今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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レオナとかレオラとか…顔グラのない小説だと混乱しますねこれ


砦の戦い

「状況はどうなっている」

 

ゲオルグに連れられ、褪せ人は帝国城の一室、作戦会議室へと訪れた。

軍師レオナを筆頭に、既に主だった者達は集まっているようである。会議を進めていたレオナが此方に目を向ける。

 

「来たか、ゲオルグ。……待て、その男はあくまで雇われ、部外者だろう。何故連れてきた」

 

「俺が必要だと思ったからだ。コイツは使える。戦力は多い方が良いだろう?」

 

「だからといって……いや、まぁ良い。貴様が気に入るなど、珍しい事もあったものだ」

 

傭兵を作戦会議室にまで連れてきた事にレオナが眉を顰めるが、ゲオルグの言葉に折れる。実際、戦力が足りていないのだ。数は多い方が良い。

レオナが現状についてゲオルグに説明を始める。

 

「聞いての通り、北の砦が制圧された。旧王家派閥の連中が兵を挙げたようだな」

 

「軍の配備はどうなっている」

 

「進めてはいる…が、一部の貴族の横槍で思うように進んではいない。愚物どもめ」

 

恐らくはベラートの工作。これ幸いとアダマス捜索を盾に軍の編成に横槍を入れていた。思うように事が進まない事にレオナが怒りで顔を歪める。

 

「アダマス様への信仰を利用するなど、見下げ果てたものです」

 

傍で聞いていた司教帽が特徴的な少女、帝国治癒士長であるアウローラが静かに怒りを滲ませていた。治癒士として、アダマスを深く信仰しているからこそ、その信仰を政治に利用しようとしている貴族を軽蔑していた。

いずれにせよ、砦を奪還するための兵士が足りていない。

 

「なら、ここで指を咥えて待っているつもりか」

 

「それは——」

 

「——そんなつもりは毛頭ない」

 

低い男の声が響く。ただそれだけで、一瞬にしてその場が静まり返った。

褪せ人が、その場を支配した声の主へと意識を向ける。

会議室に入ってきたのは銀髪の男。餓狼のような鋭い眼が特徴的か。

その鋭い金の瞳が、会議室の者達を睥睨する。男に威圧する意図は無い。だが、それでも、それが誰かを知っている者達は緊張に体を強張らせた。

 

「へ、陛下!?」

 

レオナが驚きの声を上げる。ここに来るのが予想外だったのだろう。他の面々も同様なようだった。

この男が白の帝国の現皇帝。褪せ人が静かに男を観察をする。

漂う雰囲気は王族というよりは戦士のそれだろう。確か、元傭兵だったか。

此方の視線に気付いたのだろう。皇帝はその鋭い眼で褪せ人を見遣る。

 

「お前が、褪せ人か」

 

「……」

 

「王子から、出来ると聞いている」

 

それだけ言うと、直ぐに此方から視線を外す。そして、レオナへと向き直った。

 

「出兵に時間が掛かる、そう言っていたな」

 

「はっ、現在、急ぎ軍を編成中で——」

 

「——必要ない」

 

皇帝に問われたレオナが、弾かれたように答えを返す。しかし、皇帝からの返答はにべもない。戸惑うレオナに、皇帝は僅かに口の端を歪める。

 

「今回は——王国流でいく」

 

そして、皇帝は再び此方へと視線を向け、口を開いた。

 

「見せてみろ、傭兵。お前の持つ力を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——王国流

白の帝国の同盟国たる王国が、英雄王の子孫たる王子を筆頭に得意とする、少数精鋭の遊軍によって状況を打破する戦術である。

 

「要するにそれって、ゴリ押しって事よね〜」

 

帝国の元帥にしてレオナの姉にあたる軍服の女、レオラが笑みを湛えながら言う。

 

「寧ろそうとしか言わないでしょうな。全く、誰の影響なのか。陛下にも困ったものだ」

 

それを受けて呆れたように言葉を返したのは一人のデーモン。帝国における戦術研究を生業とした、帝国きっての『まとも』なデーモンであるザミエルである。

 

皇帝の提案したそれは、最早作戦でも何でも無い、単純な力押し。帝国における選りすぐりの英傑によって、帝国の要所にして難攻不落とまで言われた北方の砦を正面から叩き潰そうと言うのだ。

 

「ザミエルちゃんにとっては、気に食わないやり方かしらぁ?」

 

「……そうですね。突出した個人に依存した戦術は、私の本意ではありません」

 

それはあまりに帝国的ではない。ザミエルにとって、英雄なき軍隊こそが理想であり、今こうして、圧倒的な個人に依存した作戦を展開しようとしているのは、ポリシーに反するのだ。

 

「ですが、そうも言ってられんでしょう。それに、あそこの面々を見て、いくら私でも今回ばかりは考えを曲げざるを得ません」

 

そう言って、今まさに砦へと歩みを進める者達を見遣る。

白の皇帝の背後、付き従う面々を見て、ザミエルは砦の兵士達が哀れに思えてきた。これから始まるのは、果たして戦いになるのかどうかも議論の余地がある。そう感じたが故に。

 

砦の各所には既に帝国兵士達が集結していた。しかし、砦に掲げられた軍旗は帝国のものではなく、ある貴族のもの。それはつまり、難攻不落とされた砦が帝国の手を離れた事を意味する。

 

「これはこれは、皇帝陛下自らが御出陣とは!」

 

砦へと歩みを進める皇帝に、一人の男の嘲笑混じりの声が響き渡る。

砦の上、物見に居たのは小太りの男。禿頭にカイゼル髭が特徴的である。

 

「……ベラート」

 

「ふふふ……どうやら満足に兵も連れられてないご様子。はてさて、皇帝陛下の人望は些か足りていないとお見受けしますなぁ?」

 

背後に従えた僅かな供を見て、ベラートは皮肉げな笑みを浮かべる。

実際のところ、ベラートの根回しがこれ以上なく効果を示しているのだが、いずれにせよそれを是とした者が多いということ。

白の皇帝はそんな皮肉にも反応せず、口を開く。

 

「レオナはお前の政治手腕を買っていたようだが、伯爵では足りなかったか」

 

「そのような地位で満足出来るはずがありますまい!」

 

皇帝の静かな言葉に、ベラートは怒りと共に叫んだ。

 

「卑賤な傭兵上がりが皇帝などと!私は王家の血筋ですぞ!この国を握るのは他ならぬこの私こそが相応しい……!」

 

認められるはずがないのだ。ぽっと出の傭兵が、ただ強いからと国の頂点に座すなど。由緒正しい王家の、白の王国から受け継いできた貴族達が納得出来るわけがない。

 

「取り戻すのだ、在りし日の白の王国を!実力主義、力こそ全てと宣う影で、民達が流した涙の、その無念を晴らすのだ!」

 

ベラートが言葉を紡ぐ度に、砦の兵士達の士気が高まっていく。そこには、現帝国に対する怒りと、そして帝国に怒りをぶつけるベラートへの忠義が確かにあった。

 

「たとえアダマス様の神器が認めようとも、他ならぬ我々王家の——」

 

気持ちが昂ってきたのだろう。ベラートが演説に力を入れているその時、彼の立つすぐそば、砦の壁に突如として巨大な矢が突き立った。石壁と金属の鏃がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。

 

「おあーっ!?」

 

ベラートが思わず飛び退き、何が起きたのかと石壁を見遣る。

石壁を貫き、突き立ったそれは槍と見紛う程のもの。一体そんなものを誰が放ったのか。熱に浮かされていた兵士達の心胆が冷えてくる。

 

ベラートが皇帝の連れた者達を見遣る。人間が射掛けたとは思っていない。であれば、バリスタを扱う工兵が紛れていたか。

 

工兵など皇帝の背後にそれらしき者は居ない。しかし、その男は居た。

皇帝の背後にあって、一際存在感を放つ者。巨大な弓を引き、此方に狙いを定めている鎧の大男。褪せ人である。

まさか、人の身であの巨大な槍を砦まで届かせたというのか。

怒りとも焦りともつかない声で、ベラートが下手人に叫ぶ。

 

「なっ、演説の途中で攻撃など、貴様一体どういう教育を受けて——おあーっ!?」

 

二射目。再び口を開いたベラートに大矢が放たれ砦の壁を抉る。今度は先程よりもさらにベラートに近い。その意図は明白だった。

 

堂々と目の前で長話をする愚か者が居るのだ。殺すしかないだろう。狭間の地ではそう教わった。そんな事を内心で思いながら褪せ人は三本目を弓につがえる。

 

「ここで殺すな。公の場で裁かねば、叛乱の芽は摘み取れん」

 

「……そんなものか」

 

皇帝の言葉に褪せ人は納得いかずとも弓を収めた。

そのまま吹っ飛ばしてしまう方が楽に終わるというのに、組織間の争いというのは面倒極まる。

それでも依頼主から言われれば仕方ない。次に口を開いた時に当てない自信は無いが。

 

「随分と破天荒なものを連れてきおったな」

 

「君がそういうのであれば相当だろうね」

 

狐耳と尻尾を持った妖狐の少女が、目の前で行われた所業に呆れたような声を上げる。自身も大概帝国で傍若無人に振る舞ってはいるが、あそこまで聞く耳持たない人間が居るとは思わなかった。

それに対して、帝国魔神団長であるメフィストもまた、どこか呆れを含んだ笑みで褪せ人を見遣る。

 

演説で高まった士気に冷や水を浴びせかけられたベラートは興奮で顔を赤く染めながら、ベラートは兵士達へと応戦の命を下す。

 

「皇帝が皇帝ならば、それに従う配下もまた獣か!この砦を落とした我が精鋭達を相手に、どれ程持つか見ものですなぁ!?」

 

難攻不落にして帝国の要所であるこの砦。不意を打ったとはいえ、それを容易く落としたのがベラート配下の軍である。

どういうつもりか相手は少数。或いは伏兵が居るのかも知れないが、いずれにせよ目の前にノコノコと現れたのだ。狙わない手は無い。

 

砦の上で砲術士達が砲を構える。ただの人間に向けるにはあまりに過剰なそれは、本来魔物達から民を守る為に振るわれるもの。

 

「死ね、皇帝!」

 

ベラートの言葉と共に砲が放たれる。それは、皇帝に向かって真っ直ぐに向かい、次々と爆発を起こした。地面を抉り、土埃が周囲を舞う。

明らかに過剰な破壊に晒され、最早皇帝の身体など跡形もないのではないかと思われた。

だが——

 

「馬鹿な……!?」

 

皇帝は未だ健在、最初に立っていた位置から動いてもいなかった。皇帝の前に立つのは先程大弓で此方を狙っていた鎧の大男。全身をすっぽりと覆う巨大な盾で、その全てを受け切っていた。そして、その男もまた、堪えた様子は無い。

 

砲撃が終わったのを悟り、褪せ人が盾から聖印へと持ち替える。そして、祈祷を発動させた。両手に溢れんばかりの炎を湛え、それを地面へと突き立てた。

 

「何を、するつもりだ……?」

 

何らかの術の発動。しかし、門外漢であるベラートに分かるはずもない。否、この地に住まう者に理解できる者は居ないだろう。

砦の上空、兵達の頭上に影が落ちる。

 

「雨雲だと?さっきまでこんなの……」

 

突如として現れた黒い雲。砦の上にのみ浮かぶそれは、何処までも不吉であった。そして、地獄が巻き起こった。

雨雲より赤く燃えたぎる炎が砦へと降り注ぐ。それは、無数の礫となり砦の上の兵士達を燃やし尽くす。

 

「何だこれは!?こんな魔法知らないぞ!」

 

「砲弾を仕舞え!」

 

「む、無理です!間に合わ——ぐわぁ!」

 

本来ならば、この祈祷にそれ程の脅威はない。見た目の派手さとは裏腹に、狙いはまばらで単発の威力はたかが知れている。タネが割れてしまえば、対処は難しくはないだろう。だが今回ばかりは運が悪かった。

降り注ぐ炎が砲弾に引火し、爆ぜる。無作為に落ちる炎の雨は、砦の上の砲術士達を無力化した。一瞬にして混乱に陥る兵士達。

 

「ベラート様!此処は危険です、砦の中へ!」

 

「おのれ皇帝め、一体何を連れてきた!?」

 

兵士に連れられ、ベラートが砦の奥へと消える。身の丈を超える大弓を放ったかと思えば砲弾の雨を盾で凌ぎ切り、挙句にこの火の雨。

戦に疎いベラートとて分かる。皇帝は化け物を連れてきたのだ。

 

「これで砲弾の心配はなくなったか」

 

「……成程、あの男から聞いていた通りのようだ」

 

目の前で引き起こした惨状に何の感慨もなく褪せ人が砦へと歩みを進める。

自身も愛想が無いと自覚している皇帝をしても、あまりに無感動に事を運ぶ目の前の男に、内心で王国が手を焼く理由を察した。

 

「手を貸すと言った手前ついては来たが、不要なようだな」

 

ラピスが褪せ人を見ながらぼやく。何ともつまらない。ただの人間の騎士が襲いに来たところであの男をどうこう出来る筈もないのだ。

 

迫る兵達を、皇帝率いる精鋭達が次々と撃破していく。

 

「あの男のお陰で随分と楽できそうだな。さっさと終わらせてわらわは帰るぞ」

 

兵達の攻撃を、狐耳の少女がその姿からは想像も出来ない速さで躱し、すれ違い様にその爪で引き裂いていく。

 

「な、何だこれは!攻撃が当たら——」

 

「——あくびが出るわ。この程度なら、三尾解放でも過剰であろうな」

 

瞬く間に兵士の背後に忍び寄り、その首を掻き切る。少女のような姿をしていても、彼女は大妖怪。東の国でキュウビという名を聞けば、どれ程恐れられているか分かるというもの。

 

——帝国妖狐 キュウビ

 

彼女もまた、カゴメと同じく東の国でその名を轟かせる大妖怪。帝国に身を置いてもなお、その力は健在であった。

 

帝国の妖狐がその力を遺憾無く見せつけている傍で、銀の竜人がその圧倒的な力で兵士達を叩き潰す。

華奢な少女の姿で、兵士達の攻撃を容易く受け止め、その剛力から振るわれる剣で鎧を切り裂く。

 

「うーん、つまんない!多分、皇帝の連れてきた新しい傭兵と戦った方が楽しいよね!」

 

竜人の少女が口を開く。帝国の竜人達の頂点に立つ彼女には、今回の相手はあまりに退屈だった。

 

——帝国銀竜 ヴルム

帝国の竜人部隊の長にして、かつて白の皇帝と戦い、後一歩のところまで追い詰めた彼女は、帝国においても間違いなく最強の一角であった。

 

「あんまりサボるとサーベインに怒られるし、後で戦ってくれないか聞いてみよっ!」

 

彼女もまた、戦闘狂の一人。強者を前にして瞳を輝かせながら、ひとまずは退屈な任務を終わらせようと駆け出して行った。

 

 

 

魔神団長が槍を振るい、その魔力で兵達を薙ぎ払う。

帝国の筆頭剣士が、目にも止まらぬ速さで七つの斬撃を放ち、兵士を斬り捨てていく。

帝国の猟犬が、その両手に炎を滾らせて兵士達を蹴散らしていく。

 

「相手はたった数人だぞ!?それが、何故……」

 

帝国の精鋭達もまた、王国に負けず劣らずの英傑揃い。如何に、ベラートの抱える兵士が精鋭であろうとも、ものの数では無かった。

 

帝国の英傑達が砦の前で激戦を繰り広げる中、褪せ人がトレントに跨り、駆け出す。この少数精鋭においてもなお、一人突出して前を行くその男こそが、この恐慌を生み出した元凶。

当然、それを見ているだけの兵士達ではない。迎え撃たんと兵士が褪せ人を囲み、押し留めようとする。

 

「相手は一人、囲んでしまえば術など発動できまい!」

 

その帝国兵士達の姿を見て、褪せ人はトレントから降り、武器を取り出した。それは、巨大な杖に巻きつく大蛇を象った奇妙なもの。しかし、王笏を飲み込まんとする大蛇のそれは、どこか寒気のするものだった。

 

褪せ人が王笏を構え、ゆっくりと地面に突き立てんとする。

 

「止めろ!これ以上妙な真似をさせるな!」

 

兵士達が褪せ人を止めるべく剣を突き入れる。鎧を着ているがために致命傷とまではいかずとも、幾人かのそれは、鎧の隙間に突き立てられ、褪せ人の体を傷つける。

だが、褪せ人はそれを意に介さない。持ち前の強靭さで身体を動かし、その所作を完了する。そして、突き立てた王笏から赤い光が放たれた。

 

世界すら飲み込まんとする冒涜の蛇。その魔力が褪せ人を取り囲む兵士達を襲う。

 

「あぁっ……!?」

 

「ぎ、ぎぁ……」

 

果たしてそれは、兵士達の肉体を燃やし、王笏の使用者の糧とした。剣によって傷つけられた身体が癒える。

結果として、取り囲んだ兵士達は焼かれ、倒れ伏し、その中心で一切の傷を負った様子のない褪せ人が立っていた。

 

「ば、化け物め……!」

 

他者を喰らい、その糧にする。何と恐ろしい術なのか。

辛うじて範囲から逃れていた兵士がその悍ましさから声を上げる。

その声で褪せ人が生き残りに気付いた。ゆっくりと声の主へと向き直り、王笏を肩に預けて歩み寄る。

 

「ヒッ!」

 

怯え、武器を取り落とし絶望する兵士。そんな様を気にも留めず、褪せ人が王笏を振りかぶる。生き残りは始末しておかないと後々面倒になる。しかし、トドメを刺そうとしたところを皇帝によって止められる。

 

「やめろ。その兵士に戦意はない」

 

「生き残りに背を向ければ刺されるぞ」

 

「そんな度胸も無いだろう。それに……この兵達もまた、帝国に生きる民だ」

 

皇帝の言葉に、褪せ人は何も言わずに王笏を降ろした。

王子はこの男と己が似ているなどと言っていたが、存外に似ているのは王子の方ではないかと思う。

この男も、その見た目には思いもよらない程にはお人好しのようだ。

何より、己には獣人の女を飼い犬にする趣味は無い。王子ならそんな皇帝の趣味も理解出来よう。

 

「何だその目は」

 

「……人は見かけによらないものだと思っただけだ」

 

果たして、その言葉がお人好しを指したのか、或いは別の事を指したのかは分からない。褪せ人はそれだけ言うと砦の中へと歩いていった。

 

迫る兵士の相手をしながら、褪せ人は砦内を歩く。皇帝の意思を汲み、武器を手放したものは殺さないでおく。時折、兵士の遺体を漁るも、いまいち目欲しいものは無かった。

 

「待て、そちらは行き止まりの筈だ。見取り図は渡しただろう」

 

「知っている。だからこそだ」

 

「……陥ちたとはいえ、ここは帝国の砦。仮に何かあってもお前の物にはならんぞ」

 

「……そういえばそうだったか」

 

砦といえば何かあるものだと勇んで来たが、国のトップからそう言われてしまえば仕方ない。

やるべき事は無くなったために最短ルートでベラートが居るだろう部屋へと向かう。その背を見ながら、その鋭い眼にどこか呆れを滲ませた皇帝が呟く。

 

「……あの男が頭を抱えていた理由がよく分かる」

 

皇帝は以前、酒場でぼやいていた王子の言葉を思い出す。

腕は間違いない、命令にも忠実である。だがこの男の手綱を握ろうとすれば相当な労力を要すのだ。恐らく、必要が生じれば平気で命令を無視する手合いでもある。

 

「惜しいな」

 

この男が傭兵という立場に拘っていなければ手元に置いておくのは吝かではなかった。

その強さは、諸々ある欠点を鑑みても間違いなく利益の方が上回っていた。特に、今の帝国には力がいくらあっても足りないのだ。

元々アクの強い連中はそれなりに居る。それが多少増えても、帝国人事部が悲鳴をあげるだけだろう。

 

しかし、特定の組織に属す事を嫌うというのもまた、皇帝には理解出来た。他ならぬ己が、厄介事を抱えているが故に。

 

「……それも選んだ道か」

 

しかし、たとえ望んで得た地位でなくとも、先帝の、友の意思を継ぐと決めたのは己である。

ならば、やり遂げなくてはならない。己の身に由緒正しい家柄も血統もありはしない。しかし、それでも負けるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

最短ルートで向かい、ベラートが居るだろう部屋の前へと辿り着く。

しかし、そこには部屋を守るように立ち塞がる兵士。

 

「悪いけど、ここは通さないよ!」

 

砦の通路、どこか決死の覚悟を決めた女の重装砲兵が中央で砲を構える。砦の中で撃つつもりなのか。

褪せ人が盾を構え、前に出る。正面から受け止められる事は確認済だった。

 

「待て」

 

そんな褪せ人の前進を、皇帝が止める。褪せ人はそれに振り返る事なく立ち止まった。

 

「俺がやる」

 

そう言って皇帝は大剣を構え前に出る。その大剣を見て、褪せ人はそれが、ただの大剣ではないと見抜いた。

王子の持つアイギスの神器。恐らくはそれと同等の者。ならばアレが話に聞くアダマスの神器ということだろう。

皇帝は目の前にいる女へと口を開く。

 

「フリーデ……だったか。何故ベラートにつく」

 

「皇帝陛下に覚えてもらえてるだなんて光栄だね。でも、話すつもりはないよ」

 

皇帝の質問に、フリーデと呼ばれた重装砲兵は顔を歪めながら、話すつもりは無いと拒絶する。ベラートに従うのは本意ではない。それが分かれば十分であった。

 

白の皇帝がフリーデに向かって駆け出す。身の丈程の大剣を構えながら、兵士達が瞠目する程の速さ。

 

「ッ!?」

 

迫る皇帝に、フリーデは驚きながらも砲を狙い定めると、その引き金を引いた。轟音と共に砲弾が放たれる。

皇帝は目の前の砲弾に顔色一つ変えずに大剣を振りかぶり、すれ違い様に振り下ろした。皇帝に向かって放たれた砲弾は両断され、皇帝の背後に散らばった。

 

「そんな……!?」

 

砲弾を斬られるなど想定外、二発目の装填を終え、再び構えようとしたフリーデに、しかし皇帝は一瞬にして距離を詰めるとその首に大剣を突きつけた。

 

「降伏しろ。最早お前に打つ術はない」

 

「くっ……」

 

苦々しい表情のフリーデは一瞬皇帝を睨んで砲を握りしめるが、やがて観念したように手放した。その目からは諦観の意思が見て取れる。

 

最早戦意なく床を見つめるフリーデを置いて、褪せ人は部屋の扉を蹴破った。

 

「なぁっ!?馬鹿な、本当にあの数で砦を突破したと……!?」

 

慌てふためいた様子のベラートが椅子から立ちあがろうとしてひっくり返る。この男に戦う力は無い。この部屋の中、捕えるのは容易いだろう。

 

「兵士は、フリーデは何をしておるのだ!家族が裕福に暮らせているのは誰のおかげだと——ヒィッ!?」

 

これ以上騒ぐ声を聞きたくはなかった。褪せ人は王笏を地面に叩きつけて威圧する。

 

「貴様は帝国を混乱に陥れた。相応の処分を覚悟するがいい」

 

「くっ……おのれ」

 

脂汗を流し、それでもなお皇帝を睨みつけるベラート。褪せ人はそんなベラートを捕えるべく歩み寄ろうとして、ベラートの周囲に暗い魔法陣が展開され始めたのに気づいた。

 

「転移魔法陣だと……」

 

「ふ、ふふはははは!偽りの皇帝よ、これで終わりではない!貴様が思う以上に、帝国を恨む者は多いのだ!」

 

褪せ人がベラートを捕えようと駆け出すも最早遅かった。ベラートの姿が朧げに、その輪郭を薄めていく。

 

「これは始まりに過ぎない。覚悟するがいい」

 

そんな捨て台詞を最後に、ベラートは完全に姿を消した。静寂に包まれた部屋に、褪せ人と皇帝が残される。

 

「逃げられたか」

 

「……仕方あるまい。引き上げるぞ」

 

そう言って、皇帝は身を翻すと部屋を後にした。褪せ人もそれに続く。果たしてベラートの逃亡を幇助したのは何者なのか。それを知る術は無かった。

 

その後、ベラートを失った兵士達の士気は無く。抵抗する者は殆ど居なかった。

結果を見ればいとも容易く鎮圧されたその叛乱。しかし、不穏な戦乱の種は未だ撒かれたばかりであった。

 

 

 

 

 

 

叛乱鎮圧から数日。帝国への報告の後、報酬を受け取った褪せ人達が帝都を歩いていた。最早、この地でやる事はない。レオナ達に言えば、王国までは送り届けてくれるだろう。

 

「次の予定は決まっているのか?」

 

「未定だ」

 

ラピスの問いに、褪せ人は言葉少なに返す。実際、現状は手詰まりであった。

ケラウノスにしろ、魔王にしろ、所在が掴めないために向こうから動きが無いと対応出来ないのが歯痒い。いっそ魔界に赴いてデーモン狩りでも始めようか。

そんな事を考えながら歩いているとアブグルントがこれ幸いと口を開いた。

 

「ねぇ、それなら早速この前の契約を——」

 

「——失礼、少しお話をさせて貰えませんか?」

 

アブグルントの声を遮り、何者かが声を掛けてきた。話を遮られ、目だけが笑っていないアブグルントの薄い笑みを横目に褪せ人がその声の主へと意識を向ける。

 

そこに居たのは赤と青、左右非対称な瞳で此方を見つめる女。

褪せ人はその女に、ただならぬ雰囲気を感じ取った。ケラウノス程ではない。しかし、この感覚は間違いなくこの世界における神と相対した時のそれに近い。

 

「私の依頼を受けませんか?そちらにとっても、悪い話ではないと思いますよ?」

 

どこか悪戯っぽい笑みを浮かべ、その女は褪せ人へと歩み寄るのであった。




前回多くの方から感想を頂き、ありがとうございます。全てに返信は出来てませんが、ちゃんと目は通しておりますのでお許しを…。
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