炎の世界ムスペルヘイム。
ハリンヘイムが忠告した通りにそこは尋常な者達にとって過酷な世界であった。
灼熱が身を焦がし、汗すらも流れたそばから蒸発する。だが、この地に踏み入れた者達に尋常な者など一人も居ない。
「グアァァ!」
褪せ人の目の前、溶岩の河が蠢いた。這い出るように出てきたのは、身体を幾重にも冷え固まった溶岩で覆った小型の竜。それが5体、褪せ人達の行く手を遮るようにして立ち塞がる。
「縄張りに入ってしまったのでしょうか?」
此方を威嚇する竜に対して、アスバールが呟いた。
燃えたぎる炎の世界ではあるが、それでもその地に適応した生物は居る。彼らにしてみれば、棲家を脅かす外敵でしかない。
「グルルァァ!!」
威嚇に対し怯んだ様子のない褪せ人達に竜は遂に実力行使に出る。一体が徐に己の身体を丸めると、そのまま勢いよく転がり始めた。
小型といっても人の体躯よりは少し大きい程度、それが溶岩を撒き散らしながら高速で迫ってくるのだ。まともに受ければ一溜まりもない。
「…………」
転がる大岩と化した竜に、褪せ人が取り出したのは身の丈程の大刀だった。
刀と比べ、長く重いその刀身には無数のさざれ石が逆棘の如く並んでいる。褪せ人はそれを構え、大岩の竜を迎え撃つ。
「…………!!」
岩と刀、見えている結果の筈。だが卑小な竜は知る由もない。その刀が纏うは永遠を生きる古竜の鱗。ましてや、己の身をただの岩で守ったつもりであるなどと。
褪せ人が竜狩りの大刀を振り下ろす。戦技ですらないただの一撃。それは大岩の竜の身をいとも容易く両断してみせた。
二つに分たれた竜の身体は褪せ人を避けるように転がり、溶岩の河の中に沈んでいく。己の身に何が起きたのかすら、その竜が知る事はなかっただろう。
「ガァ……!?」
知性なき竜、そう揶揄される彼らだがそれでも本能的な恐れはある。目の前で妖しく光る大刀は物言わず威を湛えている。竜達の目にはそれが巨大な竜の顎に見えた。
呼び起こされる恐怖に、残された竜達は己の身を丸めると、褪せ人から遠ざかるように走り去った。
「お疲れ様でした」
褪せ人は竜狩りの大刀を仕舞い、駆け寄ってきたイリスから受け取った水を飲み干す。魔法によって生み出された水だが、既にぬるい。ともすればすぐに熱湯になってしまうだろう。
「防護魔法があるとはいえ、長居はしたくないですね……」
額の汗を拭うイリスの呟きはムスペルヘイムを訪れた王国一行の総意であった。
魔術師達によって熱耐性こそ得られてはいるが、それでも全く問題がないわけではない。ジワジワと体力は奪われ、防護魔法を維持する為に魔力も消費する。この先に待ち受けるものを考えれば、足止めを食う時間はなかった。
「この熱に顔色一つ変えないか」
「元々人間離れしてるからな……」
どこか呆れたようなアルコゥの言葉に王子が呟いた。身に纏う鎧など最早熱した鉄板と同義だろう。見ているだけで辟易するが、当の本人は堪えた様子はない。
無論、褪せ人とてこの過酷な環境にまったく熱さを感じていないわけではない。魔術師達が居なければ今頃熱に灼かれていただろう。
ふと、狭間の地で一人だった頃ならどうしただろうかと考えるが、やはり行かないという選択肢はなかった。どうしたかなど決まっている。回復の祈祷と聖杯瓶を片手に強引に踏破した筈だ。
死なないのであれば耐えられる。褪せ人にとってはそういうものであった。
「……暑いので今日はもう突っ込みませんよ」
フーロンがため息をついていた。褪せ人にふざけたつもりなどないのだが。
ふざけていないのが尚タチが悪いのだと周囲から無言の抗議を受けながら、褪せ人達はムスペルヘイムを進むのであった。
ハリンヘイムを含め、ムスペルヘイムについて知る者はこの場には居ない。しかし、向かうべき場所は明らかであった。
視界の先で立ち昇る炎柱。そして、際限なく膨れ上がる魔力が自ずと道を示している。それはまるで自分達を招く標であり、実際亜神イコルの狙い通りなのだろう。
「……来たか」
巨大な剣を背に、亜神イコルは褪せ人達を見下ろす。その中にハリンヘイムが加わっている事に気付き、イコルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「呆れたよ、まさかきみまで此処に来るとは。数少ない生き残りらしく、大人しく安全なところに引き篭もっていれば良かったのに」
「それを望まない事は、貴方がよく知っている筈です」
「ハハッ、それもそうか」
角笛を構え、此方を睨みつけるハリンヘイムにイコルは笑みを浮かべる。ほんの一瞬寂寥を滲ませ、しかしすぐにいつもの嘲笑を浮かべる。
「どちらにせよ、もう手遅れだ。きみに……きみ達にスルトを止める術などありはしないのだから」
背後の剣が赤く明滅する。規則正しく脈動するそれは、どこか心臓の鼓動を思わせた。
「イコル、もうやめてください。貴方の憎むアスガルドの神はもう居ないのです。貴方は、彼らがこの地で静かに眠る事すら許さないというのですか?」
ハリンヘイムの訴えに、イコルが答える様子はない。その表情から真意は読めず、ただ背後の剣の明滅が激しくなる。
「……スルトよ、お前の怒りを彼らに見せるがいい」
やがて、溢れんばかりの炎が一つの塊となった。天にも届かんばかりの巨大な人型。全身を灼けた岩で覆い、その身の内に怒りの炎を宿した巨人だ。
「これがスルト、ですか」
「うーん、大きいですね!」
アスバールが目を細め、カゴメがどこかズレた感想を口にする。
スルトはしばらく天を見つめ、そして咆哮した。スルトの咆哮にムスペルヘイムの炎は勢いを強め、あらゆる場所から火柱が噴き上がる。
灼熱が褪せ人達を襲い、熱波がその肌を焼く。離れていてもこうなのだ。近付けばどうなるかなど想像に難くない。
スルトの怒りに触れ、イコルは静かに告げる。
「さあ英雄達よ、滅びの炎に抗ってみせろ」
運命の死を乗り越えてこそ、神々は初めてお前達を認めるのだから。
「オオォォォォ!!」
怒れるスルトが再び咆哮する。目に映るものを焼き尽くす。与えられた運命のままに、怒れる巨人が世界を睥睨する。
無造作に腕を振るえば熱波が地上を襲い、一歩大地を踏み締めれば炎が地表を覆い尽くした。
身動き一つで災害を齎すスルトを前に、武器を構えたタラニアが苦い顔をする。
「離れていてもこれか……近付いたら火傷じゃ済まないだろうね」
防護魔法すらスルトの熱は防ぎ切れていない。ジリジリと肌を焼く熱さを前に、無策で突撃するのは憚られた。
ヘリューズとアスバールは自身の身に静かに魔力を溜め始めると、口を開く。
「……少し時間をください。私達がどうにかします」
「ならば、時間稼ぎが必要だな」
亜神二人がどうにかすると言った以上、必要なのはスルトの足止めである。
襲い来る熱波の中、アルコゥと褪せ人が前に出る。
当たり前のように前に出た褪せ人に、アルコゥが挑戦的な笑みを浮かべる。
「後ろに隠れていても構わんのだぞ、人間」
「これしか能がない」
己に出来る事など目の前の敵を討つ事だけだ。
アルコゥが翼で赤く染まった空を飛び、褪せ人が灼熱の地を駆ける。
スルトが褪せ人達を認識した様子はない。当然だ、巨人にとっては褪せ人達など周りを飛ぶ小さな虫でしかないのだから。
スルトに近付けば近付く程に加速度的にその熱は増していく。汗は流れるそばから蒸発し、息を吸えば肺すらも焦がす。ただそこに居るだけで血肉を焦がす様は、まさに世界を燃やす巨人と呼ぶに相応しい。
だが、耐えられないわけではない。褪せ人は地を駆けながら己の身に祈祷を施す。
その身に獣の生気を宿し、再生力を高める。そして、褪せ人は懐から干し肝を取り出すと、素早く齧り付いた。
薬液に浸した獣の肝、それは肉体に炎に対する強い耐性を齎す。
「ハァッ!!」
アルコゥが上空からスルトの頭上に向けて大斧を振り下ろす。祖竜の一撃は無防備なスルトの額を捉え、轟音と共に衝突した。
「オォォ……!?」
大地を砕く一撃。しかし、巨人たるスルトを沈めるにはまるで不足していた。
意識外の一撃に大きくよろめき、しかしすぐさま体勢を整える。アルコゥを認識し、怒りの炎が勢いを増す。
吠えるスルトに、しかしアルコゥは余裕を崩す事はない。
「単純馬鹿が……足元を掬われても知らんぞ?」
アルコゥがスルトの足元を見遣れば、既に褪せ人が武器を振りかぶる姿が見えた。
手に握るのは巨岩の大槌、巨人砕き。今この場で最も相応しい武器を、褪せ人はスルトの足首目掛けて振るう。
炎の巨人など、褪せ人にとって何ら珍しくもない。恨むのであれば、足を守る防具を着けていない愚かさを恨むがいい。
「ゴアァァ!?」
人型故に、その巨体を支える要もまた人と変わらない。足首という関節部を狙われ、スルトは再び体勢を崩す。
大きな岩肌にもたれ掛かるように倒れ、地響きを立てて土煙を巻き上げる。
「今だっ! 撃てぇ!」
絶好の機、当然逃す筈もない。倒れたスルトに、王子の号令から放たれる遠距離攻撃の雨が降り注ぐ。魔法と砲撃、そして矢弾、あらん限りの一撃が巨人へと殺到し爆ぜていく。
「……!!」
スルトの身体を構成していた岩が砕け、内部の炎が露出する。暴れ狂う炎が周囲に漏れ出す中、スルトは岩肌を掴み、攻撃を受けながらも立ち上がる。
そんなスルトの眼前、巨大な白竜と化したアルコゥと、その背に乗った褪せ人が立ち塞がる。
両手で掲げるのは巨大な壺。褪せ人はそれを躊躇う事なくスルトへと投げ付ける。
放り投げられた大壺はスルトの砕けた胸殻の中へと吸い込まれるように落ちていく。それは荒れ狂う炎の中で砕け、その中身をぶち撒けた。
その壺の名は大氷結壺。その名に相応しく、触れたものを凍てつかせる冷気を閉じ込めた壺である。
「ゴアァァァァァァァ!?」
露出した炎に冷気をぶち撒けられたスルトが苦痛に悶え苦しむ。天を仰ぎ、胸元を掻きむしるスルトを見下ろすと、褪せ人はアルコゥの背から飛び降りた。
苦しむスルトの脳天へと落下しながら、褪せ人が握るのは王家のグレートソード。冷たい魔力を帯びたそれが、着地と同時にスルトの額を貫いた。
「……ッ!? ガ……ァァ……!」
それはまさに致命の一撃だった。叫ぶ事すらままならず、スルトはただ天を見上げ、その目を剥いて静止する。
深々と突き立てられたグレートソードを、褪せ人が引き抜いた。引き抜くと同時に冷気の爆発がスルトを襲う。額の傷口が凍り付き、スルトの炎が少しずつ凪いでいく。
「……!」
膝を折り、大地に崩れ落ちるスルトから褪せ人は飛び退いた。そんな褪せ人を、再びアルコゥが背で受け止める。
見下ろせば、スルトがうつ伏せで倒れる様が見えた。
「存外、大したものではなかったな」
つまらなさげにアルコゥが呟く。
弱くはなかった。だが、世界を燃やし尽くすというにはまるで足りない。少なくとも、アルコゥの目にはそう映った。
そして、それはまったくもって正しい。
滅びの炎の本質はそこには無いからだ。
「——何故、勝った気になっているんだ?」
巨大な炎の剣が再び明滅を始める。世界を薪に、新たな炎を生み出していく。
倒れたスルトに、火が灯された。
「再起動だと……!」
アルコゥが声を上げる前で、スルトがゆっくりと身を起こす。
砕けていた胸殻は元に戻り、身の内の炎はすっかりと勢いを取り戻している。
「あの剣がある限り、火の巨人が死ぬ事はないという事か……!」
剣が魔力を高め、溢れ出した炎が巨人を形作る。故に、目の前のスルトを幾ら傷付けようとも倒す事は出来ない。
そして——
「————」
炎の剣が明滅を始める。再び炎が噴き上がり、世界を燃やして広がっていく。
そして、新たに二体の巨人が形を成した。
「はぁ!?」
「そんな……!?」
フーロンとイリスが驚愕の声を上げる。怒れる巨人が新たに二体。際限なく高まっていく魔力は、決して巨人一体を作るだけには留まらない。
「これこそがスルト。世界を滅ぼす運命の死だ」
三体のスルトが咆哮を上げる。世界を揺らし、その熱があらゆるものを焼き溶かす。
「ここからが正念場らしいな」
「…………」
スルトの熱が、アルコゥの身体を焦がしていた。祖龍の強靭な鱗をもってしても耐えられないらしい。褪せ人も同様だ。高めた耐性ですら、三体の巨人が放つ熱に耐えられていない。
肉が焼かれる激痛に襲われながら、それでも褪せ人は武具を構える。
そんな時だ。褪せ人の鎧に、小さな雫が落ちてきた。
ぽつりぽつりと落ちてきたそれは、やがて勢いを増していく。
「ムスペルヘイムに……雨だと……? まさか……!」
イコルが目を向けた先、タクトを振るうアスバールの姿。
「お待たせしました……!」
「馬鹿な……! 此処はムスペルヘイム、灼熱の世界だ! 幾らきみが嵐を司る亜神だと言えども世界の理を曲げられる筈が……!」
「では、一人ではなかったとしたら?」
アスバールの横、元始天尊が静かに前に出る。
亜神一人、それもかつての力を失ったアスバールではムスペルヘイムに雨を降らせる事など出来ないだろう。だが、此処には元始天尊、あらゆる仙術を極めた仙人が居る。
「仙力を力に雨雲を創る。そこまでやれば、後は彼女の領分。その権能を使い、雨雲を増大させれば、雨の降らぬ炎の世界にすら雨を降らす事など造作もありません」
ムスペルヘイムに、降らぬ筈の雨が降る。
地上を覆う炎は勢いを弱め、スルトの熱波もまた和らいでいく。
「……雨を降らせたのは賞賛しよう。だが、それが何になると言うんだい? 雨でスルトが殺せるとでも?」
「無論、これだけでは終わりません」
スルトの炎は雨を前にしても消える事はない。そんなものは、承知の上だ。
ヘリューズが高まった魔力を杖に乗せる。狙いは三体のスルト。雨すらも熱で跳ね除け、再び世界を燃やさんとするそれに、死氷の一撃を放つ。
「…………!!」
降り注ぐ雨が凍り付いた。スルトの纏う炎すら、ヘリューズの冷たい魔力に打ち勝つ事は出来ない。
抵抗しようともがく腕がギチギチと音を立てて凍っていく。まるで凍てついた虚像のように徐々に動きを鈍らせ、やがてスルトは完全に停止した。
「……やってくれる」
「長くは保ちません! 今のうちに剣を!」
そうヘリューズが言っている間にも、スルト達は炎を灯して氷を溶かしている。
亜神三人の力を以ってしても、足止めが精々。だが、これは間違いなく勝機であった。
アルコゥは褪せ人を乗せて炎の剣へと向かっていく。
炎の剣は再び明滅を始めていた。怒りの炎が再び、世界を燃料に炎を生み出そうとしている。
「無駄な足掻きだ……!」
だが、もう遅い。炎の剣を前に、アルコゥがその顎門を開く。祖竜の息吹、それが今まさに放たれようとして——
「——もう、いい」
黄金の光が、アルコゥを弾き飛ばした。
「なっ……!?」
アルコゥが目を見開く。己を弾き飛ばした黄金の光、それが並の力でない事を悟って。
視界の先、炎の剣の前に立つのはイコル。その手に掲げているのは黄金の杯。
「それは……!?」
「よくぞスルトの剣に手を届かせた。亜神の手を借りるのは少し思うところはあるけれど……神に愛されるのもまた英雄の器、という事にしておこうか」
光を放つ黄金の杯にその場の全員が圧倒される。それが何であるのかを知る者も知らない者も、その神々しき光を前に、思わずその場にひれ伏してしまいたくなる。
黄金の杯、それを見て声を震わせたのはトラムだった。
「何故……聖杯を貴方が持っているのです!? それは遠い戦乱の時代に失われた聖遺物の筈……!」
「そう、これを見つけたのはぼくにとってもイレギュラーだった。だが運命を感じたよ、皮肉にもね」
アスガルドの運命を捻じ曲げたのは己だというのに、何とも皮肉だった。
ただならぬ雰囲気を放つ聖杯を見据え、褪せ人が口を開く。
「聖杯とは何だ」
「……かつて創造神が人に賜った神器だ。代価を捧げ、あらゆる奇蹟を齎した。戦乱の時代、国民全てを捧げて敵国を滅ぼした大馬鹿者が使ってからは人の手からは失われていたが」
あらゆる伝説にその名を残す聖杯。代価を支払い、あらゆる望みを叶えるそれは、必ずしも輝かしい逸話だけではなかった。
他の神器のように担い手を選ぶ事のなかった聖杯は、叶える願いもまた選ぶ事はなかった。
故に、聖杯は最も多くの人を救い、そして最も多くの人を殺した神器としてその名を残し、人々の手から失われたのだ。
ハリンヘイムは拳を握り締めてイコルを睨む。
「貴方はどこまで……! そうまでして全てを滅ぼしたいのですか!? 貴方がアスガルドを憎んでいるのは知っています! それでも、それでもそれだけではなかったでしょう!?」
ハリンヘイムの心からの叫びだ。確かに、外から来たイコルはアスガルドの神達に疎まれていた。彼女の気質が余計にそれを助長していた。だが、それだけではなかったのだ。
彼女の善性を信じて、友として接していた者も居たのだから。
涙すら浮かべて睨みつけるハリンヘイムに、イコルはいつものように嘲笑を浮かべる事はなかった。
「……そうだね。それだけでは、無かった」
「なら……!」
「でも、手遅れなんだ。運命は変わらない。それでも、過程を変える事は出来る」
その言葉の意味を理解する者など居ない。もとより彼女も理解を求めてはいない。
イコルは炎の剣へと視線を移す。
「スルトよ、やはりお前の運命は終わっていたみたいだ。世界を燃やす炎も、抜くべき時を間違えればこれ程に脆い」
炎の剣を黄金の光が包み込む。それが何を意味するかを理解して、炎の剣が激しく明滅するが、そんな抵抗に意味はない。
炎の剣は光の粒子となって消えていく。代わりに、黄金の聖杯の中身が満たされていった。
「まさか……スルトの剣を代価にするつもりですか!?」
「僕の望みを叶えるには必要な代価だ」
驚愕するアスバールに、イコルは何の感慨もなく返す。
世界を滅ぼす炎、それを捧げてでも成し遂げる必要があるのだ。
イコルは聖杯を天に掲げ、告げる。
「聖杯よ、僕の望みを叶えろ。彼らにより過酷な試練を——僕に、復讐の剣を」
——聖杯は満たされた。
聖杯の光が世界を覆う。灼熱の世界を黄金が圧し潰す。
亜神イコルの願いを叶えるべく、世界の理を捻じ曲げ、奇蹟を引き起こす。
「ク……ハハハ! 成程、これが試練か! 聖杯が選んだにしては何とも皮肉だが、ある意味当然かもしれないな」
光の中でイコルの笑い声が響いた。
神の試練、聖杯はそれを叶えるべく相応しいものを探し出した。
その者もまた、望んでいたのだ。
高めあい、共に至ろう。その為の試練は公平でなくてはならない。
黄金の光が鎮まった時、世界は一変していた。灼熱の世界から炎が掻き消え、あらゆる生命が死に絶えた砂の大地と化していた。
王子が慌てて周囲を見渡す。仲間達は無事だ。それどころか、凍っていたスルト達すらも。
イコルは依然として此方を見下ろし、聖杯を掲げている。
そんなイコルの足元、砂の大地にぽつんと立つ人影があった。
いや、それを果たして人影と呼んで良いのだろうか。それは人から大きくかけ離れていた。まるで巨大な獣が無理矢理身体を縮めて深緑の布で姿を隠しているようだった。
布の隙間から、骨張った手を出し、その手に摘まれているのは何も乗せられていない秤。
「それ」を知る者は限りなく少ない。
だが、確かに居るのだ。公平に執着し、人の真似事をする古き悪魔。
古き神達は言う。決してその者の相手をしてはならないのだと。
「それ」の言う公平とは、どこまでいってもその悪魔にとっての公平でしかないのだから。
秤を持った悪魔は問う。試練とは公平でなければならない。故に、挑む者にもまた、選択肢を与えなければならない。
「
異界の悪魔は、挑む者達に取引を持ち掛けた。