今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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求められた英雄

魔王と漆黒の巨人。

立ちはだかる二柱の規格外、それに相対するは三人の英雄。

 

絶望的な状況下にあって尚、退くことのない褪せ人達にケラウノスは目を細める。

アダマスは封印により衰弱し、魔王は肉体を取り戻した。今はまだ不完全であれど、直に力を取り戻すだろう。ここでの目的は達している。

それでも、ここで神の権能を使ってまで滅びを招き寄せたのは、英雄という希望をここで潰えさせる為。

 

「魔王と人造神機、超えられるならば超えてみせなさい」

 

それだけを言うと、ケラウノスの足元に魔法陣が展開される。恐らくは転移門、天界へと帰還するつもりだろう。

 

「姉様、逃げるお積もりですか?」

 

「アダマス、口を慎みなさい。今の貴方には最早何も出来はしないのですよ」

 

アダマスは睨みつけ、ケラウノスに問いかける。

だが、ケラウノスに動じた様子はない。今のアダマスにかつての力はありはしない。

神の楔も、かつて万物を斬り裂いた鎌も振るえはしないだろう。

そんなか弱い女神が吠えたところで、ケラウノスが答えてやる義理はない。

 

「もし、貴方達が『例外』だというのならば、生き延びなさい。貴方達にはその権利と義務がある」

 

この戦いを切り抜けられるというのならば、最後の滅びを見届ける権利があるだろう。

それだけ言い残すと、ケラウノスは転移門よりその姿を消した。

 

残された者達が向かい合い、束の間の沈黙が訪れる。

最初にその沈黙を破ったのは、千年前に滅びの元凶となった魔王だった。

 

「……英雄王の系譜、女神の神器の継承者達か」

 

静かで、無感動な声。しかし、声を発しただけで無視できぬ存在感に、王子達が最大限の警戒を示す。

全ての元凶、王国を、人類を滅亡の淵に叩き落とした存在。

油断など出来るはずもない。

 

「未だ忌々しくも女神の呪縛に囚われた身だが、その力、見定めてやろう」

 

その言葉と共に、魔王が膨大な魔力を練り上げ一振りの剣を形作る。

強烈な圧迫感、相対する者の心を砕かんばかりのそれを前に、王子と皇帝が剣を構える。

 

「……やれるな、王子」

 

「勿論だ。——行くぞ、皇帝」

 

神器の継承者が、滅びの元凶へと駆け出していく。

激しい剣戟と共に、迷宮の奥へと戦線を移す。

 

その姿を見ながら、褪せ人の意識はもう一つの存在へと向けられる。

王子達が魔王を相手取るのならば、己の相手はこの漆黒の巨人だろう。

人ならざる者。褪せ人の知識には、類似する存在は居なかった。

大盾と大槌を構え、相対する。

 

「見定めよう——お前は『人』か、それとも『敵』か」

 

独り言のように呟かれた、無機質なその声に褪せ人は応えない。

相手の出方を伺うべく、無言で聖印を握ると、祈祷を発動させた。

褪せ人を中心に衝撃波が放たれ、次々と黄金の礫がディアボロスへと殺到する。

 

「——『敵』か」

 

飛来する黄金の礫を前に、しかし漆黒の巨人は動じない。

その場で跳躍すると、背の推進機を用いて急加速した。

炎をたなびかせ、高速で移動する。

黄金の礫はそれを追尾するも、人ではあり得ない挙動で不規則に高速移動するディアボロスを捉えられない。

 

黄金の礫を避けながら、ディアボロスが砲を構える。赤熱した砲身が褪せ人へと向けられ、轟音と共に火砲が放たれた。

まともに喰らえば致死の一撃。おおよそ人間に向けられるべきではないそれを、褪せ人は大盾を構え、受け止める。

 

大盾に直撃した火砲が爆ぜる。

凄まじい衝撃と共に爆炎が巻き起こった。

その一撃に耐え、褪せ人がディアボロスの姿を視認しようとして——漆黒の巨人による強烈な蹴りが目の前に迫るのが見えた。

 

人間の3倍はあろうかという巨大な鉄塊が、推進機を利用して高速で突撃し、蹴りを放つ。

大盾で受け止めるも、その身体ごと上空へと投げ出された。

 

空中で身動きが取れない褪せ人に向け、容赦ない追撃が放たれる。

先程の赤熱した砲とは違う、もう片方の青く輝く砲から放たれる魔法弾が褪せ人へと迫る。

避ける事は出来ない。甘んじて受けるべきだと褪せ人は冷静に次の手を打つべく思考を巡らせる。

 

「褪せ人はやらせませんよ!」

 

しかし、その砲が褪せ人へと届く事は無かった。

巨大な壁がせり上がり、魔法弾を阻む。爆発と共に周囲を凍てつかせながらも、その壁は健在。

 

「やれやれ、一人で戦おうとするのは君の悪い癖だね」

 

「全くだ、僕達が居ることを忘れないで貰おうか!」

 

トリシャとタラニアが、ディアボロスへと魔法を放つ。

トリシャの膨大な魔力によって練り上げられた魔法を、ディアボロスがその機動力を以て回避を試みる。

そこにタラニアがすかさず魔法剣を発動、斬撃を放った。

 

氷と雷の嵐がディアボロスの周りで吹き荒れる。

それでも、ディアボロスの動きを止める事は出来なかった。

急加速によって破壊の嵐よりその巨体は難を逃れるも、狙い澄ましたようなアブグルントの斬撃が僅かに機体に傷をつける。

その隙に、褪せ人は着地、体勢を整える。

 

「私達だって居るんです。一人で無茶しないでください」

 

体勢を立て直した褪せ人へ向けてイリスの癒しの奇跡が放たれる。

砲撃によって焼かれた皮膚が癒え、再び万全の状態へと戻る。

 

新たな乱入者に、ディアボロスが地上へと降りる。

無機質なカメラ越しに、戦線に加わった者達を冷静に分析を始める。

此方の砲を壁で防ぎ、癒しの奇跡で戦列を維持し、遠距離から攻め立てる。

総じて厄介な相手であると判断する。

だが、対処出来ない範疇ではない。

 

彼のやることは変わらない。

人の守護者である彼は、理想を阻む『敵』を排除する為に動き出す。

 

「我は人の守護者、人を未来へ導く理想である」

 

——故に、その理想を阻む者は敵である。

 

ディアボロスは再び砲を構え、宙を舞う。

急加速と急停止を繰り返し、アブグルント達の攻撃を避けながら不規則な軌道を描き、攻撃を繰り返す。

広いとはいえ、ここが迷宮なのは幸いだった。

この機械仕掛けの巨人は、大空から一方的に砲撃を繰り返す事さえ可能だっただろう。

 

「速い……!」

 

カゴメが分体を駆使して砲撃に対する防壁を構築する。

防御は十分。しかし、厄介なのはその機動力。機械故か、応報の呪いが機能した様子もない。

縦横無尽に迷宮内を飛び交う巨人は、カゴメの防壁の隙間を縫い、砲撃を放つ。

その狙いは、背後に控え、カゴメへと奇跡を放ち続けるイリス。

彼女の結界と回復が戦線の要。真っ先に討つべきであると、ディアボロスは判断する。

 

「イリス!!」

 

「きゃあっ!?」

 

カゴメの呼び掛けに、イリスがその砲撃を認識し、悲鳴を上げる。

いくら聖女の結界があろうとも、彼女自身はただの後衛。直撃すれば死は免れない。

 

そんな彼女への一撃を、褪せ人が大盾を以て防ぐ。

爆炎が広がり、視界を遮る。

 

「何故、こんな……貴方が人の守護者だと言うのなら、どうしてこんな事をするのですか!?」

 

爆風に桃色の髪を靡かせながら、イリスは叫ぶ。

目の前の巨人の言葉と行動が矛盾している。

何故、人の守護者を自称しながら魔王を差し置いて人を襲うのか。

 

「魔王も、神もこの世界には不要。だが、その前にお前達を剪定する」

 

魔王も殺す、神もまた殺す。

人類の未来を委ねられた彼にとっては等しく障害である。

故に、あれらはいずれ殺すのが必定。

しかし、その前に守るべき人を、求められた理想を遂行する。

 

しかし何故、魔王でもケラウノスでもなく、真っ先に目の前の鎧の男を打倒せんと動いたのか。それは彼自身にも分かってはいなかった。

 

推進器による急加速。

カゴメの壁を、その人ならざる挙動を以て掻い潜り、褪せ人へと接近する。狙いは先と同様、蹴りによる圧倒的な質量による暴力。

ディアボロスは自然と理解する。

目の前の男、これを打倒すれば他の連携は瓦解する。

幅広い対応力を持ち、異常なまでに戦い慣れたこの男が、この中で放置するのが最も厄介であると。

 

「褪せ人!?」

 

カゴメの切羽詰まった声が響く中、褪せ人は冷静だった。

受けては先の二の舞、カゴメの壁も間に合わないだろう。

故に選択するのは、迎撃。

 

手にするのは巨岩の大槌。

古き人が、かつて巨人を打倒すべく振るったもの。

 

漆黒の巨人の、音すらも置き去りにして放たれる高速の蹴りに合わせるようにしてそれを振るった。

 

質量と質量のぶつかり合い。

衝撃音が響き渡る。無謀に過ぎる激突に、しかし結果は痛み分け。

 

脚部破損、巨人を討つべく作られた大槌は、鉄の巨人の脚を確かに砕いてみせた。装甲は大きくひしゃげ、関節部に致命的な損傷を与える。

 

褪せ人もまた、大質量のぶつかり合い、その反動で両腕が悲鳴を上げる。

千切れていないのは、この男もまた、常人とは程遠い力の持ち主であるが故に。

 

互いに損傷を受けながら、しかし戦いには支障はない。

褪せ人は背後に控える癒し手が居るが故に、傷は癒える。

そしてディアボロスは機械故に、損傷はあれど苦痛は無い。

 

ディアボロスが残った片足を軸に砲を構える。機械であるが故に可能な無茶な体勢。

 

「……!!」

 

未だ反動で体勢を戻せていない褪せ人に対し、鉄の巨人は至近距離から火砲を放つ。迷宮の壁すら焼き溶かす熱量が、褪せ人を襲った。

 

「褪せ人様!?」

 

イリスが叫ぶも、最早遅い。

火砲は直撃、褪せ人の全身が炎に包まれる。

通常ならばここで果てているだろう一撃。

だが、ディアボロスに油断はない。

追撃、膨大な熱量が褪せ人を再び襲った。

 

二度の砲撃、ディアボロスは背後へと飛び退くと、無機質なカメラでその炎を見つめる。

驚異的な相手であった。人の身で、その膂力を以てあろうことかディアボロスの身体を傷つける事の出来る存在。

 

しかし、それも終わる。

間違いない致死の一撃を以て、ディアボロスは残りの者達を処理すべく動き出そうとして——止まった。

 

「理解不能、何故動ける」

 

炎が晴れたその先に、その男は居た。

全身を焼かれ、その鎧の隙間から煙すら立ち昇らせながらもそれは歩みを進める。

 

あり得ない、生きているだけでも想定の範囲外だというのに、まだ此方へ向かってくるというのか。

この男は、ディアボロスの理解の遥か外に存在していた。

 

褪せ人の身体へ奇跡が放たれ、焦げた肉が癒されていく。

受けたダメージは相当なもの。傷は未だ完全には癒えていない。

しかし、動けるのならば問題ないと、褪せ人はそう判断する。

 

「問題しかありませんよ!?」

 

悲鳴にも似た叫び声と共に再びの奇跡が放たれる。

イリスが目に涙を溢れさせながらも懸命に治療を施していた。

目の前で二度の砲撃を受ける褪せ人に、死んだのだと思った。

生きていてくれたのは嬉しい、だがこれ以上は戦うなど無理だと褪せ人へと訴えかける。

 

「その傷では無理です……! どうか、お下がりください!」

 

「それは出来ない」

 

「どうして……!?」

 

彼女の声は、褪せ人を止める事は出来ない。

目の前の巨人は、他の者達に任せるにはあまりにも荷が勝ち過ぎる。

或いは、今の魔王よりも危険な存在であると、褪せ人は直感的にそう感じていた。

故に、癒えた身体をそこそこに褪せ人は武器を構える。

 

「回復を絶やすな。それがある限り、私はまだ戦える」

 

「イリスのおかげで褪せ人は無限に頑張れるんですよ! 頑張ってください!」

 

「そうよ、貴方のお陰で彼は何度でも苦しみながら戦場に立てるのよ。さぁ、頑張って?」

 

「私のせいですか!?」

 

妖怪と悪魔の言葉は、まるでイリスが回復し続けるから褪せ人は死地へと立ち続けるのだと言われているようなものだった。

そんなつもりで回復している訳ではない。だが、彼女のおかげで褪せ人が戦いを続けられるのは事実ではあった。

 

「もう知りません! 絶対に死なせませんから! ちゃんと帰ってきてくださいね!」

 

「無論だ」

 

イリスが怒りに頬を膨らませながらも奇跡を放ち続ける。

言われるまでもない、使命を果たすまで死ぬつもりは毛頭ない。

そんな様子を、ディアボロスは無機質に見つめていた。

 

「何故だ、何故そうまでしてお前は戦い続ける」

 

褪せ人へ対してディアボロスは問い掛ける。

今なお、身体を癒し続けるその男に対し、その問いは愚行であると判断しながら、しかしディアボロスは問わざるを得なかった。

 

いくら癒し手が居るからといっても、痛みはあるだろう、苦しみもあるだろう。

何故、止まらない、何がこの男をそうまでして戦いに駆り立てるのか、ディアボロスは知りたかった。

突然の問い、その意図は掴めずとも返す答えは決まっていた。

 

「救えと、英雄たれと、そう望まれたが故に」

 

褪せ人が簡潔に返す。

この地に来てから、己は何一つ変わってはいない。

女神に呼ばれ、この地を救えと願われた。英雄であれと望まれたが故に、己はただ前へと進んでいるのだ。

 

「……お前もまた、求められた英雄ということか」

 

ディアボロスはその答えに納得する。この男もまた、己と同じだと。

この地に生まれ落ちてから、己は何一つ変わってはいない。

人に造られ、理想を託された。英雄であれと望まれたが故に、己はただ前へと進んでいるのだ。

 

——ならば見せてみよ、お前が願われた理想を。

 

ディアボロスが構える。

ジェネレーターから供給されるエネルギーのほぼ全てを、目の前の英雄を討たんと砲に込める。

 

褪せ人もまた、一つの剣を構える。

神との訣別、その象徴。

 

死なぬ筈の神、その遺体が形を成した剣が、その剣身に黄金を宿す。

 

そして、黄金の光と赤い閃光が衝突した。

暗い迷宮が、破壊的な光で包まれていく。

 

ディアボロスはその黄金の光をじっと見つめる。

古い記憶が、その黄金の光を介して呼び起こされる。

そうだ、あの時己は何と言われたのだったか。

 

——初めて見たのは笑顔だった。

 

誰もが己の誕生を祝福し、互いに抱き合い、各々の功績を褒め称えた。

己が生まれたのは、きっとこの光景を守る為に違いないと、そう定めていたというのに。

 

「——我は、間違えたのか」

 

黄金の光、その奥で剣を構え、駆ける男が見える。

全てのエネルギーを使い果たしたディアボロスには最早避ける事など出来るはずもない。

 

この英雄こそが、『人』が望みしものだろう。

過ちは正され、人に討たれる。英雄になり損ねた悪魔には相応の結末だった。

 

託された理想、彼らは己にこう言ったのだったか。

 

「人類に……黄金の時代を……」

 

ディアボロスの胸部に、黄金の剣が突き立てられる。

ディアボロスのカメラの光が明滅し、その巨体が崩れ落ちる。

褪せ人がその巨体から飛び退くと、地面に着地した。

 

最早、動く事もかなわない状況、しかし最後にディアボロスは問い掛ける。

 

「お前は、人に何を望む……」

 

またしても意図の読めぬ問いに、褪せ人はこの世界に来て考えていた事を口にする。

己が狭間の地で成した事が正しかったのか、その答えは出ない。

理想など、あの地でただ戦い続けていた時に考えている余裕などありはしなかった。

だが、求められた中でそれを選び取ったのは、己が彼の地に住まう者達に望んでいたからだろう。

 

「神に縋らず、ただ己の意思で立つ事を」

 

それは、褪せ人が心のどこかで望んでいた理想、一つの答えだろう。

 

祈るのも良い、願うのも良い。

だが、神に縋り、その全ての責任を押し付ける事は許さない。

繁栄も、滅びも、人が選び取った果てに無くてはならない。

楽な道に逃げようなどと許しはしない。世界は人の意思によって回らなければならない。

 

「厳しい理想だ。それを歩めるのは、強き者だけだろう」

 

「そんな事は承知の上だ。故に、理想なのだろう」

 

簡単に成せるのならば、最初から求めてなどいない。

思えばこの巨人も、人の選んだ意思の一つの結末。

間違えたのは、果たしてディアボロスか、それとも彼を造り上げた人類なのか。

 

「悪くない、お前の理想、願わくば……この目で……」

 

その一言を最後に、ディアボロスは今度こそ停止した。

褪せ人が剣をしまい、別の戦場を見遣る。

 

魔王と二人の英雄、そして彼らに従う仲間達が、今なお戦っているのが見えた。

 

「行かれるのですね」

 

「まだ終わってはいない」

 

あくまで一つの戦場が終わっただけ、休む暇などありはしない。

褪せ人が武器を替え、駆けるのを見ながら、イリスは溜め息をついた。

 

「止めなくて良いのかしら、聖女様?」

 

「止めても無駄なので、もう決めました——どんなにぐちゃぐちゃになっても、絶対に死なせません」

 

ここにきて、聖女が覚悟を決める。

向こうが此方を便利な回復要員として使い潰すつもりなら、望み通りにやってやろう。

腕が欠けようが、足が千切れようが、絶対に死なせてなどやらない。

そんなに死地に行きたいのなら何度でも送り出してやろう——絶対に死なせないが。

 

「ふむ、この変化は……良い変化、で良いのかな」

 

「イ、イリスくん? 君までそんな感じになってしまうと僕はどうしたら……」

 

明後日の方向に駆け出し始めた聖女の覚悟に、トリシャとタラニアは若干の不安を覚えた。

 

「私は好きよ、そういうの」

 

「新たな頑張り人の誕生ですね!」

 

しかし、悪魔と妖怪には好評だった。

アブグルントはどことなく暗い覚悟に堕ちた聖女の姿に、カゴメは何はともあれ頑張るのであれば大歓迎といった様子。

 

「はぁ、まぁ良いか。私達ももうひと頑張りといこう。いつまでも彼におんぶに抱っことはいかないしね」

 

そう言って、未だ続く戦場へと駆けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、予の剣をこうも受け止めてみせるか」

 

「……ッ!」

 

振るわれる剣を、王子が神器の盾で受け止める。

無造作に振るわれたそれは、盾で受け止めた王子を容易く吹き飛ばした。

宙に投げ出され、身動きの取れない王子へ向けて魔王は魔力を込めた斬撃を放とうとして——横合いから振るわれた大剣によって中断される。

 

「遅いな、魔王を名乗っておきながらこの程度か?」

 

「ほう、流石に神器の継承者か」

 

振るわれた大剣は容易く受け止められる。

幾度も剣を交わし、魔王が凄まじいまでの力を持つことはよく分かった。

だが、皇帝にしてみれば拍子抜けでもあった。

 

伝説に謳われた恐ろしき破滅の元凶。英雄王と女神が命を賭して食い止めねば封印すらままならない存在。

目の前の相手にはそれを感じない。

強くはある。だが、王子達と己ならば、届かぬ相手ではないと、そう思える程度。

 

「ハァッ!」

 

皇帝の剣に気を取られた様子の魔王に、イングリッドが魔法剣を振るう。

しかし、魔王はそれを意に介さない。彼自身の持つ魔の障壁が生半可な斬撃を通さないが故に。

 

「——ギガバリアブレイクッ!!」

 

だが、相手が悪かった。

こと魔法に対する障壁など、彼女にとっては慣れたもの。

彼女の力によって、魔法に対する抵抗は削ぎ落とされ、その刃は魔王の身まで届く。

 

「そうか、この時代にも英傑というのは居るのだな」

 

魔王が迫る斬撃に対し、その腕を振るう。

魔法の耐性は削がれてなお、その肉体は強靭。

振るわれた腕によって、斬撃がかき消される。

 

「次は私の一撃を受けてもらおうか!」

 

キンドライヒが両の腕を炎で染め上げ、殴り掛かる。

獣人の身体能力を遺憾無く発揮し、魔王へと乱打を繰り出した。

 

そんなキンドライヒの攻撃を、魔王が受け止める。

怒涛の連撃を放つも、しかし魔王は動じない。

彼女の乱打の間隙、その僅かな隙に、剣を振るう。

 

「やらせない!」

 

胴を薙ぎ、両断されかねない一撃を、王子が再び受け止める。

神器の出力を上げ、吹き飛ばされないように足に力を入れる。

 

「くっ……!」

 

それでもなお強力な一撃。

しかし、今度は踏み止まった。剣を振るい、隙だらけの胴へとカウンターを放つ。

それを魔王はその翼を広げ、背後へ飛ぶ事で躱す。

 

「……流石に継承者二人を相手にしては、今の予では少々手こずるか」

 

「言い訳のつもりか?」

 

魔王の発言に、王子が挑発する。

実力が出せないと、そんな情けない事を言うつもりなのか。

その挑発に、魔王が僅かに不快感を示した。

 

「勇ましいことだ。だが、そうだな……ここで予が舐められては魔王の名が廃れよう」

 

魔王が両腕を広げ、魔力を高める。

ただでさえ濃密だったそれが、さらに極限まで高められ、迷宮の地面が脈動する。

王子達が剣を構える。

ここからが本番だと、全員が確信していた。

 

「さぁ、余興は終わりだ。我が真の力を前に——!!」

 

高まる魔力に魔王が真の力を解放しようとして、動きが止まる。

王子達が訝しむ中、魔王は今頭の中を響くケラウノスからの命令に、酷く苛立つ。

 

ここにきて、ケラウノスが待ったをかけたのだ。

突如頭の中に響くケラウノスの命令に魔王が眉根を寄せる。

 

「何のつもりだ、貴様が命じたのだろう」

 

英雄を討てと、人を滅ぼせと。他ならぬお前が命じたのだろう。

そう訴えるも、ケラウノスの考えは変わらない。

 

ディアボロスが敗れた時点で、ケラウノスは此処で褪せ人達を殺すのを諦めた。

レヴィアタンは死に、魔王までも失ってしまえば人を滅ぼす道が遠ざかる。

故に、力が戻るまで退けと、そう命じていた。

 

「——興が冷めた。次は、忌々しい女神の呪縛が無くなった時に相見えようぞ」

 

魔王の姿が闇へと沈む。

あまりに唐突な幕引きに、王子達は戸惑うばかりであった。

 

「少し、遅かったか」

 

「褪せ人か、すまない、逃げられてしまった」

 

そんな王子達の下へ、褪せ人が辿り着く。

かなうならばここで魔王を殺しておきたかったが、仕方ないだろう。

肉体を取り戻した以上、何らかの動きは見せるはず。

振り出しにこそ戻ったが、収穫はあった。

 

「助けて貰ったのに何の手助けも出来ず、情けない神ですね私は……」

 

「何を仰るのです! 貴方が生きている事が、帝国の民達の救いなのですよ……!」

 

力無く笑うアダマスにレオナが必死で訴えかける。

封印により、解放されたアダマスの精神にかつての力は無かった。

肉体に戻ったところで、その力を取り戻す事はないだろう。

だが、それでも彼女の存在は帝国の悲願である。

彼女の生存は、帝国の民に光を齎すだろう。

 

「一先ずは撤退しよう。アダマス様を肉体に戻さなければならないし、今後の事も話さなければな」

 

王子の一言に、全員が同意した。

復活した魔王とケラウノス。

己の使命の終わりが近付いてきていると、褪せ人は確信と共に迷宮から脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「上層が騒がしいから何があったのかと来てみれば……なーんでこんなにめちゃくちゃになってるんでしょうね……」

 

褪せ人達の去った悪霊の迷宮。

アダマスが封印されていた階層を少女が歩く。

 

「このアダマス様の像、誰が置いたんですかね? 他人の迷宮にこんなの置いてどうするつもりなんでしょう……あー、もう何か焼けて溶けちゃってるし……」

 

ぶつぶつと文句を言いながら少女は辺りの惨状に不満を漏らす。

迷宮の奥、それも誰一人帰ってくることがないとさえ言われた場所を歩くにはあまりに不用意な姿だが、彼女に限っては問題ない。

 

「はぁ……もしかしたら誰かが私を攻略に来てくれたのかと思ったのに、誰もいませんし……」

 

彼女こそがこの迷宮の管理者。かつては王国大迷宮と呼ばれたそれは、千年間彼女によって拡張され続け、今や悪霊の迷宮と呼ばれる事になる。

 

「一体何が起きればこんな事になるんですかねー?」

 

そんな彼女が見た迷宮の惨状は凄まじかった。

壁は何か途轍もない熱量に晒され、焼け溶けているし、かと思えば膨大な魔力によって凍結した床。

巨大な剣で裂かれたような跡などおおよそ普通の魔物が争った程度で起きることのない有様だった。

 

「極めつけはこのゴーレム……不法投棄なんて最低です。訴えれば勝てますよね?」

 

そして、少女が最も憤っているのは目の前の巨大なゴーレムである。

黒い装甲のそれは、激しく損傷し、酷い有様であった。

片足はひしゃげ、装甲のあちこちに傷がついている。恐らくは迷宮内をめちゃくちゃにした原因の一つ。

 

「アンブローズ様は会いに来ないし、何か変なのが転がってるし……もういいです。とりあえずは修復作業を——」

 

いつまでも文句を言っていても仕方ない。

攻略されるのはともかく、破壊されるのは当然困るのだ。

修復すべく、少女がゴースト達に指示を出そうとした時、先程まで朽ちて最早動かなかった筈の鉄の巨人に光が灯る。

 

「——ジェネレーター出力再上昇……オペレーション、パターン2」

 

「う、嘘!? このゴーレム、まだ動いて——」

 

その日、王国大迷宮の天蓋に、地上へと伸びる大穴が空いた。

迷宮守の少女はその大穴を見上げて、泣いた。




ディアボロスがまんまACなせいでフロム成分濃い目
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