今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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門の処刑者

孤児院を後にし、一行は王都からの脱出を図り、外へ踏み出した。

 

目の前に広がるのは、地獄の様相であった。

 

街のあちこちで火の手が上がり、そこかしこから魔物たちの獰猛な咆哮と破壊の轟音が聞こえてくる。

魔物達の大半は王都の中心、王城へと向かっているようだった。

王城への道を避け、慎重に道を選びながら一行は出口へと向かう。

先ほどまで賑わいを見せていたはずの街路は血の海と化し、罪なき人々が屍を晒していた。

息のあるものはおらず、死の気配だけがそこにあるようであった。

 

イリスは、こみ上げる感情を必死に抑え込みながらここから最も近い王都の門へと先導する。

 

「この先です!ここからまっすぐ西に行けば…」

 

その言葉を遮るようにして、前方に異様な姿が目に入った。

 

それは、先のオーガと同じ紫色の体色、しかし、はるかに小柄な魔物達――ゴブリンと呼ばれる魔物。

それが5体ほど、既に事切れた人間を囲っていた。

手に持った棍棒で、リズミカルとさえ言える調子で殴りつけている。

 

そのうちの一体が、こちらに気づく。

そして、耳を刺すような金切声で騒ぎ出す。

 

「ニンゲン!ニンゲン!

ミナゴロシ!ミナゴロシ!」

 

騒ぎ立てる一体に釣られ、残りのゴブリンもこちらに気づいたようだった。

新たな獲物を前に、ゴブリン達が色めきだす。

 

「下がっていろ」

 

褪せ人が言う。

 

短く、簡潔なその言葉にイリス達は素直に従った。

 

逃げ惑う人々を一方的に襲い、己の力に酔いしれたゴブリン達。

彼らは愚かにも正面から褪せ人へと殺到する。

 

それはまるで炎に向かう蛾のようであった。

 

人間など、もはや恐るるに足らぬと高をくくった態度が、その粗雑な動きから如実に表れていた。

 

褪せ人の大槌が空を切る。

魔物の中でも最弱に位置するゴブリン達の、その惰弱な肉体はいとも容易く潰れていった。

 

仲間が肉塊と化す様を見て、漸く自分達の愚かさに気づいたのだろう。

残るゴブリン達は恐怖に顔を歪ませ、背を向け走り去ろうとする。

 

逃げ去るゴブリン、そのうちの一体に褪せ人がククリを投げつける。

 

ククリはまるで吸い込まれるようにしてゴブリンの後頭部へと突き刺さった。

走る勢いをそのままに、その矮躯が街路の石畳へと投げ出される。

 

褪せ人がその死体に近づき、ゴブリンが手に持っていた棍棒を手に取る。

そして手に持ったそれをしばらく眺めると、やがて納得したようにそれを懐へしまった。

 

「行くぞ」

「は、はい!」

 

再び投げかけられる短い言葉に、イリスは我に返ったように慌てて応えた。

その声には恐怖と畏怖が入り混じっていた。

 

幸いにして、そのあとの道中で魔物からは免れていた。

恐らくは、今頃魔物の群勢が王城へと大挙しているのだろう。

 

ふとイリスの脳裏に不吉な予感がよぎった。

この国の礎たる国王、そして王子殿下は果たして無事だろうかと。

聖女という立場にある彼女は、幾度か王族との謁見の機会があった。

ごく短い会談ではあったが、その印象は深く刻まれていた。

 

国王の眼差しは慈愛と威厳が同居し、その佇まいは民達の信頼であった。

王子もまた、その高貴な血を正しく受け継いだ、慈悲深さを秘めた好青年であったと思う。

 

――どうか、無事でいてください。

 

イリスは歩を進めながら、切なる願いを胸に抱いた。

 

 

門に近づくにつれて、徐々に血と焦げた匂いが強まっていった。

 

一行の中で、不安が伝染するように強まっていく。

 

道端に転がる無残な死体が、明らかに増えているのだ。

 

ついに門が視界に入った。

あと少しで街の外というところで、イリスは視界の端に見知った姿を捉えた。

 

大柄で、特徴的な赤い鎧を身に纏った女性。

王都から外へつながる街路の脇で、彼女は壁に寄りかかるように倒れていた。

その赤い鎧の持ち主に、イリスは見覚えがあった。

 

「レアンさん!」

 

見知った相手の姿に、焦ったようにイリスは声を掛ける。

彼女の象徴たる赤い鎧は無惨に傷つき、その身からは血が流れ出ているが、かすかな息遣いが聞こえる。

息はまだあるようだった。

 

「レアンさん!しっかりしてください!今、傷を癒しますから!」

 

駆け寄り、呼びかけながら、イリスが回復の奇跡を発動させる。

癒しの光がレアンの身体を包み、その傷を塞いでいく。

 

その光を褪せ人が静かに観察していた。

 

――回復の奇跡、しかし自分のそれとはその源流から異にするもの。

 

褪せ人はそう分析した。

恐らくは、そう違ってはいないだろう。

 

そう結論付けた瞬間、レアンの瞼が開く。

意識が戻ったようだ。

 

「…イリス様…?一体なぜこのようなところに…」

「ああ、良かった!目が覚めたんですね!」

 

レアンは、僅かに混乱していたようだったが、やがて整理がついたのだろう。

焦燥に駆られた声で、イリスに訴えかける。

 

「いけません、ここからすぐに離れないと…っ!」

「落ち着いて、まだ無理はできません!

ここで、いったい何があったのですか?」

 

イリスは無理に上体を起こすレアンを制止し、ここで起きたことの説明を求めた。

 

「…この門は、罠です。

あいつらは、ここで逃げる民を殺して、私も応戦したのですが…」

 

レアンの言葉が途切れ、褪せ人は門へと鋭い視線を向ける。

 

「褪せ人様…?」

 

イリスがその様子に、声を掛けるが、褪せ人は応えない。

ただじっと門の方を見つめ、油断なく大盾を構えるだけであった。

そして、門の上より何かが降下してきた。

レアンが、憎悪を込めて呻く。

 

「あいつだ…あいつが、私たちを…」

 

土埃が渦巻く中、それは地上に降り立った。

その赤い瞳でこちらを見遣る。

 

そして、新たな獲物を前にその双眸を喜悦に歪める。

 

バフォメット。

 

翼を持つ山羊頭の処刑者が、その姿を現した。

 

バフォメットが轟音の咆哮を上げ、その巨体を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。

その口元には不気味な笑みが浮かび、まるでこれから起こる虐殺を心待ちにしているかのようだった。

イリスの背筋に悪寒が走る。

 

褪せ人は無言のまま、大槌と大盾を構える。

その背中に気負った様子は感じられなかった。

 

「貴方は…?」

「褪せ人様です。

私達をここまで連れ出してきてくれたお方です」

 

レアンの疑問の声に、イリスが答える。

レアンが褪せ人に対し、警告を込めて言う。

 

「褪せ人殿、イリス様を連れて、ここから逃げてくれ…。

あの魔物は、一人で倒せる相手ではない…。

私は良い、だから…」

「レアンさん!そのような事言わないでください!

褪せ人様、私も奇跡で支援いたします。だから…」

 

レアンの諦めと決意の籠った言葉を、イリスは否定した。

そして、イリスもまた、己を奮い立たせて褪せ人に戦う覚悟を訴える。

しかし、イリスのその言葉にも、褪せ人は何も応えなかった。

手助けは不要であると、言外にそう告げているようだった。

 

突如、バフォメットが動いた。

巨体とは不釣り合いな俊敏さで、曲刀を振るって騎士に迫る。

しかし、その一撃は大盾によって完璧に阻まれた。

 

イリスは息を呑む。

その戦いぶりは、まるで動く城壁のようだった。

大盾で敵の攻撃を受け止め、相手の動きの隙を見極めては大槌による反撃を繰り出す。

その動きには無駄がなく、幾多の戦いを潜り抜けてきた経験が滲み出ていた。

 

一撃、また一撃。

騎士の大槌がバフォメットの体を打ち据える。

黄金の衝撃波が魔物の肉体を焼き焦がしていく。

バフォメットが、当初の余裕は影を潜め、その動きを次第に鈍らせていくのがイリスにもわかった。

 

「凄い…」

 

イリスは思わずつぶやく。

自分のサポートなど、もはや必要ないことを悟った。

 

レアンもまた、その堅実で、堅牢な戦い方に魅入られていた。

兵士として、鍛錬に励んできた彼女には、大槌を振るうその膂力もさることながら、その戦士としての卓越した技量が痛いほど理解できた。

その戦いから、少しでも学びを得ようと戦いの行く末を見守る。

 

ふらつきながら曲刀を振るうバフォメット。

もはや当初の威容は消え失せ、悪あがきのようなありさまだった。

大盾が再び曲刀を捉え、弾く。

大槌が弧を描き、魔物の動きに合わせるように迫る。

鈍い音と共に、カウンターが決まった。

 

バフォメットが苦痛に呻き、距離をとる。

その眼にはもはや覇気はなく、怯えが見て取れた。

 

バフォメットが翼を広げ、空へ飛び立つ。

 

「そんな…、逃げる気です!」

 

イリスが叫ぶ。

王都で残虐の限りを尽くしたあの魔物を逃がせば、また、被害が生まれる。

そんな思いから出た言葉であった。

 

褪せ人の左手から、まるで手品のごとく大盾が消失する。

代わりに握られたのは聖印。

 

褪せ人が聖印を掲げ、奇跡を発動させる。

聖印を持つ左手に、雷光が集束する。

それは空気が裂けるような音とともに形を成し、槍のような形をとった。

 

そして、天を仰ぎみて、やり投げの構えをとる。

光の槍が放たれる。

 

それは、逃げるバフォメットの背を貫いた。

その全身に雷が走る。

痙攣とともに、飛翔する力を失ったバフォメットが地上に落ちる。

肉の潰れたような音とともにその巨体が叩きつけられ、やがて動かなくなった。

 

「終わったのでしょうか…?」

 

イリスは唖然としながらも、安堵の息を漏らす。

 

終わってみれば、一方的な戦い。

まるで日常の作業のようにあの恐ろしい怪物を討ち滅ぼしてしまったのだ。

 

そのことに頼もしさを覚えるとともに、僅かながらに恐怖があった。

 

門の外へと歩みを続ける褪せ人に、イリスは子供たちとともにレアンを抱き起し、支えながら思う。

 

最後に使用したあの奇跡。

――あれは、確かにアイギス様の力ではなかった。

 

聖女である彼女には、それがよくわかった。

 

突如として現れた、異教の騎士。

 

聞きたいことが山ほどあった。

 

――アイギス神殿にたどり着いた後、教えてもらえるでしょうか。

 

門を潜り、王都を後にしながら、イリスはそんなことを考えた。

 

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