今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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乱戦は書くのにエネルギーが要る……!(自業自得)


公平な試練

「選択せよ(Make your choice)」

 

 秤の悪魔は問う。

 それに戸惑う王子達を前に、悪魔が問答無用に襲ってくる気配はない。

 

「選択だって……?」

 

 王子が困惑を口にした時、不意に王子達の頭の中に言葉が浮かび上がる。

 

 ——後に大成したい。

 

 ——強い武器が欲しい。

 

 ——取引に応じない。

 

 脳内に直接意味だけを叩き込まれたような選択肢。酷く不気味であった。それが悪魔によるものである事を理解するのにはそれ程時間は掛からなかった。

 

 選択肢を掲示し、相手に決断を委ねる。いや、選択させる事がこの悪魔の目的か。

 

 目前の悪魔はこれまでの敵達とは違う。その異質さを理解するには十分であった。

 言葉に詰まる一行に対し、褪せ人が一歩前に出る。何をするつもりかと王子達が固唾を飲んで見守る中、秤の悪魔を見据えて口を開く。

 

「……武器が——」

 

「——待て待て待て待て!!」

 

 全力で止めた。

 王子とイリスが褪せ人の手を引いて後ろに退げる。

 

「どう考えても罠だろう!?」

 

「知らない相手の言う事鵜呑みにしちゃ駄目ですよ! そんなんだから騙されちゃうんですから!」

 

「…………」

 

 ならばどうするというのか。いきり立つ二人を、褪せ人は冷めた視線で問うた。

 選ばなければ先へと進まない。それとも、問答無用で襲い掛かるのが正解だと言いたいのか。選択を委ねられているようで、その実主導権を相手に握られたままなのを良しとするのか。

 カゴメが悩ましげに腕を組む。

 

「うーん……最初の二つを選びたくなりますけど、代わりに何を要求されるか分かりませんね。アタシの勘があの悪魔はアブグルントと同じくらい性格が悪いって言ってますし」

 

「カゴメ??」

 

 突然刺されたアブグルントが抗議の視線を送るも当然無視される。

 取引、そうこれは取引なのだ。此方にメリットを掲示する以上、向こうも当然何かしらを要求してくるはず。そしてその支払う代価は此方に明かされてはいない。

 

 公平な取引とは到底言えない。

 だが、このまま足踏みしている訳にもいかない。目前の悪魔がいつまでも待ってくれる筈がないからだ。王子は周囲の者達が自身に判断を委ねたのを確認すると、秤の悪魔へと向き直る。

 そして、王子はその選択を口にした。

 

「決めた。お前の取引に応じるつもりはない。お前に差し出すものなど何もありはしない」

 

「…………」

 

 取引に応じないという相手の無難な選択肢に、秤の悪魔は何も言わなかった。だが、そこに不満の意思はない。

 何も差し出さない。大いに結構、選ばない事もまた悪魔の掲示した選択肢の一つだからだ。

 天秤に何も乗せない。それもまた、ある種の公平。故に契約は成る。

 

「賽は投げられた(The die is cast)」

 

 悪魔の身体が膨れ上がる。

 立ち昇るのは黄金の光。そこに先の聖杯のような美しさや神々しさはありはしない。澱み、くすんだ黄金は見る者の心を不安に掻き乱す。

 聖杯という黄金が呼び出したのは、偽りの黄金であった。

 

「へぇ、随分と悪魔らしい見た目の悪魔なのね」

 

 アブグルントが呟く。

 無数の瞳を身体に宿した山羊頭の悪魔。身の丈程の杖を持ち、その先端は人の手を模した奇妙な飾りが象られている。

 最早珍しいとすら言える典型的な古き悪魔の姿であった。

 

 己が真の姿を晒した山羊頭の悪魔——リブラが一行を睥睨する。

 人とは似ても似つかぬ顔でありながら、そこに宿るのは明らかな喜悦。

 あぐらを掻き、悪魔は黄金の光に包まれる。

 

「時は満ちた(The time is ripe)」

 

 ——悪魔により、罪人が現れる。

 

 リブラの周囲、現れたのは無数の魔法陣。先と同じく偽りの黄金に満ちたそれから膨大な光が迸る。泥濘が形を成し、やがて生まれるのは歪な人型達。それは徐々にはっきりとした姿へと変わっていく。

 その姿は、褪せ人達のよく知る者であった。

 

「王子!? いや、それ以外にも……!?」

 

 現れたのは、此方と瓜二つの写し身達。皆一様に虚ろな眼をして、身体にはくすんだ黄金の光が纏わりついている。

 偽りの黄金より生み出された写し身——罪人達は、魔法陣から一歩前に出るとそれぞれの武器を構え出した。

 

「これは……ただの悪魔が出来る事では……!」

 

 ヘリューズが呻く。目の前で行われたのは錬金術。しかし、彼女は辛うじて錬金術である事を理解しただけで、それによって作り出された結果は明らかにこの世界の理を超えている。

 偽りの生命。それもこれ程に力を持つ者達を一瞬にして複数体。神ですらも、そのような事が成せる者など居ないだろう。

 

「ただのだって? きみは何を見ていたんだ、これは聖杯の呼び出した悪魔だぞ?」

 

 イコルが嘲笑する。

 あれがただの悪魔であるはずがない。聖杯に選ばれし、試練に相応しき超越者。

 理を外れ、あらゆる神から疎まれた正真正銘の悪魔であるが故に。

 

「ゴ……オォォ……!」

 

 リブラの背後、凍りついていたスルト達もその枷を砕き動き出す。乾いた大地に再び火が灯された。雨と冷気で冷え切った戦場が、怒りの炎によって熱を取り戻す。

 

「さて、始めようか」

 

 舞台は整った。イコルの宣言に、秤の悪魔との戦いが幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 

「くっ……乱戦に注意しろ!」

 

 王子が周囲に聞こえるように叫ぶ。此方に敵意を向けてくる罪人に、統率の取れた様子はない。

 先陣を切ったのは亜神トラムに酷似した罪人。黄金の左手を振りかぶり、虚ろな表情のまま襲い掛かってくる。

 

「私の見た目で……王子を襲わないで!!」

 

 そんな罪人トラムを、同じく銀の右手を振りかぶったトラムが殴りつける。

 罪人トラムは左手で防ぐも、力負けして吹き飛ばされる。

 

「……! 強さまで同じって訳じゃ……!」

 

 罪人を吹き飛ばし、その手応えを口にするトラムに、また別の罪人が襲い掛かる。

 煌びやかな衣装、どこか花嫁衣装に似たそれを身に纏ったフーロンと同じ顔をした罪人。例によって黄金が全身にへばりついている。それが花の装飾がなされた刀を持ってトラムへと襲い掛かる。

 

「罪人という割には、随分と良いものを着ているのね」

 

 罪人フーロンを、赤い雷撃が貫いた。トラムより遥か後方、アブグルントによる狙撃だ。

 アブグルントは向かってくる罪人達に、次々とグランサクスの雷を投げ放つ。

 

「歪なものね。見た目だけは真似て頭数だけは揃えたつもりかしら」

 

 悪魔の生み出した罪人達はどこまでも歪であった。その顔こそ瓜二つだが、身に纏う服も武器も、本人達とはどこか異なっている。そして、その強さもまた。

 見てくれだけ整えた出来損ないだ。

 

「——ォォオオオオオ!!」

 

 そんな罪人達の背後、地を揺らすような咆哮が響き渡る。三体のスルト、それが再び前進を始めたのだ。

 

「罪人だけでも厄介なのに……!」

 

 遥か後方から迫るスルトにフーロンが顔を歪める。ただでさえ乱戦が予想される戦況、亜神達でさえ足止めがやっとの巨人の相手など出来るはずもない。

 だが、スルト達は此方の状況などお構いなしに迫り来る。

 

「チッ、やむを得ないか……なッ!?」

 

 アルコゥがスルトを足止めすべく空を見上げ、そして思わず目を見開いた。アルコゥをして、信じられない事が目の前で起きていたからだ。

 

 前進するスルトの一体、突如横合いからの一撃によって吹き飛ばされる。

 

「ゴアァ!?」

 

 スルトはその衝撃に、地響きを立てて倒れ込む。そして、己を殴り飛ばした相手に怒りの視線を向けた。

 そこに立っていたのはスルトそっくりの岩の巨人。偽りの黄金によって作り出された、燃え盛る炎の巨人。

 それが三体、元々のスルト達と対峙するように立ち塞がっている。

 

「……どういうつもりだ」

 

 咎めるようなイコルの鋭い問い。明らかな利敵行為、しかしリブラはイコルの視線を受けても何ら動じた様子はない。

 これは彼にとって当然の行いであり、何ら咎められるものではないからだ。

 

「公平だ(It is only fair)」

 

 これは公平な試練、ならば当然、頭数は揃えなければならない。リブラにとっては単純で、最も重要な理由であった。

 そして、戦場を傍観するこの亜神もまた、例外ではない。

 イコルに向けて、何処からか魔力の弾が放たれる。

 

「……ッ!」

 

 突如放たれた魔力の弾を、イコルは魔法陣で弾き返した。視線を向ければ、虚ろな表情をした、自分と瓜二つの罪人の姿。両の手に魔法陣を広げ、イコルに対して敵意を示す。

 イコルは、この悪魔の見せ掛けの公平について漸く理解を示した。

 

「……上等だ」

 

 イコルは一瞬リブラを睨みつけると、己の罪人に向けて飛び立った。

 亜神もまた、リブラにとっては試練の対象。高みの見物など公平ではないのだ。

 

 戦場は混沌の一途を辿る。連携もなく、ただ敵意だけを湛えて攻め込んでくる罪人達を王国はひたすらに迎撃していく。

 

「スルトは一旦無視しろ! 今はただ偽物達を倒せ!」

 

 王子が周囲に指示を出しながらケラウノスの神器を掲げる。

 放たれるのは神の雷。天からの一撃は、周囲の罪人達をまとめて貫いていく。

 

「……それにしても、偽物の私達は珍妙な格好をしていますね」

 

 元始天尊が罪人を拳で叩き伏せながら呟く。

 元始天尊が言うように罪人達の姿は妙であった。単なる色違いに留まらず、水着、祭儀用のドレスと罪人達が身に纏う衣装はまるで違う。

 一見して滑稽なのだが、その実不気味だった。まるで王国軍という情報を別の何かから参照して再構成しているような歪さ。この悪魔には、一体何が見えているというのか。

 

「そして、歪であるからといって弱い訳ではない」

 

 元始天尊の目前、カゴメの姿をした罪人が躍り出る。

 本来ならば、カゴメが攻勢に出たところで元始天尊にとって何ら脅威ではない。彼女はぬりかべという妖怪であり、積極的な攻撃性を発露する事は彼女の本質とは大きくかけ離れているからだ。

 

「……」

 

 だが、罪人は違う。両手に持つのは白亜の大壁。両手に持ったそれを、大盾のようにして元始天尊へと叩き付ける。

 

「先入観は捨てた方が良いのでしょうね……!」

 

 元始天尊が拳で迎え撃つ。圧倒的な重量を持つ壁を膂力と仙力を持って砕いてみせる。応報の呪いが元始天尊の臓腑を侵すが、その程度で狼狽える彼女ではない。

 壁を砕かれ、無防備な姿を晒す罪人カゴメへと、元始天尊は蹴りを放つ。

 

 元始天尊の渾身の蹴りに、罪人カゴメは吹き飛び、そのまま動かなくなった。形を保てなくなった罪人が溶けるように姿を崩す。地面に残ったのは不気味に輝く黄金の光。

 

「……? あれは一体……?」

 

 元始天尊が疑問を持つ間に、その光は別の罪人へと吸い込まれていく。

 近くに居た、褪せ人の姿をした罪人だ。両手に拳の形をした岩を身に付けた重装の男。

 罪人褪せ人に吸い込まれた光は黄金となってその身体に纏わりつく。

 

「……嫌な予感がしますね」

 

 醜悪な黄金を身に纏い、罪人褪せ人は元始天尊へと拳を突き出す。

 放たれるのは、岩の拳。褪せ人の手から離れたそれは一直線に元始天尊へと向かっていく。

 

「拳を飛ばすとは面妖な……!」

 

 不意を打つ一撃を咄嗟に両手を交差する事で受け止める。

 だが、その威力は桁外れだった。岩の拳はそのまま元始天尊を吹き飛ばし、乾いた大地に叩き付ける。

 

 今までの罪人とは違う。褪せ人の罪人が特別なのか。否、それもあるだろうがやはり原因はあの光だろう。

 

「相手は違いますが……リベンジといきましょうか」

 

 奇しくも相手は無手。無論、褪せ人の罪人である以上油断は出来ないが、それもまた良し。

 静かに岩の拳を構える罪人を前に、元始天尊は獰猛な笑みを浮かべて飛び出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 罪人と王国軍。両者のぶつかり合いにおいて、押されているのは罪人達であった。

 それは必然だった。罪人達に連携という概念はない。生み出された彼らは、ただ目の前の存在に敵意を向けて襲い掛かる事しか出来ない。王国軍はすぐさまそれを見抜き、対応してみせた。

 

 罪人相手に複数で戦う。目の前の相手に気を取られた罪人達を別の者が倒していく。その対応の速さは、王国軍がいかに戦い慣れているかの証左であった。

 

 着実に数を減らしていく罪人達。それを見て、リブラは一人目を細める。天秤が一方に偏っていく。それは認められない。

 

 ——不公平だ。

 

 数が偏ったのであれば、天秤を戻す必要がある。

 リブラは片手に黄金の光を集めると、それを砕いてみせた。

 

 ——悪魔により、罪人が現れる。

 

 再び黄金の魔法陣がリブラの周囲に展開され、罪人達が生まれ出る。

 

「そんな……!?」

 

「無茶苦茶じゃないか!」

 

 予想外の光景にイリスが思わず口を押さえ、タラニアが抗議の声を上げる。

 当然、リブラは聞く耳を持たない。この試練における公平さとは、どこまでもリブラの視点でしか維持されてはいない。

 そして、再びリブラがその手を掲げる。

 

 罪人達と王国軍の差。それを生み出した連携もまた、不公平である。

 リブラが黄金の光を砕くと、王国軍に試練が降りかかる。

 

 ——悪魔により、味方の姿が見えなくなる。

 

 それは乱戦においてこれ以上なく致命的であった。

 

「なっ……!?」

 

 後方で戦況を俯瞰していたアスバールが目を見開く。

 突如として視界から味方が消えたからだ。何らかの認識阻害、それが悪魔によるものは明らかだ。すぐさま状況把握に努めるべく周囲を見渡す。

 

 姿は消えたが、居なくなった訳ではない。罪人達は見えない何かと戦闘を繰り広げており、周囲からはこの状況に戸惑いの声を上げているのも聞こえてくる。

 声は聞こえる。ならば——

 

「皆さんよく聞いてください! 現在私達は互いの姿を視認出来なくされています! 同士討ちは絶対に避けてください!」

 

 魔法を使い、戦場にアスバールは声を伝える。

 今の状況は致命的だ。範囲魔法などもってのほか、仲間同士が巻き込まれる事を考えればほぼ攻撃を封じられたも同義。

 

「こんな状況じゃまともに戦えねぇ!」

 

「どうすれば……!」

 

 戦場の各地で苦悶の声が上がる。

 補充される罪人達。一方的に課される試練という名の理不尽。このままではそれ程間を置く事なく戦線は崩壊する。アスバールにはその未来が明確に見えていた。

 

「どうするかなんて、決まっているわよね?」

 

 そんな時、アスバールの近くで声がした。姿こそ見えないが、それがアブグルントである事は声で分かる。

 絶望的な状況下でありながら、彼女の声は酷く冷めていた。

 

「こんなもの、律儀に付き合ってあげる必要がないんだもの」

 

 空気が弾けるような音。それはアスバールが褪せ人に託された古竜の雷のそれ。狙いは一点、盤上をコントロールするプレイヤー気取りの悪魔。

 悪魔の人形遊びに付き合ってやる必要はない。あの悪魔もまた、この戦場に引き摺り下さなければ勝利など永遠に訪れない。

 

 何より、姿が見えないと彼の活躍も見えないではないか。

 

「ハァッ!!」

 

 グランサクスの雷から赤い雷が放たれる。混沌の戦場を越え、遥か後方のリブラを、確かにその赤雷は貫いた。

 

「……!?」

 

 突如襲う雷に、リブラはその身を痙攣させる。そして、それを放ったアブグルントを不愉快とばかりに睨み付けた。

 

「愚かな……(Foolish)」

 

 リブラは自身の足元に魔法陣を展開する。それは転移の魔法陣。

 離れた戦場、赤い雷を届かせたアブグルントの目前へと一瞬にして移動する。

 そして、愚かな盤上の駒へと叩きつけるべく手に持った杖を振り上げた。

 

「思ったよりも単純なのね、貴方」

 

 不快を露わにする目前の悪魔に、アブグルントが浮かべたのは嘲笑だった。まさか自分が襲われるとは考えていなかったのだろうか。だとすれば、頭はそれ程良くないらしい。自分が今、戦いの傍観者から引き摺り下された事にも気付いていない。

 

 アブグルントへとリブラが杖を叩きつけようとしたその時、リブラの身体を強烈な衝撃が襲う。

 

「……!?」

 

 リブラが驚愕に目を見開く。アブグルントにはその姿は見えていないが、それを成したのが誰なのかなど見なくとも分かる。

 よろめいたリブラに対して、再びの打撃。神聖な光に満ちた打撃の一撃。それが決定打だったのだろう。周囲で見えなくなっていた味方達が、再び視界の中に現れる。

 

「やっぱり」

 

 リブラに対し、黒鉄の大槌を振り下ろす鎧の男。それがアブグルントの視界に現れる。

 リブラはアブグルントから褪せ人へと視線を移す。そこに宿るのは不快を超えた怒りの感情。

 

「アアァァァァァ……!!」

 

 度重なる横殴り、リブラにとっては横紙破りのそれに唸るように声を上げる。

 身体から蒸気を立ち昇らせ、怒気を露わに褪せ人を睨み付ける。

 

「ゴオォォォ!!」

 

 咆哮、乱暴に大地に杖を叩き付ける。ただ癇癪を起こしただけで大地を震わせるその膂力は脅威の一言。だが、そんなリブラを前にしても、褪せ人はどこまでも冷静だった。

 

 リブラが姿勢を低く屈め、飛び掛かる。両の手に金色の光を迸らせ、その力を大地諸共に褪せ人へと叩きつけんとする。

 

 それを見て、褪せ人が選択したのは前進。飛び掛かるリブラとすれ違うようにして、褪せ人は前方にローリングする。怒りに任せた一撃。その動作は大掛かりで、故に読み易い。

 危機的な状況にこそ、前へ踏み込め。膨大な経験が最適解を導き出す。

 

「……!!」

 

 褪せ人の背後、先程まで立っていた場所に黄金の爆発が生じる。すぐさま振り返れば、再び此方に両腕を振り上げて飛び掛かるリブラの姿。それを再び潜るようにしてローリングで回避する。

 再びの爆発。そこに褪せ人を狙うべく近付いていた罪人の一人が巻き込まれ、爆発によってその身を散らす。

 

「ガアァ!!」

 

 罪人を巻き込んだ事などリブラは気付いていない。攻撃を回避され、苛立ちを隠そうともしないリブラが大地に両手を突き入れる。錬金術が大地を液状化し、黄金の光が褪せ人の足元を灯す。

 

「……!」

 

 その光から逃れるように、褪せ人は横に飛んだ。

 直後、ちゃぶ台を返すようにリブラが腕を振り上げると、黄金の津波が生じた。

 飛散する飛沫。それが何なのかは分からないが、碌なものではない事くらいは褪せ人にも分かる。

 飛沫を浴びた罪人が、両目を押さえて苦悶の声を上げる。

 

「オオォォォォ!!」

 

 リブラの怒涛の連撃は未だ終わらず。上空を見上げ、両手を上げるとリブラを中心とした広範囲の空に黄金の膜が広がっていく。

 

「……!」

 

 大技が来る。褪せ人はすぐさま膜の範囲へと逃れるべく走り出す。

 

「アアァァァァァ!!」

 

 だが、僅かに遅い。リブラが咆哮と共に両手を振り下ろすと、膜の張られた空が落ちてきた。さながら雨の如く降り注ぐ黄金の液体。それが褪せ人を飲み込まんと迫ってくる。

 

「跳べ! 褪せ人!」

 

 間に合わない。被弾を覚悟していた褪せ人に、王子が手を差し伸べて叫んだ。

 褪せ人は手を伸ばして大地を蹴る。褪せ人の足を黄金の液体が掠める中、王子は褪せ人の手を取ると思い切り手を引いた。

 

「おおぉぉぉ!!」

 

 腕を引き、乱暴に褪せ人を投げ飛ばす。褪せ人は大地を転がるが、辛うじて黄金の雨から逃れる事に成功する。

 

「フーッ……フーッ……!」

 

 リブラが黄金の液体の中で立ち上がる。立ち昇っていた蒸気は次第に消え、息を整えて再び杖を握り締める。

 怒りに我を忘れていた事を認識し、再び周囲の状況を確かめるように首を動かす。

 

「暴れて落ち着いたのか? なんというか、妙に人間くさいやつだな……」

 

「どうでもいい。そんな事よりも——」

 

 王子と褪せ人を他所に、戦場を見渡したリブラが目を細める。またしても、罪人達の数が減っている。何たる不公平か。

 憤懣やるかたないと首を振るリブラだが、他ならぬ己が罪人を減らしている事に気付いてなどいない。

 

 再び片手を上げ、錬金術によって罪人達を生み出していく。

 

「キリがないな……やはり、アイツを直接倒さないとどうしようもない」

 

 王子がうんざりだとばかりにため息をつく。

 リブラが居る限り、罪人の数が減る事はない。だが、直接狙えばあの暴れようだ。手を出すタイミングを誤れば、ただでさえ乱戦の様相を呈す戦場を一気に崩壊させてしまう。

 

 危険を承知でリブラを倒す必要がある。

 短期決戦の決意を決める王子の横で、褪せ人が口を開いた。

 

「あの悪魔、少しの間お前に任せる」

 

「……何か策があるんだな?」

 

 褪せ人の言葉に、王子が神器を取り出すとリブラの方へと向き直る。

 任せる。この男にしては珍しい言葉だった。だが、細かい事は聞くつもりはない。この男に頼られたのだ。ならば、全力で応えてやらなければ。

 

「……」

 

 王子がリブラへと駆けるのを見て、褪せ人もまた戦場を駆け抜ける。乱戦が繰り広げられる中を抜け、ただ一人を探す。

 そんな褪せ人の前に、罪人達が立ちはだかる。

 

「褪せ人の邪魔はさせませんよ!」

 

 罪人達の前に白亜の壁が立ち塞がる。褪せ人の横を、カゴメとタラニアが走り抜ける。

 

「ここは僕達に任せるんだ!」

 

 タラニアの言葉に、褪せ人は迷う事なくその場を彼女達に任せて再び駆け出した。

 褪せ人が去った事に、タラニアがため息をつく。

 

「ふぅ……何とかなった」

 

 場違いな安堵の息をつくタラニアをカゴメは訝しげに見て、そして心当たりを口にした。

 

「あっ、もしかして褪せ人に自分の罪人を見られたくなかった感じですか?」

 

「……そりゃそうでしょ。だって——」

 

 カゴメとタラニアの視線の先、タラニアの姿を模した一人の罪人。

 兎の耳のついた帽子を被り、惜しげもなく素肌を晒した魔法剣士。本来隠すべきところを敢えて晒すそれは、酷く扇情的である。

 この世界に存在しない概念であるが、それは敢えて口にするならば逆バニーと呼ばれるものであった。

 

「凄い恥ずかしい格好ですね!」

 

「君にだけは言われたくない!」

 

 流石にカゴメに言われると反論したくなる。

 それに、恥ずかしいのは間違いないが内心ではあれはあれで可愛い格好ではあるとも思ってるのだ。いずれにせよ、どうせ見られるなら自分が着ている時に見られたいと思うのが乙女心である。

 

 そんな格好に似つかわしくない無表情で剣を構える罪人タラニア。

 カゴメが分身を作り出しながら、タラニアへと口を開く。

 

「王国に帰ったら作って貰いましょうね! あれ!」

 

「……心の準備が出来たらね!」

 

 どこか気の抜けたやり取りをしながら、タラニアは両手に剣を構えて罪人へと走り出すのであった。

 

 

 

 

 

 タラニア達に戦場を預け、褪せ人は目的の相手を探す。

 あちこちで王国軍が罪人達と戦っている。だが、徐々にその形勢が不利になっているのが見て取れた。

 無限に湧く罪人。対して此方は魔力も体力も削れていく一方である。何より厄介なのは、罪人達の力が増しているのだ。

 

 これ以上時間をかける訳にはいかない。周囲の罪人達が褪せ人を見ていない事を確認しながら、褪せ人はあるものを取り出した。

 今が乱戦でなければ、取り出したものを見て王国の者達は眉を顰めて非難しただろう。心の弱い者は悲鳴をあげたかも知れない。

 

 それは人の生首を象った石のランタンであった。髪の毛を縛り持ち手とし、両目に黄色い光を湛えた不気味な生首。

 

 持つ事すら躊躇われるそれを褪せ人は掲げ、もう片方の手で両目を隠す。

 異相の生首、それは見えぬ事の幸福に浸るように、弛緩した嘆き声を上げる。

 

 嘆きの声が周囲に伝播する。発動するのは一種の認識阻害。先のリブラと同じ、それは褪せ人の姿のみを覆い隠した。

 

 罪人達の目を掻い潜り、戦場の端から端まで駆け抜けた褪せ人は遂に目的の相手を見つけた。

 

「チッ……!」

 

 褪せ人の視線の先に居たのは己と同じ姿の罪人に魔法弾を放ち、もう片方の手に聖杯を抱えながら苛立ちを露わにしているのは亜神イコル。

 どうやらイコルは目の前の罪人に集中しており、褪せ人が近付いている事に気付いてはいない。

 

「……」

 

 息を潜め、その時を待つ。もう少しで嘆き首の効果時間が終わる。だが、ここで慌てるつもりはない。

 罪人の魔法弾をイコルが魔法陣で弾き、返す刀で魔法弾を放つ。

 

 ——ここだ。

 

 攻撃の直後、次の行動に移るまでの僅かな間隙。褪せ人は一足飛びにイコルに向かって肉薄する。

 

「……ッ!? いつの間に……!」

 

 流石のイコルも急速に近付いてくる褪せ人に気付く。慌てて此方に対して行動を起こそうとするが、褪せ人の方が速い。

 無手の褪せ人がイコルに拳を振りかぶり、思い切り殴り付ける。

 

「ガッ!?」

 

 亜神といえども彼女は魔術を得手としており、何より直接戦闘は本領ではない。拳の殴打に、イコルはなす術もなく吹き飛ばされる。

 渇いた大地を転がり、しかしイコルはすぐに体勢を立て直す。

 

「やってくれる……!?」

 

 褪せ人を睨みつけようとして、しかしイコルは褪せ人を見て目を見開いた。すぐさま己の手元を確認する。そこにあるはずのものが、ない。

 

「お前……!」

 

 彼はもうイコルの方を見ていない。その視線が注がれるのは自らの手に収まった黄金の杯。

 

「……使い手を選ばない。そう言っていたな」

 

「お前、最初から聖杯を……!」

 

 イコルが取り返そうと動き出すも、もう遅い。褪せ人の手の内で、聖杯が黄金の光を放ち始める。

 代価を支払い、その望みを叶える。褪せ人の手の内で再び聖杯が奇蹟を起こす。

 今この時、褪せ人が望むはただ一つ。

 

「——勝利を」

 

 ——聖杯は満たされた。

 

 再び、黄金の光が世界を覆い尽くした。




リブラは別世界の情報を参照して罪人を作ってるので本人は真面目です。
別世界で逆バニー着てるのが悪い。
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