今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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聖なる森

「フハハハ!行けぃ、騎士達よ!」

 

デシウスの号令に、リビングアーマー達が呼応する。

迫りくる鎧の群れに、褪せ人は祈祷で以て対応する。かつての永遠の都、そこで滅んでいった竜擬き達が行使した力を振るう。

褪せ人の手元に青い雷槍が形を成す。それを地面に突き立てると、雷槍は弾け、青い落雷を前方へと迸らせた。

本当の空も、雷も知らぬ竜人兵達の行使するその青い落雷は、冷気を伴う雷という異質な性質を持つ。その雷撃を浴びたリビングアーマー達は、雷撃による痙攣の後、全身を凍結させるという奇妙な現象を経験することとなる。

数体のリビングアーマーが倒れ、残った者も明らかに動きを鈍らせる。それらを大槌で追撃しようとして、背後から飛来するクロスボウの矢に阻まれる。辛うじて大盾で防ぐことに成功した褪せ人がその飛来した先を睨む。

 

「ヌゥッ、防ぎおったか…」

 

クロスボウの下手人はデシウスだった。最初からこれが狙いだったのだろう。悔しげに呻きながらクロスボウを再装填する。

 

「部下に突撃させて、背後から遠距離攻撃なんてズルですよ、ズル!」

 

「馬鹿め!勝てばよいのだ、勝てば!」

 

カゴメの非難に、デシウスが反論する。褪せ人としても、思う所は特にない。この程度なら、卑怯の内にも入らないだろう。とはいえ、面倒な手合いであるのは変わりない。しばらく動けないリビングアーマーを無視してデシウスへと駆ける。クロスボウが飛来するが、大盾の前にあえなく弾かれる。

 

「ぜぇい!」

 

未だ褪せ人との距離があるのにも関わらず、デシウスが節くれだった剣を振るう。振るわれた剣は、その刀身を分裂させ、まるで鞭の如く離れた褪せ人へと迫る。蛇腹剣と呼ばれる、狭間の地には存在しない武器であった。

迫る刃に、盾で受けるのは不利と判断する。横薙ぎに振るわれるそれを、ローリングと共に背を低くして躱す。通常の剣と比べ、明らかに後隙の大きいそれを前に、一息に接近すると、そのままの勢いで黒鉄の大槌を叩きつける。

 

「ぐぉおッ!?」

 

明確な隙に、確かな一撃を喰らったデシウスが呻き声と共に悶絶する。そのまま、再度大槌を振るう。過去の経験上、暗黒騎士に黒鉄の大槌の聖性は効果的なはずだ。今一度振るわれた大槌を、またももろに受け止め、デシウスが吹き飛ぶ。褪せ人がその隙を逃すはずもない。そのまま追撃を加えんと駆け寄る。

 

「ま、待ってくれぇい!」

 

しかし、容赦なく追撃を加えんとする褪せ人を前に、敵わないと判断したのだろう。情けない声と共にデシウスが飛び跳ねるようにして土下座をする。そのあまりの手のひら返しの速さに褪せ人は思わず手を止めた。その変わり身の早さは、まるで曇り川の洞窟で出会った禿頭の小悪党を思い出させた。相手の出方を伺うべく、武器は降ろさずに話を促す。

 

「わ、我輩は命令された通りにやっただけだ!それに、貴様達はまだ生きてる、ノーカウントだ、ノーカウント!」

 

「……ああ言ってますけど、どうします?」

 

カゴメに聞かれ、僅かに思案する。命令をした何者かについて聞くべきだろうか。少なくとも、このまま見逃すという選択肢はない。武器を降ろし、立つように促す。ひと先ずは王国に連れ帰るべきか。デシウスが大人しく立ち上がる。そして——

 

「ばかめっ!我輩はまだ捕まる訳にはいかんのだ!」

 

——全力の逃走を始める。

そのあまりの清々しい逃げっぷりに一瞬呆気に取られるも、逃がすつもりはない。トレントに跨り、逃げ去るデシウスを追走しようとして、デシウスが去り際に手を此方へと向ける。すると、静かに事の推移を見守っていた癒し手の女が突如として苦しみだした。

 

「フハハハハ!その娘はくれてやる!我輩はまだやる事があるのだ!」

 

そう言うと、デシウスの逃げる先に魔界の門が生成される。やはり、デーモンがバックに居る。魔界の門の中へとデシウスが逃げ去ると、すぐさま門が崩壊した。もう後を追う事は出来ないだろう。

 

「うぅ……ぐぁッ…!」

 

「褪せ人!」

 

カゴメの焦ったような呼びかけに、褪せ人も追走を諦める。確か、闇の力などと言っていたか。未知数のそれを放置するわけにもいかない。いつの間にかリビングアーマーも居なくなっていた。この癒し手の女を連れ、王国へ戻る必要があった。

 

「その女を連れ、王国へ戻る」

 

「分かりました!さぁ、頑張ってください!」

 

癒し手の女をカゴメが励ましながら、トレントへと乗せる。新生暗黒騎士団、またぞや面倒なものが現れたものだと、褪せ人は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これで大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます。王国の聖女様は、やはり凄いのですね。こんなにも身体が軽く感じるなんて」

 

王国へ戻り、苦しむ癒し手の女はイリスの奇跡によって治療を受けていた。もう問題はないだろう。顔色が良くなった女が先の出来事について語りだす。

 

「私はユーノと申します。かつて、私の中に眠る闇の神官の魂を狙い、暗黒騎士団に囚われていた事があります」

 

曰く、彼女は強大な闇の神官をその身に封じているらしい。その力を狙い、かつての暗黒騎士団に囚われ、しかし王子達によって滅ぼされた団長の不在によって騎士団が消滅した折に逃げ出したのだという。

 

「それを、またあの新しい団長さんに狙われたんですね?」

 

「はい、かつての団長もそうでしたが、デシウスもまた、力を手に入れんとするそれは鬼気迫るものがあります。下手をすると、かつての団長以上に。この力を、悪用されるわけにはいきません」

 

貪欲なまでに力を求めるデシウスを、ユーノは危険視していた。恐らく、狙われているのは自分だけではないだろう。その力で何をするつもりなのか分からないが、放置しておくわけにはいかないと、そう思っていた。

 

「止めるにしても、どこに行ったのか分からないんですよねぇ…」

 

腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込むカゴメ。現状、逃げたデシウスの行方を探るのは難しい。力のアテが他にも有るなどと言っていた。少なくとも、また何かしらの事態を引き起こすつもりだろう。ユーノを狙いにくる可能性は大いにあるが、わざわざ餌にかかるのを待つほど褪せ人も暇ではない。

 

「——居場所なら、分かるかもしれないよ」

 

八方塞がりかとそう考えていた矢先に、何者かがこちらへ語り掛ける。そちらに意識をやれば、ツインテールの、小柄な少女が目に入った。

 

「ボクの名はミーティア。デシウスとは、同じ流派を学んだ、兄妹弟子の関係さ」

 

デシウスの関係者、随分と都合のいいタイミングで現れたものだと感心する。

 

「ボクも彼の行方を捜していたからね。彼を追って王国まで来てみれば、君達からデシウスの名が聞こえて、追いかけてきたんだ」

 

「居場所が分かると、そう言ったな」

 

いずれにせよ、デシウスの居場所が分かるというのなら構わない。あの暗黒騎士を放置していては、後々の面倒になる、そう判断した故に。それに、暗黒騎士団の復活となれば、そのバックにデーモンが居る可能性もあった。

 

「うん。恐らくは、聖なる森に向かった可能性がある。あそこは死した英霊達が眠る場所。そこにはボク達の流派の師匠にしてボクの父の魂も眠っている。彼がどうするつもりかは分からないけど、恐らくはそれを狙っているはずだ」

 

聖なる森。次の狙いはそこだという。英霊の魂、その悪用の方法は幾らでもあるのだろう。

 

「ボクは、兄弟子の愚行を止めなければならない。どうか、力を貸してくれないだろうか」

 

問題ない。利害は一致している。何より、聖なる森という場所にも興味がある。王国に報告した後に、聖なる森へと向かう運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖なる森、聞いてはいたが実際に足を運ぶのは初めてだな」

 

聖なる森の入口を前にして、王子が口を開く。王国に事の次第を報告すると、自分もそこへ向かうと言い出してついてくる運びとなった。相変わらず、国のトップのフットワークが軽い。それで良いのだろうか。

 

「それが王国の良いところだからな。それに、暗黒騎士団が蘇ったのだろう?なら、俺は向かわなくてはならない」

 

かつての好敵手、それと所縁ある暗黒騎士団に思う所があるのだろう。王子としても、一目見ておきたいと、そう思っていた。

 

「デシウスは恐らくこの先に居るよ。何となく、馴染みのある邪悪な気配がする」

 

ミーティアが険しい表情でそんな事を言う。森の入口は静かで、どこか神聖な気配が立ち込めているが、分かる者には分かるらしい。生憎と、褪せ人には分からない感覚だった。

 

「待たれよ。この地に何用か」

 

森の奥から、此方へ呼びかける者がいた。馬に跨り、此方へと向かってくる女戦士。恐らくは、あれが英霊の守り手だろうか。

 

「この地は英霊達の眠る場所。みだりに立ち入ることはまかり通らぬ」

 

凛とした声で此方に警告する女の目は厳しい。あるいは、既に問題が発生していると、そんな予感がした。女の言葉に、王子が前へ出て答える。

 

「この地に魔物が襲撃に来たという話を伺った。我々もまた、英霊達の眠りを妨げることは本意ではない」

 

「貴方は…まさか王子殿下か?態々ご足労頂けるとは…」

 

王国の王子がまさか直接出向くとは思っていなかったのだろう。女戦士は馬から降りると、王子達の前まで歩み寄った。

 

「私はレシア、英霊の守り手である。お恥ずかしながら、貴方の言う通り、暗黒騎士団の襲撃に遭っている。私達の仲間が対応しているが、奴らは次々と石碑を壊しては英霊の魂を取り込んでいる。今まさに、王国に助けを乞おうとしていたところだったのだ」

 

手間が省けたと、険の取れたレシアが王子達を歓迎する。暗黒騎士団は英霊の魂を取り込むのにかなり強引に事を運んでいるようだった。急がなくてはならないだろう。

 

「ああ、女神アイギスの加護を受ける王子殿下が居るなら心強い。貴方達も相当な使い手のようだ。この先は既に暗黒騎士団と魔物達が荒らしまわっている。どうか力を貸してほしい」

 

王子が力強く頷く。英霊達の眠りを妨げるようなことが許されてはならない。レシアの案内に続いて、聖なる森へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌゥ…この魂も違う。これもまた、強力な力であるが、我輩の求めるものではない……」

 

石碑を壊し、デシウスがその魂をその手に握る。とあるデーモンより授かった吸魂の力により、デシウスは魂を奪い、その力を自由にすることが出来た。そうして手に入れた魂を部下たちに分け与え、己もまた、取り込むべき魂のありかを探す。

 

「デシウス団長!例の魂のありかを発見致しました!」

 

「何!?よくやった!この魂は貴様にくれてやる!」

 

デシウスが手に握りしめた魂を部下のリビングアーマーへと与える。英霊の魂を取り込んだリビングアーマーは、その力の強大さに興奮したように叫び出す。

 

「うおおおお!力が漲る!今なら、どのような相手でも負ける気がしません!」

 

「グフフフフ、そうだろう、そうだろう。その調子で我輩の為に強くなるのだ」

 

そうして、目的の魂のありかまで辿り着く。部下のリビングアーマー達には見えないだろう。しかし、吸魂の力を手に入れたデシウスには、在りし日のその老人の背中がはっきりと映っていた。

 

「漸く見つけましたよ、我が師よ…」

 

「……その声は、デシウスか。暗黒騎士にまで身を堕とすとはな」

 

老人が振り向く。その姿は、デシウスの知るかつての師そのもの。老いてなお、力強いそれは、魂だけになった今でも健在であった。

 

「何故、何故我輩に奥義を授けてくださらなかったのですか…」

 

「大切な者を失い、復讐に駆られたお主には奥義は諸刃よ。お前を想っての事だったが……」

 

デシウスを案じ、奥義を授けなかったという師の言葉にデシウスがいきり立つ。

 

「信じられるものか!貴方は、我輩の力を恐れていたのだ!我輩は強くならなければならない。例え、どんな手を使っても…!」

 

その言葉と共にデシウスが手を広げる。吸魂の力を、今まさに己の師へと使おうとしていた。

 

「憐れな弟子の、最後の願いか…」

 

もはや何を言ってもこの男には届かないだろう。その復讐心を押し留めることが出来なかったのもまた、師の責任であると、そう考えた。ならば、甘んじてこの責め苦は受けるべきだろう。この男を止める者が、いつか必ず現れるはずだろうから。

 

「やれい!」

 

「応!」

 

師の言葉と共にデシウスが吸魂の力を行使する。尊敬すべき偉大な師を、ただ己の力の糧とする。その事に罪悪感がないわけではない。だが、迷ってはいられないのだ。足を止めるわけにはいかないのだ。

迷えば、敗れる。それもまた、師から教わった言葉であった。

 

「デシウス!見つけたぞ、今すぐ英霊達の魂を解放しろ!」

 

背後から声が聞こえる。振り向いた先に居たのは、妹弟子と、先の戦いで出会った鎧の騎士、そして王国の王子だった。己を止めに来たのだろう。しかし、もう何もかもが遅かった。

 

「——……グフフ……フハハハッ!我輩は遂に、師と一体となった!もう誰にも我輩を止める事は出来ない!」

 

溢れ出る力に、もはや恐れるものは何もなかった。今ならば、あの騎士にも勝てる。それほどまでの全能感がこの身を包んでいた。

 

「師匠の魂を取り込んだんだね…。だけど、ただ力を手にしただけでは、星の心を解さない君では、奥義の真の力を発揮することは出来ないよ!」

 

「グフフ……何を馬鹿な事を言っている?我輩の奥義は完璧だ!貴様の父と同じ力を我輩は手に入れたのだ!」

 

この力が負けるはずはない。目の前の少女が、正当な奥義の伝承者であっても、今の己を止める事など出来るはずがない。この力を以て、己は復讐を果たすのだ。

 

「遂に人の心を捨ててしまったんだね……。いいよ、同門のボクが終わらせてあげる」

 

「要らないのだよ心なんて……!それで勝てるというのならばなぁ!」

 

その言葉と共に二人が剣を構え、ぶつかり合う。褪せ人もまた、その中に加わろうとして、王子に止められる。

 

「あれは、二人の戦いだ。俺達が相手すべきは此方だろう」

 

そう言って、リビングアーマー達を指し示す。あくまで彼らの一騎打ちを邪魔したくはないらしい。リビングアーマー達も、デシウス達の戦いに割って入ろうとした褪せ人に立ち塞がった。

 

「団長の邪魔はさせない……!」

 

リビングアーマーの一体が褪せ人へと躍りかかる。英霊の魂によって力を与えられたリビングアーマーが、かつての英霊の妙技を再現する。身体を低く沈め、褪せ人へと一歩踏み込む、そしてその勢いのまま剣を上方へと突き上げる。巨人狩り、その技によく似たそれを、褪せ人は知っていた。

突き上げられた剣を、褪せ人は紙一重で躱す。

 

「避けただと!?」

 

そのリビングアーマーの放つそれは、確かにかつての英霊の動きを再現していたのだろう。だが、それだけだ。適切な距離も、相手の隙を伺わずただ無闇に打っても意味がないのだ。ただ乱発したところで、無意味に隙を晒すだけである。そして、そんな隙を褪せ人は見逃さない。

褪せ人が姿勢を沈める。そして、リビングアーマーへと踏み込むと、手に持ったグレートソードを突き上げた。致命的な隙を晒したリビングアーマーに巨人狩りの一撃が襲い掛かる。無防備な胴体を、グレートソードの刀身が貫いた。突き上げられたグレートソードに、串刺しとなったリビングアーマーが掲げられる。それを無造作に振るい落とすと、次のリビングアーマーへと歩みを進めた。

 

「相変わらずだな。俺達も行こう。褪せ人ばかりにいい格好させてられない」

 

王子とレシア達も続く。その後は、特筆すべきことは無かった。英霊の力を手に入れ、確かに技を身に着けたのだろう。だが、所詮は付け焼刃のそれ。技に振り回され、その力を十全に振るえぬまま、リビングアーマーが砕かれる。リビングアーマーを消滅させる度、取り込まれた英霊達の魂も解放されていった。

 

「グゥ……、ハァッ……。我輩の、師の剣が敗れるだと……?」

 

そして、此方についても決着が近かった。師の剣を振るい、ミーティアと一騎討ちを臨んだデシウスは、しかしミーティアの剣技を前に膝を突く。

 

「今の君には、理解できないだろうね。君は夜空に輝く星の声を聞いたことはないでしょ?」

 

「わけのわからぬことを抜かすな!まだだ、まだ我輩は……!?」

 

立ち上がり、再び剣を構えたデシウスは、しかし何かを見つけたように固まった。その視線の先にミーティアは居ない。何事かとミーティアが訝しんでいると、突如としてデシウスが走り出した。

 

「待て、デシウス!一体どこへ行こうっていうんだ!?」

 

また逃げるつもりかと、そう思ったがどうやら違うらしい。ミーティアがデシウスを追いかける姿を見て、褪せ人達も後に続いた。

 

 

森の奥、開けた場所にデシウスは居た。その視線の先には、一際大きな石碑。そしてそれを取り囲むようにして天使が居た。

 

「天使……!?何でこんな所に」

 

王子が声を上げる。地上の人類の滅亡を掲げる神の尖兵。それがここに居るというのが、何処までも不吉な予感ばかりを感じさせた。

 

「おや、見つかってしまいましたか。ですが、一足遅かったようですね。貴方達がこの地を荒らしてくれたおかげで、随分容易く英霊達を取り込むことが出来ました」

 

天使の一人が、能面を張り付けたような顔で淡々と告げる。天使達も、デシウス同様に英霊の魂を狙っているようだった。

 

「天使めッ!一体何をするつもりか!」

 

デシウスが声を荒げる。その声音には憎悪が入り混じり、兜の奥、肉体なき闇の中で、赤い瞳だけが怒りに揺れていた。

 

「感謝します。名も知らぬ暗黒騎士よ。貴方のおかげで、神獣エインヘリヤルは力の大半を取り戻せたようです」

 

「馬鹿な……我輩が、利用されていた……?それも、天使にだと……?」

 

その言葉に、デシウスが茫然とする。よりにもよって、己のやったことが天使に利用されている。その事は、何よりもその男の心を揺さぶらせた。

 

「では、始めましょう。エインヘリヤルよ、不浄なる人間達に、滅びを与えるのです!」

 

天使の言葉に呼応するように、石碑の前に巨大な扉が現れる。そして、扉が開かれると同時に強烈な光が放たれた。

 

「ッ!いけない、王子殿下、これは——」

 

その光を見たレシアが焦ったように王子を見る。そして、何事か口を開こうとして、レシア達は光に包まれた。

 

「おのれおのれおのれぇぇぇぇ!絶対に許さんぞ!ケラ——」

 

怒り狂い、叫び始めたデシウスもまた、光に包まれる。

 

光が収まった後、レシア達とデシウスの姿はなく、残っていたのは褪せ人と王子の二人だけであった。

 

「何が起きた」

 

突然の出来事に褪せ人も警戒する。尋常の力ではない。目の前で静かに佇む天使達を前に、褪せ人は静かに武器を構えた。

 

「——神の威光。神獣が持つとされる力だ。戦士たちを、遥か遠方へと強制転移させる。俺達が残っているのは、恐らく、女神アイギス様のご加護のおかげだろう」

 

しかし、今回ばかりはその加護が裏目に働いたのだろう。たった二人を残して、目の前の神獣と天使の相手をする羽目になっている。

扉が開く。その奥から現れたのは、無数の戦士たち。

 

「あれは……」

 

王子が警戒の念を強める。現れた戦士達、そのいずれもが尋常な存在では無かった。双剣を持つ者、長槍を持つ者、弓を持つ者、斧、そして神官のような風貌の者。そのいずれもが王子を、そして褪せ人をして油断ならない存在として警鐘を鳴らしていた。そんな戦士達が、今なお続々と扉の奥から現れ続ける。

 

「——神獣エインヘリヤル。それは在りし日の英雄達の姿を蘇らせ、滅びの力として振るう者。その全てがエインヘリヤルであり、討ち滅ぼした所で蘇り続けます。今の貴方達では手に余る存在でしょう」

 

天使の言葉に、褪せ人も内心で同意する。たった二人で相手するのは到底困難な相手。しかし、撤退など、目の前の天使達が許してくれる筈も無かった。

 

「王子、王国へ戻り、討伐隊を編成しろ。時間は稼いでやる」

 

「時間を稼ぐって…いくらお前でもそんな事…」

 

この状況を前に、常の如く言い放つ褪せ人に、頼もしさを感じつつも今回ばかりは同意しかねた。いくら褪せ人でも、不死の英雄の軍勢を前に生き残る等不可能だと、王子は思った。

 

「そうだな、だが、アテはある。私は出来ない事は言わない」

 

この状況に、しかしアテはあるのだと言う褪せ人に王子は逡巡し、今までのこの男の成した事を考える。そして今、己が成すべき事は何か。それを思えば、答えは出た。

 

「……分かった。だが、忘れるな。お前が負けたとて誰も責めないんだ。全部、背負う必要なんてない。お前がどう思っていようと、お前は俺達の大切な仲間なんだ。絶対に生き残れ。逃げたって、俺達が絶対に何とかしてみせるから…!」

 

「無論、私は死ぬつもりはない。行け、お前にはお前にしか出来ない事がある。私がその道を示してやる」

 

その言葉を最後に、今度こそ王子がこの場を走り去る。それでいい。王国軍が来れば、神獣相手でも勝ちの目はあるだろう。あの男が英雄だと言うのなら、その道を整えてやるのに否やは無かった。

 

「王子を逃しましたか。しかし、時間稼ぎ等、貴方一人で出来るとでも?エインヘリヤルと我々天使を前に、無謀を通り越して愚かとしか言いようがありません」

 

事実であった。エインヘリヤルから現れた英霊。それら一体一体を相手にするのなら、勝つ事は容易。だが、複数を相手に、それも天使の援護も加わるとあっては不可能であった。

 

——だが、それは一人であったならの話だが

 

褪せ人が懐からある物を取り出す。それは、霊喚びの鈴と呼ばれる道具であった。この世界には還魂碑が無く、彼らを呼ぶ条件が整わなかった。もはや無用の長物であると、半ば使用するのを諦めていたのだが。

褪せ人が霊喚びの鈴を鳴らす。鈴の音が、静かに響き渡る。それに応えるようにして、三匹の狼、その霊体が姿を現した。

 

「霊体ですか…。しかし、たった三匹の狼、それで一体どうしようと言うのです」

 

無事、召喚出来たことに褪せ人が静かに安堵する。アテはあると言った手前、確信こそあったが、実際に目にするまではどうなるか分からなかった。この地が英霊達の眠る場所であるからか、あるいは目の前のエインヘリヤル達が原因かは分からないが、ついぞ喚ぶことの叶わなかった彼らを喚ぶ事が出来た。——そして、恐らくそこに何の制限もない。

 

「これは…一体何が起きて…!?」

 

戸惑う天使を前に、褪せ人が再度霊喚びの鈴を鳴らす。最早確信があった。今、この時この場に限って、己は狭間の地ですら出来なかった事をやろうとしている。

果たしてそれは、褪せ人の思惑通りに実現した。鈴の音が響く度、青白い霊体達が出現する。鎧を纏った歴戦の戦士から見るも悍ましい怪物、あるいは戦う事が出来るのかおおよそ怪しいものまで。雑多極まる霊体が次々と褪せ人の周りに召喚されていく。

 

「私はこの地で学んだ事がある。即ち——数とは力なのだ」

 

英霊と天使達を前に混沌とした群勢が立ち塞がる。褪せ人が武器を構え、それに応える様にして霊体達も戦闘態勢を整える。久しい戦場を前に、話す術を持たない霊体達が、声無き声を上げた気がした。




遺灰はバランス考えて制限しないと…→制限無くなったならやりたい放題して良いよね。がエインヘリヤル戦のコンセプトです。
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