今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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ちょっとケラ様に独自解釈


神の嘆き

褪せ人達が悪霊の迷宮を進んでいく。

変わり映えのしない景色の中、延々と歩き続けるというのは、思いの外精神を削られるものである。

薄暗い通路を、キンドライヒが辿る微かな匂いを頼りに一行は進む。

 

階層毎に変化していく制限に褪せ人が装備を変えながら対応していた。

しばし迷宮の中を歩き、現れたのは牛頭の魔物。

長らく迷宮を彷徨っていたのだろう。此方を見つけるなり、久しく見ない獲物へと歓喜の咆哮を上げていた。

 

「ミノタウロスか……」

 

「問題ない」

 

王子の呟くような声に、褪せ人が簡潔に答える。

屈強な肉体と、それに比例した膂力を誇る怪物であるが、最早その程度では今の王国では脅威足り得なかった。

褪せ人が前に出る。

 

今の階層における迷宮に課された制約は『癒し手、神官、司祭の禁止』

言ってしまえば、聖職者達の力を奪い去っている。

 

褪せ人にもその影響はあった。

祈祷はおろか、信仰に連なる装備すら使用できないのは痛手である。

しかし、問題はない。

 

褪せ人の取り出したのは武器と呼ぶには奇怪なもの。

星獣と呼ばれる、狭間の地の外より飛来した怪物、その強靭な顎をそのまま武器としたものである。

 

迫るミノタウロスの突進に合わせるようにして、星獣の顎を振るう。

振るわれたその鋭利な切先がミノタウロスの身体を抉り、引き裂いた。

 

思わぬ反撃にミノタウロスが叫び声を上げる。

しかし、一度の攻撃で倒れる程、ミノタウロスも弱くはない。再び咆哮を上げると、褪せ人へと斧を振るう。

雑に振るわれたその一撃を、褪せ人がバックステップで躱す。そして、手に持つ星獣の顎を天へと掲げた。

 

重力の魔力が、紫電を伴って周囲に満ちる。

そして、重力の雷がミノタウロスの頭上に突き立った。

雷が全身を駆け巡り、星の引力が周囲の大地諸共にミノタウロスを叩き潰す。

 

そして、その一撃を最後にミノタウロスは動かなくなった。

 

「行くぞ」

 

「本当に、何かする度に新しい武器と技が出てきますね…」

 

奇跡を封じられてなお、膂力に依らない攻撃手段を持ち合わせている褪せ人にどこか呆れを含んだ声音でイングリッドが呟く。

武術大会では半ば不意を撃たれて敗北した彼女。

当然負けは負けとして受け入れてはいるが、出来れば再戦したいとも考えていた。しかし、こうも膨大な手数を持っているとなると、果たして今の自身で勝てるかどうか、思わずそう考えてしまうのであった。

 

階層を下り、その入り口にて立ち止まる。

この迷宮、ご丁寧にもその階層の制約が入口に書かれているのだ。

いよいよ侵入者排除の為のものであるとは思えない。

どちらかと言えば試練のようなものであると感じさせた。

 

「次は妖怪禁止……妖怪禁止?」

 

「随分とピンポイントというか何というか……」

 

何処か無秩序に兵種が制限されていく中、今度は種族の禁止が課せられる。若干のネタ切れを感じさせないでもない。

 

とはいえ、妖怪は今現在カゴメだけである。

故に、課せられる制約としてはかなり緩いものではあった。

 

「ぐぐ……頑張りどころですよ、アタシ……!」

 

制限を課せられ、力を削がれた中カゴメが力一杯に立ち上がる。

その足は震えていたが、彼女としては頑張りどころなのだろう。しかし、この調子では埒が開かない。

 

「無理をするな」

 

「うぐ……頑張れません」

 

褪せ人に抱き抱えられ、カゴメがどこか悔しそうな表情を浮かべる。

時間があれば付き合ってやっても良いのだが、皇帝救出が目的の今、付き合っている訳にも行かなかった。

 

「これ、デーモン禁止とかあるのかしら……」

 

アブグルントが褪せ人とカゴメを見ながら、若干の期待を込めて迷宮を歩く。

 

問題なく階層は突破され、再び次の階層。

 

『竜人の禁止』

 

「ふむ、確かに力が出ないね。ああ、本を読んでいるから、あまり揺らさないでくれるかい」

 

抱きかかえられ、褪せ人に注文をつけながら、本を読み始めるトリシャ。特にその注文を叶える様子もなく、無言で褪せ人は歩き出した。

 

「デーモン……」

 

そんな様子を物言いたげにアブグルントが見つめていた。

 

『魔法剣士禁止』

 

タラニアを抱え、褪せ人が前へ進む。

内心で別に己が抱えてやる必要は無いのではないかと思い始めたが、一度やり始めたからには仕方ないと諦める。

密かにカゴメ達を羨ましげに見つめていたタラニアも恥ずかしそうではあったが抵抗しなかった。

 

「……」

 

いよいよ無言になったアブグルントを、タラニアは努めて見ないようにした。怖いからだ。

 

どこか緊張感の欠ける道中、しかし無理もない。

制約こそ厄介ではあるが、出てくる魔物は然程脅威にはならない。

対策を練ってきた王国、そして褪せ人によって次々と階層は踏破されていくのであった。

 

「ここだ、この階層に皇帝がいる筈だ」

 

しばらく階層を下り、キンドライヒが匂いを嗅ぎながら入り口でそう言った。

この階層には何も書かれていない。制約は課されていないと見て良いだろう。

キンドライヒを信じるならば、ひとまずはここが目的地である。

 

「無かったね、デーモン禁止」

 

「私、この迷宮嫌いだわ」

 

トリシャの言葉に、アブグルントが不機嫌そうに言う。

内心で、褪せ人もその言葉に同意した。

何せ、道中の宝箱は悉くミミックだったからだ。

あまりにもミミックにしか出くわさない為、最終的には目につく宝箱を全て殴る事となった。

そして、そんなミミックから出てくるのは花束や宝石、稀に捕らわれた聖霊くらいのものである。

その全てが武器や祈祷書を期待していた褪せ人には不要なものであった。

とりあえずは王子に渡してやれば喜んでいたので、使い道はあるのだろう。

 

「気をつけてください。この階層、他と比べても異様な気配に満ちています」

 

イリスの言葉に、全員の表情が引き締まる。

今までに出てきた魔物にそれ程の脅威は感じられなかった。

皇帝がやられるとは思えない。

そして、仮に強大な魔物が居たとして、幾ら功績が求められていたとしても、あの男が退き際を弁えていないとは王子は思わなかった。

未だ皇帝達が消息を絶った元凶が姿を見せてはいない。そう考えるのが妥当だろう。

 

そして、歩き出した面々の前が広い空間に出る。その中央には、女性を模った像。

褪せ人はその姿に見覚えがあった。

 

「アダマス様の像……! やはりここにアダマス様が……」

 

レオナがその像を見て、いよいよ確信した。

ここにアダマスは居るのだ。帝国の悲願の達成は、目前にまで来ていた。

 

そんなアダマスの像の足元、全身を血に染め、もたれかかるようにして倒れ伏す一人の男。

 

「陛下!?」

 

思わぬところで倒れている皇帝にレオナが叫び、駆け出した。

レオナ達帝国の面々がアダマスの像の下へと駆け出したのを見ながら、王子達もそれに追従する。

 

「ぐっ……レオナ……それに、王子達か……何故……」

 

「良かった、まだ息がある! 頼む、陛下に回復の奇跡を!」

 

「は、はい!」

 

此方を認識し、痛みに耐えながらも言葉を発する皇帝にレオナは一先ず安堵した。

イリスが皇帝へ回復の奇跡をかけている間、褪せ人は周囲を警戒する。

この男をこれ程に追い詰めた何かが、此処には居るはずなのだ。

 

王国もまた、周辺を探索する。

不自然な制約を課せられる迷宮という認識から、望み薄と考えていたが、アダマスの像が見つかった以上、此処に精神体が封印されているという信憑性は高まった。

何かそれらしいものはないかと手分けして探し出す。

 

「——お探しのものはこれですか? 愚かなる人間達よ」

 

そんなアダマスの像の周辺を調査していた一行に不意に声が掛かる。

発せられた声は決して大きくはない。しかし、その場に居た誰もがその存在を認識した。

圧倒的なまでの神気が迷宮へと満ちる。

その声も、気配も、褪せ人には覚えがあった。

 

それはこの世界における真なる神の一柱、三女神の長姉、人の滅びを望む者。

 

「ケラウノス……!」

 

「ふふ、よくぞここまで辿り着きましたね。不浄なる人間達よ」

 

王子達が見上げた先で、ケラウノスが翼を広げ、見下ろしていた。

王子達の声に、ケラウノスが嗤う。悪意と嘲笑に満ちた表情を見せる神に、初めて彼女を見る者も強い警戒を示す。

 

そんな王子達に向けて、ケラウノスはあるものを掲げて見せた。

どこまでも嘲りに満ちた声音で、周囲の者達へとケラウノスは告げる。

 

「貴方達が求めたのはこれでしょう?」

 

ケラウノスが抱えているのは小さな壺。しかし、その壺からは隠しきれないばかりの神気が宿っているのが感じられる。

女神アダマスを肉体と精神で切り離し、封じたのは他ならぬこの女神。ならば、そんな彼女が抱えるそれが何なのかは自ずと導かれるというもの。

 

「アダマス様……!」

 

「ええ、この壺こそが愚かな妹、アダマスを封じたもの——ですが、これはもう必要ありませんね」

 

思わず声を上げたレオナに、ケラウノスが言葉を返すとともにその壺を手放す。

支えを失い、重力に従って落とされたそれは、周囲の者が受け止める暇もなく地に落ち、砕かれた。

溢れ出す光、漏れ出る神気は封印が解けた証左。

 

「私は……一体……」

 

眩い光の中で、何処か呆けたような声が響く。

光の中から現れたのは、紫髪の女。神の色と同じ衣を身に纏ったそれは、かつて褪せ人達がレヴィアタンの心臓から救い出した女神の姿。

 

「アダマス様!」

 

「貴方達は……」

 

どこか茫洋とした目が、此方を見つめ返す。

未だ状況を飲み込めていないアダマスを前に、ケラウノスが口を開いた。

 

「愚かなる妹よ、久方振りの目覚めは如何ですか?」

 

「ケラウノス姉様……!」

 

「貴方には最後の仕事を果たしてもらいましょう。人の滅び、その最後をアイギスと共に見届けるのです」

 

ケラウノスの声に、アダマスが険しい顔で睨みつける。

ここにきて、漸く思い出したのだ。自分を封印したのが、他ならぬ姉であったことを。

千年経ってなおも人の滅びに向けて邁進する姉に、アダマスが声を上げる。

 

「未だそのような事を考えているのですか!? 何故それ程までに人を滅ぼそうというのです!」

 

「人の愚かさを、その醜さを嘆くが故に」

 

そう言い放つケラウノスに先程までの嘲笑はない。

あるのはただ、嘆きであった。

 

「千年前、私は英雄王を介して人の可能性を、光を垣間見たのです。一度は滅びを齎そうとした人類を、今一度信じても良いと、そう思わせるものを」

 

魔王を相手に、二柱の女神の助けがあったとはいえ、英雄王は、自身に付き従う英傑達と共に封印するまでに至った。

絶望的な状況にも折れず、見捨てず、ただ前へと進む。その姿に、ケラウノスは一度捨て去った光を見た。

故に、魔王が封じられて千年、見極めようと思ったのだ。

愚かな人類を、妹達が身を挺して守り通した人を今一度信じたかったから。

 

「——ですが、この千年で人は前へと進みましたか?」

 

だが、人は変わらなかった。

一握りの英雄が光を示したからといって、所詮はその程度。

千年経っても、大多数の者達は変わらなかった。

 

殺し、奪い、争い、騙す。

 

ケラウノスは嘆いた。

そんなものが見たいのではない。あの時、英雄王が見せた光は嘘だったのか。

そんなものが創造神が愛した人類であると、一体どうして認められるのだろうか。

 

「——認めない、人の可能性など私は認めない」

 

人に裏切られた彼女に声は届かない。

女神の怒りに呼応し、暗い闇が足元に満ちる。

魔界の瘴気すら生温いとばかりに凝縮されたそれは、見るものに悍ましさを感じさせるもの。

 

「まさか、これは……!」

 

「人は、人によって滅びる……!その前に、他ならぬ私が引導を渡そうというのです!!」

 

闇の中、何かが一歩踏み出した。

怒れるケラウノスと並んでなおも無視できない圧力を放つ。

黒髪に、二対の黒翼。

 

褪せ人は酷く見覚えがあった。忘れもしない、己はかつてその影と戦った事があるのだから。

 

「今この時より目覚めよ。我が意を体現せし忠実なる闇の僕——魔王よ」

 

全ての魔物の根源。人の滅びを齎すもの。

魔王が、千年の時を経て今再び降臨したのだ。

 

「……この身体、予の真なる肉体か」

 

魔王が何かを確かめるようにして己の腕を握り締める。

そんな隙だらけの一挙手一投足すら、誰もが動けない。ただ立っているだけで強烈な圧力を放つその姿に、多くの者達は気圧される。

 

「あれが……魔王……」

 

「無茶苦茶だね。魔力と瘴気で空間が歪んでいるよ」

 

イングリッドとトリシャが慄く。

魔術に長けた者達であるが故に分かる。その圧倒的な力の奔流。

王国も帝国も、その有様に圧倒される中で前へ進む者達が居た。

 

魔王を前にしてなお、気高く、仲間より前に出てアイギスの神器を構える男。

未だ傷が癒え切らぬ中、それでも餓狼の如き鋭い目で魔王を睨み、アダマスの神器を構える男。

そして、決して揺るがず、ただ己の使命がために武具を構え歩みを進める鎧の男。

 

「やはり、貴方達は前に進みますか……」

 

ケラウノスが褪せ人達を睨みつける。

かつての英雄王、その末裔たる今代の英雄。

ただその力だけで、皇帝の座を手に入れた稀代の英雄。

女神アイギスの呼び出した異界の英雄。

 

ケラウノスにとって忌々しい者達。

かつての英雄王を思い起こさせるその眼差しが、折れず揺るがず、ただ前へと進むその姿が彼女を酷く苛立たせる。

 

「良いでしょう。あくまで抗うというのならば——容赦はしません」

 

ケラウノスが手をかざすと、巨大な魔法陣が展開される。

魔法陣より膨大な魔力が溢れ出す。

 

「まだ何かしようというのか……!」

 

「貴方達が見せる人の可能性……それが齎す結末を見せてあげましょう」

 

ケラウノスに油断はない。

王子や皇帝達だけならば、未だ目覚めたばかりの不完全とはいえ、魔王だけで十分に相手が務まるだろう。

だが、彼女は既に褪せ人を敵と見做した。

エインヘリヤルを相手に渡り合った目の前の男に絶望を突きつけるべく、彼女は神としての権能を行使する。

 

「かつて世界を破滅させた力、その一つが、この機体」

 

時空を歪ませ、ケラウノスは一つの滅びを招来する。それは、人の可能性が齎した悲劇。

 

 

 

かつて、千年戦争より遥かに古き時代。

今より高度に発達した人類は、神に至る事を望み彼を造り上げた。

人々より理想を託された彼は、その理想を叶えるべく、人類の守護者として君臨する。

しかし、英雄として望まれ造られた彼には、致命的な欠陥があったのだ。

彼には人が未完成であるということが理解出来なかったのだ。

そして、悲劇は引き起こされる。

 

——殺すな、奪うな、争うな、騙すな。

 

彼は嘆く。

他ならぬお前達が私に託したのだろう。

何故他者を害する。何故他者を想えない。

 

人によって作られた神は、奇しくもケラウノスと同じ結論を導き出す。

 

即ち、理想に反する人類の抹殺である。

理想の人類を守る為、彼は己の使命を全うする。

しかし、彼の嘆きが終わる事は無かった。

 

——お前達が望んだ理想だろう。

 

彼に託された理想の人類など、存在しなかったのだ。

英雄になり損ねた悪魔は、ついに人類を滅ぼした。

 

一つの世界を滅ぼし、眠りについた悪魔が呼び起こされる。

 

 

 

魔法陣より現れたのは漆黒の巨人。

その容姿は褪せ人の知る中ではウェンディの駆るくぐつが最も近いだろう。

だが、それよりも遥かに異質である。

両手に砲を構え、無機質な装甲を束ねたその姿は機械の悪魔とでも言うべき様相。

 

「何だ……これは……」

 

皇帝が思わず声を漏らす。

魔王とはまた異なった力の圧迫感が周囲を満たす。

ケラウノスが静かに告げる。

 

「今一度、貴方の嘆きで世界を満たしなさい——ディアボロス」

 

「ターゲット確認——排除開始」

 

人類種の剣、力学の悪魔、英雄になり損ねた悲劇の悪魔。

古き文明を滅ぼしたそれが、褪せ人達の前に立ちはだかった。




褪せ人が頑張れるように難易度上げときました
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