魔界において、デーモン族とは非常に強い力を持つ存在である。それこそ、奴隷地区と称された支配域で好き勝手に振舞うことが許されるほどに。他種族を奴隷にし、壊す、そんな傍若無人が許されるデーモンをして、そう簡単に手出しできないのが、ダークエルフ、そしてオークの2種族である。それぞれ、魔界において確固たる地位を確立した種族。その中でもオーク族は、その力一つで魔界の地位を勝ち取っているのだ。
「分かっていると思いますが、オークは複数でかかり、確実に仕留めてください。生半可な攻撃は、かえって我々の首を絞めることになります」
故にハルモニアは、将として相手を過小評価しない。数で勝るデーモンに、確実に相手を仕留めるように指示を出す。
オークの厄介な性質、過酷な戦場に身を置き、傷つき、己が追い込まれたときにこそ、それは発露する。半端なダメージはかえってオークを興奮させ、爆発的に戦力が引き上げられるのだ。
正直なところ、引き入れるのはアナトリアただ一人で構わないのだ。あのオークの英雄を引き入れれば、その力と名声でより多くのオークが傘下に下る。ここのオークを皆殺しにしたところで、十分にお釣りがくるのだ。
「随分と、余裕だね。指揮をしながらあたしに勝てるとでも?」
「いいえ、言ったはずです。私は軍人。一人で貴方に勝てるなどと思い上がってはいません」
そう言うと、ハルモニアの背後から二体のデーモンが前へ出る。一体はデーモンの剣士、黒い巨体に相応しい長剣を構えたそれは、デーモンの中でも上位の実力者。そして、もう一体はデーモンのメイジ。こちらもまた、上位のデーモンにして遠距離の魔術に長けた存在。
「三対一です。殺しはしませんが、動けない程度には削らせてもらいます。貴方には、貴方が思っている以上の価値がある」
「そういうのは、勝ってから言うもんだろう!」
アナトリアがデーモンに向かって大剣を振りかぶる。三対一など、彼女にとって引き下がる理由にはならない。何処までも苛烈に戦いに向き合うそれは、彼女の英雄たる所以であった。
時を同じくして、戦場の空を駆けるもの達が居た。フライデーモン達が大砲を抱え、オークに向かって飛来する。上空からの砲撃。大半が近接戦闘を得意とするオーク達を、一方的かつ大火力によって消し飛ばす算段であった。一射目が放たれ、オーク達に直撃する。それは狙い通りにオークを吹き飛ばした。辺りを火の海が包む中、一部の生き残ったオーク達が、狂奔し、デーモンへと向かう。それを再びフライデーモンが狙う。第二射、それが放たれたその時であった。
「――ここのオークさん、良い人達なんですよ…っていうほど知らないですけど、気分は悪いですよねっ!」
第二射がオーク達に降り注ぐ事はなかった。複数の壁がそそり立ち、フライデーモンの大砲を阻む。轟音が鳴り響くも、当然ながら壁は健在。そして呪いを受けたデーモンは地上へと落ちていく。心根はどこまでも善良で純粋な彼女が、オークを見捨てるなどあり得なかった。何より、先の騒ぎで壁に向かって諦めず突撃をするオーク達を、気に入っていたのだから。
「ヒ、ヒィィ…ま、待て、助けてくれ!」
「貴様らも戦場に立つ兵士なら、潔く果てろ!」
地に落ち、命乞いをするフライデーモンをオークがとどめを刺していく。戦場において、彼らを前に命乞いなど、かえって武人たらんとするオーク達の怒りを買うだけであった。
結果、オーク達を一方的に掃討することは出来ず。地上のデーモンが迎え撃つことになる。
「そんな…あの壁は一体」
「――よそ見かい?随分と余裕だね!」
突然の展開、ハルモニアをして予想していなかったそれに、瞠目する。そんな隙をアナトリアが許すはずもなかった。迫る大剣を、槍で受け流し、身をよじることで回避する。ハルモニアが距離を置くと同時に、デーモンメイジによる火球がアナトリアに迫る。
「温いってんだよ!そんなもの!」
だが、アナトリアは避けない。オークという種族の、強靭な肉体。それを極限まで鍛えぬいた最強こそが彼女なのだ。火球を受け、しかしまるで堪えていないかのように前進する。
「おのれ…!レヴィアタン様の身体に寄生する害獣風情が…!」
デーモン剣士がアナトリアの前に立ちはだかり、剣を振るう。アナトリアがその剣を防ぐと、デーモン剣士が空いた左手から雷撃を放つ。
「ちぃっ!鬱陶しいったら無いね!」
雷撃を受け、僅かに体表を焦がしながらも、デーモン剣士へと反撃する。その様をハルモニアは冷静に観察していた。
ダメージが無いわけでは無い。口では余裕そうでも、上位のデーモンを相手にしているのだ。限界はすぐに来るだろうと判断する。しかし、彼女もオーク。その性質は彼女とて兼ね備えており、油断の出来る相手ではない。故に短期決戦のつもりでこの布陣を敷いた。自身とエスネアを除けば、彼らは自身の持つ手勢の中でも最強。この二体と己で当たれば、そう難しい事ではないと、そのはずだった。
「これが、オークの英雄…凄まじい武威です」
予想外の粘り。舐めていたつもりはなかった。本来ならばここにオークの処理を終えたデーモンを増援として当てるつもりだったのだ。その目算が外れる。それは、あの壁を成した少女ともう一人。エスネアを釘付けにしているあの男。
心配だった。エスネアがそうそう負けるはずは無い。しかし、人間を相手にしているにも関わらず合流が遅すぎた。むしろ、こちらを早々にケリをつけ、合流に向かうべきか。そう考える。
デーモン剣士がアナトリアの大剣を受け、吹き飛ぶ。明らかに力が増している。オークの本質が、彼女を強化していた。しかし、それは彼女が明確に体力を削られていることを意味する。
「接近は危険です。魔術で仕留めなさい。もう彼女も後がないはずです」
あと少し、故に接近せず、安全圏から魔術で以てアナトリアを攻撃するようにデーモンへ指示する。その時だった。
ハルモニアとアナトリア。二人を囲うようにして壁がそそり立つ。
「――ぬりかべ的にこういう使い方はどうかなって感じですけど。アナトリアさんの頑張りに免じて、ここは私ももうひと頑張り、です!」
――分断された。
ハルモニアは今、自らが死地に置かれたことを悟った。二体のデーモンが壁を破壊しようと試みているが、先の砲撃でびくともしないものをそう簡単にどうこうできるとは思えない。エスネアを心配するあまり、功を焦った。その結果が、この即席の闘技場。そして、目の前に傷つき、しかし、溢れんばかりの闘志を燃やすチャンピオンの姿。
「漸く、温まってきたところだよ。第二ラウンド、始めようか」
「覚悟を決めるしか無いようですね…」
もはや、捕らえるなどと言ってはいられない。ハルモニアも覚悟を決め、この死地に臨むことを決めた。ただ、妹分の事だけが今この状況にあっても気掛かりで仕方なかった。
「それっ!それぇっ!防ぐばかりじゃ、あたしは倒せないよっ!」
迫りくる魔鎌を、褪せ人が大盾で防ぎ、躱す。魔力の伴ったそれを、完全に防ぐことは叶わず、着実にダメージを受けていた。エスネアが、その飛行能力を存分に生かし、三次元的な動きで褪せ人を追い詰める。防戦一方、しかし、その程度は想定内。褪せ人が魔鎌を受け止めると、カウンターに大槌を振るう。
「当たんないよっと!」
エスネアは当然、それを空中へ飛び回避する。先程から続くこのやり取りは、どこまでも一方的で、彼女にしてみれば拍子抜け。期待していた程ではない。
「うーん。よわよわ過ぎてつまんない!ほらほらぁ、もぉ~っと、頑張って?」
上空から褪せ人を見下ろしながらエスネアが挑発する。しかし、褪せ人がそれに応えることは無い。圧倒的に不利な状況でもこの態度。それもまた、エスネアは気に入らなかった。
距離が離れた隙に、褪せ人が祈祷を発動する。左手に悪神の宿るとされる火が生み出され、大きく膨らみ、放たれる。それは、ゆっくりとエスネアの方に向かっていく。
「へぇ…そういう事も出来るんだ。でも、のろのろで簡単に避けられちゃうよ?」
それで良い。褪せ人が祈祷を、それも強力なものを使用する時、それは決まって牽制や動きの制限を目的とする。本命を当てるための目晦ましに過ぎない。
褪せ人がラバスの大砲を構え、装填する。そして、悪神の火を避けるエスネアに向かって放つ。狙いは甘い。だが、問題ない。
「そんなの当たる訳――えぇっ!?」
余裕を持って避けようとするエスネアに、そのボルトは、あり得ない軌跡を描いて追い縋る。完全な不意を突いたそれが、エスネアに直撃し、魔力の伴った爆発を引き起こした。
「きゃああああああ!」
悲鳴と共に、地に落ちるエスネア。その身を、褪せ人は追撃とばかりに大槌で叩き潰した。
崩壊する肉体を前に、褪せ人が完全に相手を滅ぼしたことを認識する。そして、次なる目標を定め、歩みを進めようとした。
「――なぁんちゃって!」
背後から、魔鎌が横薙ぎで迫る。不意を突かれた褪せ人に直撃する。鎧で守られているにも関わらず、魔力の籠った一撃は褪せ人の身体を駆け巡った。痛みを無視して、その不意打ちを成した下手人を見据える。
「へへ~ん。だい、ふっ、かぁ~つ!驚いた?」
そこには、先ほど滅ぼしたはずの悪魔の姿。五体満足のその姿に傷一つ無い。その姿を見て、褪せ人は幾つかの可能性を考える。カゴメのような分体か、あるいは、不死か。
「もしかして、知らないのぉ?そんなんじゃ、デーモンは殺せないよっ!」
デーモン、その本体は魔界に漂う精神体。その肉体は仮初のものであり、その肉体を一度滅ぼした程度では死ぬ事はない。かかる時間こそ個体差があるが、いずれはその肉体を再構成し、蘇るのだ。これこそが、魔界においてデーモンの圧倒的な台頭を許す最たる要因。
エスネアは、その中でも特に肉体の再構成に長けたデーモンであった。崩壊した肉体を瞬時に再構成、その際に以前の霧散した魔力をも取り込み、より強靭な肉体を得て蘇る。一度や二度滅ぼした程度、彼女には何の問題もない。
「でもぉ。ちょ~っとムカついたから、本気出すねっ!」
エスネアが褪せ人に向け突進してくる。それを褪せ人は再度ラバスの大砲で迎え撃つ。
「それはもう見たよっ!」
ラバスの大砲。その誘導性には目を見張るものがあったが、限界はある。エスネアがそれを十分に引き付けると、自身に当たる直前に急旋回し、回避する。余裕をもって回避するならばその誘導性は脅威。しかし、こうして、旋回範囲を超えた回避には対応することは出来ない。
その様を見て、褪せ人がアプローチを変える。何の問題もない。殺す手段は幾らでもある。褪せ人が黄金の長柄斧を握ると、突進してくるエスネアに合わせ、雷撃へと変じ、接近する。
「きゃっ!?もうっ何なのっ!」
変じた雷撃を受け、しかしそれでも鎌を振るい反撃するエスネアに褪せ人が長柄斧を振り下ろす。強引に、強靭に身を任せて振るわれるそれは、エスネアを確かに斬り裂いた。再び崩壊していく肉体。
「――何度やっても、同じだよっ!」
そして、再構成。エスネアが褪せ人に向かってくる。しかし、状況は少しずつ傾いていく。エスネアの攻撃。それに少しずつ褪せ人が対応していく。攻撃を避け、その隙を見抜いて攻撃を繰り返していく。回復の祈祷でその身を癒し、時に強引に相手の攻めを上から潰していく。
鎌のみで戦うエスネアに対して、褪せ人の取れる手は膨大。その差が、この持久戦という様相で如実に表れていた。殺し、再構成。その繰り返しが褪せ人の武器と祈祷の数だけ幾度となく行われる。
そして、遂に。
「つ、つよつよ人間…!」
エスネアが根を上げる。デーモンとて、その蘇生は決して無尽蔵ではない。少しずつその精神を摩耗し、いずれ崩壊する。今の彼女に、肉体の再構成を行う余裕はほとんど残されていなかった。
終止無言でこちらの攻撃を躱し、叩き潰す様に、エスネアは恐怖した。物質界の人間とは、これほど容赦がないのかと。
褪せ人が、再び武器を変える。それは、黒い、まるで岩を削ったかのような刀身の大剣であった。それを構え、ゆっくりとエスネアに近づく。
「――ひっ…」
エスネアがその剣を見て、本能的に理解した。あれは間違いなくこちらを殺し得るものであるという事。アレに宿る力は、今までのものが生易しく感じるほど、死の気配に満ちていた。それもまた、当然であった。その剣は、かつて死なぬはずの黄金を、殺した力が宿っているが為に。
「…やだっ!やだっ!助けて!お姉ちゃん!お姉ちゃんっ!」
半ば半狂乱のエスネアを見遣り、褪せ人が黒き剣を振りかぶる。運命の死、それを与えんとした、その時であった。
「――フハハハハッ!良いファイトであったッ!だがッ!そのちびっこをやらせる訳にはいかぬッ!!」
不意に横合いから何者かが飛び出す。巨大な拳が、褪せ人へと迫る。それを認識し、攻撃を中断、間一髪大盾で防いだ。凄まじい衝撃。その一撃は盾で防いだ褪せ人ごと吹き飛ばす。飛ばされた先、褪せ人は起き上がると、その相手を認識する。
それは、獅子の獣人であった。鍛えられた筋肉と黄金の鬣がその存在感を主張する。
「我が一撃を受け、なお立ち上がるか。この魔界の瘴気の中、大した男よッ!」
仁王立ちでそう言う獣人の背後で、エスネアが逃走を図る。それを見逃すわけにはいかなかった。
飛び去るエスネアに向け、褪せ人は雷の槍を投擲する。それはまっすぐにエスネアへと向かい、直撃する。そのはずだった。
「我を無視してちびっこを狙うかッ!だが!そのような姑息な手を、我は許さぬッ!」
雷の槍が、まるで吸い込まれるようにして軌道を変える。それは、今なお仁王立ちする獣人へと直撃し、しかし霧散する。その肉体に傷一つありはしなかった。
目の前の獣人が何かをしたのは明白。しかし、その正体は分からず。面倒な敵だと、褪せ人は判断する。
「実に良いファイター!故に、全力の発揮できない貴様を相手に、ここで戦うのは惜しい!今宵の勝利は貴様達に譲ろう!だが、未だ魔王軍新参なれども、時代のスターはこの我ッ!ガオレオンであるッ!」
そう言うと、獣人は身を翻し、去っていく。褪せ人もそれを追いはしなかった。エスネアとの戦いでそれなり以上にリソースを消費した今、目の前の相手と戦うのは無謀、そう判断した。
ガオレオンが立ち去るのを見遣り、周囲を見回す。デーモン達の姿は無い。どうやら、完全に退却したようだった。
「そっちも終わったようだね」
アナトリアとカゴメが、こちらに歩みを進めながら、声を掛ける。全身を血で汚しながらも、しかしまだ余裕そうであった。
「こっちも、あの変な獣人の邪魔が入ってね。取り逃したよ」
「うぐぐ…アタシの壁を壊されるなんて…」
どうやら、あの指揮官の悪魔も取り逃したらしかった。戦力を削れれば僥倖であったが、今回は偶発的な遭遇。あまり、欲張っても仕方がない。そう判断する。何より、得られた情報はそれなり以上に多い。
魔王軍の現状の動き、構成される戦力、指揮官、そして強力な獣人。決して悪くは無かった。
「さて、ひと先ずは集落で休んで、話の続きと行こうか」
「アタシも、壁が出せるまで頑張って休まないと…!」
その意見に否やは無かった。消耗も激しく、休めるなら休んでおきたい。今後の方針としては、魔界からの脱出の手立てを探すべきだろう。引き続き魔王軍の動向を探ってもいいが、ひと先ずの報告を急いだほうがいい、そう判断した。そして、集落の方向へ歩みを進める。
「――ねぇ、少し、話をさせて欲しいのだけれど」
不意に、そんな声が響き、振り向く。暗い闇の中、それは現れた。
この魔界の、暗い闇にあって、目の覚めるようなその白い少女は、異質であった。白いドレスに白髪、頭部には黒い左右で非対称な角。それは、目の前の少女が先ほど殺しあったデーモンと同族であることの証左。
「私の話を聞いて欲しいの、きっと損はさせないわ」
まっすぐに褪せ人を見つめ、薄い笑みを浮かべてその少女は言う。言い知れぬ不安を周囲の者に感じさせる少女を前に、それでも褪せ人はそれを拒むことは無かった。
内心ちょっとやり過ぎただろうかと反省。でも、これくらいが落としどころでしょうか…
後、やっと副官を出せました。