今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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おそらく過剰戦力


王都奪還

かくして、その日は訪れた。

 

突如として現れた魔物。かつて女神に封印されていたはずのそれらに王国は成すすべなく敗走し、あわや滅亡の一歩手前まで追い込まれた。しかし、女神の啓示、ただ一人生き残った王族の末裔とその仲間達、そして突如現れた鎧の英雄の手によってそれは覆される。次々と魔物の支配する地域を開放した王国軍、遂には王都奪還にまで手をかけた。

絶望の淵から開かれる希望の光は、まさしく英雄譚の幕開けであった。

 

 

王都外縁部、正面玄関にあたる南門。そこで王国軍は魔物の群勢と対峙する。今まさに、英雄の誕生に立ち会わんとする兵士達の士気は最高潮に達していた。まるで燃え上がる炎が揺らめいているようにさえ感じるほどの熱気、それが王国軍から感じ取れた。

対して、魔物の群勢もまた追い詰められ、後のない状況。王国軍を射殺さんばかりに睨みつけ、低くうなり声を上げる。

 

「ゴブリンにオーガ、ドラゴンやらなんやら…。錚々たる面子ですねぇ」

 

ジェロームが魔物達を見遣りながら、呟く。言葉こそ飄々としているが、その目は相手を油断なく観察していた。

門の前には各地へ散開していた魔物達が王都での決戦に向け、集結していた。結果として、様々な種族を取り込んだ魔物の群勢は、百鬼夜行もかくやという様相であった。

 

「では、皆さん。手筈通りにお願いしますね」

 

ジェロームの声は決戦を前にして気負った様子はない。既に彼の頭の中ではこの戦の結果は目に見えていた。各部隊の長から、力強い応答が返ってくる。そして、彼は満足そうに頷くと、傍らに立つ王子の方へと向き直る。

 

「では、王子。一言、気合の入るお言葉をお願いしますよ」

 

そう言われ、王子は静かに前へ出る。

 

「――これは俺達にとって、始まりに過ぎない」

 

王子の声は、決して大きくは無い。しかし、その言葉の一つ一つが力強く兵達に伝播していく。

 

「この戦いで、俺達は故郷を取り戻し、世界を救う剣となる。この戦いは、俺達人類の、希望の旗印となる」

 

もはや兵達の士気は留まることを知らない。静かに聞き入っているが、その目は英雄の号令を今か今かと待ち望んでいるのが見えていた。

 

「皆の力を貸してほしい。

――俺達全員で、英雄になるぞ」

 

瞬間、王子の声を受けてまるで爆発したかのように鬨の声が上がる。戦場の高揚は頂点へと達し、その声は対峙していた魔物達に叩きつけられる。その声を受けて、魔物達もまた咆哮と殺意でもって応答した。

 

戦場の幕が切って落とされる。

双方の距離が縮まっていく中、王国軍の先陣を切るのは天と地の騎馬兵達。

 

「天馬騎士団長エスタ。戦場の露払いは我々天馬騎士団が努めます。総員、隊列を崩さずについてきなさい!」

「エスタ達にばっかいい恰好させないわ!王子達との合流が遅れた分は、ここで返すんだから!」

 

空からはエスタ率いるペガサスライダーの部隊が、地上の魔物達をその斧槍でもって薙ぎ払う。

地上ではワルキューレの部隊が魔物の群れを食い破るように強襲した。

鮮やかなまでに魔物達の陣が切り崩されていく。その中で、地を揺るがす咆哮が戦場へと鳴り響く。

竜達が、その翼を広げ戦場に向け飛び立っていた。その視線の先はペガサスライダー。戦場を飛び回る戦乙女たちに向けられていた。

 

「釣れましたね…。総員!作戦通りに、これより後退します!」

 

竜たちはペガサスライダー目掛け飛翔する。後退を始める彼女らを見ても、その意図など知る由もない。ただ、ひたすらに己の空を侵す愚者を狩らんと追走を始めた。

 

「砲術兵を展開しろ!合図が出るまでは撃つんじゃないぞ。目標はでかいんだ。焦らずにやれ」

 

砲術兵、携行型の砲台を抱えた兵士達が横一列に並び立つ。それぞれが発射体勢に入り、号令を待つ。その目標は、今なおペガサスライダーを追う竜達。

 

「まだだ…。よし、撃てぇっ!」

 

号令とともに砲術兵が一斉に竜を目掛けて大砲を発射する。凄まじい轟音とともに放たれたそれが、竜達へと殺到する。次々と爆ぜる砲弾が、竜の鱗を砕き、その肉を焼いた。

 

「とびきりの一発…!いきます!」

 

砲術兵の部隊長を務めるフレデリカによるとどめの一撃がその黒い砲筒より放たれる。『極重巨砲』と称される彼女の砲は特別製。放たれた砲弾は竜達へと到達すると、凄まじい爆発を引き起こし、周囲の魔物諸共消し飛ばした。

果たして竜達は、その爪も牙も、炎のブレスすら吐くことを許されず。その脅威を示すことができないまま呆気なく潰えた。

 

「まぁ、ざっとこんなもんです」

 

ジェロームが事もなげにそう言う。しかし、その瞳は依然として戦場を捉えたまま冷静に戦況を伺っていた。

 

「あいつらは手強い。その爪も牙も膂力も。毒だの魔法だのも使ってきてやりたい放題ってもんです。そんなのが突然、王都に大量に湧き出るってんだからそりゃあ無茶苦茶になるわけだ」

 

大量のゴブリン達が、戦場へとその数を武器に突撃する。そこを王国の重装歩兵、ヘビーアーマーの部隊が迎え撃つ。まるで、一枚の壁が迫るようにしてその突撃を受け止める。味方と、ヘビーアーマーとで挟まれ、行き場を無くしたゴブリン達をヘビーアーマーの背後に配置された弓兵たちが矢の雨を浴びせかける。

 

「だが、戦場なら違う。俺達人間だって一つの部隊をまとめ上げるのに必死なんだ。それを、見た目も言葉も特性も、何もかも違うあいつらが即席でまとまったところでうまくいくわけないんです」

 

オーガが、その巨体を以て迫りくる。しかし、王国軍のウィッチはその足元を凍り付かせ、その進軍を遅らせる。そこを弓で射かけられ、全身を己の血で濡らしたオーガはその怪力を発揮する場を用意されることなく倒れ伏した。

 

「迫りくる相手に適切な味方を配置してやる。何も考えず、まとまりのない突撃を繰り返すだけの魔物相手なら、それだけで勝てる」

 

現に魔物達はその爪も、牙も満足に振るうことを許されない。この男の描いた絵図通りに事は進み、果たして王国軍と魔物達の激突はどこまでも一方的であった。

 

「さぁ、王子。次は貴方の番だ」

 

ジェロームは、静かに己の話を聞いていた王子へと向き直る。

 

「大将自らが切り込みに行くなんて正気の沙汰じゃありませんが…。まぁ、きっちりサポートしますよ」

「苦労をかけるな」

 

呆れの混じったジェロームの言に、王子は苦笑いとともに返す。しかし、それをやめようとは全く考えていない。

 

「構いませんよ。俺も好き勝手やらせてもらってるのでね」

 

ジェロームは肩をすくませてそう言うと、王子の脇で無言のままの褪せ人へ向き直る。

 

「俺はここで指揮を執ります。だから、褪せ人殿、王子の事頼みましたよ」

「無論だ」

 

普段の態度は鳴りを潜め、真摯な表情でそう言うジェロームに、褪せ人が簡潔に応答する。

向かう先は王城。今、王国軍の兵士達が切り開いた戦場の道を駆け、王子は褪せ人と、僅かな精鋭たちを連れて今、王都を脅かす元凶を討とうとしていた。

 

「ところで褪せ人、お前の馬なんだが…」

「少し、試したいことがある」

 

王子の声を受け、褪せ人は指笛を吹いた。果たして呼びかけに応じてくれるだろうか、と。

その指笛の音が静かに響くと、突如としてそれは姿を現した。一頭の霊馬、トレントである。トレントは呼び出した褪せ人へと向き直ると、小さくいななきながら鼻先を褪せ人の胴にこすりつける。

 

「久しいな、トレント。また、私と駆けてもらうぞ」

 

その言葉に、トレントはいななきで以て返す。正直、見放されていてもおかしくはなかった。それほどまでに、狭間の地の己は、不甲斐なく、腐っていただろうから。この相棒は、また己と戦場を駆けてくれるらしい。そのことに褪せ人は安堵した。

 

「全く、お前はいつも驚かせてくれるな。とはいえ、これで心配はなさそうだ。正直、お前を乗せて走れる馬なんて見つからなかったからどうしたもんかと悩んでいたんだ」

 

王子は、トレントの頭を撫でる褪せ人にそう言いながら、馬にまたがる。褪せ人もまた、その鎧姿には似つかわしくない身軽さでトレントへと騎乗した。

 

「王子様!褪せ人様!」

 

背後より声がかかる。振り向くと、そこにはイリスが居た。先ほどまで兵達の治療に奔走していたのだろう。汗と泥が、彼女の法衣を汚していた。肩で息をしながら、それでもこちらを見遣り、静かに口を開く。

 

「…行かれるのですね?」

「ああ、これは、俺がやらなければいけないことだ。これからの人の時代を守るために、俺が民達に示さなくてはならない」

 

イリスの言葉に王子は己の決意を籠めて言う。英雄の道はここからが始まり、ならばこそ己が後ろで指揮を執るだけではいけなかった。

 

「帰って、きてくれますよね…?」

「死ぬつもりなど、毛頭ありはしない」

 

褪せ人が応える。簡潔なその言葉が、何よりも頼れるものであることを、イリスは知っていた。

 

「約束、ですよ?」

 

それでもなお襲い来る不安をひた隠し、イリスは微笑んだ。その姿を見て、二人は今度こそ王都に向けて駆けて行った。

 

 

 

 

 

王都もまた、激しい戦闘が行われているようだった。剣戟の音とともに勇ましい声が響く。それに応えるようにして、魔物の咆哮もまた、響き渡った。

見知ったはずの、しかし変わり果てた王都の街路を王子達は駆け抜ける。

 

「この道を抜ければ、広場にたどり着く!」

 

王子が褪せ人に向け、そう叫ぶ。時折、現れる魔物達を褪せ人がすれ違いざまに殴り倒しながら、王都の中心、王城前の広場まで迫っていた。

 

王城前の広場は、異様なほどの静寂に満ちていた。各所で聞こえる戦闘の音が遠く感じる。何か、異様な気配があたりに満ちていた。

ゆっくりと、警戒しながら歩を進める一同の前に、それは現れた。

 

まるで、闇が形を成したようにその姿を現す。スケルトンと同様の白骨の身体を、まるで闇そのもののようなローブが覆っている。手に持つ杖は、その先に嵌められた宝玉が妖しく輝いていた。そして、瞳のない眼窩には邪悪な光が揺れ動く。

 

――不死者の王、リッチ

 

魔物達を率い、王都を陥落させたそれが遂に姿を現した。

 

「英雄王ノ系譜…王国ノ民…。スベテ…死ニ至レ…」

 

その声は邪悪さとともに、王国と、その血筋への怨嗟で塗れていた。

 

「お前が…俺達を…民を襲った魔物、その首魁だな?」

「如何ニモ」

 

怒りの滲む王子の言葉に、リッチは嘲笑を以て返す。

 

「ノコノコト現レテクレテ、助カッタ。オ前ガ死ネバ、王国ノ民ハ希望ヲ失ウ」

 

例えここで自分たちが朽ちようとも、王子さえ殺せればそれで良い、そんな意思が感じられた。

 

「蛮勇ノ代償ハ、ソノ命ヲ以て償エ」

 

リッチの言葉が終わるのを見計らったように褪せ人が分かたれぬ双児の剣を構え、リッチへと迫る。これ以上、無駄な問答に付き合う必要もなし。そんな意図が感じられた。

しかし、リッチの背後より何者かが飛び出し、褪せ人とリッチの間に割って入る。

そして、振り下ろされる剣をその槍で受け止めた。

金属同士がぶつかり合い、甲高い音が辺りに響く。

 

「ナルホド、貴様ガ我ガ配下ヲ殺シテマワッタ男カ」

 

リッチが合点の言ったように声を上げる。

 

「ソノ武器ノ光ハ…私ノヨウナ不死者ニハ厄介極マル。ダガ、貴様ノ相手ハ私デハナイ」

 

剣を槍で受け止めたそれは、まるで堅牢な砦を思わせた。

褪せ人が追撃を加えようと再び構える。その時、さらに別の方向から斧槍を振りかぶって別の何者かが飛び出してくる。

辛うじてそれを大盾で受け止め、飛び退く。褪せ人と襲撃者達との距離が開く。

 

「馬鹿な…!」

 

王子が激しい動揺とともに声を上げる。

その視線の先には褪せ人を襲った襲撃者。しかしそれは、王子にとって予想外の者達であった。

近衛騎士団長ミレイユと、侍女武官セーラが、褪せ人の前に立ちはだかった。




少しずつ見てくださる方や評価してくださる方が居て、非常に励みになっております。
引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
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