褪せ人の帰還。
その報は、自由都市へと遠征していた王国軍を吉報として駆け抜ける。特にドッペルゲンガーの化けた褪せ人達を、本物と偽物の格の違いをまざまざと見せつけんと殲滅していく様はかつての王都奪還の再来であった。
その苛烈な戦い様は見るものに恐怖を感じさせるものではあるが、最前線に立つ兵士にとってはこれ以上ない形で受け入れられる。同時に、援軍として共に戦う事となった帝国軍には、王国軍の戦力が決して小国と侮る事の出来ない脅威であると最大限に警戒される要因ともなるのだが。
「よし、皆落ち着いたか?落ち着いたよな?よし、じゃあ褪せ人よ、何があったのか教えてくれ」
自由都市の、もはや住むべき者の居なくなった廃都。一時的な拠点として利用した、その議事堂に王子は主だったものを集め、褪せ人へと報告を求める。
先程までは、褪せ人を前に王国の面々が詰め寄り、大混乱であった。余計な心配をかけさせるなと怒る者。生きていて良かったと泣き出してしまう者。ドッペルゲンガーが持っていたあの武器は何だと好奇心に駆られる者まで様々だった。
王子としても、色々言いたいことがあったが、褪せ人が珍しく面食らう様子が見れたのでひと先ずは良しとする。そして、ひとしきり騒いで、落ち着いたところを見計らって本題へと切り出す。
「報告は構わないが、そこに居るもの達に聞かせても構わないのか?」
王子の言葉に、褪せ人が議事堂内、王子と共に卓を囲む者を見遣る。そこに居たのは王国の者ではなく、帝国に所属する面々。これから話す内容を、吟味することなく他国に流していいのかと王子へ問う。
「構わない。帝国も王国も目指すところは同じ、共に歩む仲間だ。ならば、今回の報告に隠すようなものは無いと、同席して聞いてもらう方が良い」
「そういう所が、貴様の甘いところだと…まぁいい。帝国としても、魔界からの帰還者の情報は貴重だ。ありがたく同席させてもらう」
王子の言葉に、帝国の女軍師が呆れたように言う。褪せ人としても、その甘い対応に思う事はあるが、この男にとってはそれこそが正しく、また結果としてその甘さに惹かれる者達が多いのも事実。既に褪せ人は自分とは違う、しかし一つの才能であると認めていた。結果が伴うのであれば、何もいう事はない。少なくとも、カリスマ性についてはただ前進し武器を振るうしか能のない己とは比べるべくもない故に。
そして、褪せ人が語り始める。何故、魔界に留まることになったのか、そしてその後、オークという種族との邂逅。魔王軍との戦闘、デーモンと取引し、魔神の一柱を討伐。その折にデーモンに保護された帝国の神官戦士と出会った事。
あまりに簡潔な言葉を、時にカゴメが補足し、それでも分からない所を王子が質問する。そうして出てくるのは物質界では得られない情報。途中で色々と突っ込みたくなるところを必死で抑え、最後まで語らせる。
「魔王軍だと?そんな組織が既にあって、動いているというのか…?」
「ベルゼビュートって確か、教団が復活を目論んでいた魔神ですよね?それが復活して…倒されてる…?」
「何か聞いてるとちょっと魔界楽しんでないかい?」
「結構楽しかったですよっ!」
語り終え、それぞれが情報を咀嚼し始める。最後のカゴメだけ余計だった。確かに魔界の道中はそう悪くはなかったが、それを言葉に出すと顰蹙を買うだろう事は先の混乱から想像に難くはなかった。案の定、幾名からじっとりとした視線がぶつけられる。
「へぇ、楽しんでたんですね…私は心配で夜も眠れませんでしたけど」
「なんとなくそんな所かなとは思っていたけれど…潔すぎやしないかい?」
イリスとタラニアにそんな事を言われる。しかし、どうしろというのか。ひたすらに苦しみ悶えながら戻ってくれば良かったのだろうか。魔界一面が朱き腐敗に満ちていたのなら、あるいはそうなったかも知れないが。
「待て、帝国の神官戦士だと?貴様、ルチア達に会ったのか!?」
帝国の女軍師、レオナが思わず叫び、褪せ人を問い詰める。その情報は、数ある物の中でも、特に彼女にとっては無視できないものであった。散々に探し続けた行方。それが突如目の前に転がり込んできたのだ。嘘は許さないと、強く睨みつける。
「会った。今はラピスという大悪魔に保護されている」
「何故連れ帰らなかった!?」
「必要がないからだ」
「何だと!?」
あまりに簡潔すぎる物言いに、レオナは思わず立ち上がり、掴みかかろうとする。その間に割って入るようにアブグルントが、虚空より現れる。
「そこまでにしなさいな。一応、補足を入れてあげるから」
「デーモンだと!?貴様、どういうつもりだ!」
突如現れた白い悪魔にレオナが面食らう。そして、邪魔が入ったことに怒気を孕んだ声で問う。
「話をややこしくするな」
「ややこしくしたのは間違いなく貴方の方よね…?今回ばかりは善意の行動のつもりだったのだけれど…」
言葉足らずの化身にそう言われ、流石のアブグルントも抗議する。この男よりはよっぽど人間とコミュニケーションを図れると、そう思っているのだが。
「彼女は帝国に見捨てられたと思い、今は命を救われたラピスこそ主君と仰いでいる。そういうことよ」
「馬鹿な…見捨てたなどと、そんな…」
「一応、メフィストから話は聞いていたから、多少は誤解は解いてあげたけど。どちらを選ぶかは彼女次第ね」
レオナの瞳が揺れる。国をあげての初めての魔界遠征。そこにルチアの率いる部隊も居た。結果は、想像を超えるデーモン達の攻勢に、撤退を余儀なくされたわけだが、その際にルチアの部隊が消息不明となる。当時の魔界遠征、その采配を握っていたのが他ならぬレオナであった。自分のせいで、部下を死地へと追いやった。その自責の念は、たとえその采配が責められるべきものでないと周囲から慰められようと、今日まで癒えることは無かった。
彼女がデーモンに仕え続けるか、帝国に戻るか分からない。今更戻ってこいなどと、レオナの口から言えるはずがなかった。
「…すまない。取り乱してしまった。その情報は我々にとって非常に重要なものだ。教えてくれたこと、感謝する」
彼女の中で一応の整理がついたのだろう。未だ動揺は取り払えていないが、それ以上何かを言う事はなく、静かに席へ戻った。
「とにかく、得られた情報は多いな。一度持ち帰って協議する必要がある。特に魔王軍への対策は急務だろう」
王子が一度場をそう締めくくる。遠征先で方針を固められるようなものでは無かった。魔王軍、今までの魔物の群れとは違う、明確に統率されたそれ。その存在と動きについて知ることが出来たのは間違いなく僥倖だった。
「帝国としても同意見だ。皇帝陛下にお伝えしなければならないことが山程ある」
レオナもまた、同意する。王国との協調路線、真剣に考慮に入れなければならないと密かに思う。小国なれど英雄王の末裔とその戦力は帝国をして決して侮ることは出来ない。衝突するよりは同盟を。そう皇帝に上奏すべきだろう。
「そうと決まれば、撤退の準備だな」
「私もそろそろここを発とうと思う」
「…ん?王国に帰るってことで良いんだよな?」
褪せ人の言葉に王子が確認する。その言い様に妙な引っ掛かりを覚える。嫌な予感がした。
「私はこのまま魔王の迷宮に向かう」
「待て待て!何もすぐに行く必要はないだろう?一度戻って、準備を進めてからでも…」
「王国に戻り、部隊を再編成し、足並みを揃えて進軍すると?そんな悠長に構えるつもりは無い」
王子の制止の言葉に、褪せ人が真っ向から否定する。部隊の再編成をする時間も、軍として足並みそろえて行動するのも御免であった。
その返答に王子が内心で頭を抱える。魔界から戻ってきてこの男の生き急ぎ具合が加速している。何となく、後ろでニコニコと褪せ人の発言に満足げな悪魔と妖怪のせいな気がした。起爆剤が増えている。ストッパーとなる者が必要だった。
「待て、帝国としても魔王の封印というのは見過ごすことが出来ない。こちらからも人員を派遣させてほしい。数日だけで構わない、人員を派遣する時間をくれないか」
そこにレオナが待ったをかける。帝国としても魔王の動向は重要事項。となれば、王国にばかり任せては帝国の威信に関わる。だが、人員の選別が必要な以上、この後すぐというのだけは頂けなかった。
「王国からもスト…人員を配置したい。数日くらいなら良いよな?一応雇い主でもある訳だし」
「…そういう事なら構わない。ただ、大人数はごめん被る。精々が一人か二人だ」
褪せ人もその要求には応じた。一応の雇い主は王国である。少人数であれば、受け入れるのが筋ではあるだろう。
「そうか、では改めて王国へと派遣させてもらう。そう時間はかからないはずだ」
レオナがそう言うのを確認すると、褪せ人はその場を後にした。退却の準備をするのだろう。その背後をカゴメとアブグルントが追いかける。
「相変わらず王国は妙なのを飼っているな」
「飼えてない飼えてない。とはいえ、どうしたもんかな…」
苦し紛れに王国の人員を加えるなどと言ってみたもののストッパーなんて全く心当たりが無かった。どうしたものかと悩みながらも王子は退却の準備を進めるのであった。
「やぁ、君が褪せ人だね。帝国から派遣されたメフィストだ。同行するからにはこの私の叡智、存分に役立ててくれたまえ」
自由都市から王国へ戻り数日。帝国からの飛空艇に乗って現れたのは一体の黒いデーモンであった。このデーモンが、今回の旅の同行者らしい。
「帝国からの同行者って貴方だったのね」
アブグルントが口を開く。そういえば、帝国に知り合いのデーモンが居るなどと言っていたか。幾度かその名を口にしていたような気もする。
「ああ、帝国での地盤固めもある程度済んだからね。とはいえ、ひどいじゃないか。君を私の部下として迎え入れる準備を進めているところで急に居なくなるなんて」
「仕方ないわ。他に優先することが出来たのだから」
「それが彼、という事か…」
そう言うとメフィストがこちらに観察するような視線を向ける。
「ふむ、王子や皇帝もそうだが君も中々興味深い個体のようだ。物質界というのは本当に私の知識欲を刺激してくれる」
何事か満足したように頷く。少なくとも悪い反応ではないだろう。
「王国の方からも誰か付き添いが居ると聞いたのだけどね。まさか、君じゃないだろう?」
「当然ね。今の私は王国にも帝国にも属していないのだから」
「お、お待たせしました!」
そう言うと、一人の少女がこちらへと駆けてくる。その桃色の髪には見覚えがある。イリスだった。
「王国の言う人員というのはお前なのか?」
褪せ人が一応の確認を取る。意外な人選だと思った。王国軍所属とはいえ、聖女を迷宮へ同行させるのは問題ないのだろうか。
「はい!王国より魔王の迷宮探索に志願しました。よろしくお願いいたします!」
イリスが褪せ人達一行に頭を下げる。人員派遣に悩む王子を前に、彼女自身が立候補したのだ。王子もまた、ストッパーの役目を期待した。それに、彼女の結界は間違いなく有用である。戦力的にも申し分ないだろう。彼女が王国軍から抜けるのはそれなりの痛手だが、カバーできないというわけでもない。ならば、それなりに交流のある彼女の制止の言葉を聞いてもらえることに淡い期待を寄せて彼女を同行させることとした。
イリスもまた己の役割を理解していた。また変な所に行こうとしていたら全力で引っ張ってきてくれと直々に頼まれているだけに。
「サポートも、役割も、全力で頑張らなきゃ…!」
「――今、頑張ると言いましたね!?」
「きゃあ!?」
気合を入れるイリスの横に突如としてカゴメが現れる。あまりに突然の事にイリスが悲鳴を上げる。
「頑張ると、そう言いましたね!?」
「えっ、あの、はい、言いましたけど…」
「素晴らしい!無限に頑張りましょう!おー!」
「お、おー…」
突然の妖怪の勢いに押され、流されるイリス。ストッパーとしての役目に、早くも暗雲が立ち込めていた。
「お前も来るつもりか」
「勿論!…えっ、というか置いて行くつもりだったんです!?」
ついてくる理由がないだろうと、ショックを受けているカゴメにそう言う。元々この妖怪は王国に向かっていたのではなかったのか。
「頑張る人のそばにアタシ有り、です!置いて行くなんて許しませんよ!」
僅かに口を尖らせながら先へ進むカゴメを見ながら、別に構わないかとそう判断する。戦力的にも申し分ない。
悪魔2名と妖怪1名、聖女1名を連れて褪せ人は魔王の封印されているという迷宮を目指す。
「それにしても、このパーティーは中々戦力としてのバランスが良い」
「そうなんですか?」
迷宮へと向かう道中。メフィストがふとそんな事を言いだした。その事に、あまり戦闘に詳しくないイリスが疑問の声を上げる。褪せ人としてもこの魔神の言う戦力バランスというのは気になった。何しろ集団で戦闘を行う事など、この地に来るまでほとんど経験が無かっただけに。
「そうとも、そこの妖怪と褪せ人が攻撃を防ぎ、私達デーモンと褪せ人が攻撃。そして、君と褪せ人が傷を癒す。中々どうして、急ごしらえにしては上等なパーティーじゃないか」
「自分で言っていておかしいとは思わないのかしら…?」
深い知識と頭脳を持つ癖にトンチキな結論を出しがちな同胞に思わず口を開く。
「何でも出来る彼が悪い。というより、ここまで幅広く対応できる戦士など聞いたことがない。機会があれば、詳しく話を聞かせてもらいたいものだ」
そう言って、メフィストは笑う。物質界に来てからというもの、興味深い事柄に事欠かない。戯れに受け入れた帝国の魔神団長という肩書きだけが足枷だが、概ね物質界を彼女は満喫していた。
「話を聞く限り、そろそろのはずだが」
「そうね。この辺りのはずよ」
聞く限りでは迷宮の入口はこの辺りのはず。荒野を見渡し、それらしきものを探す。
「あ!あそこ誰か倒れてませんか?」
カゴメにそう言われ、その指し示す先を見る。確かに何者かが倒れているようだった。
何か手掛かりがあるかもしれないと何者かの方へ向かい、抱き起す。少女のようだった。傷だらけだが息はまだある。
「今、奇跡を使います!」
イリスが少女に奇跡を使用し、傷を癒す。その傷がたちまちに癒え、少女が目を覚ます。
「あ、あれ…私…」
「良かった!気が付かれたんですね!」
兎の耳のような装飾を着けた風変わりな帽子の少女が目を覚ます。未だ、少し混乱しているようだった。やがて、状況を把握したのだろう。ゆっくりと起き上がると、褪せ人達に向き直る。
「助けてくれて、ありがとうなのです。私は旅の司祭ポーラ。冒険者の見習いなのです」
「ここで何があった」
少女の自己紹介の後、褪せ人が問う。突然の偉丈夫からの問いに面食らうも、ポーラは事の経緯を話し始める。
「私達は、冒険者としてこの辺りに突如として湧きだした魔物達の調査をしていたのです。そして、迷宮を発見して、中へ調査をしていたのですが、魔物に襲われ、全滅したのです。何とか私は脱出したのですが…」
「ふむ、ここで力尽き、倒れていたという事か」
メフィストの言葉にポーラが頷く。ならば、その場所こそが魔王の迷宮という事だろう。
「それはどこにある」
「えっと…こっちです」
ポーラの案内に従い、褪せ人達がついていくと、古い地下への階段があった。ここが入口なのだろう。
「ここか」
「そうみたい。行きましょうか」
「ああ」
「待って欲しいのです!」
迷宮の入口が見つかったなら、後は進むだけ。階段を降りようとする褪せ人達に声がかかる。ポーラが決意を固めた表情で見つめていた。
「私も…私も連れて行って欲しいのです。世界を救うための、その一助として、仲間に加えて欲しいのです!」
そう言われ、周りの者達もまた、褪せ人を見る。あくまで、こちらの判断に任せるという事だろう。
「構わん。だが、不用意な行動は慎め」
「ありがとうなのです!やってやるです…!」
そう言って、今度こそ一行は迷宮へと足を踏み入れた。
「中は結構広いんですね…」
「空間が歪んでいるみたい。封印が不安定だからかしら?まぁ迷宮ならよくある話よね」
地下へ潜ると、思いの外その中は広いようだった。褪せ人にしてみればある意味で見慣れた光景ではあるのだが。迷宮と言うだけあって人工的に舗装された道を進む。薄暗く、どこか澱んだ空気が辺りを支配していた。
「あ!魔物なのです!」
そう言われ、指し示す先を見る。それは、一言で言えば、角の生えた一つ目の巨人。
「ふむ、サイクロプスか。魔界ではそこそこ見るのだが、物質界では初めてだね。見た目通り怪力自慢だ。青い体色のものは魔法攻撃も使用するから注意するといい」
「あいつが、私達のパーティーを壊滅させたのです…!強敵です、気を付けて――」
ポーラの忠告を聞き終わる前に、褪せ人が接近する。手に持つのはおおよそ人が持つものとは思えない巨岩の大槌。特別な力などありはしない。ただ重く、ただ硬いだけの武器。それ故に、古の人々は巨人を殺すのにその武器こそ相応しいのだと振るい続けた。今の世に、非力になった人々にこれを振るえるものは殆ど居ない。しかし、それを振るう事の出来る一握りこそが、褪せ人だった。
純粋な質量の塊がサイクロプスへと振るわれる。ただの人間と侮ったそれは、容易く膝をたたき割られ、その体勢を崩す。そして、低く下げられたその頭部を、容赦なく叩き割った。迷宮の一角が、哀れなサイクロプスの血で彩られる。
サイクロプスが痙攣し、動かなくなったのを確認すると、褪せ人は何事もなかったかのように先を歩いて行った。
「えぇ…」
「無用な忠告だったようだ。しかし、あの巨大な武器を振るう筋力があの体躯で得られるのだろうか。人間というのはこうして不可思議な力を持つ者が現れる。面白い、やはり物質界は――」
「考えるのは後にしなさい。置いて行くわよ」
「さぁ、まだまだ入口です!こんなものじゃありませんよね!行きましょうイリスさん、頑張りますよー!」
「待って下さいー!」
目の前で、強敵だったものが辺り一面に転がる。その凄惨な光景を、他の面々もさして気にせずに前進を続ける。
――もしかしてとんでもない人達です…?
あまりにもあんまりな光景であったが、頼りになるのは事実。ポーラもはぐれないよう足早についていくのだった。
その後も迷宮からは魔物が湧き出てくる。やはり迷宮自体に何かが起こっているのだろう。しかし、出てくる魔物は悉く蹴散らされていく。
カゴメの生み出す壁を、イリスが結界によって補強する。こうなるともはや突破できる魔物などこの迷宮には存在しなかった。その背後から、デーモン達が魔法の遠距離攻撃を放ち、一方的に屠っていく。その中でもただ一人、最前線に赴いては魔物を挽肉に変えていく褪せ人は突出していた。
途中で興が乗ったのだろう。回転鋸のついた大型武器を振るおうとして、イリスにNGをもらっていた。今は角のようなものをびっしりと付けた大鉈を両手に持って敵を挽き潰しているが、あれはセーフなのだろうか。横を見れば酷くもの言いたげな聖女の姿があった。文句はあれど、さっきのよりはマシだから何も言えない。そんな表情を浮かべていた。
「この先は行き止まりみたい。右の道が正解ね」
「ならばまずは左へと向かう」
「えっ、どうしてです?」
「行き止まりだからだ」
「…?」
こうして快進撃を続ける傍ら、奇行に走ることが度々あった。曰く、まずは行き止まりを探索してから次の区画へと向かうのは定石らしい。不要な罠や魔物の存在を考えるとどう考えても危険でしかないと思うのだが。
「成程、迷宮の構造的にこの先が宝物庫である確率は10%。そしてその先で有用な物が残っている確率は5%。しかし、もしその先が宝物庫で、あまつさえ有用な武器を手に入れることが出来た場合の興奮度は1000%――」
「馬鹿な事言ってないで行くわよ」
何やら理解できない理論を展開し始めたメフィストをアブグルントが窘めて、一行は先を行く。迷宮の探索はどこまでも順調であった。
迷宮を進み、深部まで来たのだろうか。今まで以上に重苦しい空気が辺りを支配する。ここまでは順調。しかし、何が起こるかは分からない。褪せ人も警戒しながら、前へ進む。
「あれ、人でしょうか?」
イリスがその先に、人影を見つける。なるほど確かに、数人の人間が集まっているようだった。
「あの人達、知っているのです。ベテランの冒険者で、どんなダンジョンでも必ず生還してきているのです。ただ、ヒーラーに恵まれず薬草を買い込んでいつも赤字なのです」
ポーラが冒険者について知っているようだった。薬草で金欠。褪せ人には縁のない話だった。かつては祝福で補充でき、今では祈祷で賄える。とはいえ、切実な問題なのだろう。
「どうしてその有様で冒険者を続けているのかしら?」
「あはは…」
褪せ人はその辺りの事情には興味が無かった。相手が先行している以上、何らかの情報を握っているかもしれないと近寄ろうとして、様子がおかしい事に気づく。
「がぁっ…!体が勝手に…!逃げろ、お前ら!」
冒険者たちが一斉にこちらに向けて武器を向ける。今の話を信じるなら洗脳の類か。ならば、動きを止めて洗脳を解いてやればいい。
「あぁ!体が勝手に動きますわ!危ないから逃げて…!私、とても強いんですの…!」
一人、冒険者とは毛色の異なる金髪の少女が居た。その装備を見て、魔法剣士だろうかと、そう判断する。
「逃げてください!魔法剣が暴走してしまいますわ!情け無用の防御無視攻撃が…もう、どうにも止まりませんわ~!」
「防御無視攻撃ですよ!」
「防御無視攻撃ですって」
何故、そんなにも説明口調なのか。
今更防御無視も何もありはしない。要するに魔法攻撃である。懐からミケラのルーンを取り出しながら、目の前の少女たちの洗脳を解くのだった。
興奮度1000%と言わせたかっただけです。
メフィストの口調再現が難しい…