今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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神器の継承者

褪せ人が竜将クロコを討ち、王子の元へ向かう最中、王子はエスネアとの攻防を繰り広げていた。

 

「もう、鬱陶しいなぁ!」

 

苛立つように鎌を振るうエスネアに、しかし王子はズルフィカールの力を解放し、回避していく。攻撃はこれまで唯の一度も当たっていない。

周囲で兵士達がデーモンとぶつかり合う中で、王子はエスネアへと声を投げ掛ける。

 

「どうして魔王軍なんかにいるんだ?」

 

デーモンとて一枚岩ではないのは、王国にいるラピス達を見れば分かる。あるいは、彼女にも理由があるのかと、王子は問う。

 

「そんなの、面白いからに決まってるじゃないっ!」

 

エスネアが鎌を振るいながら、答えを返す。深い理由などない。刺激のない日常など御免だと、単に戦場に赴く機会に飛びついたまでのこと。

王子はまたも鎌を避けながら、エスネアを見つめて言う。

 

「その割には、楽しそうに見えないが」

 

功を焦り、褪せ人の影に怯え、こうして集中を乱しながら目の前の相手の言いようにされている事を指摘する。

 

「——うるっさいなぁ!」

 

顔を歪め、エスネアは鎌を乱暴に振るう。感情に任せた一振り、今の王子には避けるのは容易い。しかし、その威力は凄まじく、密林の木々を何の抵抗もなく切り倒していく。

本心半分、挑発半分で放った言葉は、王子の意図通りに効力を発揮した。

彼女は見た目通りに幼いのだろう。故に、こうして感情を煽ってやれば直情的に攻撃を繰り返す。

常の彼女ならこうも容易くはいかなかったはずだ。しかし、今の彼女は様々な事に追い詰められ、余裕を失くしている。

故に気付かない。王子の背後、静かに狙いを定める英霊の姿に。

 

「——今だ」

 

エインヘリヤルから解放され、その恩義に報いるべく王子のもとに参じたその英霊は、いまや王子の力の一部となった。その英霊が弓を引く。放たれた矢は、王子に気を取られていた彼女の胸を確かに貫いた。構成された肉体が突然傷つけられた事に一瞬、呆気に取られる。しかし、その程度では彼女を殺すには届かない。反撃しようと、再び鎌を構えなおす。

 

「えっ?——きゃあっ!」

 

その隙を見逃さなかった。彼女が動きを止めた瞬間に王子は肉薄し、彼女の鎌を持つ手を押さえ込むと、そのまま捻りながら体を押し倒す。

 

「うぐっ、はーなーしーてー!」

 

必死に抵抗するエスネアを、しかし王子は決して離さない。装備をズルフィカールからベヒモスの獣装に変化させ、高まった膂力で一層強く抑え込んだ。

ラピス達デーモンから、そして褪せ人が実際に戦闘をした経験から、彼女の事は聞いていた。

デーモンの中でも、デモンルーンと呼ばれる彼女は、特に肉体の再構成に長けた存在。おまけとばかりに霧散した古い肉体を魔力へと返還させ、自身を含めた周囲の味方を強化する。そんな情報を得ながら、わざわざ彼女を殺してやろうとなど考えてはいなかった。

無論、華奢な少女にしか見えないエスネアを、幾度も殺す事に気が引けたというのも多大にあるのだが。

 

「もう、いいよ!降参、降参するから離して!」

 

抵抗を繰り返し、やがて無駄なのを悟ったのだろう。動きを止めたエスネアが観念したようにそう言う。周囲のデーモン達も、それを受けて動きを止めた。

その様子を見た王子がエスネアを離してやる。一応、鎌を取り上げてはいるが、恐らくまた暴れるような事は無いだろう。

 

「……よわよわの人類の癖に、不意打ちなんてズルい」

 

「弱いとも。だからこうして仲間と手を取り合うんだ」

 

不貞腐れたように呟くエスネアに、王子は言葉を返す。人は弱い。だからこそ、仲間達の手を借りて困難に立ち向かうのだ。

 

「終わっていたか」

 

エスネアを拘束していると、背後から声が掛かる。その声の主へ意識を移すと、褪せ人が立っていた。

 

「随分とボロボロじゃないか」

 

「既に完治した。問題はない」

 

鎧は歪み、乾いた血がべっとりとついた状態で、そんな事を言う。とはいえ、嘘ではないのだろう。背後で今回の行軍に参加していた癒し手、カミラが疲れたような顔をしていた。

 

「お姉ちゃんをどうしたの……!?」

 

ハルモニアと戦っていた筈の褪せ人がここに居る。その事実は、彼女の敗北を意味する。果たしてこの男が生かして帰すだろうか。答え次第ではただでは済まないと、エスネアが睨みつける。この時ばかりは、褪せ人への恐怖心など、ありはしなかった。

 

「エスネア、私はここですよ」

 

「お姉ちゃん!」

 

再びの一触即発の気配に緊張が高まっていた中で、見かねたハルモニアが前に出る。ついてきたのは正解であったと、内心で思う。何となく目の前の男は碌な答えを返さずに誤解を招きかねないと、そんな予感がしたのだ。

 

「クロコ様がやられました。私達の、負けです」

 

「クロちゃんが!?」

 

竜将クロコが敗北した事は、エスネアにとっても衝撃的であった。未だ直接対面した事のない魔王を除けば、魔王軍において最強と言っても過言では無い存在。それを成した戦士が誰かなど、わざわざ言われなくとも、分かっていた。

 

「神器は何処だ」

 

「それなんだが…恐らくは此方だ」

 

そう言って、王子は周囲の兵士達が大人しくなったデーモン達を捕縛していくのを見ながら、密林の奥へと歩き出す。密林でエスネアを追いかけているうちに、何かに呼ばれているような気がしていたのだ。そして、幾らもしないうちに、開けた場所に出る。そこには、巨大な石碑が此方を待ち構えていた。

 

「あれが…アイギス様の神器か」

 

そしてその視線の先、石碑の足元に鎮座していたのは剣と盾。それぞれ豪奢な装飾の施されたそれは、鬱蒼とした密林の中にあって尚、光を放っていた。恐らくはあれこそがアイギスの神器。

呼んでいたのはこれだろうと、そんな確信があった。導かれるままに神器の元に向かおうとして——褪せ人が王子を背後から追い抜いていった。

 

「あっ、こら」

 

褪せ人が王子を追い抜いて剣と盾を握る。そして、何かを確かめるように握った剣を見つめると、僅かに気落ちしたように元の場所に戻す。

 

「私には使えないようだ」

 

「良かったよ、これでお前が使えていたら俺が恥ずかしい事になってた」

 

呼ばれていたのは自分では無かった、なんて事にならなくて良かったと王子は安堵する。或いは女神の呼び出した男なら、神器を握る資格ありと認められる可能性は十分にあった。

気を取り直し、神器のもとに向かい、神器をそれぞれ装備する。

神器に宿る聖性が、剣と盾を伝って己の内に宿っているような感覚。

 

「これは……」

 

成程確かに、これは間違いなく神器だろう。溢れ出る力はかつて神が振るったとされるその力の一端を感じさせた。果たして己に扱い切れるだろうかと、王子はそう思う。

 

「どうだ」

 

「これなら、魔界の瘴気を払うのは問題ない。間違いなく、これはアイギス様の神器だよ」

 

褪せ人の問いに、王子は確信を以て返す。これで、魔界の瘴気に対する懸念は消えた。後は、この地に眠るという『大いなる災い』だが。

 

「これは……」

 

王子が神器を装備してしばらく、石碑の表面に亀裂が走る。そして、それは急速に広がると、巨大な一つの裂け目となって石碑の前に現れた。禍々しい昏い光を放つそれは、この場に居た者達には酷く見覚えのあるものだった。

 

「これは……魔界の門か……?」

 

それは魔界の門と酷似していた。デーモン達が使う、魔界への入り口。それとよく似ているのだ。しかし、これ程の大きさのものはついぞ見た事は無かった。

 

「——決して閉じられぬ世界の傷跡、それが『大いなる災い』の正体さ」

 

巨大な魔界の門に一行が考えを巡らせていると、背後から声が聞こえる。

その声の主の方へと意識を向ける。そこに居たのは、帝国魔神団長、メフィストであった。

 

「何故ここにいる」

 

褪せ人が疑問を呈す。まさか偶然密林に居たなどと言うことはないだろう。或いは、此方をつけていたか。

 

「いやなに、私達もアイギスの神器の情報は探っていてね。帝国としても大いなる災いがデーモンの手に落ちるのは避けたかったのだよ。王国が密林へ向かったのだと聞いて、援軍に来たのさ」

 

まぁ、要らぬ世話だったけどね。そんな事を言いながら肩を竦めるメフィストに、褪せ人が説明の続きを促す。

 

「私達が作る魔界の門。あれは実の所、かなり効率が悪いのだ。魔力の消費は大きく、作れるサイズも小さい。時間が経てば消えてしまう」

 

一見、自由に行き来出来るように見えた魔界の門は、しかし制約がそれなりにあるのだという。雑魚の魔物こそ数多く送り込めるが、強大な魔物やデーモンとなると、その限りではない。本来送り込めるはずの戦力を碌に送れぬままに討伐されているのが現状であった。デーモン達は、人間達が考えている以上に、物質界への侵攻に手間取っていたのである。

 

「だが、これは違う。かつて魔王が死に際に残した世界の傷跡。それは消える事のない魔界の門として物質界に残された」

 

目の前にある巨大な門には、その制約が存在しない。消える事はなく、魔力の消費も必要ない。高位のデーモンの力を借りずとも、大軍を送り込む事が出来るのだ。

 

「成程、確かにこれは災いと言って相応しいものだな」

 

巨大な魔界の門を見上げながら王子は言う。今でも散発的に発生する魔物達に手を焼いているのだ。ここからさらに大軍が送り込まれるなど、想像したくは無かった。

 

「だが、我々としてはかえって都合が良い」

 

メフィストの解説を聞いていた褪せ人が口を開く。大いなる災いとは、物質界に住まう者達に限ったものではない。

 

「軍を送り込めるようになったのは、王国も同じだ。そして、アイギスの神器によって瘴気という奴等にとっての優位性はもはや無い。今まで手出しの出来なかった領域を、踏み荒らす事が出来るのだ」

 

これまで一方的に魔界から侵攻され、迎撃するという形でしか無かった物質界は、遂にその関係を覆す事が出来る鍵を手に入れた。

その言を聞き、メフィストもまた、頷く。

 

「その通りだ。この地は我々にとって急所であると同時に、相手にとっても急所になり得る。故に、此処を押さえることが出来たのは、極めて僥倖だった」

 

「だが、神器は持ち帰るわけにもいかないか…」

 

神器を持ち帰るのならば、この門は開いたままである。ならば、神器はここに置いたまま封印する他無いだろうと、王子はそう判断する。

 

「そこに関しては、問題ないと思うよ。王国と帝国の魔法使いが揃えば、神器程ではなくとも、門の結界と隠蔽自体は何とかなるはずだ」

 

帝国にとっても、この門を放置するなどあり得ない。故に、この門への対応について、協力を惜しむつもりは無かった。

 

「協力に感謝する。アイギスの神器の回収にも成功した事だし、今回は撤退する。魔王軍の捕虜への対応も決めないといけないしな」

 

今回の目的は達した。思わぬ邪魔が入ったが、結果として魔王軍の戦力を削ぐ事になったのは僥倖だろう。

褪せ人としても、否やは無かった。魔界への進軍、その時は近いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

王国へ帰還して数日、王城の執務室にて褪せ人と王子、アンナの三名が再び顔を突き合わせていた。

 

「お前にしては珍しい格好をしているな」

 

開口一番に王子が褪せ人の姿について言及する。先のクロコとの戦闘によって破損した鎧は現在鍛冶屋にて修復中であった。現在の褪せ人は常の重装というわけではなく、幾らか身軽な格好ではあった。実際のところ、他にも重装の替えが無いという訳ではないのだが、それらを装備していない事に特段特別な理由がある訳でもない。それでも顔は隠すというのはある意味では拘りなのだろう。

 

「用件は」

 

褪せ人が用件を問う。つい先日、魔界への道筋が見えてきたところだ。それに関連した事だろうか。

 

「現在、魔界遠征への準備は進めている。とはいえ、多少の時間は要すだろう。かつての帝国が魔界遠征に失敗しているのだ。油断は出来ない」

 

魔界への遠征自体はかつてルチア率いる帝国兵によって一度行われている。今にして思えば、魔界の瘴気に加え、大軍を送り込む事が出来ないという状況化でよく決行したものだと思わなくもない。

 

「それについては理解した。今更焦ることもない」

 

実の所、褪せ人はアブグルントから定期的に魔界の情報については受け取ってはいる。生憎とダークエルフ周りは彼女から接触する事は難しいが、少なくとも魔界で大きな動きは今の所発生していない。万全を期すだけの時間は得られるだろう。

 

「そう言って貰えると助かる、そこで今回の依頼なんだが」

 

そう言うと、王子の言葉に続くようにしてアンナが口を開いた。

 

「先日、山賊が暴れているとの報告を受け、ジェローム様達の部隊を派遣したのですが、戻ってきていないのです」

 

「山賊だと?モーティマはどうした」

 

神妙な面持ちでそう告げるアンナに、褪せ人は疑問の声を上げる。現在、王国では闇ギルドの一件以来山賊などの被害は著しく減少していた筈だった。それもそのはずだ。何せ山賊頭が王国軍に所属しているのだ。あの男が居る以上、王国で山賊行為をしようとする者はついぞ居ないと思っていたのだが。

 

「はい、それがモーティマさんも行方不明との事で…。とはいえ、モーティマさんが今更王国に弓引くとは考えられないのですが」

 

山賊が蜂起した理由も含め、何も分からないというのが現状だった。しかし、仮に山賊が暴れていたとして、今更ジェロームの率いる部隊がどうにかなるだろうか。王都奪還の際に兵をまとめ上げたその手腕は、山賊に遅れを取るようなものでは無かった筈だが。

 

「その辺りも含め、褪せ人様には調査願いたいのです。山賊が蜂起した理由、ジェローム様の部隊の行方。あるいは、他の魔物の介入があった可能性もあります」

 

「負傷者の可能性も考慮して、イリスにも話は通している。連れて行ってやってくれ」

 

行方不明のジェローム隊の救出として、イリスも同行するという。確かに彼女一人が居るだけで、負傷者の救出等は格段に楽になるだろう。妥当な人選ではあった。

 

「了解した。明日には出発する」

 

「頼んだぞ。どうにも厄介ごとの気配がする」

 

厄介ごとなど、今更の話であった。いつものように了承すると、執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、イリスと、いつものようについてきたカゴメとアブグルントを連れて山賊の報告があった場所へとトレントを駆けさせる。

少女二人を馬に乗せた偉丈夫の姿は、見る者には奇異に映るだろう。ともすれば人攫いに間違えられても文句は言えない状態ではあった。

 

「山賊の報告があったのは、この辺りだと聞いているのですが…」

 

イリスが周囲を見渡しながら、そのように言う。

 

「山賊を捕えてから、何かがあった可能性もあるわよね?」

 

「そこも含めて、一切不明だ」

 

場合によっては、近くの村で聞き込みが必要かも知れない。そんな事を考えていたところに、前方から此方へ向かって勢いよく走り寄ってくる者が見えた。動物の頭骨を被った半裸の男。見間違えようがない。

 

「ゲヘヘへッ!オラオラァ!山賊頭のモーティマ様のお通りだぜぇ!」

 

「モ、モーティマさん!?一体何を……」

 

その様子が何処か普通ではないのは見て取れた。思わずといったように声を上げたイリスに反応してモーティマが此方を見る。そして、イリスから褪せ人へと視線が移ると、突如としてその目の色を変えた。

 

「うほおぉッ!?褪せ人じゃねぇか!よく見たら、お前すげえ良い身体してるな……」

 

「えっ……えっ!?」

 

その発言に、カゴメが驚愕したように視線をモーティマと褪せ人の間で行き来させる。モーティマは他の面々には目も暮れずに褪せ人だけを真っ直ぐに見遣っていた。どうやらこの男、狂っているらしい。

 

「ブヘヘヘェッ!ふんじばってとっ捕まえてやるぜ!」

 

「えっ、モーティマさん、そういう趣味が!?」

 

「人間って思ったより奥が深いわよね?」

 

「そんな事言ってる場合じゃないですよ!?」

 

別の意味で戸惑いを隠せていないイリス達を横目に、褪せ人がトレントを降りる。

様子のおかしいこの男が、恐らくは何かを知っている筈だった。捕まえて情報を吐き出させる事ができれば良いのだが。

 

「オラオラァッ!大人しく捕まりやがグッハァッ!」

 

唯何も考えずに真っ直ぐ突撃してきたモーティマを手に持ったクラブで殴りつける。避ける事もなく直撃したモーティマはそのままひっくり返り、気絶してしまった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「コイツに奇跡をかけてやれ」

 

一応の加減はしたとはいえ、あまり殺さないようにするという経験そのものに乏しいのが褪せ人である。向こうが降参してくれるのであれば、その限りではないのだが。

 

「この男は普通ではないようだ」

 

「そりゃあ、普通では無かったですけど……。褪せ人に良く絡みに来るとは思ってたんですけどまさか……」

 

「興味深くはあるわよね。捕まえてどうするつもりだったのかしら」

 

少なくとも常の様子とは異なると、そう言ったつもりだったが、カゴメとアブグルントは何か勘違いをしているらしい。何処か神妙な面持ちでモーティマを見ていた。

 

「あんたら、そいつの仲間か?」

 

今後の方針について考えを巡らせているところに、突然声がかかる。

意識を向けると、そこには鎧を着た若い男が立っていた。

 

「何者だ」

 

「俺の名はジェイク。冒険者として、各地を旅している者だ」

 

そう言うと、ジェイクは褪せ人の顔を見て、一つ頷くと再び口を開いた。

 

「どうやら、あんたは正気らしい。そこの山賊なんだが、魔界アリに操られてしまってるんだ」

 

魔界アリ、どうやら今回討つべき相手が決まったようだった。

詳しい話を聞くべく、褪せ人はジェイクへと向き直った。




モーティマはホモではありません。これだけははっきりと伝えたかった。
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