今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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深淵を知る者

漆黒の巨人が飛竜の群れを相手に立ちはだかる。

褪せ人を乗せ、本来の機能を十全に扱えるようになったディアボロス。

その威容は、先程まで絶望的であった飛竜達と比較してなお凌駕しうる程。

降り注ぐ火の粉がさながら流星の如く世界樹へと降り注ぐ。

 

「う、うぬらは何か燃やさんと気が済まんのか……!?」

 

ラタトスクがその光景に思わず声を上げる。

世界樹を守りに来たのではないのか、もしかして焼きに来たのではないかと疑いたくなる。

しかし、この状況においてあの飛竜の群れを相手に出来るのは彼等しか居ないのも事実であった。

 

「ぬおぉ……! これで助けてくれてるのが頭がおかしくなりそうじゃ……!」

 

「大丈夫ですよ、私が居ますから」

 

頭を抱えるラタトスクの脇でアスバールがタクトを振るい、雨を呼び起こす。

降り注ぐ火の粉が世界樹を燃やすより先に、それらは消火されていった。

自らの権能を遺憾無く発揮した亜神は目を輝かせてディアボロスと褪せ人へと告げる。

 

「後始末は任せて下さい! 貴方達はいつも通りに、ご遠慮なく……!」

 

「あ、あの……少し遠慮してくれた方が……」

 

燃えても消すから問題ないとばかりに告げるアスバールに、遠慮がちにクゥイルが告げるも、聞こえていない。

そこに居るのは亜神ではなく、英雄の活躍を心待ちにする少女でしかなかった。

 

「む、無茶苦茶じゃ……あれが今代の英雄王の仲間とな……?」

 

「結果的に助かりましたが、これを連れて一体何のつもりで世界樹に……?」

 

燃え落ちる飛竜を背に堂々と空に立つ漆黒の巨人に、ラタトスクとクゥイルは戦慄する。

助けられている手前何も言えないが、協力を申し出る人間が連れてきて良い人材ではないと彼女達は思った。

そんなディアボロスの姿に、タラニアが上機嫌に声を上げる。

 

「う〜ん、カッコいい! でもちょっと最後の台詞が悪役過ぎるかな? 最初の方は良かったけどね、『これよりお前の翼となる』なんかは特に! でもその後はやっぱり名乗りを上げるべきかな? 例えば……」

 

「あの、今はそれどころでは……」

 

ディアボロスと褪せ人のやり取りを彼女は相当に気に入っているらしい。

早口で捲し立てるタラニアを、イリスがやんわりと窘める。

その声に、ディアボロスが視線だけを向け、答える。

 

「成程、貴重な意見だ。今後の参考にさせてもらう」

 

「ディアボロスさんはそれで良いんですか……?」

 

「彼女は我に対して客観的な評価をくれる貴重な協力者である」

 

ディアボロスがイリスの疑問に端的に答える。

現在、ディアボロスが偏った評価基準で活動している要因は、他ならぬタラニアにあった。

 

外でそんな会話が繰り広げられている中、褪せ人はディアボロスの内部、搭乗席に座りながら、奇妙な感覚を覚えていた。

まるで新たに手足が生えてきたかのようなそれは、ディアボロスの手足に繋がっているようで、褪せ人の意思一つで動くようである。

そんな内心の疑問に気づいたディアボロスが褪せ人に向けて答える。

 

「今、お前はその搭乗席にて我と精神接続機構で繋がれている。故に我の身体はお前の肉体の延長線として操作することが可能だ」

 

ディアボロスの説明に、褪せ人は納得する。

乗れとは言われたものの、こんなものを使った事は無いが故に、しかし感覚的に動いてくれるというのならば何も言うことはなかった。

納得した褪せ人に、ディアボロスは続ける。

 

「我は人類の剣、人造神機である。搭乗した者の力に応じて我の出力は上がり、より優れた戦士となる」

 

それこそがディアボロスの備える神機としての力。強者を乗せることで、ディアボロスはその力を己の出力に反映させる。

 

ディアボロスが褪せ人を乗せたのはそれが理由であった。

通常ならば、ディアボロス単体で動ける為に褪せ人とディアボロスが分かれて戦っても問題はない。

寧ろ褪せ人を乗せる事は、褪せ人自身の持ち前の手数と対応力を失う事に繋がるが故に戦力を下げていると見る事も出来た。

 

しかし、世界樹の上で、広いとはいえ足場が不安定な場所で空を飛ぶ竜を相手にする。

この状況であれば褪せ人を乗せる意義は大いにあった。

 

砲を構え、ディアボロスは飛竜と相対する。

対して飛竜は同胞を落とされ、怒り狂っているようであった。

目を血走らせ、口の端には炎が漏れ出ている。

 

「敵の数は7、先の砲撃により6か。我とお前ならば、問題はない」

 

ディアボロスの言葉と共に、褪せ人は思考を深く沈めていく。

精神接続によって得たディアボロスの視界を己のそれとリンクさせる。

 

「——殲滅を開始する」

 

果たして、そう口にしたのはどちらだったか。

ディアボロスが急加速する。

かつて褪せ人達に見せた、推進機による直線的なそれ。

背面のブースターから炎をたなびかせ、飛竜の一体、その頭上を取る。

 

「——!?」

 

竜ですらない翼なき者に頭上を取られるなどと考えては居なかったのだろう。飛竜が咆哮と共に、その速度を上げる。

だが、それでも振り払えない。まるで張り付いているかの如く一定の距離を保ちながら、ディアボロスは砲を構える。

構えたのは先の赤熱した右の砲ではなく、まるで霜が降りたかのように青白い砲。

 

放たれるのは魔法の一撃。

氷雷の如きそれは、飛竜の背に直撃するとその身体を凍結させていく。

 

「——!!」

 

背から翼へと凍結の範囲を広げていくそれに、飛竜が苦悶の咆哮を上げる。

そこに、ディアボロスは急降下した。狙うは凍結した背中。

思うように飛べず、その速度を落とした飛竜の背に、推進機による加速を加えた蹴りが放たれる。

 

鉄の巨人の重量で放たれるそれは、空を飛び、無防備な飛竜に直撃する。

背骨を蹴り砕かれ、飛竜が絶叫と共に世界樹へと墜落していった。

 

地に落ちる飛竜を横目に、ディアボロスは再び推進機による再上昇。

口を開き、ブレスを吐こうとするその一体に肉薄すると、その一体の口内奥深くへと赤熱した砲を突き立てた。

 

「……!?」

 

発射口を塞がれ、ブレスは不発に終わる。

そして、ディアボロスはその砲の引き金を引いた。

膨れ上がり、爆発する飛竜。燃え盛る肉片を背に、ディアボロスと褪せ人は次なる獲物へと飛び立った。

 

 

 

 

上空で繰り広げられる一方的な攻防に、ラタトスクを始めとした世界樹の住人達は呆気に取られたようにそれを見上げる。

 

「ウ、ウッドエルフの皆様は一体何を連れてきたのです……?」

 

「いえ、連れてきたという訳ではないんですが……」

 

蜘蛛の女王は、あれ程に恐ろしかった飛竜を薙ぎ倒していく漆黒の巨人に戦慄する。あんなものがこの世にあっていいものなのか。味方でありながら、思わずそんな事すら頭に過った。

 

「褪せ人くんが操縦しているから心なしか近接での格闘が多いね。あっ、僕なら今の所でポーズを決めてたかな?」

 

「かつての敵と友誼を結び、脅威へと立ち向かう。良いですね、流石は私の見出した英雄……」

 

対してタラニア、アスバール。

褪せ人を知る者達は平常運転である。この程度で驚く事は最早ない。

寧ろどこか満足気に頷く姿に大きな隔たりを感じさせた。

 

「頑張れっ褪せ人! 頑張れっディアボロス! ……これちょっと竜の数が足りませんね! もっと出てきませんか!?」

 

「滅多な事を言うでないわ!?」

 

もしかして王国ってヤバい奴らばかりなのでは?

ラタトスクが気軽に竜のおかわりを求める妖怪の姿に頭を抱える。

 

そんなやりとりの中でも戦いは続いていく。世界樹の枝を揺らしながら、上空より飛竜が世界樹の枝へと落ちる。

褪せ人によって叩き落とされたのだろう、重量相応の重々しい音とともに墜落した飛竜は、しかしそれでも絶命してはいなかった。

苦しげに呻きながら、なおも立ち上がり、咆哮を上げる。

怒りに震える飛竜の姿を見て、タラニアが魔法剣を抜く。正体不明の強大な飛竜を相手に、しかしそこに恐れなど見受けられない。

 

「いつまでも褪せ人くんにばかり良い格好はさせられないからね」

 

ここに来たのは何も彼の活躍を見たいが為ではない。

たとえ空の戦いに参加できずとも、こうして援護の機会はあるのだ。

空の主役は譲ろうとも、このステージを譲るつもりはない。

 

「——さぁ、ショータイムだ!」

 

大仰なポーズを決め、タラニア達が飛竜へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

魔竜に跨る男と相対しながら、王子は世界樹の上空でディアボロスと共に大立ち回りをしている褪せ人を見遣る。

 

「向こうは……何とかなりそうか」

 

一時はどうなることかと思ったが、何のことはない。

あの男が向こうにいるならば、心配する事などありはしないだろう。

 

「問題は、こちらか」

 

王子が褪せ人達から視線を外し、剣を振るう。

その先に居るのは斧槍を振りかぶった紫竜の戦士。

振り下ろされた斧槍と剣がぶつかり合い、鍔迫り合いの形になる。

互いに睨み合いの状況、しかし相対するその美貌の顔は、どこか茫洋として視線が定まらない。

それを見て理解した。この男は今、正気を失っている。

 

精神操作の類だろう。褪せ人から洗脳解除の道具を借りておけば良かったと歯噛みする。

そうなれば、こうして面倒な状況は避けられた筈であった。

 

鍔迫り合いから神器の力を込め、斧槍を弾く。

剣で弾かれるとは思わなかったのだろう、斧槍は跳ね上げられ、無防備を晒す。

しかし、そんな致命的な隙は彼の跨っている竜によって潰される。

すかさずに口を開き、王子へ向けてブレスを放つ。

 

「くっ……!」

 

そのブレスを盾によって受け止めた。

強烈な闇色のブレス。アイギスの神器でなければ、受けるのはあまりに危険だったであろう。

王子が紫竜の攻撃を受け止める、その隙に男へとロタンが肉薄する。

 

「はぁ……!」

 

王子に向けてブレスを放ち続ける紫竜に向け、ロタンが大剣を振るい、迫る。

竜人として最高峰を誇る彼女が振るう必殺の一撃。しかし、そんな大剣の一撃は斧槍に受け止められ、更にはその反動を利用し飛び上がると、竜と共に距離を取られる。

 

「強いな……」

 

一連の攻防から王子が呟く。

人竜一体、互いに隙をカバーするその様は歴戦のそれを思わせる。

王子とロタン、そしてマリレーヌの三人で掛かってなお拮抗状態という事実が、相手が埒外の存在であることを表していた。

 

「これ程の戦士、何処かで噂になっていてもおかしくないはずだが……」

 

「紫鱗の魔竜に乗った銀髪の戦士、か……」

 

マリレーヌの言葉に、王子がしばし考え込む。

これ程の力量に加え、特徴的な姿の竜騎士である。話題に登っているのならば一目で何者か分かるはず。

しかし、今の王国周辺ではそのような特徴の凄腕の戦士など聞き覚えが無かった。

否、実のところそんな特徴の戦士を知らないわけではない。

だが、それはあまりに荒唐無稽であり、一笑に付されても仕方のない可能性であった。

何故ならばそれは、遥か昔の伝説に語られる英傑であるが故に。

 

そんな事を考えながらも王子達が油断なく構える中、しかし魔竜の戦士は動きを止める。

その視線は神器を構える王子を見つめ、何処か戸惑っているように見受けられた。

訝しむ王子達を前に、紫竜の戦士が困惑と共に声を上げる。

 

「英雄……王、か? 何故……」

 

「何……?」

 

その言葉の意味は王子には分からない。

ただ、今この男が僅かに正気を取り戻しつつあるのは理解できた。

今ならば彼を正気に戻せるかもしれない、そう考えた直後である。

 

「ウッ……グアァァァァ!!」

 

王子達が見つめる中、魔竜の男は突如頭を抱え苦しみ出す。

苦痛の叫びに呼応するように周囲に無差別に放たれる魔力の奔流。それは尋常でない気配であった。

その苦しむ姿と魔力の流れを魔剣士であるマリレーヌが分析し、一つの結論を下した。

 

「これは、精神操作に抗っているのか……!」

 

目の前の男が、精神操作の術に抗い始めたのだ。男の苦しむ姿から、紫竜の動きもまた、止まる。

致命的な隙、逃す筈もない。

 

王子が駆ける。助けるにしても、一度大人しくなって貰わねばならない。

多少強引ではあるが、眠ってもらう。

剣を構え、無防備な胴を打つべく横薙ぎに振るう。

 

「ガァァァ!!」

 

だが、苦痛に呻きながらもその男の戦士としての本能は健在であった。

振るわれた剣にすぐさま反応すると、手に持つ斧槍で防ぐ。そして、間髪入れずに紫竜がその尾を振るい、王子を薙ぎ払った。

 

「ぐぁっ!」

 

強かに打ち据えられ、王子が吹き飛ぶ。

地面を転がり、しかしすぐさま体勢を整え直す。

油断した、まさかあの状況からなおも反撃に転じられるとは。

 

目の前では、再び正気を失った男。

しかし先程とは異なり、目につくものを破壊せんとばかりに斧槍を振るい、暴れ始める。

恐らくは精神操作への抵抗により、極めて不安定な状況。暴走状態といったところか。

 

こうなってしまえば、出し惜しみは被害の拡大に繋がる。

そう考えた王子は剣を構え。静かに神器へと祈りを込める。

その時である。

 

 

 

「——ねっ、手を貸してあげようか?」

 

神器解放、その奥の手を使おうとしたところで、不意に背後から肩を叩かれ、声を掛けられる。

 

この戦いという極限状況の中、背後を取られる。

その事に驚愕しながら、王子はその声の主へと振り向いた。

 

そこに居たのは、夕焼け色の髪に桃色のメッシュが入った、少し派手な少女。惜しげもなく肢体を晒す、露出の多い鎧も特徴か。

突如として現れた少女の姿に、王子が口を開く。

 

「君は……」

 

「彼を倒せば良いのかな? 助けてあげる」

 

王子の言葉に応える事もなく言い放つと、止める間も無く少女が男の方へと駆け出していく。

驚異的な速度。ただそれだけで、あの少女がただ者ではない事が分かった。

 

恐らくは魔竜の男もそう感じたのだろう。

無差別に暴れていたそれが、近づいてくる脅威を迎え打つべく、向き直る。

そして、魔竜の口から闇色のブレスが放たれた。

アイギスの神器があった王子だからこそ耐えられたそれを、しかし少女は意に介さず突き進む。

 

「安心して、私、負けた事ないから!」

 

明るく、気負いの感じられないその言葉と共に少女が盾を構える。

それは、何処かアイギスの神器とよく似た盾。

闇の奔流を、光の盾が受け止める。そしてなおも少女が前進するスピードは衰えない。

それは、さながら夜闇を裂く流星のようであった。

 

「あれは……!」

 

それを見て王子が声を上げる。

王子には分かった。他ならぬ己が、アイギスの神器を持つが故に。

あれはまごう事なく神の武具、それも女神アイギスに限りなく近しい物であると。

 

「オォォォ!!」

 

しかし、ブレスを防がれようとも紫竜の戦士は動じない。

迫り来る少女に、斧槍を振るう。

並の相手ならば上半身すら吹き飛ぶであろう威力が込められたそれが少女へと迫る。

 

「流石だね——でも、それじゃ通せないかな」

 

だが、その斧槍は少女の目の前に現れた剣によって防がれる。

まるで少女を守るようにして一人でに動くそれは、かつて魔界武術大会で褪せ人が見せた断頭の剣を思わせる。

 

それだけではない、少女の周囲に次々と武具が召喚される。

いずれの武具もまた、神の力を思わせる物。

 

王子がそんな光景に目を細める。一体この少女、何者なのか。

 

「さぁ、深淵に堕ちてまで戦い続けた力をあたしに見せてよ!」

 

王子の疑問を他所に、少女が武具と共に紫竜の戦士へと駆ける。

 

そこからは少女の独壇場だった。

ブレスは防がれ、斧槍の一撃も容易く躱される。

ありとあらゆる神器を使い分け、紫竜の戦士の攻撃に対処していく様はどこか覚えがあった。

 

戦いの天秤が着実に傾いていく。

防戦一方の戦士に対し、苛烈なまでに攻める少女。最早、勝敗は明らかであった。

遂に、少女の一撃が紫竜の戦士へと届き、竜の背より叩き落とす。

 

だが、少女がそこで止まることは無かった。

少女が右手を上げると、それに呼応するようにして剣が振り上げられる。

それは金色に輝く直剣であった。

 

「よせ!」

 

王子が少女に向けて叫ぶ。

あの男は正気を失っているだけであり、明確な敵意を示した訳ではない。

褪せ人の持つ道具、救う手立てが存在している以上、救わない選択肢などありはしなかった。

 

そんな王子の声が聞こえているのか、そうでないのか。少女が応える素振りは無い。

無慈悲に少女が右手を振り下ろす。

 

「さようなら、深淵の英傑」

 

男に向かって剣が突き立てられる——その直前に、その前に割って入る者が居た。褪せ人である。

大盾を構え、今突き立てられんと迫る剣を防ぐ。

神器と目されるその剣を正面から受け止め、甲高い音と共に火花を散らす。

そして剣が弾かれ、少女の傍らへと引き戻される。

 

「——へぇ」

 

少女の目の色が変わる。

眼前の男、それが只者ではないと見抜いたが為に。

褪せ人もまた、大盾を構え、相手の出方を伺う。

どこか緊迫した雰囲気の中、少女が口を開く。

 

「どうして助けたの?」

 

「洗脳を解く術がある。聞く事は多い」

 

少女の問いに、褪せ人が端的に答える。

ディアボロスと共に飛竜を処理しながら、褪せ人は王子達の様子を確認していた。

故に、今倒れているこの男が洗脳されている事も知っている。

あのガードという者が何者で、魔王が何をしようとしているのか。

洗脳された状況下でどれ程知り得ているのかは定かではないが、安易にその機会を手放すつもりも無かった。

 

少女から目を離さず、褪せ人は懐からミケラのルーンを取り出すと紫竜の男へと近づける。

 

「ぐっ……俺は、一体……」

 

効果は劇的であった。

男の目に理性の光が戻る。

紫竜もまた己の主人と同様に正気を取り戻したようだった。

 

「ふぅん、まぁ良いけどねー」

 

左程興味は無かったのだろう。褪せ人の答えと背後で正気に戻った男を見て、大人しく引き下がった。

周囲の武具を消し、少女が軽快な調子で世界樹の枝を歩く。

 

「それじゃ、あたしはこれで」

 

「待て」

 

何事も無かったかのように去ろうとした少女に、褪せ人が呼び止める。

頭だけを動かし、少女は褪せ人へと視線を向けた。

 

「目的は何だ」

 

突如現れた少女、その全てが謎だった。持ち得る武器も、その強さも、そして世界樹に居た理由もまるで分からない。

 

そんな褪せ人の問いに、しかし少女は軽い調子で返す。

 

「あたし達も世界樹を問答無用で燃やされるのは困るんだよねー」

 

あくまで世界樹を守るためだと主張する、それは嘘ではないだろう。

だが、それは全てでないように褪せ人は感じた。

 

とはいえ、それ以上追求しても答えが返ってくるとは思えなかった。

生憎と己に言葉で情報を引き抜く技術などありはしない。

 

どこか引っ掛かりを覚える中、少女は再び歩みを進める。

 

「まぁ、そのうちまた会えるんじゃないかな? その時はきみの力も見てみたいね」

 

最後にそう言って、少女は魔力で浮き上がると、世界樹より飛び去っていった。

 

「……」

 

まるで嵐のように通りすがった少女。

その後ろ姿を、アスバールだけが何処か剣呑な目で見つめていた。

 

「どうやら迷惑をかけたらしいな」

 

王子達へと、正気に戻った男が声を掛ける。

状況は飲み込めず、しかし己が原因で起きた惨状である事は理解しているようだった。

辺りを見渡し、そして王子へと向き直ると、男が笑う。

 

「因果なものだな、アイツの子孫に助けられるとは」

 

「アイツ、ね……」

 

戦いを通して、己の荒唐無稽な推論に真実味が帯びてきたところでそんな事を言う男。最早確定だった。

色々と聞くことが増えた。そう考える王子へと、男が名乗りを上げる。

 

「俺の名はアトナテス、かつてお前の祖先である英雄王と共にあった男だ」

 

千年戦争の英傑。

かつて英雄王と肩を並べ、伝説に謳われたその男が今、再び英雄達の前に姿を現した。

 




伝説の英傑(この後いっぱい出てくる)
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