誅子の身を案じる聞忠に誅子は顔を歪ませる。誅子の呼び声に、飛び出してきたのはイリスだった。

 地面に横たえた聞忠に、イリスが癒しの奇跡を注ぐ。

 

「聞忠は……聞忠は治るか!?」

 

「治します。死んでさえいなければ、確実に」

 

 イリスが力強く返答する。癒術士達は、弱音を吐く事は許されない。戦場で倒れた者の命を繋ぐのは、その者達の気力であるからだ。故に、彼女達が怪我人より先に折れる事はあってはならない。

 

「安心してください。これより酷い怪我をした人を、私は何度も治していますから」

 

 だが、それ以上にイリスにしてみればこの程度の怪我など問題にはならない。彼女とて、幾度の戦いを経てきた歴戦の癒術士。

 死んでさえなければ必ず治す。その言葉は伊達や酔狂で言ったわけではない。

 

「本当に……あの人は帰ってくる度に大怪我をして、そればかりか私には何も言わないんですから……!」

 

「ほ、本当に大丈夫なのか!? 怒りが漏れておらぬか!?」

 

「大丈夫です!」

 

 不幸中の幸いだったのは、その強大な仙力を一点に注がなかった事だろう。

 この爆発がもしもより狭い範囲で引き起こされるように収束していたのであれば、カゴメの壁であっても仲間達を守りきれたかは怪しく、聞忠もまたこの程度では済まなかっただろう。

 

「……これだから力自慢の脳筋は嫌いなんだ」

 

 イコルがうんざりしたように吐き捨てる。魔法陣によって防いだのだろう。その顔は疲労と苦痛の色こそ濃いが、致命的な傷は見受けられない。

 

「……何故、私を守ったのですか?」

 

 そんなイコルに、ヘリューズが問い掛ける。

 仙力の爆発の直前、ヘリューズを庇うようにイコルが立ったのを見た。

 だが、そんなヘリューズの問いをイコルは嘲笑と共に否定する。

 

「ハッ、馬鹿を言うな。どうしてぼくがきみを庇わないといけないんだ? ぼくに姉妹の絆でも期待したか?」

 

「…………」

 

 此方を嘲るイコルに対し、ヘリューズは何も言わなかった。愛情、絆、信頼。目の前の亜神はその全てを否定する。

 だが、ヘリューズは知っている。このどうしようもない姉が、酷く面倒な捻くれ者であるという事を。

 何も言わないヘリューズから、イコルは視線を外す。

 

「さて、色々と計算外が起きたが、一応の目的は果たせそうだ」

 

 イコルが虚空に手を翳す。掌から広がった魔法陣が、封神台に封じられていた仙力を吸い上げていく。

 一体何をするつもりなのか、口を開こうとしたヘリューズに先んじて、イコルが口を開く。

 

「ヘリューズ、姉妹の誼として忠告しておくよ。きみはもう、余計な事をするな」

 

 途方もない仙力がイコルの手に集まっていく中、イコルはヘリューズへと忠告する。そこには先程までの嘲りはない。彼女の本心からの言葉が垣間見えた。

 だが、ヘリューズとて引き下がるつもりなどない。

 

「それは……出来ません」

 

 神々が物質界への干渉を始めた今、ただ引き篭もって見ないふりをするつもりなどなかった。この世界を見捨てるには、彼女は多くの仲間を持ち過ぎた。

 ヘリューズの返答に嘆息するイコルに対し、今度はヘリューズが問いを投げる番だった。

 

「貴方の目的は何なのですか? まさか、貴方はディアスと——」

 

「——それは違う」

 

 明確な拒絶、抑えきれない怒りが、嘲笑という仮面に亀裂を入れた。驚き、顔を上げたヘリューズが見たのは瞳に暗い闇を湛えた姉の姿。

 瞳の闇から漏れ出るのは、憎悪と怒り。

 

「ディアスはぼくが殺す。策謀という剣を突き立て、心臓を抉り出すのさ」

 

「貴方は……一体……」

 

 ディアスとイコルの間に何があったのか。次の瞬間には、イコルはまた他者を見下した笑みを浮かべ、己の仮面を被り直していた。

 先程の姿が幻であったかのように、イコルはヘリューズへと告げる。

 

「アスガルドに来るといい。そこで、ぼくの描いた策は成就する」

 

「待ちなさい!」

 

 ヘリューズの静止を聞く事なく、イコルは転移陣を展開する。最後に元始天尊の前に立つ褪せ人を見て、僅かな嫌悪と共に吐き捨てる。

 

「本当に嫌な男だよ。アイツが居なければ、きみは冥界で何も知らずに生きていられたのに」

 

 それだけ言って、イコルの姿はかき消えた。

 ヘリューズはイコルの居た場所をしばらく見つめ、やがて褪せ人達へと視線を移す。

 

「…………」

 

 褪せ人もまた、元始天尊の仙術を至近で受けながら無事だった。足元で倒れ伏した金光聖菩の分身達が光へ還っていくのを視界に収めながら、褪せ人が元始天尊の方を見る。

 

「くく……多少はお前への借りは返せたようだ」

 

「ああ、助かった」

 

 金光聖菩の言葉に、褪せ人が素直に首肯した。

 爆発の直前に金光聖菩は己の分身全てを盾とした。如何に元始天尊の仙術といえど、分身を守勢に回した金光聖菩を突破する事はかなわなかったのだ。

 結果、至近距離でありながら、褪せ人も金光聖菩も傷を負ってはいない。

 

「ぐっ……」

 

 だが、傷こそ負わなかったとはいえ、まったくの無事というわけでもない。

 金光陣を全力で行使した反動で金光聖菩が膝をつく。血の気は失せ、吐く息は乱れている。今にも倒れそうな程に消耗した様子を見て、褪せ人が口を開く。

 

「退がっていろ」

 

「……ふっ、そう言ってお前なら退がるのか?」

 

 褪せ人の言葉に、金光聖菩は無理矢理に好戦的な笑みを浮かべる。退がるなどとんでもない。最強の仙人と戦う機会、逃すつもりはない。それは虚勢であると同時に、彼女の偽らざる本音であった。

 褪せ人は一瞬だけ視線を金光聖菩に移し、再び前を向いた。

 

「……好きにしろ」

 

 そう告げると、褪せ人の視線の先、元始天尊は油断なく構える。

 その姿に、全力の仙術を放った消耗は見受けられない。つまり、あれ程の威力の術でありながら、彼女にとって一度限りの切り札というわけではないという事。

 

「…………」

 

 二度目を撃たせるつもりはない。

 褪せ人はグレイブを掲げ、静かに呼吸を整える。内功を高め、己の気血を巡らせる。

 立ち昇る気力、それを見て金光聖菩は目を見開く。

 

「お前、それは……」

 

 それは紛れもなく仙人の呼吸法であったからだ。金光聖菩にしてみれば拙いながらも、だからといってこれまで仙術など素人だった男が出来るようなものではない。

 だが、それが可能なのが褪せ人なのだ。元始天尊の武具、奪い取ったそれが褪せ人に仙術の知識を流し込む。

 

「……!」

 

 それを見て、元始天尊が動き出した。大地を蹴り、溢れ出る気をたなびかせ褪せ人へと迫る。無手でありながら、そこに躊躇いはない。

 

「疾い……!」

 

 遠巻きで褪せ人達を見ている者達は、元始天尊の速さに瞠目した。

 気の扱いと体捌き、その両方を極めたが故の神速の歩法。反応出来る者などそうは居ない。

 

「……」

 

 リーチに優れたグレイブと言えども、内に入り込んでしまえばどうとでもなる。一瞬にして接近した元始天尊は、そのまま褪せ人に掌打を放とうとして——胴を圧し折るような一撃に吹き飛ばされた。

 

「……!?」

 

 元始天尊が褪せ人を見遣る。そこには、元始天尊同様に身体から気を溢れさせた褪せ人の姿。

 仙術の呼吸により、高めた肉体は元始天尊の速度に追い付いた。

 

「…………」

 

 腰を沈め、褪せ人はグレイブを両手に持って静かに構えると、そのまま大地を蹴る。

 その速さはこれまでの褪せ人とは比較にはならない。瞬雷に迫る程の高速移動で、吹き飛んだ元始天尊を追従する。

 

 躊躇なくグレイブを叩き付ける。重々しい打撃音と共に、元始天尊が大地に沈む。

 

「仙術で肉体を強化しましたか……!」

 

「仙術ってもっとこう……いや、何でもないです」

 

 清源妙道真君の解説に、フーロンが物言いたげであったが、直前まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。

 目の前で起きる怪獣決戦に、仙人へのイメージ像が崩れ落ちていた。

 無論、元始天尊を除いた三清の残り二人がそれを知れば猛烈に抗議しただろう。

 

「……!」

 

 グレイブを叩き付けられ、そのまま地面に押さえ付けられた形の元始天尊。

 膂力に於いては互角だった均衡が崩れたのだ。たとえ褪せ人の仙術が付け焼き刃の未熟なものであったとしても、その差は埋め難い。

 

「これで終わりだ……!」

 

 ——上下天光

 

 上空から金光聖菩が全力の光弾を放つ。両の手から放たれた二つのそれが身動きの取れない元始天尊へと迫る。

 光弾が元始天尊へと着弾する直前。褪せ人は背後へと大きく跳ぶ。

 直後、爆発。その威力は、並の相手ならば軽々吹き飛ばしたであろう一撃。

 

 土煙を巻き上げ、周囲を静寂が支配する。

 視界が晴れぬまま、土煙を突き破るようにして元始天尊が飛び出してくる。

 

「馬鹿な……!?」

 

 金光聖菩が歯噛みする。渾身の一撃だった。元始天尊は身体に傷こそ負ってはいるが、その動きに乱れはない。

 

「……!」

 

 褪せ人が咄嗟にグレイブを構え、防御の体勢を取る。だが、それは過ちだった。

 

「……」

 

 元始天尊が拳を振り抜く事はない。それどころか、拳の届く距離からさらに一歩踏み込んだ。互いに密着する程の距離で、あろう事か彼女は褪せ人の胴を掴んだのだ。

 

「何……!?」

 

 これは油断だ。この世界で『掴み』という選択を取る相手が居なかったが故の油断。

 抵抗するにも、最早全てが遅かった。

 

「……!」

 

 元始天尊が体格に勝る褪せ人を持ち上げると、そのまま渾身の力で上空に投げる。そして、上空に身を投げ出すより他ない褪せ人を追うようにして元始天尊も飛んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 この後の展開は褪せ人にも想像がついた。酷く覚えのある光景だ。

 この女、一体どこまで——

 

「……」

 

 上空の褪せ人に追い縋ると、再びその腰を掴む。そして、そのまま急降下。

 流星の如く大地に迫る褪せ人と元始天尊。激突する直前、元始天尊は力一杯に褪せ人を地面に叩きつけた。

 

「ガハッ……!!」

 

 胴がバラバラになるかと思う程の衝撃に、褪せ人が兜の下で血を吐いた。

 

「褪せ人!? くっ……!」

 

 金光聖菩が上空から援護しようとする間に、倒れた褪せ人に元始天尊は素早く馬乗りになると、拳を振り上げる。

 

「……!」

 

 振り下ろされる拳。砲弾でも炸裂したかのような音が断続的に響き渡る。

 金光聖菩が引き剥がそうにも、密着した状態では褪せ人を巻き込んでしまう。

 

「た、助けに行かないと!」

 

「いえ、必要ないでしょう。今割って入っても、巻き込まれるのが関の山です」

 

 イリスが杖を持って駆けようとするのを太公望が引き留める。

 ひしゃげた兜の奥、あの男の瞳はどこまでも冷静だった。今更、ただ上を取られただけで終わるはずもない。

 

 連続する殴打を防ぎながら、褪せ人が聖印を握り締める。そして、祈祷を発動した。

 褪せ人を中心に衝撃波が放たれる。あらゆるものを拒絶するそれが、追撃を放とうとしていた元始天尊を弾き飛ばす。

 

「……!」

 

 弾き飛ばされ、空中で回転すると元始天尊は着地する。前を向けば、褪せ人は既に立ち上がっていた。

 殴打により兜は歪み、全身は土に汚れている。吐血したのだろう、兜のスリットからは血が流れ落ちていた。

 

 それでも尚、この男の立ち姿に揺らぎはない。その手に握られるのは、元始天尊のグレイブではなく、赤みがかった黄金の大槌だった。

 

「…………」

 

 大槌を頭上に掲げ、大槌全体を回転させる。原初の黄金、生命の坩堝が回転を成し、その力を増大させていく。

 それはどこか、この世界における仙術と似通っていた。

 

 元始天尊がそれを見て、駆け出す。両の手に極大の気を纏い、坩堝の渦を打ち砕かんと拳を握る。

 拳と大槌、されど無謀な賭けに非ず。褪せ人もそれを理解しているが故に、渾身の力を込める。

 

 そして一歩、元始天尊が死地に踏み入れた時、褪せ人はそれを振り下ろした。

 

 ——デボニアの渦

 

 生命の奔流、黄金の渦が元始天尊へと迫る。対して、元始天尊はその拳を振り抜く。互いの光がぶつかり合い、その衝撃が崑崙を揺らす。

 その力は拮抗していたが、やがてその天秤は一方へと傾いていく。

 

「…………!」

 

 元始天尊が膝をつく。頭上を回る黄金の渦が、少しずつ彼女を飲み込んでいく。大地が陥没し、衝撃波が大地を巻き上げていく。

 それでも尚元始天尊は抗おうと必死に立ち上がろうとする。

 

「——いや、今度こそ終わりだ」

 

 ——五光天烈

 

 元始天尊へと迫る五つの光弾。それは元始天尊の手足を穿ち、そして胴にぶつかると爆ぜた。

 

「……!?」

 

 バランスを崩し、元始天尊は黄金の坩堝へと飲み込まれる。生命の奔流は元始天尊の身体を蹂躙し、やがてその内に潜んだ魂を縛る術式を捕らえた。

 もとより壊れかけたそれは、デボニアの渦に砕かれ、塵となって坩堝の内に消えていく。

 

「ぁ……」

 

 黄金の渦の中、元始天尊の瞳が光を取り戻す。

 一瞬視線を彷徨わせ、やがて一人の英雄をその目に捉えると、その口角を上げる。

 

「お見……事……」

 

 薄れゆく意識の中で、一言そう呟き、遂に元始天尊は倒れ伏した。

 遅れて、王国の者達から歓声が上がる。元始天尊が動かないのを確認し、褪せ人はようやく構えを解いた。

 

「最強の仙人、か……その名に恥じぬ女だった」

 

 デボニアの大槌を担ぐ褪せ人の横に、金光聖菩が降り立つ。やはり、金光陣を限界以上に使ったのが堪えているのだろう。見た目の傷以上に、彼女の消耗は激しく、汗を掻き、呼吸は乱れていた。

 

「褪せ人様……! 治しますから早く此方に!」

 

「また無茶苦茶やったね……」

 

 慌てたように駆け寄ってくるイリスと、苦笑いを浮かべるタラニア。

 此処で断れば説教が長くなる。それをよく知る褪せ人は、大人しくイリスの方へと歩いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「王国とその仲間達には感謝と謝罪を。お陰で私と華の国は、取り返しのつかない過ちを犯す寸前で踏み止まる事が出来ました」

 

 あの戦いから僅か30分。気絶から立ち直った元始天尊はすぐさま王子達を集めると深々と頭を下げた。

 同様に、普賢もまた頭を下げる。

 

「元始天尊様を助けてくれてありがとうな。まさかたった二人でやってのけるとは思わなかったが……」

 

「普賢、王国を不用意に巻き込んだ貴方には後程説教です」

 

「うぇっ、だってどう考えても戦力足りないしそもそも崑崙に来たのはアイツらの勝手で……」

 

「言い訳は無用です」

 

「理不尽!」

 

 肩を落とし、意気消沈する普賢を他所に、元始天尊は姿勢を正す。

 

「さて、どこから話すべきでしょうか……」

 

「では、元始天尊様が神仙境を離れ、崑崙に居たのは何故でしょうか?」

 

「そうですね、まずはそこから話しましょうか」

 

 清源妙道真君の問いに、元始天尊が事の経緯の説明を始める。

 

「そも、私が神仙境を離れたのは本来の領地たる崑崙にて備える為でした」

 

「……本来の領地?」

 

「ええ、私は仙人である以前に、亜神ですからね」

 

 最強の仙人である元始天尊は亜神だった。事もなげに放たれた言葉に、さしもの清源妙道真君も呆気に取られてしまう。

 

「……な、なるほど? 続けてください」

 

「オリュンポスは原初の実験場。ガリウスの復活と死、世が乱れれば必ずや悪用する者が出てくるはず。事実、ディアスはこれを機と見て動き始めましたね」

 

 オリュンポスという一つの世界。それだけでも十分な脅威であるが、ここは神の実験場。それ故に多くの危険も眠っている。

 封印された神器や悪神、或いは封神台のような危険な術式。それらを悪用すれば、今の世を更に混沌に陥れる事は容易い。

 

「ディアスに対抗すべく、私は戦力と力を蓄えて崑崙にて備えていたのですが……」

 

「そこにアイツ——亜神イコルが現れた」

 

 元始天尊の言葉を、普賢が引き継いだ。

 元始天尊達は、ディアスの陰謀に意識を割いたが故に、別の悪の胎動を許してしまった。名も知らぬ、ただ裏切りと謀略という権能のみが知られた亜神。それは元始天尊の魂を縛り、華の国をより深き混沌に導こうとした。

 

「かの神の正体を知れたのは大きな収穫でしたね。封神台の仙力そのものが目的だったのでしょう。何らかの大掛かりな儀式、或いは……」

 

「封神台より更に大掛かりな事、ですか」

 

 ヘリューズが先程のイコルを思い浮かべる。

 彼女の様子を見れば、亜神ディアスを殺す事を目的に動いているのだろう。ならば、封神台より束ねた力を用いた仕掛けこそが亜神イコルの『剣』。

 

 だが、本当にそれで終わりだろうか。

 

「イコルは、私達をアスガルドへ導こうとしています」

 

「儀式に貴方達が必要なのか、それとも儀式の先で貴方達に何かをさせるつもりなのか……」

 

 待ち受けているのが分かっていても避けるという選択肢はあり得ない。元始天尊は顔をあげる。

 

「イコルが貴方達を待つ以上、体勢を立て直す程度の猶予はあるでしょう。一度戻って身体を休めるべきです」

 

「元始天尊様は、その間何を?」

 

「決まっています。華の国を紡いだ者として——」

 

 太公望の問いに、元始天尊は鋭い視線を一方に向ける。物理的な圧すら感じさせる仙人の瞳に、静かに事の成り行きを見守るより他なかった誅子と聞忠が肩を跳ねさせる。

 

「——そこの者達の性根を叩き直さねばなりません」

 

 アイツら、終わったな。

 普賢は引き摺られていく誅子と聞忠を見て心中で同情した。元始天尊を師として仰ぐ彼女だからこそ、そのスパルタな教育的指導は身に沁みて分かっていた。

 

 元始天尊が去り、漸くひと段落がついたとその場の誰もが息を吐く。

 王子の号令に、それぞれが帰り支度をする中、褪せ人もまた歩を進めようとする。

 

「あの……」

 

 そんな褪せ人の手を、何者かが引いた。

 振り向けば、フーロンが褪せ人に物言いたげな様子で立っている。褪せ人はそんな彼女に無言で続きを促した。

 彼女は一瞬悩み、しかし意を決した様子で口を開く。

 

「返してませんよね、武器……」

 

「…………」

 

「無視しないでくれます?」

 

 褪せ人は王国に帰るべく歩き出した。

 返せと言われたならば、返そう。だが、言われない限りは返さなくて良いという事だ。

 

「そんな理屈通るわけ……! ちょっと!? 待ってくださいって!」

 

 無視を決め込んだ褪せ人をフーロンが追いかける。未だ不穏な影が落ちる中、華の国を巻き込んだ陰謀の一端は、一先ずの収束を見せたのであった。




聖杯ちゃんが可愛いのでどこかで出します(性癖に素直)
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