「依頼の内容を説明させてください」
先の魔王の迷宮から帰還して数日後、王国より呼び出しを受けた褪せ人は、政務官であるアンナより仕事の依頼の説明を受けていた。
「雇い主はいつもの王国。目標は、農村部に出没するゴブリン達の掃討になります」
「ゴブリンかい?正直、ボク達を呼びつけるのは少々割に合わないような気がするね」
同じように王城に集められた傭兵の一人、タラニアが疑問を呈す。
ゴブリン。魔物として最弱に位置するだろう種の一角。数多の戦場に顔を出し、その数こそ多くとも決して今の王国にとって脅威とはなりえない存在。わざわざ褪せ人達に依頼しなければならないほどのものであるとは考えにくい。
「本来ならば、その通りです。実際、ゴブリン襲撃の報が届いた時点で討伐部隊を編成し、掃討作戦に向かいました。しかし、結果としては返り討ちに遭っております」
討伐部隊が返り討ちに遭っているという。考えられる理由としては、予想より数が多かったか、あるいは何らかのイレギュラーが発生しているか。
「幸い、部隊に死傷者は出ていません。その部隊からの報告によりますと、ゴブリン達が組織立って行動しており、さながら軍隊のような有様であったと。また、通常では考えにくい武器の使用が確認されています」
「武器、ねぇ」
ゴブリンが使用する武器としては、棍棒、そして弓が主だろうか。後は魔法の使用が可能なメイジや一部体格に優れたキングなどは兵士から奪った剣などを使用していたが。
「報告によると、フレイル、爆弾、大砲など…」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。本当にゴブリンかい?」
タラニアが疑うのも無理はなかった。彼らは力も弱ければ、知力もオーガなどに比べればある方だが、それでも決して高いものではなかったはずだ。爆弾や大砲など、効果的に運用するなど考えにくい。
「はい。少なくとも、討伐隊からはそのように報告を受けています。ですので、掃討は第一目標ですが、無理だと判断すれば撤退もやむなし。情報を持ち帰れば相応の報酬を支払う準備があります」
随分とお優しい事だ。討伐できずとも、あくまで命を最優先。傭兵など、使い捨ての駒だろうに。あるいは、その甘さこそが王国が実力者を抱える土壌なのかもしれんが。
「王国は貴方がたを高く評価しております。ですので、その…イーファさん?」
「…へっ!?いやいや、ちゃんと聞いておりますわよ!?別にお菓子が美味しくて夢中になっていたわけではありませんわ!」
同じように呼び出され、しかし先程まで黙々と、至福と言わんばかりに茶菓子を楽しんでいた銀髪の女、イーファがアンナの呼びかけに対して、必死に弁明する。最初こそ貴族令嬢然とした振る舞いであったが、それは脆くも崩れ去っていた。
「それなら良いのですが。…よろしければいくつか包みましょうか?」
「王国のお菓子とかご飯って本当に美味しいよね。夢中になる気持ちは分かるよ」
「ですから!夢中になってなどいませんわ!それはそれとしてお願いいたします!」
そう言ってアンナからお菓子を受け取りホクホクとした顔のイーファとちゃっかり自分も受け取っているタラニアに、今回も騒がしくなるのだろうと褪せ人はそんな予感を感じた。
「褪せ人様もいかがですか?」
「…貰っておく」
「あ、話は終わりましたか?褪せ人!」
王城の外で待っていたカゴメがこちらに駆け寄ってくる。
「ああ、ゴブリン退治だ」
「成程!むむ…ですが今日はイリスと孤児院に行く約束をしてしまいました…」
そう言って、カゴメが頭を悩ませる。ついていきたいのだろうが、既にした約束を反故にするわけにはいかないと葛藤しているようだった。
「単にゴブリンを処理するだけだ。そう時間もかからん。約束を反故にする方が事だろう」
「…それもそうですね!では、今回は帰りを待つことにします!では、頑張ってきてください」
そう言って、王都へと駆けだそうとするカゴメを呼び止める。
「待て」
「どうしました?」
「持っていけ」
そう言って先程アンナに渡された菓子の包みを渡す。
「おお…!褪せ人が、アタシに贈り物を…!?えへへ、ありがとうですよっ!褪せ人!」
感激したようにそれを受け取りながら、満面の笑みを浮かべる。そして、今度こそ王都へと駆けて行った。単なる貰い物の菓子だが、喜ばれるならその方が良い。己が一人食べるよりは余程有意義な使い道だろう。
「話は終わったかい?」
その様子を微笑ましく見ていたタラニアが近づいてくる。
「そういえば、今回はもう一人は一緒じゃないのかい?」
タラニアにそう言われる。恐らくもう一人とはアブグルントを指しているのだろう。
アブグルントは魔界に用事が出来たとのことで、今は物質界には居ない。どこか楽しそうな笑みを浮かべていたのが印象的であったが、少なくとも現状であれが人類側に何かをするようなことは無いだろう。面倒事ではない保証にはならないが。少ししたら戻ってくると言い残して昨日の夜去っていった。
「ふぅん、そっか」
どこか弾んだ声でそう応える。アブグルントが苦手なのだろうか。
「いやいやそうじゃない…いや、ちょっと怖い。話は出来るのにちょっとずれてる感があって…いや怖くはないけどね?」
どっちだ。ごにょごにょと言い訳を始めるタラニアを見ながら褪せ人はそう思う。少なくとも、嫌っているというわけではなさそうだった。
それを横目で見遣りながら、トレントを呼び出す。
「うん、外でイーファも待っているはずだ。では、行こうか。雷光たる僕が居れば、敗北なんてありえないとも」
そういって、ごく自然な調子でトレントへと跨った。
「…何故、二人乗りをする必要がある。馬には乗れたはずだろう」
「カ、カゴメくんを乗せてたんだからちょっとくらい良いじゃないか!」
そう叫ぶも、降りる気はないらしい。別段、疑問に思っただけだ。この程度でトレントが根を上げる事もない。それ以上の追及をする事もなく、タラニアを乗せてイーファと合流をすることとした。
「あそこが襲われたという村ですわね。住民は既に避難済みと聞いてますわ」
そう言ってイーファが農村を指し示す。彼女が跨るのは馬ではなく竜。ドラグーン、あるいは竜砲騎兵と称される彼女達は竜を駆り、砲を駆使して戦うという王国でも希少な兵種である。
「私、この任務で何としても殿下に認めてもらわねばなりませんの」
そんな希少な兵種として、重宝されるであろうイーファが思い詰めたようにそのような事を言い出す。何か、相当な事情があるのだろう。
「でなければ私…また雑草を食べる日々に逆戻りですわ…!」
相当な事情であった。かなり懐事情が苦しいようだ。世知辛いものである。王国は、この辺りで唯一魔物の脅威を跳ねのけた国。財政事情を考えれば、王国軍で雇ってもらえるのが何よりなのだろう。
「家が没落し、傭兵として過ごす日々…この子の餌代に弾薬費…戦えば戦う程に赤字になる毎日…。王国に雇ってもらえれば、そんな生活ともお別れですわ…!」
「聞いてるこっちが辛くなるね…」
魔法剣一本で傭兵として食べていけるタラニアには縁のない話だろう。あまりに切実な理由に苦笑いを浮かべていた。
正直な所、その旨を打ち明けてしまえば、あのお人好しは手厚く保護するような気もするが。それは彼女のプライドが許さないのだろう。
「まぁいい。ひとまずは調べるぞ」
褪せ人がそう言い、村の中へ入る。ゴブリンの行方が分かるような手掛かりがあれば良いのだが。
「当たり前だけど、静かだね」
当然、既に住人が避難しているため村の中は人の気配などありはしなかった。とはいえ、誰も居ない村など褪せ人からすればある意味で慣れ親しんだものではあるのだが。
「畑が荒らされていますが、逆に言えばそれくらいですわね…」
その言葉に褪せ人が考え込む。ゴブリンのような亜人が、村を襲撃して畑を荒らす程度で終わるだろうか。家屋の中を荒らすくらいの事はやると思ったのだが。
しばらく探して、しかしゴブリンの痕跡らしきものは見つからなかった。そうなればこの辺りを虱潰しに探していくしかなくなるのだが。
「仕方ない。他を当たってみようか」
「そうですわね…。次で何か分かればいいのですけれど…」
そう言って、タラニアとイーファがここでの探索を見切りをつけ、次へ向かおうとする。
「――その必要は無いようだ」
しかし、そこに褪せ人が口を挟む。その言葉に二人は訝しみ、しかしすぐに異変に気付いた。
「ホウイシロ!ホウイシロ!」
村の民家から、突如としてゴブリン達が湧き出てくる。その数は尋常ではない。
「一体どこから出てきたんですの!?」
武器を構え、騎竜に跨りながらイーファが叫ぶ。それも当然か。先程まで村の中に隠れていたにしては多すぎる。外から来たのであれば、気づいていない己達が間抜けという事になるが。
「…それも無いと思うね。これほどの数、接近に気づかないなんてはずは無い」
タラニアがそう言い、魔法剣を構える。
褪せ人もまた、武器を持つと、正面のゴブリン達へと歩みを進める。向こうから出てきてくれたのだ。むしろ都合が良いというもの。
「やることは変わらん」
「それもそうだね。――さぁ、ショータイムだ!」
三人の傭兵と無数のゴブリン達が激突しようとしていた。
「流石は天才戦術家といったところかしらぁ?ゴブリン達に穴を掘るよう命じた時は何をするつもりかと思ったけれど」
村を望む丘の上で、傭兵とゴブリン達が激突せんとしている様を見る者達が居た。一人は銀髪の、二角帽子が特徴的な女。そしてもう一人は、人では無かった。顔立ちこそゴブリンに似ているが、その体躯は大きく、絢爛なマントと王笏が主張する。その姿はまさしく王族といった様相。
「勿論です。ゴブリンクイーン様。民家の床下に穴を掘り、それらを繋げました。これによりこのように奇襲が可能となります。…本来なら、王国軍に使う予定だったのですが」
「構わないわぁ。所詮は実験、ゴブリン達に戦術が何たるかを教えられればそれで良いのよ。本当、良い拾い物だわぁ、貴方」
「…光栄です」
ゴブリンクイーンにそう言われ、戦術家と呼ばれた女は内心で臍を嚙む。本来は討伐隊を追い返した段階で王国軍が来るはずだったのだ。しかし、王国が次に遣わしたのはたった三人の傭兵。ヘレナは王国に僅かに失望する。何故、軍隊で来ないのかと。たった三人でどうにかできると、そう考えているのか。
本来ならば、ここで王国軍と事を構えるはずだったのだ。そうなれば、ゴブリン達を欺き、王国に保護を求められたのに。あの時、ゴブリンに捕まってしまった間抜けな自分に憤りを感じる。
ヘレナは捕らえられ、ゴブリンクイーンによって催眠術をかけられた。ゴブリンクイーンの狙いはどうやら、ゴブリンを組織化し、軍隊として機能させること。その指南役として己は利用されている。
しかし、その催眠術はいまや解け。こうして、ゴブリン達の目を欺きながら抜け出す機会を伺っている。何たる無様か。
「勿論、これだけじゃないわよねぇ?」
「…勿論でございます。編成確認!隊列を乱さず前進しろ!」
「タイレツ!タイレツ!」
ヘレナの指令の元、訓練されたゴブリン達がそれぞれに武器を持ち、前進する。たった三人を相手に、明らかな過剰戦力であった。一体一体がたとえ貧弱でも、ゴブリンとは数こそが最大の武器なのだ。そこに戦術が加われば、文字通りの軍隊。止められるはずがない。
――適当にぶつかって、撤退してもらうしかないか…
ヘレナはゴブリンクイーンに気づかれないよう包囲網に穴を作った。彼らがそれに気づいてくれれば、それで良いのだが。
しかし、彼らは退くどころか武器を構えて前進する。ゴブリンだと侮っているのか。
「死んでしまうぞ…」
しかし、もはや下した指令を撤回することは出来ない。何か策を練らねばと、そう思っていたのだが。
凄まじい爆発音が、村の方から響いた。
「何かしらぁ?」
勝ちを確信していたゴブリンクイーンが村を見遣る。それに、思考を沈めていたヘレナも続いた。
視線の先では、傭兵を包囲していたゴブリン。その一部が吹き飛ばされていた。下手人は傭兵の一人。竜に跨り、砲を構える銀髪の女。
竜砲騎兵。それは、騎兵による機動力と砲兵による面制圧の両方を力技で両立させた兵種。馬上で大砲など放とうものならば、馬の脚が耐えられるはずもなく、馬ごと自身が反動で転倒してしまう等自明の理。しかし、竜ならばその強靭な脚が、砲撃の反動を容易く受け止める。その上、馬よりも強靭で、並の攻撃では揺るぎもしない。
強靭な防御力と機動力。そして砲による火力と面制圧力を実現したのが竜砲騎兵である。しかし、その強力さと引き換えに騎竜の扱いにくさと育成、そして維持にかかるコストから部隊として運用できる国など殆どありはしないのだが。
「あぁ…また弾薬費が…!ですが、ここで出し惜しみしては明日に繋がりませんの…!やってやりますわぁー!」
そう言って、ゴブリン達を押しのけながら遠慮なく砲弾を放つイーファ。次々とゴブリン達が吹き飛び、散らされていく。
「何なのかしら、あれは。どうにかなさい」
「承知しました。ゴブリンライダー部隊、前へ!目標はあの竜砲騎兵だ。火力と機動力に目を取られるな。こちらも動き回れば砲弾などそうは当たらない。攪乱し、弾切れを狙え!」
そう言うと、オオカミに跨ったゴブリンライダー達が前へ出る。イーファに向かって、フレイルを振るわんと肉薄する。それに気づいたイーファが砲弾を向けるも、絶えず動き、撹乱に徹するゴブリンライダーに狙いが定まらずにいた。しかし――
「――正義の雷光、その身に受けるといい!」
雷光の剣士が、その剣を振るいゴブリンライダーを切り裂く。雷の斬撃を浴びたゴブリン達が次々と倒れていく。
その剣士の動きはまさに神速。機動力を武器にしたゴブリンライダーに並び立ち、その剣を振るう。そして、オオカミを踏み台にまるで舞のように飛び跳ねては次々とゴブリンに雷の斬撃を浴びせかける。
「さぁ、ボクこそが雷光の煌めき、タラニアだ!」
そう決め台詞と共に複数のゴブリンに雷の斬撃を浴びせかけ、降り立つ。久しぶりに決まったと、その表情は満足そうだった。
「また変なのに邪魔されているじゃない…!天才戦術家の肩書はお飾りなのかしらぁ…!」
「…申し訳ありません。では次は…」
「――クイーン様」
怒れるクイーンに、ヘレナは内心で胸がすくような思いだった。想定外の傭兵達の活躍に、あるいは。そう思っていたところでクイーンへと声がかかる。
それは、ゴブリンの中でも異質な存在だった。体躯こそ他のゴブリンと変わらない。しかし、その顔はガスマスクに覆われ、白衣を身に纏っていた。
「あらぁ、博士。どうしたのかしら?」
「騎獣戦車の準備が整いましタ。いつでも出撃可能デス」
他のゴブリンよりも、流暢に会話するそれはゴブリン博士と呼ばれる存在。数々の武器を開発し、ゴブリンの危険度を跳ね上げた張本人。あるいは、ゴブリンクイーンよりも遥かに危険な存在であった。
「いいわぁ。やっておしまいなさい。いつまでもやられっぱなしというのは業腹だものね」
「ハッ!…おい女、爆弾部隊を出セ。何故出し惜しみをしていル」
「承知いたしました。…爆弾部隊、突撃せよ!」
爆弾の詰まった籠を背負ったゴブリン達が突撃する。彼らの役割は爆弾の投擲と、その身を賭した捨て身の爆撃。数こそが最大の武器であるゴブリンを、同族をこの上なく有効活用する博士にヘレナは嫌悪を抱く。
しかし、ゴブリンの爆弾部隊がその役目を果たすことは無かった。突撃を果たす中。地を這う赤い雷撃が彼らを襲う。全身を雷に焼かれ、籠に引火。爆発する。
「何が起きタ?」
視線の先、爆炎の向こうから鎧の騎士が現れる。片手に聖印を握り、もう片方の手に大斧を担ぐ偉丈夫。その男は、迫りくるゴブリンを見遣ると片足を上げて咆哮する。戦場を響き渡る鬨の声が、一瞬にしてその戦場の中心を塗り替えた。そして、振り上げた足を力強く踏みしめる。轟音と共に大地に衝撃波が走り、地上のゴブリン達を吹き飛ばす。
「なんだ…あれは」
ヘレナをして、それはあまりにも異常な光景だった。ただ踏みしめただけでゴブリンが吹き飛ぶなど、あり得ない。本当に人間なのかと。
そして、ゆっくりと顔を上げたその男はまっすぐにこちらへと視線を向けていた。
ヘレナは確信する。たった三人の傭兵だなどと、勘違いも甚だしい。王国は、本気でこちらを潰しに来ていたのだ。
「ヘレナ、全軍を突撃させなさい。博士、騎獣戦車もすぐに出撃。私達は撤退よ。あれは、今の私達でどうこうできる手合いではないわぁ。たまに居るのよね。ああいうの」
「よろしいのデ?折角の騎獣戦車を…」
「出し惜しみは駄目よぉ?それに、貴方さえいればもっと強力で美しい兵器が作れるでしょう?期待しているわ」
「おぉ…!クイーン様…!どこまデモ、ついていきます…!」
ゴブリンクイーンが冷静に二人へと指示をする。ゴブリン達の頂点。その力と観察眼は本物であった。故に、今回の作戦は失敗。しかし得られるものは確かにあった。そうゴブリンクイーンは判断する。ゴブリンという種族は、まだまだ伸びしろがあると。
「さて、私達は撤退するけど、無能な指揮官には罰が必要よね?」
「…はっ」
「そうねぇ…手が汚れるのも嫌だから、自害なさい」
「――かしこまりました」
そう言い、ヘレナは自身に刃を突き立てる。急所を外し、しかしクイーンたちを欺くために生半可な傷ではない。服を血で濡らしながら、地面に倒れ伏した。
それを満足げに見遣り去っていくゴブリンクイーン達を横目に、ひと先ずの山場を越えたと静かに息をつく。後は地響きを立てながらゴブリン達を圧殺している王国の死神に引導を渡されないよう祈りを捧げるのだった。
無数のゴブリン達を大斧で蹴散らしながら、褪せ人はただ前へと前進する。丘の上、恐らくは指揮官だろう者達を認識し、それらを討つべく歩みを進めていた。しかし、いかんせんゴブリンの数が多い。特に爆弾を抱えて突撃してくる者が厄介だった。埒があかない。
褪せ人が祈祷を発動する。それは、古竜の赤い雷、その雷を薙刀へと成し一閃する。周囲のゴブリンがその赤い刃に斬り裂かれ、地を這う雷に焼かれる。
「あの方、噂には聞いていましたけど凄まじい強さですわね」
「だから、ボクより、雷で、目立つな!良いなぁあの赤い雷。ボクも使えたりしないだろうか」
その苛烈な前進を背後から見ていた二人が、口々に言う。王国の王子、その男が飼いならす猟犬。ひとたび動き出せば敵の喉元に食らいつくまで止まることのないそれは、お人好し揃いの王国にあってどこまでも異質な存在として尊敬と畏怖を一身に集めていた。イーファは、その噂が本当であると戦慄する。
ちなみに王子がその評を聞いたとき、「飼いならせてるように見えてるの?無理に決まってんじゃん」といつになく疲れた調子で呟いていたのはアンナだけが知っていた。
なおも前進を続ける褪せ人の前に、頭上より影が降りる。それを視認する。その視線の先に居たのは巨大なイノシシであった。
騎獣戦車。魔界ボアと称される魔界産のイノシシを調教し、騎獣として運用したもの。その巨大なイノシシの背には、ゴブリン達が乗っていた。
恐らくはゴブリン達の切り札であろうそれを前に、褪せ人が武器を構える。それと同時に、騎獣戦車は突進してきた。まっすぐにこちらを轢き潰さんと迫る質量の塊を横にローリングすることで避ける。しかし、その先を狙いすましたかのようにゴブリン達の爆弾が降り注いだ。
「…!」
「褪せ人くん!?」
思わずといったように声を上げるタラニア。問題は無い。爆弾そのものの威力はたかが知れていた。問題は、イノシシ本体。あれにぶつかられては流石に甚大なダメージは避けられない。
ゆっくりとこちらに振り向く魔界ボアの側面を、砲弾の爆発が殴りつける。突然の爆発に魔界ボアが悶え、数体のゴブリンが振り落とされる。
「もう弾もお金もほとんどありませんわ…!早く倒れてくださいませ!」
ある意味でこの上なく苦悶の声を上げるイーファが砲撃で援護する。あまり時間をかけては不憫さが加速するだけだろう。
「上のゴブリンは何とかしよう。イノシシは、任せてもいいかい?」
「問題ない」
「ふふ、やっぱり君は、頼もしいよ!」
そう言って、素早く魔界ボアに接近し、飛び乗る。暴れるボアの身体を駆けあがると、ゴブリン達に斬撃を放つ。魔界ボアの上でゴブリン達の爆弾が爆発。積んでいた残弾も含めて引火したそれは、魔界ボアの背に甚大なダメージを与える。
悶えるイノシシの、その隙を褪せ人は見逃さなかった。イノシシの背後に回るとその尻に向かって劫罰の大剣を突き立てる。そして、その逆棘を開いた。劫罰の逆棘が、魔界ボアの臓腑を決定的に傷つける。声にならない悲鳴が上がる。
「ヒィっ」
「な、なんでよりにもよって…」
背後からも悲鳴が聞こえる。何故も何も柔らかい部分を狙うならこれが最適だからなのだが。劫罰の剣を引き抜くと、魔界ボアは全身から血を流して倒れ伏す。死んだようだ。そして周囲を見遣る。先程まで居たゴブリンの首魁らしき者は見当たらない。逃がしたか。
奥まで突き立てたことで血に塗れた右手を払いながら二人の方へ歩みを進める。
「洗ってくださいまし!洗ってくださいまし!」
「うん、ボクもそう思うな。正直に言うとかなり引いてる。敵にここまで同情することがあるとは思わなかったよ」
「………」
二人からの非難の声に褪せ人は釈然としないまま近くの川へと歩いて行くのだった。
フロム主人公に狙われたイノシシの尻は死ぬ。そんな宿命。