今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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混沌の戦場

霊体と王国軍が睨み合う。

ある種の膠着状態、しかしその主導権は相手にあった。此方が動けないのに対し、相手は動いていないだけ。ただその睨み合いだけで、精神的な優位が如実に現れていた。

 

しかし、その膠着状態も長くは続かない。

霊体の一人、全裸の女が一歩前に出る。最も不可解で、最も何をしてくるのか分からないそれが、最初に動きを見せた。軽く両腕を開き、何らかの祈りの所作を取る。

目の前の女のそれを、単なる奇行とは捉えない。王子達が警戒し、動けないで居る中、その変化はすぐさま現れた。

女の姿が、変わる。果たしてそれは、ローブを纏った竜頭の人型。

 

「り、竜人……!?」

 

イーファが驚愕の声を上げる。女の姿が、人型の竜と形容すべき姿に変じたのだから。

しかし、その姿はこの世界の常識的な竜人の姿とは異なる。通常、竜人の雌というのは、リキュノス達のように人間の女性と酷似している。人の姿に、個体差によって竜の翼や鱗、尻尾といった特徴が備わるのだ。

だが、目の前のそれは違う。どちらかといえば、雄の竜人のそれに近い。

 

これで、相手の準備は終わったのだろう。竜と化した女が、祈祷を発動する。雷光を束ね、槍を成す。それは、王国の者達には酷く見覚えのあるもの。

雷の槍。それがデステリカへ向けて放たれた。

 

「——ッ!?ヤベェッ!」

 

挨拶代わりと言わんばかりのそれに、デステリカは横に飛ぶ事で回避する。空気を裂き、飛来したそれは先程までデステリカの居た場所に着弾した。

褪せ人が使うものと同じ祈祷。しかし、その威力は明らかに女が放ったものの方が高かった。魔界の大地が、その槍によって抉られ、黒く焼け焦げている。

一射目を避けられたのを確認した女は、二射目を放つべく再び構える。

 

「させるかよッ!」

 

当然、そのような隙を与えるつもりはない。デステリカが両手に拳銃を構え、弾丸を放つ。二丁の拳銃から放たれる無数の弾丸。しかし、女は祈祷の発動を中断すると、素早い身のこなしで躱していく。

 

「クソッ!術師の癖に動けるなんて反則だろッ!?」

 

まるで当たらない銃撃に、デステリカが歯噛みする。術師であれば、詠唱の間隙を縫って一方的に攻撃出来る。そんな目論見はものの見事に崩れてしまった。

そして、相手は一人ではない。大鉈を持った男が戦場を駆ける。そして、やはりデステリカを狙い、その大鉈を叩き付けんと高く跳び上がった。

 

「——不用意に跳ばない方が良かったですね。隙だらけです」

 

しかし、跳び上がる男とデステリカの間に割って入る者が居た。近衛騎士団長、ミレイユである。

ミレイユは己の持つ聖槍の力を発動、振り下ろされる大鉈を聖槍で受け止めると、そのままカウンターを放つ。

聖槍によって己の攻撃そのままの威力を返された男は空中で吹き飛び、しかしそのまま上空で体勢を立て直すと、着地する。

効いてはいる。しかし、これだけで倒すにはあまりに不足。そして、それ以上に——

 

「——ッ」

 

ミレイユの、聖槍を握っていた両の手が凍りついていた。あの大鉈は、純粋な物理攻撃だけではない。冷気の魔力を持っている。そうとしか言えなかった。

 

「ミレイユ!?」

 

「問題ありません。ですが、この者は私とは相性が悪いようです」

 

ダメージそのものは軽微、しかしこれ以上受けるのは危険だった。相手取るならば、あの大鉈を受けるのは悪手である。カウンターによる受けの戦法こそが本領の彼女には、極めて相性の悪い相手であった。

 

女の祈祷を避けながら、反撃を繰り返すデステリカ。

大鉈を振るい、ミレイユを追い詰めていく男。

その両者を見遣りながら、最後の重装の男が動き出す。

巻かれていた軍旗を広げ、その戦技を発動させる。それは、勇ましき宿将の号令。その疑似的な再現である。

広げられた軍旗の下、霊体とデーモン達の士気が高揚する。昂り、力を増した魔王軍は、押され気味であった戦線を押し上げていく。

 

「——ッ!!イーファ!アイツを撃て!」

 

王子は瞬時に理解する。何を差し置いても、倒さなければならないのはあの男であると。どのような理屈かは分からない。だが、あれは駄目だ。こと戦場において、全域に渡って強化する相手を、放置することは出来ない。

 

「行きますわよ!」

 

王子の指示を受け、イーファが狙いを定める。そして、軍旗を広げる男に、砲撃を放った。

それは、男の居たところに寸分違わず着弾し、爆発を起こした。巻き起こる黒煙。まず間違いなく獲った。その確信があった。

だが——

 

「そんな……!?」

 

男は健在。あろうことか、男は、盾で以てその砲撃を受け切ったのだ。

否、それを盾と呼んでよいのだろうか。それはまるで、巨大な墓石のような代物。表面には、まるで指紋のような溝がびっしりと彫られている。

そんな物を事もなげに盾として構えられるその男は、間違いなく尋常な者ではない。

 

「イーファ、デステリカの援護に回ってくれ」

 

「で、ですが……!」

 

「——アイツは、俺がやる」

 

イーファに、デステリカの援護に向かうよう王子は指示を出す。砲撃を容易く受け止める相手。圧倒的な破壊力と制圧力を誇る彼女を、この男にあてがうのは意義は薄い。故に、王子はこの男を相手取る事に決めた。

何より、目の前のアレは似ているのだ。重装で、大盾を構え、まるで城砦を思わせるその男は。

ならば、丁度いい。果たして己は、あの男にどこまで追いついたか。

 

「まぁ、お前がアイツより強いとは思えないがな」

 

果たしてその挑発を理解したのかは、言葉を発しない霊体相手では分からない。

だが、少なくともその男は、王子の方に向き直り、軍旗を畳むと、静かに斧槍を構えた。

それに応えるようにアイギスの神器を構え、王子は男と相対する。

どうやら、この三名に連携などという言葉は無いらしい。それぞれが戦場を分断された事にまるで意に介していない。それ程に己の力に自信があるのか。

だがそれでも、この程度の相手、一人で下さなければあの男に追いつけるはずもないのだ。覚悟を決めた王子は、目の前の相手を己が超える壁と定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!クソッ、当たらねェ!」

 

デステリカが悪態をつく。先程から拳銃による連射を繰り返しているにも関わらず、まるで相手に当たる気がしないのだ。

当然、デステリカとて一流の銃士。何も考えずに乱射しているという訳ではない。相手の動きを見て、隙を潰すようにして狙い撃つ。それも彼女程の技量の持ち主であれば、躱すのは至難。その筈だった。

最初はもっと、大袈裟に躱していたのだ。それが、徐々に避ける動きが小さくなっている。此方のリロードに合わせ、的確に祈祷を放つようになっている。

相手が、此方の動きに慣れてきている。

 

「——ハハッ!世界は広いなァ!」

 

悪くない。デステリカはこの絶望的な状況の中、笑った。

強いやつは大歓迎だ。鎧で受けるでも、盾で防ぐでもなく。無傷で銃弾の雨を避けるやつは初めてだった。

 

そんな事を考えながらも、銃弾の手は緩めない。だが、当たらない。少しずつ距離が縮まっている。極限の集中力の中、デステリカは銃を撃ち続ける。

 

「チッ、弾切れか!」

 

再びのリロード。しかし、その隙は致命であった。

目の前の女は回避しながら、ただ狙っていたのだ。銃弾を撃ち尽くし、デステリカがリロードに入るその瞬間を。

狭間の地に、銃などという武器は無い。しかし、死線を潜り抜けた嗅覚が、最適解を選び抜いた。

故に、その動きは早い。接近し、祈祷を発動させる。己の腕を竜と成し、その爪を以て切り裂かんと迫る。完璧なタイミングであった。デステリカの意識の間隙、回避などしようもない。

 

「——伏せてくださいまし!」

 

迫る竜爪を前に、突然声が掛かる。デステリカは咄嗟に頭を伏せた。直後、頭上を通り過ぎるようにして砲弾が飛来した。

振り上げた爪に、砲弾が直撃する。叩きつけんと迫る竜爪は、突然の砲撃によって弾かれた。竜爪を元に戻した女は、目の前の乱入者を観察する。

 

「助かったぜェ……」

 

「危ないところでしたわね。それにしても、貴方がこうも押されるなんて……」

 

警戒する両者を前に、女は狼狽えた様子はない。何処までも冷静な視線が、此方を射抜く。

そして、やはり最初に動いたのは女であった。その場で跳び上がると、己の頭部を竜と成し、ブレスを吐き出す。

それは、氷の息吹。辺り一面を凍り付かせながら、冷気の霧が広がっていく。

 

「くっ!」

 

デステリカとイーファが霧から距離を取る。離れてなお、周囲の温度を著しく下げたそのブレスの威力に脅威を抱く。

だが、相手の狙いはブレスに無かった。冷気の霧に包まれる中、本命の祈祷を発動させる。

 

それは、竜餐における最たるもの。飛竜でありながら古竜の王に刃向かい、敗北を喫しながらも、その王に致命的な手傷を与えた暴虐の竜。その滾る心臓を喰らいし者にのみ与えられる力。

 

女の右手に膨大な力が集まっていく。その腕は、かつての暴竜の、傷付き、最早翼なき翼腕の姿を成す。露出した尖骨に、炎雷が収束する。それは、圧倒的な破壊の力。

冷気の霧を裂き、警戒する二人へと叩きつけんと迫る。

 

「——ッ!?」

 

咄嗟に回避を選択するデステリカ。不意を打たれたとはいえ、相手のそれは明らかな大技。隙も大きい。全力で回避すれば問題ない。

問題は、イーファ。

彼女はデステリカと同時にそれを視認し、しかし己の駆る騎竜へと指示を出す僅かな間、その分彼女は逃げ遅れた。

 

圧倒的な破壊の一撃が大地に叩きつけられる。地を割り、大地を赤熱化させ、周囲に炎雷を伝播させる。

その暴虐の一撃を、彼女は受けた。直撃した訳ではない。しかし、余波が彼女の背を確かに焼いたのだ。

 

「カッ……ハッ……!」

 

直撃を避けようと、決して無事では済まない一撃、それを受け、イーファの意識が一瞬飛ぶ。

 

「イーファッ!」

 

思わずデステリカが叫ぶ。助けに入ろうとして、大技によって致命的な隙を晒す女が目に入る。

 

「チクショウ!」

 

先ずはこの女を倒す事が先決。デステリカはそう判断した。

銃撃の嵐が女へと迫る。今度は、躱すことは出来なかった。

その全てが直撃し、霊体の身体に傷を付ける。しかし、それでもなお女は倒れなかった。

 

「まだ、やれるのかァ……!?」

 

ダメージは確かにある。実際、女の体力は限界に近い。しかし、後一撃報いる事はできる。女はそう判断し、祈祷を発動させた。

己の頭部を再び巨大な竜と成す。それは、先と同じブレスの前兆。

 

しかし、その竜の口の端から漏れ出る朱い霧を見た時、デステリカをして怖気が走った。理由は分からない。だが、あれは絶対に放たれてはならないものだと、そう本能が訴えかける。

銃弾は既に撃ち尽くした。リロードをする時間などない。絶体絶命であった。

 

しかし、その竜の息吹が放たれることは無かった。

 

「間に合ってくださいまし……!!」

 

満身創痍のイーファが、最後の力を振り絞り、女に向かって砲撃を放ったからだ。

極大の爆発に晒され、ついに女は吹き飛ばされる。決定的な破壊に晒された霊体はその形を維持できずに崩壊していく。

 

強敵を打ち倒したにも関わらず、しかし二人は湧き上がる恐怖を抑えられなかった。

最後に放とうとした朱い霧。その悍ましい光景が、頭の中にこびりついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして別の戦場。

大鉈を持った男が、一方的にミレイユへと迫っていた。

 

「くっ!」

 

振り下ろされる大鉈をミレイユは紙一重で躱していく。今の彼女は、己の最も得意とする戦術を封じられているに等しかった。

カウンターの一撃で打ち倒せるのであれば良い。しかし、それは望み薄であった。防ぎ、しかしそれでも氷の魔力によって蝕まれる現状、ダメージレースに持ち込む訳には行かない。

 

男も、ミレイユの置かれた状況を把握しているのだろう。攻撃の手を休めるような事はしない。大鉈を叩きつけ、時に薙ぎ払い。追い詰めていく。

やはり、この男達は戦い慣れている。ミレイユはそう評した。

フェイントを織り交ぜながら振るわれる大鉈の一撃。それを躱すたびに徐々にそれが身に迫っている事を感じる。

一撃一撃を、目の前の男は分析し、どうすれば当たるのか、それを探り当てようとしている。時間稼ぎは、かえって此方に不利を招きかねない。

最早、ダメージを覚悟にカウンターに持ち込むしかない。そう判断した時だ。

 

「——ランページソード!」

 

横合いから振るわれる雷光の斬撃。突如として飛来したそれを、男は後ろに跳ぶ事で回避した。そして男は、斬撃を放った下手人を見遣る。

 

「大丈夫かな?雷光たる僕が来たぞ!」

 

雷光の魔剣士、タラニアである。

ミレイユの横に着地し、剣を構える。

 

「手こずっているみたいだね。手を貸そう」

 

「加勢、感謝致します。気をつけてください、あの大鉈は冷気の魔力を持っているようです」

 

相対する男は警戒しているのか近付いてくる気配は無い。

しかし、状況は此方に有利であった。2対1、見たところ、相手に遠距離の手段はない。

 

一瞬の睨み合い、動いたのは男だった。警戒する二人に、奇怪極まる戦技を見せつける。

男は大鉈の両端を掴んだかと思えば、飛び上がる。そして、ブリッジの姿勢と言うのだろうか。背を向け、海老反りの体勢になった。

 

「……ん?」

 

困惑するタラニアを他所に、男はその奇怪な動きを辞めない。その姿勢のまま、身体を捻り、回転。大地に大鉈を叩きつけながら、此方に迫ってくる。

 

「ウワーッ!キモい!怖い!」

 

「面妖な……!」

 

思わず叫んだタラニアと、その奇怪な動きに眉を顰めるミレイユ。しかし、二人の動きは的確であった。

タラニアが回転ギロチンの進路上から離れ、魔法剣を放つ。雷光の斬撃に身を晒されながら、しかしそれが止まることはない。

回転し、最後の一撃を放たんと一際大きく跳び上がると、ミレイユへとその断頭の一撃を振り下ろした。

 

「ロンゴミニアド……!」

 

彼女の呼び掛けに答え、聖槍がその力を行使する。

断頭の一撃を受け止め、その威力をそのままに相手へと伝える。吹き飛ばされる男。

しかし、ミレイユの両手は再び冷気の魔力に晒され、彼女の身体を蝕んでいる。

 

「……ッ!タラニアさん!」

 

痛みに耐え、己を呼び掛けるミレイユの、その意図に応えんとタラニアが魔法剣を振るう。

彼女のカウンターにより体勢を崩した相手に、必中の斬撃が降り掛かる。

切り裂かれ、雷撃により痙攣を起こす霊体。

 

「どうだ!?」

 

続け様に斬撃を繰り返す。目の前の相手を再び自由にするつもりはない。このまま主導権を握り続けて押し通る。攻撃の手を休めるつもりは無かった。

だが、男はその斬撃の一撃、雷撃による痙攣を無理矢理に無視して横に飛んだ。

 

「倒しきれませんでしたか……」

 

相手の被害は甚大、されど健在である。

とはいえ、相手の底は見えた。攻めてくるならカウンターを、そうでなければ魔法剣によって遠距離に持ち込めば良い。そう、考えていた。

 

だが、彼等は血の指。血に狂う闘争者。その程度で終わるつもりは毛頭無かった。

泥濘の大鉈が仕舞われ、代わりに握るのは三又の槍。

 

「武器を持ち替えた……?あれは、まるで褪せ人くんの……!」

 

タラニアが悟る。相手は、まだ底を見せてなど居ない。

 

三又の槍を男が掲げる。自身の正面に、槍を立てるそれは、戦いの構えではない。どちらかといえば、儀式のような所作。何をやるつもりなのかは分からない。だが、それを待つのはあまりに下策だと、タラニアは考えた。

 

「何のつもりかは分からないけど、やらせはしないとも!」

 

雷光の斬撃。遠距離から相手に攻撃を加える。何をやろうとも、距離さえあれば対応は可能。そう考えてのことだった。

それは、この後に行われる事を考えれば正解の選択肢。しかし、それでもなお見誤っていた。

 

男が虚空に槍を突き立てる。あるはずのない何かが、見えぬそれが傷つき、血を滴らせた。

それは、見えぬ母との交信の儀式である。傷を望んだ母に、外なる神に、槍を突き刺し世界との繋がりを血で満たす。

それは本来、血の指達の主である盟主にのみ許された儀式。

この男がそれを成すのは、他ならぬこの男が、その主人をその手で殺しているからに他ならない。

 

男を中心に、血のように赤い力場が展開される。広範囲に展開されるそれは、タラニアとミレイユをもすっぽりと覆った。

そして彼女達に、血の爆発が巻き起こる。

 

——ニーヒル

 

「ガッ……!?」

 

「くっ……!あぁっ」

 

一撃目。

不意に展開されたそれに対処が遅れた二人はもろに血の呪いを受けた。

全身から血が吹き出す。何をされたのかまるで分からなかった。

ここに居ては不味い。言葉なく二人の考えは一致した。一目散に、この赤い世界から抜け出さんと駆け出す。

 

——ニーヒル…!

 

「……!!」

 

「また……!?」

 

二撃目。

赤い世界を抜け出せなかった二人に再び血の爆発が生じる。

想像を絶する痛み。血液が燃え、彼女達の全身を血炎で覆われる。

三度目は無い。これ以上受ければ間違いなく死ぬ。その確信があった

 

「くっ、間に合え……!」

 

痛む身体に鞭を打って再び二人は駆け出す。最早、血に染まった両目にはどこまで行けば良いのかは分からなかった。ただがむしゃらに、二人は駆け出す。

 

——ニーヒル!!

 

三撃目。

男が槍を突き立てる。血の爆発は——生じなかった。

男が二人を見遣る。遠く離れた場所で彼女達は倒れ伏していた。

見たところ息はある。しかし、最早虫の息。限界だろう。

それを見た男は三又の槍を握り締め、ゆっくりと歩み寄る。血炎に染まった槍は燃え盛り、供物を求めている。二人の女、悪くはないだろう。

 

「——弓兵、構え!」

 

しかし、男が二人にとどめを刺す事はかなわなかった。突如降り注ぐ矢の雨に、男は飛び退いて躱す。そして、その矢の降り注ぐ先を見た。

弓兵達が、此方に弓を構えている。

意識の埒外。周囲の警戒を怠った筈はない。いつの間に弓兵が居たというのか。

 

男が弓兵部隊を静かに観察する。

その中に居た一人の女が目に留まった。緑色のドレスを着た、杖を持つ彼女に、恐らくは魔術師の類だと当たりをつける。

その女が杖を振るい、タラニアとミレイユの近くに何かを行使した。

二人の倒れ伏す地面から小さな木が生えてくる。それは、暖かな光を放ち、彼女達の傷付いた身体を少しずつ癒していった。

 

男が目を細める。その術は知らない。だが、似ているものを思い出したのだ。

かつて己と共にあった、巫女代わり。それが得意とした小さな黄金樹の光。

実際のところ、全く違う術なのだろう。しかし、それでも男は湧き上がる旧懐の念を抑える事が出来なかった。

 

「貴方のおかげだ、フィオレ。貴方のおかげで彼女達を助ける事が出来た」

 

褐色の弓兵、アーシェラがタラニア達を癒しているドルイドの女を賞賛する。

実際、ここまであの男に気付かれずに接近する事が出来たのは、他ならぬ彼女の、ドルイドの一族の次期女王としての力があってのこと。

 

「いえ、お役に立てたのならばそれで。それに、彼女達は王国の仲間ですから、助けに行くのは当然です」

 

——森の隠者、フィオレ

 

彼女の力は、自身を中心とした広範囲の味方を知覚できなくする結界を張ること。範囲内であれば、その人数に制限などない。極めて強力な能力であった。

流石に攻撃を加えたり、一部の勘の鋭い者に近づくと気付かれてしまうが、それでもこうして大勢の味方の接近を気取られる事なく果たせるのは、間違いなく戦場において恐ろしい技能であった。

 

「王国の仲間を傷付けた報い。受けてもらう」

 

アーシェラが男に向かって宣言すると共に弓兵達が再び弓を構える。

それを見て、男は笑った。

状況は絶望的、先の二人から受けたダメージは深刻で、あの数の矢を避け切れる筈もない。血授の儀の範囲外にうまく逃れてもいる。

しかし、それでも男は槍を構えた。悪くない。戦場で果てるのは本望であった。叶うのならば、一人でも多く道連れに。

 

駆け出す男に、無数の矢が迫る。避けられる訳もない。元より限界間近であったその身に矢が刺さり、霊体の姿が崩れていく。しかし、それでもなお、男は足を止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王子が剣を振るい、重装の男がそれを盾で受け止める。

残る最後の戦場では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

「……!」

 

王子の装備が、アイギスの神器からズルフィカールへと変わる。今、この地はレヴィアタンの体内。故に、瘴気の影響はなく、装備を変えることに制限はない。

目の前の相手を正面から打ち破るのは困難。そう判断したが故に、王子は獅子刀の力を解放。その速さで撹乱すべく動き回る。

背後、側面、次々と攻撃を加えるもその悉くを盾によって防がれる。カウンターによる斧槍の一撃を、王子は紙一重で躱していった。

 

ここまで戦い、王子は己の中の仮説が確かであると判断した。

目の前の男は、褪せ人のように祈祷は使えない。

言うなれば筋力特化といったところ。褪せ人のように幅広い対応力こそないが、どこまでも堅牢で、力強い。

厄介な相手なのは変わりない。今もこうして、相手の防御を崩せていないのだから。

 

再びの攻防が再開される。しかし、状況は変わらない。相手の攻撃は当たらず、此方もまた、相手の守りを崩せない。

あまりに堅実に過ぎる相手の攻撃に、王子は一つの賭けに出た。盾越しに放たれる斧槍の一撃を躱す。相手がそれを引き戻す動作をする間に、素早く懐に潜り込んだ。

この間合いなら盾は間に合わない。斧槍もまた、この距離で満足に振るえはしないだろう。王子は素早く、相手を獅子刀にて斬りつけた。

 

重装の相手にそれ程のダメージはない。されど、先程までの膠着状態とは違う、確かな手応えがあった。

幾度かの攻防。しかし、相手も分が悪いと判断したのだろう。距離を離すべく後方に跳ぶ。重装でありながら、軽快な身のこなし、あの世界の出身者は総じて驚異的な身体能力だと、王子は内心で舌を巻く。

 

己の戦術と相性が悪いと判断した相手が武器を持ち替える。斧槍の代わりに握られたのは、巨大な大剣。まるで石碑か遺跡の一部を切り出したような見た目のそれは、まともな人間が握れる重さの代物ではなかった。

 

「……いや、アイツの居る世界は大体そんな武器ばかりか」

 

どうにもあの世界には曰く付きの武器が多過ぎる。目の前の男が握るアレも大方そんなものなのだろう。何が起きても良いように、警戒し、剣を構える。

 

距離を離したまま、男が剣を振り上げる。剣身に重力の魔力が集まり、紫色の光を放つ。十分に高まった力を解放すべく、大剣を振り下ろした。

 

——遺跡の大剣、それは狭間の地において伝説の武器の一つである。

かつて隕石によって砕かれた遺跡。その欠片を剣に鍛え上げたそれは、星を墜とす崩壊の力を備えている。

 

放たれた重力波が地面を抉りながら王子へと迫る。目に映るありとあらゆるものを破壊しながら進むそれは、間違いなく致死の一撃。受ける訳にはいかなかった。

広範囲に広がっていく崩壊の波を全力で横に跳ぶ事で躱す。辛うじて回避に成功し、相手に接近を試みようと駆け出す。しかし、相手は再び大剣を振り上げていた。剣身がまたも輝きを放つ。

 

「連発出来るのか!?」

 

明らかな大技。にも関わらずクールタイムなどありはしない。再びの崩壊波。しかし、それを完全には躱せなかった。僅かに、左腕を重力の光が掠める。

 

「……!!」

 

ズルフィカールによって変化した防具が損傷し、王子の肉体もまた傷付く。ただ掠めただけでもこの威力。それを連発する相手は脅威でしかなかった。

 

——最早、奥の手を使うしかない

王子は駆け出しながらズルフィカールを再びアイギスの神器へと持ち替える。

 

「アイギスの神器よ……!」

 

そして、その力を解放した。神器の齎す加護、それを一身に受けた王子が男へと肉薄する。

それを見た男は当然、迎撃を選択。迫る王子を叩き潰さんと遺跡の大剣を振り下ろす。崩壊波を使わずとも、その圧倒的な重量を叩きつけるだけで良いのだ。それは間違いなく致死の一撃。

 

だが——

 

「——!?」

 

男の言葉無き驚愕が、伝わってくるようだった。

全力で振るわれた遺跡の剣が、神器の盾で容易く受け止められる。見たところ唯の中盾。にも関わらず、これはどういう事か。

 

「甘く見たな、俺を……!」

 

攻撃後の、僅かな硬直。その隙を見逃す事は無い。王子はそのまま右手の神器の剣を振るう。

それを遺跡の大剣で受け止めようとして——想像を絶する威力でそれを跳ね上げられる。

 

「——!!」

 

絶句する他無かった。最重量を誇る特大剣。それを容易く弾くなど狭間の地でもごく限られた者にしか出来ない所業。

今、この男は己の力量を超えている。それを認めざるを得なかった。

 

跳ねあげられ、無防備を晒す胴へとアイギスの神器を突き立てる。致命の一撃。神器の力を解放し、叩き込まれた一撃は、抵抗無く男の胴を貫き、決定的な破壊を齎した。

 

崩れゆく男の霊体。それを見ながら、王子もまた崩れ落ちる。

 

「ぐっ……!」

 

終わってみれば、一方的な展開。しかし、実際のところ薄氷の勝利である。あの男がもし、大剣を振り下ろさずに後ろに跳んで様子見に徹していれば負けていた。アイギスの神器。未だそれを十全に扱えていないが故の代償は大きい。

 

アイギスの神器。その力を解放する事によって引き上げられる力は正に強力無比。だが、人の身を超えた力を振るえば、限界を超えた肉体が悲鳴を上げ、やがて身動き一つ取れず戦場に倒れ伏す事となる。

今、彼が崩れ落ちたのはそれ故。効果時間が切れ、彼は今無防備を晒している。

 

「俺はやったぞ……!」

 

だが、戦場で無防備を晒しながらも王子の心は一つの達成感で満ちていた。王都奪還の日、悍ましき霊体を前に戦友を置き去りにせざるを得なかった無力感。

しかし、今の己はそんな相手にも届き得るだけの力を得たのだ。

 

「後は、頼んだぞ」

 

その言葉は、今ここで戦場を駆ける仲間達と、遥か先で死闘を繰り広げているだろう褪せ人達に向けられていた。

周囲から焦ったように己を呼び掛ける声を聞きながら。王子は意識を闇へと落としていった。

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