今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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魔界

魔界。かつて、女神アイギスがその身を賭して魔物達を追いやった、最果ての地。そこが果たしてどのような所なのか。気にならなかったといえば、嘘になる。

王子と褪せ人がゲートの先で見たものは、まさしく魔界と呼ぶにふさわしい場所であった。空はどこまでも暗く澱んでおり、草木のほとんどは枯れ果て、むき出しの地肌を晒している。僅かに見られる植物はいずれも毒々しい花を咲かせている。おおよそまともな生命が居るとは思えない不毛の地。それが、王子達が魔界へと抱いた印象であった。

 

「驚いた。まさか、本当に追ってくるとは。それもたった二人で。ここまで愚かだとはワシも思わなかったよ」

 

グレーターデーモンが、僅かに驚いたようにそう言うと、嘲笑を浮かべる。

そのゲートが、明らかな罠であることは分かっていた。しかし、それでもあの悪魔を放置することが、さらなる悲劇を生み出す事が明白な以上、ここで取り逃すわけにはいかなかった。たとえ一人であっても、王子は向かっただろう。

 

「言ったはずだ。お前は必ず倒すと。お前だけは、絶対に生かしてはおかない」

 

王子がそう言い、剣を構えるが、そこで己の身体の異常に気が付いた。身体がまるで鉛のように重いのだ。それは、先の戦いにおいて暗黒騎士の波動を受けている時のそれに近い。隣を見れば褪せ人もまた、その異変に気付いているようだった。

 

「――人間には、魔界の瘴気は厳しいだろう?本来の実力を出すことなど、この魔界で人間には不可能なのだよ。何故ワシがわざわざ魔界に招いたか分かったかね」

 

グレーターデーモンが、二人の浅はかさを嘲笑う。見え透いた罠に嵌り、実力を発揮できない二人の英雄など恐れるに足りない。そう言っていた。

 

「褪せ人よ、確かに君は強い。このワシでも正面から相手をしたいと思えないほどに、唯の人間がそれほどの力を持っていることに驚嘆すらしたよ。だが、今はどうかね?先の妖怪娘に消耗を強いられてからのこの瘴気だ。いくら君でも、もはや成す術は無い。そう思うのだがね」

 

あの妖怪少女の壁を壊すために力を使い、その際に受けた呪いで蝕まれた身体は、祈祷を以て動ける程度には回復したものの、それでもリスクは高かった。今の褪せ人に祈祷や戦技を使う余裕はほとんどありはしない。そこに加えての魔界の瘴気。いくら褪せ人でも、現状が厳しいというのは、分かっていた。

だが、そんなものは承知の上、それでもなお討つべきものがそこにいるから、己はここに居るのだ。褪せ人は無言で武器を構える。

 

「ふむ、揺るがず、折れず、ただ前に進もうというのかね。ワシの経験上、お前のような輩は厄介極まる。故に、ワシは万全を期すのだよ」

 

グレーターデーモンが両手を広げる。その背後に闇が広がり、そこから下級のデーモン、インプ達が現れる。グレーターデーモンが王子達を指差すと、耳障りな声を上げながら突撃してきた。

王子は剣を構え、迫るインプ達に応戦の意思を見せる。そして、褪せ人もまた、この場を打開するに最適な武器を選択する。

褪せ人の手に握られるのは、おおよそ武器とは言い難いもの。

 

「お前それ…もしかして髪の毛か?」

 

それは、燃えるような赤い髪を編み込み、一本の縄のように仕立てたもの。この絶体絶命の状況下で、褪せ人が出す物。それを王子は疑いたくはないが、それでも声を上げずにはいられなかった。

その声に褪せ人は応えない。無言で、その髪を鞭のように振るい、結果で以てその効果を示す。迫るインプを、その長いリーチで打ち据え、薙ぎ払う。そして、赤い髪に触れたインプは悉くその身を焼かれ、肉体を崩壊させていく。複数の小物を薙ぎ払うにあたっては、うってつけの代物であるが故に、褪せ人はこれを選択したのだった。

 

「凄い髪の毛だなそれ!あんまり使いたいとは思わないけどさ!」

 

王子がそう言いながら、一体一体丁寧にインプを処理していく中も褪せ人による炎の嵐は続く。

だが、その猛攻の中で常ならば起こりえない討ち漏らしが発生する。褪せ人が本調子でないが故のそれ、加えてインプ達は、自分たちの領域である魔界の瘴気に完全に適応しているのだ。それは、水を得た魚に等しい。こちらは弱体化し、相手は強化されている。地の利は完全に相手の味方であった。

褪せ人の討ち漏らしを、王子が的確に処理していく。しかし、無尽蔵に召喚されるインプを前に、防戦一方であった。恐らくは、グレーターデーモンはこのまま此方の体力を削り、確実に命を刈り取る算段なのだろう。

 

「常ならば気にも留めない雑魚を相手に防戦一方の気分はどうかね?のこのこと現れなければ死ぬ事もなかったろうに。実に哀れだよ。炎に向かう蛾のようだ。英雄気取りの大馬鹿共には相応しい末路だね」

 

「――大馬鹿は貴様だ。お前だけは絶対に許しはしない」

 

インプを、そしてグレーターデーモンを暗黒が包み込む。インプがまるで力を奪われたかのように倒れこみ、やがて置きあがる事すらままならなくなった。暗黒の波動。その力の持ち主を王子達は知っていた。

 

「暗黒騎士…!お前…!」

 

「魔界まで追いかけるとは…全く無謀な奴らよ。さぁ…我の身体が朽ちる前にケリをつけろ…!」

 

暗黒騎士の身体は既に限界を超えていた。もはや剣を支えにせねば立つこともままならない状況。彼を突き動かしたのは、復讐心。そして好敵手が無謀な戦いへと挑んだという事実。彼が未だにその魂を崩壊させていないのは、ただそれのみであった。

 

「死にぞこないが、味な真似を…」

 

グレーターデーモンの顔が苛立ちで歪む。

そして、褪せ人がこの機を逃すことは無かった。巨人の赤髪、その戦技を発動させる。赤髪の鞭に、巨人の炎を纏わせる。そして、まるで舞うようにしてその炎の鞭を振るった。力強く、しかし流れるようにして広範囲を薙ぎ払うその鞭は倒れ伏すインプを悉く燃やし尽くしていく。そして、一息にグレーターデーモンへと接近した。

 

「そう来るとは思っていたよ。だが、良いのかね?そんな雑魚にリソースを費やして。果たしてワシを倒すだけの力は残っているのかね」

 

邪魔は入ったが所詮は死にぞこない。インプ程度は無力化できても、己の力はいまだ健在。ならば何の問題もない。グレーターデーモンはそう思いなおす。

どこまでも此方を侮っているデーモンを前に、褪せ人は応えない。精々油断してくれれば、その分だけ殺すのが早まる。その程度の認識。

黒鉄の大槌を構え、グレーターデーモンへと肉薄する。戦技も、祈祷も、使えずとも倒すのには支障は無かった。グレーターデーモンはその見た目通りに鈍重であった。今の褪せ人でも、攻撃を当てるのには何の問題もない。グレーターデーモンが腕を交差し、防御の姿勢をとる。こちらの一撃を防いだうえで、隙を晒した相手に反撃に転じる。そういう意図が見えた。やはり、舐めている。好都合であった。

褪せ人がグレーターデーモンの腹部を、その交差する腕の上から大槌で打ち据える。果たしてそれは、腕の防御を崩し、その身の内にまで衝撃を伝えた。そして、大槌の持つ聖性がデーモンを焼く。魔界に生きるものにとってそれは、これ以上ない毒。果たして弱り切った相手と舐めてかかったデーモンに、想像以上のダメージを与えることに成功する。

 

「ヌゥッ!?」

 

グレーターデーモンが身悶える。万全を期していた。そのはずだった。満身創痍の相手を、さらに残り少ないリソースを削り、それでもなお、その一撃は重かった。

そして、低くかがめた頭部に、褪せ人に意識が割かれたその隙に接近していた王子が渾身の突きを放つ。その突きが、グレーターデーモンの右目を深く傷つけた。

 

「があぁぁぁぁ!」

 

突然の痛みに、グレーターデーモンが暴れる。遮二無二振り回した腕が、図らずも王子に直撃した。暗黒の波動の影響下でも、その膂力は驚異的なもの。王子がその一撃で吹き飛ばされる。

 

「おのれ、物質界の、惰弱な人間どもが…よくも…!」

 

先程までの余裕が剥がれ落ちる。グレーターデーモンの手に大槌が握られ、それを片手で振り回しながら歩みを進める。その先には、吹き飛ばされた衝撃で身体の動かない王子。確実なとどめを刺さんと接近するそれに、褪せ人が立ちはだかる。

 

「この期に及んで、邪魔をするか…!ワシの一撃を受け止めると?ワシをそこらの魔物と一緒にしないでもらおうか…!」

 

グレーターデーモンのその言葉は事実であった。その力が驚異的なのは先の一撃で明らか。しかし、身動きの取れない王子が居る今、回避に専念するという方法もとれはしない。褪せ人が無言で盾を構える。

 

「褪せ人…逃げろ…!」

 

「お前が動けるのなら、考えてやらなくもない」

 

「俺が動けても絶対逃げないだろそれ…!」

 

そう言う王子の表情は焦りが見てとれた。確かに今の己にその一撃が受け止められるかは分からない。しかし、完全に防げずとも、致命傷は避けれる。その程度の判断はできていた。

グレーターデーモンが大槌を振り下ろす。十分な力の乗せられたそれは、紛れもない致死の一撃。しかし、それが褪せ人へと振り下ろされる事はなかった。

 

「――私がやらかした分は、私の頑張りでお返しします!」

 

突如として現れる白い壁、それによってグレーターデーモンの一撃は受け止められる。衝撃音が魔界を響き渡り、その一撃の重さを伝える。しかし、壁は健在。本体の壁は既に褪せ人によって壊され、力を使い果たしていた。

今生成されているのは己の分体の物。しかし、たとえ分体のそれであっても、デーモンの一撃程度で壊されるようなものでは無かった。背後の男に、お前の壊した壁はそう安くはないのだと、そう伝えたかった。当然、その壁は己を傷つけた者に、相応の報いを与える。

 

「ぐぅぅぅぅ!」

 

大壁の報いは、デーモンの肉体をも蝕み、膝を地につかせる。自身の攻撃に比した呪いを受けるのだ。強力な一撃である程にその報いは大きい。本来、壁を壊すまで耐えるなど、土台無理な話なのだ。

突然の乱入者。わざわざ助けに来た理由は分からないが、この機を逃すつもりはない。少女に、褪せ人は冷静に話しかける。

 

「…合図の後、その壁は消せるか?」

 

「出来ますっ!何か策が——それ、凄い知り合いの妖怪に似てますね!」

 

余計な情報はあったが、言質は取った。

褪せ人がそれを構え、発射体勢に入る。ただ、膂力を、祈祷を封じた程度でエルデの王に勝てる等と、思い上がりも甚だしい。己は、今まで己より遥かに力の勝る者達からその勝利をもぎ取って来たのだ。

膂力にも、祈祷の力にもよらない人の技巧。それもまた、褪せ人の持ち得る選択肢の一つ。

呪いの痛みが引き、立ち上がるデーモンを前に、白い壁が消える。その先に、薄気味の悪い造形の盾を構えた褪せ人が居た。

単眼の悪神、それを模した盾の口から砲が伸びる。それは、ただ敵の攻撃を防ぐだけの代物にあらず。伸ばされた砲口から炎弾が吐き出された。轟音と共に吐き出されるそれは純粋な仕掛けにより放たれるもの。当然、魔界の瘴気など関係ありはしない。

 

「ぐわぁぁぁぁ!」

 

炎弾はグレーターデーモンの腹部に着弾し、強烈な光と共に爆ぜた。爆風が、デーモンを構成する肉体を破壊していく。果たしてそれは、とどめの一撃となった。その醜い身体は爆発によって大半を崩壊させ、膝をつく。徐々に崩壊していく。その勝敗は明らかであった。

 

「このワシが…まさか…。だが、貴様らも終わりだ、魔界からは決して逃さん」

 

痛みから何とか回復し、立ち上がった王子がその言葉を受け、魔界の門を見る。その門が徐々に塞がりつつあるのが見えた。

暗黒騎士が、王子へと告げる。

 

「魔界の門が、その主の消失に伴って崩壊するぞ…!」

 

「暗黒騎士、お前は…」

 

「我は放っておけ!もう持たないことは分かり切っている…。それよりも、こんな所で、我に打ち勝った好敵手が果てることこそ耐えられん…!走れ!王子よ!」

 

暗黒騎士の言葉に、僅かに躊躇するも、それでも王子は門へと走った。それに褪せ人と、妖怪の少女も続く。

 

「門が塞がる…!すぐに出るぞ!」

 

門へ向かって全力で走る。全身が痛むが、そんなことも言ってはいられない。警鐘を鳴らし続ける己の身体を無視して、門をくぐった。

 

 

魔界と打って変わって、物質界のまばゆい光に王子は目を細める。しかし、その光こそが、自分たちが元の世界に戻ってきたのだとそう伝えていた。安堵のあまり、座り込む王子に、ミレイユが駆け寄る。

 

「王子…!良かった…!一体どちらにおられたのですか?皆、探していたのですよ!」

 

ミレイユが瞳を潤ませながら、王子を叱る。そのどこまでも此方を心配する姿を愛おしく思うとともに、そのような顔をさせてしまったことに罪悪感を抱く。

 

「すまない…。ちょっと、魔界で黒幕と決着を着けてきた」

 

「魔界…!?一体どうして、そんな。何故、私達を呼んでいただけないのですか!?」

 

「時間が無かったんだ。あの悪魔は、絶対に取り逃すわけにはいかなかった。褪せ人も居てくれたしな。おかげで、こうして何とか戻ってこれた」

 

思えば、確かに無謀であった。褪せ人の助けなくして、こうして生きて戻ることは、出来なかっただろう。もし、あそこに褪せ人が居なければ、仲間たちを集めて魔界へ赴いたのだろうか。魔界の門がいつ閉じるか分からなかったが故に、取り逃した後を想像したが故に、今回の無謀を良しとしてしまった。その事は、反省しなければならない。王子はそう思った。

 

「また、あの方に助けられてしまいましたね…。近衛騎士として、情けない限りです。…ひとまずは王子、お体の治療をいたしましょう」

 

「ああ、それと褪せ人も頼む。あいつも相当無茶をした。正直、俺よりも酷い有様だ。すぐに治療してやらねば」

 

そんな様で己よりも目覚ましい戦果を上げるのだから敵わない。果たして、己があの男と並び立つときが来るのだろうか。いや、並び立たねば、あの男は一人はるか先を歩み続けるのだろう。それだけは、友として、許すことはできなかった。

しかし、王子の言葉に、ミレイユは困惑したように返す。

 

「褪せ人様は…一体、どちらに?」

 

「何…?崩壊する魔界の門を二人で走って…それで」

 

――何故、ここにあいつが居ない?

 

不吉な予感が、王子の胸中を支配した。魔界の門へ二人で走ったのは覚えている。その時までは間違いなく居た、そのはずだ。

 

「何処だ…。褪せ人ッ!居るんだろう!?褪せ人!」

 

幾度叫ぼうとも、言葉が返ってくることは終ぞ無かった。

 

――悪魔は死せども、英雄は還らず。

 

異界の英雄は、いまだ魔界に囚われたままであった。




魔界出身キャラが出せないので、褪せ人君は居残りです。
また、炎の唾がしっかりFPを消費するという事実は、忘れておいてください。
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