今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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援軍

王国軍の参陣によって、戦況は明確に褪せ人達の側へと傾きつつあった。それも当然、褪せ人と霊体を相手にエインヘリヤル達は拮抗状態にあったのだ。そこに王国軍が加わってしまえば、その結果は明白であった。

 

「神獣か。多少は退屈しないで済みそうだ。——デモニックテリトリー」

 

ラピスの力場が、周囲のエインヘリヤルと天使達の生命力を奪い去ると、その力を味方へと分け与える。それは、褪せ人の召喚した霊体達とて例外ではない。ただでさえ強力な遺灰達に、魔力の強化が施される。

その力場の中で、赤獅子の騎士が大弓を構える。その狙いは、上空の天使達へと向けられていた。限界まで引き絞られた大弓から放たれるそれは、ただの矢ではなく、まるで槍と見紛うばかりの巨大なそれ。そしてその巨大な矢を天使達の頭上に向かって放つと、まるで雨の如く重力の矢が降り注いだ。重力の矢雨に晒された天使は、地に落ち、あまりの威力にその身を削り殺される。

 

「異界の魔術。まさかこの目で見る機会があろうとはのう。神獣には感謝せんとな」

 

バルバストラフがその魔術でエインヘリヤルを焼き払いながら、石頭を被ったレアルカリアの魔術師たちの放つ、輝石の魔術を観察していた。褪せ人が使えず、終ぞ見る機会はないだろうと思っていたその魔術を、一端とはいえ見ることが出来たのはバルバストラフにとっても嬉しい誤算だった。敵を屠る傍らで、その魔術の姿をその目に焼き付ける。

 

「こ、これ降ろしてくれないんですね…!?」

 

混沌とした戦場を、狼から降りるタイミングを逃したイリスがラティナにしがみつきながら駆ける。その中でも奇跡を行使しては傷つく味方を癒していく。本人の意図しない形で、結果として周囲の広い範囲で味方に癒しと守護の結界をすれ違い様に付与する移動ヒーラーと化していた。

王国軍の精鋭と霊体達がエインヘリヤルを着実に撃破していく。レアン達王国のヘビーアーマーと落ちる鷹の兵団たる大盾兵が敵を堰き止め、それをフレデリカ達砲術士と大口インプが周囲を爆撃してまわる。おまけとばかりに特攻野郎達と聖樹兵が突っ込むと、敵陣の中心で自爆した。

元々多様な種族、兵種を運用する王国軍は、好き勝手に戦いを繰り広げる霊体達に合わせるようにして戦いを始める。その場その場で臨機応変に戦術を変えていくことに、王国軍は非常に手慣れていた。

 

「今思ったよ。お前の世界にだけは行きたくないって」

 

王国軍が霊体達と一方的に連携を取り、暴れ回る中、エインヘリヤルを迎撃しながらそれを見ていた王子が呟く。あれが、あの男の住む世界に由来する者達ならある意味で納得だった。興味はあったが行きたいとは思わない。そんな素直な感想だった。

 

「ここと大して変わらん」

 

「怒るぞ」

 

褪せ人の一言に、心外とばかりに王子が反論する。

しかし、褪せ人に言わせれば、この地も大概だろうと思わなくはない。魔物が蔓延り、天使だの魔神だの妖怪だの。今まさに不死の英霊を相手にしているというのに、他人の世界の事は言えないだろうと思うのだが。

 

「……あの扉が本体で良いんだな?」

 

「恐らくは、いずれにせよ破壊に成功するなら供給は止まる」

 

露骨に話を逸らした王子に、褪せ人も特に何も言う事も無く話を合わせてやる。

不死の軍勢を誇ったエインヘリアルだが、今やその供給に追いついてはいない。分厚い守りも今や見る影もなかった。各所に散らばって戦っていた霊体達も扉に集まりつつある。それも当然だった。エインヘリヤルが湧き出るのはその扉の内からのみ。自然、敵を求めて霊体達は扉へと集まっていく。

 

褪せ人が前へ出て、その後に王子が続く。エインヘリヤルが迎撃に向かうが、ゴーレムが割って入り、その攻撃を防ぐ。その後も扉を守るべく天使とエインヘリヤルが向かってくるが、悉く王国軍と霊体達の邪魔が入り、褪せ人達を止める事が出来ない。

そして、扉の前へと辿り着いた褪せ人は黒鉄の大槌を振り抜いた。扉の一部へと強烈な一撃が叩きこまれる。硬いが、手応えはあった。壊せなくはないと、褪せ人は判断する。王子もまた、その牙槌を叩きつける。二人の連撃が、扉を決定的に傷つけていく。扉に亀裂が入り、着実にダメージを与えていく。

しかし——

 

「ッ!王子、褪せ人殿!『神の威光』が……!」

 

——扉を中心に光が放たれる。

『神の威光』が、周囲で戦う王国軍と霊体達を強制転移させ始める。

 

「王子、褪せ人様!どうか、必ず生きて——!」

 

イリスが褪せ人達へ言葉を届け終わる前に、光が周囲を包んでいく。

光が収まった後、残っていたのは王子と褪せ人、そして今なお健在のエインヘリヤルと天使達であった。

 

「危ないところでしたが、これで詰みです。仮にエインヘリヤルが倒されるにしても、貴方達二人さえ仕留めてしまえば、無駄には終わりません」

 

数こそ減らしたが、エインヘリヤルと天使達を二人で倒すのは不可能。霊体達も、強制転移で離れてしまったが故に、再召喚が必要だった。しかし、それ自体は既に織り込み済みである。

 

「休んでいろ…と言いたいところだが、今から全力で働いてもらうぞ、褪せ人」

 

「問題ない。最初からそのつもりだ」

 

王子と褪せ人が武器を構える。王国の第二陣、それが到着すれば勝負は決まる。故に、ここからが正念場であると、二人は覚悟を決める。

 

「無駄な足掻きを……。滅びを受け入れれば、苦しむことも無いというのに」

 

再召喚の隙など与えるつもりはない。一息に、損害など無視してこの二人を殺すと、指揮官の天使は決めていた。エインヘリヤルと天使達が褪せ人と王子に向かって迫る。この戦力差、どれだけ二人の武勇が凄まじくとも、殺しきるのに問題ないと、そう確信していた。

 

——天使とエインヘリヤル目掛けて、上空から燃え盛る星が落ちてくるまでは。

 

その星々はエインヘリヤル達に降り注ぎ、爆発と共にその霊体を消し飛ばす。天使達もまた、その巻き添えを喰らい、斃れていった。

 

「一体何が……!?」

 

狼狽する天使達へ、褪せ人と王子の背後からリビングアーマー達が躍り出る。そして、天使達へ向かって突撃していく。

 

「行けぃ!暗黒騎士団よ!天使共の目論見を、我輩をコケにした報いを受けさせるのだ!」

 

蛇腹剣を振るい、エインヘリヤルへと立ち向かいながら、その男は姿を現した。

 

「デシウス!お前、どうして!?」

 

「勘違いするでないわ!我輩を利用した天使共の鼻を明かしてやろうというだけだ!貴様達の仲間になったつもりはない!」

 

思わぬ援軍に、王子は驚きの声を上げる。しかし、デシウスはあくまで己の成すべきことを成しに来ただけであると、否定する。敵の敵は味方、ただそれだけであると主張すると、再び剣を振るう。

デシウスの剣に呼応するように、上空から再び、燃え盛る星が落ちてくる。師より奪い去った奥義、流星剣。正当な後継者であるミーティアには通用しなかったが、それでもその力は間違いなく本物であった。

 

「隙は我輩が作ってやる。何かやるなら今この時を置いて他にはないぞ!」

 

デシウスの言葉に、褪せ人が再び霊喚びの鈴を鳴らした。召喚されるのは、写し身の雫。再び、褪せ人の姿へと変じると、敵陣めがけて真っ直ぐに突撃していった。エインヘリヤル達の猛攻に晒され、傷つくも、全く意に介していない。返す刀とばかりに黄金の光が、エインヘリヤル達を飲み込んでいった。

 

「行くぞ、あれは盾にでも何にでも使い捨ててしまって問題ない」

 

「もう何でもアリだな…」

 

写し身の雫、その動きは本物に比べれば粗雑の極みであったが、痛みも死も恐れずに突き進むそれは、間違いなく脅威であった。

そうして、再び扉めがけて進軍しながら、霊体を喚びだしていく、先のように誰彼構わずという訳でもない。特に強力な遺灰に絞って、少ない隙を駆使して召喚していく。

黒き刃が、古竜の騎士が、貴腐の騎士が、伝説と称される者達が褪せ人の周りに召喚されていく。今一度、戦いの均衡が崩されていった。

 

「馬鹿な……!エインヘリヤルが、何もできずに……!?」

 

再び召喚された霊体達にエインヘリヤルが倒されていくのを見ながら、天使は敗北を悟った。

神獣たるエインヘリヤルが、聖なる森から出ることなく、ただの一人の犠牲も出すことなく終わろうとしている。神に造られた兵器としての本懐を、何一つ成し遂げることが出来ないままに。

周囲でリビングアーマーと遺灰達が戦いを繰り広げる中、遂に褪せ人、王子、デシウスが扉の前へと立ちはだかる。

デシウスが前に出ると剣を掲げ、奥義を発動する。

 

「喰らえぃ!奥義・天招流星剣!」

 

叫ぶデシウスに呼応して剣が光を放ち、空からエインヘリヤルの扉めがけて星が墜ちる。星々が扉めがけて殺到し、爆発を起こす。

その爆発の中に続いて、王子が扉へと駆けながら牙槌を構える。

 

「これで、終わりだ……!」

 

王子が巨獣の牙槌を振り上げ、渾身の一撃を扉へと放つ。轟音と共に巨獣の牙槌がひび割れた扉を砕いた。

着実に崩壊を迎える扉を前に、褪せ人がゆっくりと宙へ浮く。その手に持つのはマリカの槌。

石槌に食い込んだルーンの破片が光を放ち、英雄的殴打が扉へと叩きこまれる。

 

「——!!」

 

もはやひび割れ、今にも崩れんばかりであった扉にとどめが刺される。ひび割れた隙間から光が漏れ出る。その光と共に、英霊達を呼び出していた異界を崩壊させると、扉が完全に破壊された。聖なる森を覆っていた圧力が消失し、生き残っていたエインヘリヤル達も少しずつその存在を薄れさせていく。それを見届けた指揮官の天使は己が主へと報告すべく、飛び去らんとする。

 

「ケラウノス様に、報告しなければ……。貴方様の妹神が召喚したあれは、英雄などでは——」

 

指揮官の天使がその言葉を届けることは叶わなかった。魔力の矢が幾本もその身に打ち込まれる。褪せ人のそば、しろがねのラティナが上空の天使へと矢を射かけていた。天使がその力を失い、地面へと墜ちていく。そして、鈍い音を立てて、その屍を大地へと晒した。

 

「……これで、終わりか」

 

撤退していく天使達を見届けながら、王子は気が抜けたように近くの木にもたれ掛かる。褪せ人も態度にこそ出していないが、これ以上なく疲弊していた。王国軍到着から決着まで立ち止まることなく戦い抜いたのだ。流石の褪せ人もこれ以上の戦闘は困難。休息が必要であると、考えていた。

 

「ヌゥ…英霊達の魂が師匠以外出ていってしまった。また仕切り直しかぁ…」

 

そして、デシウスが何処か情けない声で呟くと、暗黒騎士団を連れて森の出口まで歩いて行こうとする。

 

「……なぁ、デシウス。どうしてお前はそこまで力を追い求めるんだ?」

 

その背に、王子が疑問を投げかける。目の前のリビングアーマーから、ただならぬ憎しみと執着を感じたが故に、放ってはおけなかった。

 

「ふん、貴様達には関係ないわ」

 

「そうかな。……お前さえ良ければ、うちに来ないか?」

 

「……貴様、自分が何を言っているのか分かっておるのか?」

 

あまりの唐突な勧誘に、デシウスは呆れを多分に含んだ目を王子へと向ける。先の神獣戦で一時的に共闘したとはいえ、殺し合いをする仲のはずだ。何より、魔物であるリビングアーマーを迎え入れようというのが、理解できなかった。

 

「分かっているつもりさ。王国は精鋭揃いだぞ?お前が力を求めるなら、きっと技を磨くのに不足はないはずだ。褪せ人も居ることだしな」

 

「お前のお人好しに私を付き合わせるな」

 

呆れたように褪せ人は王子の言葉に反論する。しかし、王子は冗談を言ったつもりはなかった。

力が欲しいというなら、真っ当に力をつける機会が王国でなら得られるはずだ。皆が皆、この混迷の時代において英雄たらんと切磋琢磨を繰り広げている。魔法を求めるなら、その道の偉大なる先人達が。純粋な武技を求めるなら、その道をひた走る達人達が王国には居るのだ。武具を求めるなら、優れた鍛冶師だって数多く王国に居る。わざわざ恨みを買うような真似をせずとも良いはずなのだ。

 

「外道に手を染めずとも、お前なら強くなれる。何となく、俺はそんな気がしてる」

 

「……ふん、馬鹿め。貴様には、光の下にいるものには分かるはずがないのだ」

 

「分からないさ。だから、こうしてお前の事を知りたいと思っている」

 

どれだけ拒絶しようとも、この男は手を差し伸べる事を辞めようとは思わない。まだ救えると、まだ間に合うとそう思うだけに、この男は救う事を最後まで諦めることはない。

 

「……くだらぬ。我輩は我輩の道を行く。たとえ、それがどんな犠牲を払おうとも、絶対に足を止めるわけにはいかんのだ」

 

そして、これ以上の問答は不要とばかりにデシウスは今度こそ去っていった。王子ももはや何も言わない。また、あの男とは会う事になるのだろう。卑怯でどうしようもない男ではあるが、分かり合えるはずだと、王子はあの男が道を間違えるたびに正してやろうと、そう心に決めた。

 

暗黒騎士団が去った後、入れ替わるようにして複数の足音が聞こえてくる。

 

「王国軍第二陣、天才戦術家であるヘレナが来てやったぞ!さぁ敵は……んん?」

 

「頑張ってる褪せ人を助けに来ましたよ!さぁ、無限に……あれ?」

 

「この静寂……遅かったというのか」

 

後詰めとして戦う筈だった第二陣が、暗黒騎士団という予想外の援軍によって幕を閉じた戦場に駆けつける。

 

「この霊体達は……成程、失敗したな。絶対これ面白い事が起きていたね?褪せ人君、ちょっと話を聞かせてもらおうじゃないか」

 

「後の方が絶対ボロボロになってると思ったのに…ちょっと計算外ね」

 

討つべき敵を失い、消失する霊体達を見遣り、トリシャが褪せ人へ話を聞かせてもらおうとする。

無謀な戦いに挑み、少しでも苦しんでいる顔が見れれば儲けものと第二陣に参戦していたアブグルントもまた、物足りないとばかりに首を振った。

 

「ははは、さて神の威光で飛んでいった皆を連れて、戻ろうか」

 

「……そうだな」

 

相変わらず騒がしい仲間達を微笑ましい目で王子は見遣りながら、王国軍へと歩みを進める。褪せ人もまた、それに続いた。その背後、王子を静かに見つめる英霊が居たのを、この時気づく者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

聖なる森を後にしたデシウスは、去り際の王子の言葉を反芻する。

どこまでもお人好しのあの男は、最後まで己に真っ当な手段で強くなる事を望んでいた。

 

「……馬鹿め、真っ当な手段で強くなれるなら、最初から暗黒騎士になどなってはおらぬわ」

 

外法に手を染め、その身を闇に堕としてでも強くならなければならなかった。光の下で、女神に愛されたあの男には決して分かりはしないだろう。

神によって大切な者達を失ったあの日に、復讐を誓った。散っていった者達の為に、己が止まるわけにはいかない。

 

「光の下では——神に縋っては、神を殺す事など、出来はしないのだ」

 

デシウスの、肉体無き兜の奥で、憎悪の炎が揺らめいていた。




エインヘリヤル討伐
褪せ人率いる霊体軍団、王国軍、暗黒騎士団によってボコボコにされました。
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