今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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黒鎧の魔神

シャディアと名乗る少女が褪せ人達へと歩み寄ってくる。

目を引くのはやはりその槍だろう。黒い槍の穂先には人の顔のような飾りと目玉。そしてそれはまるで意思を持つかのように蠢き、此方を見つめている。

褪せ人達の視線に気付いたのか、シャディアが苦笑いする。

 

「ああ、これが気になるのか? 気にしないでくれ、ただの槍だ」

 

「絶対ただの槍じゃないだろ……」

 

呆れたようなセブンの声。

この世界にも色々と興味深い武具が溢れているが、この少女のそれは特に個性的なものだった。

個人的には詳しく話したいと褪せ人は思うも、今はそのような場合ではない。

簡潔に、シャディアへと褪せ人は問うた。

 

「グリモワールの所在を知っているのか」

 

「知っている……というよりは此方で調べていたというのが正しいか」

 

褪せ人の言葉にシャディアが答える。

彼女は彼女で、グリモワールについて調べていたらしい。

破滅へと導くとされるグリモワール。それを態々調べていたのは何の目的があってのことか。

そんな疑問に、しかしシャディアはかぶりを振る。

 

「グリモワール自体に興味はない。どちらかといえば興味があるのはお前だ」

 

シャディアが褪せ人へと目を向ける。

思いがけない言葉に、カゴメが口を開いた。

 

「ん? 褪せ人にですか?」

 

「そうだ」

 

シャディアはそれに静かに頷くと、褪せ人へ目を向ける。

彼女にとって、グリモワールなど単に実力を測る機会以上の価値はないのだ。

何処か品定めするような目に、褪せ人は無言を返す。

暗に話の続きを促されたシャディアが、自身が褪せ人へと接触する事となった経緯を語る。

 

「最初に聞き及んだのは、魔界で奇妙な人間がオークと共に魔王軍を撃退したという話だ」

 

それは、初めて褪せ人が魔界へと迷い込んだ時の話である。

正直、その時点では然程気にするほどのものではなかった。

オークの英雄であるアナトリアもその場に居たのだというのだから、魔王軍であっても撤退を余儀なくされるのはあり得ない話ではない。気にするほどのものではなかった。

だが、次第に褪せ人という存在を彼女は無視できなくなる。

 

「次に聞いたのは、竜将クロコが、あろうことか一対一の尋常な勝負で敗れたという話だ」

 

それはシャディアをして驚くべきこと。

かの竜人が一騎打ちで敗北など、考えられない事だった。

 

竜将は敗れ、その部下であったハルモニアとエスネアが物質界へと降る。魔王軍の戦力は間違いなく漸減している。

こうなれば、シャディアも己の計画を修正しなければならなかった。

 

「話が見えん。端的に目的を言え」

 

己に興味を抱いた理由は分かった。

だが、結局のところ、彼女自身が何を目的に接触してきたのかが分からない。

故に、褪せ人は単刀直入にシャディアへと問う。お前は一体何が目的なのかと。

その疑問にシャディアが褪せ人を見据え、答える。

その瞳には強い意志が込められていた。

 

「お前と同じだ、魔王を殺す。あの心の臓に、この槍を突き立てるのだ」

 

褪せ人がシャディアの方へ顔を向ける。

その瞳に映るのは暗い復讐の炎。

暗がりの水面のような声に、激情の波紋が広がる。

感情の籠った声でシャディアが褪せ人へと訴えかける。

 

「魔王とケラウノス、その両方を殺す術を私は知っている」

 

彼女は魔王とケラウノス、その二人を殺す為の情報を持っている。

元々は一人で成すつもりだった。魔王軍に潜り込み、獅子身中の虫として暗躍し、その時が来るのを待つ。

それがどれ程のリスクが伴おうとも構わなかった。

それ程までに、彼女の復讐への決意は固い。

 

だが、この男が居るとなれば話は変わる。

わざわざ敵の懐に潜り込むなどというリスクの高い行動をせずとも、己の目的を果たす事が出来るはずなのだ。

 

「私とお前の目的は一致している。故に、私はお前と手を組みたいのだ」

 

そこまで言い切り、褪せ人を静かに見つめ、答えを待つシャディア。

褪せ人は無言で彼女を見つめる。

沈黙が訪れる中、ララネがそれを破る。

 

「それってさぁ、今しなきゃいけない話? 今は急いでるんじゃないの?」

 

「……そうだったな、答えは後で聞かせてくれ。まずはグリモワールの情報を提供しよう」

 

正論を告げられ、シャディアは答えを急いた事を恥じた。

これまでが長かっただけに、知らず焦っていたらしい。

改めてグリモワールについて話す。

 

曰く、グリモワールは受け渡し場所を変え、さる悪魔研究の第一人者の許へと持ち込まれたらしい。

邪教徒達ではその魔導書は紐解けなかった。

故に、悪魔研究を生業とする魔術師に解読させ、その術式を使おうとしているのである。

 

「その場所については既にあたりをつけてある。ここからそう遠くもない」

 

「やけに詳しいよな、正直ぽっと出のあんたがホイホイ言う事を信じるとでも——」

 

「案内しろ」

 

「おい!?」

 

セブンが疑わしげにシャディアを見るも、褪せ人があっさりと了承してしまう。

セブンが思わず声を上げるが、褪せ人視点、シャディアの言う話に嘘はないだろうと判断した。

仮に嘘ならば、態々魔王殺しだなんだを理由に此方に近づく意図が分からない。

現状、受け渡し場所を虱潰しに当たろうとしていたのだ。彼女が闇の組織だったのならば、此方に接触せずに情報を流して受け渡し場所を変えるだけで終わっても良かったはず。

 

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 

「確かに、挙がっている受け渡し場所にも近い場所です。仮に彼らがその研究者を頼るつもりだったのならば、この場所を指定するのは辻褄が合うかと」

 

歯切れの悪いセブン、しかしアイリーンから補足するようにそう言われてしまえばそれ以上何も言う事は無かった。

 

「いや、まだ言う事あったわ、すげー自然に混ざってるけどコイツは良いのかよ」

 

そう言って指差すのは何事もなく混ざっている妖糸使いのララネについてである。

セブンからしてみれば突然組織の人間をサイコロステーキに変えた後、自然と仲間のように振る舞っている幼女である。こわい。

 

「別に邪魔するつもりはないよ、私は悪い奴を消せればそれで良いから」

 

あっけらかんと言い放つララネ。

彼女はただ、悪人が居るならば消しに行く。それだけの話である。

そんなララネの言葉に、薄い笑みを浮かべたアブグルントがセブンを指し示して言う。

 

「あら、それなら彼女は悪い子よ?」

 

「おい、馬鹿、やめろ!?」

 

アブグルントの発言に、セブンは本気で焦り、声を上げると共に褪せ人の背後に隠れた。

先程のスプラッタな絵面を思い出したのだ。今は褪せ人よりこの幼女の方が怖い。

ララネがチラとセブンを見て、口を開く。

 

「ふーん、まぁ流石に誰かれ構わずって訳じゃないよ。それはそれとして私の前で何かするのなら『お話』させてもらうけど」

 

「やらないって! アタシ達は正義の王国軍だからな!」

 

思わずと言ったように溢したセブンの言葉に目を丸くしたのはララネであった。

セブンの失言をアイリーンが鋭い目で睨むも、時既に遅し。

 

「へぇ、王国ってあの? 英雄の国だって聞いてたけど貴方達みたいな暗部もあるんだ」

 

「正確には違うのですが……」

 

ララネの言葉に、アイリーンが補足する。

正確にはここに王国に所属する人間はリムリィを除いて居ない。

褪せ人は今回、独自の判断で動いており、王国から雇われたという事実は無い。

アイリーン達にしろ、自分達の出自が出自な以上、表立って王国とは繋がってはいない。

今回のように闇の組織が大きく絡まなければ、報告書を複数人を介してまわりくどく送り届ける程度。

あくまで今回の行動は建前上は王国とは関係ないのだ。

 

「ふーん、まぁ良いけどね。それで、私はついていって良いの? おじさん」

 

「好きにしろ」

 

邪魔さえしなければ好きにしてくれて構わない。

目的の妨げにならないのならば、ついてくる事に否やは無かった。

 

「話が分かるね、そういう事だからよろしく」

 

釈然としないセブンをよそに、ララネが改めて一行に加わった。

そして、シャディアの先導のもと荒れ果てた街を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

褪せ人達の街から少し離れた場所、邪教徒達の隠れ潜む洞穴。その奥にある薄暗い研究室。

フードを目深に被った教団員達が見守る中、ただ部屋の中ではページを捲り、ペンで何事かを羊皮紙に書き込む音だけが響く。

 

「……まだ術式は分からないのか、ヴェルティ」

 

「…………」

 

教団の男の問いに答える事なく、無心でグリモワールを解読する女に、痺れを切らした男が声を上げる。

 

「聞いているのか!?」

 

そこで漸く気付いたのだろう。煩わしそうにしながら、ヴェルティと呼ばれた女は魔導書から顔を上げる。

 

「うるさいわね、今良いところなのよ」

 

「貴様……!」

 

ヴェルティの言葉に、教団員が唸るような声を上げる。

闇の組織からグリモワールを受け取り、彼女へと渡してしばらく。無言でグリモワールのページを捲る彼女の姿に教団員は焦りを覚えていた。

 

当初の予定を繰り上げ、グリモワールの受け渡しを急いだ闇の組織から聞けば、グリモワールを狙った一行が街に現れたのだという。

それが事実ならば、ここで悠長に術式の研究などやっていられない。

 

「……早くしてくれ、世界は魔神様の救いを求めているのだ」

 

「分かってるわよ、とりあえずこれ」

 

ヴェルティが教団の男へと一枚の書片を手渡す。幾何学模様の描かれたそれは、何らかの術式の記されたもの。

それを受け取った男は期待を込めてヴェルティへと問う。

 

「こ、これはまさか……!」

 

「魔神キメリエスの召喚術式よ」

 

それは男の求めていたもの。

崇拝すべき神をこの地に降臨させる為に必要な鍵であった。

 

「素晴らしい! これさえあればこの世に救いを齎せる……!」

 

「……忠告だけど、間違っても実体を召喚しようだなんて思わない事ね。貴方達ではとても制御出来るものではないのだから」

 

目の前の男も腐っても魔術師。であれば、魔力を制限し、実体ではなく制御出来るよう格を落とした精神体を召喚できる筈。

彼に渡したものにはその術式についても書かれていた。

 

「制御だと? そんなもの——」

 

「——ほ、報告です!!」

 

ヴェルティの言葉に不敵な笑みを浮かべていた教団員の下へ、別の教団員が研究室へと押し入る。

明らかに尋常な様子ではない教団員に、書片を懐にしまいながら男が問う。

 

「何が起きた」

 

「襲撃です! 既に同志達が何人も……!」

 

恐らくは街でグリモワールについて嗅ぎ回っていた者達だろう。

予想通りではあったが、少しばかり遅かったようだ。

救いの力は今しがた手に入っていたが故に。

 

「お前はここで彼女を見張っていろ、時間稼ぎは私がする」

 

「ど、どうやって……」

 

自信に満ちた男に、教団員は戸惑う。今ここを襲撃に来た連中はただものではない。その事を説明しようとした教団員を男は手で制した。

 

「偉大なる神の力を見せてやろうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

褪せ人達が教団のアジトを進む。道中現れる教団員達を淡々と処理しながら奥へと進んでいった。

襲撃は順調、教団員の大半は魔導師のようだが、戦い慣れてはいないようだった。

無防備に正面に立ち、詠唱を始める教団員達に滑車の弩を撃つ。

それだけで、教団員達は容易く倒れてしまう。その程度の相手である。

 

「やるね、おじさん」

 

褪せ人が淡々と教団員を処理していく傍らでララネがまた一人、糸で教団員を締め上げ、血祭りにあげる。

洞窟の中、妖糸を使って張り巡らされたその糸はさながら蜘蛛の巣といったところ。

彼女が見た目通りの年齢なのだとすれば、驚異的な技量であった。

 

「そういえば褪せ人って、おじさんで良いんですかね?」

 

周囲で上がる悲鳴をよそに、ララネのおじさん呼びに疑問を持ったカゴメが口を開く。

 

「その話、今じゃないと駄目か?」

 

巻き起こる惨劇に、しかしまるで気にした様子もなく世間話を繰り広げようとする様にセブンは引いていた。

彼女がどれ程童女のように振る舞おうとも、人ならざる妖怪であるという証左でもあった。

それを受けて、アブグルントが口を開く。

 

「人の年齢っていまいちよく分からないものね、そこのところどうなのかしら、おじさん?」

 

「気にしたことがない」

 

揶揄うように此方を見遣るアブグルントに、短く返す。

その最中にもまた一人教団員の額を弩のボルトが穿ち、赤い花が洞窟の壁に咲いた。

 

年齢など気にした事はなかった。

長い間戦い続け、その後も途方もない期間玉座で腐っていたのだ。ルーンの影響か、老いを感じたことは今のところないが、この世界の人間よりは長生きしているのだろう。

 

「雑談も良いが、一応は敵地。気を抜くには早いのではないか」

 

シャディアがそんな悪魔と妖怪を窘める。

いくら彼女達にとって脅威になり得ないからと言っても、あまり気を抜きすぎるのは考えものだろう。

 

その後も特筆すべき事は無かった。

他者を生贄にする事すら躊躇わない邪悪な魔神信仰者達であるが、戦いは素人。抵抗虚しく褪せ人達に倒されていく。

 

そんな快進撃から程なく、大きく開けた空間に出た。

広々とした空間を、無数の燭台が闇を照らしている。

 

その中心にあるのは祭壇だろうか、華美に装飾されたその広間には、その荘厳さとは裏腹に隠しきれない血の匂いが漂っていた。

よくよく周囲を見てみれば夥しい数の朽ちた骨。

大半が馬や牛のものだが、ところどころに人の頭骨らしきものも見られ、見境なくそれらを生贄に捧げていたのだろう。

ここで行われていた陰惨な儀式の痕に、アスバールやララネが眉を顰める。

 

「良くここまで来たものだ、女神などという穢らわしい邪神を信仰する者達が」

 

祭壇の中心に男が立っている。

他の教団員と同様にフードを被った出立ちだが、幾らか装飾が付いていることから教団の中でも上位の者だろう。司祭といったところか。

 

「グリモワールは何処へ? あれは、人の手には余る代物です。此方へ渡してください」

 

アスバールがグリモワールの所在を問い掛ける。しかし、返ってくるのはくつくつとした笑い声。

 

「くくく、この奥にあるとも。とはいえ、もう必要無いのだがな」

 

「それはどういう……!?」

 

アスバールが男の真意を問おうとした時、それは起きた。

男の立つ祭壇が妖しく輝きを放つ。

膨大な魔力の奔流が祭壇を中心に周囲へと放たれ、暴風となって吹き荒れる。

男にヴェルティの忠告を聞くなどという選択肢は無かった。

一体どうして、信仰する神を制御しなければならないというのか。

これ程神々しい力の発露を、人の術式などで縛るなど恐れ多い。

 

「あぁ、素晴らしい魔力だ……」

 

「不味いです不味いです。これは王子様に追加手当を頂かないと……」

 

魔力の輝きに恍惚とした表情を浮かべる男を見て、リムリィは大鎌を構える。

これはちょっと割に合わない、帰ったら王子に追加手当を請求しよう。リムリィは内心でそう誓った。

 

そして、魔力の暴風がおさまった中に現れたのは黒鎧の巨人。

見上げんばかりの巨躯を、重厚な鎧で覆い、盾と剣を構える様は騎士を思わせた。

見れば分かる。あれこそが、男の言う神という事だろう。

 

「……我は深淵を統べし魔の一柱。如何なる願いを以て我を呼び出した」

 

人ならざる、重々しい声が響く。

その姿に感極まった男が足元に跪き、声を上げる。

 

「ああ、キメリエス様……! どうか、世界に救いを! 貴方様に跪かぬ愚者に御身の裁きを!」

 

その男の声に、キメリエスが意識を向けた。

 

「それが望みか」

 

「その通りでございます! どうか、世界に終末を——ガッ!?」

 

キメリエスの問いに答えようとした男が突如として苦しみ出す。

胸を掻きむしりながら、驚愕に目を剥いてキメリエスを見遣る。

 

「な、何を……!?」

 

「対価を支払って貰おうか。とはいえ、これでも足りないが」

 

キメリエスが嘲るように笑う。

願いに対して、捧げる供物が少な過ぎるのだ。故に、目の前の男の魂を対価に加える。

それでも、天秤を釣り合わせるには些か不足していると言うほかないのだが、キメリエスとしても無いよりはマシだった。

 

「キメリ……エス……様……」

 

苦しみにもがきながら、男は祭壇の上で倒れ伏した。

その顔は信じた神に裏切られ、苦痛と絶望に染まっていた。

 

そんな男の姿をまるで気にした様子もなくキメリエスが褪せ人達へと向き直る。

鎧の巨人。その手に握る剣の赤い刀身が妖しく光る。

 

「久方振りの物質界も悪くない」

 

褪せ人達を見据え、何処か喜色を帯びた声音で魔神が告げる。

それはかつて勇猛な騎士が魔界に堕ち、修羅と化した戦乱の魔神。

魔神に堕ちてなお戦場を求め、その剛剣はいくつもの国を滅ぼした。

 

「戦争だ。我らにはそれが必要だ」

 

——魔神キメリエス

 

戦いを求める修羅の魔神が、褪せ人達へと剣を構えた。

 

 

 

 

「魔神キメリエス。その鎧は如何なる武具をも通さず、その剛剣はあらゆるものを斬り裂くと言います」

 

「クソッ、アタシは帰る! 絶対コソ泥の出番じゃないだろ!?」

 

アスバールの端的な説明にセブンはいよいよもって叫び声を上げた。

どう考えてもナイフで相手していい存在じゃない。

それに関しては褪せ人も同意するところではあった。

 

そんなやり取りをよそに、キメリエスが剣を構え、此方へと駆け出してくる。

その動きは決して速くはない。だが、その巨体故に距離を詰めるのは一瞬。

振りかぶった剛剣が、褪せ人達を叩き潰さんと迫ったところで巨大な壁がキメリエスの剣を阻んだ。

 

轟音が洞窟内に響き渡る。地面が揺れ、パラパラと洞窟の壁が剥がれ落ちる。

カゴメが僅かに表情を歪めるも、直ぐに不敵な笑みを浮かべる。

 

「ぐっ……! でも耐えられない訳ではないですよ!」

 

キメリエスの一撃はその見た目に違わず強烈な威力を誇る。

カゴメですら受けるには厳しい相手。しかし、耐えられないわけではない。

応報の呪いがキメリエスを蝕むも、修羅の魔神は一顧だにせず剣を振るい続ける。

 

「カゴメさん、頑張って耐えてください!」

 

アスバールが壁の背後で魔力を練り上げる。

伝承の通りであればキメリエスに生半可な物理攻撃など通用しない。

ならば彼女の魔力攻撃こそが要であった。

立て続けに振るわれる剛剣がカゴメの壁を少しずつ傷つけていく。

魔神を相手になお砕けない壁は驚嘆に値するが、カゴメの表情を見るに、余裕はあまりないだろう。

 

「魔神か、戦うのはいつぶりだったか……」

 

シャディアが素早い身のこなしでキメリエスの背後へと回る。

彼女の握り締める槍が、主人の意思を汲み、その形を変える。

 

「鎧で防げるのならば防いでみせろ!」

 

槍から鎌へと変わったそれを振るえば、赤黒い魔力の刃がキメリエスへと襲い掛かった。

その刃はキメリエスの強靭な鎧を無視し、その身の内を蝕んでいく。

 

「むぅ……!」

 

キメリエスが煩わしげに声を上げると、シャディアへ向けて剣を横に薙ぐ。

剛剣が空気を裂きながらシャディアへと迫る。

直撃すれば、死は免れないだろう致死の一撃を前に、彼女は動じなかった。

 

「私の目的とちょっと違うけど、流石に放ってはおけないか」

 

ララネがそう独りごちると、妖糸を手繰り、ぬいぐるみを操作する。

狙いはキメリエス。ぬいぐるみがぎこちない動きでとてとてと剣を振るい続けるキメリエスの下まで駆け寄ると、キメリエスに向かって飛びついた。

 

飛びついたぬいぐるみはその身体を大きく膨張し、破裂する。そして、中に仕込まれた無数の妖糸がキメリエスを束縛した。

 

「ほう……」

 

極細の糸なれど、強靭なそれに縛られたキメリエスは僅かに動きを止めた。

しかし、それも直ぐにキメリエス自身の強靭な膂力を以て強引に引き千切られる。

鎧の魔神には、その妖糸による傷など見て取れなかった。

 

「まぁ、無理だよね——でもこれで十分でしょ、おじさん?」

 

「——問題ない」

 

一瞬でも動きが止まるならばそれで十分だった。

キメリエスの周囲に光が満ちる。

そして、光の柱がキメリエスへと突き立った。

ベルゼビュートを一撃のもと消し去った必滅の光がキメリエスを飲み込んでいく。

 

「これで終わりにはしませんよ!」

 

光の柱に、アスバールによる追い打ちが加えられる。

魔力の雨が降り注ぎ、けたたましい爆発音と共に破壊を齎した。

 

「凄いです凄いです。これは正に『やったか!?』と、そう言いたくなる場面ではありませんか?」

 

凄まじいまでの破壊の光景に、リムリィが口を開く。

強靭な鎧を持つといえど、この魔力の雨と必滅の光を前に立ってられるはずなどない。

 

「いや、冗談でもそういうこと言うなって……!?」

 

そんなリムリィの冗談に、呆れた声をセブンが返そうとして、異変に気づく。

洞窟内を異様な気配が満たしていく。

 

魔神キメリエス。

強靭な鎧と剛剣が脅威であるのは間違いない。だが、それはその魔神の本領ではない。

 

土煙が晴れた先に、それは居た。

それは軍馬だった。

赤い鬣に、キメリエス同様に全身を重厚な鎧に身を包んだ巨大な軍馬。

それに跨るのは、やはり鎧の魔神。

しかし、手に持つのは先程までの赤い刀身の大剣ではなく、漆黒の槍。

赤黒い光をまとった穂先はどこまでも不吉さを予感させた。

 

「我が戦い、未だ終わらず」

 

黒鎧の魔神、真の力を解放したそれが、軍馬と共に戦場を駆け出した。

 

 




キメリエスの見た目一番好き
降臨の難易度一番嫌い
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