夕刻、王都の大通り。
人の通りもいくらか疎らになる頃、褪せ人は静かに待ち人が来るのを待っていた。
「待たせたかしら?」
復興した王国の街並みを眺めていたところに、声が掛かる。
その声に意識を向ければ、そこに居たのはアブグルントであった。
いつものように白を基調とした、しかし常と異なる意匠の服に袖を通している。
「問題ない、時間通りだ」
どこか異なった雰囲気の少女に、褪せ人は常と変わらぬ態度で告げる。
それに対し、アブグルントもいつものように薄い笑みを浮かべる。
「そう? なら、行きましょうか」
機嫌良さげに通りを歩く彼女と共に、褪せ人は目的の店まで向かうのであった。
向かった先にあったのは、王都の通りに門を構えるとある料理店だった。
「思ったよりちゃんとした店を選んだのね。てっきり良く食べに行っている大衆料理店かと」
「そちらでも良かったのだがな」
アブグルントの意外そうな声に、褪せ人が答える。
先日のアトナテスと王子との酒の席。
散々に質問攻めにあった褪せ人が渋々に切り出したのが、アブグルントとの契約の件である。
それを聞いた二人の反応は、さっさと約束を果たしてやれという至極尤もなものであった。
アトナテスは単純に、約束を先延ばしにしている事について眉を顰め、説教じみた事を訥々と褪せ人へと語った。
やはり千年の時は彼をおっさんたらしめているのだろう。
美形の青年でありながら、その説教は若者に対する苦言のような趣があった。
王子もまた、ニュアンスは違えど似たような事を言っていた。
褪せ人とて早々に契約を履行しようとは考えていたのだ。
しかし、その後に立て続けに問題が発生した為に先延ばしになり、機会を逸していた。
加えて、彼女が単純に食事に連れて行けと言ったわけではない事くらいは褪せ人も分かっていただけに、珍しく二の足を踏んでいたというのもある。
そうして助言と共に王子から紹介されたのが、この料理店であった。
元々王都でも指折りの人気店であったが、最近になって一人の料理人が入ってきた事により、その評判に拍車がかかっていた。
「席は取ってある」
夕刻ということもあり、店はかなりの繁盛を見せていたが、既に席は取ってあった。
今日に先立って予約がしたいと店主に話してみれば、二つ返事で応じてくれたのだ。曰く、王都を救ってくれた英雄の為なら喜んで、との事。
名声など左程興味もなかったが、今回ばかりは助けられた。
個室に通され、用意された二人席へと座る。
テーブルの上にあるメニューを見るも、何れも覚えのないもの。
「これは何だ」
アブグルントにメニューを指差して尋ねるも、微笑んでばかりで答えは返ってこない。
「頼んでみれば良いんじゃないかしら?」
どこか面白がっている表情から、答えるつもりは無いらしい。
しかし、彼女の言うことも道理ではあった。
適当な飲み物と料理を注文する。
「……魔界の状況はどうだった」
料理が来るまでの間に、褪せ人はアブグルントへと魔界の状況について問うた。
褪せ人達が世界樹へと向かっている間、彼女はヤハール達と共に魔界の状況について調べてもらっていたのだ。
「仕事の話?」
褪せ人の問いに、アブグルントが僅かに眉根を寄せ、しかし直ぐにいつものように笑みを浮かべる。
それも貴方らしいわね、そう言いながらアブグルントが口を開く。
「魔王復活の影響かしら、魔物達がかなり活性化している様子だったわ。まぁ、これについては物質界でも少なからず起こっている事だけれども」
魔王の力に当てられてなのか、近頃魔物達の動きが活発化してきていた。王国でも、討伐隊が組まれる頻度が増えており、そしてそれは魔界でも同じ事らしい。ダークエルフとオークが魔物と小競り合いを起こしているのが散見されたという。
「後は魔王軍らしき者達が魔界の未踏領域に向かっているのを見たと聞いているわ」
未踏領域、レヴィアタンという巨大な魔神の身体の上にある魔界は、物質界と比較してなお広大な大地を持つ。
故に、デーモン達を含めて未だ明らかになっていない場所は少なくない。
そんな魔界の未踏領域で魔王軍が活動している。
アトナテスから聞いた話と照らし合わせ、その目的を推測する。
「魔王の探し物か」
「可能性はあるわね。今、ダークエルフ達が調査に出向いているはずよ」
現状で魔王軍が動くとすれば、例の『力』の所在が明らかになった可能性が高い。
仮にそうでなかったとしても放置するわけにはいかないだろう。
「ならば、次は魔界の未踏領域に向かう事になるか」
次の行き先が決まったところで、明るい橙色の髪をした女料理人が注文した料理を運び込んでくる。
「お待たせしました♪ デルフィーナ特製ピザになります!」
元気の良い声と共に出てきたのは、円形の生地の上に色とりどりの食材を乗せ、焼き上げたもの。
芳ばしい香りが食欲を唆る。
興味深げに眺める褪せ人に、アブグルントが口を開く。
「これがピザよ」
「……」
アブグルントの言葉を聞きながら、褪せ人は無言でピザを一切れ掴み、口へと運んだ。
柔らかな生地にチーズの濃厚な味と、それに負けない肉と野菜の風味が一度に口の中へと広がっていく。
「……美味い」
終始無言のまま一切れを食べ終え、褪せ人は思わずといったように一言呟く。
その様子を楽しげに見つめていたアブグルントに、褪せ人は座りの悪さを覚える。
「食べているところを見ても面白くないだろう」
「そんな事は無いわ」
褪せ人の言葉に、アブグルントは笑みを浮かべて否定する。
デーモンである彼女にしてみれば、食事自体に然程重要ではない。
当然、嗜好品として楽しむ事はあるが、今回はどちらかといえば誰と共に食べているのかが彼女にとって重要であった。
そんな彼女もまた、自身の料理に手をつける。
魚介類をふんだんに使われたペスカトーレを口に運ぶ。
一口食べたアブグルントが、僅かに目を見開いた。
「……美味しいわね」
褪せ人と同様、思わず呟いた言葉に、背後でデルフィーナが満足気に頷いていた。
食事に舌鼓を打ちながら、アブグルントが話を振っては褪せ人が答えを返す。
端から見ればどこか無愛想な褪せ人の対応。
しかしそれなりの付き合いの者からすれば決して煩わしく思っている訳ではないのが分かるだろう。
それが分かっているアブグルントは終始楽しげに会話を繰り広げていた。
「今日は楽しかったわ」
店を後にして、夜道を歩く中、アブグルントがそう言った。
実際、今日は彼女の期待以上であった。
王子達の入れ知恵があったとはいえ、この男が態々自分の為にセッティングした店で、二人きりで食事が出来たのだ。
その上、食事自体も楽しめたのだから言うことは無い。
「そうか」
そんなアブグルントの言葉に、褪せ人が短く返す。
デーモンが食事を必要としないだけに、満足のいくものかは考えものであったが、どうやら正解だったらしい。
隣を歩くアブグルントに、褪せ人は口を開く。
「また、来るとしよう」
「え?」
キョトンとした表情を浮かべたアブグルントを他所に、褪せ人が続ける。
「契約だなんだと理由を付けることもあるまい。食事くらい付き合うとも」
王子やモーティマとも散々に食事に行っているのだ、態々回りくどい理由を付けて食事に行く必要はない。
ただそれだけの事を言ったつもりだったのだが。
「ふふっ、そうよね。食事なんだから普通に誘えば良いのよね」
そう言って、今日一番の花が咲くような笑みと共に、アブグルントが褪せ人へと向き直る。
「今度は私から誘うわ。その時は付き合ってくださる?」
「無論」
この先も長い付き合いになるだろう少女の言葉に、褪せ人は頷くのであった。
明くる日、褪せ人は王城の執務室へと足を運んでいた。
王子に魔界へ赴く事を伝える為である。
「どうだった? アブグルントとの食事は」
執務室へと入るなり、王子がそう尋ねてくる。
そんな王子の問いに、褪せ人が端的に答える。
「有用な情報が手に入った」
「……んん?」
想定した答えとは異なる返しに、王子が訝しむ。
果たして親しい少女との食事に有用な情報などと返す事があるだろうか。
そんな王子を他所に、褪せ人がアブグルントから得た情報について話す。
「いや、お前それ……まぁ良いのか……?」
少なくともアンナからは上機嫌なアブグルントを見かけたと聞いたので助言の甲斐があったのだと思ったのだが。
釈然としない様子の王子に構うことなく、話を続ける。
「魔界の未踏領域か……」
王子が椅子に深く腰掛け、逡巡すると、やがて褪せ人に向けて口を開く。
「魔界についてはお前に任せて構わないか?」
「構わん、が他に何かあるのか」
「近頃、王都の近海で魔物が活発化していてな」
曰く、ギルマンやマーマンといった海の勢力が沿岸の村に襲撃をかけているらしい。
統率の取れた動きを見せるそれが、単に魔王の魔力にあてられての暴走とは考えにくく、調査と掃討を兼ねて王国から兵を出すのだという。
「俺は此方の指揮を取るつもりだ。どうにも嫌な予感がする」
どこか神妙な様子でそう言う王子。
現状、王国を手薄にするのも考えものであったため、王子が王国に残ること自体は問題なかった。
褪せ人が口を開く。
「了解した。魔界の件は任せておけ」
話はまとまった。
王子は王国に残り、沿岸部の魔物の鎮圧、褪せ人は魔界の未踏領域に向かう。
魔界への人員には例によって魔界出身者を中心に編成する事となった。
「言うまでもないが、魔界の深層、その未踏領域だ。気をつけろよ」
「無論、そちらもゆめゆめ油断しない事だ」
互いに健闘を祈りつつ、褪せ人は執務室を後にする。
久方ぶりの魔界に臨むべく、準備を始めるのであった。
アスバールによって開かれたゲートによって、褪せ人達はダークエルフ達と合流すべく、魔界の深層へと降り立った。
「久しいな、貴公。息災で何よりだ」
そんな褪せ人達を出迎えたのは、かつて魔界都市にて褪せ人と一騎打ちを演じたアンブレであった。
背後には、ネヴィンの他にもダークエルフが一人。
「ジルヴァよ、よろしくお願いするわね」
どこか浮世離れした雰囲気の少女が、自己紹介する。
それに対し、褪せ人は視線を向ける事で応じると、再びアンブレへと向き直り口を開く。
「魔王軍を見たと聞いた」
「あぁ、魔界の未踏領域に向かったのを確認している。そして、未踏領域を調べていたところ、迷宮を発見した」
そう言って、アンブレは簡易的な地図を広げると、赤く印の付けられた場所を指差す。
「恐らくは此処が奴らの目的地の筈。しかし、我々ダークエルフだけで迷宮に潜るのはリスクが高い。故に、貴公達の力を借りたい」
「もとよりそのつもりで来ている。案内しろ」
アンブレの言葉に、褪せ人は言葉少なに応じる。
そのために態々魔界まで赴いたのだ。帰れと言われた方が困るというもの。
そんな褪せ人の言葉にアンブレは笑みを浮かべると、迷宮へと案内を始めるのであった。
「そういえば、この間、アブグルントと食事に行ったと聞いたのですが」
未踏領域の迷宮へと向かう道中、アスバールが憮然とした表情で褪せ人へと話し掛ける。
またそれか。王子といい、アスバールといい、ただの食事がそれ程に気になるものだろうか。
「気になります。私だって二人きりでなんてまだなのに……」
精々が屋敷に招いてヤハールとロタンを交えた食事会である。
それそのものに不満があるわけではないが、二人きりとなると話は変わってくる。
「——聞きたいかしら?」
そんな事を考えていると、アブグルントがアスバールへと語り掛ける。
常のごとく薄い笑みを浮かべたその目に、隠しきれない優越感を湛えていた。
「なら教えてあげるわ。事細かに、彼とどんな話をしたのかを」
「うぅ……! 聞きたくない! 聞きたくありません!」
恐らくはこの前の医務室で邪魔した事への仕返しだろう。
迫るアブグルントと耳を塞ぐアスバール。
騒ぐ二人を見て、アンブレはからかい混じりに褪せ人へと口を開く。
「随分と人気者じゃないか、貴公」
「……」
その言葉に、褪せ人はどう反応すべきか迷い、口を噤む。
そんな困惑した様子に、アンブレは声を上げて笑った。
「少しずつ育まれていく愛、良いわぁ……♪ でも折角ならもっとエッチな方が良いと思わない?」
遠目からやり取りを見ていたゼパリエッテが恍惚とした笑みを浮かべる。
純愛最高、ハーレムならそれも良し、でもどうせならエッチな方が良くない?
そんな脳内桃色の感想を向けられたカゴメは口を開く。
「褪せ人はこっち方面まるで弱いですからねー」
女性関係に限らず、あの男は人との繋がりそのものが希薄なのだ。
それこそ、必要とあれば自分達にすら刃を向けられる程に。恐らくは元いた世界がそれ程に殺伐としていたのだろう。
しかし、今は彼を取り巻く環境が違う。殺し殺され、裏切りだけではないのだ。
彼がそれを知っていけば、たとえ微々たる変化でも可能性はある。
「難攻不落な程、頑張り甲斐はありますよね。幸い、アタシ達には時間が山程ありますから」
妖怪故に、時間は然程問題にはならない。
焦らずとも良い、頑張るのは専売特許なのだから。
静かに気炎を上げるカゴメに、ゼパリエッテは満足気に頷いていた。
「雑談はそこまでだ。着いたぜ、迷宮に」
ネヴィンの声に、雑談を交えていた面々が視線を向ける。その先に、迷宮の入り口が見えた。
まるで空間が裂けたように広がるそこから、異質な魔力が漏れ出ている。
「成程、魔王軍はこの魔力のもとを目指したというわけか」
シャディアが迷宮の入り口を見遣りながら、そう呟いた。これこそが魔王軍の探す『力』の一端だろう。
「行くぞ」
褪せ人が短くそう声を掛けると、前へと踏み出す。
まるで躊躇いのないその姿に、シャディアは相変わらずだと笑いながら後に続く。
残りの者達も、迷宮へと足を踏み入れるのであった。
迷宮の中は、想像以上に広く、光源が無いにも関わらず不思議と視界は明瞭であった。
「瘴気の影響は無いようですね」
アスバールが周囲を見渡しながら、呟く。
別次元に切り離された場所だからか、魔界の瘴気は届いていないようだった。
警戒しながら、奥へ進む。
しかし、奥へ進めど敵は無く、罠らしいものも見当たらない。
薄暗い通路を、ただ歩くだけ。ひたすらに変わり映えのしない空間に、アンブレが訝しげに口を開く。
「何だ、此処は。この迷宮は何の目的で……」
「——ここは欲望を写す鏡の迷宮『アヴァリティア』。ようこそ、二組目のお客様方?」
変化の無い迷宮に突如として響き渡る声。
一行が警戒を示す中、それは現れる。
それは、女であった。角と翼の生えたそれは、魔界のデーモンの典型的な特徴。
そして、その身にまとう力を見るに彼女は恐らく——
「——魔神か」
「ご名答♪ 私は魔神マンモン、この迷宮を統べる者。一体どんな用で此処に来たのかしら?」
褪せ人の言葉に笑みを深め、マンモンが答える。
シャディアが険しい顔で褪せ人へと耳打ちした。
「魔神マンモン。伝承で聞いた事がある。人の欲望を満たし、堕落させる魔神だ、気を付けてくれ」
「あらあら、人聞きの悪い事を言わないで欲しいわぁ。私はただ彼らの望みを叶えただけ。それ以上の事は何もしていないわ」
シャディアの言葉を心外とばかりにマンモンが否定する。
欲望と奉仕、快楽と充足を司る魔神として当然の事をしたまで。欲を満たしただけで破滅したのは彼ら自身の齎した結果である。
そんなやり取りを無視して、褪せ人が前に出ると、マンモンへと問い掛ける。
「私達以外に侵入者が居るな?」
「居るわよ? あの子達と遊んでいた時に、貴方達が来たのよ」
褪せ人の問いに、マンモンが答える。
その返答である程度の状況は掴めた。
魔王軍は先行しており、しかし目的のものはまだ手に入れられていない。
それだけが分かれば十分であった。
「通してもらう」
「あらあらあら、折角のお客様だもの。少しは遊びに付き合って頂かないと、ね?」
微笑みを浮かべ、そう言うマンモンに、褪せ人は少し強引な手を使うべきかと考える。
「待って下さい。彼女の言う事が正しいのならば、ここで彼女を害せば魔王軍の足止めが無くなります。ここで追いつくのは至難かと」
アスバールの言葉に、褪せ人が逡巡する。
目の前の魔神が結果的に魔王軍を足止めしているのも事実であった。
理想は彼女を生かしつつ此方の要求を押し通す事ではあるが。
そんな褪せ人の思考を他所に、マンモンはカゴメ、アスバール、アブグルントと順に見遣る。
「ふむふむ、『彼には無限に頑張っていて欲しい』、『彼の活躍を近くで見ていたい』、『彼の苦しみながらも前へ進む姿を見ていたい』……あらあらあら、素敵な欲望♪」
それぞれの欲望を読み取り、一人満足げな表情を浮かべるマンモン。
そして最後に褪せ人を見遣る。
「そして貴方は……良いでしょう! 魔神マンモンが貴方達の欲望を叶えてあげます!」
一際大きく頷いたマンモンから魔力が溢れ出す。
何らかの力の発動に、褪せ人が動き出すも、遅かった。
眩い光が迷宮を包み、視界を覆う。
全員の視界が晴れた時には、迷宮の姿は無く、全く異なる風景が広がっていた。
「此処は一体……」
「恐らくは魔神マンモンと迷宮の力でしょう。欲望を叶えるための幻です」
戸惑うシャディアの言葉に、アスバールが答える。
恐らくは記憶を読み取り、欲望を叶える為に再現したのがこの世界だろう。
しかし、その光景に少なくともアスバールはまるで覚えは無かった。
恐らくは、他の面々もそうだろう。
見渡す限り灰の大地。
降り続ける火の粉と灰に街が埋もれ、見上げれば巨大な木がまるで火の柱のごとく燃え盛っている。
知らぬ者からすれば、この世の終わりを形作ったような世界だった。
「何でしょう、此処……褪せ人?」
不思議そうに周囲を見遣るカゴメが、褪せ人の様子に気がつく。
常の泰然とした姿はなく、何処か呆然と空を見上げていた。
この男にしては珍しい姿に、カゴメが不思議そうに声を掛ける。
その声に気を取り直した褪せ人が周囲の面々を確認すると、口を開く。
「ついてこい」
端的な言葉、しかし有無を言わせないそれに一行は何も言わずについていく。
この光景の主が誰なのか、言葉なくとも全員が理解していた。
灰に埋もれ、道なき道を褪せ人が迷いなく先導する。
己の記憶から再現されているのだ。迷いなどありはしない。
燃え盛る黄金樹を目指し、灰と化した街を歩き続ける。
「これが……これが貴方の居た世界だというのですか……?」
「興味はあったけれど、これは流石に驚きね……」
アスバールも、アブグルントですらも、目の前に広がる光景に絶句していた。
亜神であるアスバールには分かってしまう。この世界は、どこまでも壊れてしまっている。
かつては美しい外観を誇ったであろう城下は灰に塗れ、見る影はない。
城壁を壊し、骸を晒す巨大な竜の姿に、一行は戦慄する。
しかし、褪せ人がそれで足を止める事は無い。
「何なんだ、此処は……こんな所で、人は生きているのか……?」
あらゆる疑問が飛び交うも、褪せ人が答える事は無い。
淡々と崩れた城の階段を登り、女王の閨を越え、玉座へと辿り着く。
長い階段を登った先、燃え盛る黄金樹の足元まで辿り着く。
その先に居たのは、一人の男。
「誰かしら……?」
アブグルントが疑問を口にする。
燃え盛る黄金樹を見上げるその男は、褪せ人達に背を向けたまま、口を開いた。
「——黄金樹を燃やし、あまつさえ我が母を辱め、エルデンリングを穢すとは」
静かな、しかし溢れんばかりの怒りがその声には籠っていた。
所詮は記憶の再現、あの男ならばそう言うだろうと己が考えているだけの事。
しかし、それは同時に、己の中に僅かでも残された罪悪の表れなのだろう。
男が振り向く。
ねじくれた不規則に生えた角を持つ、巨体の老人であった。
薄汚れた、見窄らしいマントを羽織り、赤黒い尾が伸びている。
醜く、見るものに怖気を感じさせる姿でありながら、その立ち姿は堂々として揺るぎない。
その瞳は怒りに燃えながらも、理性の光が灯っていた。
身の丈程の杖を掲げ、握りしめる。
「野心の火に焼かれた略奪者よ。お前はエルデの王に相応しくはない」
杖がひび割れ、ついに砕かれる。
その中から現れたのは変色し、歪んだ刃を持つ剣。
呪われた王が封じた、呪剣であった。
「今一度、我が名を刻め——最後の王、モーゴットの名を!」
燃え落ちた黄金樹の足元で、黄金樹の守り人が討つべき怨敵へと名乗りを上げた。
モーゴットかホーラルーかで悩みました。