「君は、先の戦いで君の世界において竜の王と称される者の似姿を借りていたね。君は、彼の竜王を、ひいては古竜を信仰しているのかな?」
否、既に殺し尽くした。
いずれも人々が畏怖を抱き、縋るのも理解できる程の力の持ち主であったが、己は殺した相手を信仰するような酔狂な人間ではない。
「では、黄金樹、君は彼の地で象徴として君臨するそれを信仰しているのかな?」
否、既に燃やした。
黄金律こそを是とした己は、しかし王たるを拒絶し続けた女王の意思、それを単なる障害物としてしか見ていなかった。
「では、腐敗の女神、あるいは狂い火は?」
「論外だ」
話にもならない。殺すことはあっても、信仰の対象になどなり得るはずもない。
「成程、つまり君はそれらの信仰対象に縋らず、しかしそれらに由来する力を行使する事が出来る。興味深いね。君の持つその力はこの世界で言う信仰とは違い、どちらかといえば此方の世界で言う魔術的だ。実際、君に借り受けた幾つかの祈祷書は、どちらかといえば学術書としての側面が強いように思える」
トリシャが褪せ人の話を聞き、黄金律原論の表紙を撫でながら、そう結論付ける。褪せ人にしてみれば使えるのならば、どうでもよい事だった。祈祷など、所詮は道具。忌み嫌う狂い火であろうと、己は使う事を躊躇う事はないだろう。
「それこそが信仰と矛盾しているような気がするね。この世界では、神に祈りを捧げ、その恩寵を賜るという形で奇跡が行使される。そこに技量や才が介在しないという事もないのだが…。やはり君のそれとは全く異なる力だ」
先の闇ギルドとの一件の後、褪せ人に興味がある、というのは噓ではなかったらしい。褪せ人が異界より来た異邦人であることが分かると、その関心はさらに深まったようだった。
褪せ人の居た世界について質問すると、こうして考察し、持論を展開する。褪せ人としては、一々説明を求められる事こそ面倒ではあったが、この世界の者の視点で見る狭間の地、というのは暇つぶしに聞く分には悪くない内容であった。
「何だか、褪せ人が自分の話をするの、初めてな気がしますね」
「聞かれる事も無ければ、話したところで面白い事などありはしない」
「滅茶苦茶面白いですけど」
カゴメも、トリシャの小難しい論理こそ理解できなかったが、褪せ人の過去の頑張りが垣間見える話を聞くのは有意義であった。もう少し早く聞いておけば良かったかとすら思う。言葉少なな褪せ人の、極めて簡潔なその話の中で、しかしカゴメは一つの納得を得られた。
「褪せ人は、『頑張ってる人』であると同時に『頑張った人』なんですよね」
「何が言いたい」
一つの結論を以て満足げに頷くカゴメに、褪せ人は胡乱な目を向ける。その言葉に、カゴメは彼女なりに褪せ人という人間を評していく。
「何か凄い事を頑張って成し遂げた人って、大抵燃え尽きてそこで終わっちゃうのが殆どなんですよね。せっかく、もっと頑張れるのに勿体ないって、そう思うんです」
カゴメの言うそれは、大抵の人間にとってあまりにも酷な話であろう。大きな壁に直面し、乗り越えられる者すら少数であるにも関わらず、乗り越えて尚、新たな壁に挑む者など輪をかけて少ないだろう。
「まぁ、それが難しいってことは、もう大いに分かってます。おかげで東の国ではバチクソに嫌われてましたから」
彼女の有り様は、努力を苦としない者達にはより高みに押し上げる薬であると同時に、そうでない者にとって、劇薬に等しいのだ。多くの者が彼女を疎ましく思い、遠ざけた。それを責めることは出来ないだろう。彼女の求めるそれは、あまりに高い理想だった。
「だから、一度凄い事を成し遂げて、それでもなお頑張れる事を探す褪せ人はカッコいいと思うんです」
随分な評価ではあったが、正直なところ怪しいものだった。あのまま、狭間の地に居た己は恐らく、そのまま朽ちていただろうから。結局の所、燃え尽きる直前に、たまたま幸運にも火を灯されただけで、実際のところ、有象無象と大差ないだろう。
「分かってませんねー」
笑みを浮かべてそんなことを言うカゴメの中で、もはや変わらぬ確信があるのだろう。思い込みの強い娘だ。言っても聞かないだろう。むきになって否定するような事でも無かった。
「現状維持とは緩やかな衰退。緩やかな衰退とは崩壊の始まりだ」
トリシャがそのやり取りを聞き、口を挟む。彼女もまた、思う所があったのだろう。
「どんなことでも良い、やり続けていれば、この身この心が崩れ去る事を防ぐ事が出来る。私が魔術研究を続けているのは、そんな理由さ。君は、彼の地で偉業を成し遂げた後、それを失くしてしまったのだろう」
使命を失くし、行き先を失った己は確かに、崩れ落ちる手前だったのだろう。そして今、新たな使命を得て、戦場を求めている。トリシャにとっての魔術研究が、己にとっての戦場にあたるのだろう。そして、今自分がこうしているのもそんな所か。
「理解して貰えて何よりだよ」
「なので、褪せ人の為に依頼を見繕ったと、そういう訳です!」
目の前で蠢く魔物達を前に、二人がそう言ってのける。帰ってくるなり、カゴメが己名義で政務官から魔物の討伐依頼を勝手に請け負っていたのだ。最初は黙って置いて行った腹いせのつもりかと疑ったものだが、違うらしい。戻ってきた己が頑張れるように、という彼女独自の気遣いのもと、それは行われていた。
「まぁ良い。いつもと変わらん」
常の如く、大槌と大盾を構え、魔物達と相対する。取るに足らない相手だ、そう目くじらを立てることもないだろう。
「はい!この後三十件ほど依頼を請けているので巻きでいきましょう!」
「待て」
聞いていない。流石に三十件も勝手に請け負われているのはどういうことだ。王国の法は一体どうなっている。
「安心してください!政務官さまに『溜まっている依頼を今日中に全部終わらせてやる』って言ってたとお伝えしておきましたので!」
東の国で、この妖怪が疎まれていた理由が少し分かった。目を離すべきではなかったのだろう。政務官が己とこの妖怪をどういう関係だと思っているのかも問い質しておくべきか。
「まぁ良い、今日中に終わらせる。人を待たせているのだ」
「はい、勿論お手伝いしますよっ!一緒に、無限に頑張りましょう!」
「そうやって『まぁ良い』で甘やかすのが原因じゃないかな。とはいえ、私にとっても都合が良い。祈祷を多めに使って欲しいな。やはり実際に目にしないとね」
好き勝手に言う二人を連れ、褪せ人は魔物の群れの中に飛び込んでいくのであった。
「遅かったじゃないか…」
「少し手こずった。とはいえ、我ながら上出来だろう」
その日の夜、王子との待ち合わせに少し遅れて褪せ人は王都の酒場を訪れた。
「お前が手こずるなんて珍しいじゃないか。一体どんな化け物が出てきたんだ?」
「妖怪だ」
あの後言って聞かせたが、果たしてどの程度分かっているのか。あの満足げな顔の妖怪は、恐らくは全く分かっていないだろう。我ながらつまらない事に頭を悩ませている。
「…注文は?」
店員に聞かれ、適当な酒と料理を注文する。正直なところ、酒も料理も己には分からなかった。少なくとも、何を頼んでも狭間の地の水準を遥かに超えてくれるのはありがたいところではあるが。
「闇ギルドについては何か分かったのか」
「一応、シックスへの尋問は終わった。残念ながら全容は分からずじまいだが」
曰く、闇ギルド幹部は機密保持を目的に、それぞれが独立して活動しているらしい。他の幹部について、何をしているのか、何処に居るのか、そういった情報については得られなかった。
「分かったのは、王国内でシックスが管轄していた拠点、それと今の闇ギルドがその首領の目的を達成するために動いているという事くらいだ」
「その目的は」
「分からん。まぁ、いずれにせよ、碌な目的ではないだろう」
とはいえ、王国内の犯罪拠点を潰せたのは大きな一歩だろう。褪せ人としても、余計な事に意識を割くのは出来る限り少ない方が良かった。
「また、次を潰せばいい」
「頼もしい限りだな。…仕事の話は終わりにしよう。せっかくの貴重な時間だ、以前のように、お前の事が知りたいしな」
酒と料理が来たところで、王子が仕事の話題を切り上げる。この男も相応に多忙な身だ。貴重な時間というのも嘘ではないだろう。
「その貴重な時間を私に使う事もないだろう。お前はもっと構ってやる必要のある者達が居るはずだが」
英雄色を好むという言葉がこの世界にはあるらしい。目の前の男はその極地だろう。女性関係の実績だけなら既に英雄譚に残ってもおかしくはない。確定事項だろう。
褪せ人をしてあれだけの女性を侍らせてこんな時間を作れているのが不思議でならない。ファルムアズラだろうか。
「お前に使う時間を俺は惜しいと思った事は無い。それに、最近は他人の事を言えなくなっていないか?」
褪せ人を中心に、起爆剤達とほんの少しの良心回路を搭載したあの一行。あれらに囲まれてよくもまぁ色んな意味でぶれないものだと王子は思う。
「勝手に集まって好き勝手言っているだけだ」
「あの有様をそれで片付けるのは流石といった所か…」
恋人なんかが出来ればこの男も大人しくなるのだろうか。そう考えてこの男がそんなものを作るはずもないかと思い直す。周りも、脇目を振らず前進し続ける様に惹かれたのだろう。難儀なものだが、分からなくもないと、王子も思う。
「なぁ、そろそろ傭兵を辞めて王国に来る気になったか?今ならVIP待遇だぞ?」
「断る。王国が、という訳ではない。組織に所属するという事そのものが私の性に合わん」
「駄目か。そろそろいけるかと思ったんだけどな…」
口でそんな事を言いながら、分かってはいたのだろう。それほど残念そうには見えなかった。何だかんだで、王国を離れていないことも理由だろうか。
「ま、良いさ。じゃあお前の世界について教えてくれよ。お前が成したことを、その英雄譚を聞かせてもらいたいね」
「英雄譚などと、大それたものではない。求められ、ただ戦った、それだけの話だ」
「それが聞きたいのさ」
酒のおかげか、珍しく饒舌な褪せ人に英雄譚をせがむ。
昔から、偉大な英雄達の、その輝かしい英雄譚が好きだった。幼少のころから英雄王は当然のこと、彼と志を同じくした英傑達、果ては白の帝国の初代騎士団長まで。彼ら彼女らの英雄譚を記された書物を読み漁ってはその生き様に憧れた。今や自身も英雄と呼ばれるようにこそなったが、果たして彼らに届いているだろうか。
本人を前に決して口にはしないが、目の前の男も、間違いなく憧れる英雄そのものだった。憧れているなど、一度口にしてしまえば、並び立てなくなるような気がした。
「…たまには、過去を語るのも良いか」
「あぁ、なるべく情緒たっぷりに頼むよ。いつものお前だと簡潔過ぎて分からんからな」
「無茶を言う」
きっとこの男の語る物語は長くなるだろう。今日一日では終わらないはずだ。今度はモーティマやジェロームも誘おうか。そんなことを考えながら、褪せ人が静かに語り始めるのをまるで子供のように王子は聞くのだった。
翌日、褪せ人はトレントにカゴメを乗せ、王都より外れ、西の森深くを駆けていた。
「今日はどこへ行くんですか?」
カゴメがいつもの調子でこちらに尋ねる。
「リビングアーマーの出現が確認された。討伐に向かう所だ」
「成程、リビングアーマーっていうと暗黒騎士団長みたいなのですね!」
そういえば、この妖怪は元々洗脳されていたのだったか。暗黒騎士団には多少思う所があるのだろう。
「思う所、というかあの人達も頑張ってる人達でしたからね。悪いやつでしたけど、嫌いではないですね」
らしいといえばらしい回答ではあった。とはいえ、彼らは既に滅びた。故に、今回は特に関係ないリビングアーマーであるはずだが。
目撃報告のある場所まで辿り着く。周囲を見渡し、それらしい気配を探る。静かな森の中、鎧の擦れる、金属音が響いていた。恐らく目的のリビングアーマーだろう。討伐すべく、トレントを向かわせる。
「ええい、分からんやつめ!わざわざ我輩が出迎えに来てやったというのに!」
「お断りします。私は、貴方達の言いなりになんてなるつもりはありません!」
近づくにつれ、男女の声が聞こえてくる。どうやら女とリビングアーマーが揉めているようであった。
気付かれる前に、トレントから降り茂みに身を隠す。内容を聞いてみるべきだろう。破壊するのは、その後でもいい。
「褪せ人?ぶっ倒さないので…わぷっ」
特に説明もなく降りたのを疑問に思ったのだろう。カゴメが口を開こうとしたところを手で塞ぐ。通常のリビングアーマーが複数と、黒いリビングアーマーが一体。ただのリビングアーマーでは無さそうだ。どこか暗黒騎士団長を思わせる黒い鎧。薄笑いを浮かべたような兜が特徴だろうか。あるいは、何らかの情報を得られるかも知れない。
「貴様の持つ闇の力、我輩が有効活用してやろうというのだ!」
「その力を使って、世界を無茶苦茶にするつもりでしょう!?そんな事、死んでも許しません!」
服装からして、ヒーラーだろうか。女の持つ力を目当てにあのリビングアーマーは言い寄っているようだった。
「無茶苦茶にだと…?そんなつまらん事をするつもりはない!我輩には力が必要なのだ!より強く、より深い闇の力が!」
いよいよ我慢ならなくなったのだろう。いきりたった黒いリビングアーマーが女を無理やりに連れて行こうとその腕を掴む。そろそろ頃合いだろうか。褪せ人が立ち上がり、武器を構える。
「団長!何者かが、そこに!」
「何ぃ…?何者だ!」
褪せ人を見つけたリビングアーマーが声を上げる。このまま武器を振るうのもやぶさかではないが、気になる事があった。
「団長だと?」
リビングアーマーの集団、団長という存在。思い浮かぶのは、一つだった。
「ふっ、いかにも。我輩こそが新生暗黒騎士団長、デシウスだ」
誇らしげに胸を反らして言い放つリビングアーマー。暗黒騎士団、蘇ったのか。
「えっ、貴方が団長さんですか?」
前任者に比べ、どこか小物じみた雰囲気に疑問を持ったのだろう。カゴメが疑いの目を向ける。
「何だ、その疑いの眼差しは!良いだろう、この我輩の力、思い知らせてくれる!」
前任者の大剣とは違い、節くれだった剣を構え、新生暗黒騎士団長デシウスとリビングアーマー達は褪せ人へと襲い掛かるのだった。
デシウス、良いキャラなんですよね。