今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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我輩と吾輩


世界樹へ

 

「ヌゥ……我輩は、一体どうすれば……」

 

王都の外、街道から外れた森の中にデシウスは居た。

切株に腰掛け、ただ何をするでもなく自身が突き立てた蛇腹剣を見つめる。

 

ケラウノスは死んだ。

祖国をかの女神に滅ぼされた彼は、ただそれだけの為に生きてきた。

あらゆる手を尽くして力を求め、そしてそれは遂に結実の日を迎えたのだ。

 

そして残されたのは、使命を果たし、燃え尽きた抜け殻のような己だけ。

 

「流れで王国まで来てしまったが……」

 

ケラウノスを討ち、そのままの流れでピラミッドから王国まで共に戻ってきてしまった。

彼自身もまた、己の帰るべき場所を見失っていたからだ。

 

お人好しの王国の事だ。もうすっかり己の事を仲間だと信じて疑っていないのだろう。

こうしてリビングアーマーである己が王都の近くで座り込んでいられるのが何よりの証拠であった。

 

「今更、我輩に光の下に戻れと言うのか……? だが、それは……」

 

そんな事が許されて良いのか。

デシウスは思う。ここが最後の分岐点なのだと。

 

光の下に戻るか、闇の道へと突き進むか。

今まで、力を得る為にあらゆる事に手を染めた。

王子の仲間達に危害を加え、眠れる英霊の魂を弄び、その力を奪い去った。

それ以外にも、己が行った悪事は枚挙に暇が無い。

そんな己が、どうして今更王国で仲間面出来ようか。

 

「だが、それなら我輩は何をすれば……」

 

「——ぶつぶつと何を言っている」

 

「ふおぉ!?」

 

悩み、唸るデシウスの背後に声が掛かる。

こんなところで声を掛けられるなどと思ってもいなかったデシウスが肩を跳ねさせて振り返った。

 

そこに居たのは鎧の偉丈夫。

女神ケラウノスを滅ぼし、魔王に手傷を与え、退散させた。今世において王子と並び英雄と呼び称される男、褪せ人であった。

 

「き、急に声を掛けてくるでないわ! びっくりするだろう!」

 

「そうか」

 

がなるデシウスに、しかし褪せ人は淡白に返すと、辺りを見回す。

そんな褪せ人に、デシウスは訝しんだ。一体この男、何をしにここに来たのか。

少なくとも、己に会おうとしたわけではないだろう。

 

「……何をしにきたのだ」

 

「人に会いに来た……人というのは正確ではないが」

 

曰く、人に会いにきたらしい。

付け加えられた言葉に疑念がよぎるが、デシウスも他人の事は言えない。

そんな褪せ人はデシウスへと向き直ると、口を開いた。

 

「使命を失くし、己の道を見失ったか」

 

「……!」

 

徐に放たれたその言葉は、正確に己の現状を言い当ててみせた。

その事に驚きつつも、しかしデシウスは声を低くして言葉を返す。

 

「……貴様には関係無いだろう」

 

「如何にも」

 

褪せ人にしてみればかつては敵対していた相手。

ケラウノスとの一件では共闘したが、それが終わってしまえば相手はリビングアーマーの魔物。

これまでの所業を考えれば討ち滅ぼすのも選択肢として十分挙がっていた。

 

しかしそんなデシウスの姿に、褪せ人は酷く既視感を覚えていた。

使命を果たし、己の居場所を失くし、ただ腐り落ちようとしている姿。

それとよく似た男を、褪せ人は知っていたからだ。

それだけに、褪せ人は口を開く。ここからは余計なお節介だろう。しかし、言わずにはいられなかった。

 

「お前の役目は終わり、しかしお前は、このまま朽ちるのを良しとは思っていない」

 

「……」

 

役目は終わり、後は故郷で墓に供え、朽ちる。それも一つだった。

だが、デシウスはそれが出来ないでいた。心のどこかで、未練が残っているのだ。

故に、褪せ人はそれを指摘してやる。

 

「お前の中で、燻っているものがあるのだろう? それを成してから足を止めるのも遅くはない」

 

「……!」

 

褪せ人にしては珍しい助言じみた言葉は、確かにデシウスの心へと突き立った。

 

一つだけ、デシウスにも残されたものがあったのだ。

幾度となくぶつかりあった男が居た。

光の下、多くの仲間を従え、全てを救うと誓いを立てたその男を、デシウスは終生の好敵手であると認めていた。

 

己はまだ、あの男に一度たりとも勝ててはいない。

 

「……礼は言わんぞ」

 

「要らん」

 

短い会話、しかしデシウスの兜の奥、無いはずの瞳から迷いは消えていた。

確かな足取りで、森を去る。恐らくは王城へと向かうのだろう。

それを見送る褪せ人は再び歩き出そうとして、降り掛かる声に足を止める。

 

「——良いのか? あれは王子の下へ向かったのだろう?」

 

「問題はない」

 

不意に掛けられた言葉に、褪せ人は端的に返す。

王子があの男に負けるとは思っていない。それは、恐らくあの男自身も薄々は気付いているはずだった。

だが、最早立ち止まれないだろう。その事は褪せ人にはよく理解出来た。

 

「非合理。しかし、それもまた人の意思か」

 

納得出来たわけではない。しかし、そこに己に欠けたものがあるのだろうと声の主は考えた。

人が合理の上で成り立っていない事は、他ならぬ彼は目の前の男から教えられていた。

 

目的の相手を見つけ、褪せ人は向き直る。

敵対の意思は無いという事らしいが、それでもその真意は問わなければならなかった。

己は王子ほどに他者を無条件で信じられないが故に。

 

「お前の真意を問いに来た——ディアボロス」

 

森の中で、褪せ人は漆黒の巨人を前に問う。

ケラウノスによって呼び起こされ、しかし褪せ人は断片的にしかこの巨人の事を知らないのだ。

人によって造られ、しかし人類の望まぬ方向に暴走し、破滅へと導いた。

その程度の認識。

故に、その答え次第では今度こそ破壊しなければならない。

 

褪せ人の問いに、ディアボロスは見下ろしながら、答える。

 

「我は、未だに答えを見出せていない。我の搭載された思考回路では、この世界に人に値する者は居らず、その悉くを滅ぼすべき敵であると認識している」

 

自身の中で機械的に導かれた答えを、ディアボロスは極めて客観的にそう判断した。

人類によって造られ、人という未完成な存在について理解出来ていないディアボロスにとっては、自身を造り上げた人類に託された理想の『人』こそが守るべき存在である。

 

しかし、そんな理想の『人』は終ぞ存在せず、ディアボロスは一つの文明を滅ぼすに至った。

 

「だが、お前達との戦いで、我は我の導く答えに間違いがある事を理解した」

 

幾度導き出そうとも変わらぬ答え。しかしそれこそを間違いであると突きつけられ、ディアボロスは立ち止まる。

完成された『人』を守る。それが間違いだと言われれば、彼は最早動きようが無かった。

 

「そして、我が最後に問うたお前の理想。それを聞いた時に、我の思考回路にノイズが走った」

 

褪せ人が言葉少なに語った理想。

それはディアボロスにとっては理解できないものであった。

滅びも繁栄も人の責任であると語ったそれは、即ち人は間違い、過つ生き物であると言っているも同然であったからだ。

それは、完成された『人』しか理解できないディアボロスの思考の対極に位置するものであった。

 

だが、すぐさま否定し、拒絶する事も出来たその理想を聞いた時に、彼の電子で出来た思考回路にノイズが走った。

 

それは機械である彼には言語化する事の難しいもの。

彼は、そのノイズにこそ答えがあるのだと判断した。

 

「他者に縋った安寧ではなく、人の力で切り開く混沌にこそ価値があるというお前の理想を、我は見届けたい」

 

ディアボロスの答えに、褪せ人は思考を沈める。

 

恐らくは同じ答えを既に王国で語ったのだろう。その上で、王子達はディアボロスを迎え入れた。

彼らの中では、最早ディアボロスが人にとって誤った決断を下す事は無いと判断した。

 

ディアボロスは、褪せ人の意に沿う形で従うつもりらしい。

高火力の砲と、自在に飛び回る飛行能力。戦力としては申し分無かった。

 

見届けると言う事は、少なくとも褪せ人が死ぬまでは早まった答えを下すつもりは無いという事だろう。

であれば、此方もすぐさま破壊する必要はない。

己も、この地で死ぬつもりは最早無いのだから。

思考の整理を終え、褪せ人はディアボロスへと口を開く。分かりやすい、たった一つの条件を告げる。

 

「敵対すれば破壊する」

 

「無論、理解している。もとよりこうして表立って協力関係を結べる状況が望外である」

 

元々は離れた場所で支援する程度に留めるつもりだったのだ。

それがこうして協力関係にある。その時点でディアボロスとしては都合が良いことこの上無かった。

無機質なカメラ越しに、しかし何かしらを感じさせる視線を以て褪せ人を見つめる。

 

「これより我はお前の剣である。使いこなせ、英雄」

 

こうして英雄になり損ねた悪魔は、英雄の剣となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ディアボロスの真意を問うてから数日。

その日、褪せ人は王国の練兵場へと足を運んでいた。

 

「おっ、来ましたね! こっちですよ、こっち!」

 

中に入るなりカゴメに声を掛けられ、其方へと向かう。

カゴメの他にアンナやイングリッド等、王国の主だった者達も集まっていた。

既に多くの者の耳に入っていたようで、練兵場を囲うように人だかりが出来ている。

 

彼等が注目する先、そこに居るのはこの国の元首、英雄王の末裔たる王子と、リビングアーマーにして神に対する復讐を成したデシウスであった。

褪せ人を認識したアンナが口を開く。

 

「褪せ人様も来られましたか、話は既に?」

 

「知っている」

 

アンナの言葉を褪せ人が肯定する。

焚き付けたのは他ならぬ己である。

ならば、見届けてやるのが筋ではあるだろう。

 

「デシウスにも困ったものです、いきなり決闘だなんて」

 

「まぁ、それを良しとした王子も王子なのですが……」

 

困ったようなアンナの言葉に、そんな決闘の申し出を正面から受け止めた王子も王子であるとイングリッドが肩を竦める。

 

デシウスからの決闘の申し出、あの男が断るはずもなかった。

 

「感謝するぞ、王子。我輩の願いを聞き届けてくれて」

 

「お前からの申し出、断るはずがないだろう」

 

常のどこか捻くれたような様子は無く、寧ろ迷いが晴れたとばかりに感謝を告げるデシウスに、王子が言葉を返す。

敵対していた間柄にも関わらず、どこか気安いやりとりであった。

或いは、だからこそかも知れないが。

 

気負った様子の見受けられない王子の姿に、デシウスは目を細める。

 

強さを求め、肉体すら捨て去り、復讐という過去に全てを費やした己。

 

仲間に支えられ、誰もを見捨てず、人類の未来の為に全てを擲つ覚悟のこの男。

 

やはり、好敵手たり得るのはこの男しか居ない。

改めて自分の選択に納得するとともに蛇腹剣を構え、デシウスが言い放つ。

 

「我が終生の好敵手、王子よ! 我輩の生きた証、その身に刻んでもらおうか!」

 

その言葉に、王子はデシウスと同じようにアイギスの剣を構え、言葉なく応じた。

 

デシウスは笑いながら、己の最期となるだろう戦いに駆け出した。

 

英雄王の末裔と一人の暗黒騎士。

その戦いは、見る者にデシウスという男の名を深く刻み込んだ戦いであった。

苛烈なまでに剣を振るい、王子へと迫るデシウス。それを王子は神器を駆使して防ぎ、弾き、デシウスを攻め立てていく。

 

どこかでデシウスを侮っていた者達も、この戦いを見てその認識を改めざるを得なかった。

悪事を働いては逃げ帰り、懲りずにまた悪さをする。

どこか道化のような振る舞いも、しかしその全てがこの男にとって力を得る為に必要だったことなのだ。

 

デシウスの姿が変わる。巨大化し、蛇腹剣を巨大な剣へと変え、王子へと襲い掛かる。

しかし、そんなデシウスの剣を王子は神器をズルフィカールに持ち替え躱し、少しずつ鎧を傷つけていく。

 

「フハハハハ! 楽しいな、王子よ! やはり貴様との戦いは良い!」

 

未だ傷つけるには至らず、しかしそれでもデシウスは笑った。

やはりこの男と出会えて良かった。仇を討ち、そしてこれ程の男を好敵手に定め、討たれる。些か己には出来過ぎた末路だった。

 

そして、決着の時は近付いてくる。

鎧のあちこちがひび割れ、満身創痍の様子のデシウスに対して王子の傷は浅い。

 

この男もまた、戦いを通して強くなっていた。

相対する相手に対して装備を変えて対応し、戦いのリズムを変える事によってイニシアチブを握り続ける姿は、どこか見覚えのあるもの。

 

デシウスが剣を構える。

最早手に入れた闇の力は悉く剥がされ、頼れるものはこの剣一本。

しかしそれでも諦めるという言葉は無かった。少しでも深く、己という存在を刻み付けなければならない。

 

そんな覚悟で剣を構え、そして——今までに聞いた事の無い美しい調べが耳を打った。

 

「——ク、ハハハ」

 

デシウスは笑う。あれほど望み、しかし終ぞ理解できないと思っていたそれが、今になって聞こえてきた。つくづく王子には感謝しかない。

 

「師よ、妹弟子よ、我輩にも星の声が聞こえるぞ。何と美しい調べであろうか」

 

これで最後の悔いすら残らなかった。デシウスが駆け出し、王子へと迫る。

そして、剣を振るう。天より落ちるは燃え盛る流星。

師の魂に頼る事でしか振るえなかった流星の剣。デシウスはそれを漸く己の手で振るう事が出来たのだ。

 

「これが我輩の最後の一撃! 受けてみせよ、王子!」

 

迫る流星に、王子もまた装備を変える。

青い宝玉が嵌められ、中央がくびれた杵のような形のそれは、武器というよりも法具のようなもの。

そして背にも同様の物が並び、王子の周囲に浮かんでいる。

それら一つ一つに宿るのは神の雷。デシウスは、それをよく知っていた。

 

「まさか、それは……!?」

 

アイギスの神器があるのだ。それと同じくかの神の神器があったとしてもおかしくはない。一体どうして、それをあの男が持っているのか。

 

迫る流星に破壊の雷が放たれる。

神気の宿るそれは、流星へと降り注ぎ、破壊していく。

最後の奥義すら破られたデシウスにも、その雷は降り注いだ。

 

——ケラウノスの神器

 

それは人に滅びを齎しながら、それでも人の光を否定しきれなかった神が遺した、破壊の雷である。

 

「やはり、強いな……だが、これで……」

 

膝をつき、息も絶え絶えのデシウス。

決着はついた。ついに己の剣があの男に届く事は無かったが、それでも全力を振るった己に思い残す事は無かった。

 

ゆっくりと此方に歩み寄る王子を前に、その時を待つ。

 

だが、いくら待てどもその時は来ない。

デシウスが王子を訝しむように見上げる。

 

「何のつもりだ、王子、早くトドメを……」

 

トドメを望むデシウスに、しかし王子は剣ではなくその手を差し出した。

 

「この手を取れ、デシウス」

 

デシウスは呆れる。どれ程の悪事を働いたと思っている。今更光の下に戻れるはずが無いのだ。

そんな訴えも、この男は意に介さない。

 

「言い方を変えようか。俺は、お前に死んで逃げる事を許すつもりはない。生きて、救え。お前が苦しめた者達以上に」

 

目的を果たし、望みをかなえ、満足して逝く事を許すつもりはない。悪人なのだから償って死ね。

それは、王子の本心を隠す言い訳であると同時に、デシウスを繋ぎ止めるのにこれ以上なく効果的な言葉であった。

 

「クハハハ、酷いやつだな貴様は。戦士の決死の覚悟を踏み躙るとは」

 

「お前程じゃないさ」

 

「違いない」

 

デシウスは笑う。確かに、ここで死ぬとは虫の良すぎる話だったか。

己に完勝した男が言うのだ。ならば無様を晒そうとも、闇に堕ちた騎士であろうとも、人を救う為に、この剣を振るおう。

 

「我輩の負けだ。これより我輩は貴様の下で、この命を人の為に使おう」

 

「それで良い」

 

デシウスが王子の手を取り、立ち上がる。

王子も満足げに笑った。

周囲が王子とデシウスの戦いを称える声を聞きながら、褪せ人は静かに練兵場を後にした。

 

「デシウス、燃え尽きたかと思ってましたがまだまだ頑張れそうですね!」

 

カゴメはご満悦だった。

やはり、人の立ち上がる姿は美しい。特に一度壁を越えた後、さらに越えようとする者は稀有だ。

たとえそれが、誰かに言われたからであったとしても、カゴメはそんな行いを強く肯定する。

 

「褪せ人も負けていられませんね!」

 

「……そうだな、私もまだ、やらねばならない事がある」

 

カゴメの言葉を、褪せ人は肯定する。

やらねばならない事は多い。己とて、立ち止まる訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デシウスの決闘から暫く、王国は世界樹へ向けて旅立った。

 

「帝国から飛空船が借りられて助かった。これなら数日と待たずに世界樹の中腹まで向かえるだろう」

 

飛空船の甲板に立つ褪せ人に、王子が語り掛ける。

王子は世界樹への遠征に先立って帝国へと協力を打診していたらしい。

その結果が、この飛空船である。

 

飛空船の甲板に立ちながら、褪せ人は世界樹を見つめる。

未だ距離にして遥か先であるにも関わらず、天へと伸びる巨大な木ははっきりと見て取れた。

その光景に、褪せ人は僅かに狭間の地を思い出す。

遥か遠くに見えた黄金樹。かつて己は、それを目指して旅したのだったか。

 

何処か物思いに耽る褪せ人から王子は視線を外し、別の者へと声を掛ける。

 

「それにしても、まさかついてくるとはな……」

 

「言ったはずだ、協力するのだと」

 

飛空船と並走し、漆黒の巨人が空を駆ける。ディアボロスである。

かつては人を滅ぼす為に邁進した彼は、漸く人の剣として振るわれる事になる。

 

「戦力として期待して貰ってかまわない」

 

「それはありがたいんだけどな」

 

王子は思う。非常にありがたい申し出だが、今回の目的は殲滅ではない。

一応は世界樹には調査と協力の打診という目的で向かう以上、かなり過剰戦力な気がしていた。

何より、威圧感が凄い。鎧の大男とこの漆黒の巨人が並んだ日には敵対の意思は無いと言葉を尽くそうが信じられないだろう。

 

「威圧感については問題ない。王国の魔法剣士から『かっこいい』という客観的な評価を得ている」

 

「タラニアかぁ……」

 

ディアボロスの得た客観的な評価は、些か特殊な嗜好の持ち主であった。当てにして良いかどうか。

王子としても、彼の見た目は嫌いではない。

王子とて男、その重厚な出立ちにはむしろ好意的だった。

 

若干の不安要素はありながらも、世界樹へと近付いていく。

 

「よぉし、世界樹は目前だ。着陸箇所を探すから待ってな」

 

飛空船を運転するボリスがゆっくりと世界樹の周りを旋回する。

 

「大きいですねー」

 

感嘆するカゴメの言葉に、褪せ人も同意する。

間近で見れば、その大きさに驚嘆する。分たれた枝一つでも、島のようなものだろう。

 

世界樹を外周から眺めていると、世界樹の枝、その一角が目に入った。

褪せ人の視線に、王子が気付き、同じ場所を見遣る。

 

「あれは……誰かが戦っている?」

 

何者かが争っている。それが分かった瞬間に褪せ人の判断は速かった。

 

「——ディアボロス」

 

「了解した」

 

ディアボロスは褪せ人の意図を察するとその手を差し出す。

それを見た王子は褪せ人のやろうとしていることに気付き、焦ったような声を上げる。

 

「お前まさか……!」

 

「先に行く」

 

ディアボロスの手に飛び乗り、褪せ人は世界樹へと向かった。

それを見送るしかない王子は気付く。ディアボロスもまた、褪せ人の行動を止めずに後押しする存在なのだと。

 

「くっ、ボリス、急いでくれ!」

 

「分かってるっての!」

 

最近は色々大人しくなったのだと油断していた。

褪せ人達へと追いつくべく、王子はボリスを急がせるのであった。

 

 

 

ディアボロスに抱えられながら、褪せ人は世界樹へと目指す。

戦っているのはエルフ。恐らくはこの地に住むというウッドエルフと呼ばれる種族だろう。

そのウッドエルフが跨っているのは頭部と前足は鷲、胴は翼の生えた獣。褪せ人の知識ではグリフィンという魔物だったと記憶している。

 

相手にしているのはデーモンと植物の魔物の混成。

デーモンが居る事から恐らくは魔王軍だろう。実に分かりやすくて良い。

 

「殲滅する」

 

「任務了解、降下する」

 

ディアボロスに指示を出し、急降下すると、デーモン達の前へと降り立った。

 

「貴方達は……!?」

 

「敵ではない」

 

ウッドエルフの少女が突如降り立った鎧の男と漆黒の巨人に戸惑う。

しかし、説明するつもりはない。その役目は、己ではなく王国に任せていた。

 

目の前の魔物達を処分すべく、褪せ人は祈祷を発動させる。

植物の魔物。であればこれは有効だろう。

 

地面に手をつき、その所作を完了させる。

魔物達の頭上に黒い雨雲が広がり、火の雨が降り注ぐ。

かつては大地を焼き払ったとまで言われる祈祷である。対多数においては有効だった。

何より相手は植物の魔物、効果は劇的であった。次々と火の雨によってその身体を燃やし、倒れていく。

それを見て、デーモンが驚きの声を上げた。

 

「貴様は、まさか異界召喚士様の言っていた……!」

 

褪せ人を見るなり、翼を広げ、逃げようとする。

異界召喚士の名を出した。ならば遠慮する事は無かった。

このまま見逃せば報告され、動かれる。それを許す褪せ人ではない。

 

「逃すな」

 

「了解した、ターゲットの殲滅を開始する」

 

褪せ人の端的な命令に、ディアボロスが了解の意を示し、デーモンの背に向けて砲を放つ。

赤熱した砲塔から放たれたそれは逃げるデーモンの背を穿ち、爆発した。

周囲のデーモンをも巻き込んだそれは、瞬く間に小競り合いを鎮圧してみせたのだ。

 

ウッドエルフの少女は突如現れた褪せ人達に戸惑いながらも、此方に近づいてくる。

 

「あ、貴方達は一体……」

 

「敵ではない」

 

そんな彼女に対して褪せ人が出来るのは敵対するつもりはないと再び意思表示する事だけである。

 

程なく王子が来るまで、ウッドエルフの少女は無言で佇む大男と巨人にただ戸惑うばかりであった。

 

 

 

 

 

「うがー! なんなんじゃ一体、どうしてこんなに忙しいのじゃあ!」

 

世界樹の一角、小さなうろの中で少女は吠えていた。

彼女こそがこの世界樹の維持を創造神より任され、神の楔によって造られた聖霊、ラタトスクである。

 

世界樹はこれまで平穏であった。それ故に彼女がやる事と言えばこの地に住まう者達にほんのささやかな悪戯をする程度。

 

しかし、そんな平穏は突如として崩れ去る。

 

原因は蟲であった。

世界樹の幹や枝葉に取り付いたそれは、凄まじい勢いで世界樹から生命力を吸い上げているのだ。

この地に住まう原生の魔物ではない。共生ではなく収奪。この蟲がこのまま増え続ければ世界樹は枯死するのも時間の問題であった。

 

故に彼女は単身力を使い、蟲達の排除に努めているのだが。

 

「この蟲ども、駆除しても駆除しても湧いてきおる!」

 

追いつかない。増殖のスピードもさることながら、明らかに別の手が入っている。この蟲を増やしている何者かが居るのだ。

埒が開かない。どうしたものかと悩んでいると、うろの中へと一人のウッドエルフが入ってくる。

それは代々ラタトスクに仕える騎士、マリレーヌであった。

 

「ラタトスク様、報告があります」

 

「何じゃあ!? 次から次へと、吾輩は忙しいのじゃぞ!?」

 

報告という言葉に、ラタトスクが声を上げる。これ以上聞きたくはない、しかし聞かない訳にもいかない。

騒ぐ主を他所に、マリレーヌは報告の内容を続ける。

 

「何者かが空飛ぶ船を用いて世界樹へと向かってきています」

 

「何じゃと!?」

 

ここに来て新たな侵入者。ラタトスクは世界樹へと意識を向け、それらを探す。

そこで、ウッドエルフの少女がデーモンと魔物に襲われているのを発見する。

舞い降りる鎧の大男と漆黒の巨人。

そして——

 

「あ、あほかあやつら!? 世界樹の上であんな威力の炎ぶっ放すでないわ! 止めてまいれマリレーヌ! 世界樹が燃えるぅ!」

 

「はっ!」

 

遠慮も何もない炎の一撃にラタトスクは悲鳴をあげる。幸いにして火事には至っていないが、このまま彼等が暴れ続ければ世界樹は間違いなく燃える。

すぐさま止めるべく己の騎士に命じ、ラタトスクは地面に突っ伏した。

 

「嫌じゃあ……休ませて、休ませて欲しいのじゃあ……」

 

平穏を返して欲しい。世界樹の為にも、己の休みの為にも。

創造神より生み出された偉大なる聖霊は、ただその忙しさに涙を流していた。

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