今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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チェインソン男……お前まさか正月の風物詩になるつもりか……?


魔神討滅戦

 

 

王国軍が魔王軍と激戦を繰り広げる中、時を同じくして褪せ人達がベルゼビュートを従える天使軍と対峙する。

 

「そこの男が言ったように、既に一度倒した相手だ。如何に強力であろうと、対処法は変わらん」

 

ラピスが静かに魔力を練りながら周囲の味方に声を掛ける。

ベルゼビュートの力は瘴気の操作。範囲こそ大きく広がり、強力になってはいるが、その対処法に変わりはない。即ち、瘴気の範囲外からの遠距離攻撃、或いは瘴気に耐えながら、ベルゼビュートの甲殻へと攻撃を通す事。

 

「両方でいきましょう。——ソシエ」

 

「うん、分かった」

 

ハルモニアの指示でソシエが狙撃するべく、ベルゼビュートから距離を取る。幸い、この部屋は広い。範囲外へ逃れる事自体はそう難しくはないだろう。

 

「我々が、それをさせるとでも思っているのですか」

 

そうはさせまいと天使達がソシエを捕えるべく前へ出る。しかし、そこに先遣隊が立ちはだかる。

 

「それはこっちの台詞!——抜けられると思う?」

 

シェイドが天使の一人へと流れるような足捌きで接近し、斬りかかる。それを受けた天使が障壁を張るも、一切の抵抗を許さずに斬り裂かれた。

 

「これは……」

 

「アタシ、天使相手なら滅法強いから!」

 

戸惑う天使達。シェイドは笑う。天使相手なら負けるつもりはない。

闇使いの剣士シェイド。彼女もまた、アンブレとは異なる方向性で闇を扱う剣士である。

その力とは、対天使特攻と言っても良いもの。彼女の剣は天使に対し致命的な傷を与え、彼女の操る闇は、天使達の聖性を著しく劣化させる。

アンブレもまた、天使を前にイビルアイを生み出し、剣を構える。

 

「……想定外、まさかこのような相手が居るとは」

 

「天使達と戦うのは予想済。当然、手は打っています」

 

元々、ケラウノスからの妨害は想定済。故に先遣隊には対天使を想定した人員を配置している。彼女もまた、その一人だった。

 

「リキュノスとカゴメ、エスネアはベルゼビュートの足止めを、カラザ、リムリィ、アブグルントはシェイド達と共に天使の排除をお願いします。トリシャ、ラピスはベルゼビュートへの攻撃を」

 

ハルモニアの指揮に全員が動き始める。その判断はどこまでも的確で無駄のないもの。彼女自身は全体の指揮に努める事になる。

竜人として高い魔法耐性と防御力を誇るリキュノス、カゴメ、不死再生による耐久が可能なエスネアに魔神の足止め。

瘴気下においてなお、強大な魔力を誇るトリシャ、瘴気操作による全体強化が可能なラピスによってベルゼビュートを攻撃し、残りのメンバーで天使の相手をする。

 

「隊長は、レヴィアタンの心臓の破壊をお願いします」

 

「良いだろう」

 

そして、最も対応力の高い褪せ人がレヴィアタンの心臓を破壊する。そういう作戦であった。

相手の防衛目標。当然、妨害は激しいだろう。しかし、この男ならそれすら押し退けて心臓を破壊出来ると、そう判断したのだ。

 

「ふっ、魔神が相手か。腕が鳴るな」

 

「お姉ちゃんに任されたからには、がん……じゃなくて期待に応えるよっ!」

 

「言い方変えても同じですよ!無限に頑張らせますので!」

 

「うわぁん!お姉ちゃーん!」

 

頑張り妖怪から逃げる事は出来ない。

どこか抜けたやり取りをしながらもリキュノス達は魔神へと対峙する。魔神ベルゼビュート。その力は魔物達の頂点に相応しいもの。しかし、それでもなお、この防衛網を抜ける事は難しいだろう。

ベルゼビュートが三人に向かってその巨体で駆け出してくる。

 

「さて、まずは手始めに一発ぶつけてみようか」

 

その様子を見ながら、トリシャが魔力を練り上げ、氷の魔術を放った。それは小手調べというには、目を見張る程の威力。瘴気下にあってもベルゼビュートには通用するだろう。

そんな氷の魔術を受け、ベルゼビュートはその動きを著しく鈍くする。足元が凍りつき、思うように動かなくなった足を、強引に動かし、氷を割砕きながら前へと進む。

 

「これはどうっ!?」

 

エスネアが大鎌を振るい、ベルゼビュートへと迫る。魔力の鎌がベルゼビュートの甲殻を抵抗なく斬り裂き、その身に傷を付ける。

だが——

 

「再生!?」

 

まるで巻き戻したかのようにベルゼビュートの裂かれた肉が癒着し、再び甲殻を成す。驚異的な再生能力であった。

ベルゼビュートがエスネアに向き直り、その手に持った剣を振るう。以前よりも遥かに洗練された、戦う者としての技量を兼ね備えた一撃。

 

「きゃあ!」

 

それをもろに受け、エスネアはその身体を霧散させた。そして、再び肉体を再構成させる。

 

「お姉ちゃん、こいつ再生する!」

 

そして、エスネアが声を張り上げた。その言葉を受けたハルモニアはトリシャへと視線を向ける。

 

「どうやら、レヴィアタンの心臓に魔力が紐付いているみたいだ。心臓を破壊しない限り、女神アダマスから魔力を供給され、再生し続ける。面倒だね」

 

つまり、現状でベルゼビュートへの攻撃は足止め以上の効果にはならないという事になる。

しかし、心臓さえ破壊してしまえば問題はない。ハルモニアが再び指示を出すべく声を張り上げる。

 

「心臓を破壊するまではベルゼビュートの足止めに徹底してください!」

 

「ふん、魔神にしては小賢しいな。所詮は天使どもの手駒か」

 

ラピスが足止めの為にデーモンを召喚し、リキュノス達の援護へと向かわせる。逆に言えば、足止めのみに終始していれば良いのだ。守りに徹すれば良い分、足止め自体は楽になったというもの。

 

「とはいえ、長引けばどうなるかは分からんか」

 

ベルゼビュートの瘴気は極めて強力。今でこそ瘴気の中でも動けている面々であるが、長引けばどうなるかは分からなかった。

瘴気に耐性を持つどころか、寧ろ恩恵のあるデーモンや竜人にしても同じ事。何事も過ぎれば毒となるのだ。

 

魔神達を先遣隊が足止めしている中、褪せ人が心臓へと駆けていく。途中、天使達の妨害を受けるもそれらを一刀のもと斬り伏せ前へと進む。

 

目前へと迫る心臓は、レヴィアタンのその体に比して巨大なもの。剣は届かず、弓で傷付けるには時間がかかり過ぎる。

褪せ人が聖印を握り締め、祈祷を発動させる。それは、腐敗の眷属たる者達の技。

褪せ人の身体より無数の糸が射出される。その糸は、槍の様に束ねられ、心臓へと殺到、今なお拍動し続けるそれを貫いていく。対大型の相手に対し、非常に有効な祈祷の一つであった。

肉を裂き、鮮血を飛び散らしながら、しかし心臓は鼓動を止めない。単純に、質量が違いすぎるのだ。

 

「——!!」

 

されど、効果が無いわけでもない。ベルゼビュートが心臓への攻撃に気付き、防衛すべく羽を広げ、飛翔する。

 

「逃さないよっ!」

 

エスネアがそれを追うように飛翔、大鎌を振るい、攻撃するが意に介さない。真っ直ぐに褪せ人へと向かい、その脅威を排除せんと剣を構えた。

 

「撃ち落とす……!」

 

しかし、ベルゼビュートが心臓へと辿り着く事は無かった。

ソシエの弾丸が、ベルゼビュートの羽、その付け根を穿つ。羽ばたく為の機構を一時的に喪失し、ベルゼビュートが地に落ちる。

立ち上がらんとするベルゼビュート、しかし追撃の弾丸がそれを許さない。

聖魔殲滅弾。悪魔と天使に対して強い特効を持つソシエの手製の弾丸は、神の被造物にして魔神へと堕ちたベルゼビュートに効果覿面であった。

 

ベルゼビュートが倒れている最中、褪せ人は絶えず祈祷を発動し、心臓を破壊していく。

鼓動する度に血が吹き出し、最早その機能を果たしているのか疑わしくなった時、ズルリ、とアダマスの肉体が心臓から滾れ落ちた。

 

「——!?」

 

ベルゼビュートの声にならない悲鳴を聞きながら、褪せ人は落ちるアダマスを抱き留める。その身は悍ましい心臓に取り込まれていながら、傷一つ無く、清らかな姿を保ったままであった。精神を切り離され、しかしそれでもなおこの肉体は生きている。

 

「あー!見惚れてます!褪せ人が女神様の裸に見惚れてますよ!」

 

「仕方ありません仕方ありません。隊長とて立派な殿方。ですが、時と場を考えていただきませんと」

 

女神の肉体を観察していた己に何かを勘違いしたカゴメから物言いが来る。訳知り顔で頷くリムリィ。時と場を考えていないのはお前達だろう。

好き放題に言うカゴメとリムリィへの言葉を飲み込み、アダマスの肉体を横たえる。

目の前には、心臓からの魔力を絶たれ、身悶えするベルゼビュート。だが、様子がおかしい。

 

ベルゼビュートが今一度立ち直る。そして、身体を少しずつ崩壊させながら、先程よりも濃厚な瘴気を撒き散らす。それは、ベルゼビュートの足元の肉壁を溶かし、崩すほどのもの。

 

「能力暴走…!?最後の賭けに出ましたか!」

 

それを見たハルモニアは、魔神が最後の賭けに出た事を悟る。それは即ち、己諸共に敵を討たんとする特攻。

ベルゼビュートが限界を超えてその力を行使する。全ては神のため、造られた己の存在理由を果たさんと目前の脅威へと迫る。

 

「隊長!!」

 

足止めが間に合わない。否、今のベルゼビュートに近付ける者は居ない。ソシエの銃弾すら、今のベルゼビュートは意に介さない。自壊を引き起こしながら、ただただ褪せ人だけを狙う。

ハルモニアの焦りの多分に篭った声を聞きながら、褪せ人はどこまでも冷静であった。ただ相手の無謀な突撃を見据えながら、聖印を握り締める。

褪せ人が祈祷を使用する。祈りの所作に呼応し、ベルゼビュートの周囲を光が満たす。

 

それは、必滅の光。

救世の使命に身を窶し、しかし救うべきを見失った哀れな神人の残滓である。

愛深きを捨てた、慈悲なき光柱がベルゼビュートを包み込む。

 

「——!?」

 

それは、一切の抵抗を許さなかった。ベルゼビュートの肉体が光の奔流に飲み込まれ、塵芥すら残らず崩壊する。

光の柱が消えた後、そこに魔神の姿はなく、跡形もなく消失していた。

 

「……王国の部隊長というのは恐ろしいな」

 

「いや、あれは王国のヤバい人達の中でもとびきりですから。というか一騎打ちでもそうでしたけど戦士が魔術士よりも派手に吹っ飛ばすと立つ瀬が無いんですけど」

 

呆然としたように呟くアンブレにカラザがかぶりを振る。あんなものが早々居てたまるかと、そう言いたかった。

あまりにも強烈な力の行使に敵も味方も動きを止める。

とりわけ、天使の動揺は激しい。目の前で行使された光に、あるはずのない神性を感じたが故に。

 

「あり得ない。人の身で、こんな……」

 

レヴィアタンの心臓は破壊され、最早この地で出来る事は無い。

天使達が転移陣へと消えていく。意思なき天使達が褪せ人を見る目には、僅かな恐怖が垣間見えた。

 

「終わったようだな」

 

アンブレが剣を降ろしながら、口を開く。天使は撤退し、魔神も最早居ない。先程までの喧騒が嘘のように静かであった。

 

「本隊から連絡。魔王軍は撤退。赤い霊体達も無事排除出来たとのことです」

 

唯一の懸念であった血の指達も、無事に討伐出来たらしい。褪せ人が息をつく。調べなければならない。

恐らくは、正常な手筈で此方に来たわけでは無いはず。侵入に正規も何も無いが、それでも女神に呼ばれた己と違い、尋常な手段では無いはずだった。

 

「撤退しましょう、どうやら心臓を破壊した事によって体内で崩壊が始まっているようです。あまり長居は出来ません」

 

心臓を破壊されたレヴィアタンの体内、最早その役割を果たせなくなり、崩壊していく。今すぐにどうこうということはないが、長居できないのは事実であった。

アダマスの肉体を抱え、脱出を図る。

 

最早魔神レヴィアタンは復活する事は無く。魔神の一柱をも討伐。さらには女神の肉体まで確保出来た。魔界遠征は、これ以上ない成功を収めたと言って良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、魔界の外れ、誰も立ち入る事がないであろう深層の奥深く。

忘れ去られたその地に、彼女達は居た。

最早訪れる者も居ない城館。その主は今、静かに眠りについていた。

 

「待っててね、お嬢!絶対に助けるから!」

 

一人のデーモンが、己の主を救い出さんと魔力を籠める。最早何度繰り返したかも分からない。彼女は主がこの地に封印されてからずっと、その封印を破るべく魔力を注ぎ続けていた。己の命が尽きるまで。

 

「……ヤハール、もう、辞めよう?また死んじゃうよ」

 

「駄目よロタン!お嬢を救うためなら何度死んだって構わないわ!」

 

竜人の少女、ロタンが魔力を注ぎ続けるデーモン、ヤハールに心配そうに声を掛ける。

このやり取りも幾度繰り返したか。言っても聞かないヤハールは、こうして魔力を使い切ってはその肉体を滅ぼし、再び転生する。

デーモン故に、そして強靭な彼女であるからこその所業。しかし、ロタンはそれが堪らなく嫌だった。

 

気付いているのだろうか。己は、敬愛する主人と同様に、目の前のデーモンの事を大切に思っている事に。そんな彼女が目の前で何度も死ぬ姿を見せつけられるたびに、胸が締め付けられるのだ。

しかし、そんなヤハールの、文字通り命を懸けた献身は、主人の封印を解くには至っていない。

 

かつて、亜神同士の争いに敗れた主人は封印され、神の兵器の動力源として、ただその神性を捧げる道具と成り果てた。

あらゆる手を試した。しかし、それでもこの封印を解くことは出来ていない。

それも当然だ。亜神、神に準ずる力を持つ者によって施された術式。いかに力があろうとも、一介のデーモンに解けよう筈もない。

 

絶えず魔力を注ぎ込むヤハールを見て、ロタンは今回も駄目だと溜め息をつく。いっそ言ってしまおうか。諦めて、二人でただ眠りにつく主人を前に永劫守護者として生きようと。

己とて、主人は助けたい。だが、目の前で死に続ける彼女を見るのも耐えられなかった。罵られても構わなかった。

 

そんな事を考え、口を開きかけた時、それは起こった。

 

——ピシリ

 

「えっ……?」

 

何かに亀裂が入る音。それを聞いた時、それが封印から発せられたものであるとは思わなかった。

しかし、目の前で漏れ出した魔力を見て、確信に変わる。

 

「嘘……ロタン!」

 

「うん……!」

 

二人は言葉を失った。目の前で砕け散っていく封印を前に、ただただ見守るばかり。

やがて、封印は完全に解け、静寂が訪れる。

 

「ん……」

 

最早見る事はかなわないと、諦めかけていた目が開かれる。

赤と青。相反する色彩の瞳が、焦点を失ったように彷徨う。

 

「あれ……私は、一体……」

 

「お嬢ぉぉぉ!!」

 

「えっ、ヤハール?どうしたという——むぎゅっ!?」

 

忘れもしない、主人の声を聞き、ヤハールは感極まった様子で抱きついた。

未だ事態を飲み込めていない様子の主人は戸惑うばかり。ロタンもまた、二人の元へ向かうと抱きしめた。

 

暫くそうして、やがて落ち着いた三人が離れる。

 

「随分と、寂しい思いをさせてしまったようですね」

 

「いいのよ!こうして目覚めてくれただけで!」

 

「でも、どうして……?」

 

ロタンが、封印が解けた理由について問う。今更、ヤハールの努力が実を結んだ、というのは考えにくい。何か明白な理由があったのだと、そう考えたのだ。

 

「ベルゼビュートが、滅んだようです」

 

「嘘……!?一体どこの亜神が……」

 

「倒したのは、人間……?みたいですね」

 

「嘘ぉ!?」

 

魔神ベルゼビュート。その力は神の兵器に相応しいもの。魔に堕ち、魔神と化し、制御不能に陥った今、人が勝てるとは思えなかった。

主人は二人に向き直り、口を開く。

 

「早速ですが、お願いしたい事があります」

 

「何でも言って!あたし、頑張るから!」

 

「私も、お嬢さまの力になる」

 

敬愛する主人が目覚めたのだ。今なら何だって出来る。そんな意思を乗せた二人の返事に、満足そうに頷くと口を開いた。

 

「——人探しをしたいのです」

 

彼女は微睡みの中、表裏一体と化した魔神越しに、確かに見たのだ。

魔神を相手に一歩も退かず、二度に渡って撃ち倒した英雄の姿を。

 

「恩人には報いませんと、ね?」

 

——嵐雨の亜神、アスバール

後に魔界総帥として、魔界全土を統一する事になる彼女が最初に行った事は、己を救った英雄を見つける事だった。




魔界遠征終了
亜神一番乗りは卑しい卑しい魔界総帥でした。
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