今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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楽しい楽しい殴り込みの時間


奴隷地区解放

奴隷地区、デーモンという魔界の支配者達による、享楽の為だけに存在する地区。物質界の他種族を攫っては己の欲望を満たす為だけに壊し、犯し、喰らう。無法で下卑たそれは、同じ種族の者達からも嫌悪されるものであり、しかしそれが堂々と罷り通っているのもまた、事実であった。

 

「もう、休ませてください……。お願い、します……」

 

今宵もまた、攫った人間を余興に、デーモン達の品の無い笑い声が奴隷地区に響き渡っていた。

シャルキーもまた、そんな哀れな犠牲者の一人であった。

 

「何だと?そんな子供騙しのような舞しか出来ない癖に、休みが欲しいとは、奴隷の分際で卑しい女だ」

 

「も、申し訳ありません……。今少し休憩を頂ければ、御満足のいく舞をお見せ致します……ですから、どうか…」

 

延々とデーモン達の前で舞を続けさせられていたシャルキーは、最早限界であった。一体どれ程踊らされ続けていたのか分からない。足の裏は擦り切れ、血が滲んでいた。

 

「まぁ、確かに貴様の舞に飽きてきたところだ。少し、刺激が欲しいな」

 

「ひっ、どうか、それだけはご勘弁を——」

 

「——そうだ!今からお前が踊りでミスをする度に、そこの子供の四肢を千切ろう。最初は腕、それから脚、最後は両目。それが終わったら次の子供だ。どうだ?多少は気合いが入るというものだろう」

 

心ないデーモンの、悍ましい提案にシャルキーは震え上がる。自分が休みたいなどと言ったばかりに、同じ境遇の子供達に危害が及ぶ。それだけは許せなかった。

 

「——踊ります。踊り続けます。ですから、どうか子供達には、慈悲を……」

 

「勿論だ。悪魔は契約を重んじる。知っているだろう?お前が完璧に踊り続ければ、子供達は5体満足で生きられる。難しい事ではない」

 

嘘だ。契約など成立しようもない。この悪魔は踊り続ける期限を設けていないのだから。

例え両足が砕けようとも、どれほど無様で滑稽だろうと、踊り続けよう。媚びた笑顔を悪魔に向けながら、シャルキーは悲壮の決意を固めた。

 

「おい、あまり奴隷を雑に壊すな。最近、人間共の抵抗が激しくて奴隷が貴重なのを忘れたか?」

 

踊るシャルキーの傍ら、デーモンの一人が苦言を呈す。物質界では、今までのように気軽に奴隷を供給できない。王国と帝国が魔物の脅威から立ち直り、情勢が安定へと向かいつつあるからだ。

 

「ハハハ、そう固いことを言うな、もう少しすればレヴィアタン様がお目覚めになる。そうなれば、最早物質界など問題ではない」

 

遂に、デーモンの悲願が果たされる。その時が目前に迫っているのだ。今この時を騒がずして何とする。そう言って、デーモンは興奮したように立ち上がった。

 

「そら!もっと激しく踊れ!子供がどうなっても——」

 

しかし、いきり立ったデーモンの囃し立てる声は、最後まで続かなかった。

パンっという破裂音と共にデーモンの頭部が弾け飛ぶ。仮初の肉体の、その砕け散った肉片が周囲で笑い声を上げていたデーモン達を汚す。

 

「な、何だ、何が起き——」

 

状況を飲み込めず、混乱した声を上げたデーモンの頭部が、再び弾け飛ぶ。ここに来て、漸く他のデーモン達は事態を把握した。

 

「敵襲!狙撃されているぞ!」

 

「——やっと気付いたのか。存外に鈍い奴らだな」

 

その声と共に、蒼翼の竜人が、混乱するデーモンの中心に降り立つ。そして、最も近くにいたデーモンの一体に、彼女と同じ蒼い剣を振り下ろした。

一太刀、ただそれだけでデーモンは縦に裂け、その仮初の身体を霧散させる。

 

「貴様、よくも!」

 

同胞が殺され、怒気を露わにしたデーモンが拳を振り下ろす。相手は華奢な竜人の雌。体格差は歴然。不意を打たれなければ、まず間違いなく勝てる。その筈だった。

しかし、渾身の力で振るったそれは、いとも容易く受け止められる。そればかりか、掴まれた拳は、押しても引いてもびくともしなかった。

 

「——舐めたな?竜人の膂力を」

 

デーモンは、己が選択を間違えた事を悟る。逃げる事もかなわない。

竜人、その中でも特に優れた膂力の持ち主である彼女を侮った代償は、その命であった。

先と同様に、デーモンを両断したリキュノスは高らかに吠える。

 

「私は蒼竜のリキュノス!気骨のある者はかかってくるがいい!私は逃げも隠れもしないぞ!」

 

覇気を露に宣戦布告するリキュノスに、しかし正面から挑もうというデーモンは居なかった。彼らは所詮、弱者を虐げる事に慣れた者達。己より強い者に、挑もうとする者など居ようはずも無かった。

 

「お、おのれ、この子供達がどうなっても——」

 

唐突な襲撃に、狡猾なデーモンが人質を取る事を選択した。ここを襲撃する理由など、奴隷の解放に他ならない。実際、その推測自体は間違いではなかった。

 

「——いけませんいけません。そのように浅はかで愚かな行動をされてしまうと、愛でてあげたくなるではないですか」

 

果たして、いつの間にそこに居たのだろうか。リムリィが薄い笑みを浮かべ、デーモンの背後に忍び寄る。子供達を人質に取ろうとしたデーモンの両足を、その大鎌で刈り取った。

両足を失くし、立つこともかなわないデーモンは、地を這いながらその下手人を睨みつける。

 

「可哀想です可哀想です。卑怯な手を使おうとして、失敗し、こうして地べたを這いずり回る。何て惨めで私好み」

 

「ま、待て——」

 

「——ですが残念。魔物の首は落とす事にしてますので」

 

命乞いの言葉が続けられる事は無かった。その言葉が紡がれる前に、彼女の大鎌が、デーモンの首を落としたからだ。元処刑人の経歴に相応しい、見事な手際であった。

 

「……貴殿は恐ろしい女だな」

 

その戦闘技術もさることながら、どこか淡々と、穏やかな笑みを浮かべながら首を落とす様は、見る者に寒気を感じさせるものだった。振るう鎌に、乗せられる殺意がどこまでも薄い。それは、真っ当な戦士であるリキュノスには異様なものに映った。

 

「非道いです非道いです。こんな『空虚でミステリアスなお姉さん』をつかまえて恐ろしいだなんて。——あそこにもっと恐ろしい方が居るというのに」

 

リキュノスの言葉に、心外とばかりにかぶりを振る。そして、この区画の出口を指し示した。あそこに居る者の方が、余程恐ろしいだろうに、そう言っていた。

 

襲撃を掛けた相手が敵わないと見るや、デーモン達は一目散に出口へと駆け出した。他の区画に居る仲間達に知らせなければならない。不意を打たれたが、数と準備さえ整えば相手は少数。十分に勝ちの目はある。そう考えていた。

 

出口へ向かって走るデーモン達の前に、その出口の方から、何かが飛来する。投げ捨てられるようにして転がったそれを、思わず立ち止まって確認してしまう。そして直ぐに後悔した。

それは、かつて同胞だったもの。まるで内側から何かに食い破られたかのように穴を開けられ、血を吹き出している。それは、最後に一際大きく痙攣し、そのまま霧散していった。

一体何をすればそのような死に方をするのか。デーモン達が、出口の方へ視線を移す。そこに居たのは、鎧の偉丈夫。

全身を重厚な鎧で包み、ゆっくりと此方に向かって来る。兜の奥、スリットの向こうは闇に包まれ、その表情は伺えない。

 

それを認識し、しかし誰もが身動きが出来ないでいた。背後の女達すら、今は意識の外に追いやられる。異様なまでの静けさの中、ただただ魔界の土を踏み締める金属質な足音だけが聞こえてくる。

その手に握られているのは、剣というには異様なもの。黄金の角に、蔦のように逆棘が巻きついている。血を滴らせたそれは、先程まで振るわれていたのだろう。真っ当な者が握る武器ではない。全員にその確信があった。

 

——あれは、ダメだ。我らにはどうしようもないものだ。

 

弱者を甚振り続けた彼らは本能的に悟る。後ろの女達の比ではない。戦いにすらならない差を、感じ取ってしまった。強者と弱者が反転した事を、理解してしまったのだ。

 

「う、おぉぉぉおおお!!」

 

己が気圧されたという事実を振り払うが如く、一人のデーモンがそれに向かっていった。それは、勇気でも何でもない。ただただ現状を受け入れられない愚か者の所業。

やぶれかぶれの突撃は、しかし当然の如く受け止められる。そして、褪せ人は片手でデーモンの頭を掴むと、そのまま引き摺り、近くの壁へと押し付けた。

 

「ぐっ、離せ!離せえぇぇ!!」

 

掴まれたまま、半狂乱に鎧の男を殴り付ける。しかし、それを受けながら、微動だにしない。抵抗などまるで無いような所作と共に、片手でゆっくりとデーモンを持ち上げ、もう片方の手に握られた大剣の先端をゆっくりとその腹に押し当てた。

 

「ひぁっ、やめ——」

 

言い終わる前に、大剣が突き立てられる。黄金の大剣が蠢き、その逆棘を内から広げる。逆棘に宿る聖性が肉を焼き、全身を蹂躙しながら身体の至る所から飛び出していく。

 

「おあぁぁぁああ!?」

 

身体の内側から食い破られる、これまで感じた事のない痛みに、デーモンは獣のような悲鳴を上げた。そして、全身を痙攣させると、やがてその動きを止めた。

動かなくなったそれを確認し、褪せ人はまたも無造作に放り投げた。返り血に鎧を赤く染めながら、次に屠るべき者達へと歩みを進める。

最早、残るデーモン達は立ち向かう気概はおろか、逃げる気さえ失くしてしまった。啜り泣き、許しを乞う声が、辺りに響く。

 

「うわ」

 

「分かります分かります。流石にドン引きですよね。私が言うのもなんですが、もうちょっとどうにかならなかったんでしょうか」

 

思わずといったようにリキュノスから漏れた声に、リムリィが同意を示す。

助けるはずの奴隷すら、恐怖のあまり震え上がっていた。王国の第一印象はきっと最悪だろう。わざとやっているのだろうか。

 

「ちょっとー、アタシ達正義の王国軍なんですけど?武器のチョイス間違えてない?隊長?」

 

後ろからそれを見ていたシェイドが流石にどうかと物申す。褪せ人が多様な武具を使うのは知っている。もうちょっと良い武器があっただろうと、そう言わずにはいられなかった。

 

「これが最も効率が良い。そう判断した」

 

「そうは見えないんだけど?」

 

別段、褪せ人は気分で劫罰の大剣を振るった訳ではない。相応に理由があっての事だと、弁明した。

デーモンとは精神体であり、ただその肉体を破壊するだけではいずれ蘇る。故に、完全に殺しきるならば、その精神を摩耗させなければならない。蘇るたびに幾度となくダメージを与え、精神の負担を増やし続けて殺すのが正道ではあるのだろう。だが、下級デーモンを相手にそれは効率的ではない。

 

「一度殺す際に、可能な限り苦痛を味わわせる。デーモンの精神を削るには、これが効率的であると、そう判断したのだ」

 

合理的に判断してその選択をした。少なくとも本人はそう考えていた。つまりはわざと。理屈は通っているだけにタチが悪い。まだ気分でやってくれた方が説得の余地があった。

 

「——ヒュッ」

 

「おー、よしよし。大丈夫ですよー褪せ人は怖くないですよー」

 

その考えを聞いた約一名の赤いデーモンのトラウマが再発。その精神を摩耗させた。怯えるエスネアをカゴメが背中をさすりながら落ち着かせる。図らずも、褪せ人の仮説を味方が証明してくれた。

 

「うぁ……えぇっと、貴方達は……」

 

シャルキーは自分達を虐げていたデーモン達を容易く殲滅させた彼らに戸惑いを覚える。助けに来てくれたのか、或いは、より恐ろしい何かか。

 

「良く頑張りましたね!貴方の踊りは、間違いなくこの子達を救いましたよ!」

 

「あ……」

 

小さな妖怪の少女にそう言われ、身体の力が抜ける。思わず涙が溢れ出した。旅の一座に売られ、魔界に攫われ、それでも同じ境遇の子達を勇気づける為に続けた踊りは、無駄では無かった。

 

「助けて……助けて、ください!」

 

「無論、ここに来たのはそれが目的だ」

 

ここに来るまでに、多くの奴隷達の末路を見てきた。いずれも、その欲望を満たすために壊された者達。

それらを見た褪せ人とて、何も思わない訳では無い。義憤に駆られる程、熱のある人間ではないが、それでもここのデーモンを生かして帰そうなどとは思っていなかった。

足元で命乞いをするデーモンに、劫罰の大剣を突き立てる。また一人、苦痛に喘ぎながらその命を散らす。今この場で、この大剣はその名に相応しい役割を果たしている。やはりこの選択は間違いではない。

血のついた大剣を振るい、纏わりつく血を払いのける。そして、怯えるシャルキーへと向き直った。左手に持つ聖印に力を込め、奇跡を発動させる。

 

「ヒィッ!」

 

恐怖に震え、何事かに備えて目を瞑る少女に疑問を持ちながら、回復を放ってやる。覚悟を決めた少女を温かな光が包み、傷を癒す。血の滲んだ足を見て、このくらいはしてやるべきだろう。ただそれだけの事だったのだが。

 

「済まない、私も良からぬ事を考えてしまった……」

 

「私もです私もです。てっきり『トドメを刺してやるのが唯一の救いだ』的なやつかと」

 

リキュノスとリムリィの言葉に眉を顰める。

足を怪我しただけの少女に、そのような事をする筈も無い。これでも弁えているつもりだった。

 

「……ここのデーモンの掃討は終わり、逃げる奴は、もう居ないわ」

 

「そうか。次の区画へ向かう。ハルモニア達が先行している。合流するぞ」

 

狙撃を終え、此方に歩いてくるソシエの言葉に、褪せ人は次を指し示す。まだ終わりではない。ここのデーモンは一人として逃すつもりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

褪せ人達がデーモンを殲滅している頃、別区画では、ハルモニア率いる別働隊が同様にデーモン達を強襲していた。

白い悪魔が、動揺し精彩を欠いた悪魔達を淡々と血に染め上げる。

 

「怒っているのね。とっても素敵」

 

同胞の骸を積み重ねながら、アブグルントは酷く上機嫌だった。こっそりとつけた使い魔越しに見た褪せ人は、奴隷地区の惨状に、何も思わない訳ではなかったようだ。

敵対者に対しても、どこまでも泰然とした態度を崩さない、そして思いの外寛容な男が見せる静かな感情の揺らぎに、アブグルントは笑みを深める。

 

「アブグルント……。いや、アブグルント様!どうかお許しを、望むなら、ここの奴隷は貴方様の好きに……」

 

「今、とても良いところなの。邪魔しないで貰える?」

 

何かを勘違いしたデーモンが、どうにか魔将の機嫌を取ろうと媚び諂う。だが、そんなものに興味はない。寧ろ、折角の楽しみの邪魔をされた事が不快だった。槍を振るい、見当外れな事を言う愚か者の首を刎ねる。

そして、再び使い魔が送る褪せ人の様子に集中し始める。

 

「怒りも、悲しみも苦しみも、もっともっと私に見せて?」

 

褪せ人が繰り広げる惨憺たる光景に気を良くしながら、しかし彼女は任務に忠実であった。鼻歌混じりに槍を振るい、彼女の周囲には死体が増えていく。そんな彼女の目に逃げ惑うデーモンなど映りはしない。今はもっと見ていたいものがあるのだから。

血塗れの道を、しかしその惨状を作り出したにも関わらず返り血一つついていない白い悪魔が、まるで花が咲いたような笑顔と共に軽い足取りで歩いていく。

 

「こわ……。あれ味方で良いんです?いつもあんな感じですか、彼女は」

 

「まぁ、平常運転だね。いや、いつもよりちょっとはしゃいでいるのかな?」

 

「こわい」

 

幼げな少女の、ドロドロとした本性を目の当たりにし、カラザは引いた。

今まで閉じた集落の中で生きてきた彼女にはあまりに鮮烈、明日から彼女の顔を見て話す自信は無くなった。

以前から多少見聞きしていたトリシャにしてみれば、まぁそうなるかなといったところ。それでもこの上機嫌振りは初めてだったが。

 

「さて、私達も仕事をしようか。このまま任せてもいいが、副長に叱られてしまうからね」

 

そう言うと、トリシャが魔術を発動する。それは、結界のようなもの。この結界の中では、デーモンの高い魔法耐性など、紙クズに等しかった。

 

「そうですね。私も、この場所はあまり好きではありません」

 

善因には善果を、悪因には悪果を。それがカラザのモットーである。ならば、ここのデーモンには、然るべき報いが与えられなければならない。

カラザがデーモンの集まる広場の中心に躍り出る。そして、氷の魔術を周囲に放った。

強烈な冷気に晒され、足元が凍りつく。著しく動きの鈍くなった彼らに、続け様に魔術を発動させた。カラザの両手に、魔法陣が展開される。

 

「カラザは氷竜。ですが、こういう事も出来るのですよ」

 

魔法陣より放たれるのは、火竜の息吹。氷竜の一族でありながら、彼女は魔術により、擬似的に炎の力を会得した。炎と氷、その両者を器用に使いこなす事が、彼女の本領。

 

「加えて、体術なんかも出来ちゃいます」

 

魔術士でありながら、竜人としての、優れた身体能力を磨くことも、彼女は忘れていなかった。素早い身のこなしでデーモン達の攻撃を掻い潜り、懐に潜り込む。そして至近距離から魔術を展開。次々とデーモンを打ち倒していく。流石に王国の誇る本職達には劣るものの、魔法を織り交ぜたそれは、決して王国の者達にも見劣りしないもの。

 

「竜人にして賢者。聡明で強いカラザとは、私の事です」

 

「なんだ、私のことを上位互換だなんだと言っていたが、十分に君は優秀じゃないか」

 

「ふふん」

 

同じ事をしろと言われても、トリシャには出来ない芸当である。一目見れば分かる。一連の魔術と体術は、彼女の弛まぬ努力によるものだと。決して下位互換などとそのような筈もない。

 

「これは、私も負けてはいられないね」

 

同じ竜人の、その力を見せられて、トリシャもまた己の力を引き出す。

彼女のような器用な芸当はできない。トリシャはあくまで純粋な魔術士であった。

その小さな身の内に、莫大な魔力が込められる。とりわけ竜族の中でも強力な黒竜。その中でもさらに異次元の魔力を持つのが、彼女であった。

魔法陣から、氷の魔術が放たれる。カラザのそれと比較しても、明らかに威力が違う。一瞬にして周囲のデーモンを氷像と化し、絶命へと至らしめる。

 

「ふむ、こんなところかな」

 

「伸びた鼻っ柱が一瞬にしてへし折られました。泣きそうです」

 

魔術士として、明らかに規模の違う魔術を見せつけられ、カラザは恨めしげな視線を送る。

 

「所詮これは、魔力に物を言わせた力技だよ。比べるものではない。適材適所さ」

 

「それじゃ駄目なんです。『あの人は凄い、でもカラザさんはもっと凄い』……これが私の目指す理想です」

 

「君も中々に難儀な性格をしているね……」

 

集落の中で育った承認欲求の獣は、中々納得してくれはしなかった。

 

 

 

 

 

「順調に数を減らしているようですね」

 

氷と炎の魔術が、デーモン達を一掃する様を見ながら、ハルモニアは状況が順調に推移している事を確認する。

 

「そのようだな。それで、私は何をすれば良い?」

 

ハルモニアの言葉を受け、ラピスは静かにハルモニアの出す指示を待った。

 

「正直、貴方達は私の言うことなど聞いてくれないと思っていました」

 

元魔王軍だから、ではない。同じ魔将、同じ大悪魔。アブグルントとラピスはハルモニアと比べても同格。序列に厳しい悪魔の関係性で言えば、己の指示を聞いてくれるかは、怪しいものだと踏んでいた。

 

「単に頭ごなしに指示を出すのならば、そうだな。だが、そこに理があるのならば従う事に否やは無い。何より、私は部隊の指揮などという面倒ごとは御免だ」

 

無能な指揮官に従うつもりはない。しかし、己が自ら兵をまとめ上げるなどというのも御免被る。子供のワガママのようなラピスの言葉は、しかしハルモニアの能力を認めるものではあった。少なくとも、彼女の指揮下で動く事に、不満は無い。

 

「さぁ、私は何をすれば良い?」

 

「獲物は残り僅か。逃すつもりはありません、追い立てましょう」

 

この侵攻に作戦はなく、この地区を制圧するのに殲滅の必要も無い。だが、この部隊の隊長が殲滅を望み、また部隊の者達もまた同様であるならば、その意を汲んでやるのが副長の務めだろう。

 

「既にトリシャさんの魔術で大半の通路は塞がれています。逃げ道は一つ。そこに獲物を追い立てます」

 

「狩りの基本だな。良いだろう」

 

敵ではなく獲物。戦いではなく、狩り。ハルモニアとラピスはそう認識していた。それ程までに、戦力は隔絶しているのだから。

上空に逃げる者は、ソシエの狙撃によって撃ち落とされる。それを目撃したデーモン達は空を飛んで逃げようなどとは最早考えていない。ただただ、残された道を遮二無二走る。罠だなどと、考える頭を持ち合わせてはいないだろう。

 

「クソッ、何だって大悪魔が集まってやがる!?」

 

「空は駄目だ!狙撃される!走れ、走れ!」

 

次々と氷で塞がれる通路。残されたデーモン達は唯一未だ塞がれていない通路をひた走る。自分達が何処へ向かっているかなど、知る由も無かった。

背後から追ってくる大悪魔と配下のデーモンに、悪態をつきながら逃げ道を探る。

そして、何度目かの角を曲がった先、巨大な壁が道を遮っていた。彼らの記憶でも、そのような壁があった記憶はない。つるりとしたそれは、登ることも、壊す事も出来る気はしなかった。

 

「何だ、これは」

 

「いやぁ、久しぶりにまともなぬりかべやってる気がしますねー」

 

場にそぐわない暢気な声に、デーモン達が戸惑いを露わにする。今こうしている間にも、背後から迫る魔将達に、焦りは頂点に達していた。

そして、ついにハルモニアとラピスがデーモン達に追いつく。しかし、それ以上此方に近寄ろうとはしなかった。

 

「お望み通り、彼らが最後の生き残りです」

 

デーモン達の逃げ道を塞ぐように、ハルモニアが背後に立つ。しかし、その視線はデーモン達には向けられていなかった。最後の生き残り、それは一体どういう事かと、デーモン達は言葉なく視線を以てその意味を問うた。

 

「——上出来だ」

 

だが、その疑問に答えは返されない。男の声が、その場を支配した。決して大きくないその声が、静寂の中でよく響いた。

その声の主は、壁の向こうに居た。まるで最初から無かったかのように壁は消え失せ、そこに居たのは、その背に竜人と魔将を従えた鎧の男。血の滴る異様な剣を片手に、此方を威圧するようにゆっくりと歩み寄る。

 

「——好きに生き、理不尽に死ぬ」

 

重く、低い声が空気を震わせる。感情の伺えないその声は、相対する者達に恐怖を抱かせるもの。

 

「——好きに生きたお前達は、理不尽に死ね」

 

それが道理だと、男が言い放ったのが最後だった。

奴隷地区を支配していたデーモン達は、その日一人残らずして全滅した。

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