魔界都市の広場へと場所を移し、アンブレと褪せ人が相対する。周囲にはダークエルフ達と、王国の先遣隊が広場を囲み、これから始まる決闘の行方を見守っていた。
「魔界で、ダークエルフと物質界の人間が戦う?正気か?」
「魔将が居るとはいえ、瘴気の影響はあるだろうに。まだあそこのデーモン達が出た方が良かったはずだ」
ダークエルフ達がアンブレの前に立つ褪せ人を見て、口々に無謀であると評した。確かに、手に持つ大盾と大槌を見れば、優れた膂力の持ち主なのだろう。だが、瘴気の中で常の如く振るえないはず。そして、それを相手にするのはダークエルフにおいての最強。勝負になるなどとは、思えなかった。
「むっ」
「落ち着きましょう落ち着きましょう。言われている内容は事実です。本来なら」
何も知らないダークエルフの評価に、カゴメがムッとした表情を向ける。しかし、そんなカゴメをリムリィが宥める。彼らの言うことに、間違いはないのだ。それが唯の人間であるならば。
「……彼は、普通ではない」
「その通りですその通りです。あの方は唯の人間ではありませんから。見守りましょう?」
先遣隊の面々は既に自分達を従える男がただの人間だとは考えていない。これまで褪せ人と面識の無い隊員も、先の奴隷地区で実際に目にして、それは確信へと至った。扱う武器も、扱う奇跡も、そしてその考え方までも。その全てが異質で一線を画すものであった。
そこまで言われ、カゴメも大人しく見守る事とした。目の前の男が、何も知らぬダークエルフ達に、その力を証明すると信じて。
周囲の者達の視線が、広場の中央の自分達に注がれているのを感じながら、褪せ人は静かに決闘の開始を待った。
どうにも、こうも見られながらの戦いというのは慣れない。今まで、人知れず戦い続けていたからだろう。此方の一挙手一投足に注目が集まる事に若干の気持ち悪さを感じていた。
「貴公は、凄まじい戦士だな」
開始の合図を待つ褪せ人に、同じく堂々と正面に立っていたアンブレが声を掛ける。その声に、褪せ人は声を返すことなく視線を向けた。
「初めてだよ。これ程の圧迫感を感じる相手は。かつて女王陛下に挑んだ時も、これ程恐ろしいと感じた事は無かった」
かつて、己こそ最強であると、そんな夢を見て女王に挑み敗北した。それから研鑽を積み重ね、遂に、その女王より最強の二文字を冠された。それがアンブレである。
その彼女が、目の前の男を見て恐ろしいと感じた。剣士としての本能が、この男をかつてないほどの脅威であると訴えかけている。
「光栄だよ。貴公ほどの英雄と剣を交える機会が得られるのは。胸を借りるつもりで挑ませてもらう」
「……少し、買い被りが過ぎる」
此方を誉めそやすアンブレに、褪せ人はかぶりを振る。ただ他人より戦うのが得意なだけだ。結果としてそうなっただけで、そう持ち上げられるものではない。
「そうかな?とはいえ、負けるつもりもない。女王陛下の剣として、恥じぬ闘いをここに誓おう」
そんな二人のやり取りが終わったのを見計らい、ダークエルフの中から、ドロテアが二人の間に歩み寄る。
「最後に確認だ。互いに殺しは無し。決着は降参か、戦闘続行が不可能と判断されるまで。それ以外は特に無い。良いな?」
「構わん」
殺し殺されが基本の身の上としては、少々窮屈ではあるが、それは相手も同じこと。寧ろ条件としては都合が良い。武器も祈祷も、何の制限も無いのだから。
アンブレも、ドロテアの言葉に静かに頷き、了承の意を示す。それらを確認して、ドロテアは一歩、二人の間から遠ざかる。
「では、お前達の力を証明してみせよ——始め!」
合図と共に、アンブレが駆け出した。手に持つのは、身の丈もある大剣。重厚なそれを、その細腕では想像もつかない膂力で構え、此方へと振り降ろす。
その一撃を、常の如く大盾で受け止める。強烈な威力、しかし、受け止め切れない程ではない。大槌を振り上げ、カウンターを放つ。
しかし、その程度は予想していたのだろう。アンブレはそれを背後に跳ぶことで容易く回避、返す刀に剣身に込めた魔力を斬撃として放つ。
それもまた、褪せ人は横にローリングする事で回避した。両者の距離が開く。
「驚いた。まるで崩せる気がしないな」
「……」
大盾を構えた己を相手に、接近戦は不利と判断したのだろう。アンブレは斬撃による遠距離戦へと戦法を変える。
次々と放たれるそれは強烈な威力を誇る。盾で受け続けるのはあまりに危険だった。武器を切り替える必要がある。
「武器が変わった!?」
手に握るのは大剣。誕生の輝きと孤独。それぞれの意味を持つ二つの紋章が刻まれたそれは、大剣というサイズに比して驚く程の重量を誇る。かつて、秘術によって心を失くした者達が振るう、修羅の得物であった。
その大剣を大上段に構え、その戦技を発動する。剣身に集められた力を、振り下ろすと同時に斬撃として放つ。
その斬撃は、アンブレが放つそれを次々と消滅させながら、真っ直ぐに飛んでいく。威力を減衰させながらも、それでもなお、受けるには危険なもの。
「くっ!?」
己の斬撃が打ち負けた事に歯噛みしながら、アンブレはそれを横に躱す。そして、着地した彼女に——大きく踏み込んだ褪せ人による回転薙ぎが迫っていた。
「なっ!?」
孤月斬り。それは、飛来する斬撃とその追撃による回転斬りまでが一つの戦技である。斬撃は囮、本命は体勢を崩した相手に迫る横薙ぎの一撃。
アンブレはかろうじて大剣でそれを受け止める。しかし、半端な体勢で受けに回った結果、彼女の身体は大きく横に吹き飛ばされる事となる。地面を転げ回り、土煙が巻き起こる。
「馬鹿な、アンブレが打ち負けただと!?」
予期せぬ結果に、ダークエルフ達が思わず声を上げる。魔界の地で、人間がダークエルフを吹き飛ばす。そんな事があり得るのかと。
「強いな。やはり、剣だけでは歯が立たないか」
アンブレが立ち上がる。地面に転がされて、あちこちに擦り傷が出来てはいるが、決定的なダメージはない。
「様子見は終わりか」
「ふっ、やはり貴公ならば気づくか」
立ち上がったアンブレが褪せ人の言葉に笑うと、左手を広げる。その手から、暗い、泥のような闇が零れ落ちる。
地に落ちた闇が蠢き、不定形だったそれが形を成す。それは、巨大な単眼の魔物とでも表現すべきもの。光沢のある触手を蠢かせながら、此方に這いずって来る。
「——ここからは、冥闇の剣士として相手をしよう」
褪せ人と同じように、アンブレの武器もまた変わる。それは、二対の円刃であった。宙に浮き、アンブレの周囲をくるくると回るそれに、先程までとはまるで異なる戦いを強いられることを悟る。
アンブレと闇の異形の双方を見遣りながら、褪せ人が静かに剣を構えた。
「召喚術か?少しズルいような気がするが……」
「いや、アレは彼女の持つ闇の力を疑似的に具現化したものだね。魔法生物のような形を成しているが、紛れもなく彼女の能力だよ」
現れた単眼の異形。それを召喚術によるものだと考えたリキュノスが眉を顰める。しかし、そんな彼女の言葉をトリシャが否定する。あれは単に、魔物のような姿をとっているだけであり、彼女の放つ魔法のようなものである。故に、一騎打ちからは逸脱していない。
「とはいえ、魔物を召喚された方が良かったかも知れないね」
「どういうことだ?」
「態々手間暇かけて具現化したアレが、ただ数の差で有利に立とうとしてるだけとは思えないって事さ」
実際のところは分からないが、アレは何らかの力を発動する為の触媒であるとトリシャは見ていた。恐らくは、そう外れてはいないだろう。
助言を投げ掛けたいところだが、一騎打ちの手前そうもいかない。
「さて、君はこの局面をどう乗り切るのかな。アブグルントではないが、楽しみにしているよ」
故に、彼女達は見守るしかない。或いはあの男ならば、此処を乗り越える為に、新たな力を見せてくれるのかも知れない。そんな期待を込めて、トリシャは褪せ人の方を見遣った。
「はぁっ!」
迫る円刃と触手の連撃を、褪せ人が盾で防ぎ、躱す。円刃に持ち替えたアンブレは、魔術でそれらを操作し、距離を離して攻撃を繰り返す。その攻撃は、大剣よりも寧ろリーチが大きく増していた。
このままでは埒が開かない。孤牢の大剣から、死の騎士の長柄斧へと持ち替える。
「凄いな!また武器が変わるのか!」
興奮したようなアンブレの賞賛の言葉を聴きながら、褪せ人は姿勢を低く構える。そして、雷撃と化し、突撃する。飛来する円刃を躱し、駆け抜けながらアンブレの元へと迫る。
そして、そのままの勢いで大斧を振り下ろした。今の彼女の手に大剣はなく、防御は不可能。十分に当てられる。そのはずだった。
「——イビルアイ!」
アンブレの言葉に反応し、彼女の身体を単眼の異形がその触手で絡めとる。そして、彼女を自身の方へと引き寄せた。振り下ろされた大斧が空を切り、大地に雷鳴を響かせる。
「危なかった……。やはり強いな、此方が一方的に攻めているのに、一度反撃を許せばそのまま食い破られる。貴公との戦いは、そう思わせる」
触手からゆっくりと降りながら、アンブレは語り掛けてくる。その顔はどこか楽しげであった。
「楽しいよ。今の私は挑戦者だ。なりふり構わずに、こうして強者と戦うのは久しぶりなんだ」
再び両者が構え、攻防が再開される。先の焼き直し、アンブレがイビルアイと連携して攻撃を加え、その攻撃を褪せ人がいなしていく。しかし、徐々にその均衡が崩れていく。褪せ人が反撃に移る頻度が増えている。
——ここにきて、アンブレの攻撃に適応しつつあるのだ。
「有り得ん、全力だぞ今のアンブレは。持ち堪えるどころか反撃に出るなど」
この時点で、最早ダークエルフ達は認めるしかなかった。目の前の男は、理外の範疇に居る。女王直属の剣士が、その全力を賭しているにも関わらず、持ち堪えるどころか反撃に移っている。今こうしている間にも、攻撃の間隙を縫って反撃に移る褪せ人を、必死の形相でアンブレが躱している。未だ攻めの主導権を握っているのはアンブレであるにも関わらず、押されているのは彼女である。
「くっ!」
極限の集中力を維持しながら、アンブレが褪せ人へと攻撃を加える。だが、当たらない。先程まではその鎧を掠めていたというのに、今はもう完全に見切られている。触手による援護も同様。躱すにしろ防ぐにしろ、今、あの男は最適解を選び続けている。
「居るものだな。強者というものは……!」
驕っていたつもりはない。そんな感情は、既に女王に敗北した時に捨てたはずだった。故に研鑽を繰り返し、女王に認められるまでに登り詰めた。それでもなお、こうして己を上回る男が出てくる。楽しかった。過去に夢見た最強という渇望に、再び火がついたように感じる。
褪せ人が再び雷撃へと変じ、突撃してくる。イビルアイの触手は攻撃の為に伸び、同じ回避方法は通用しない。己もまた、円刃を引き戻す為に回避行動が遅れる。
「——この時を待っていた!」
故に、アンブレが最後の手札をここで切る。この男に同じ手は通用しない。故に、初見で完璧なタイミングを狙わなければならない。
イビルアイの瞳が妖しく輝き、懐に潜り込んだ褪せ人を凝視する。込められた闇の魔力が、褪せ人を拘束する。
イビルアイ、それの持つ特殊能力とは、短時間相手の動きを拘束する邪眼の呪いである。
「……!!」
ここにきて、褪せ人の顔に動揺が生まれる。最後の最後まで隠し通した切り札が、男の余裕を僅かに崩した。
「——獲ったぞ!!」
円刃から大剣に持ち替えたアンブレが、渾身の一撃を放つ。邪眼の呪いによって拘束され、身動きが取れない褪せ人の、無防備な胴を薙ぎ払った。轟音と共に、その鎧を身に纏った巨体が宙に浮き、吹き飛ばされる。先のアンブレと同じように、土煙を上げながら、その身体が転がっていく。
「ハァ……ハァ……!」
アンブレの集中力も、体力も限界だった。休まずに攻撃を加え、一撃で均衡を崩しかねない反撃を躱しながら策を練り続けた。薄氷の上を歩くようなそれは、確実に彼女の精神を削っていた。それでもなお、息を切らせながらも油断なく土煙の先を見つめる。
そして、アンブレの予想は的中した。
土煙の中、褪せ人が突撃してくる。迎え撃とうとして、しかしアンブレは回避を選択した。褪せ人が握り締めた左手に、悍ましい程の炎が塗り固められ、火球を成していたからだ。
凄まじい勢いで迫るそれに、アンブレは大きく飛び退いた。それを横目に、褪せ人はイビルアイの巨体に左手を押し当てる。そして、至近距離で握りしめた火球を爆発させた。
爆炎がイビルアイを包み込む。触手が千切れ飛び、単眼はその形を維持できず、泥のような闇へと形を崩す。そして、それは再び闇へと還っていった。
燃え盛る炎の中、褪せ人がゆっくりと立ち上がる。その立ち姿に些かの揺らぎも見受けられない。
「貴公ならば、やはり立つか」
「……」
先の一撃は、褪せ人に確実にダメージを与えていた。しかし、それでもなお、届かなかったというだけ。アンブレに降参の意思は見られない。最後まで闘いたいと、その目が言葉無く訴えかけていた。
最早言葉は要らなかった。褪せ人の構えに応えるようにして、アンブレもまた、構える。そして、両者はまるで示し合わせたかのようにして同時に駆け出し、武器を振り下ろした。
「見事……」
アンブレの腹部に、大斧の腹が叩き込まれていた。賞賛の言葉を最後に、アンブレの身体が崩れ落ちる。
「——そこまで!此度の一騎打ち、勝者は褪せ人である。両者の健闘に、喝采せよ!」
驚愕するダークエルフ達は、しかしドロテアの言葉に立ち直り、喝采を送る。その喝采を浴びながら、褪せ人は武器をしまうと、ドロテアへと向き直った。
「見事であった。最早、貴様達の力を疑うもの居ない。我らダークエルフは、貴様達を協力者として受け入れよう」
「後は、本隊と話をしてくれ。私の役割はここまでだ」
ドロテアの言葉に、一先ずは任務を達成出来た事を確認する。とはいえ、その後は王国に話を通してもらう他ない。力は示した。故に、これ以上のやり取りはする気はなかった。
歩みを進める褪せ人に、カゴメ達が駆け寄ってくる。
「お疲れ様です!今回も頑張りましたね!」
「やろうと思えばまともに戦えるんですね。見直しました」
いつも通りに頑張りを賞賛するカゴメと、若干の含みがあるカラザ。今まで一度としてふざけて戦った事など無いが、どういう事か。
「いやいや、そういう問題じゃ——」
「——いやぁ、強いとは思っていたが想像以上だな!良いなぁ、私も貴方と仕合いたい!よし、やろう!今すぐやろう!さぁ、私をぶっ飛ばしてくれ!」
カラザの言葉を押し退けるようにして、興奮したリキュノスが近づいてくる。その目は爛々と輝いており、その言葉通りに今すぐに試合を始めかねない様子だった。
「落ち着きなさい。此度の功労者を困らせるものではありませんよ」
「む、副長、しかしだなぁ」
「ダメです。遠征が終わるまで我慢しなさい」
「そんなぁ……」
ハルモニアに嗜められ、肩を落とすリキュノス。さらりと遠征が終わったら構わないと言われている気がする。己に決定権は無いのか。
「というか何です?『私をぶっ飛ばしてくれ』って。おかしくないですか?」
「何を言っている?強い雄に遠慮なく模擬戦でぶっ飛ばされるのは本望だろう?」
「残念です。貴方はマトモだと思っていたのに」
同じ竜人の理解し難い性癖を知り、カラザは頭を抱える。マトモな武人気質な竜人だと思っていたのに、裏切られたような気分だった。
騒がしい隊員達を一先ず放っておき、ハルモニアへと向き直る。今一度、この後の方針を確認する。
「後は、本隊を待つだけか」
「そうですね。王子と女王の会談の後、再び先行してレヴィアタンの心臓を目指す形になるかと」
目標は変わらずレヴィアタンの心臓。そして、そこに向かって着実に進んでいることを確認し、褪せ人は王子達の到着を待つことにしたのだった。