今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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擬態の村

「困ったわ、王国領内に魔界の門を開くのは難しいみたい」

 

アブグルントが、褪せ人へそのような事を告げる。

ベルゼビュート討伐の後、褪せ人一行はラピスの屋敷へと一時的に招かれ、そこでアブグルントの契約を果たしてもらう手筈となった。つまりは、魔界の門による物質界への帰還、そして魔王の封印があったと言われる場所への案内。

後者については、物質界にその所在があるらしい。名を、魔王の迷宮。そのままの名前であるが、物質界においてかつて魔王が居城としていた場所の一つであり、女神アイギスによって封印が施された地。今は既に人の世に忘れ去られて久しいそれは、確かに存在するのだという。

アブグルント自身、そこに赴いたことは無いという事であったが、とあるデーモンの知り合いからその所在を聞いたらしい。考えすぎて突飛な結論を出す悪魔だが、その知識は深く、信頼性は高いとのこと。少なくとも、赴く価値は十分にあった。

であれば、まずは物質界へ戻り、王国へと合流。その後に魔王の迷宮へと探索に向かう、というのが当面の方針であったが。

 

「どういうことだ」

 

まずは戻らねば、その方針も無意味となる。契約を果たさないつもりかと、そのような意味も込め、アブグルントへと問う。

 

「王国の門を開けそうな所を当たっているのだけれど、何らかの妨害を受けているの。結界、かしら?少なくとも、王国領内へ直接向かうことは難しいわ。時間をかければ、出来なくはないけど」

 

それは本意ではないでしょう?アブグルントにそう言われ、褪せ人も考え込む。

恐らくは、その妨害自体は王国によるものだろう。考えれば、当然であった。王国はその王都へと直接門を開かれ、襲撃にあっている。であれば、それについて対策をしない、というのはあり得ない話だった。実際に出来るかどうかという話ではあるが、あの王国には魔法、奇跡等の識者が多く集まっている。出来ないとは考えにくい。

 

「王国近くでなくても構わない。どこか、開けそうな所は無いか」

 

「そうね…。無くは無いのだけれど…」

 

アブグルントが、机の上に置かれた地図を眺める。恐らくは、場所を決めかねている。そのような印象を受けた。性格は悪辣極まるが、それは、悪魔としての価値観からくるもの。故に、こういった契約に関しては真摯であった。本来ならば、王国へ直接飛ばして契約を果たそうと考えていたのだ。見たいものを見せて貰った。少々貰い過ぎたとも考えていたが故に。だからこそ、彼女は自身の趣味を脇に置き、せめて、王国へスムーズに合流を果たせる土地へ送ろうと考えていた。

 

「なら、ここはどうだ?」

 

物質界の事情に疎く、悩むアブグルントへと、ルチアが一つの提案をする。地図の一部を指差した。王国と、白の帝国。その中間辺りに位置する都市を指差す。

 

「自由都市と呼ばれている。どこの国にも属しておらず、独自の自治で運営されている。王国からそれなりに離れてはいるが、ここから街道で馬を走らせればそうかからないだろう」

 

自由都市。褪せ人も情報だけは持っていた。確かにここならば、結界は施されている可能性は低く、街道沿いに王国へと向かう事が出来る。悪くはない提案だった。

 

「貴方が良ければ、ここにするわ。どうかしら?」

 

「構わない。ただ、門は都市から離れたところに開け。無用な面倒事は避けたい」

 

今の時勢に、魔界の門から出てきた鎧騎士の一行など、悪魔の手先でしかないだろう。面倒なことは可能な限り避けておきたいと、そう思った。

 

「それもそうね。じゃあ、門を開くわ。少し待っていて」

 

そう言うと、アブグルントが魔力を籠め始める。やがて、それは形を成し、見覚えのある暗い輝きを放つ穴を作り出した。

 

「これで大丈夫よ。さぁ、どうぞ」

 

「うーん、久しぶりの物質界!ちょっと楽しみですね!」

 

カゴメがそう言いながら門を潜る。そして、褪せ人も中へと入る。最後にアブグルントも潜ろうとして、それを見送るルチアへと声を掛けた。

 

「ああ、そういえば。私の知り合いが今、帝国にいるのだけれど、そこの軍師様が行方不明の神官戦士の捜索隊を何度も編成しているって聞いたわ。それって貴方の事じゃない?」

 

「なっ!レオナ様が…私を…?」

 

突然のアブグルントの発言に戸惑うルチア。とうに白の帝国からは見捨てられたと、そう思っていた。だが、この悪魔の言う事が真実なら、話は変わってくる。自分はとんだ思い違いをしていたのではないか、そう考えるが故に。

 

「ルチア…?」

 

先程までの会話を黙って聞いていたラピスもまた、動揺する。帝国への未練を捨てきれていないのだろう。ルチアの様子を見て、そう感じた。

思えば、彼女を助けたのはほんの気まぐれ、なぶり殺しにされかけていたところを助け、よく分からぬ内に懐かれた。暇つぶしに丁度良いと好きにさせている内に、自分でも理解できない感情を抱いていた。もし、彼女が帝国に戻りたいと、そう言うのであれば、帰すべきなのだろう。デーモンと人間。何もかもが違うのだから。彼女の事を思うのならば、それが必定だった。しかしそれを素直に良しと出来ない自分に困惑する。

 

「信じるかどうかは貴方次第だけれど、どうする?」

 

今なら、帰してやる。そう言っていた。無論それは善意でも何でもない。ただ、背後にいるラピス。その焦る姿が見たかったが為に、こうしてからかっている。正直、どちらでも良かった。帰るというならばその通りにしてやるし、断られれば断られるで、それもまた良かった。人間とデーモン。果たして両者が魔界で共存など出来るのだろうか、興味はあった。

 

「…私の主君は、ラピス様だ。今更それを違えるわけには…いかない」

 

苦渋の表情で、しかし彼女は選択した。アブグルントはそれに笑みを深める。

 

「そう?分かったわ。見たいものも見れたし、私も物質界に行くわね」

 

そう言ってアブグルントが門を潜る。そして、魔界の門は崩れ、消失した。

 

「…良かったのか?ルチア」

 

「…申し訳ありません。正直なところ、今なお答えが出ていないのです。もし、お許しいただけるのならば、真実を知りたいと思うのです。もし、本当ならば、私は…」

 

「良い、ゆっくりと答えを出せ。お前の選択を、私は咎めはしない」

 

僅かな救いの光に、涙を流すルチアを見て、ラピスは自身が本当に望んだ言葉を飲み込んだ。真に望むならば、引き留めたかったが、何故だかそれを言うのは憚られたのだ。自身にも理解できない感情故に、しかしそれは間違いではないと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ!明るい!そして、軽い!魔界も楽しかったですけど、やっぱり物質界ですねー!」

 

魔界の門を抜け、飛び跳ねてそう言うカゴメに、褪せ人も言葉無く同意した。魔界の瘴気は、おおよそ人間が住むには適していない。長い間、随分と窮屈な思いをしたが故に、久しぶりの物質界は悪くなかった。

 

「ここより北に向かえば、自由都市よ。ひとまずは、そこへ向かうのでしょう?」

 

しばらく間を開けて物質界へ来たアブグルントの言葉に、褪せ人が頷く。そう長く滞在するつもりは無いが、魔界でそれなりに物資を消耗していた故に、ひと先ずの補給が必要だった。なにより、自由都市、興味はあった。王国の外までは未だ探索の範囲を広げていなかったが故に、良い機会だと考える。あわよくば、何か情報が手に入ればいいとも考える。

褪せ人がトレントを喚ぶと、カゴメを乗せて駆ける。アブグルントも影となり、褪せ人を追従する。

 

しばらく駆けるうちに、ある光景が目に留まる。小さな村のようである。目についたからには、寄らないわけにはいかなかった。

 

「いつものやつですね!」

 

カゴメがそう言い、アブグルントも何も言わなかった。理解を示してくれて何よりだ。この性分だけは、治りそうにない。特に何もなければすぐに離れればいい。そう判断し、進路を村に変え、トレントを駆けさせた。

 

近づいてみると、どこか村の様子がおかしい。火の手が上がっている。襲撃という事だろうか。

 

「早速、問題発生?流石ね」

 

アブグルントの言葉に、眉根を寄せる。別段、自分が悪いわけでは無いだろう。ただ、問題があるならあるで、首を突っ込まないわけでは無いのだが。

村の入口で、トレントから降りる。周辺は静かで、人の気配はない。

村の中へ入れば、荒れた家屋と、複数の死体が転がっていた。装備からして兵士だろう。ルチアの率いていた騎士たちの意匠と酷似している。であれば、彼らは白の帝国の兵士ということか。

しかし、兵士の死体こそ転がっているものの、村人の姿は死体を含めて存在しない。兵士だけがここで死に、村人は逃げ出したとでも言うのだろうか。あまり、考えにくい事ではあった。

 

「あれ、あそこ女の子が居ません?」

 

カゴメが指差す先。村の広場だろうそこに、少女が立っていた。兵士の死体、そのすぐそばで泣いているようだった。

 

「うぅ…ぐすっ。騎士様、騎士様…」

 

「あのー大丈夫です?」

 

泣いている少女にカゴメが駆け寄り、声を掛ける。こういう時、彼女の行動力はありがたい。泣いている少女にかける言葉など、褪せ人に思いつくはずがなかった。

 

「貴方達は…?」

 

「アタシはカゴメって言います!そっちの大きいのが褪せ人で、こっちがアブグルント。ここで何があったんです?」

 

「魔物に襲われて…」

 

それは、最近になって聞くようになった、よくある話だった。村に突如として魔物が現れ、襲撃される。騎士たちはそれに襲われ、殺されたという事だった。

 

「他の村の人達は?」

 

「えっと…それは、分かりません。私は、その、隠れていたので…」

 

「へぇ…」

 

アブグルントが笑みを深める。何か気づいたことがあるのだろう。とはいえ、聞きたいことは聞いた。ふと、事切れた騎士、その持っている装備が褪せ人の目を引いた。

大砲、だろうか。しかし、砲術士が持つようなそれではない。砲身に刃が取り付けられたそれは、砲剣、あるいは砲槍、とでもいうのだろうか。遠距離を面制圧する大砲に近接用の装備が組み合わさっている。中々癖の強い、しかし褪せ人好みの装備であった。それを握り、確かめる。重量は中々悪くない。力任せに殴る分にもそれなりだろう。収穫はあった。

 

「ついて来い」

 

「助けて…くれるのですか…?」

 

「勿論!さぁ、一緒に行きましょう!」

 

そして、一行が村の出口へと踵を返す、その時であった。

 

「ククッ…!かかったな――グェッ!?」

 

突如、背後からカゴメへ飛びかかった少女。しかし、褪せ人がその頭を掴み、地面に叩きつける。何かが潰れるような音が響く。

 

「褪せ人!?一体何を…えっ?」

 

突然の凶行にカゴメが声を上げる。しかし、その潰れたはずの少女の姿を見て、戸惑いの表情を浮かべた。

褪せ人が掴んだ少女の、その姿が歪む。やがて、溶けるようにしてその擬態は剥がれ落ちた。そこに居たのは、紫の肌をした、顔のない人型。

 

「何です…?これ…」

 

「ドッペルゲンガー。魔物よ。他人の姿を真似て、こうして襲うの」

 

カゴメの疑問に、アブグルントが答える。恐らくはこの女、気づいていたのだろう。

ドッペルゲンガー。他者の姿を真似る魔物。見るだけでその姿をそっくり真似るだけではなく、その本人を喰らえば、その者の記憶すらも引き継ぐという。そうして、成り代わっては次の獲物を探すのだ。

 

「ちぃっ、一人減らせれば良かったものを、ヘマしやがって!」

 

「まぁ、良いさ。こちらの方が数は上。さっさと襲って喰っちまおう」

 

何処に隠れていたのか、周囲を帝国の兵士が囲む。その口ぶりから察するに、これらもドッペルゲンガーという事だろう。見た目だけでなく、その装備も含めて再現されている。単に姿で油断させるだけの魔物では無いという事か。

褪せ人が武器を構える。数こそ多いが、それは所詮帝国の一兵士。今更それを相手に負けるつもりは毛頭なかった。襲い掛かるそれを、大盾で受け、反撃する。それをただ繰り返す単調な作業であった。

 

「こいつ…強い…!」

 

ドッペルゲンガー達に焦りが見える。予想以上の強敵を前に、二の足を踏んでいた。

 

「だが、十分に視たぞ!こいつはどうだ…!?」

 

ドッペルゲンガー達の姿が変わる。それは、褪せ人の姿と瓜二つ。大盾と大槌を構えると、強気に笑う。

 

「どうだ、自分とそっくりな人間と対面する気分は…!当然、お前の力も再現している!我らの変身能力、それを目に出来た事、光栄に思う事だな!」

 

そうして、殴りかかってきたドッペルゲンガー。しかし、それはカゴメの壁に阻まれる。

 

「ぐぇぇっ!?何だ、この壁は!?」

 

「うーん?確かに、凄い力ですけど、褪せ人を真似た割には…」

 

「本人を喰らわないと完全再現は無理よ。所詮は劣化コピー、という事かしらね」

 

「おのれ…言わせておけば…!」

 

しかし、劣化コピーと言えども、自分の姿を真似るそれは厄介なものではあった。褪せ人は、その存在を侮るような事はしない。それと同様のものを、知っているが為に。

そして、複数の褪せ人と化したドッペルゲンガーと褪せ人達の激突が始まる。迫りくるそれを、カゴメが受け、アブグルントが魔法による攻撃。そして、褪せ人が多様な武器と奇跡で以て殲滅していく。結局は彼らは技もなにもあったものでは無い、単調な、スペックによるごり押ししか出来ていない。相手取るのはあまりに容易かった。

写し身の雫、それもまた、本体の能力によるごり押しを行う存在であったが、あれとドッペルゲンガーで異なるのは、その意思の有無だろう。写し身はその意思はなく、痛みを知らず、死を恐れず、ただその耐久力を武器に前進する。それは、褪せ人本人とは異なる戦い方であると同時に、あれだからこそ可能な無二の武器であった。しかし、このドッペルゲンガーは違う。耐久力は並以下、その上であれらは死を恐れない特攻などかけることもない。その差は、決定的であった。

次々と褪せ人が倒れ、崩れていく。その数を減らしていき、遂に、全滅したようだった。

 

「お疲れ様ですっ!流石、お強いです――あべぇっ!」

 

「ふふ、流石ね。流石は私が見込んだ――うぼぁっ!」

 

油断も隙もあったものでは無い。こうなる可能性を見越して、彼女たちの位置は常に把握していた。カゴメとアブグルントに化けたドッペルゲンガーを手に持った砲剣で殴り倒す。そして、砲の引き金を引いた。凄まじい爆発と共にドッペルゲンガーの肉片が飛び散る。悪くない武器だ。少々使い方に難はあるが。そう思った。

 

「うーん。自分のそっくりさんを遠慮なくぼこぼこにされるの、どう思います?」

 

「ふふっ、悪くないわ。えぇ、本当に…悪くないわ」

 

「…やっぱり、分かり合えないと思うんですよね。頑張ろう…」

 

歯切れの悪いカゴメと、どこか恍惚とした表情を浮かべるアブグルントは対照的であった。アブグルントの反応に、カゴメにしては珍しく消極的な反応を示す。それでもなお努力しようというのは流石であったが。

とは言え、今度こそ魔物の殲滅は終了。今度こそ、自由都市に足を進めようとして、その気配に気づいた。

褪せ人をして、今まで気付けなかった。見事な隠密。そう言うしかないだろう。しかし、気付いてしまえば、それを見逃すつもりは無かった。

 

「何者だ」

 

「――むっ!拙の隠密に気付くとは…やりますね!」

 

思いの外、快活で元気の良い返事が返ってくる。そして、家屋の影よりそれは姿を現した。

この地では見ない意匠の装束。褪せ人は知る由も無いが、それは、東の国では忍び装束、そう呼ばれるもの。黒い首巻をたなびかせ、その少女は名乗りをあげる。

 

「帝国忍軍のナンバーワンにしてオンリーワン!名を、ウルスラと申します!ふふん、こういう名乗り、憧れですよね!」

 

恐らくは、妙なのに分類される少女に、褪せ人は思わずため息が漏れた。

 




帝国はカッコいいのとアホが極端で良いですよね…メーアも出したいです。
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