今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

40 / 138
遅くなりました……。


くぐつ使い

突然の乱入者に女王アリと褪せ人の両者が上空を見上げる。そこに居るのは機械仕掛けの虫を駆る妖魔の女王。

 

「あれは……くぐつ、でしょうか……?」

 

「知っているのか」

 

「機械仕掛けの人形の事です。原理は分かりませんが、王国にもくぐつ技師は居ますので。ですが、これは……」

 

くぐつ。褪せ人の知るそれと同じ言葉の、しかし全く異なる技術によって生まれた兵器。そんな機械仕掛けの人形を駆使して戦場で活躍する者達をくぐつ使いと呼ぶ。

残念ながら現状の褪せ人に面識はない。興味こそあれど絶えず傭兵として戦場に赴く褪せ人と、基本的に技術者気質で工房に引きこもりがちの彼女達が出会う事が今まで無かった。

そのくぐつが今こうして目の前にある。そして、それはくぐつを知る者達にとっても理解を超えた代物。

 

「空を飛ぶくぐつなんて見たこと無いわよねぇ?これこそが新たなゴブリンの叡智の結晶!もう最弱の魔物だなんて言わせないわぁ!」

 

その声と共に新たな飛行くぐつが飛来する。その数3機。搭乗するのはやはりゴブリンである。そして地上にもゴブリンの軍勢が押し寄せる。

 

「な、何なのだこれは!?何が起きている!?」

 

雄である褪せ人に魅了を破られ、突然のゴブリンの乱入。目まぐるしく変わる状況に女王アリはついていけず戸惑いの声を上げる。洗脳された男達もジェロームという司令塔を失った今、明確な命令が出ない事には動けないでいた。配下の魔界アリも同様。討つべきは褪せ人か、或いは妖魔の女王か。強烈な魅了によって作られた軍勢はかくも脆い。

 

「これ、どうしますか?」

 

僅かに焦りを見せるカゴメ。しかし、褪せ人の答えは変わらない。

 

「目標は変わらない。女王アリを叩く」

 

今、この場において最も危険なのは女王二体が結託しての挟撃。そうなれば最早魅了された部隊に対して加減がどうだのと言ってはいられない。その結果、生き残れたとしても魔物共にとって喜ばしい結果にしかならないだろう。

故に、女王アリがこの混乱から立ち直る前に速攻を仕掛け、男達を解放。その後にゴブリン達を討つ。これが最良であると褪せ人は判断した。

 

己の指針をカゴメ達に簡潔に伝えた後、褪せ人は女王アリへと真っ直ぐに駆ける。

 

「やらせるかよっ!」

 

当然、女王アリへの攻撃の意思を見せれば、男達は黙ってはいない。前に出てきた男達に対して、褪せ人は眠り壺を投げつける。

 

「ぐぁっ何だこの霧は……!」

 

「貴重品だ。大人しく眠っていろ」

 

狭間の地から離れ、最早収穫の望めない素材から作られたそれは貴重な消耗品となっていた。未だ余裕はあるものの、次善の手は打っておきたい。王国の錬金術師達に、相談をしても良いかも知れない。そんな事を考えながら、眠り壺を出し惜しみせずに投げつけていく。

 

「くっ、妾の愛しい子らが……!」

 

「万事休す、かしらぁ?女王を名乗りながらその取り乱しようはみっともないわねぇ」

 

配下の男達を事もなげに処理して此方に向かってくる褪せ人に女王アリは焦ったように声を上げる。その様を見下ろしてゴブリンクイーンは愉快げに口を歪めた。女王たるもの、悠然と構えてあるべきだと。それすら出来ず、王を名乗るなどと滑稽であると、そう言っていた。

 

「ゴブリン風情が、言わせておけば……!だが、此処に配下を呼んだのは失敗であったな!妾の魅了に、雄の種族は関係ないぞ……!」

 

兵が足りないのであれば、増やせば良い。そんな理不尽な考えを、目の前の女王アリは実行する事が出来た。お誂え向きに目の前の妖魔の女王が配下を用意してくれている。今、この地にはフェロモンが充満している。その余裕、今に崩してみせると女王アリは嗤う。

 

だが——

 

「何故だ……?何故、ゴブリン共は妾に従わない……!?」

 

ゴブリン達は未だに女王アリの意思には従わない。こうしている間にも、飛行くぐつに乗ったゴブリンが上空から爆弾を投げ落とし、魔界アリを散らしていた。地上のゴブリンとて同じこと。誰一人として、女王アリを守ろうとする個体は居なかった。

 

「私が、何の対策も無しに此処に来たと思ったのかしらぁ?」

 

「何をした!?妾の前に傅かない雄など、居るはずが……!」

 

「笑わせないでちょうだい。でも、そうねぇ。教えてあげるわ。予めあの子達は洗脳しておいたの、簡単なことでしょう?」

 

女王アリのフェロモンによる洗脳。それは雄であれば種族を問わず、またフェロモンさえ嗅がせてしまえば、魅了の主人すら認識する必要なく支配下に置いてしまう。加えてその魅了は女王を殺さない限り不可逆という強力なもの。対策も立てず立ち向かおう者ならたちまち全滅は免れない。

故に、妖魔の女王は手を打った。己に付き従うゴブリン達に、予め洗脳の魔術を掛けたのだ。

ゴブリンクイーンの洗脳は、女王アリのように不特定多数を相手に掛けられる者ではない。術者本人が直接術を掛け、その支配下に置く。そして、この術は不可逆的なものではなく、何らかの術での解呪、或いは気絶によって解かれる物。しかし、それは決して女王アリのフェロモンと比べて劣ることを意味していない。

 

「クイーンサマ、バンザイ!クイーンサマ、バンザイ!」

 

「元々私への忠義に溢れていたのだから、それを強くして仕舞えば上書きなんて出来るはずもないわよねぇ?」

 

一様にゴブリンクイーンを讃えながら突撃していくゴブリン達。実際のところ、雑多に生まれてくるゴブリン達のクイーンへの忠義の理由は様々であるが、その大半は恐怖からくるものであった。博士のような絶対の忠誠を誓う者は極少数。しかし、それでも洗脳によって強化してしまえば十分であった。

 

「おのれ、妾が、こんな……!」

 

「狼狽えている暇はあるのかしら?——来たわよ、貴方の死が」

 

打つ手の悉くを潰され、歯噛みする他ない女王アリの考えなど知る由の無い褪せ人が迫る。握るのは大盾と——巨大な黒い花。

 

「おのれ、また訳のわからぬ物を!」

 

おおよそ武器とは思えない狂気の代物を担いで迫る怨敵に、しかし女王は慢心を捨てた。迫る褪せ人に、その鋭利な爪をもって薙ぎ払う。

しかし、その爪は容易く大盾により阻まれた。他の魔界アリに比べれば、遥かに強力な一撃。しかし、それでも魅了による支配こそ本領としてきたその攻撃は、褪せ人にとって何の障害にもなり得なかった。

攻撃の後隙に、褪せ人は影輪草を高く掲げる。まるで意思をもった生き物のようにその大花は首をもたげた。

そして、女王へ向けて叩きつけられる。例えるならば、頭突きだろうか。褪せ人の振るう意思に加え、影輪草自身もまた、その意思を汲むかのようにその力を解放する。

 

「ギィッ!」

 

質量による一撃と、解放される聖の奔流。強烈なまでの一撃に女王アリは地面に叩きつけられる。そして、立ち上がらんと女王アリが頭を起こそうとした時、再び振り上げられた影輪草の追撃が叩き込まれた。

 

「……ッ!!」

 

最早人の声を上げる事すら叶わない。影輪草の追撃は一度で終わらず、二度三度と一切の容赦なく叩きつけられた。放たれる聖の爆発に身を焼かれ、大花によってその身を潰された女王は地に伏せたまま、動かなくなった。

 

「えげつないわねぇ……」

 

「……」

 

此方に向けて、そのようにぼやくゴブリンクイーンを無視して褪せ人は周囲の状況を確認する。

女王アリが死亡した影響があるのだろう。少しずつ、王国の兵士達が自身の行いに戸惑いを覚えつつあるようだった。

その様を確認し、褪せ人はゴブリンクイーンへと向き直る。相手の余裕は未だ変わらず。手に入れたくぐつに余程の自信があるのだろう。

 

「一先ずの危機は乗り越えた感じ?これからどうするつもりかしら」

 

アブグルントが近付き、褪せ人の行動を問う。その方針如何で、対応を変えるつもりなのだろう。今、周囲の状況は此方に傾きつつある。未だ兵士達は状況を飲み込み切れていないが、それでも目の前の魔物を相手取る程度の事は出来ているようだった。地上のゴブリン程度ならば、何の事はないだろう。問題があるとすれば、今なお空を飛び交うくぐつ達。

 

「クイーンサマ、バンザイ!クイーンサマ、バンザイ!」

 

縦横無尽に飛び交うくぐつから飛来する爆弾が生き残った魔界アリの残党を吹き飛ばしていく。王国軍は辛うじてその爆弾の雨から難を逃れてはいるが、巻き込まれるのは時間の問題だろう。

 

まずは撃ち落とす必要があった。相手は高速で飛来するくぐつ達。故に、この場で最も当てられる可能性の高いものを選択する。

ラバスの大砲をゴブリンクイーンに向けて放つ。高速で射出される魔力を帯びた大ボルトがクイーンへと迫る。

 

「そんなもの、当たる訳ないわよねぇ」

 

当然、それをただ見ているクイーンではない。くぐつを操作すると、そのボルトを回避する。しかし、そこまでは織り込み済。この大砲の真価はその驚異的な追尾性にある。ボルトがあり得ない軌道を描き、回避したくぐつへと再び迫る。

 

「へぇ、でも甘いわぁ!」

 

不意を打った追尾のボルトは、しかし当てる事は叶わなかった。驚嘆すべきは、そのくぐつのスピード。ボルトの迫る速度を超え、クイーンの駆るくぐつは空を駆ける。

 

「さぁ、此方からも行くわよぉ!」

 

そしてくぐつに乗りながら、クイーンが魔法を放つ。紫の光の爆発が、褪せ人へと放たれる。

ラバスの大砲の発射体勢から辛うじて回避行動に移った褪せ人。しかし、完全に避ける事はかなわずその皮膚を魔力の爆発が焼いた。

 

「ふふふ、いつまで保つのかしらぁ?」

 

次々と放たれる魔法を回避しながら、褪せ人は状況が極めて悪いと言わざるを得なかった。空を飛んでいるというだけでも此方の手は限られているというのに、この速度で動き回られては褪せ人としても有効な手は殆ど無い。単調な魔法による爆撃のみが相手の攻撃手段であることは幸いであった。しかし、このまま一方的に攻撃に晒されては万が一もあるだろう。早急に手を打たなければならない。

 

「これは、面倒な事になった」

 

「貴方からそんな言葉が出たの、初めてじゃないかしら?」

 

何が楽しいのか、ゴブリン達の処理をしていたアブグルントが今日一番の笑顔で此方を見遣る。デーモンとしては、ごく自然な価値観なのかも知れないが、時々、この女を味方として置いておいて良いのか分からなくなる。とはいえ、この地に来て強敵との相手は幾度もあれど、こうして此方の武具が通用しない相手は初めてであった。面倒な相手、という評価を下したのも確かに初めてではあるだろう。有効な手を打つべく、思考を巡らせる。

 

「——やっと見つけた。他人の発明で無茶苦茶して、許さないから」

 

最早使える遠距離攻撃の手段を試すしかないと、祈祷の準備を初めていたところに、クイーンの駆るくぐつへ向けて砲撃が放たれる。それを認識したクイーンは辛うじて砲撃を回避すると、距離を置くようにしてその高度を上げた。クイーンから意識を外さずに、砲撃の放たれた方を見遣る。そこに居たのは長い、クリーム色の髪の女。格好から技師のような印象を受ける。そしてその傍らに立つのは鋼鉄の巨人。蒸気を吹き出し、赤熱した腕部から見るに、この巨人が砲撃を放ったのだろう。

 

「誰だ」

 

「直接会うのは初めてね。機甲士のウェンディよ。王子から話は聞いているわ」

 

機甲士という単語に聞き覚えはない。しかし、王子の名が出た事から王国の所属ではあるのだろう。

褪せ人としては、その脇に立つ巨人について話を聞きたいところではある。あれは、彼女が操っているのだろうか。

 

「ま、待ってください〜!」

 

その巨人について問おうと褪せ人が口を開く前に、またも上空から声がかかる。ゴブリン共の駆るくぐつに酷似した、昆虫を模したそれに跨る緑髪の少女が此方に降り立った。

 

「この人達ですよ、さっき言っていた王国のくぐつ使いは」

 

「あ、私ティアルって言います!よろしくお願いします!」

 

イリスの言葉に、褪せ人は彼女達を改めて観察する。

ウェンディの駆る鋼鉄の巨人、そして先程降り立ったティアルという少女の駆る虫を模した飛行の絡繰。一口にくぐつと言ってもかなり幅があるのだろう。それぞれの駆るくぐつは全く系統の異なる物であると、素人目にも理解できた。

 

「あらあら、増援が次々と湧いてくるのねぇ」

 

「ゴブリンクイーン!私の工房から設計図を盗んで、許さないんだから!」

 

「不用心なのがいけないわよねぇ。今度から戸締りはしっかりなさいな」

 

ゴブリンクイーンの駆るくぐつはどうやらあの少女から盗んだ設計図によるものであるらしい。造形が似ているのは、それが理由なのだろう。

 

「そういうわけで、ここからは私達も加勢します!」

 

「巷で話題の傭兵に、このコの力を見せてあげる」

 

此方を見遣り、加勢の意思を見せる。二人のくぐつ使い。手詰まりの現状、手数が増えるに越した事は無い。しかし、どうするというのか。

 

「あのくぐつ、私の設計図を基にしているのであれば、あの巨体と速度は相当な無茶をしている筈なんです」

 

彼女のくぐつは未だ開発の途上、彼女自身が操るものも含め、試作機の段階を出ない。盗まれた設計図にもまた、課題が多い代物だった。

ゴブリン博士によって作られたそれもまた、同じ事。盗まれた時期から製造までが極めて早い。それそのものも驚異的ではあるのだが、根本的な課題を解決しているとは到底思えない。そういった検討が為されているとは考え辛いのだ。

 

「つまり、どうすれば良い」

 

「ひたすらに攻撃して。回避に無茶な軌道をすればする程、アレは自滅の一途を辿るわ」

 

実に分かりやすい話だった。そうと決まってしまえば、行動に移すより他ない。褪せ人がゴブリンクイーンへと向き直る。未だ空中で静止したままのそれは、慢心の表れ。

 

「相談事は終わりかしらぁ?」

 

余裕の表情で此方を見るゴブリンクイーンの言葉に、返答代わりに祈祷を発動する。祈りの所作と共に生じた無数の黄金の礫が、ゴブリンクイーン目掛けて殺到する。

 

「無駄よ、そんなもの!」

 

高い追尾性を誇る黄金の礫は、しかしなおもクイーンの駆るくぐつへ届く事は無い。驚異的なスピードと軌道を以てクイーンは祈祷を回避していく。

 

「ギャギャ!バクゲキ!バクゲキ!」

 

クイーンへの攻撃に気付いたのだろう。三機のくぐつが魔界アリ達への爆撃を中断し、此方へと迫る。クイーンの駆る専用機程ではないにしろ、それなり以上の速度で褪せ人達に迫る。

 

「メインシステム、戦闘モードを起動……!」

 

目の前のゴブリン達を迎え撃つべく、くぐつ使いが前へ出る。ウェンディのグローブを嵌めた指が複雑に動き、そこに繋がる極細の糸がくぐつを操作する。彼女の指令を受けた鋼鉄の巨人が、蒸気を吹き出しながら両腕を掲げる。

 

「ギガブラスター、発射!!」

 

両腕部に備え付けられた砲塔から砲撃が放たれる。強烈な破壊力を持つそれが、ゴブリンの駆るくぐつ達へと迫る。しかし、単発の砲撃が空中を高速で移動するくぐつを捉えられるはずもなく、いとも容易く回避される。くぐつの背後へと落ちた砲撃が地を走るゴブリンを吹き飛ばす。くぐつは未だ健在。

だが——

 

「——拡散!!」

 

彼女の駆るくぐつが、この程度で終わる筈は無い。彼女は王国の誇る天才機甲士。技師としても、くぐつ使いとしても有数の才を持つ彼女がこの展開を予想していない筈が無かった。

砲撃の種類が変わる。強力無比な単発の砲撃から、複数の敵を穿つ為の散弾へと切り替わる。

 

「ギャギャー!!」

 

拡散する砲弾は、最早避ける事などかなわない。三機のうち二機のくぐつが、その砲撃に巻き込まれて爆発を起こす。燃える鉄塊と化したくぐつが、地上のゴブリン達を巻き込みながら墜落する。

 

「残り一機、撃ち落としますよっ!」

 

ティアルの駆るくぐつが空を駆ける。同じくぐつでも、彼女の操作技術はゴブリンの遥か上を行く。いとも容易く背後を取ると、内蔵された銃器で一方的に風穴を空けていく。

最後のくぐつが黒い煙を立てながら、墜落していく。僅かな間に、クイーンを除いた全てのくぐつが全滅する。

 

「……やってくれるじゃない、あれらを作るのにそれなりのお金が掛かったのだけれど」

 

「知った事では無いわ。大人しく降参しなさい」

 

今なお軽口を叩くクイーンに対してウェンディは切って捨てる。相手の虎の子のくぐつは無く、此方の戦力は健在。王国の兵士も混乱からとうの昔に立ち直っている。最早勝敗は決したと言っていい。

 

「何を勘違いしているのかしら、まだ終わっていないわよねぇ…!」

 

ゴブリンクイーンが再び動き出す。先程よりも更に速度を上げたくぐつが、ウェンディ達の頭上を通り過ぎ、魔法を放つ。

辛うじて、ウェンディはくぐつによってそれを防ぐが、そのクイーンの駆るくぐつのあまりの速さに言葉を失う。

 

「嘘でしょ…!?まだ速度が上がるの!?」

 

「ウフフ、うちの博士はねぇ…天才なのよ!」

 

ゴブリン博士。今回、ティアルから設計図を盗み出し、くぐつを作り出したゴブリンの特異点。設計通りに作ったくぐつの速さに不満を示したクイーンの無茶振りに対して、彼はその頭脳を以て応えたのだ。その結果が、あらゆる安全性を無視したものであったとしても。

 

「………」

 

褪せ人はその爆走という他ないクイーンのくぐつを静かに見据えながら、大弓を構える。他のくぐつは大破し、ゴブリン達も王国の者達が受け持っている。集中するのに邪魔は入らない。

人の膂力では到底構える事などままならないそれを、引き絞る。つがえるのは槍と見紛うばかりの大矢。

 

「うわぁ、あんなの人間が引けるんですね……」

 

「噂に違わぬ凄まじい力ね。でも……」

 

褪せ人を知らない、くぐつ使い二人がその膂力に戦慄する。しかし、結局のところ、当たらなければ意味は無い。大矢の速度ならば、クイーンの駆るくぐつは放たれてからでも容易く避ける事が出来るだろう。

 

「今更そんな原始的な武器で、どうにかなるとでも……!」

 

クイーンが嗤う。いくら力が強くとも、当たらなければ意味はない。クイーンが褪せ人へ向けて突撃する。放たれる大矢を避けて、すれ違い様に魔力の爆撃をありったけ浴びせてやろう。

ゴブリンは最早人の知恵を超えた。これより飛躍の時を迎えるのだ。その号砲を、目の前の人族の英雄の断末魔にて彩ろう。

 

大矢が放たれ、真っ直ぐにくぐつへと向かう。正確無比なそれは、当たれば壊滅的な被害は避けられない。しかし、どこまでも予想から外れぬそれに、僅かな失望を乗せてクイーンはくぐつを操作する。

 

「——ここだ、放て!!」

 

クイーンが大矢を避ける事に意識を割いた間隙。そこが狙いだった。

合図と共に放たれる矢が、クイーンのくぐつに殺到する。この絵図を描いたのは、先程まで女王アリの支配下にあった王国の部隊長、ジェロームであった。

 

「くっ!?この……次から次へと!」

 

突如降り掛かる矢の雨を咄嗟に躱すべくクイーンが軌道を変える。しかし、不意を打ったそれを躱しきれず、くぐつの駆体を矢が傷つけていく。だが、決定打とはならない。ジェロームがその様子を見ながら静かに呟く。

 

「後は任せましたよ、褪せ人の旦那」

 

四方八方からの攻撃に混乱の極地にあるクイーン、それを見逃す褪せ人ではない。大弓に再び矢をつがえ、間髪入れずに二射目を放つ。

 

「この…っ!また……ッ!?」

 

再び放たれた大矢を、クイーンは今度こそ躱しきれなかった。無茶な飛行に耐え切れず、駆動部に異常が生じる。大矢の直撃こそ避けたものの、背面に設けられた推進機関に決定的な破壊が齎される。

 

「メインブースターがイカれたわよ!?」

 

ゴブリンクイーンが叫び声を上げる。推進機関を破壊されたくぐつに、飛ぶ力は残されていなかった。煙を吹き出し、蛇行を繰り返しながら、凄まじい速度で高度を下げていくそれは、やがて爆発を繰り返しながら谷底へと落下していく。

 

「これが、私の最後だと言うの!?認めない、認めないわ、こんな——」

 

それがクイーンの最期の言葉であった。谷底に落ちたくぐつが一際大きな爆発を起こすと、辺りを静寂が支配する。谷底は深く、その様子は伺えない。しかし、生きているとは思えなかった。

 

「随分と、迷惑を掛けてしまいましたね」

 

「構わん、それが仕事だ」

 

事が終わったのを見計らい、ジェロームが褪せ人へと近づいてくる。その顔は未だ優れず、肩を押さえているのは恐らく褪せ人の放った掌底のせいだろう。申し訳無さげに声を掛けるジェロームに褪せ人は特におもうところはない。男を魅了するアリの女王など、予想出来ずとも責められはしないだろう。

 

「後のことは任せてください。これ以上、旦那の手を煩わせるのは本意じゃありませんしね」

 

「私達も王国に戻るわ。設計図を盗んだ張本人が居ないのは気がかりだけど、手掛かりも無いし」

 

ウェンディとティアルはくぐつの破壊という目的を達した以上、ここに残る理由は無い。褪せ人も、ジェローム達の言葉に甘え、戻る事にした。

立ち去る間際、クイーンの落ちた谷底を見遣る。

 

「……?どうしました、褪せ人?」

 

「……いや、何でもない」

 

訝しむカゴメの言葉を聞き、谷底から視線を切ると、再び歩き出した。妖魔の女王、その死体を確認出来ていない事が、僅かに気掛かりではあった。

 

 

 

 

 

褪せ人が王城に戻り、依頼の完了を告げると王子の執務室へと通される。そこには、書類の束を読み耽る王子が立っていた。

 

「戻ったか。相変わらず、仕事が早くて助かるよ」

 

「ジェロームの部隊は無事だ。詳細は、ジェロームに聞いてくれ」

 

「そうさせてもらおう」

 

説明を投げた褪せ人の言葉に、苦笑いしながら王子は答える。一国の王を相手にあんまりな態度ではあったが、それだけの信頼が二人にはあった。

王子が褪せ人の対面に座ると、書類の束を置く。ふと、何ともなしに褪せ人がその書類の表紙を流し見れば、そこに書かれていたのは『王国学園』の文字。

 

「あぁ、それか?近いうちに、王国主導で学園を作ろうと思っているんだ」

 

学園、というものに褪せ人は馴染みはない。恐らくは己の知るそれとは大きくかけ離れたものではあるのだろう。少なくとも、レアルカリアのようなものを、王国が推進するとは思えなかった。

 

「魔王を倒しても、未来は続く。王国の未来のためにも、こうして教育機関に力を入れなければと思ってな」

 

為政者というのは、随分と多忙なものだ。ただ戦う事だけを考えていれば良い己とは、比べものにならない気苦労があるのだろう。

 

「どうだ、学園が設立された暁には、教師でもやってみるか?」

 

「笑えないな。私は、他者を導ける程に立派な生き方はしていない」

 

冗談めかして告げられる言葉に、褪せ人は被りを振る。己に教えられるものなどありはしない。ただ戦うだけの男が、何を教えられるというのか。

 

「そうかな、案外人気が出そうな気もするが…。だが、今のは冗談だが、魔王を倒した後、お前はどうするつもりなんだ?」

 

「………」

 

王子の言葉に、しかし褪せ人は答えを返さない。否、返す事が出来なかった。

使命を果たした後の事など、今日まで考えた事は無かった。何より、他ならぬ己がそれを必要としていない。使命なき者に、歩む先を失った者に、未来など必要無いのだから。

 

「まぁ、まだまだ先の話さ。ゆっくりと考えてみてくれ」

 

沈黙する褪せ人の姿を、単に考えに詰まっていると捉えた王子が軽い調子で話題を打ち切る。この男が、魔王を倒して暇そうにしているのなら、割と本気で学園にぶちこんでやろう。そんな事を企みながら。

 

「さて、本題だ。……魔界の遠征、その手筈が整った」

 

「漸くか。此方は問題ない、いつでも行ける」

 

遂に、魔界遠征の準備が整った。目標はレヴィアタンの心臓。その為に魔界のダークエルフと接触し、協力を取り付ける。

恐らくは邪魔が入るだろう。デーモンと、まず間違いなくあの女神の手のものが現れる。楽な遠征になるとは思えなかった。

 

「差し当たって、先遣隊を編成しようと思う。その部隊長は——お前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケラウノス様、例の計画、その第一段階が完了致しました」

 

天界、神の住まう居城にて天使の一人が、己の仕える神に報告を上げる。

 

「よろしい、準備は万端のようですね」

 

その報告に、ケラウノスは満足げに頷いた。レヴィアタンの心臓。その復活の為の準備が着々と整いつつある。

機嫌の良い主の姿を見ながら、しかし天使は聞かずには居られなかった疑問を口にする。

 

「しかし、宜しかったのでしょうか。アダマス様の肉体をあのようにしてしまうのは……」

 

「私の命に逆らうというのですか?」

 

「……身の程を弁えぬ発言、申し訳ありませんでした」

 

ケラウノスの言葉に、すぐさま己の疑問に蓋をする。己の造物主がそれを是としているのだ。ならば、ただその命に従い、行動するまで。

 

「では、良い報せを期待していますよ」

 

「御心のままに……」

 

それを最後に、天使はケラウノスの前から消える。レヴィアタン復活に向け、邪魔が入ってはならない。その防衛の任に取り掛かるのだろう。

 

「ケラウノス様、少しお耳に入れたい事が」

 

「何ですか」

 

「オリュンポスの方で、妙な動きが……」

 

「捨て置きなさい」

 

入れ替わるようにして居城に現れた天使の報告を、ケラウノスは切って捨てる。

今更、亜神共に何が出来るというのか。神の楔も作れない、半端な神共に。

 

「大方、あの男が関わっているのでしょうが……」

 

ケラウノスが、とある亜神を思い浮かべる。こそこそと陰謀を企てているのは、恐らくはあの男だろう。だが、今のアレには、何の力もありはしない。万物を切り裂く鎌も、如何なる攻撃も防ぐ盾も、真なる雷霆もアレの手の内に最早無いのだから。創造神より神の資格を剥奪されたあの男は、唯の抜け殻に過ぎない。

 

「過つ人間に裁きを。人を救うのが神であるのならば、人を滅ぼすのもまた、神である」

 

全ては世界の維持の為。己に課された使命を果たすべく、女神はただ滅びの道を歩む。




ディアス、11周年は盛り上げてくれましたね…。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。