樹上での戦いを終え、褪せ人達は世界樹の上で暮らす、ウッドエルフの集落へと招かれた。
ラタトスクや蜘蛛の女王、王子達は今現在、今後の魔王軍への対応について協議を重ねている最中である。
対して、褪せ人は集落の外れに座り込み、一人考え込んでいた。
異界召喚士、ガードという魔王軍の幹部達、そして突如として現れ、此方に助力した謎の少女。
異界召喚士については早急に何とかしたいところであった。
霊体だけでなく、飛竜まで呼べるとなればその厄介さは跳ね上がる。
あちらの世界から面倒な者に目を付けられる前に殺しておきたいところではあるが、ガードの態度を見るに、向こうとてそう易々と懐に潜り込ませる事は無いだろう。
結果として、相手はまんまと世界樹の生命力を持ち去る事に成功している。
それで魔王の治療が上手くいくかは分からないが、それでも楽観視する事は危険だろう。
そして、謎の少女について。
王子から聞いたところによれば、少女の振るう盾、武具の数々は神器であるらしい。それも、女神アイギスとも縁の深いものであると。
他ならぬ神器の所有者がそう言うのであれば、それは確度が高いものと見て良いだろう。
聞けば、女神アダマスについても皇帝の持つ剣の他に、前皇帝の血筋である姫君もまた、アダマスの神器である鎌を所有しているという。
ならば、女神一柱につき、一つという訳でもないと考えて良い。
問題は、やはり少女が何者かというところに帰結する。
暴走していたとはいえ、王子達が苦戦する紫鱗の竜騎士を相手に一方的に追い詰めたその力量は神器の力というだけではないだろう。
或いは、あの少女も竜騎士と同じく永きを生きる英傑である可能性も考慮するべきか。
「此方にいらしたのですね」
一人思考を沈めていたところに、声が掛かる。
意識を向ければ、そこに居たのはウッドエルフのグリフィンライダー。
確か、クゥイルと言ったか。
「何の用だ」
「改めて、お礼をと。この度は貴殿の助力により世界樹の脅威を払えました。世界樹の皆に代わり、感謝致します」
そう言ってクゥイルが頭を下げる。
色々とあったが、こうして助けて貰ったのだ。ならば礼は尽くさねばならないと真面目なクゥイルはそう考える。
「成り行きだ、気にする必要はない」
「そういう訳には行かないでしょう。長老からも礼儀を尽くすよう言われてますし、今日はもてなしをさせてください」
会議の後は、軽い親睦会のようなものが開かれる事が告げられる。
それ自体は受けても良いだろう。世界樹の生命力で育つ作物は美味なのだと聞いている。
了承の意を示すも、クゥイルはその場から動こうとはしなかった。
「まだ何かあるのか」
「貴殿にも伝えておこうかと思いまして——世界樹の『災厄』について」
真剣な表情で語られたのは、ウッドエルフの長老が予言した『災厄』について。
曰く、世界樹の集落を取りまとめている長老は、いずれ来る『災厄』を予言しているのだという。
そして、その災厄を振り払える『英雄』を探すようにクゥイル達に告げるよう命を下していた。
クゥイル達がその命に従うべく動き始めたところで、魔王軍による襲撃にあったのだという。
「今、各集落の意見は二分されています。即ち、予言にある『災厄』は過ぎ去ったと考える部族達と、未だ『災厄』は訪れていないと考える部族達に」
「まだ終わっていない、そう考えているのか」
「はい」
蟲にしろ、飛竜にしろ、世界樹を危機に陥れるには十分な脅威ではあった。
今回世界樹で起きた事を考えれば、十分に『災厄』と考えても良いだろう。
だが、クゥイル達はまだ終わってはいないと考えている。
「杞憂であればそれで良いのです。ですが、長老の予言した『災厄』がこれほどあっさりと終わるとは思えません」
予言には『災厄』が何なのかは明らかにはなっていない。
魔王軍も未だ健在である事を考えれば、備えはあった方が良いのは確かであった。
「なので、最終的には王国との連携を密に、という結論にはなると思います。先程だって——」
会議の中、唐突に現れた王国軍との協力に難色を示した部族は少なくなかった。
魔王軍を退けたとはいえ、世界樹の外から来た、どことも知れん馬の骨の力を借りるのかと、そういう意見である。
実力を確かめさせろといきり立つ部族達に、ラタトスクはそっと指差した。
その指し示す先には、見るも無残な姿で世界樹の上に亡骸を晒す飛竜の姿。
翼を焼かれ、背を蹴り砕かれ、頭部は凍結している。
一体どうすればそんな事が出来るのかと、目を見開く反対派の部族達にラタトスクは静かに告げた。
——あれと同じになりたいのならば好きにするのじゃ。
若干目の据わったラタトスクからの言葉に、ついに反対派は沈黙した。
その一言を境に、会議はスムーズに運ばれる事となる。
結果的にではあるが、ディアボロスと褪せ人によって、王国はその実力を示す事が出来たのだ。
「ですので、これからもどうかよろしくお願いします」
生真面目にも再び頭を下げるクゥイルに応じながら、来たる『災厄』について思いを馳せるのであった。
世界樹での会議を終え、褪せ人達は王都へと帰還した。
練兵場にて、褪せ人は大槌と大盾を構える。
相対するのは銀髪の美青年。世界樹にて戦い、洗脳を解かれたかつての英傑、アトナテスである。
周囲の兵士達が固唾を飲んで見守る中、アトナテスは褪せ人へと口を開く。
「悪いな、付き合わせて」
「構わん」
調子を取り戻す手伝いをして欲しい。
そうアトナテスに頼まれたのが発端だった。
褪せ人としても、目の前の男がかつて千年戦争を戦い抜いた英傑の一人である事から、その実力を測るという意味では丁度良かった。
「俺も気になってたからな。魔王を追い詰めたっていう異界の英雄、その力を見せてもらおうか!」
斧槍を構え、駆け出してくるアトナテスに、褪せ人は大盾を構えて応じる。
正面から盾に振りかぶるアトナテス、先ずは力比べといったところか。
盾と斧槍がぶつかり、火花を散らす。
やはり相当に自信があったのだろう。揺らぐ事もない盾に、アトナテスは目を見開く。
「——やるじゃねぇか、だったらコイツはどうだ!」
次いで振るわれるフェイント混じりのそれを躱し、大槌によるカウンターを見舞う。
迫る黒鉄の塊を、しかしアトナテスは余裕を持って回避する。
様子見の一撃とはいえ、流石に英傑か。
開いた距離に、油断なく前を見据え盾を構える。
アトナテスが獰猛な笑みと共に口を開いた。
「そろそろギアを上げようか」
そう言って、地面を蹴り、アトナテスは褪せ人へと肉薄する。
再び始まった白兵戦は、先程よりも激しさを増していた。
周囲の兵士達には、とても訓練のようには見えないだろう。
しかし、それでも見る者が見れば、二人がまるで全力を出していないのは明らかだった。
褪せ人は大槌と大盾のみで立ち回り、アトナテスは紫竜に跨らずただ純粋に己の力のみで応じる。
互いに長所を封じ、それでもなお常軌を逸した攻防が繰り広げられる中、褪せ人が口を開く。
「何故、ガードに洗脳されていた」
「あ? まぁ、当然気になるよな」
褪せ人のカウンターを斧槍で受け止め、突然発せられる疑問に面食らう。
しかし、すぐさま応じると、戦いの手を緩める事なく経緯を話し始めた。
この程度なら、雑談の片手間で十分であると、そういう判断であった。
「英雄王が魔王を封じた後、俺は来たる魔王復活に備えて魔界の深淵で物質界に攻め入る魔物共を迎え撃っていたんだ」
英雄王と英傑達を以てしても、魔王を滅ぼす事は終ぞかなわなかった。
眠りについた魔王を見て、アトナテスは魔王復活までの間、物質界を守り、戦力拡充の時間稼ぎの為に一人戦い続けた。
魔界の深淵は時の流れが歪んでおり、本来人間である彼は千年間戦い続ける事となる。
そんな戦いの日々は徐々に、しかし確実に彼の精神を蝕んでいったのだ。
「——そこを、あのガードに狙われたということか」
「そういう事だ、な!」
迫る大槌の一撃をいなしながら、アトナテスが答える。
そこからは、ガードの手駒として使われ、今に至る。
アトナテスの反撃をローリングで躱すと、大槌を振り上げる。
そして、アトナテスに向かって口を開いた。
「……今の魔王の状況について分かるか」
「いや、悪いが詳細は分からねぇ……だが、魔王軍の奴らが何らかの『力』を探してたのは朧げに覚えてるな」
洗脳されたアトナテスには、当時の記憶など殆どありはしなかった。
しかし、時折精神操作に抗い、その効力が薄まっている時に、ガード達が何かを探しているという話を断片的に聞く事は出来ていたのだ。
「ならば、次はその何かを魔王軍より先んじて押さえる必要が出てきた訳か」
「そういう事だな!」
一進一退の攻防の中、褪せ人が一つの結論を出す。
魔王の探す『力』を先んじて押さえる。これが今後の指針となるだろう。
先ずは情報収集か。『力』の在処とその正体について、王国も巻き込んで調べなければならない。
「ふぅ……さて、今日はこんなところか?」
訓練と呼ぶにはあまりに苛烈な戦闘を繰り広げたアトナテスが斧槍を下ろすと、そう告げる。
褪せ人としても聞くべき事は聞いた。アトナテスが満足したのであれば、切り上げるのも否やは無かった。
「よし、じゃあこの後空いてるか?」
「何のつもりだ」
この後の予定は確かに無い。
しかし、これ以上何の用があるというのか。
そんな褪せ人の疑問に、アトナテスは口を歪めながら、告げる。
「切った張ったの後は酒だ。そういうもんだろう?」
夜の酒場。
店の事などまるで知らない褪せ人は、度々王子達に誘われ訪れる酒場へとアトナテスと共に繰り出した。
「へぇ、意外と洒落てるじゃねぇか」
「ここしか知らん」
王子自身は大衆酒場でも山賊どもと楽しく飲めるタチではあるが、褪せ人のような男達と飲む際はこういった静かな場所を好んで使っていた。
王族が選ぶだけあり、相応の雰囲気を湛えており、褪せ人としては若干の場違い感は否定出来ない。
マスターに促され、カウンターへと座り、適当な酒とつまみを注文する。
アトナテスもまた、手慣れたように酒を注文していた。
「千年も立てば料理も酒も様変わりしてるわな、久しぶりに楽しませてもらうか」
上機嫌にそう言いながら店内の装飾を眺めていたところで、酒場の扉が開かれる。
「悪い、待たせたか?」
王子である。
アトナテスが執務室に上がり込んで誘ってみれば、一も二もなく了承していた。
恐らくは先程まで政務に追われていたのだろう。一度、大きく伸びをしてカウンターへと座る。
「いや、今来たところさ、なぁ?」
「そうだな」
実際、注文してからそう時間は経っていない。
程なくして、王子の酒がテーブルに運ばれると、アトナテスが口を開く。
「じゃあ、この出会いを祝して、乾杯!」
そして、異界の英雄、千年前の英雄、そして今代の英雄。三人だけの酒宴が始まった。
「ところでお前達、女は居ないのか?」
酔いが回ってきたのだろう、不意にアトナテスが王子と褪せ人に向かってそんな事を言い出した。
「何の話だ」
「そりゃお前、酒の席でする話なら色恋話に相場が決まってるだろう」
褪せ人の問いに、当然とばかりにアトナテスが答える。
この二人の周りには見目麗しい女性達が多い。浮いた話の一つや二つあろうというものだろう。
「それにな、王子は俺からしたら親友の子孫、つまりは孫みたいなもんなんだ。気にならない訳がないだろう?」
「そんな面倒くさい親戚の叔父みたいな事を……」
「ははっ! 良いじゃねぇか、今夜はたっぷり聞かせてもらうぜ?」
千年ぶりの酒にすっかり気を良くしたアトナテスが王子の背を叩きながら笑う。
千年前の英雄と言えど、こうしてみれば気の良い男でしか無かった。
とはいえ、面倒なのには変わらないが。
そんな事を考えながら、王子が標的になっていることを良いことに酒を呷る。
しかし、そんな褪せ人をアトナテスが逃す筈もない。
「言っとくが、お前にも根掘り葉掘り聞くからな。寧ろお前みたいなのが一体どんなのがタイプなのか興味しかねぇ」
その言葉に、僅かに褪せ人が眉を顰める。
アトナテスはそれを見て揶揄うのが楽しくて仕方ないとばかりに口を開いた。
「本命は誰なんだ?ん? 聖女の嬢ちゃんか? あの魔法剣士か? それとも妖怪娘か? どうにも小さい娘ばかりじゃねぇか」
「俺はあの亜神か悪魔が可能性が高いと思ってるんだけどな」
「成程なぁ! 人外がお好みか!」
アトナテスの面倒な絡みに、ここぞとばかりに乗っかってくる王子に褪せ人は内心で辟易としながら、この場をどう切り抜けたものかと思考を巡らせるのであった。
「それにしても、魔王を追い詰めるだけあって強いな、お前は」
褪せ人にとって面倒な話題が終わり、先の訓練での話へと話題が移る。
アトナテスとしても疑っていた訳ではないが、それでも直に戦ってみて分かるものはあった。
「あれで実際は複数の武器を振るうってんだろう? まるで俺の師匠みたいだぜ」
「お前の師か」
この男の師もまた、英傑なのだろう。
どこか懐かしむように目を細め、アトナテスは口を開く。
「今頃何してるかねぇ、あの師匠は」
「え、生きてるのか?」
「多分な、何せ鍛治神の親友にして天界人だからな。何処にいるかは見当もつかないが」
思わず問うた王子の言葉に、アトナテスが答える。
曰く、万刃を担う者。
鍛治神の造りし万の武具を悉く使いこなしてみせる武技の英傑。
「それが本当なら、是非助力を願いたいところだが……」
「何か事情があるんだろうな。師匠も魔王が復活したとあっては黙ってはいられない筈だ」
仮に存命ならば、魔王に掻き乱された今の世を黙って見てはいないだろう。
そうしないのは、何か理由があるからか。或いは、本当に死んでしまっているのか。
「ま、考えても仕方ねぇ。戦っていれば、いずれ出会うこともあるだろうさ」
そう言ってアトナテスは酒を呷る。
彼は己の師が死んでいるとはまるで思ってもいなかった。戦っていれば、そのうち出会う事もあるだろう。
彼女もまた、強者を愛する戦士であるが故に。
「さて、ちょっと真面目な話になっちまったな。飲み直すぞ! 今夜は寝かさねぇから覚悟しろよ?」
アトナテスの言葉に、王子と褪せ人が顔を見合わせる。
——まずはこの面倒な叔父を酔い潰そう。
言葉無く二人は頷くと、マスターへと酒を頼むのであった。
あておじに面倒な叔父ムーヴをさせたかっただけ。