クロコとベラートどうするんでしょう。
少女の案内に従い、褪せ人達は広場の脇、瓦礫の下に隠された地下通路を進む。
狭い通路を暫く進んだその先に、奇妙な魔物が立ち塞がっていた。
一言で言えば、カボチャの魔物。
目と口をくり抜いたカボチャの奥には、魂の炎が揺らめいていた。
「ア、メメントだ。ソイツら誰カボ?」
「今回の実験体だよ」
カボチャの魔物にメメントと呼ばれた少女は、褪せ人達を何食わぬ顔で紹介する。
メメントの言葉に、カボチャの魔物は褪せ人達を見て首を傾げた。
「カボ? でもドラコリッチ様カラハ何モ聞イテナイ……」
「うるさいなぁ、それとも君が実験体になってくれるの?」
「カボー!? サッサと通レ!」
メメントの言葉に震え上がったカボチャの魔物はすぐさま飛び退くと、そそくさと去っていった。
誰もいなくなった通路を再び歩む。
その道中で、メメントが徐に口を開いた。
「……この街に居るのはドラコリッチだけじゃない。ボクのお父様、死者の王もこの街でアンデッドを量産してるんだ」
「死者の王、ですか」
へリューズの言葉に、メメントが頷く。
「そう、死霊術の再興の為に心血を注ぐあまり、魔物に魂を売り渡したお父様がそう名乗ってる」
魔術の探究の果て、人の心を失くし、身も心も魔物に成り果てた存在。
それが死者の王であると言う。
何処かで聞いた話だと、褪せ人は思う。
魔術の果てに狂うのは、狭間の地でもありふれた話であった。
「ボクは実の娘って訳ではないんだけどさ、それでも娘としての責任はある。ずっと彼を殺す機会を伺ってたんだ」
そこに褪せ人達が現れ、目をつけたのだという。
「君の持つ剣、普通じゃないよね? 死霊術師の端くれだから分かる。あれは不死者にとって、抗える物じゃない」
スケルトンに振るったくすんだ黄金の剣。
あれを見てメメントは思ったのだ。あの剣は死者の王を殺し得ると。
「聖律の事か」
聖律。それは黄金律原理主義者達が好んで用いる、死に生きる者達に対する力。
彼らはこれを振るう事によって、黄金律を外れた邪悪なる者を打ち払ってきた。
「聖律……あの剣の持つ力の事か」
エターナーの言葉に、褪せ人が頷く。
確かにこの剣であれば不死者と化した死霊術師を滅ぼす事は可能だろう。
実際、かつてもリッチを相手に聖律が有効である事を確認している。
へリューズがその話を聞き、口を開いた。
「あの剣を見て、何となく分かりました。貴方はその力を振るい、苦しむ死者を在るべき眠りへと導いてくれていたのですね」
「……そんな大層な理由ではない。ただ、有効だから使っているだけだ」
聖律を使うのは、単に不死者に有効であるからである。
そのように必要以上に持ち上げられるような事では無い。
「では、そういう事にしておきましょうか」
そんな褪せ人の言葉に、へリューズが微笑みを浮かべて言う。
まるで褪せ人の言葉を信じていない様子から、この亜神もまた、他者の善性を信頼する手合いなのだろうと思う。
とはいえ、褪せ人の考えがどうであろうと、結果として死者を在るべき姿に戻しているのは事実である。
それこそが、聖律の本来の在り方の筈だった。
黄金律から外れた者達に黄金律の下、正しい死を与え、導く。
かつて金仮面卿が嘆いたのはそれだった。
黄金律原理主義者という名の愚かなる善人達は、死に生きる者達という絶対悪を欲しがった。
そして、黄金律の庇護下から外れてしまった者達を救う力は、穢れた理を根絶する力へと意味合いを変えてしまったのだ。
メメント達が暫く通路を進むと、地上へと出る階段が見えてくる。
「ここを出れば、お父様達の居る儀式場に着く。そこにドラコリッチも居るよ」
「死者の王とドラコリッチが手を組んでいるとは……私達だけで勝てるのか?」
メメントの言葉に、エターナーが強張った表情で呟く。
「死ぬつもりだっただろう」
「ぐ……意地悪だな君は」
ただ一人で玉砕覚悟だったあの時と今では状況が違う。
彼女とて、死にたい訳では無いのだ。
褪せ人を軽く睨みながら口を尖らせるエターナーを他所に、メメントが階段を一歩上がる。
「準備は良い? 此処からはもう後戻り出来ないからね」
「問題ない」
褪せ人の言葉を聞いたメメントは振り向く事なく階段を上がる。
そして、軋む扉を押し開けると、奥へと進んでいった。
扉を開いてまず感じたのは、血と腐敗した肉の臭いだった。
エターナーが思わず眉を顰める。
アンデッドの蔓延る街中も相当だったが、此処はそれに輪を掛けて酷かった。
無数の墓石が並ぶそこは、元々は墓所だったのだろう。
しかし、死者達が安寧を得るはずのそこは、他ならぬ死者達によって冒涜されていた。
褪せ人達が墓所を進むと、人影が見えてくる。
それは、豪奢なローブを羽織り、此方に背を向けている。
そんな何者かへと、メメントが口を開いた。
「お父様、約束を果たしに来ましたよ」
メメントの言葉に、人影が振り向く。
それは、白骨の死体であった。
彼こそが死者の王を名乗る、堕ちた死霊術師。
王冠を被ったリッチが、メメントへと視線を向ける。
「……約束? まぁ良い、丁度死体を切らしたところだ」
死者の王の背後には、折り重なった無数の死体があった。
メメントの言葉に首を傾げながらも、儀式の手を止めず魔力を注ぎ続けている。
粘ついた魔力が死体の山を覆ったかと思うと、それぞれがゆっくりと立ち上がり、呻き声を上げた。
「これは……」
その冒涜的な光景に、エターナーが険しい顔を浮かべる。
一刻も早くこのリッチを殺し、死者達を解放しなければならない。
そんな想いを胸に杖を構えるエターナー達に、別の声が儀式場へと轟いた。
「忌々しい聖職者共の匂いがすると思えば……何だ貴様らは?」
低く、地を揺るがすような声と共に儀式場の奥より声の主が姿を現す。
それは白骨の竜であった。瞳なき眼窩の奥、紫に燃える炎を湛えている。その姿を見て、エターナーが低く唸った。
「ドラコリッチ……!」
「……ん? 貴様、その姿……クハハ! まさかこの国のたった一人の生き残りとはな!」
エターナーを認識し、ドラコリッチが愉快とばかりに笑う。
己を殺したこの国の唯一の生き残り、最後の復讐相手が目の前に居るのだ。
「態々私の前に現れるとは、実に良い日だ。最後の復讐相手の血肉、さぞや甘美な味であろうな」
「貴様……! 良くも仲間達を……!」
怒りに震えるエターナー。
そんな彼女の姿に、ドラコリッチは一層笑みを深めた。
最後の復讐相手である。
じっくりと嬲り、最後に喰い殺してやろう。
彼女の連れてきた仲間を一人ずつ殺す様を、もう一度見せつけてやるのだ。
「ここに来たのは間違いだったな、お前を殺した後、死者の軍勢は止まる事なく進軍するだろう! 今一度破壊と混沌を齎すのだ!」
エターナーを前にして、己の力に酔いしれたようにドラコリッチが叫ぶ。
悔しげに顔を歪めるエターナーと眉を顰めるメメント。
そんな場の空気の中、突如としてへリューズが一歩前へ出た。
「何をして……!」
エターナーが突然のへリューズの行動に目を丸くする。
死者を統べる者二体を相手に、あまりに不用意過ぎる行動だった。
エターナーが止まるように促すも、まるで聞いていないかのように一歩、また一歩と歩みを進める。
そんな彼女に、死者の王とドラコリッチの視線が集まった。
「私達を前に臆さず前へ出るとはな。蛮勇か、それとも無知故か」
「クハハ! どちらでも良い、エターナー、先ずはこの娘から喰らって——」
へリューズの奇行を前にしたドラコリッチの言葉を待たずして、彼女が口を開く。
「——私の名はへリューズ。冥界の第二層、『ヘルヘイム』の主」
「は……?」
静かに告げられた言葉を、ドラコリッチは直ぐには理解出来なかった。
そしてそれは、背後に居たメメントとエターナーも同じ。
暫くの沈黙、そしてドラコリッチが嘲笑した。
「世迷言を! 冥界の亜神を騙れば私達が臆するとでも? 実に浅はかなものだ!」
当然、目の前の娘の言うことを鵜呑みにする筈もない。
しかし、そんな不死者達を前に、へリューズが言葉を重ねる。
その視線が向いているのは、邪悪な死霊術師達にではない。
「——数多の死者の嘆きが聞こえます。私が救わねば。どうか、これ以上泣かないように」
その声は、何処までも静謐であった。真摯に、苦しむ者達と向き合わんとする声であった。
彼女が見ているのは、死者の王達に歪められた死を歩む死者達。
儀式場に渦巻く魂の嘆きが、彼女へと流れ込む。
助けてと、そう願いながらも苦しむ死者の嘆きを憂う彼女の目に、確固たる意思の炎が立ち上る。
「——ええ、分かっています。これ以上苦しまないように、安らかに逝かせて差し上げましょう」
死氷の亜神、へリューズ。心優しい彼女は戦いにおいては慈悲深き戦神として知られている。
せめて苦しまぬよう、安らかに殺してあげよう。そう彼女が考えるがために。
「恐怖で気でも狂ったか? まぁ良い、ここで死ね、狂人め!」
そんな彼女の決意を知らず、これ以上聞いていられないとばかりにドラコリッチがその爪を振るう。
アンデッドと化し、その力を生前以上に増したドラコリッチのそれは、歴戦の戦士であっても防ぐ事は困難を極める。
加えて、その爪には麻痺毒が備わっていた。たとえ運良く生き延びられたとして、身動きは取れず、そのまま殺されることになるだろう。
そんな一撃を前にしてもなお、へリューズは表情を崩す事なくその爪を見つめていた。
「危ない、避けて!」
あまりに無防備。迫る凶爪が彼女を引き裂く様を幻視し、思わずメメントが叫ぶ。
しかし、その一撃が彼女へと届く事はない。
彼女の背後より褪せ人が前に出ると、大盾を構える。
大盾が振るわれる爪を阻み、甲高い音を立てた。
「何……!?」
ドラコリッチが声を上げる。
狼狽したのは大盾で阻まれた事にではない。
その大盾が、ドラコリッチの爪を受けてなお揺らぐ事が無かったという事実にである。
そして、狼狽えるドラコリッチの振り下ろした腕に向けて、褪せ人が剣を振るう。
振るわれたのは黄金の大剣、それが象るは黄金の律である。
光り輝く黄金の大剣はドラコリッチの腕に触れると、一切の抵抗無くそれを切り落とした。
土煙を上げ、地に落ちる白骨の腕。ドラコリッチは一瞬遅れてやってくる焼き焦がされるような痛みに悲鳴を上げた。
「ぐあぁぁぁぁ!?」
後退りながら、ドラコリッチは混乱する。
理解が出来ない。この身はアンデッド、痛みなど感じるはずもない。
にも関わらず、この痛みは何だというのか。
悶えるドラコリッチを前に、淡々と褪せ人がへリューズへと問い掛ける。
「もう良いな」
「はい、嘆きはもう十分に聞きました。彼らの安寧の為、どうかお願いします」
へリューズの言葉に、褪せ人が動き出す。
平静を取り戻したドラコリッチが切り落とされた腕を拾い上げ、距離を取る。
冥界の神などという与太話を信じるつもりはないが、得体が知れないのは確かである。
「何をやっているドラコリッチ」
「黙れ! この男は得体が知れん、手を貸せ!」
ドラコリッチの言葉に死者の王が溜め息をつきながらその杖を振るう。
それを合図に、儀式場を彷徨う亡者達が褪せ人達へと殺到する。
「これだけのアンデッドを一度に……!」
「流石に一筋縄ではいかないか……」
エターナーが驚嘆し、メメントが呟く。
たとえ元人間であったも、死者の王を自称するだけの力が目の前の死霊術師にはあるのだ。
だが、そんな死者の大軍であってもなお相手が悪いと言わざるを得なかい。
「もう、これ以上苦しむ必要はありません。死を抱く子らよ、せめて安寧の内に眠りましょう」
穏やかな声音と共に、へリューズの身の内から膨大な魔力が溢れ出す。
底冷えするような冷気を迸らせ、周囲の空気を凍てつかせる。
そして、彼女の杖から魔法が放たれた。
神々の住まう地に災厄を齎すとされた魔女の力が不死者達へと降り注ぐ。
荒れ狂う吹雪の如き魔法は一瞬にして死者達を凍てつかせ、その動きを停止させた。
次いで、その死者達に巨大な尾が迫る。
褪せ人である。祈祷によって光り輝く尾を生じ、回転する。
黄金樹の、原初たる坩堝の力が凍てついた亡者達を瞬く間に砕いていく。
「馬鹿な……!?」
自身の手駒をいとも容易く一蹴され、今度は死者の王が狼狽える番だった。
下級のアンデッドといえど、並の数ではない。ただ二人を相手取るには十分な数である筈であった。
「くっ、だがいつまでも持つかね!? それ程の魔術、そう何度も出せるものではあるまい!」
しかし、死者の王とて魔術師。相手の放った魔術がどれ程に強力なものかは理解している。
あんなものを、そう何度も連発出来る筈もない。
そう半ば自身に言い聞かせるように叫ぶと、死者の王が杖を振り上げる。
現れるのは、無数の亡者達。
死者の王は目の前の脅威に対処すべく、物量戦を選択した。
「ドラコリッチ、貴様何をやっている!? 腕を治して戦線に参加するのだ!」
「分かっている……!」
死者の王の言葉に、ドラコリッチが臍を噛む。
治らないのだ。先程から腕を押し当て、接合を試みているのにも関わらず。まるで再生する気配がない。
ドラコリッチはとある魔神の死霊術によって復活したアンデッド。
その力は強力であり、肉体が滅びようとも魂が無事である限り何度でも甦る。
だが、その肉体の再生が始まらない。
原因は今目の前で迫る不死者達を斬り伏せている黄金の大剣である事は間違いない。あれは、死者に対して復活と再生を許さない力を持っていた。
再び召喚された死者の軍勢を前に、褪せ人とへリューズは怯む事はない。
迫り来るそれらを魔術で、或いは剣と祈祷を用いて斬り伏せていく。
それを遠目に見るメメントとエターナー。最早、割って入る隙などありはしなかった。
「うーん……思った以上に凄い人達を連れてきちゃったね」
「まさか……本当にへリューズ様だと言うのか? だとすれば、彼は一体……」
思わず呆然とする二人。
実力者なのは分かっていた。だが、まさか冥界の神が直々に不死者を冥界に連れて行くべくやってきたなどと、一体誰が予想しただろうか。
死氷の亜神。彼女が冥界の神だというのならば、それを守るようにして立ち塞がり、迫る敵から守り続けている彼は冥界の騎士か。
そんな二人を他所に、戦場はどこまでも一方的な展開を見せていた。
褪せ人が祈祷を発動させる。
己の胸に花を生じ、その原初の力を行使する。
立ち昇る光の粒子。それはやがて、光の降雨となって不死者達を貫いた。
倒れ伏す死者達。しかし、これだけでは終わらない。
「貴方達の痛みの為に、せめて私が代わりに泣きましょう」
へリューズが魔術を行使する。
その声はどこまでも穏やかであるにも関わらず、立ち昇る魔力に衰えなどまるでありはしない。それどころか、その力は際限なく上がり続けていた。
「まさか、本当に冥界の神だとでも言うのか……!?」
震えた声で死者の王が言う。
最早、目の前の光景を前に疑う余地はありはしなかった。
自分達は、神の怒りを買ったのだと。
「認めん、断じて認めんぞ! 私はドラコリッチ! 死を超越し、破壊と混沌を齎す者! 冥界の神がなにするものぞ!」
自身の中に湧き出た恐れを否定し、ドラコリッチが咆哮する。
今まで恐れられ、恐怖の限りを尽くした己が気圧される。そんな事実を否定するべくドラコリッチは突撃する。
怖気に負けた竜の姿を視認しながら、褪せ人は黄金の大剣を掲げてみせた。
それは祈りの所作、黄金律の掲揚である。
迸る黄金の光。かつて、赤髪の英雄が黄金律の象徴として鍛え上げた武器、その真の力を解き放つ。
大剣を横薙ぎに振るう。輝く刀身から黄金の光が生じ、斬撃となってドラコリッチへと迫る。
「何だ、その光は……ぐおおおお!?」
それは、ドラコリッチの胴へと炸裂。斬撃がドラコリッチを両断し、その身を強烈な聖性で焼き溶かす。
胴から切り離されたドラコリッチが倒れ伏す。最早立つ事のかなわないその身で、しかし褪せ人達を見て嗤った。
「ククッ……無駄な事だ。たとえ肉体が滅びようとも、私は不滅。この魂がある限り何度でも——」
「——ありませんよ、そんなもの」
慈悲深い冥界の亜神の、酷く冷たい声にドラコリッチは凍り付く。
本来ならば、肉体の消滅と共に魔神の手元に還る筈の魂が、恐ろしく冷たい手に握られているのを感じた。
それは、今の器である肉体から魂が逃れられていない事を意味する。
褪せ人が剣を構え、ゆっくりと近付いていく。
先の大剣とは違う、くすんだ黄金の墓標剣。
そこには静かな祈りが込められていた。
へリューズがドラコリッチへと告げる。
「どうか、正しく死んでくださいな」
「ま、待て! 私はまだ……ビフロンス! 何をしている! 早く私をたすけ——」
ドラコリッチの言葉は最後まで続く事はなかった。
身動きの取れないドラコリッチの頭部に黄金の墓標を突き立てる。
器から逃げる事の叶わなかったその魂は、聖律によって在るべき死へと導かれる。
ドラコリッチが動く事は、もう無かった。
自身の復讐相手の、あまりに無様な最期にエターナーが呟く。
「不死の力に溺れ、死から目を背けた末路だ」
残されたのは死者の王ただ一人。
最早打つ手は無く、呆然とする死者の王へとメメントが語り掛ける。
「もう覚えてないんだろうけど、お父様がボクと約束したんだよ。『もし、魔物に成り果てるような事があれば、必ず殺してくれ』って」
「ぐっ……認めん。私は死者の王だぞ、それがこんな……」
「死者の王なんて居ないよ。ここに居るのは、人から外れたただの魔物」
死者の王の身体が凍りついていく。
逃げたくとも、最早身動き一つ取ることを許されてはいなかった。
そして、ドラコリッチを滅ぼした褪せ人がゆっくりと死者の王へと向き直る。
そして、死者の王へと歩み寄ると、その胸に剣を突き立てた。
「さようなら、お父様。厳しい人だったけど、それでもボクにとっては尊敬する父親だったよ」
倒れ伏し、消滅していく死者の王を前に、メメントは小さくそう呟いた。
「まさか本当にドラコリッチを倒してしまうとは……いや、それも当然か」
冥界の神が直々にやってきたのだ。
死から目を背けた者達が敵うことなどありはしないだろう。
エターナーが褪せ人達へと向ける目には、畏敬の念が込められていた。
褪せ人がへリューズへと口を開く。
「これで依頼は完了か」
「はい♪ これでこの地の死者達は安らかに逝けるでしょう。ありがとうございました」
あどけない笑顔と共に、褪せ人へとへリューズが感謝を述べる。
これで依頼は完了、後は王国へと戻るのみであった。
トレントに褪せ人とへリューズが跨る。
「私も、仲間達を弔ったら王国へと身を寄せよう。私一人では、国の復興など出来るはずもないからな」
「ボクも行く宛無いし、そうしようかな」
エターナーとメメント。それぞれの目的を果たし、行く宛を失くした彼女達もまた王国へと身を寄せるつもりらしい。
エターナーはともかく、死霊術師であるメメントについては褪せ人としては思う所もあるのだが。
「彼女自身は死者達に強要している訳では無いみたいですから、私から何かを言うつもりはありません」
冥界の亜神がそう言うのであれば問題無いだろう。
そろそろ王子達も遠征から帰ってきているはず。
一先ずは戻り、情報の擦り合わせが必要だった。
王国内のとある農村。
デシウスはその村で村人と共に畑仕事に従事していた。
鍬を振り、畑を耕す。その姿は、意外な程に様になっていた。
「剣と復讐に明け暮れた我輩が、まさか畑仕事とはなぁ……」
だが、悪くはない。
戦う事しか知らなかった己にも、こうして戦う事以外で出来る事がある。
それは闇に堕ちたデシウスにとって、確かな救いとなっていた。
「デシウスさん、お茶が入りましたよ。そろそろ休憩されてはどうですか?」
「ふん、リビングアーマーの我輩に休憩など要らん……が、茶が入ったのなら仕方ない。ありがたく頂戴しよう」
村人達も、魔物の身であるデシウスをあっさりと受け入れていた。
王子からの紹介があったからか、デシウスが畑を荒らす魔物を退治したからか。
いずれにせよ、村人達がデシウスの事を気にした様子は無い。
或いは、王国民自体が図太いだけかも知れないが。
デシウスが茶を口に運ぶ。
こうした日常も悪くはない。しかし、悪行を働いた己がこんな風に日常を謳歌していて良いのかと思う事も無くはなかった。
村人の老人と談笑しながらデシウスが休憩していると、村の青年が慌てたように走ってくる。
「すみません、デシウスさん! 村の向こうに魔物の群れが……!」
「何……? 分かった、お前達は隠れていろ。我輩が追い払ってやる」
デシウスがそう告げると、蛇腹剣を手に村の入り口へと向かう。
魔物に怯える村人達に隠れるように指示しながら、迫る魔物の群れを見遣る。
オーク、リッチ、ゴブリン、更にはデーモン。
多種多様な種族からなるそれを見て、デシウスはそれが群れではなく軍である事を悟る。
己一人では手に余るかも知れない。そんな予感を感じながら、デシウスは指揮官を探す。
多種族が足並みを揃えて此方に向かってくるのだ。指揮官となる存在が居るはず。
その指揮官を倒せば、魔物達は退くしか無くなるだろう。
そんな考えの下、デシウスが魔物の軍に目を向けていると、それは居た。
魔物達を背に、先陣を切って歩く堂々たる姿。
あれこそが指揮官だと認識し、その姿を見てデシウスは驚愕する。
「馬鹿な……何故!?」
それは、王子と瓜二つであった。
黒い鎧を身に纏い、獰猛な笑みを浮かべるそれは、王子本人ではないだろう。
しかし、その顔は間違いなく王子そのものであった。
驚愕するデシウスへと、その男がゆっくりと歩み寄る。
そして、口を開いた。
「何と煌めく世界か。物質界というのも存外悪くない」
「貴様、何者だ。王子の姿に化けて何のつもりだ」
デシウスが黒い鎧の指揮官へと問う。
男は王子の名を出すと、不快げな顔を浮かべて言葉を返した。
「化けるだと? 不愉快だな、俺は偽物ではない」
「ふん、この村に何の目的で来たのだ」
デシウスが剣を構え、再び問いを投げかける。
相手が何者であれ、この村を襲うつもりなら容赦はしない。
そんなデシウスの言葉に、男は不敵な笑みを浮かべて返した。
「無論、この世界を俺のものにするのだ」
「戯けた事を! 我輩がそんな事を許すとでも——」
「黙れ、喚くな。止めたければ止めてみるが良い、俺の覇道は、今ここより始まるのだ」
男が剣を構える。
漆黒の剣に息を呑むほどの魔力が立ち昇る。
そして、同じく剣を構えるデシウスに向け、名乗りを上げた。
「——俺の名はダーク王子。薄ら笑いの道化鎧よ、力の差を思い知らせてやろう」
暗黒の統率者が今、王国よりその覇道を歩み始めた。
元々エイプリルフールに合わせてダーク王子出すつもりだったんですけどね…欲望に負けてへリューズ出しちゃって調整ミスりました。