今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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困った…また文章が膨れたので分割します。


十天君

 

王子と合流し、野営を終えた褪せ人達は、ソラスの指し示した地域へと近付きつつあった。

 

「恐らくはこの辺りだと思うのですが……」

 

ソラスが天球儀を片手にそう口にする。

今現在、褪せ人達が居る場所は華の国に属してこそいるものの、山々に囲まれた辺境の地と言って差し支えのない地域であった。

 

「……アリス、この辺りについて何か知っているか?」

 

王子が今回連れてきた面々の内の一人、アリスへと声を掛ける。

武王姫、アリス。彼女自身は華の国の出身ではないが、かつては華の国で武王と称される人物に師事して修行を積んでいた。

そんなアリスに尋ねてみれば、答えが返ってくる。

 

「この地について知っている事は何も。ですが、昔師匠と修行していた地と似たような雰囲気を感じます」

 

「どういう意味だ?」

 

「気が満ち溢れているのです。それも、かなりのものです」

 

華の国における仙術、武術の根幹には、気功と呼ばれる魔力と似て非なる力が古くから用いられてきた。

仙術を高め、己の身体を内から鍛え上げるその力は、実のところ、褪せ人にも知識はある。

落葉派と呼ばれる、求道者達が用いるのがその気功である。

この地には、その気が充溢しているのだという。ならばそれこそが、ソラスの占った大きな力という事か。

 

「——龍脈というのさ、この国では気の満ちた地域の事をそう呼んでいる」

 

アリスの言葉に、思索を巡らせようとした褪せ人達へと不意に声が掛かる。

意識を向ければ、そこに居たのは一人の武人。

艶やかな黒髪に端正な顔立ち、その手には竜を模した薙刀を携えていた。

武人の女が、気さくな笑みを浮かべながら名乗りを上げる。

 

「おっと失礼、我が名はジンレイ。お見知りおきを、王国軍の皆様?」

 

「私達の事を知っているのですか?」

 

突如現れた華の国の武人に、わずかに警戒したようにアリスが問い掛ける。

ジンレイと名乗った女は、大袈裟な仕草と共に答えを返した。

 

「そりゃ勿論! 噂に聞こえる王国軍、それも英雄王ご本人も一緒だ。分からぬ訳が無いだろう? 無論、そっちの彼もね」

 

そう言うと、褪せ人の方を見遣る。

どこか値踏みするような視線と共に、口を開く。

 

「『救国の英雄』、『デーモン狩り』……随分と暴れているみたいだね?」

 

挑発とも賞賛とも取れる言葉と共に、獰猛な笑みを浮かべ此方へ歩み寄るジンレイ。

その時、王子がふと思い出したように声を上げる。

 

「……ジンレイ? もしかして、『暗天孤星』ジンレイか!?」

 

「え、何それ」

 

王子の言葉に、ジンレイが面食らう。

どうやらその呼び名は寝耳に水だったらしい。

 

「華の国の書物に書いてあったんだよ! 華の国の魔物の襲来、それと共に訪れる数々の苦難、それをたった一人最前線で戦った狭客! 『暗天孤星』ジンレイ!」

 

『暗天孤星』と称される女は、どこか困ったように王子に言う。

 

「やめない? その『暗天孤星』ってやつ」

 

「かっこいいじゃないか、暗い天に輝く孤独な星……『暗天孤星』ジンレイ!」

 

「嫌がらせかい? 初対面だけど怒るよ?」

 

何やら興奮した様子の王子に、若干こめかみをひくつかせるジンレイ。

話が逸れはじめている。褪せ人がジンレイへと口を開く。

 

「こんな所に一体何の目的だ」

 

「それはこっちの台詞だよ。逃げた邪仙を追って此処まで来てみれば、君達が居たんだから」

 

目的を問えば、すぐさま答えは返ってきた。

彼女は邪仙を追い、この地まで来たという。

邪仙とは確か、仙人達の中でも、外法に手を染めた邪悪な者達を指すのだと、褪せ人は記憶していた。

 

褪せ人がジンレイへと破滅の力について伏せつつも目的を告げる。

 

「成程、探し物か……そしてこの龍脈の気に、少なからずその探し物が影響していると考えている訳だ」

 

話を聞いたジンレイは暫し逡巡し、やがて口を開く。

 

「……分かった。実はこの辺りについて詳しい一族の村が近くにあるんだ。案内してあげるよ」

 

そう言ってジンレイは褪せ人達から背を向けて歩き出した。

今のところ、相手に怪しい素振りは無い。

王子は褪せ人へと顔を向け、静かに頷いた。

それを受けて、一行はジンレイの案内の下、山奥の里へと向かうのであった。

 

 

 

 

ジンレイの案内からしばらく、褪せ人達が小さな村へと辿り着く。

出迎えたのは、紅の髪を二つに結んだ、どこか禍々しい杖を持った少女。

 

「あんた達、何者? この辺りは伝統的に立入禁止なんだけど……」

 

どこかひりついた雰囲気で此方を出迎える少女に、王子が落ち着いた声でここに来た目的を語る。

 

破滅の力、という言葉に少女が強く反応し、改めて王子達を見遣る。

兵士達の意匠と、掲げる紋章を見て視線を緩めた少女が口を開く。

 

「……良いわ、話を聞いてあげる。ついてきて」

 

態度を突然軟化させた少女に僅かに訝しみながらも、王子達は少女を追って村の奥へと向かうのであった。

 

 

 

「あんた、英雄王の末裔よね? あたしはカタラ。この地に眠る破滅の力の守護者よ」

 

村の建物に招かれた王子達に、少女——カタラは開口一番にそう言ってのけた。

 

「破滅の力の守護者?」

 

「先代の王様から聞いてこの地に来たんじゃないの? あたし達は代々英雄王から託された破滅の力を封印して、守護し続けるように命じられているのよ」

 

褪せ人が王子へと顔を向けるも、しかし聞いた事が無いとばかりに首を振る。

先代の王は魔物の襲来によりその命を落とした。本来ならば、正式に王となった際に告げられる筈だったこの一族に関する秘密は、しかし王子へと伝えられる事は無かった。

 

「星がこの地を指し示した訳ですが……或いは、王子君がこの地を訪れるのは、必然だったのかも知れませんね」

 

ソラスが言う。

確かに、何の手掛かりもない中、この地を訪れる事になるのは奇跡に等しい話ではあった。

褪せ人がカタラへと単刀直入に問い掛ける。

 

「破滅の力はどこにある」

 

「案内してあげても良いけど……」

 

褪せ人の問いに、カタラが困ったように目を伏せる。

言い淀むような何かがあるのは明らかであった。

それが何なのか心当たりのあるジンレイが口を開く。

 

「もしかして、邪仙絡みかな?」

 

「……そうよ、この地に邪仙が住み着いて、破滅の力から漏れ出る気を利用して何かを企んでるみたい」

 

ジンレイの言葉に、カタラが頷いた。

この地に気が溢れているのは、破滅の力が原因という事か。

そして、その気を利用して邪仙が居座っている。

 

「あまり時間を掛けてもいられないか……」

 

王子の声に焦りが混じる。

破滅の力の影響が外に漏れているのであれば、魔王軍とて気付くのは時間の問題だろう。

あまり悠長に事を構えては居られないかもしれない。

 

「案内出来るか?」

 

「邪仙を相手に戦うつもり?」

 

「それが必要な事ならば、俺は足を止めるつもりはない」

 

力強い、決意の籠った言葉だった。

 

「……良いわ、案内してあげる」

 

王子の言葉にカタラは頷くとすぐに立ち上がる。

そして、案内をすべく準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

カタラの案内によって王子達が道を進む。

所々に廃れた家々の様子が見えるが、人の姿はありはしない。

 

「おかしいですね……まるで生気を感じません」

 

へリューズが周囲の様子に憂いを帯びた顔で呟く。

辺境の地、寂れているのは理解出来る。だが、人の生活が垣間見える場所で、こうまで人の姿が見えないというのは異様ですらあった。

 

「既にこの地は邪仙の縄張りよ、気をつけなさい」

 

カタラがそう言い、注意深く奥へと進んでいく。

龍脈から湧き上がる気は進むにつれて強まっているようだった。そして、破滅の力の影響なのか、どこか不穏なものが入り混じる。

 

暫く進んだ先、少し開けた場所に出る。

その中央には、何かが祀られている。

 

「——此の地まで追ってくるとは、随分としつこい女よなァ、ジンレイ」

 

中央へと向かおうとした褪せ人達の前に、砂嵐が巻き上がり、巨漢の男が姿を現す。

 

「こんな所まで逃げるから追うのに苦労したよ——尊天君」

 

尊天君と呼ばれた男は、長くたくわえた髭をさすりながら、口角を上げる。

 

「お仲間を連れてきたようだが、少々迂闊であったなァ? うぬとてこの地の充溢した気が分からない訳でもあるまいに」

 

「何やら秘策アリって感じだね。何をするつもりだい?」

 

尊天君の様子に、ジンレイが問い掛ける。

態々仙人が龍脈を使ってまで行う術。警戒して然るべきであった。

そんなジンレイの言葉に、尊天君が不敵な笑みと共に声を張り上げる。

 

「ぐふふ——やれい、屍解仙!」

 

その声に呼応して、術が発動した。

尊天君の背後より現れたのは、無数の屍鬼。

道士服に、皆一様にしてその顔を隠すように札が貼り付けられている。

 

その姿を見て、タラニアが険しい顔を浮かべた。

 

「……キョンシー、華の国の仙術で造られるアンデッドだね。これ程の数……死体の調達方法はあまり考えたくはないかな」

 

先程の人気の無い村々を考え、タラニアが剣を握る手を強める。

目的とは違えど、これで目の前の仙人を見過ごせなくなった。

義憤と共に、タラニアが尊天君を睨む。

 

キョンシーの軍勢、それを従え不敵な笑みを浮かべる尊天君。

その隣に、道士服を身に纏う老爺が舞い降りた。

 

「ぐふふ……良くやったぞ屍解仙」

 

「カッカッカッ……やはり此の地に目をつけたのは正解じゃったのう!」

 

屍解仙と呼ばれた老爺が上機嫌に笑う。彼もまた、邪仙の一人。

キョンシーを起動させるには、相応の気を消費する。

此の地の龍脈は、そのキョンシー製造においてこれ以上なく有用だったのだ。

尊天君が褪せ人達へと向き直る。そして、口を開いた。

 

「さて、此の地で造ったキョンシーの力、ぬしらで試させてもらおうか!」

 

邪仙、尊天君と屍解仙。

華の国における邪悪が今、褪せ人達と対峙する。

 

 

尊天君の声に、キョンシーの軍勢が王国軍へと押し寄せる。

 

迫りくるそれらに対し、真っ先に前に出たのはやはり褪せ人であった。

 

無手のままキョンシー達へと肉薄し、その武技を振るう。

己の身に気を溜め込むと、それを掌底に乗せて解き放つ。

それは、狭間の地でもこの世界でも発勁と呼ばれる無手の戦技であった。

 

放たれた掌底がキョンシーの胴に打ち込まれ、込められた気が爆発する。

キョンシーがその爆発に吹き飛ばされ、背後に居た複数の同胞達をも巻き込んでいく。

 

その様子を見た褪せ人が己の拳を握り締める。

龍脈の影響か、発勁の威力が上がっている。相手は不死者、如何様にも対応出来るが、消耗を抑えるという意味では悪くない選択肢であった。

 

重装とは思えない身のこなしで褪せ人は地を蹴り、キョンシー達へと飛び蹴りを放つ。

空気を裂くような音と共に放たれたその一撃は、キョンシーの頭を容易く蹴り砕いた。

 

「——へぇ、驚いた。まさか無手でも達人とはね」

 

ジンレイがキョンシーへと飛びかかり、その薙刀で一掃する。

彼女もまた一流の武芸者。そんな彼女から見ても、褪せ人の動きは見事であった。

先程から褪せ人の使う格闘術。数多ある格闘術の動きに似たそれは、見た事があるようで、しかしその細部は彼女の知るものとは異なっている。

 

華の国において一流の武芸者として知られるジンレイをして、知らない格闘術を使う男。

手合わせしたい。武に身を捧げた彼女の胸中にそんな想いが湧き上がるも、それを振り払い前へ出る。

 

薙刀を振るうたび、キョンシーが両断され、倒れていく。

彼女の持つ竜を模した薙刀も相まって、まるで竜が舞っているかと思わせる凄絶さがあった。

 

王国軍は着実にキョンシーを破壊していく。

タラニアが剣を振るい、カゴメが守り、アスバールとへリューズ達が一掃する。

だが、しかしキョンシーの軍勢が途切れる気配は無い。

まるで無尽蔵かと思わせる屍鬼の群れに、アブグルントが槍を振るいながら、思わず呟く。

 

「ちょっと数が多過ぎるわね……」

 

「カッカッカッ……キョンシーがこの地の村々の死体だけと思うたか? 今の華の国、死体の調達など実に容易い。果たしてどれだけ保つのかのう?」

 

屍解仙が嗤う。

今の華の国で死体を作るのも拾うのも実に容易い。キョンシーの数にはまだまだ余裕がある。

 

「貴様らも殺した後、キョンシーにしてやろう。そして、我ら邪仙郷は東の国へと侵攻するのだ!」

 

このままでは埒が開かない。

褪せ人が回し蹴りでキョンシーを薙ぎ払い、そのまま屍解仙の下まで疾走する。

あの邪仙がキョンシーの供給源。であれば、あれを殺す事こそがこの状況を切り抜けるのに最も手早い手段だろう。

迫るキョンシーの相手を最小限に、屍解仙まで駆け抜ける。

 

「——ほう? 直接屍解仙を狙うか、だがやらせはせんぞ」

 

立ちはだかるのは尊天君。しかし、褪せ人は走る速度を緩めることはない。

そのまま尊天君の前まで来ると、その胴へと向けて渾身の発勁を繰り出した。

放たれた掌底。その威力は必殺の一撃。

しかし、その掌底は突如尊天君の前に現れた壁に阻まれる。

それは砂の壁であった。爆発した気が砂を吹き飛ばすも、すぐさま集まり、再び壁を形成する。

 

「グフフ……無駄だ。我が禍血陣の前にその程度の打撃は無意味よ!」

 

砂の壁の向こうで嗤う尊天君の言葉を無視して、再び褪せ人が拳を振るう。

砂の壁は厚く、打撃を見舞ったところで抵抗無く砂に吸い込まれ、衝撃を殺す。

そんな褪せ人の姿に尊天君は嘲笑し、そして術を放った。

褪せ人の周りに砂嵐が巻き起こり、その身を取り囲む。

 

「……!?」

 

それは、ただの砂嵐ではなかった。

砂が鎧の隙間に潜り込むと、褪せ人の身体を切り裂き、出血を強いる。

微細な粒子が、褪せ人の身体にまとわりつくと、まるで鋭利な刃を押し当てるかの如く傷つけていった。

このままこの場に留まるのは危険。そう判断した褪せ人が飛び退がる。

その隣に、ジンレイが並ぶ。

 

「禍血陣、砂を自在に操る宝貝だね。彼の奥の手といったところかな?」

 

禍血陣。それこそが尊天君の持つ攻防一体の宝貝であった。

幸いにして、砂嵐の範囲は広くはない。だが、現状策も無しに接近戦を挑むのは無謀であった。

 

褪せ人が祈祷を放つ。

雷の槍、それを尊天君に向かって勢いよく投擲する。

だが、それすらも砂の壁によって阻まれ、霧散してしまう。

 

「無駄だ! わしは十天君が一人、尊天君! 我が無敵の禍血陣に、その程度の術など効かぬわ!!」

 

威勢よく名乗りを上げる尊天君。

接近すれば砂嵐と砂の壁。術で挑もうにも生半可な術は効かない。確かに、あの邪仙が無敵と称すのも分かるというもの。

 

——だが、それは褪せ人が生半可な術しか持っていなければの話である。

 

ここに来て、褪せ人は力押しを選択する。

邪仙一人に時間を掛けるつもりはない。思うように埒を開ける為に、渾身の一撃を見舞う。

 

褪せ人がジンレイに向かって口を開く。

 

「……屍解仙の方へ向かえ、これは私が始末する」

 

「何をするつもりだい? 尊天君は邪仙の中でも十天君と呼ばれる強者の一人。とても一人で相手出来るとは……」

 

「二度は言わん」

 

ジンレイの忠告を無視して褪せ人は前に出る。

そして、再び尊天君へ向けて駆け出した。

 

「愚かな、下界で英雄と称されて調子に乗ったか? 邪仙を相手に無策で突っ込むとはなァ!」

 

尊天君が無謀を嗤い、再び砂嵐を巻き起こす。

意思持つ砂嵐が、褪せ人を切り刻まんと迫り、囲む。

視界が砂で覆われ、全身を切り刻まれる中でそれでも褪せ人は祈祷を発動した。

 

放たれたのは紅い稲妻。

衝撃波が、褪せ人の周囲で荒れ狂っていた砂を散らす。

嵐の中現れたのは古き竜王、その似姿。

たとえそれが写し身であろうとも、その威容は他を圧倒する。

 

「なぁ!?」

 

尊天君が驚愕に顔を歪める。

禍血陣を跳ね除けて、現れたその圧倒的な存在感に慄きたじろぐ。

 

そんな尊天君に対し、滅びの熱線が放たれた。

眩い閃光を伴ったそれは、必滅の一撃。

大地を抉り、蒸発させながら尊天君へと迫る。

 

「グゥ……! 禍血陣よ!」

 

その熱線に対し、再び尊天君は砂の壁を生成する。

周囲の砂全てをかき集め、熱線を受け止めるべく渾身の防壁を築く。

そして、竜王の滅びが砂の壁を穿った。

分厚い砂の壁を、文字通り熱線が砂を蒸発させながら掘り進んでいく。

無敵と称した砂の壁が、いとも容易く崩れていく。

その事に、尊天君は目を見開いて驚愕を示す。

 

「馬鹿な……我が宝貝が、禍血陣がァ……!?」

 

そして、砂の壁を乗り越えた熱線が尊天君を貫いた。

右腕の、肩より先が焼け溶け、消失する。

 

「ギャアアア!!」

 

叫ぶ尊天君。

腕を焼かれ、それでも立つ余裕があるのは腐っても仙人故か。

 

「……驚いた。噂よりも化け物じゃないか」

 

何が『デーモン殺し』だ。あんなの喰らったら大体何でも死ぬ。そう思わずには居られなかった。

 

果たしてジンレイの懸念は杞憂に終わった。

あろうことか正面から十天君の宝貝を破るとはジンレイをして想定外であった。

 

ジンレイは褪せ人の言う通りに屍解仙を目指し駆け出す。

最早、この場の勝敗は決していた。

 

仕留め損ねた事に褪せ人が眉を顰めながら、トドメを刺すべく前へ出る。

砂の壁は竜王の滅びを防ぎ切る事こそ出来なかったが、その威力を削る事には成功していたのだ。

 

此方へ近寄ってくる褪せ人に、尊天君が脂汗を浮かべながら叫ぶ。

 

「くっ……! キョンシーよ、この男を殺せ!」

 

尊天君は己が逃げる道を確保すべく、キョンシーを差し向ける。

既に尊天君の中ではこの地を捨てる事は決まっていた。

キョンシーを製造し、兵力を整えるのはこの地でなくても出来ることである。

キョンシーが男を囲むのを横目に、尊天君が走り去るべく踵を返した。

 

「——嘆かわしい、それが邪仙の、それも十天君に名を連ねる者の姿とはな」

 

そんな尊天君の上空より女の声が響いた。

見上げればそこに居たのは一人の邪仙。

銀糸のように輝く髪、黒と金を基調とした装束に黄金に輝く錫杖。

傲慢さと誇りを宿したその瞳が、目の前の尊天君を侮蔑を込めて見下ろしていた。

 

「今更何をしにきた、金光聖菩……!!」

 

その姿を見た尊天君が苦々しげに声を上げる。

 

金光聖菩。

同じ十天君でありながら、通天教主の意に沿わず気まま勝手に行動する邪仙。

 

「私がどこで何をしようと勝手だろう? 戦の気配に来てみれば、お前が醜態を晒していただけのこと」

 

金光聖菩が事もなげに言う。

ここに来た事に仲間意識などありはしない。戦の気配、己を高める機会が訪れたのだと来てみれば、偶々同じ邪仙が無様を晒していたのだ。

 

そんな金光聖菩の言いように不快げに顔を歪めながらも、尊天君が口を開く。

 

「ならば手を貸せ! あの男は普通ではない……! ぬしが時間を稼げば、わしは再び——」

 

「——断る」

 

同じ十天君、勝手気ままな女とはいえ目的を同じとした邪仙である。

撤退の時間を稼ぎ、再起を図る。

そんな尊天君の言葉を、しかし金光聖菩は切って捨てる。

 

「何を……!?」

 

「邪仙とは、手段を選ばずに己の道を極めんとする求道者であろう。ならば、今のお前達は何だ。力を磨き上げようとしないばかりか、俗界に覇を唱えんと躍起になる始末——そんなものが、求道者の姿であるものか」

 

邪仙とは、己の力を高みに押し上げんと、その倫理を捨て去り、それでもなお道を求めんとする者達だろうと金光聖菩は言う。

ならば、キョンシーなどというくだらない玩具を増産し、兵力を以て他国を侵攻せんとする今の邪仙達は、己が理想とする求道者の姿ではない。

 

「故に、私は私の目的の為だけに動く。お前達は精々逃げ延びられるよう足掻く事だな」

 

「金光聖菩ォ……!!」

 

怒りに顔を朱に染める尊天君。

その背後より、爆発したような音が響く。

振り向けば、キョンシーを始末した褪せ人が迫っていた。

重装の鎧にも関わらず、鈍重さを感じさせない速さで迫る。

 

「おのれぇ……!」

 

尊天君が砂の壁を形成するも、明らかにその力は衰えていた。

強力な禍血陣、それを用いる為の気が身の内で不足しているのだ。

 

尊天君を見据え、褪せ人が高く飛び上がる。

空中で体勢を整え、足元に腐敗の棘が生じる。

そして、尊天君へ向けて突進していった。

急降下蹴りが尊天君の弱々しい砂の壁を蹴り抜き、そのまま無防備な胴を刺し貫く。

そして、足元の棘が爆発した。

胴に風穴を開け、吹き飛ぶ尊天君。

 

「馬鹿な、わしが……こんな所で……!」

 

胴を貫かれ、腐敗に身を侵された尊天君はその場で倒れ、動かなくなった。

 

トドメを刺したことを確認し、褪せ人は立ち上がると新たに現れた女と対峙する。

その様子に、金光聖菩は機嫌良さげに口を開く。

 

「尊天君を殺すとは……良いではないか、お前」

 

「……何者だ」

 

尊天君の仲間かと思えば、助ける素振りもなく見殺しにした女。

この戦場において、いずれの勢力にも属しているようには見えなかった。

 

「ふふふ……何者であろうな? 私に勝てば、教えてやらなくもないぞ?」

 

妖艶な笑みを浮かべた金光聖菩が錫杖を掲げる。

黄金の杖が輝きを増すと、現れるのは彼女とまるで見分けのつかない分身達。

 

敵対の意思を見せた相手に、褪せ人が拳を構える。

周囲を見れば、王国軍はキョンシーの相手に手一杯の様子。

ジンレイが屍解仙を倒すまでの間、目の前の女を放置する訳にもいかない。

殺意を込めて見遣る褪せ人に、金光聖菩がゾッとする程に艶やかな笑みを浮かべ、やがて獰猛な獣を思わせるそれに変わる。

 

「心地よい敵意だ……良いぞ、共に死闘に興じ、高め合おうぞ!!」

 

——十天君、金光聖菩

 

己が道を極めんとする邪仙が、褪せ人へと襲い掛かった。




娘々仮面を出すか悩み中。
出すと漏れなくジンレイの鎖骨が折れます。
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