デーモン達を殲滅した後、褪せ人は飛空船を降下させた王子達と合流する。
「王子から聞いて驚きましたよ! どうして褪せ人様は毎度毎度……」
降りてくるなり眉根を上げて歩み寄って来たイリスの小言を聞き流しながら、褪せ人は追い詰められていたウッドエルフの少女へと向き直った。
僅かな警戒と共にその少女は褪せ人へと感謝を述べる。
「此度の助力、感謝致します。まさか噂に聞こえる王国の方達とは……私の名はクゥイル、一体世界樹に何の目的で来られたのでしょう」
そんな当然の疑問について、王子はこれまでの経緯を説明する。
魔王が蘇った事。その魔王を追い詰めたものの後一歩のところで取り逃がした事。そして、再起を図る魔王軍が世界樹の生命力を狙っている可能性があり、先程のデーモン達が十中八九その手の者達だろうという事。
「……成程、話は分かりました。実はそれらについて心当たりがあります。それは——」
「——待たれよ」
クゥイルが何事かを話そうとしたところで、突如として声が掛かる。
褪せ人達が意識を向ける。
世界樹の枝の上、褪せ人達を見下ろすようにして一人のウッドエルフの剣士が立っていた。
「えぇと……貴方は一体……?」
クゥイルが戸惑ったように口を開く。どうやら知り合いではないらしい。
そんなクゥイルの問いにウッドエルフの剣士は剣を鞘から抜き放ち、名乗りを上げる。
「私の名はマリレーヌ。聖霊ラタトスク様を守護する騎士である」
「せ、聖霊ラタトスク様……!?」
クゥイルが驚きの声を上げる。
聖霊ラタトスク、知らない名であった。褪せ人はその名についてクゥイルへと説明を求めるべく口を開く。
「聖霊ラタトスクとは何だ」
「世界樹の守護者です。私もその関係者と会うのは初めてなのですが……」
世界樹の住人ですらそう会う事のない守護者、その配下である騎士だという。
実に都合が良かった。世界樹の管理者、それにコンタクトを取れるのがこれ程に早いのは僥倖といっていいだろう。
だが、当の聖霊の騎士の雰囲気は物々しい。抜き放った剣を此方へと向け、声を上げる。
「ラタトスク様が守護せし世界樹に火を放つ賊め、決して許してはおかぬ!」
「あー…」
王子がその言葉に思わず声を上げ、褪せ人を見遣った。
世界樹に火を放つ。それが相手の逆鱗に触れたのだという。しかし、褪せ人はいまいち理解出来なかった。一体それの何が問題なのか。
そんな疑問に、マリレーヌは信じられないものを見たとばかりに褪せ人へと口を開いた。
「貴殿、本気で言っているのか……? 燃えるだろう、世界樹が!?」
「……成程」
そこまで言われ、ようやく気付く。
これは完全に己の落ち度であった。
先入観というのは恐ろしい、これまで訪れた特別な力を持つ大樹というものは総じて通常の手段で焼く事は不可能であった。
故にこの世界樹で火を使う事に何の疑問も浮かばなかったのだ。
しかし、この世界樹にそんなものは無い。
その代わりに聖霊という存在が世界樹を見張り、こうして狼藉者を排しているのだろう。
「理解したか? ならば私は貴殿らを斬るぞ」
「お、お待ち下さい! この方達は私を助けてくれた王国の方達で……!」
同じ世界樹の住人であるクゥイルの言葉に、しかし騎士は止まろうとしない。
今回ばかりは仕方ないのだが、話を聞いてもらう為に一先ず無力化して考えようと武器を構える。
「愚かな墓標に刻むが良い、ラタトスクの騎士、マリレーヌの名を!」
剣を掲げ、名乗りを上げる剣士。
そこに、慌てたように割って入る影があった。
「待て! 何故そうなるのじゃ!? やめよマリレーヌ!」
そうして今にも単身斬り込もうとするウッドエルフの剣士の前に、小柄な少女が前へ出る。
赤みがかった髪に、リスのように大きく丸まった尻尾を持つ少女である。獣人のような特徴を持つ彼女が立ち塞がると、マリレーヌは大きく目を見開いた。
「ラ、ラタトスク様!?」
危うく主君に向けかけた刃を降ろし、片膝を突き、頭を下げる。
その姿にラタトスクは鷹揚に頷くと口を開いた。
「マリレーヌよ、その思い込みの激しさはうぬの悪い癖じゃぞ」
見よ、そう言ってラタトスクは王子の方を指差す。
「あの剣と盾が目に入らぬか? あれこそは正真正銘の女神アイギスの神器。かの神器を使いこなせるのは英雄王の血を分けた者の他にあるまい」
「……先代から聞いておりました、世界樹の危機には必ず英雄王の系譜が助けに来るのだと……」
ラタトスクの言葉に、漸く理解を示す。しかし、それでも褪せ人とディアボロスについては納得がいっていないようではあったが。
気を取り直したようにラタトスクが王子達へ向き直る。
「うむ、これで落ち着いて話が出来るかの? しかし、本当にタイミングが良い。吾輩達だけでは今回の件は手に負えそうになかったからのう」
「今回の件というのはもしかして最近世界樹に現れた蟲達のことですか?」
ラタトスクの言葉に、クゥイルが反応する。
どうやら世界樹では既に問題が起きているらしい。先のデーモン達を考慮するならば、魔王軍の仕業か。
「蟲……ですか?」
「はい、実は……」
イリスの疑問に、クゥイルが答える。
最近になって、奇妙な蟲達が世界樹に寄生しているのだという。それらは世界樹から尋常ではない量の生命力を吸い続けており、世界樹に住まう部族間でも問題になっていた。
クゥイルはその蟲達の調査を行っている折にデーモン達に出くわしたのだという。
「確定ですね」
「ああ」
アスバールの言葉に、褪せ人が頷く。
その蟲は魔王軍によるもので間違いは無いだろう。アスバールの読みは正しかったと言うことだ。
「その蟲のもとまで案内出来るか」
「案内するまでもない、そこら中におるからの」
そう言うラタトスクに連れられる。
世界樹の管理者と接触し、魔王軍の動向を探る機会を得た。
これ以上ない僥倖、火を放った甲斐があったものである。
「それ間違っても彼女達に言うんじゃないぞ」
王子がラタトスク達に聞こえないよう静かに釘を刺す。
漸く穏便に事が運びそうであるのに、一瞬で台無しにしかねない発言だった。
ラタトスクの先導から程なく、目的の蟲を発見する。彼女達の言うように、かなりの数が世界樹に寄生しているようだった。
歩いていてもそこかしこに見える。
「これは……結構くるものがあるね」
「ですね、私もちょっと……」
イリスとタラニアが蟲を見て気味が悪いとばかりに顔を顰めた。
その視線の先に居るのは、言ってしまえば巨大な芋虫のようなものだろう。
人程の体長で世界樹にへばりつき、絶えず生命力を吸い続けているのか、腹部は緑色に輝き、脈動していた。
しかし、此方が触れる程に近づいているのにも関わらず動こうとはしない。
あくまで世界樹からの生命力を吸い上げる事のみに終始するその蟲に何者かの意思が垣間見える。
そんな蟲に、マリレーヌが近づくと此方に向き直る。
「これが厄介なのはその再生能力だ」
そう言うと、マリレーヌが徐にその剣で蟲を斬りつける。
はち切れんばかりに膨れ上がった腹部から体液が噴き出し、それを見たイリスが短い悲鳴を上げる。
しかし、傷付いた蟲の腹部は瞬く間に再生すると、再び何事もなかったかのように世界樹から生命力を吸い上げを再開した。
「見ての通りだ、生半可な攻撃ではまるで意に介さない。蟲そのものの攻撃性は低いのだが、こうも再生力が高いと駆除出来る者達も限られてくる」
「これは厄介だね、一撃で殺し切らないと駄目な訳だ」
マリレーヌの言葉にタラニアが渋い顔をする。同じ魔法剣士にして連撃主体の彼女は相性が悪いのだろう。
「貴方ならどうしますか?」
「……」
アスバールのどこか期待の籠った視線に、褪せ人は一振りの剣を取り出した。
それを見て、タラニアが呆れた声を上げた。
「また君は妙なものを持ち出すね……」
それは確かに、剣というには異様という他無いだろう。
まるで幾本もの剣を乱雑に接ぎ合わせたようなそれは、かつての英雄が復讐を果たすべく振るったもの。
そんな大剣を、褪せ人は大上段に構える。
「あ、何か凄く嫌な予感がする」
タラニアがこれから起こることを察し、それとなくイリスとカゴメを連れその場から離れる。
そして、剣が振り下ろされた。
途轍もない重量の剣が蟲の腹部を捉え、引き裂いていく。幾本もの不揃いな剣身は蟲の身体を複雑に傷付け、破壊的な損傷を受けた腹部は、その体液を飛散させた。
「うわー、やっぱり」
タラニアの視線の先、粘ついた体液に塗れた褪せ人が何食わぬ顔をして振り下ろした大剣を肩に担ぎ直していた。
分かっていた事だが、あまり気は進まない光景であった。
蟲の姿は最早見る影もない。潰れ、裂かれたそれが再生することは無かった。
そんな褪せ人の一撃に、マリレーヌは目を輝かせる。
「これはまた凄まじい戦士だな。是非とも手合わせ願いたいが……」
「後にせよマリレーヌ、というよりよくこれを見て手合わせしたいと思うのう」
これだから戦士という生き物は分からん。そう言いながらラタトスクは呆れた。
しかし、この男を含め王国の腕利きが複数。これで蟲一匹にかける時間は大幅に減る。対処の目処が立ったことにラタトスクは安堵の笑みを浮かべた。
そして王子が方針を固めるべく口を開く。
「とりあえず、蟲に対処出来る者達で分かれるとしよう。恐らくは魔王軍も此方に来ているはず。蟲を駆除していけば向こうも動かざるを得ないだろう」
王子の言葉に、全員が頷くと各々が武器を構え、行動に移ろうとする。
そんな折に一人のウッドエルフが焦ったような表情を浮かべ、此方に向かってきた。
「——た、大変ですクゥイル、蜘蛛の女王が魔王軍の襲撃を受けて……!」
「そんな……!」
蜘蛛の女王、最近になって世界樹に移住してきた魔物達を束ねる存在。
どうやらそんな彼女達は襲撃を受けたらしい。
蜘蛛の魔物は本来ウッドエルフ達とは対立関係にあり、互いに不干渉の関係を保っていた。
その蜘蛛の魔物の女王がウッドエルフに助けを求める。
ただごとではないのは事実であった。
褪せ人がそのクゥイルの説明に口を開く。
「案内しろ」
「はい! こちらです」
「おのれ次から次へとー!」
クゥイルの案内に従い褪せ人達が蜘蛛の女王の救援に向かう。
ラタトスクは未だ事態が解決する兆しが見えないことに憤慨していた。
蜘蛛の魔物達の巣に到着した褪せ人達が見たのは、無数の魔物の亡骸と焼け焦げた樹であった。
「うぅ……助けに来てくれたのですか?」
そんな荒れ果てた地で、蜘蛛の女王はかろうじて命を繋いでいた。
クゥイル達が慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「情けない、あれ程忌み嫌っていたウッドエルフに助けを求めるなど……」
「今はそんな事を言っている場合ではありませんよ、ここで一体何が?」
イリスが奇跡で蜘蛛の女王を癒す傍ら、何があったのかをクゥイルが尋ねる。
蜘蛛の魔物達は決して弱くはない、にも関わらずこの惨状。尋常な相手が来たとは思えなかった。
「異界召喚士を名乗る者が突然現れ、悍ましい怪物を……」
「キヒヒヒッ! 来おったな、王国軍!」
蜘蛛の女王が苦々しく語り始めたところで、男の声が響き渡る。
その声の方へと意識を向ければ、そこに居たのはデーモンの老魔術師、異界召喚士であった。
傍らには魔本を抱えた少女の姿。
「異界召喚士……!」
「キヒヒヒッ! 予想よりも早い到着だが、問題ない! 貴様らをここで始末して魔王様の供物としてくれる!」
王子の言葉に、異界召喚士は嘲笑を浮かべる。
些かに早い到着だが問題はない。世界樹の生命力は十分に確保され、後は魔王に捧げるのみ。
しかし、その前に王国を潰すのも悪くはない。そう考えた異界召喚士が魔力を練り始めたところで、新たに転移門が出現した。
「——待て、異界召喚士よ」
「おお、ガード様!」
現れたそれに、異界召喚士が声を上げる。
それは、一つ目を模した被り物を被った魔導師のような存在であった。
ガードは異界召喚士へ目を向け、その後王国軍を睥睨する。
そして、褪せ人の姿を見て僅かに硬直した。
「馬鹿な……」
「どうされましたかな?」
警戒する王国軍を見て小さく何事かを呟いたガードに、異界召喚士が訝しむ。
しかし、すぐさま立ち直ったガードはその疑問に答えを返す事なく口を開く。
「いや、此方の話だ。それより撤退だ。お前にはやってもらわねばならない事が山程ある」
「キヒヒヒヒッ! 勿論ですとも、例のものの最終調整もありますからな!」
ガードは異界召喚士へと告げる。
竜将クロコは死に、その部下であるエスネアとハルモニアが寝返った。
そんな現在の魔王軍の戦力の要こそがこの異界召喚士なのだ。
この男は、その性根こそ小物であるが、異界召喚術に関しては間違いなく本物。
この男を失うわけにはいかなかった。
「逃すと、思っているの?」
力を激らせ、ロタンが剣を構えるも、ガードは意に介さない。
「無論、逃げられるとも」
ガードが転移門を作り出す。
作り出されたその門の向こうから強烈なまでの魔力と瘴気が溢れ出す。
「王国軍の相手は、この男にしてもらう」
禍々しい気配を湛えた転移門に巨大な亀裂が走る。
転移門を潜ろうとしたそれの、あまりの力の大きさに門が耐えられていないのだ。
「強烈な魔力と瘴気……警戒してください、並の相手ではありませんよ」
アスバールの言葉に全員が気を引き締める。
亜神ですら警戒するような存在。それが今、転移門より現れようとしていた。
そして、暗い亀裂の向こう側から、一人と一頭が現れる。
それは、黒い竜に跨った男であった。
銀の長髪をたなびかせ、手には身の丈ほどの斧槍が握られている。
「——戦いを、終わらせる」
静かに呟かれたその声は、聞くものに力強さを感じさせるもの。
その身に纏う暗い魔力はどこまでも濃密。
「これは……強いね、信じられない程に」
タラニアがその男を見て険しい表情を浮かべた。
その存在感が、黒い竜も、その男自身も尋常な相手ではないと確信させる。
それを見た異界召喚士もまた、笑いながら異界の門を開く。
「キヒヒヒッ! これはワシも負けてはいられませんのう! やれい、我が弟子よ!」
「はいはい」
異界召喚士に対して、どこか冷めたような態度で弟子と呼ばれた少女が魔力を門へと注ぐ。
「させはしない」
そうはさせない。
目の前で悠長に術式を発動させる召喚士に対し、褪せ人が祈祷を発動させた。
騎士の雷槍、一本の雷の槍と追撃の雷、それが異界召喚士へと殺到する。
だが、そんな一撃に先程現れた男は割って入るとその斧槍を振るい、雷槍を弾いた。
「……!」
斧槍を伝ってその身に雷を受けるも、僅かに男は眉を顰めた程度。
続く追撃の雷撃も、黒竜の息吹によって相殺された。
その隙に異界召喚士は術式を完成、遠い異界よりこの世界へとそれを呼び寄せた。
「さぁ来い、異界の竜よ!!」
門の向こうより世界樹を揺らさんばかりの咆哮が辺りに響く。
その咆哮に、蜘蛛の女王が恐怖に顔を歪めた。
「き、来ましたわ……! わたくしの民達を焼き尽くした竜が……!」
女王の言葉に続くようにして再度響く咆哮。そして重々しい羽音が近付いてくる。
その場に居た全員が門を警戒する中、褪せ人はその酷く聞き覚えのあるそれに目を細めた。
現れたのは灰色の竜。鱗と、硬い毛で覆われたその巨体を、翼で浮かせ向かってくる。
「飛竜!?」
「違う……あれは……」
イリスの叫びを、そばにいたロタンが静かに否定する。
あれは、自分達の知る飛竜ではない。
この世界において、竜という言葉は非常に幅広い意味を持つ。
単なる魔物、知能なく人を害する獣。
ロタンやトリシャを始めとした竜人達。
そして、そんな竜人という種を創り上げた竜の神。
今、目の前の竜を当てはめるのであれば魔物であろう。
だが、それが持つ力は低級の竜などとは比較にならない。
下等なれど、弱きに非ず。
それは彼の地にて、古き竜より生じた卑小なる末裔にして今なお恐れられる怪物であった。
門の向こうより飛竜が現れる。
その数7体。
それらは世界樹の上空を飛び回りながら此方を見下ろしていた。
その中の一体が褪せ人を認識した瞬間、咆哮を上げる。
「来るぞ!」
王子が叫ぶ。
恐らくあの飛竜は本能で察したのだろう、アレこそは仇敵、討たねばならぬ怨敵であると。
飛竜が褪せ人を睨み付けると、口の端から炎を激らせながら急降下と共にそれを吐き出した。
「避けろ!」
広がる火炎に、全員が散らばった。
褪せ人もイリスを抱えるとその場から走り去る。
先程まで王子達が居た場所に火炎が広がり、世界樹の表面を炎上させる。
「くっ……これで!」
燃え盛る世界樹に、アスバールはすかさず己の神としての権能を発動させた。
嵐と慈雨の神、その力によって雨が世界樹へと降り注ぐ。
燃え盛る炎は雨によってその勢いを弱め、やがて潰えた。
「あ、危ないところじゃった……! あんなもの、そう何度も受けられぬぞ!」
アスバールによって事なきを得たが、それでもあの炎は脅威であった。
このまま続けば虫など問題にならないほどの被害が及ぶ。
何としてでも避けなければならなかった。
褪せ人が一歩前へ出る。そして、口を開いた。
「あの男は任せる」
王子に正体不明の戦士を任せるべくそう言い放つと、武具を構える。
そんな褪せ人の姿に、王子は声を上げた。
「お前はどうするつもりだ?」
その問いに褪せ人は答える。
その姿は何の気負いも感じさせなかった。
「無論、竜を殺す」
知っている相手だ。数こそ多いが、それでも対処法が分かる己が当たるのが無難だろう。
そう言って武器を構える褪せ人に続くようにして、タラニアとロタンが隣に並ぶ。
「独り占めはさせないよ、ここからがショータイムさ」
「異界の竜、でも私達なら問題ない」
他の者も同様、ここに来て退くような者達は居なかった。
それを見ながら、ガードは異界召喚士の開いた転移門の奥へと歩みを進める。
「精々足掻くと良い、お前達の力、試させてもらうぞ」
最後にそれだけを言い残すと、ガード達はその場から消えた。
残されたのは立ち塞がる男と異界の飛竜。
周囲で咆哮を上げながら飛び回る飛竜を目前に、ここまで沈黙していたディアボロスが褪せ人へと口を開いた。
「提案がある」
「何だ」
突然のディアボロスからの提案に、褪せ人は続く言葉を促した。
ディアボロスの言う提案、飛竜を前にそう言ってのけるだけのものがあるのか。
しかし、続く言葉は褪せ人には予想外なもの。
「我に搭乗せよ」
「何……?」
褪せ人が訝しむ。
この漆黒の巨人に己が乗る。それの意味が理解出来ず、問い返した。
そんな褪せ人の言葉に、ディアボロスが返す。
「我は人類に託された剣。その真価は、人と共にあってこそ発揮される。お前ならば、我を振るえる」
そう言い、褪せ人へと手を差し出すディアボロス。
それを見ながら、褪せ人は現状を分析する。
7体の飛竜。現在こそ好き勝手に飛んで回っているだけだが、いつ此方にその炎を向けられるのか分からない。
世界樹の防衛を視野に入れるなら、時間は掛けられなかった。
褪せ人は僅かに逡巡するも、しかしすぐさま答えを返す。
「良いだろう」
褪せ人はディアボロスの手を取り、胸部の開かれた搭乗席へと飛び乗る。
そんな褪せ人を乗せ、ディアボロスは立ち上がった。
推進器を用いてゆっくりと上昇していく。
「適合シークエンス——完了。英雄騎操縦者、照合、確認」
機械的な言葉と共に搭乗席は閉じられ、ディアボロスは飛翔する。
その速さは褪せ人が乗る前の比ではなかった。
狙うは飛竜の一体。先と同様に急降下した上でブレスを吐こうとする。その口が開く前に、その顎を蹴ることで中断させる。
そして再度残る脚で蹴りを放つと、その距離を離す。
「最終契約——完了。我が鎧、我が砲はこれよりお前の翼となる」
次いでディアボロスが砲を構える。
狙いは今なお旋回する飛竜達、それに対して容赦なく灼熱の一撃を放った。
これまでのディアボロスの砲撃と比較してなお強烈な一撃、それは飛竜の一体、その羽ばたく翼を穿つと閃光と共に爆発した。
己を支える翼を失い墜落する飛竜を見届けながら、ディアボロスと褪せ人は残りの竜へと向き直る。
言葉を持たぬ飛竜達、それが僅かに狼狽えるのを感じながら、静かに告げた。
「我らの理想を阻む者。プログラムには、不要だ」
それは絶対の言葉であった。
英雄を乗せ、悪魔は飛竜の群れへと飛翔する。
それは悪魔が今一度英雄に立ち戻る最初の一歩であった。
あてと茄子、とか冗談で言ってたら本当に名前が覚えられなくなった人。