今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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屍の竜

「見えるかね、褪せ人殿。あそこじゃ」

 

アイギス神殿より西、砦へと続く街道。そこを臨む小高い丘で、褪せ人は豊かな顎髭を蓄えた老魔導士に促され、遠眼鏡で指し示された先を見遣る。

そこには一本の街道を挟むようにして不揃いに墓石が所せましと並んでいる。かつてより、王国に住まう者達が弔われ、安らかに眠りについている筈の場所であった。

しかし、その死者たちにとっての安息の地は今や、その姿を一変させていた。枯れ果てた木々が黒々とした枝を空に向かって伸ばし、大地は渇き切り、無数のひび割れが蜘蛛の巣のように広がっている。

 

そんな無惨になり果てた地を、無数の死者たちが闊歩していた。

白骨となりながらなお、生者への憎しみを宿し、地を踏みしめる。空虚な鎧のみが、戦場を求め彷徨する。戦場で斃れた兵士たちの魂が歪み、変質し、かつての同胞を道連れにせんと行進を続ける。

そこは、さながら地獄のような光景であった。

 

それらが全て、街道の墓地より湧き、砦を目指し歩みを進める。そして今なお、その行列が途切れる様子はなかった。

 

「あれらが延々と湧いては砦へと殺到しておるのじゃ。如何に我が国の魔法使いたちが優秀であっても、無尽蔵な不死者相手では分が悪いと言う他あるまい」

 

老魔導士――バルバストラフが顎髭を撫でながら現状を分析する。

 

「死者を冒涜するとは…。断じて許せるものではありませんな」

 

ニコラウスが、その光景をみて呟く。そこには聖職者として、死者に対する哀れみと、それを成した者達への怒りが垣間見えた。

 

「僕としても、あまり気分のいいものではないな。すぐにでも解放してやりたいが…」

 

そう言って、タラニアが今一度墓地を見下ろす。

 

「ちょっと多すぎやしないかい?」

 

不死者の数は今なお増え続けていた。このまま、飛び込んだところで、湧き続ける不死者に飲み込まれてしまうだけなのは明白だった。

 

「儂等の目的は殲滅ではない。原因の究明、そして解決じゃ」

 

バルバストラフがそう言いながら、砦の方へ見遣る。

 

「今頃、王国軍は砦の不死者共と交戦を始めておるじゃろう。儂等はここで迅速に事を解決すれば、それで良いのじゃ」

 

別動隊の目的は、不死者の殲滅にあらず。その原因究明と、解決にあった。

 

「ならば、どうする」

 

褪せ人はバルバストラフへと、その方法を問うた。

 

「無論、元を断つ。実のところ、原因についてはお主等がここへ来るまでの間にあたりはつけておってのう」

 

あそこじゃな、そう言って指し示された先を褪せ人達が見遣る。

 

「あそこから、薄汚れた魔力を感じる。不死者の元になる魔法陣がそこにあるはずじゃ」

 

指し示された先、不死者が闊歩するさらに奥にそれは居た。

 

「あれは…ドラゴン…かな?」

 

タラニアが、自信なさげにそう言う。

それは、彼女の言うようにドラゴンを思わせる風貌。鋭い牙と、爪を持ち、巨大な翼と尾を振るう怪物。しかし、断言を躊躇したのには理由があった。鱗は剥がれ、垣間見える肉は腐り、滴り落ちているように見えた。翼は翼膜が破れ、もはや飛べる状況にないだろう。竜の不死者、そう言い現すのが適切だと、そう思われた。

 

「さしずめ、ドラゴンゾンビ…といったところでしょうな」

 

ニコラウスが厳しい目つきでそれを見る。

いかに体が崩れ、腐っていようと相手は竜。その威容は健在であった。

 

「竜そのものか、あるいは守っているのか。いずれにせよ避けて通れる相手ではないのう」

 

バルバストラフがそう言うと杖を構え、魔力を練り始める。

 

「露払いは儂が引き受けよう。お主等はその後、ドラゴンゾンビを迅速に滅ぼすのじゃ」

 

バルバストラフの魔力が高まり、周囲の光景が歪む。

かつて、数々の戦場において名を馳せた賢者。しかし平和な王国の世で、その名は歴史に埋もれ、忘れ去られていく。それも悪くない、そう思っていた――魔物達が王国を襲うまでは。

 

「呼び起こしたのは、お主等じゃ」

 

バルバストラフが、魔法を詠唱する。たとえどれほど老いようと、その魔力は健在。並の魔法使いとは比べようのない魔力がその身に集まってゆく。

 

「…その身に刻むがよい。バルバストラフの秘術を」

 

そして、魔法は放たれた。

巨大な炎弾が、不死者の群れ、その中心へと向かい、接触するとともに爆ぜた。

爆発が周囲の不死者を薙ぎ払い、乾いた大地を火の海へと変える。

 

 

「これは…凄まじいね。これが王国の賢者の力か」

 

タラニアが驚いたようにそう呟く。そして、目の前、バルバストラフが魔術によって切り開いた先、ドラゴンゾンビへと狙いを定めた。

 

「――だけど、ここからのステージ、その主役は僕だ!」

 

タラニアが、炎に包まれた大地を掛け、一直線にドラゴンゾンビへと向かう。

ドラゴンゾンビは、火の海と化した大地を見ても、何の変化も無くただそこに立ち尽くしている。気にも留めていないか、あるいは危機を感じることすら出来ないほどに朽ちてしまっているか。恐らくは後者であった。

 

「チェイスソードッ!」

 

タラニアの叫びとともに剣に魔法が宿る。刀身に雷を迸らせ、突撃する勢いをそのままに剣を振るう。雷光の斬撃が、今なお抵抗する様子のないドラゴンゾンビの頭部を切り裂いた。

 

「どうだ!これが雷光たる僕の力だ!」

 

しかし、ドラゴンゾンビはいまだ健在。ここに至って、漸く気づいたのだろう。ゆっくりと、タラニアの方へ頭を向ける。刃によって傷つき、腐肉が零れ落ちる。しかし、その目には生者への憎しみの炎が渦巻いていた。

ドラゴンゾンビがその口を大きく開いた。口腔が魔力によって紫色に照らされる。そして、ブレスが吐き出されんとするその時。巨漢の僧兵のメイスが、竜の上顎をしたたかに打ち据えた。衝撃によって閉じられた口から魔力の光が漏れだす。

 

「だっはっは!タラニア殿、見事な一撃であった!儂も、負けてはおられませんなぁ!」

 

行き場を無くした魔力が口内で爆発する。狼狽え、無防備を晒すドラゴンゾンビをニコラウスとタラニアが追撃する。雷光の刃が肉を切り裂き、メイスがその骨を打ち砕く。

しかし、これほどの傷を負ったにも関わらず、不死の竜にいまだ倒れる気配は無い。そして、まとわりつく外敵に向け、反撃をしようとして――背後からの異様な気配からその動きを止めた。

 

ドラゴンゾンビが振り向く。炎の海から、褪せ人が現れる。その手には、黄金と白銀が絡み合ったような、複雑な装飾が施された剣が握られていた。

ドラゴンゾンビが咆哮を上げる。今まで、どれほど攻撃しようとも反応を見せなかったそれが、初めてその剣を見て敵意を示した。不死者の本能が告げていた。――あの剣だけは受けてはならぬと。

 

褪せ人もまた、その反応を見て、己の懸念が杞憂に終わったのだと悟った。

分かたれぬ双児の剣。その剣に宿る聖律が、この地において効果があるか不明瞭であったためである。

 

――聖律。それは、黄金律を外れ、死に生きる者達を狩る力。

狭間の地における不死者に対して、無類の強さを発揮するその力は、黄金律による正しき死を与えんとするものである。

しかし、この地の不死者は狭間の地とは異なる。ましてやこの地に黄金の律は敷かれていないのだ。言葉が同じだけの、源流が異なる不死者に対して効くかどうかは疑問が残った。

しかし、どうやらその心配は無用であった。ドラゴンゾンビは明確に剣を認識し、その敵意を剥き出しにした。それは、不死者の生存本能が、この剣の危険性を感じ取った何よりの証左である。死してなお生きようとする者に生存本能などあるのかは、知ったことではないが。

 

――やはり、不死者は許容されるべきではないのだ。

 

この地でも機能を発揮する聖律に、黄金律の正当性を再度認識する。

 

褪せ人はドラゴンゾンビへと歩みを進め、その力を開放する。刀身に光が収束する。

ドラゴンゾンビが、その脅威を排除せんとその歩を進めようとする。

 

「――まさか、雷光たるこの僕を忘れていないだろうね」

 

飛来する斬撃が、竜の足を斬り裂いた。その斬撃は一度や二度で終わらず、嵐のごとく吹き荒れる。

幾度となく放たれる斬撃の嵐が、遂にその足を分かつ。バランスを崩しその場に崩れ落ちるドラゴンゾンビの目には、己の生を否定する光が迫っていた。

聖律の刃が、竜の身体を両断する。そして聖律はその効果を遺憾なく発揮し、正しき死をドラゴンゾンビへと刻み付けた。

瞳の無い眼窩から、炎が潰える。不死の竜は遂に、動かなくなった。

 

「終わったかのう」

 

バルバストラフが、そう言いながら近づいてくる。どうやら、この老魔導士は不死者の掃除を一人で行っていたらしい。周囲の不死者の数は、驚くほどに減っていた。

 

「だっはっは!あんなボロボロの筋肉で、ワシらに敵うはずありませんからのぅ!」

「うーむ…。褪せ人君に一番おいしいところを持っていかれた気がする」

 

そう言いながら、二人もこちらに近づいてくる。疲れの色は見えず、まだまだ余裕そうであった。

 

「さて、王国軍の者達が不死者を殲滅するのもこれで時間の問題じゃろう。儂らも、合流するとしようかの」

 

そう言って一同は墓地を後にする。

王国の反撃。その第一歩は、鮮やかなまでの成功に終わった。

 

 

 

 

 

 

その後、砦を奪還し魔法部隊を取り込んだ王国軍は破竹の勢いで各地の魔物を討伐。その戦力を拡大していった。

そして、ある日王国軍に一報が届く。

 

――各地に散開していた魔物達が、再び王都へと集結しつつある。

 

 

その報は、決戦の日が近いことを意味していた。




本作の褪せ人さんはDほどではありませんが、マイルドな黄金律原理主義者です。
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