ゴブリンの掃討を終え、褪せ人達は王城へと帰還した。
多少の想定外こそあったものの、終わってみればそう大した事は無い。いつもの魔物掃討と変わりは無かった。
「救助感謝する!正直、そこの男に踏み潰されて死ぬ事を覚悟していたが…。いや、全ては想定通り!君達はよくやってくれた!」
王城の応接室に通され、アンナが来るのを待つ間。ゴブリン掃討の折に拾った女、ヘレナが改めて謝意を示す。洗脳されていたのを自力で解いて、その上でゴブリンを欺き続けた強かさは褪せ人をして見事と言わざるを得ないが。
「結構ギリギリでしたわよね…」
「褪せ人くんが川に洗いに行かなければ見つかったかどうかも怪しいし…」
「ええい、うるさい!想定通りと言えば想定通りなのだ!」
綱渡りな策を何とか成功させたヘレナが二人の揶揄に憤慨する。まぁその辺りはどうでもいい。アンナが来れば諸々含めて聞き出せば良いだろう。
「お待たせしました。では、早速報告を済ませましょうか」
そうこうしている内にアンナが部屋に入ってくる。そして、依頼を完遂したことを報告する。
「…はい、分かりました。色々と新たな問題は発生したようですが、依頼は問題なく完了ということで、報酬についてはこの後お支払いいたします」
報告を最後まで聞き、報告書を書き終えたアンナが口を開く。ゴブリンクイーンや博士など、厄介な問題こそ増えたが、依頼は問題なく完遂と判断されたようだ。
「今回の目的はあくまで該当区域内のゴブリンの掃討。イレギュラーは契約外ですから」
この辺りの厳密な対応は好感が持てる。難癖のつけようなどいくらでもあるだろうに。
「では、私は王子に報告をしてきます。ヘレナさんは私についてきてください」
「ああ、よろしく頼む」
そう言って、アンナとヘレナは部屋を後にする。ひと先ずはやることを終えた褪せ人達もまた、応接室を後にする。
「褪せ人くん、下町の食堂に行かないかい?新しいメニューが増えたって聞いたんだ」
「それ、私もご一緒しても?」
「勿論さ。でも、貴族のご令嬢に大衆食堂は合わないんじゃないかい?」
「食べ物に貴賤はありませんわ。というか、私にしてみれば食堂の料理というだけで王宮のご馳走みたいなものですわ…!」
「そういえばそうだったね…」
一仕事終えたタラニアに食事に誘われる。イーファも乗り気なようだった。別段、この後の予定もない。断る理由もない。褪せ人達は食堂を目指し、街へ繰り出すのだった。
「探したぞ。お前、何故こんな所にいる」
ゴブリン掃討の件の翌日、褪せ人は王都の外れ、森の中で武具の手入れを行っていた。
そんな中で、現れたのは見覚えのあるデーモンの姿。大悪魔召喚士、ラピスであった。
「それを聞きたいのは此方の方だろう。何故、ここに居る」
「私が連れてきたのよ」
ラピスの背後からアブグルントが現れる。魔界への用事とは、この事か。しかし、この悪魔が王国に来た理由が分からない。侵略という事もないだろう。
「当たり前だ。私は王国に力を貸しに来てやったのだからな」
心なしか胸を張ってそう主張するラピスに、ふと褪せ人は疑問に思ったことを投げかける。
「あの帝国の神官はどうした」
「……お前には関係ないだろう」
途端に不機嫌そうな顔をするラピス。これ以上話すつもりはないと態度で示す彼女からアブグルントへ視線を向ける。
「ルチア達は帝国へ戻ったわ。まぁ、誤解が解けてしまえばそうなるのも自明の理かしらね」
「ならば、何故そこの悪魔は帝国へついて行かない」
魔界でのルチアに対するラピスの過保護ともいえる態度は記憶に新しい。物質界に出てきたのもルチアが理由だろう。ならば、帝国に行った方が都合が良いはず。
そんな疑問に、やはり答えるのはアブグルント。楽し気に口を歪めながらラピスの気持ちを代弁する。
「帝国に戻りたいという彼女を気前よく送り出した手前、自分がついていく訳にはいかないわよね?でも、それはそれとして彼女との縁は切りたくない。なら、帝国と仲の良い王国に行けば、外交の折に会いに行けると、そう思ったのよね?」
「うるさい。そんなんじゃない。泣かすぞ性悪」
図星だったのだろう。ラピスは不機嫌さを隠しもせずアブグルントを睨みつける。当然、この性悪デーモンは微笑みを崩さない。
「まぁいい。王国に話は通っているのか?」
突然デーモンが王国を闊歩するのは少々不味いのではないか。そう思い口を開く。
「これからだ。その前に、お前に聞きたいことがある」
そう言って、一枚の紙切れが手渡される。最近になって漸く文字が読めるようになった。ひとえにイリスのおかげだろう。内容を検める。人相書きに、身体的特徴が記載されたそれ。その下に大きく金額が書かれている。つまりこれは――
「――手配書か」
「ここに来る途中に襲ってきた変な奴らが持っていた」
「そうか。どこぞで恨みを買ったやつがいたという事だろう。そんな事――」
「これを見ても同じことが言えるのか?」
知ったことではない。そう続けようとしたところをラピスが新たな手配書を見せつける。
そこに書かれた特徴、何よりその人相書きにある目が隠れるほどに伸びた前髪の男にはひどく見覚えがあった。
「これ、この国の王子だろう?」
「そうだな…」
果たしてそこに書かれていたのは王子だった。これがいたずらでもない限り、この男には懸賞金がかかっているという事になる。一国の主にここまで喧嘩を売るような相手、そんな命知らずが居るものだろうか。
「お前のもあるぞ」
そう言われ、新たな手配書が渡される。何故、情報を小出しにするのか。そう思ったが、特にこのデーモンに悪気は無いようだ。あまり驚いていない様子に不満を抱いてはいたが。
「…私のは別に良い。とはいえ、王国には一報入れるべきか」
「自分のは良いのか?」
「手配書に関わらず、出会い頭に殺しにかかられるのは慣れている」
「魔界より魔界してるわね、一体どんなところなのか気になってきたわ」
祝福なき褪せ人など、目があえばそれだけで殺害対象だ。被差別民であるしろがね人達であっても例外ではないのだから、あの地における褪せ人という存在に人権などありはしないのだろう。手配書があろうがなかろうが左程関係ない。今更の話だった。
「王城へ行く」
「私達も行くわ。貴方が居ないと、王城に入れなくて困っていたの」
見知らぬデーモンが王城へ行くなど不可能だった。そう言う事は早く言えと言いたくなったが、ひと先ずは抑え、王城へと歩みを進めるのであった。
「丁度良いところに来てくれた。お前を呼ぼうと思っていたんだ」
王城に向かうなり、すぐさま執務室へと通される。向こうも此方を呼ぼうとしていたらしい。
王子とアンナ、そこにモーティマと、見知らぬ少女が居た。金髪に、猫の耳のような形状のフードを被った女。
「要件は?」
「俺とお前の首に懸賞金がかかっている」
どうやら同じ要件らしい。ラピスから受け取った手配書を見せる。
「此方も同じ要件だ」
「どれどれ…うぉぉお!?すげぇ額だぜ。これならガキの代どころかそのガキの代まで遊んで暮らせるってもんだ…グヘヘ」
モーティマが見せられた手配書の額に驚嘆し、皮算用を始める。王子の首というだけあって相当な額ではあった。とはいえ、その額が国一つを相手に命を懸けるだけの価値があるかどうかは甚だ疑問だが。
褪せ人の額も、流石に王子とは比べるべくもないが、それなりの金額が掛けられていた。個人としては相当なもの。あるいはただの雇われでしかない此方の方が手頃かもしれない。
よだれを垂らし、ありもしない未来を夢想するモーティマに声を掛ける。
「やるか?」
「…やらねぇよ!?ちょっと額が額だったから夢見ちまっただけだ!」
意識が引き戻され、慌てて否定するモーティマ。そもそも、何故この男がここに居るのか。
「王国内で山賊に襲われたんだ。まぁ無いとは思ったんだが、一応山賊頭に確認をな?」
「はっ!俺は命じちゃいねぇよ。ただ、闇ギルドの連中が好き勝手しているらしい」
「闇ギルドとは何だ」
「あぁ?…ってお前が知らねぇのは無理ねぇか。そこの世間知らずの政務官様と違ってな」
「何ですって!?」
いきり立つ政務官を王子が宥めながら、モーティマの説明を聞く。
曰く、元々は盗賊や山賊といった裏稼業の者達が情報交換の場として利用するために設けられた組織。また、それらには必要以上にやり過ぎて表の人間達に潰されないよう制御するという役目もあったのだという。
しかし、魔物の復活によって裏稼業どころでは無くなったために組織は事実上機能を停止していた、そのはずだったのだが。
「最近になって、上納金の釣り上げが始まったらしくてな。それで追い詰められていたらしい」
本来、管理すべき組織が逆に山賊達の暴走を招いていると、そう言う事だった。しかし、それだけではこの手配書の件は繋がらない。山賊の暴走と懸賞金が掛けられていることは別なのではないか。
黙ったまま此方に厳しい目を向けるフードの女に意識を向ける。
「…ッ!あんたが、王国の…」
此方に視線が向いたのに気づいたのだろう。肩を大きく揺らし、そして先程以上に警戒される。
「この女は?」
「ああ、その手配書の情報提供者だ。闇ギルドから抜けてきたらしい」
「…セブンだ」
言葉少なに、そう返される。随分と警戒されているのだが、果たして何かやっただろうか。
「鎧着て威圧感出してるからそうなるんだ。そろそろ武装解除して王城に入るってのを覚えたらどうだ?」
「落ち着かん。それに、一度だけ兜を外して入城しようとしたら衛兵に捕まった」
「それは…いえ、それも褪せ人様が悪い気がしますね…」
アンナが思わずといったように口を開く。要するにこの男、常日頃から兜を外さないが故に殆ど誰にも顔を覚えられていないのだ。眠る時すら外していないというのだから相当なもの。衛兵たちは専らその兜と歩き方で何とか判別しようと日々研鑽を積み重ねていた。
「まぁいい。その手配書は闇ギルドから出ていると?」
「ああ、今の闇ギルドにとっちゃ魔物に抵抗してる国自体が目障りなんだ。だから、こうして主要な人間に懸賞金を掛けている」
「人間同士でやり合っている暇なんてねぇってのによ。暇な奴らだぜ」
モーティマの言う通りだろう。今はそんなことにかかずらっている暇は無いというのに。ならば、やることは一つだった。セブンに向き直り、褪せ人が口を開く。
「案内しろ」
「えっ…もしかして今から行くつもりかよ!?」
「無論。こんなつまらないことで足を止めている暇はない」
戸惑うセブンに、しかし褪せ人は案内するように求める。己だけなら無視すればいいだけの事ではあるが、王子もとなると話が違う。この男の動きが制限されるのは、あまり好ましい状況ではない。すぐにでも組織を潰し、懸賞金を取り下げる必要がある。
「絶対にこうなると思った。駄目だ、許可しない」
「私は王国に所属していない。どう動こうが勝手だろう」
「そこも、織り込み済みだ。アンナ」
「はい、褪せ人様に依頼をします。内容は王国の王子、その護衛です」
王子が己を止めるのは承知していた。だが、王国に帰属しない唯の雇われがそれを聞く必要もないだろう。王子はそれもまた想定通りであるかのようにアンナから褪せ人へ護衛の依頼をする。
「わざわざ私が受けるとでも?護衛するよりも、潰しに行った方が早い」
依頼で縛れるのはそこに利があると判断すればこそだ。護衛などという消極的な依頼、受けようなどとは思わなかった。しかし、それでも王子は不敵な笑みを浮かべると、口を開いた。
「ああ、だから――潰すなら一緒に行こう」
王子達、そして新たに加わったデーモン達も暇つぶしでついて来た。大人数で向かうと闇ギルドに気づかれて逃げられるという意見を採用し、少人数で向かう。
それらを先導し、闇ギルドへの案内をするセブンは、内心の苛立ちを隠せずにいた。
闇ギルドから抜けただなどと真っ赤なウソである。とはいえ、抜けたいというのは本心ではあるのだが。
前ギルド長が殺害され、闇ギルドという組織は以前のはみ出し者たちの相互援助の組織から、全く異なった様相を呈していた。殺し、人身売買、違法薬物の取り扱いなど、枚挙に暇がない。
セブンもそのあまりに悪辣な組織のやり方についていけず、ついに足抜けを決意。組織の幹部に足抜けを願い出た。しかし、足抜けの条件として掲示された金額はあまりにも莫大。普通に稼いでいては到底払えるようなものでは無かった。そこで、組織の幹部より、とある仕事を斡旋された。それが、王子の捕縛。
セブンにとって、これは一つの大きな賭けであった。この仕事が成功すれば、組織から足抜けし、自由の身になれる。そう考えていたのだが。
先導する中で、王子の隣に立つ鎧の偉丈夫を盗み見る。あの男については、組織からも要注意人物として度々名前が挙がっていた。名前というには少々違和感があるが。
褪せ人。王国で活動する傭兵。実質的に王国が囲い込んでいる形で依頼を粛々とこなす戦士。
実のところ、闇の組織が裏で魔物を幾度かけしかけていたのだが、結果としてはその戦力の全容を図ることは出来ていなかった。
故に、白の国の皇帝、王国の王子など、魔物と敵対する国の指導者と並んで、個人の傭兵に懸賞金が掛けられているのが、その戦闘力に対する警戒が強く表れていた。
本来は、褪せ人への対処など考慮していなかった。褪せ人が依頼を受けている間に、王子へ接触。何とかして連れ出して後は囲んで叩く。盗賊セブンの完璧な作戦であったのだ。
しかし、褪せ人が予想以上のスピードで依頼を解決し、合流。一人で己を連れて出ていこうとした時は心底焦ったものだ。
「まだかかるのか」
「も、もう少しだよっ!焦るなって!」
とはいえ、王子はこうして連れ出すことに成功しているし、元々それなりの手勢が連れて出ていくことは想定されていたのだ。ならば、たった一人、闇ギルドが警戒しているとはいえただの個人。気にすることは無い。手筈通りに、刺客を差し向ける。
「居たぜ、情報通りだ」
密かに流した情報に釣られた者達が現れる。莫大な金、それが手に入ると目が眩んだものは決して少なくはない。王子達を取り囲むようにしてそれらは現れた。
「ん?あれは…」
「悪く思うなよ…!王子さえ捕まえれば一生、いやそれどころか孫の代まで薬草に困ることはねぇ!お前ら、やっちまうぞ!」
「その金でヒーラー雇いなよ…」
並々ならぬ覚悟で王子達の前に現れたのは冒険者一行。薬草を買う金を手に入れられるならば手段を選ぶつもりはないと、そう言っていた。ごく一部、真っ当にヒーラーを雇えという意見もあったが金で雇えるならとうの昔に仲間にしている。己たちはヒーラーには恵まれない。そういう星の下に生まれてきたのだ。
そして、王子を捕まえんと、躍りかかろうとしたところで、その隣にいる鎧の偉丈夫に気が付く。その姿は冒険者には記憶に新しい。
「げぇっ!お前は迷宮の!」
「………」
「クソッ!鎧の男が怖くて冒険者やってられるか!薬草は持ったか!?行くぞォ!」
「一応言っとくが、殺すなよ?」
「…分かっている」
どうにも動機がしまらない。闘争の空気でもなかった。しかし、薬草のため、歩みを止めないその姿勢は好感が持てるものではあるのだが。褪せ人はグレートメイスを手に持つと丁寧に冒険者達を殴りつけ昏倒させるのだった。
チェインソン男、どこかで出したいですね…。
流石に無理かな…。