今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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ふと思いついた小ネタを挟まずにはいられなかった。
独自解釈があります。ラニ様過激派の方はどうかご容赦を。


魔女との追憶

 

褪せ人とアンブレの一騎打ちの後、遅れて本隊が魔界都市へと到着。ドロテア達ダークエルフと王子率いる王国軍の主だった者達が、今後について協議を重ねる事となった。

褪せ人もまた、その中に加わるように言われたのだが、それについては辞退していた。

政治にも軍略にも疎い己が加わったところで何があるというわけではない。ただ、決定事項だけが伝えられればそれで良かった。

 

「本当に痛む所はありませんか?」

 

「無い」

 

魔界都市外に立てられた王国軍の天幕。その中でイリスが褪せ人に奇跡を行使しながら、心配そうに覗き込む。

実際の所、一騎打ちの後に既にドロテアの手によって治療は受けている。故に、奇跡の行使は必要ない。そう言ったはずなのだが。

 

「貴方は無茶ばかりしますし、しかもそれを顔に出さないので心配にもなります。聞いた話によるとダークエルフの剣士と一騎打ちをしたとか——」

 

「何だか、母親みたいな事言ってるな」

 

「なっ!?」

 

渾々と説教を始めたイリスに、タラニアがからかい混じりに指摘する。そんなつもりは無かったのだろう。イリスは思わず振り向いて抗議を始めた。

 

「そ、そんなつもりはありません!この人が無茶ばっかりするから……」

 

「まぁまぁ、それにしても大活躍だったみたいじゃないか。全く、ボクも魔界適性があればなぁ」

 

イリスを宥めながら、タラニアが羨ましそうに此方を見る。先遣隊に加わりたかったのだろう。しかし、彼女も傭兵。魔界の瘴気に晒されてまで前線に出るというリスクを負うつもりは無かった。無理もない話である。己やリムリィ、ソシエが奇特であるだけだった。

 

「奴隷地区では英雄だったみたいじゃないか。雷光たるボクを差し置いてそんなヒーローみたいな事をするなんて——」

 

「——聞きたいかしら?」

 

「へ?」

 

タラニアが褪せ人の活躍を羨ましげに話していると、天幕の外から声が掛かった。そして、アブグルントが入ってくる。薄い笑みを浮かべ、タラニアへと問いかける。彼の活躍を聞きたいかと。猛烈に嫌な予感がしたタラニアは、彼女の言葉にかぶりを振る。

 

「い、いや……やっぱり辞めておこうかな。ちょっと嫌な予感が——」

 

「——彼はね、逃げ惑うデーモン達に次々と剣を突き立てたの。普段ならあまり興味は無いのだけれど、あの時の内側から食い破られるデーモンの悲鳴は、とても印象的だったわ。それから彼は赦しを乞うデーモン達に何度も——」

 

やんわりと断ろうとするタラニアに、アブグルントは嗜虐的な笑みを浮かべて語り始める。大凡英雄的な活躍とは程遠い、凄惨極まる語り口であった。

 

「わー!辞めろって言ったじゃないか!というかまたあの剣を使ったのかい!?怖いから禁止だって言ったじゃないか!」

 

堪らないとばかりにタラニアが叫んでアブグルントの語りを打ち切る。横で聞いていたイリスも耳を塞いで目を瞑っている。

少々、露悪的に語り過ぎではないか。褪せ人はアブグルントへと抗議の視線を向ける。

 

「でも、事実よね?」

 

「……」

 

否定は出来なかった。今後また同じ状況になるのであれば、やはり己は同じ事をするのだろう。やはり他人に戦いを見られているというのには慣れない。

 

「おー、何やら騒がしいが、ここが例の英雄の天幕かのう」

 

天幕の外、聞き慣れぬ声がしたと思えば、華奢な、白い髪の少女が入ってくる。着物を見る限り、東の国の出身だろうか。またぞろ騒がしくなりそうな気配に辟易としながら、その少女へと意識を向ける。

 

「うむ、ここで合っておるようじゃな!」

 

一人納得した少女が、物怖じせずに此方へと歩み寄る。そして、興味深げに此方を見ながら、話し掛けてきた。

 

「豪奢な鎧じゃのう!触ってみてよいか!?」

 

「何者だ」

 

「おお、これは失礼した!儂の名はシラハユリ、付喪神じゃ!」

 

つくもがみ、聞き覚えのない単語であった。態々そう名乗る辺り、人間ではないのだろう。東の国であると考えるならば、妖怪の類か。

 

「ふむ、付喪神を知らぬのか。儂はの、人間の身体を手に入れた刀なのじゃ」

 

その言葉は、一層己の頭を混乱させるものであった。人の身体を手に入れるというのはどういう事か。他者に取り憑く類のものだろうか。

 

「違うのじゃ。長い年月が経った物はのう、時として命が宿り、付喪神として妖怪となり、人に化けられるようになるのじゃ」

 

そんな事があり得るのかと、褪せ人をして驚いた。少なくとも、狭間の地にそのような現象はない。

曰く、極めて稀な事例ではあれど、無いわけではないらしい。特に、そういった信仰が根強く残る東の国では付喪神達は刀に限らず、様々な物に宿るのだという。

しかし、目の前の少女が携える刀には、それほど強い力は感じない。良い刀ではあるだろう。だが、それだけだ。

 

「当然じゃな。儂は別に業物でもなんでもない。長生きしただけの無名の刀じゃ」

 

ただ長生きしただけの道具が肉体を得られる。己の住まう世界においてはあり得ない話であった。

 

「まぁ、此処に来たのは特に理由はないのじゃ。王子殿が信頼する英雄殿が果たしてどういう男か興味があってのう。会いに来たのじゃ!」

 

その付喪神は、唯の冷やかしに来たのだという。しかし、それとは反対に褪せ人は彼女の存在に強い興味が湧いた。刀であれば、付喪神になる可能性はあるのだろうか。

 

「うむ、東の国の信仰の関係上、刀の方が付喪神が宿る可能性はあるのう」

 

「見てもらいたいものがある」

 

その言葉を聞き、褪せ人は一振りの刀を取り出す。赤い刀身のそれは、刃毀れが酷く、しかしどこまでも禍々しい代物。果たしてこれに、付喪神は宿るだろうか。

 

「のじゃあぁぁぁあ!?」

 

その刀を見たシラハユリが奇怪な叫び声と共に褪せ人から飛び退く。そして、天幕の端でそれを指差しながら叫んだ。

 

「何というものを持っておるのじゃお主は!?良いか、間違ってもそれを付喪神にしようとなど思うでないぞ!?とんでもない大妖怪の誕生じゃあっ!」

 

「そ、そんなにヤバいのかい、その刀は?」

 

「ヤバいなんてもんじゃないのじゃ!」

 

突然のリアクションに戸惑いながら、タラニアがシラハユリに問い掛ける。答えはシンプルだった。凄くヤバい。

シラハユリは、無名の刀なれど、付喪神になる程に長い年月、刀として使われた。様々な人間達の手に渡り、それこそ刀でありながら飽きる程に人を斬ってきたのだ。

そんなシラハユリですら、その刀を一目見て異常であると断じた。

殺した人間の、密度が違うのだ。その刀は彼女よりは若い。そして所有者も少ないのだろう。にも関わらず、斬り殺した数は膨大。一体どれ程の戦場に身を置けば、その短い年月で骸の山を積み重ねられるのか、想像もつかなかった。

そして、この刀は飽いていない。刃毀れし、その刀身が血によって赤く染まってもなお血が足らぬと欲している。シラハユリには、それが分かった。

 

「もう駄目じゃ、大嶽丸も酒呑童子も目じゃないのじゃ、第三の鬼神の誕生じゃ……」

 

「だ、大丈夫ですよね…?付喪神になんてなりませんよね…?」

 

何もかも終わりだと意識を遠くに向けはじめたシラハユリを横目に、イリスは恐る恐る問い掛けてくる。少なくとも、己の常識ではあり得ない話なのだ。だが、目の前に刀から人になった存在が居るとなると、分からなくなった。

 

「ふ、封印です!出すの禁止です!禁止!」

 

焦ったようなイリスの言葉に、褪せ人は屍山血河を仕舞う。元より興味本位の話であり、ダメで元々程度のものだったのだ。

あわよくば、この刀が肉体を手に入れれば武具を振るう戦力になるのではないかと考えてはいたが。

 

「今の話を聞いて、味方になってくれる気はまるでしないね」

 

「それもそうか……」

 

よく考えれば、元の主人でもない己に力を貸す理由などない。振るう主を殺したのが己ならば、その主にこの刀を送った血の盟主を殺したのも己である。恨む理由しかないだろう。やはり武具に意思など不要。使い手の望むままに振るわれなければならない。

 

「ここに居たか、褪せ人……ん?どうかしたのか?」

 

「唯の雑談だ」

 

軍議が終わったのだろう。天幕に王子が入ってくる。己に話しかけようとして、辺りを見渡す王子に、本題に入るように促す。恐らくは、決定事項を伝えに来たのだろう。

 

「一先ずの方針に変更は無い。お前達にはダークエルフの案内の元、先行してレヴィアタンの体内に入ってもらう」

 

「う、やっぱり心臓だけあって身体の中に入るんですね……」

 

覚悟していたとはいえ、改めて言われると気が引けるのだろう。イリスが眉根を下げて呟いた。

 

「望むなら、ここに居ても良いが……」

 

「……いいえ、これ以上苦しむ方達を見過ごせません。覚悟は出来ています」

 

その言葉に、彼女も随分と逞しくなったものだと、褪せ人は思う。王都で魔物に襲われていた時とはまるで違う。立ち向かう者の目をしていた。

 

「此方に否やはない。明日、ここを立とう」

 

「頼む。……それにしても、随分と色々やったようだな」

 

本題は終わり、私的な話に移るようだ。王子が腰を下ろすと、酒瓶を渡してくる。正直、王族の態度ではないが、それについては最早言う事では無いだろう。酒瓶を受け取る。

男同士の話に加わるのは無粋と思ったのか、彼女達は天幕を出ていくようだった。

 

「そちらも色々あったと聞いているが」

 

「まぁ、軍で動くとどうしてもな。デーモンに襲撃されたり、後は何故かデシウスも居たな。アイツはまぁいつも通りだったよ」

 

軍で動けば当然目立つ。魔界に人間の軍勢が来たとあってはデーモンも黙ってはいられないだろう。小規模な小競り合いが起こったらしい。魔界の瘴気の元、人間の軍勢など恐るるに足りない。恐らくはそう考えたのだろう。

結果は、アイギスの神器により万全を期した王国軍による圧勝。戦力を測り間違えた相手は敗走を余儀なくされた。

デシウスについては王子もよく分かっていないらしい。何かを狙って襲撃をかけたらしいが、すぐさま退散したのだという。

 

「そういえば、先遣隊はどうだ?良く考えたら、女ばかりで肩身が狭いんじゃないかと送り出してから思ったんだが」

 

「今更に過ぎる」

 

この男、自分が女に囲まれている事に慣れ過ぎて配慮に欠けている事に遅ればせながら気付いたらしい。とはいえ、己もこうして言われるまで然程気にしていなかった。大人数で行動すること自体が今まで無かったのだ。性別など些細な問題であった。

 

「それならまぁ……良いのか?そういえば、お前の女絡みの話を聞いた事無かったな。好みとかあるのか?」

 

「無い」

 

そもそも、あの世界でまともにそのような人付き合いが発生する環境では無かった。会う者達の大半が、己に課せられた使命と向き合い、ただ歩み続けていたのだから。この地に来て、随分と余裕の無い世界だったと改めて思う。

 

「そうか。じゃあ、過去に女が居たという事も無いのか?」

 

「……無い」

 

「ん?微妙な反応だな」

 

僅かに間が空いたのを目敏く察した王子に、褪せ人は伊達に王族として人を見ていないなと内心舌を巻く。とはいえ、過去に恋人が居たという事実は無い。ふと、ある魔女を思い出しただけだった。

 

偉大なる父母より生まれ、指によって神の後継者たれと見出された彼女。しかし、彼女はその運命を拒絶し、その手から逃れようとした。

そんな彼女と出会ったのは、ある男に付き合い、打算だけで取り入ったのが始まりだった。

紆余曲折あり、最終的にその魔女は共に夜の律を歩む者として己を選び、その手を差し出したのだ。我が伴侶たれと、暗き旅路の永遠の王たれと。

 

しかし、己はそれを振り払ったのだ。

理由は幾つかあった。一つは、彼女の口から夜の律を齎した後の事が語られなかった事。律を取り上げ、律を求める者達の無用な争いを失くす。大いなる意思にこれ以上踊らされないように。そこまでは理解出来た。だが、残された狭間の地はどうなるのか。

 

或いは、彼女の掲げた律により、救われる者も居たのかも知れない。しかし、どうにも己には、あの魔女が大いなる意思から逃れる事だけに終始し、狭間の地に生きる者を軽視しているように思えたのだ。或いはそれも神らしいのかも知れないが、己には受け入れがたかった。

 

何より、大いなる意思は既に狭間の地を見捨てている。

なればいっそ哀れであった。主を失った指は、ただ無為にその使命を果たさんと動き、その無意味な支配からこの魔女は逃れようと足掻いている。両者は、どこまでも空振っていた。

 

共に歩む事は出来ない。そんな事を告げた己に、魔女は何事かを言おうと口を開き、辞めた。

ただ哀しげに微笑む顔が、酷く記憶に残った。

結局、彼女が何を言おうとしたのかは分からない。己の考えに対する反論か、裏切り者を謗る言葉か、或いは別の何かか。

彼女の言う伴侶に、どういった意味があったのか。最早それを知る機会は無いだろう。

 

「……大丈夫か?」

 

「……済まない、要らぬ感傷に浸っていた」

 

「良いさ、余計なことを聞いたようだな」

 

黙り込んだ褪せ人に、しかし王子は詮索しなかった。軽々に踏み込んではならないと、そう思ったからだ。またいつか、話してくれる日が来るのかも知れない。ならば、それを待つことに否やは無かった。

 

その後も幾つかの雑談を交えた。相変わらず王子は話すのが上手いと、褪せ人は思った。言葉少なな己ともこうして会話が続くのだ。この男と話す時間は、嫌いではなかった。

 

「少し話し込み過ぎたな」

 

気付けば、随分と時間が経っていたようだ。明日も早い。そろそろ、終わりにすべきだろう。

 

「また、明日からも頼むぞ隊長」

 

「無論だ」

 

いよいよ明日からレヴィアタンの心臓を目指し、体内に入る。何が待ち受けているのかは分からない。しかし、確かに前へ進んでいるという確信が、己を僅かに高揚させた。




霊刀つくもがみ 屍山血河とか城娘【影の城】とか妄想してました。
本編には出てきません。
ラニ様負けヒロイン概念。うちの褪せ人のヒロインは金仮面卿だったので…?
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