のんびり読んでください。
本選においても、アスバール率いる無名チームは快進撃を続けた。
それも当然ではある。一体誰が、魔界武術大会に亜神が乗り込んでくるなどと予想しただろうか。
突如現れたダークホースが大会を荒らす中、王国チームもまた順調に勝ち続けていた。
元より敵地。魔界の住人達からのブーイングを浴びながらも、しかし王子達は一切の文句のつけようが無い程の圧倒的な力を見せつけて沈黙させていく。
今や、魔界武術大会は異色の2チームの話題で持ちきりであった。
王国チームの三回戦、それを見るために褪せ人は観客席に来ていた。
無言で観客席の柱にもたれ掛かる処刑人の姿に、周りの観客が得も言われぬ緊張感に包まれる。
「周りを威圧する趣味がお有りで?」
「……そのようなつもりはない」
揶揄うようなアスバールの言葉を、褪せ人が否定する。
本人にその気はない。しかし、この大会において容赦のない振る舞いをし続けている目の前の偉丈夫に、恐怖を抱く者が居るのはむりからぬ事だった。
これでも殺さないよう気をつけているのだ。そこまで怯えられる謂れはない筈だが。
「気になりますか、王国が」
「多少なりとも情報が欲しい……が、難しいようだ」
アスバールの言葉を褪せ人は肯定する。
相手を知る機会がある以上、それを逃すつもりは無かった。
三回戦ともなれば多少相手の手の内が明かされる事を期待したのだが、魔界武術大会において、王国チームは逸脱していた。情報など望むべくもないだろう。
眼下には、デシウスが五人。ドッペルゲンガーによって己の姿をコピーさせ、王国軍へと対峙していた。
「ぐふふはははは! 強くて勇敢な吾輩が5人、負ける筈がないのだ!」
五人のデシウスが高笑いを上げる。これでは期待出来そうになかった。
「行けぃ、我輩達よ! 貴様らが戦っている間に、こっそり我輩は背後から忍び寄る!」
「我輩も」
「我輩も」
「我輩も」
「我輩も」
「馬鹿か貴様ら!? 全員で後ろに回ったら……ぬわーっ!」
一体何を見せられているのか。全員でぐるりと会場を回り込もうとしたデシウスへとシビラが魔剣を振るい、吹き飛ばしていた。
「ふふっ、愉快な方ですね」
くすくすと笑うアスバール。
見世物としては上等だろう。しかし、褪せ人の求めたものではない。
「……喜劇を見に来た訳ではない」
「まあまあ」
苦言を呈す褪せ人を、アスバールが宥める。
経緯はどうあれ、武術大会自体はある種の祭り。であれば、今の光景も決して間違いではない。
褪せ人は結果の見えた試合に、場を離れようかと逡巡する。
そんな褪せ人を他所に、デシウスは奥の手を発動していた。
「来たれ、王子に倒されし怨念達よ! 今こそ我輩に宿り、復讐を果たすのだ……!」
その言葉と共に、デシウスの身体に薄暗い何かが集まっていく。
それを取り込む度にデシウスの鎧が大きく、そしてより堅固に変化していく。
通常では考えられない現象。ここに来て褪せ人も多少興味が湧いた。
「成程、吸魂の力ですか。王子に倒され、恨みを抱えた怨念をそのまま取り込むつもりのようです」
アスバールがそんなデシウスを先程とは打って変わって険しい顔で見遣る。
あまり真っ当な力ではないが故に、亜神にしてみれば、良い印象は持てないのだろう。
怨念を取り込んだデシウスが、王子達へとその力を振るう。
巨大化し、蛇腹剣から巨大な剣へと変化したその一撃は、決して侮れるものではない。
だが——
「ヌゥ……!? 何故だ、何故当たらんのだ!?」
——当たらない。
紅い、血のようなドレスを身に纏った女に大剣が迫るも、まるで幻の如くすり抜けていく。
討つべき相手を見失った大剣が地面に叩きつけられ、行き場を失くした衝撃が大地に亀裂を生んだ。
「霧化、上位のヴァンパイアが使える技能の一つですね」
ヴァンパイアという存在を褪せ人は王国の書物でしか知らない。
曰く、血を吸う鬼。かつては一つの国を作る程までに繁栄した彼らは、今ではもう滅びの危機に瀕している。
そんなヴァンパイアの彼女はデシウスの攻撃を躱し、返す刀でその鎧に傷をつけていく。
一切の抵抗なく強化されたデシウスに刃を通すその剣もまた、一目で普通ではないと褪せ人をして思わせるもの。
「吸血剣フルンティング……ヴァンパイアの皇族に継承される魔剣ですね」
流石に神といったところか。この手の事には随分と詳しい。
「それにしても、ヴァンパイアの皇族まで仲間に加えているとは……これも英雄王の血ですかね」
アスバールの感心したような声を聞きながら、褪せ人が席を立つと、身を翻した。
最早勝敗は決した。これ以上見るものも無いだろう。
「これでも届かないのか……我輩は……!」
倒れ伏すデシウスが、絞り出すような声で呻くのを聞きながら、褪せ人は会場を後にした。
会場の外、ヤハール達が待機しているであろう部屋へと向かう途中で褪せ人は不意に口を開く。
「何の用だ」
「あらら、気付かれちゃいましたか」
褪せ人の言葉に、音も無く女が背後に現れる。
その装束はかつて見た忍びと呼ばれる東の国の隠密達が纏うものによく似ていた。
このタイミングでの接触。考えられるのは王国か。
「王国の手の者か」
「正解、貴方の正体探ったら王子に褒めてもらえないかなって」
褪せ人の問いに観念した様子で忍びの女、チヨメが白状する。
その言によれば、王子の指示ではなく、独断で動いているらしい。
随分と自由な忍びを手元に置いているものだ。王国らしいといえばらしいのだろうが。
チヨメは褪せ人へと歩み寄ると、聞きたい事を尋ねるべく口を開いた。
「ばれちゃったからには単刀直入に聞きたいんですけど、『デーモン狩り』の褪せ人さんですよね?」
その問いには、残念ながら答えられない。褪せ人はアスバールとの契約によって、正体を明かしてはならないからだ。
「……言えぬ」
「……それ、もう言っちゃってるようなもんじゃないです?」
簡潔な褪せ人の言葉は、否定の言葉ですらなかった。
誤魔化すということすらしない目の前の男に、半目で呆れたような表情のチヨメ。
「ちなみに目的は?」
間違いなく褪せ人であると断定したチヨメが、魔界武術大会に参加した目的を問う。
「……明かせぬ」
「私が彼に依頼したのですよ」
先と同じような回答をした褪せ人に代わり、アスバールが横から口を開いた。
もう一人の登場に、チヨメは更なる情報を引き出すべくアスバールへと標的を移す。
「確か……アスバールさん?でしたっけ。どうしてこの大会に? 何者なので?」
目的も素性も一切が不明な彼女。
しかし、最も知りたいのは何故、褪せ人を利用して魔界武術大会に出ようと思ったのか。
「さて、答えても良いのですが……決勝で私達に勝てれば教える、という事でどうでしょう」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべてアスバールがチヨメへと告げる。それは、王国への宣戦布告であった。
それを受けて、チヨメは僅かに目を細める。
「ついでに、褪せ人と依頼の優先契約を交わしたと伝えておいてください」
「煽りますね……まぁ、伝えておきますけど」
続けられた言葉は、間違いなく王子を煽るもの。
絶対碌なことにならないと思いつつ、了承の意を示し、チヨメは立ち去っていった。
王国には己の正体がバレてしまうだろう。果たして、それで問題ないのか。
「構いませんよ。彼らは殊更にそれを喧伝するような者達ではありませんから」
王国に正体がバレたところで大勢に影響は無いという事だろう。魔界の観客達が余計な邪推をしなければそれで良いのだ。
そして、アスバールは此方に向き直ると、悪戯好きな笑みを浮かべ、口を開いた。
「さて、次は準決勝です。啖呵を切った手前、負けられませんよ♪」
「無論だ」
言われるまでもない。
負けるつもりなどまるでありはしなかった。
魔界武術大会 準決勝
褪せ人達が場内へと入場すると、会場が爆発したように沸き立った。
予選で勝ち抜いた時には戸惑いの方が強かった観客達も、本選においてもその圧倒的な力で対戦相手を擦り潰していく様にすっかり魅入られていた。
より強きを好む魔界の住人。その中でも態々武術大会の会場まで足を運ぶような者達である。アスバールの狙い通りと言ったところか。
「さぁ、次も勝つわよ! 褪せ人、ロタン、ハルモニア!」
「ヤハール、あまり私の名前は出さないで欲しいのですが」
「ああっ、ごめん!」
ヤハールの気合いの入った呼び掛けに、ハルモニアが苦言を呈す。
ロタンは無言で武器を構える事で応じた。彼女の方も気合十分といったところか。
「アンタらの快進撃もここで終わり、決勝に進むのはオレ達だ」
オークの剣士、ドゥーラが率いるオークのチームが、褪せ人達へと立ちはだかる。
ドゥーラ以外の面々も、予選で戦ったハイオークとは比べるべくもない力の持ち主だろう事は見て取れた。
だが——
「あの女剣士の相手は私がする。他は任せた」
「ええ、分かったわ」
——まるで足りない。
褪せ人の言葉に、ロタンが短く応じる。目の前で行われる淡々としたやり取りからは、何の気負いも見て取れなかった。
明らかに此方を軽く見た態度に、ドゥーラを始めとしたオーク達から怒りが滲む。
特に、ドゥーラが気に入らないのは目の前の鎧の男だった。
歴戦のオークを、ドゥーラ達を前にして、この男は次の戦いの事しか考えていない。
それは、この戦いをただの通過点としか見ていない証左。
「舐めやがって……!」
望み通りに相手をしてやる。ドゥーラは言葉なく、褪せ人へと応じた。
予選で圧倒的な力を見せたのは知っている。だが、それでもオークの戦士を軽く見た事を後悔させなければならない。
「では、用意は良いかね? 準決勝、ドゥーラチーム対アスバールチーム——始め」
「オラァッ!!」
グレーターデーモンの合図と共に、ドゥーラが飛び出す。
狙いは当然、褪せ人だった。
褪せ人が、断頭剣を構える。アレについては、ドゥーラは既に観客席で見ている。
故に、その攻略法も当然、考えているのだ。
彼女とて戦士。怒りに身を任せているようで、その実思考は極めて冷えていた。
断頭剣が振るわれる。剣身に赤い光を纏わせ、離れたドゥーラへと薙ぎ払うように迫る。
「それはもう知ってるんだよ!!」
宙を舞う断頭剣による薙ぎ払い、それを見て、ドゥーラは更に一歩踏み込んだ。致死の一撃を、獣のように身体を低く屈める事で躱す。
そして、そのまま褪せ人に向かって飛びかかった。
圧倒的なリーチを誇る断頭剣の斬撃。しかし、それは決して刀身が伸びている訳ではない。
後ろに躱せば相手の思う壺、避けるならば前へ。
男と剣の間、その空白こそが勝機。
「目に物見せてやるよッ!!」
ドゥーラが剣を振るい、肉薄する。あの剣を振るうには本人の動作を必要とする。大盾を構える隙は与えない。
「ッ!? アイツ、盾をどこへ——」
しかし、そこでドゥーラが気付く。目前の男が先程まで持っていた盾がいつの間にか無い事に。
褪せ人が剣を振り抜いた動作をそのままに、盾を持っていた筈の手に握っていたのは聖印。そして、祈祷が発動される。
放たれたのは黄金の弧。真っ直ぐにドゥーラへと向かって迫るそれを、慌てて盾で防ぐ。
「ぐっ……!」
辛うじて受け止め、しかしその黄金の聖性がドゥーラの身を焼いた。
このままではマズイ。あの男との戦いでは、接近戦に持ち込まねば勝ち目はない。
攻撃を受け切り、再び前進しようと顔を上げたドゥーラが見たのは——まるで槍投げの如く剣を構えた褪せ人の姿だった。
「チクショウ……!」
ドゥーラは悟る。驚く程に呆気なく、勝敗は決した。
褪せ人が剣を放つ。捻りを加えて放たれたそれは、回転しながら真っ直ぐにドゥーラへと迫る。
盾で防ぐも、そのあまりの威力に盾は容易く破壊され、ドゥーラは吹き飛ばされた。
手加減されていなければ、そのまま胴を貫かれて死んでいたのだろう。それでもなお、甚大な傷を負いながら吹き飛んだドゥーラが地上へと投げ出される。
全身が痛み、立ち上がる事も出来ない。
褪せ人が剣を手元に戻すと、そのまま歩き去る姿がドゥーラには見えた。
相手の認識を覆そうとして、この様。
結局、相手は最後の最後まで、此方を脅威と見なさなかった。
あまりの情けなさに涙が出てくる。
「クソッ、チクショウ……!」
力が足りない。チャンプに憧れ、オークの部族の中の闘争だけで生きてきた彼女は、井の中の蛙だった。
もっと強くならなければならない。
オークの女剣士は、そう決意しながら、意識を闇の中へと落とした。
「そこまで、勝者はアスバールチーム」
湧き上がる歓声を聞きながら、褪せ人は会場を後にする。
確かにあの女剣士はオークの中では強くはあったのだろう。だが、それだけだった。
褪せ人の知る最も強いオークはかつて魔界に迷い込んだ際に出会ったアナトリア。
彼女と比べれば、まだまだ経験が足りていない。
開幕で彼女を失ったオークチーム。
しかし、流石といったところか、狼狽える事なく彼らは戦い抜いた。
それでもなお、アスバール達を相手するには遠く及んでいなかった。
去り際に、観客席で此方を見つめる王子へと視線を返す。
恐らくは忍びから報告を受けたのだろう。何かを訴えるようなその目に、しかし褪せ人は何も言わなかった。
「ドゥーラは負けたか」
準決勝を観客席で見届けた王子が静かに呟く。
彼女は強い。しかし、彼女には悪いが、この結末自体は王子の予想通りであった。
いくらドゥーラが強くとも、あの男の相手は荷が勝ち過ぎる。
「折れてないと良いが」
準決勝の結果はあまりにも圧倒的なものだった。心折れても仕方ないとさえ言えるほどの惨敗。
だが、もし彼女の心が折れていないのならば、きっと強くなるだろう。彼女は格上というものを知った。
その頂きの高さを知ることは、間違いなく彼女の糧となる。
そんな事を考えていると、視線に気付いたのか、褪せ人が此方へと視線を向けていた。兜の奥、何を考えているかはまるで読めない。
僅かな間睨み合いが続き、やがて、興味を失ったかのように褪せ人が此方から視線を外し、再び歩き出していった。
聞きたい事は山程あった。
何故、武術大会に出ているのか、依頼主は何者なのか、そして——
「——優先契約ってどういう事だよ……!」
そんなもの王国ではやってくれなかった。一体、アスバールという女からどういう契約を持ち掛けられたのか。
何としても聞き出さねばならない。
「ひょっとして色仕掛けか……? 小さい娘が好きなのかと思ってたが、人外が好きとかそういう事か……?」
「あの、王子?」
ブツブツと何やらおかしな方向に思考を持っていき始めた王子にアンナが心配そうに問い掛ける。
昨夜、チヨメから報告を受けてからこれだ。褪せ人を横から掻っ攫われた事が余程ショックだったのだろう。
王都奪還から今まで、口では色々と言いつつも王国から離れなかったが故に、今回の報告は寝耳に水であった。
「どうする……? イリスになんて説明すれば……。いや、いっそタラニアにバニーで迫ってもらうように頼んで……!」
「もう、王子!」
混乱のあまり、人外に対抗する為にバニータラニア突撃作戦などというとち狂った事を画策し始めた王子を、アンナが強い口調で正気へと引き戻す。
「あ、あぁ、すまない。どうしたんだ、アンナ」
「決勝戦、勝ちますよね」
正気に戻った王子へと問うたのは決勝戦のこと。アンナも、その実不安であった。褪せ人の実力はよく知っている。彼女とて、あの異界の英雄がどれ程王国で結果を残してきたのかを、王子の隣で見てきたのだ。
王子には勝って欲しい。だが、それでも。そんなアンナの不安を、王子は安心させるように笑みを浮かべ、答えを返す。
「無論、勝つとも。アイツは強い、だが、俺も一人ではない」
その言葉は力強かった。負けるつもりで挑むなどと、そのような気は毛頭ないのだ。
己一人で勝てるなどとは思い上がってはいない。
しかし、仲間達となら、褪せ人を相手にしても十分に戦えると、そう思っていた。
魔界武術大会 決勝
会場はこれ以上ない程に沸いていた。
下馬評を悉く覆し、物質界代表としての王国と、予選から勝ち上がってきた無名のチームという予想外のマッチが決勝で果たされる事となった。
当初はブーイングだらけであった王国チームも、今やその圧倒的なまでの力で観客を魅了していた。
「予選で見せた大魔法で王国チームは終わりだろう」
「いや、それを言うなら王国の彼女達が魔剣で集中放火してしまえば良い」
「頑張れっ!頑張れっ!」
「何で妖怪が居るんだ?」
口々に観客達が試合の展開を予想する。しかし、意見は統一されず、見事なまでに割れていた。
双方が双方ともそれぞれ一切の底を見せずに勝ち上がっているのだ。
今回ばかりは誰にも予想がついていないようだった。
会場の喧騒を他所に、両者が相対する。
王子が褪せ人へと苦笑い混じりに声を掛ける。
「真っ直ぐに帰って来いと、そう言ったつもりだったんだがな」
「確約は出来ないと、そう言ったはずだ」
それはこれから戦うというのに、どこか気安いやりとりであった。
それを横で見ていたシルヴィアが頬を膨らませ、王子へと口を挟む。
「むぅ、王子様っ! これから戦う相手ですのよ!」
「悪い悪い……ハルモニアも後で詳しく聞かせてもらうからな」
「バレてましたか……」
「咎めるつもりはないさ」
王子の言葉に、ハルモニアが僅かに驚く。
しかし、本選であれだけ槍捌きを見せたのだ。見抜かれるのも無理はなかった。
とはいえ、魔界武術大会に出ていること自体は別に咎める事ではない。
彼女の組んでいる者達については教えて貰いたいが。
そして、再び褪せ人へと王子が口を開く。
「優先契約については絶対に聞かせてもらうからな」
どことなく必死な王子の表情に、物で釣られたとは言い難いところではあった。
そこまで考えて、ふと褪せ人は別に己は何も後ろめたい事をしていないことに気付く。
「私が傭兵としてどうしようと自由ではないか」
「それは……お前、アレだろ。アイギス様の召喚した英雄として……」
「その使命に変わりはない。その上で、アスバールとの契約を交わしている」
「ぐっ……」
思わぬ開き直りに、王子がしどろもどろに反論する。結局のところ、この男を縛る理由は無いのだ。
王子にしても、自覚はある。自分は単に、褪せ人を取られた事が悔しいのだ。
王子として、様々な者達と接する中、こうして対等に話せる男というのは白の皇帝とこの男くらいのものである。
臣下として付き従ってくれる男達が悪い訳ではない。己を好いてくれる女性達に不満がある訳でも無い。
しかし、そうしたしがらみもなく接する事の出来る存在は王子にとって貴重で、得難いものではあったのだ。
「シルヴィアではないけれど、そろそろ構えた方が良いんじゃないかしら?」
「っと、これ以上は全部終わってからだな——勝たせてもらうぞ」
シビラに言われ、今度こそ王子は表情を引き締める。
先程までのどこか気の抜けた姿はなく、獰猛な戦士としてのそれ。
そんな王子の宣言を受け、褪せ人は無言で断頭剣を構えた。
シビラ達も、アスバール達も各々の構えを取る。
空気の変化を感じ取り、観客達は喧騒を止め、開始の時を待つ。
あらゆる意味で異例の事態となった魔界武術大会。しかし、最早両チームを謗るような者は居なかった。
一瞬の静寂が会場を包む。
「では、決勝戦だ。王子チーム対アスバールチーム——始め」
開始の宣言。
まず最初に仕掛けたのはアスバール。地上から浮き上がると、タクトを構え、魔術の発動を狙う。
「ッ! いきなりか……!」
「相手は英雄王の末裔。出し惜しみはしませんよ」
魔力を練り上げ、王子達の頭上へと魔法陣が展開される。
このままでは予選の二の舞。しかし、それを許す王国ではない。
「やらせはしません……!」
イングリッドがアスバールへと駆け、魔法剣を振るう。
剣士でありながら、魔法の斬撃を得意とする彼女の一撃は魔法剣士として王国最強に相応しい威力を誇る。
「当然止めに来るわよね! させないわ!」
予想通りの反応に、ヤハールがアスバールに飛来する斬撃を受け止めんと割って入る。
魔法の斬撃。それは彼女達デーモンにとって痛手にはならない。
たとえそれが最強の魔法剣士の一撃であろうとも、彼女達が防御に徹すれば受け止め切れる——その筈だった。
「かかりました——ギガバリアブレイク!」
「ッ!? ヤハール!」
異常を察したハルモニアがヤハールへと警告する。
しかし、それは既に遅きに失した。
最強の魔法剣士、その斬撃がただ魔法耐性が高いというだけで防げるだろうか。
答えは否である。
イングリッドが、己の本領を発揮する。アスバール達の、魔法に対する守りを破壊したのだ。
「ぐっ……!?」
放たれた斬撃、それを防ごうとしたヤハールがそれを受け止める事で異常に気付く。
槍で防ぎ、打ち消せる筈だったそれは、全身を切り裂き、ヤハールに甚大なダメージを与える。
「嘘っ、何で!?」
「下がりなさい、ヤハール!」
混乱するヤハールに、アスバールが指示を出す。
しかし、そんな状況でもイングリッドは手を休めない。
最早防ぐ事もままならない斬撃をさながら嵐の如くヤハールとアスバールに向けて放つ。
「仕方ありません、これで……!」
アスバールが魔法を放つ。十分な
「来ますよ!」
「分かっているわ……!」
アーニャの声に、シビラが応じる。
たとえ不完全な魔法でも、決してその威力は侮れるものではない。
今まさに放たれんとする破壊の嵐を前に、シビラが静かに己の魔剣へと呼び掛ける。
「アンサラー……!」
魔剣が、シビラの呼び掛けに応える。
応報の魔剣が、重苦しい程の魔力でアスバール達を包み込んだ。
その直後に、アスバールによる破壊の魔法が巻き起こる。
大地を抉り、土煙を上げる。けたたましい破砕音を響かせるそれは、多くの観客に勝負は決したとすら思わせるもの。
だが——
「今のを凌ぎ切りますか……流石に魔剣といったところでしょうか」
——王国は未だ健在。
全身に傷こそ負っているが、致命的なダメージは無いようであった。
魔剣アンサラー、その力の一つは、相手の力を著しく奪い去るもの。
「……狙いを絞ります。魔法剣士と、アンサラーの使い手を落としましょう」
「ぐっ……分かったわ! さっきの仕返し、たっぷりしてあげるんだから!」
「ヤハール、無理しないで」
ハルモニアの指示に、ヤハールとロタンが応じる。
ただ居るだけで此方の能力を下げる手合い。放置するわけにはいかなかった。
最優先で撃破するべく、それぞれが駆け出していく。
「やらせませんよ!」
迫るロタンを前に、アーニャが立ち塞がる。同じ竜人だからこそ、ロタンを食い止められるのは己しか居ないと、アーニャはそう考えていた。
「どいて」
「どきません!」
「なら……ちょっと痛い目を見てもらうわ……!」
ロタンの振るう大剣をアーニャが自身の身の丈程ある双大剣で受け止める。凄まじい衝撃音を響かせながら、鍔迫り合いの形へ持ち込む。
「くっ……!」
「へぇ……!」
しかし、同じ竜人でありながら、純粋な力の衝突において、ロタンはアーニャの上を行っていた。
徐々に押し込まれ、苦悶の表情を浮かべるアーニャと、それを見て意外そうな表情のロタン。
ロタンからしてみれば耐えられている事自体が想定外。そのまま圧し潰さんと力を込める。
「くぁっ……! アスカロン!」
「……ッ!」
アーニャの呼び掛けに、アスカロンが真の力を解放する。
竜人としての力の差を、聖剣によって埋める。
弾かれ、ロタンは一度距離を取る。アーニャもまた、体勢を立て直すと、剣を構えた。
「そう、あくまで戦うというのなら……同じ竜人として、私が貴方を倒すわ」
「負ける気はありません! 王子のためにも、絶対に勝ちます!」
ロタンは己が討つべき標的をアーニャへと定めた。彼女の力が恐ろしく高まっていくのを感じながら、アーニャもまた、それに応じるように駆け出していった。
目まぐるしく変わる戦況の中、褪せ人はシルヴィアと対峙していた。
彼女の振るう魔剣を大盾で防ぎ、カウンターを放つ。
既に幾度か行われた攻防。そして結果は変わらなかった。
「無駄ですわ!」
振るわれた断頭剣による一撃は、彼女の身体をすり抜け、空を切る。デシウスとの戦いで見せた霧化の能力によって褪せ人の斬撃を回避する。
「くっ……!」
だが、それでもシルヴィアは苦悶の表情を浮かべていた。魔力を帯びた断頭剣の一撃が、霧化した彼女へとダメージを通しているのだ。
故に、相性そのものは決して悪いものではない。
「お返しですわ!」
返す刀で振るわれる魔剣の一撃。これを大盾によって防ぐ。ここからが問題であった。
「……!」
魔剣の魔力による僅かなダメージと共に、シルヴィアの身体が癒される。
吸血剣フルンティング。他者の命を吸う魔剣が、褪せ人から奪った生命力をシルヴィアへと還元しているのだ。
褪せ人が剣を振るい、傷付けてはシルヴィアの吸血剣によってそれを帳消しにする。
千日手である。
そして、それだけでは終わらない。
「はぁっ!」
シルヴィアが魔剣を振るう。
その一撃は先程よりも速く、鋭い。
命を吸う魔剣が、この攻防を糧にシルヴィアを段階的に強化していた。
時間を掛ければ掛ける程にシルヴィアが強化され、そして持ち前の不死性と吸血剣によって生半可なダメージは通らない。
流石に王子が選んだだけはある、と褪せ人がシルヴィアを評価した。
「……意外に思っているのではありませんか? 王子様が自ら貴方と戦う事を選ばなかった事を」
「……」
攻防の中、不意に掛けられた言葉に、褪せ人は応じなかった。
だが、確かにあの男は己と戦う事を望んでいると、そう考えていたのは事実ではあった。
今、あの男はアスバール達との攻防に加わっている。
初撃で強烈な一撃を受けたヤハールと、度重なる能力低下でアスバールチームは著しく不利な状況へと陥っていた。
褪せ人も其方の援護に向かいたいのだが、シルヴィアがそれを許さない。
「信じてくれたのですわ。私が貴方に勝つのだと」
「……」
「だから、負けられませんの。貴方にだけは……!」
その決意と共に、シルヴィアの姿が二重にぶれる。それは、徐々に離れてゆき、完全に二つの姿へと分かたれた。
二人となったシルヴィアが、褪せ人へと不敵な笑みを浮かべる。
「これはまだ、見せていませんでしたわよね?」
——霧分身
吸血鬼の能力である霧化、その応用である。
分身でありながら実体を伴うそれは、実質的にシルヴィアが二人に増えたに等しい。
「ここからが本番ですわ」
分身を交えたシルヴィアの猛攻は凄まじいという他無かった。魔剣を振るい、その爪で切り裂き、着実に褪せ人を追い詰めていく。
「……!」
それでもなお、目の前の男に揺らぎはない。追い詰めている筈なのに、目の前の男からは痩せ我慢のような雰囲気を感じさせない何かがあった。
「これで終わりですわ!」
魔剣による一撃、渾身の勢いで振るわれるそれは、今度こそ褪せ人を討つのだという強い意志と共に放たれた。
だが、その一撃は通らない。
「……!」
シルヴィアの魔剣が振り抜かれるのに合わせ、褪せ人は断頭剣を振るう。
それは、本来ならば霧化によって避けられる筈だった。
しかし、褪せ人は待ち続けたのだ。彼女自身が攻めに転じ、霧化が解かれるその瞬間を。
「カハッ……!」
決着を焦った彼女への代償は大きい。
霧分身は断頭剣によって両断され消失する。そしてそのままの勢いで本体である彼女の胴を薙いだ。
凄まじい勢いで振り抜かれたそれは、彼女の胴を折り、そして吹き飛ばす。
地面に転がり、起き上がらんとするシルヴィアに、一度反撃に移った褪せ人は手を緩めなかった。
聖印を握り、祈祷を発動させる。
褪せ人自身の頭上に、赤い魔法陣が展開されると、おもむろにその中に手を突き入れる。
そして、そこから取り出した赤く滴るそれをシルヴィアに向けて振り撒いた。
真実の母、その穢れたる血炎である。
「きゃあああ!!」
追い打ちとばかりに放たれたその炎に、シルヴィアが悲鳴を上げる。
呪われた血炎は、彼女の身体を焼き、甚大なダメージを負わせた。
元より、吸血鬼はその多彩な能力と並外れた力と引き換えとばかりに弱点の多い種族。
彼女にとって炎もまた、多大なるダメージを与えるのに十分なものだった。
「くっ、まだですわ……私は、まだ……!」
満身創痍の中、シルヴィアが再び魔剣を振るう。攻撃さえ当ててしまえば、再び吸血剣により回復、再度仕切り直しが図れる。
しかし、その斬撃は当たらない。
「それは既に見た」
「……!?」
吸血鬼として、最上の力を持つ彼女は戦士ではない。
圧倒的な力と多彩な能力、そして反則じみた再生能力によって敵を叩き潰してきた。
技など不要、力で押し通れば良い。
策など不要、正面から叩き潰せば良い。
それは人ならざる者として、強者故の矜持とでも言うべきもの。だがそれは、より大きな力の前では酷く脆いものであった。
幾ら速かろうとあまりに素直な太刀筋は褪せ人にしてみれば避けるには容易い。
どれほど力が強かろうと、当たらなければ意味はない。
フルンティングによって強化されたシルヴィアを、褪せ人は完全に対応してみせたのだ。
「はぁ……はぁ……」
「……」
形勢は逆転した。未だ揺るがぬ褪せ人と、赤いドレスを、彼女自身の血でさらに赤く染め上げ、息も絶え絶えのシルヴィア。
彼女が立っているのは、ひとえに王子の為。この男を倒すと誓った以上、負ける訳にはいかぬと、ただその想いだけが彼女を突き動かしていた。
その様に、褪せ人は次の一撃で終わらせると決める。
殺すつもりはない。だが、これ以上倒れないと言うのなら保証はできなかった。
断頭剣を構え、その戦技を発動させる。
剣身が回転し、赤い光が宿る。
十分に力の溜まったそれを、褪せ人は渾身の力を込めて振り抜いた。
霧化で避けてもなお、その一撃は彼女を打倒するだろう。直撃すれば死は免れない。
加減など無粋。ある意味で、褪せ人の最大限の敬意を表した一撃であった。
それを目前に、シルヴィアは動けない。立っているのが限界なまでに、彼女は追い詰められていた。
仮に、ここで直撃しようとも彼女は不死のヴァンパイアである。遠からず、彼女は灰より蘇るだろう。
「——良く耐えてくれたな、シルヴィア」
「……あぁ」
だが、それを許さない者がここに居る。
迫る致死の一撃を、王子はその盾を以て受け止める。硬質な金属同士がぶつかり、回転により耳障りな音が響き渡る。
だが、王子は一歩も退かない。
背に守る者があるこの男は、何よりも強いとその有り様が示していた。
エオヒドの剣舞を受け切られ、褪せ人の手元に断頭剣が戻ってくる。
「シルヴィア、よくやってくれた。お前のおかげで、俺達は勝てる」
「王子様……私……」
「よく休め、お前の献身は、絶対に無駄にはしない」
その一言に安心したように倒れるシルヴィアを抱き留めると、ゆっくりと地面へと寝かせる。
そして、再び褪せ人へと向き直る。
「うちのお姫様をよくもやってくれたな」
「あら、お姫様はここにもいるのだけれど?」
王子の言葉に、どこか茶化したような言葉と共にシビラ達が王子の方へと集まってくる。
全身に傷を受け、疲弊こそしているが、それでも彼女達は健在。そんな彼女達が己の前に集まっている、それが意味する事を褪せ人は察した。
「彼女達は、負けたのか」
「あの子達は良くやってくれました。それ以上に、王国が手強かったのです」
褪せ人の呟きに言葉を返しながら、アスバールが褪せ人の背後に降り立つ。
彼女自身も全身を傷だらけにし、疲弊しているのが見てとれた。
ヤハール、ロタン、ハルモニアは倒れ、対して相手は満身創痍ながらシルヴィアを除いて健在。状況は絶望的だろう。
シルヴィアを相手に時間を掛けすぎた。いや、この場合は彼女を褒めるべきか。
王子を放置するべきでは無かったのだ。あの男こそが、彼女達を打ち倒した最大の要因に違いない。
褪せ人が剣を構える。
「まだ、やるのか」
「無論だ。ここで足を止める理由にはなり得ない」
王子の言葉に、褪せ人は答える。
仲間がやられようとも、己はまだ倒れていない。戦いをやめる理由など、ありはしない。
最早王子も何も言わなかった。再び激突が始まる。
褪せ人の攻撃は苛烈極まりなかった。断頭剣を振るい、祈祷を駆使して戦況をコントロールし、その堅牢な守りも健在。
しかし、それでも数の差は覆す事は出来なかった。
魔剣が振るわれ、王子の盾に阻まれ、聖剣によって薙ぎ払われる。
一方的な攻防の末、ついに褪せ人が膝を突く。
「……」
「ようやく、か」
「恐ろしい相手でした。噂に聞いていましたが、これ程とは……」
四人を相手に退かず、戦い抜いた褪せ人に、イングリッドは畏怖を抱いた。
今まで伝え聞いていた逸話が悉く嘘ではないのだと、その身を以て体感したのだ。
「俺達の勝ちだ、アスバール、降参しろ」
未だ降参しない褪せ人を前に、王子はアスバールへと降参を促す。
この女も、結果の見えた試合を続ける事は無用である筈。王子も、褪せ人が降参すると思っていない以上、彼女を諭すのが道理であった。
「——もう、良いでしょう」
アスバールが言葉を紡ぐ。
その言葉は王子ではなく、褪せ人へと向けられたもの。
王子も、シビラ達もその言葉の真意を図りかねる。
「貴方は十分に私の為に戦ってくれました」
聞きようによっては褪せ人を諭すような言葉。
だが、その声音からは諦めの意思はまるで見えない。
不吉な予感が王子の中で首をもたげる。
「今まで、窮屈な戦いを強いていましたね」
アスバールの言葉に、褪せ人がゆっくりと立ち上がる。
兜の奥、まるで見えない闇の向こうで、再び火が灯ったのを王子は幻視した。
「これよりは無名の闘士ではなく——」
ここに来て、王子はアスバールが何をしようとしているのかを察した。
彼女は今、この男の枷を外そうとしているのだ。
——戦いはまだ終わっていない。
「——異界の英雄として、その力を振るう事を許します」
その言葉と共に、褪せ人が地面に手を突く。
そして、無数の炎の柱が褪せ人を中心に周囲へ突き立った。
「まだ終わっていない……! 下がれ!」
王子の叫びに、全員が距離を取る。
燃え盛る火の柱が褪せ人の周囲を囲み、その姿を覆い隠す。
「まだやるというの!? さっきまで満身創痍で……!」
シビラが炎の柱を前に、困惑の声を上げる。
最早限界だった筈。それでもなお、続けようというのか。
炎の柱、その一つを突き破るようにして、何かが飛び出してくる。
それは、鉄茨の鎧ではなく、王子達も見覚えのある鎧を身に纏った偉丈夫。
片手に大盾を持ち、もう片方の手には断頭剣ではなく、黒い石を切り出したような歪な大剣を携えている。
褪せ人が白い光をたなびかせながら、イングリッドへ向かって突進する。
「避けろ! イングリッド!」
王子が叫ぶ。
凄まじい勢いで放たれる突きをイングリッドは上体を逸らす事でかろうじて避ける。
——否、回避させられたのだ。
上体を逸らしたイングリッドが見たのは、その剣身の裂け目から漏れ出る白光。
「王子、申し訳ありま——」
イングリッドが言葉を紡ぐ前に、白光が炸裂する。
思わず目を塞ぎたくなるほどの眩い光は、イングリッドを巻き込み、吹き飛ばし、その意識を闇へと落とす。
「……」
王国最強の魔法剣士を脱落させた褪せ人は再びゆっくりと王子達へと向き直る。
祈祷で癒したのだろう。傷は塞がり、その立ち姿に一切の揺らぎはない。
「さぁ、貴方の力を、私に見せてください」
褪せ人の背後、守られるようにして亜神が降り立つ。
亜神と異界の英雄。
二柱の絶望が、王子達の前に立ちはだかった。
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