今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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エルデンでもアイギスでもネズミは嫌い。アイギスのオークは好き。そんな話です。


オークの英雄

暗闇の中、褪せ人は腰を低くし、茂みの中で様子を伺う。視線の先には、この魔界の道中で幾度も見た獣。ワーラットと、魔界でそう称される魔物はその名が示すように、ネズミのような姿をしている。その体格は通常の物質界で見られるネズミよりも遥かに大きい。とはいえ、それだけであれば別段問題なかったのだ。狭間の地にもあの程度の大きさのネズミが生息しており、狩り慣れた存在である。

しかし、この魔界のネズミは一筋縄ではいかない。あれらの周囲には強烈な瘴気が放たれており、ただ近づくだけでこの身を侵し尽くすのだ。

接近戦、特に受けて反撃が基本の褪せ人にとって、こちらの防御が意味をなさないのはとにかく相性が悪く、魔界探索における大きな障害であった。

基本的にはトレントで駆け抜けてしまうのが最も楽ではあったのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。崖に挟まれた狭い道を、わざわざ阻むように一際巨大なワーラットが居たのだ。通り抜けるのは困難。何よりそのサイズに比して放たれる瘴気もまた、濃いのだ。補給の望めないこの魔界において、無駄なダメージは避けたい。

未だこちらに気付いていないワーラットを見遣り、褪せ人が、腰を沈め武器を構える。ラバスの大砲。そう呼ばれる携行型のバリスタは、瘴気によって力を奪われた現状、ワーラットへの対策としてこの上なく活躍をしていた。褪せ人がボルトを装填する。通常のワーラットならば、この魔界の地でも作成可能な骨の大ボルトで十分であった。だが、目の前のワーラットがそれで倒せるかは不明。よって、不意の一撃で終わらせるべく、強力なボルトを選択する。

ラバスの大ボルト。大砲と製作者を同じくする、実質的に専用のボルト。輝石の魔術、その欠片が矢じりに据えられたそれは、この地で生産されておらず、貴重なもの。あまり使いたくはないのだが、出し惜しんで死んでしまう等笑い話にもならない。

最近、王国に優秀な鍛冶師が集まっていると聞く。魔界から戻った後、代替品が作れないか聞いてみるのも一つの手だと、そう考えた。王国の賢者たちに相談してもいいだろう。何しろ魔術師ではない己にとって貴重な魔法攻撃なのだ。常に戦いの選択肢として置いておきたいところだった。

褪せ人がボルトを装填し、ラバスの大砲で狙いを定める。そして、巨大ワーラットをその射程に収めると、引き金を引いた。轟音と共に放たれる矢に、ワーラットが反応するも、もはや遅い。輝石の矢じりはワーラットの柔らかい獣肉を抉り、その身の内で魔力の伴った大爆発を引き起こした。強力な瘴気を放とうとも、所詮は大きいだけの獣。爆発によってその身は容易く砕け、ただの肉塊へと化した。確実に仕留めたと判断し、茂みから身を起こす。周囲に増援の気配もない。

 

「お疲れ様ですよー。相変わらず、ド派手で何でもありですねっ」

 

こちらを労いつつ、砕け散ったワーラットを見遣りながらぬりかべ妖怪、カゴメがそんな事を言う。褪せ人はトレントを呼ぶと、カゴメを乗せて駆けて行った。

この魔界に来てから数日、手掛かりは愚か、魔界の住人らしきものすら見つけられていない有様だった。この魔界が、広大であるのも理由の一つだが、褪せ人自身が探索という名の寄り道をしているのも原因の一つであった。

洞窟や廃墟があればひとまず中を覗き、魔物を殲滅しては使えるものが無いか漁り始める。そんなことを繰り返していては時間がかかるのもむべなるかなという話であった。

カゴメもその行動を止めようとはしなかった。何しろ、褪せ人が常の姿と変わりないように見えて、しかしどこか生き生きとしているように感じたからだ。

使えるものが無いか漁っては大した収穫は無く。しかし、淡々と次へと向かう姿は彼女的にも満足のいくものだった。流石に獣の糞に興味を示し、袋に詰めて持ち帰ろうとした際は止めたが、それ以外は不満の無い道中だった。

狭い崖路を抜け、また広い平野へと出る。相変わらず、殺風景極まりない光景が続く。意思疎通が可能な者など居るのだろうかと、褪せ人が疑問に思った。そんな時だった。

 

「――」

 

不意に、何者かの視線を感じた。これで幾度目だろうか。この魔界に来てから今まで、時折こうして気配を感じることがあった。害意は無い。ただ、こちらを観察するような気配。ひと先ずは捨て置いて構わないだろう。目的は不明だが、そのうち向こうから接触を図ってくるはずだ。

 

「あ!あれっ!集落っぽくないですか?」

 

そんな風に褪せ人が考えているなど露知らず、しばらく宛も無い道中を駆ける中で、カゴメが声を上げ、先を指差した。その先には、薄暗闇を照らす松明と、明らかに人工的な木の柵。確かにカゴメの言うように集落だろう。

褪せ人が進路をそちらへ向け、トレントを駆る。集落の入口付近に二名、何者かが立っている。集落の警備をしている守衛、恐らくはそうだろうと推測する。

緑色の肌に、鍛え上げられた筋肉、尖った耳に、巨大な牙を生やしたその人型はこの魔界で初めて見る種。ひと先ずは、コンタクトを取るべきだろうとトレントから降りると、守衛に歩み寄った。

 

「貴様ら、何者だ。ここは我らオークの集落。用も無く立ち入ることは許さん。去れ」

 

「あー、アタシ達、道に迷ってしまって。ちょっとこの辺りの事を教えて欲しいだけなんです」

 

カゴメが、オークと名乗る種族の守衛にそう話しかける。経験上、初対面の相手と高確率で殺し合いになる己よりは、彼女に任せた方が適切だった。こういった交渉事はどこまでも苦手な褪せ人は、いつでも相手の動きに対応できるよう警戒し、ただ事の成り行きを見守ることに徹する。

 

「…迷うだと?貴様ら、どこから…いや、そこの男は人間か?物質界の者が何故…」

 

「ちょっと悪い人に連れていかれて…。困っているのですよー」

 

カゴメが若干の脚色を加えてここまで来た経緯を説明する。そして、グレーターデーモンを倒した、という下りでオーク達が目の色を変える。

 

「ほう、あの上級のデーモンを…。いけ好かない連中だが、その実力は確か。物質界にも、相応の戦士が居るという事か」

 

「それはもう!アタシの知る中で、最強の戦士です!」

 

最強の戦士。その言葉にオークの口角が吊り上がる。

 

「最強の戦士…素晴らしい。是非とも手合せ願いたい」

 

「えっ。でも、アタシ達は…」

 

「何、手合わせに勝つことが出来たなら、そちらの要望を可能な限り応えよう」

 

「むぅ…そういう事なら、頑張り時、ですかね…?」

 

少し、雲行きが怪しくなってきた。褪せ人がそう思うも、もはや遅かった。隣で話を聞いていたもう一人のオークも、それに乗っかる。

 

「待て!ずるいぞ!俺だって物質界の戦士と戦ってみたい!」

 

「…よし!じゃあ決まりですね!アタシ達が勝ったら、お願い聞いてくださいねっ」

 

「敗者は勝者に従うものだ。戦士として、誓おう」

 

その一言を最後に、カゴメは満面の笑みを浮かべて振り向いた。

 

「そういう事になりました!さぁ!無限に頑張っていきましょう!」

 

――結局、こうなるのか。

 

そう思いながら、褪せ人がグレートメイスを構えた。

 

 

 

 

 

そして、オークという種族の、ある意味で厄介な性質を知ることになる。

二人のオークを適当に相手し、それで終わるはずだったそれは、他のオークに見つかったことにより面倒な方向に転がっていった。

 

「次は俺だ!うおおおお!」

 

斧を振りかぶり、こちらに迫りくるオークを褪せ人がグレートメイスで殴り倒す。単純な殴り合いでは、最強の武器の一つであるそれの、強烈な一撃を受けオークが昏倒する。

もはや何度目か分からないこのやり取りに褪せ人がため息をつく。オークという種族が、戦いに飢えた戦闘狂であることはこれまでのやり取りで十分に分かった。だが、こうまで話が通じないものかと辟易する。

 

「また倒れたぞ!あれで何人目だ?」

 

「――あいつで28人目…」

 

「30人目は俺が行く!」

 

「待て!順番を守れ!俺が先だ!」

 

力を重んじ、武人たらん事を是とするオーク達。魔界で、外の強者に飢えていた彼らにとって褪せ人はこれ以上ない相手であった。その行列は、未だ途切れることは無い。

 

「あの妖怪娘も大したものだ。あの壁、傷一つついてはいない」

 

「またも壁越えならず、か」

 

「壁越えは俺が果たす!うおおおお!」

 

カゴメの作り出した壁にオークが殺到する。その悉くが壁を傷つけること叶わず、呪いによって倒れていった。

騒ぎが大きくなった後、途中からカゴメも参戦していた。元々、褪せ人一人に頑張らせるつもりは毛頭なかったのだが、流石にカゴメをしてこれは計算外。若干褪せ人に対して申し訳なさそうに、しかし抑えきれない困難への喜びを顔に浮かべていた。

 

「うーん、計算外。流石にこれは褪せ人に申し訳が立たないですよ」

 

「む、妖怪娘が二人?どういうことだ」

 

「あっちは本体、アタシは分体ですよー。でもまぁ、こうして自分も頑張りながら褪せ人の頑張りも見れる。アタシとしては最高なんですよね。…それ、頑張れっ!頑張れっ!」

 

観戦するオークに混じりながら、分体を使ってこちらを応援するカゴメは、明らかに現状を満喫していた。彼女は、困難な道をわざわざ選択するきらいがある。彼女的には結果オーライなのだろう。流石の褪せ人も後で覚えておけと、そう思いながらオークの相手をする。

 

「ふむ、応援合戦。それもまた一興か…。うおおおおお!頑張れっ!頑張れっ!」

 

「チャンプ程じゃないだろうけど、あの鎧の下の筋肉…絶対すごいですよね…推せる…。後で触らせてもらえないかな…」

 

熱気は最高潮に達していた。野太い声が、魔界へと響き渡る。褪せ人は、この終わらない戦いにいい加減うんざりしてきたところだ。そろそろ殺してしまおうか。そう思った時だった。

 

「――あんた達、何やってんだい」

 

決して大きくない声。しかし、はっきりと力強く告げられたそれは、熱狂したオーク達をも黙らせるもの。雰囲気が変わった。褪せ人もそれを感じる。

 

「アナトリア様…!?」

 

「魔界武術大会のトップがどうして…」

 

「うおおおおおお!チャンプッ!チャンプッ!」

 

そして、その声の主が何者か分かると、再び爆発的な歓声が上がる。地面が割れんばかりの歓声が響き渡る中、褪せ人の前に声の主が姿を現す。

それは、巨体の女だった。浅黒い肌を惜しげもなく晒し、鍛えられた筋肉と、戦いでついた傷が強く主張する。巨躯の褪せ人と比して、勝るとも劣らない体格の女。それが、褪せ人へと向かってゆっくりと歩いてくる。

そして、今なお、興奮の渦にあるオーク達に向かって口を開いた。

 

「あんた達、ここまでにしな。戦いはもう終わりだよ」

 

「待て、アナトリア。こんな上等な戦士を前に、戦うのをやめろと、他ならぬお前がそう言うのか?」

 

「物質界の、道に迷った戦士を囲って戦うのが、オークの戦士だっていうなら好きにすればいいさ。少なくともあたしは、そんな真似したくないね」

 

「ぬぅ…」

 

オークの女戦士、アナトリアの言うことは尤もであった。戦いを是とするオーク。しかし、彼らとて戦士の誇りはある。久方ぶりの外から来た強者ということで興奮し、我を忘れてしまっていたが、これは誇り高いオークの戦いでは無かった。その事に気づいてしまえば、なおも戦い続けようとする者はいなかった。

 

「悪かったね、あんた達。久々の戦士に興奮しちまってたみたいだ。ケジメは取らせるよ」

 

「必要ない。こちらの聞きたいことに答えてもらえれば、それで良い」

 

ケジメも詫びも必要なかった。ただ、こちらの知りたい情報を提供してもらえればそれでいい。そう言うとアナトリアは口角を上げ、口を開く。

 

「そうかい。じゃあついて来な、立って話すような事でもないだろう」

 

闘争の空気は今や無く、アナトリアが先導する中、褪せ人とカゴメはオークの集落内へ案内された。

 

 

 

 

 

「さぁ、聞きたいことってのは何だい。あたし達に答えられることなら答えるよ」

 

オークの集落内、最も広い、恐らくは練兵場のようなところに案内される。そこで褪せ人とカゴメ、アナトリアを囲うようにオーク達が座る。

褪せ人は、ここに来た経緯と、目的について隠さずに話した。今までのやり取りから、目の前の種族に特に含みは無い。故に洗いざらい吐いてしまった方が得られる情報は多いとそう判断したのだ。

 

「魔王、ねぇ。生憎、魔王本人については何も知らないよ。ただ、魔王軍、それについては話せることがある」

 

魔王軍。重要な情報だった。今までが散発的な魔物の出現であったのに対し、明確にその名のもとに活動する組織。魔界で活動しているそれは、間違いなく有益な情報だった。

 

「とはいえ、それに関しても左程知らない。少し前に、魔王軍に入れとかなんとか勧誘があってね。そんなものに興味なんて無いって断ったのさ」

 

魔王軍は、この女傑を、そしてオーク達を仲間に引き入れたかったらしい。しかし、うまくいかなかったようだ。魔界の住人も、一枚岩ではないらしい。

 

「そりゃそうさ。あたしは軍なんてものに興味は無いし、それに――」

 

何事かを続けようとしたアナトリア、それを遮るように一人のオークが練兵場に入ってきて声を上げた。

 

「アナトリア!また魔王軍の連中が来たぞ!」

 

「噂をすれば、か…。悪いね、話の続きは後にしようか」

 

そう言ってアナトリアとオーク達が出ていく。褪せ人もそれについていくことにした。魔王軍、それがどのような者達か、知る必要があった。

 

 

 

 

 

「何度来ても答えは変わらないよ。痛い目見ないうちに帰りな」

 

アナトリアは心底面倒だとばかりに魔王軍へと語りかける。何度来ても答えは変わらない。軍に入るのは性に合わないし、何より目的が相容れないのだ。答えが変わるはずもない。

 

「そういう訳にもいきません。私も、軍を預かる身として任務を遂行しなければいけませんから」

 

デーモンによって構成されたその軍の中で、アナトリアの言葉に、淡々と返す者が居た。

アナトリアと同じ浅黒い肌。そして翼と角を生やした女悪魔が前へ出る。恐らくはあの女悪魔が指揮官なのだろう。

 

「ていうかぁ。この辺りの他のオーク達はもう魔王軍に入ってるのに、どうして入らないわけぇ?意味わかんないんだけど」

 

指揮官らしき女悪魔に続くように、赤い髪を靡かせた小柄な少女が顔を出す。こちらも、例にもれず悪魔だろう。武人然とした指揮官の悪魔と違い、嗜虐的な笑みを浮かべこちらを挑発するように話す。

 

「他のオーク達なんて知ったこっちゃないね。あたしは、あたしより弱いやつらに従うつもりはない」

 

その言葉に、背後のオーク達も口々に同意する。従わせたくば、我らを倒せ、そう言っていた。

 

「はい。そう言われることは想定していました。なので、オークの英雄、アナトリア。あなた好みの提案をさせていただきます」

 

その一言で、背後のデーモン達が戦闘態勢に入る。意図は、明白だった。

 

「――貴方達を力づくで魔王軍につかせることにしました。この勝負、受けていただきます」

 

「はっ!そっちの方が話が早くて助かるよ。一対一じゃないのは気に入らないけどね」

 

「私は戦士である前に、軍人なので。それに、貴方を相手に一人で勝とうなどと思い上がってもいませんよ」

 

オークとデーモン。その両者が戦闘の意思を見せる。そこに、褪せ人もまた割って入った。アナトリアの隣に立ち、武器を構える。

 

「何だあんた。助力なんて頼んじゃいないよ。これは、あたしらの問題だ」

 

「無論、お前達の事情など知ったことではない。あくまで私は私の目的の元、戦うのだ」

 

どこぞの王国の主でもあるまい。会ったばかりのオーク達の為に戦うなどありえなかった。だが、相手は魔王軍。褪せ人としてもその戦力は計っておきたかった。可能ならば、その戦力を削ることも。特に、あの指揮官と思しき女悪魔。ここで仕留めておけば今後有利に働くだろう。

 

「そうかい。あたしの戦いの邪魔をしないなら、好きにすればいいさ。あんたの力、見させてもらうよ」

 

アナトリアは褪せ人の言葉に笑う。善意の助力ならごめん被るがそういう意図なら好きにすればいい。人間の戦士が、魔界でデーモンに挑む。その気概は、認めていた。

 

「人間…?何故、魔界でオークと肩を並べて…」

 

「へぇ!物質界の、人間?ねぇねぇお姉ちゃん!あたしにあの人間ちょうだい?あたし人間と戦うの初めてなの!よわよわなオークの相手はつまんないし、良いでしょ?」

 

指揮官の女悪魔に、赤い髪の悪魔がねだる。無邪気で、しかし如何にも悪魔らしい残虐さを秘めて褪せ人との戦いを望んでいた。

 

「エスネア、戦士を侮辱するなと何度も言っているでしょう。武には敬意を。そう言っているはずです」

 

「むぅっ!お姉ちゃんは相変わらず堅物なんだからぁ。――それで、良いよね?」

 

「…そうですね。最近は貴方に我慢を強いていましたから。構いませんよ。ただし、油断は禁物です。魔界にいる人間が、ただ者であるはずがないのですから」

 

その言葉を聞き、赤い髪の悪魔、エスネアは笑みを深める。

 

「はーい。じゃあ、簡単に死なないでね?あんまりよわよわだと、つまんないからっ!」

 

「――魔将ハルモニア、推して参ります」

 

魔王軍とオーク、そして褪せ人。魔界での戦いの幕が上がる。




次回、わからせ。
魔王復活前の魔王軍はそもそも結成してるかも分からないのですが、まぁいいや出しちゃえと。恐らくは致命的な矛盾は生じない、はず。
そろそろ副官出せるだろうか…。
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