「そういえば、身体、ちょっと軽くないですか?」
目的地まであと少し、といったところでカゴメがこちらを見上げ、そのような事を言う。そう言われ、気づく。なるほど確かに、魔界に来た時に比べ、幾らか調子が戻ってきていると、そう感じた。隣を歩くルチアも同様なのだろう。身体を動かしながらその調子を確かめていた。
「言われてみれば…そうか、長く魔界に居たせいで忘れていたが、私はこんなに動けていたのだな」
「ルチア、どうしてそういう事をすぐに言わないのだ。瘴気の対処など、言われればすぐに行ったというのに」
「し、しかし…ラピス様のお手を煩わせるような…」
「ふん…」
ルチアの言葉に、僅かに気分を害したようにラピスがそっぽを向く。瘴気の対策。考えなかったわけでは無いが、存在するという事か、と褪せ人は思う。
「完全、というわけにはいかないけれど。無いよりはずっとマシでしょう?瘴気の扱いはそれなりに得意よ」
どうやら、今の状態はアブグルントによるものらしい。上位のデーモンは、その身を魔界に適応させるばかりか、瘴気の制御すらある程度は可能と、そういう事らしい。特にデーモンロード、そう呼ばれる種は味方の瘴気を操作し、場合によってはメリットにすら置き換えるという。アブグルントもまた、デーモンロードに位置する存在。
褪せ人が己の状態を確かめる。今までが五割、といったところなら今は七割、ないしは八割といったところ。十分だ。己の枷が、一つ外れた事を認識する。
森の奥、しばらく進んだところで、遠目に人影が見えた。黒いローブに杖を持った複数の人間。恐らくは、あれこそが目標なのだろう。向こうも、こちらを認識したらしい。
「なっ、デーモンだと!?もう、我々の行動が補足されたのか、贄をはや――」
そこまで聞ければ十分だった。わざわざ、自分たちが目標だと喧伝してくれたようなもの。くすんだ黄金、しかしいつもの長柄斧ではなく、より短い手斧。それをそれぞれ両手に握る。ものは違えど、宿る力は同じ古竜信仰のもの。姿勢を低くすると、雷撃に変じ、突進する。
「貴様、我々の崇高な――」
聞く耳は持たない。雷撃から身体が元に戻ると同時に、身体を捻る。そして、全身の回転を加え、再度突進。その双斧に雷を纏って行われるそれは、ローブの男たちを容易く斬り裂き、感電させる。所詮は人間。その一撃で容易く沈んでいった。
悪くはない。あまり気にしていないつもりだったが、いざ力が戻ってくると随分と窮屈な思いをしていたのだと気づく。
「おぉ…いつもより気合入ってますねっ!」
「ほぅ…中々やるじゃないか」
カゴメは褪せ人のいつも以上に積極的な姿に喜ぶ。やはり、他人の頑張りを見てこそ気合が入るというもの。彼女もまた、この場で活躍せんと走り出す。
ラピスもまた、今の一連の動きに感心したような声を上げる。ルチア率いる帝国の兵士達とは比較にならないそれに、興味が引かれる。
「クソッ!大悪魔が手を組んで襲ってくるなんて!」
「何で妖怪が魔界に居る!?東の国へ帰れ!」
口々に喚きながらも、こちらへと攻撃の意思を見せる。よほど守りたいものがあるという事だろう。
「ブブ…貴様達、何をぐずぐずやっている」
「そう言うのならば手を貸せ!これ以上ベルゼビュート様のお手を煩わせるような事があってはならない!」
不快な羽音を立てながら蠅のような悪魔が現れる。ローブの男達との会話を聞くに、協力関係。つまりは増援という事か。
「何…ベルゼビュートだと!お前達、教団の連中か!」
「あんなのを復活させようというの?人間ってもの好きね」
ルチアが、教団の男が口にした名前に反応する。アブグルントもまた、それについて知っているようだった。
「魔物達の最高位、魔神と呼ばれるものの一柱よ。千年戦争の頃に滅ぼされていたはずだけど、蘇ったのかしら」
魔神。魔物達の中でも特に強力なもの。その復活をもくろむ教団ということらしい。魔王に魔神。随分とこの地は忙しい。とはいえ、それは狭間の地も同じことではあるのだが。
「ブブ…致し方あるまい。ベルゼビュート様の完全復活をこれ以上遅らせるわけにはいかないのは確かか」
そう言って、悪魔、ベルゼビュートの眷属達が飛び立つ。不快な羽音と共にこちらへ向かってくる。明確な攻撃は無い。だが、その目的はすぐに明らかになる。
「これは…瘴気か…!?」
「えぇっ、濃すぎじゃないです!?」
ベルゼビュートの眷属が上空で、その身から瘴気を振りまく。ルチアとカゴメが言うように、あまりに濃厚なそれが、辺りを支配する。漸く解放されたにも関わらず、この再びの脱力感。不快であった。ラバスの大砲を構え、上空の眷属、その一体に向け、骨のボルトを放つ。しかし、見た目以上にその外皮は強固であるようだ、思った以上の損傷を与えられない。ルチアが膝をつく。カゴメも少し辛そうにしている。相性が悪いのだろう。
別段、手段がないわけでは無い。この状況が長く続く方が危険と判断し、次の手を講じようとしたところで、ラピスが前に出る。
「――害虫風情が、不遜だろう。地に伏せよ」
――デモニックフィールド
ラピスを中心に、魔力の伴った強力な力場が展開される。それは、辺りにいた教団員、そしてベルゼビュートの眷属をも飲み込んでいく。
「ブブ…ブ…何…だ、これはぁ…!」
その力場が、範囲内に収まる敵からその生命力を奪っていく。それは、魂に直接干渉する力。硬い外皮も、魔力の防護も意味をなさない。
次々と教団員が倒れ、上空の眷属が力を失い墜落していく。そして、その力の本領はここからだった。収奪された生命力を魔力に変換。範囲内に収まる味方にその力を分け与える。
強力な力だと、褪せ人が墜落し、しかし未だもがく眷属を大槌で叩き潰しながらそう思う。敵から力を奪い、その力を味方に分け与える。敵から見ればこれほど厄介な術師はそう居ないだろう。力場、というのも厄介だった。彼女の範囲内が、問答無用に回避も防御も不可能な死地と化すのだ。
「立てるか、ルチア」
「ラピス様…またも無様を、申し訳ございませんっ!」
「良い。お前を見捨てた無能な帝国と一緒にするな。お前の役目は癒し手としてのそれ。お前は、私の後ろにいればよい」
ラピスは、あの神官戦士に随分と過保護に接しているようだった。余程気に入っているらしい。わざわざ動いたのも、ルチアが危険に晒されていたからだろう。
眷属こそ厄介な存在であったが、結局はこの戦力に比してあまりに脆弱であった。ラピスのデモニックフィールドによって、また一つ枷を外した褪せ人とデーモン、妖怪たちによっていともたやすく屠られていく。多少の負傷は、ルチアによって癒され、損害等まるでありはしなかった。
「ブブ…このままでは…」
予想外の戦力。そもそも大悪魔であるラピスとアブグルントが手を組んで攻めてきているというだけで厄介極まるというのに、そこに強力な妖怪と、まるで理解できない強さの人間が徒党を組んでいるというのが最悪だった。
何が悪かったのか、全てはアブグルント。あの悪魔の名を使ったからに他ならないのだが。彼らには知る由もなかった。
そんな眷属の、その頭の中に声が響く。彼らにしか理解できず、不明瞭で、かすかなそれ。しかしそれは疑いようもなく彼らにとって絶対の主からのもの。
「ブブ…!?いけません…!このまま、復活すれば、不完全なもの!完全復活までの時間が遠のいてしまいます!」
未だ贄は足りず、復活には不十分。だが、その懇願は聞き入れられなかった。己の身の危険に、火の粉を振り払うべく、それが魔界へと這い出る。
褪せ人達が眷属達を処理しながら前進する。彼らが湧いてくる、その先に何かがあるのだろう。
そうして、少し進めば、開けた場所に出た。その先に見えるのは祭壇らしきものと、そして――。
「…!?何だ、あれは…」
ルチアの驚愕に、一同もその先へ目を向ける。そこに居たのは、巨大な芋虫。毒々しい紫色に、背を赤い棘が覆っている。脈動する腹部が、何処までも嫌悪感を抱かせた。あれが、教団が守ろうとしていた存在なのだろう。
「お、お待ちを…!我らは貴方様を…ぎゃあああああ!」
必死の弁明も虚しく、教団員の一人が、ベルゼビュートに貪られていた。魔神にとっては、自身を信奉する存在であっても、餌にしか過ぎない、そういう事だろう。肉と骨が砕け、何かを啜るような音が辺りに響く。
「魔神といえど、浅ましいものだな。そうまでして、力を取り戻したいのか」
ラピスの声を聞いたからだろうか。それはこちらに気づくと、ゆっくりと向き直る。そして、ゆっくりと身を持ち上げると、眷属のそれとは比較にならないほどの瘴気をまき散らしながらこちらへ向かってきた。
その様をアブグルントが嗤う。
「へぇ、不完全なのに、出てきてしまったのね。その様で、どうするつもりなのかしら」
――略式顕現、ベルゼビュート
不完全な魔神が、新たな餌を喰らうべく、襲い掛かる。
「分かっているとは思うが、近寄るなよ。瘴気が濃い。近接攻撃ではまともに相手してられんぞ」
ラピスの意見は正しい。距離が開いているここでも、それなりに瘴気の影響がある。アブグルントの瘴気の制御を以てしても、完全には防げていない。遠距離で畳みかけるのが最上であった。ベルゼビュートがその胴を這いずらせながら、接近する。しかし、その動きは酷く鈍重。対処などどうとでもなった。
ラピスが、悪魔を召喚する。デモンサマナー。彼女は上位の悪魔にして、下位の悪魔を使役するのに長けたデーモン。先のデモニックフィールドで支援し、下位デーモンを強化するのが基本の戦い方なのだろう。それにしては、彼女の力が強すぎるのではあるが。召喚した悪魔に、ラピスがベルゼビュートを押し留めるように指示を出す。
「あいつを押し留める。その間に遠距離から仕留めろ」
「魔神の悲鳴、興味はあったのだけれど、その見た目では無理そうね」
ラピスの召喚したデーモン達が、ベルゼビュートへと向かう。どれほどその瘴気が濃かろうと、退く事はない。上位のデーモンより受けし命令は絶対。そういう事なのだろう。少し、哀れではあった。
そして、アブグルントが槍を構える。禍々しい魔力が渦巻くそれを振るうと、雷撃が放たれた。それは、ベルゼビュートの身体に着弾する。ベルゼビュートが痛みに身をよじる。
ベルゼビュートは、その見た目通りに攻撃能力も乏しいようだった。瘴気を振りまきながら、足止めを続けるデーモン達を、その巨体を振り回すことで薙ぎ払う。数体の悪魔が潰され、その肉体を崩壊させるも、すぐにラピスが増援を放つ。その間も、アブグルントによる魔法攻撃は行われ、着実にダメージを与えていた。瘴気頼りの魔物、その程度の印象。
そして、褪せ人も武器を構える。穂先の下、柄の部分に角のような装飾が飾られる異形の十文字槍。それを、投げ槍の要領で上段に構え、その力を開放する。槍が回転し、坩堝の、原初の黄金が収束していく。それは、デボニアの大槌を使用した時と同じ。しかし、その時と異なるのは、これが遠距離でも使用可能な強力な戦技という事。十分に力の溜まったそれを、放つ。風の渦が、振り下ろされた槍の先から迸り、地面を抉りながらベルゼビュートへと迫る。そして、ベルゼビュートの巨体を風の渦が突き抜けた。表情こそ無いが、苦悶に身をよじる醜き魔神。既にアブグルントによって痛めつけられていたそれは、槍の一撃がとどめになったのだろう。地響きを立てながら倒れると、動かなくなった。
「まぁ、不完全な復活ならこの程度よね。何がしたかったのかしら?」
「知らん。だが、もう終わりだろう。暇つぶしにしては退屈だったな」
あまりに拍子抜け。とはいえ、不完全な復活という事ならそんなものだろうか。あっけない結末に、しかしこんなこともあるのだろうと褪せ人も立ち去るラピスたちを追うべく身を翻す。情報が正しいのなら、攫った人間達がどこかに居るはずだった。
背後、倒れ伏したベルゼビュートの、その身体からぴしり、と何かが割れるような音がした。
「…うん?」
その異変に最初に気付いたのは、カゴメだった。何となく、本当にこれで終わりなのか、と疑問に思っていたが故に。魔神と呼ばれるそれが、考え無しに蘇ってこうもあっさり倒れるという事に、疑問を抱いていた。その程度で復活を諦めるのが魔神なのかと。そんなことを考えていたからだろう。その音に、すぐさま気づき、振り返る。
「うわ…」
思わず声が漏れた。倒れ伏したはずのベルゼビュートの身体が蠢いている。その醜い身体を、身の内を無数の何かがはい回るようにして脈動していた。そして、背より亀裂が走る。その隙間から、悍ましいほどの瘴気を噴出させながら、それは現れた。
昆虫の外骨格、それを張り合わせたような異形の人型。それが、ベルゼビュートの背を割って現れる。恐らくは、あれこそがベルゼビュートの真の姿なのだろう。
「褪せ人!まだ終わってません!」
「分かっている」
カゴメの呼びかけに、しかし既に異変を察知した褪せ人が盾を構える。ラピスたちもまた、その異常に気づいたようだった。
ベルゼビュートがこちらに向き直る。戦いはこれからだと、その異形の人型が口元を歪めた。
「ちっ、存外にしつこいな」
再びラピスが悪魔を召喚。突撃させる。しかし、先の鈍重なベルゼビュートとは訳が違った。素早い動きで、悪魔たちに接近。そして、ベルゼビュートが、剣を構えた。毒々しい、紫色のそれは有機的なもの。それを一閃すると、悪魔たちは両断され、肉体を崩壊させた。
「速い…!」
ベルゼビュートはその勢いのままに、ラピスへと突進。再び剣を構える。そこに、褪せ人が割って入る。振りおろされた剣を、大盾で以て受け止める。
「…!」
剣を防ぐと同時に、瘴気が褪せ人へと襲い掛かる。力どころか、生命力すら奪い去るそれに晒されながら、褪せ人がカウンターを放つ。しかし、その反撃は全く威力の乗り切らないもの。当然、ベルゼビュートの硬い外皮に阻まれ、なんのダメージも与えられなかった。
厄介極まると褪せ人は分析する。先程と違い、動きは俊敏で、本体が独自の攻撃を持つ。先程の瘴気を振りまくだけの芋虫とはまるで違った。何よりその瘴気は範囲もより強力なものになっている。
先と同じ方法では倒すことは出来ない。故に、褪せ人はカゴメへと声を掛ける。
「あれを、少しで良い。足止めは可能か?」
「おぉっ!頼られました!勿論、頑張りますよっ!」
カゴメが、褪せ人の声に気合の籠った返事を返す。そして、褪せ人と入れ替わるようにして壁を生み出した。
「とはいえ、相性はあんまり良くないですね…!頑張りどころです…!」
瘴気が壁を貫通し、彼女を蝕んでいた。呪いも瘴気を攻撃とは認識していないようだ。とにかく相性が悪い、そういう事だった。
褪せ人がカゴメの背後で祈祷を発動させる。それは、かつての黄金樹への誓い。信仰の加護をその身に宿すもの。それだけでは終わらない。褪せ人が続けざまに祈祷を使用する、自らの身の内、そこに宿る炎をより強く燃やす。己の肉体に、瘴気に侵されてなお、力が漲っていくのを感じる。
「ほう、なるほど。強引だが、悪くない。やって見せろ、人間」
――デモニックフィールド
ラピスにより力場が展開。ベルゼビュートから収奪した力を褪せ人へと与える。また一段階、褪せ人が強化される。
「ふふっ、そんな無茶をして、身体が耐えられるのかしら?」
――落とし子たちの歌
アブグルントが瘴気を制御。蝕んでいた瘴気が軽減され、悪魔によって恩恵へと変えられる。
無数の術により、褪せ人の肉体は限界を超越する。瘴気の影響下にあってなお、目の前の魔神を屠るのに十分。それだけの力が今の己にはあった。
そして、褪せ人は武器を取り出す。かつて、偉大なる君主が握ったとされる聖剣。しかしそれは、冒涜の蛇に取り込まれ、無数の英雄の亡骸が刀身を覆い、蠢いていた。
「何だ…その悍ましい剣は…」
「ふふ、素敵な剣ね」
「何だお前、気持ち悪さであの魔神と張り合うのか。お前の圧勝だぞ」
ルチアが慄き、アブグルントは笑い、ラピスが呆れる。三者三様の反応に、褪せ人もまた理解を示す。しかし、その剣の力は間違いなく本物。かつての聖剣に、英雄達の怨念が力を与えていた。
褪せ人の合図を受け、カゴメが壁を消す。満足げに振り向いたその表情が、冒涜の聖剣を見て凍り付いたのは印象的だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
一息でベルゼビュートに接近し、聖剣を振るう。おおよそ斬るのに難がありそうな見た目をしているが、間違いなくこの剣は聖剣なのだ。ベルゼビュートの足を傷つけ、怨念の炎が焼く。
「――!!」
まさか近接戦で傷つけられるとは思いもしなかったのだろう。ベルゼビュートが悶絶する。そして、反撃とばかりに剣が振るわれる。しかしそれも、容易く大盾で受け止められる。果たして瘴気というアドバンテージを失った魔神は、一方的な攻撃に晒される。そもそも、魔神を相手に膂力で対処する相手など考慮に入れられるわけがなかった。魔界で、デーモンですらない唯の人間に、滅ぼされる。これほどの屈辱は無かった。不完全な復活、その代償を支払うことになる。
褪せ人が剣を振り上げる。その刀身を、英雄たちの亡骸が怨念の炎で覆う。そしてそれを振り下ろした。刀身の炎が、火柱となり、ベルゼビュートへと襲い掛かる。冒涜の炎が魔神の身を貪り食う。そしてそれは、褪せ人の身体を、瘴気に侵されたそれを癒した。冒涜の炎がベルゼビュートから力を喰らい、褪せ人へと還元したのだ。これで残された瘴気のダメージというアドバンテージすら、その聖剣の前では無意味となった。ベルゼビュートが幾度足掻こうとも結果は変わらなかった。
「――」
ついに、ベルゼビュートが倒れる。その身から噴出していた瘴気が霧散する。周囲の空気が、少しずつ晴れていくのを感じた。
「終わり…ですかね…?」
カゴメが、ベルゼビュートの様子を確認しながらこちらに近づく。その魔神が、動く様子は無い。終わったようだった。
「ベルゼビュート…帝国の悲願をこんな形で達成するとは…」
「ルチア、まだ未練があるのか?」
「…いえ、この身は既にラピス様に救われた身、帝国とはもう何の関係もありません。それより、攫われた人間達がどこかに居るはず。探し出しましょう」
そして、一行が贄となるはずだった人間達を探し出す。
しかし、一度魔神の贄に攫われた者達が、無事であるはずが無かったのだ。
褪せ人が、森の中に小さな洞窟を見つけ、中に入る。洞窟の奥に行くに連れ、強烈な血と腐臭が鼻を刺す。中は暗く、奥は見えない。しかしその先にあるものに何となく予想はついた。決して碌なものではないだろう。
部屋の中を松明で照らす。そしてその先にあるものを見遣る。
――似ている。
褪せ人が見たそれは酷く既視感のあるもの。そして二度と見たいと思わなかったそれと酷似していた。むき出しの肉に無数の蛆と正体不明の肉がつなぎ合わされたそれを見て、褪せ人ですら忌々しい記憶として追いやっていたそれが思い出される。影の地の牢獄。そこで見た哀れな巫女達にひどく似ていた。それが洞窟の中で無数に横たわる。
「褪せ人ー?…何か見つけました?こんな洞窟あったなら皆にも――」
カゴメが洞窟に入ってきて褪せ人に声を掛ける。応えぬ褪せ人を訝しむとその先を見て声を失う。そして、残りの者達もそれを見た。
「何だ…それは…うっ」
ルチアはその冒涜的なそれを見て、吐き気を覚える。一体どうすれば、このようなものを思いつけるのか、理解できなかった。
「人間も、大概悪趣味なものだな」
ラピスもその様を見て不快気に吐き捨てる。僅かに苛立ってるのは、この光景をルチアに見せることになったからだろう。蹲るルチアを抱き起しながら、すぐに外へと出ていくようだった。
「あぁ、手遅れだったのね」
アブグルントも、その有様を見て、すぐに興味を失ったようだった。デーモンにとって、それはその程度のもの。いくら彼女達が人間に近しい見た目をしているからと言って、その価値観が同じとは限らない。それは当然の帰結だった。
「た…たすけ…て」
肉の塊、その一つがか細い声を上げる。この有様でも、生きているようだった。褪せ人がその様子を見て、アブグルントを見遣る。
「諦めなさい。無理やりに魔術で生かされているだけよ。もう長くは無いわ」
嘘を言っているようには見えなかった。そして、今の己にもこの有様を戻す術などない。救う手立てなどありはしなかった。
褪せ人はそれを確認し、その声を上げた肉へと近づく。
「褪せ人…?」
カゴメが、その行動に怪訝な表情を送る。しかし、それには応えない。無言でそれに近づく。
「しに…たくない」
呻くそれを見下ろし、剣を振りかぶる。そして、一息にそれに突き立てた。肉の感触と共に、鎧を返り血で汚す。それは、一撃で事切れたようだった。無用な苦しみを与えるのは本意ではない。残りのそれらも、蠢いている。次を目指すべく歩みを進める。
「わざわざ、殺すの?放っておけば死ぬというのに?」
アブグルントが静かに問う。デーモンとして、純粋に疑問なのだろう。わざわざ死にゆく同族を殺してどうするのかと、そう問うていた。
「殺す。救えぬのなら、その苦しみは少ない方が良い」
「わざわざ、背負うというの?救えなかったのは、間に合わなかったのは別に、貴方のせいではないでしょう?同族殺しの罪を背負う必要が?」
「必要か、そうでないかは関係ない。救わぬと決め、選択した。それだけだ」
それだけを言うと、残りの処理に向かった。もはや、その背中から何を考えているのかは伺い知れない。ただ淡々と、己が成すべきことを成していた。
「不器用な人――だけど、そこが素敵」
正直、ここまでのものを求めてはいなかった。贄の人間は救えないだろうとは思っていたが、教団がここまで悪辣なものだとは思っていなかった。だが、おかげで見たいものが見れたとアブグルントは歓喜する。
魔界で見つけてから、この男を観察して、好きになったのだ。その揺るがぬ歩みに、憧れを抱いた。だから、知りたくなったのだ。この男はどれだけ苦しみ、絶望を味わえばその歩みを止めるのだろうかと。
この男はそうやって歩き続けるのだろう。わざわざ、自分に苦しい選択をして、思い悩み、しかしその歩みは止まらない。だから、ずっと、傍に居てあげよう。そうすれば、いつか見られるだろうから。深淵を歩いたその先で、この男が絶望の内に心を折る姿を。
「貴方が堕ちる姿を、一番近くで見ていてあげる」
彼女は笑う。遠い未来で、この男が絶望に沈む姿を夢見て。きっとそれは、たまらなく美しいから。
「――そんなの、駄目ですよ」
しかし、そんな彼女に、カゴメが反論する。その様は、常の明るい少女としてではなく、妖怪としてのそれ。瞳を妖しく輝かせ、静かに、しかしはっきりと否定する。それだけは絶対にあってはならないと。
「あの人は、アタシのお気に入りなんです。その頑張りに惚れたんです。だから、あの人に
その言葉に、アブグルントは笑みを深める。当然だ。簡単に堕ちてはつまらないことこの上ない。もっともっと
「やっぱり、貴方とは仲良くなれそうだわ」
「絶対無理ですっ。解釈違いですから!」
皆の声援を受け、立ち上がる聖剣の勇者。良いですよね…。
ラピスで1.5倍、アブグルントで1.15倍、(既に燃やした)黄金樹に誓って1.15倍、火よ、力を!で1.15倍の約2.4倍のバフです。