これ喜ぶの古参王子だけでは…?
褪せ人の眼前に現れるのは三人の金光聖菩。
そのいずれもが本人とまるで同じ姿をしており、見分ける事は不可能なもの。
幻か、或いは実体の伴うものか、現状の褪せ人には判別出来ない。
警戒する褪せ人に見下ろし、それぞれの金光聖菩が不敵な笑みを浮かべると、口を開く。
「——我が金光陣、破れるものなら破ってみせよ!」
金光聖菩達が上空より散らばり、褪せ人を囲う。
そして錫杖を振るうと、気功によって作り出した光弾を放った。
三方向から放たれたそれを褪せ人がローリングで躱すと、そのまま目前に居た金光聖菩へと飛び掛かる。
振るうは落葉流から派生した、ある男が得意とする蹴術。回転蹴りと共に宙に浮き上がり、気を込めた足を振り下ろす。
放たれた蹴りが金光聖菩へと直撃し、その華奢な身体をくの字に折り曲げる。
しかし、手応えは無い。金光聖菩は余裕の笑みを浮かべながらその姿は消失し始めた。
分身、己が蹴り砕いたそれが幻と消える。
「見事な蹴りよ、これ程のものを振えるのは達人でもそうはおるまい」
褪せ人の背後、金光聖菩が囁くように言う。
それを振り払い、褪せ人が拳を振るうも、上空へと逃げられ、その拳は空を切る。
「だが、それは本領ではないだろう?」
金光聖菩が言う。
褪せ人の格闘術、それは邪仙である金光聖菩から見ても見事なものであった。練り上げられた気も、それを放つ技量も目を見張るもの。
恐らくは華の国の武術界においても、その無手の実力は十分に通用するだろう。
だが、それだけだ。
無手に限れば、この男を凌駕する者は居る。武王など、まさにその一人だろう。
故に、金光聖菩が見たいのはそんなものではない。
尊天君を貫いた破滅の光。あれに匹敵するものを見せろと挑発する。
錫杖を振るうと、金光聖菩の分身、その数が増える。
「そら、退屈させるな。もっとお前の力を見せてみろ」
四人の金光聖菩が錫杖を振るい、上空より光弾を放つ。
先程よりも早く、そして威力の増したそれを褪せ人が潜り抜け、駆けていく。
手に持つのは聖印。褪せ人が駆けながら、祈祷を発動させた。
放つは騎士の雷槍。それを投擲し、追従する雷撃が金光聖菩の分身を貫き、霧散させる。
「成程、一流の武術を使う上に、優れた術師ということか。だが——」
——金光聖菩の分身が再び増える。
その数五人。そして、やはりその速度と威力を増した光弾が褪せ人に向けて放たれた。
褪せ人がそれらを回避する。ローリングとステップを駆使して弾幕を避ける。しかし、時間差で放たれた光弾が褪せ人の背を直撃した。
「……!」
僅かに硬直、しかしすぐに次の光弾が迫るのを見て大盾を構える。
光弾が盾越しに弾け、その余波が褪せ人を焼いた。
体勢を整え、状況を分析する。
ダメージはそれ程ではない。しかし、このまま時間を掛ければどこまでも不利なのはこちらである事を悟った。
褪せ人を見下ろした金光聖菩がその様子に口を開く。
「気づいたか? 私の金光陣は単に分身を増やすだけにあらず。分身の数が増えれば、私自身の力も増すのだ」
分身を増やし、その数に応じて自身の力をも高める。
ひとたび天秤が傾けば、そのまま圧倒的手数で相手を屠る。
それが彼女の宝貝であった。
分身に上限があるかは現状では不明。
加えて、相手が基本的に空中に居るというのも相性が悪い。
此方の打つ手は限られ、悠長に構えれば数で押されるのは明白。厄介であると言わざるを得なかった。
「どうした、この程度で降参などと言ってくれるなよ? まだまだこれからなのだからな!」
錫杖を振るうと、金光聖菩の分身が増える。その数七人。
褪せ人へと放たれる光弾はさらに速度と威力を増して迫る。
さながら弾幕の雨と化したその中を、褪せ人が駆け抜けていく。
光弾に身を焼きながらも走り抜ける中、褪せ人が取り出したのは粗末な小弓。
何者かの骨を用いて作られたそれは、どこまでも見窄らしいと言わざるを得なかった。
「ほう、何をするつもりだ?」
金光聖菩が褪せ人が弓を構えるのを見て、期待を込めて言う。
この弾幕の中、走り抜けながら弓を構え、射るつもりか。
漸く反撃に移る男が手に取ったそれが、ただ射るだけのものではないのは明らかであった。
走りながら、褪せ人が弓を射る。驚異的な技量で連続して放たれるそれは、しかしまるで狙いを定めていないもの。放たれた矢が、明後日の方向に飛んでいく。
だが、それで良い。狙い穿つのは己の役目ではないのだから。
骨の弓、それは古き呪術の触媒である。
その弓から放たれた矢には、怨霊が宿る。
見当違いの方向に放たれた矢。しかし宿った怨霊はただ何者も貫かずに朽ちる事を良しとしない。
あり得ない軌道を描き、矢は金光聖菩を追い縋るように飛んでいく。
「これは……!?」
連続して飛んでくる追尾の矢が、一人の分身、その頭部を穿つ。
そして、追い討ちの如く迫る複数の矢が全身を貫いた。
分身が消失する中、未だ放たれる怨霊の矢は次なる獲物へと追い縋る。
「面妖な術だな……!」
霊を降ろし、その霊を使って矢を操るとは。
また一人分身が矢の餌食になるのを見ながら、自身に迫る怨霊の矢を光弾で落とし、或いは錫杖で叩き落とす。
数を減らした分身達が怨霊の矢の対応に追われ、弾幕が薄れる。
その隙に、褪せ人は骨の弓から聖印へと持ち替えると、祈祷を発動した。
紋章を描き、黄金の衝撃波が周囲の光弾を消し去る。
そして、無数の黄金の礫が放たれた。
黄金の礫が金光聖菩の分身を貫き、霧散させていく。
分身達は瞬く間に、その数を減らしていった。
「やるではないか! だが……!」
褪せ人の苛烈な反撃。しかしこれこそを待っていたとばかりに金光聖菩は凄絶な笑みを浮かべる。
再び錫杖を振るい、己の分身を補充する。
問題はない。たとえ分身の数が減ろうとも、己が無事である限り幾らでも補充は効く。
数を減らした分身が、再びその数を増やす。
しかし、眼下の褪せ人に絶望の色は無い。
どこまでも冷静に、討つべき敵を見据えていた。
そんな男の姿に、金光聖菩は艶やかに笑う。
「たまらぬ敵意で誘うものだ。興奮するではないか」
そして、戦いは一層熾烈を極める。
金光聖菩が分身を増やし、褪せ人がそれらを消し去っていく。
堂々巡りを思わせるそれは、それでもまだ金光聖菩に分があった。
金光陣、彼女の宝貝による分身に限りはない。
どれ程に分身を消し去られようとも、彼女が消耗することもない。
持久戦に持ち込んでしまえば時間は彼女を味方する、その筈だった。
「くっ……!」
迫る雷の槍、それを金光聖菩は紙一重で回避する。
眼下に映るは鎧の偉丈夫。
全身に傷を負いながらも、その立ち姿に揺らぎはない。
錫杖を振るい、分身を作り出そうとするもすぐさま褪せ人から祈祷が飛んでくる。
それを阻止するべく光弾で隙を作ろうとするも、それすらも容易く避け、攻撃に転じてくる。
金光聖菩は褪せ人の攻撃を避けながら思う。
持久戦に持ち込んだのは失策であった。此方の動きを見せ過ぎたのだ。
目の前の男は間違いなく消耗している。だが、それ以上に金光聖菩の技を見切り始めている。
結果として、相手はその消耗を最小限に抑え、攻撃に転じる余裕すら出てきている。
褪せ人の放つ怨霊の矢、それが金光聖菩の頬を掠め、血を流す。
今、追い詰められているのは間違いなく己である。彼女はそれを悟った。
「ふふふ……ははは——あははははっ!」
響く哄笑。
凄絶さすら感じさせるその笑い声が、金光聖菩より漏れていた。
求めていたのは正にこれだ。
全力を賭してなおも届かぬ壁。それを越えてこそ己の限界の向こうへと至れるというもの。それこそが、求道者たる己に必要だった死闘。
「良いぞ、もっとだ、もっと、もっとお前の全てを私に見せてみろ!!」
顔を上気させ、熱を帯びた視線を向ける金光聖菩に、しかしどこまでも褪せ人は冷静だった。
現状、褪せ人の有利へと戦況は傾いているが、決して気の抜けるものではない。
ひとたび分身の数を増やす事を許してしまえば、再び状況は覆るだろう。
故に、極限の集中力で金光聖菩の動きを見極め、対処していく必要があった。
放つ光弾を避け、返す刀に骨の弓を放つ。
追い縋る悪霊の矢。しかし先程までとは打って変わって彼女は避けようとはしなかった。
怨霊の矢が、彼女の胸を穿つ。
深く突き刺さったそれが、絢爛な衣装を血で汚した。
「ぐっ……ははは、あははははっ!」
だが、それは金光聖菩の狙い通り。
最低限急所を逃れたその矢傷を無視して錫杖を振るう。
再び現れる分身達。その数十人。
死闘の末、己の限界を振り絞って生み出した最大の数であった。
「さぁ、我が全力、見事打ち破ってみせよ!!」
十人の金光聖菩が褪せ人へと光弾を放つ。
その威力、速度は今までのそれとは比較にならないもの。
褪せ人とて当たればただでは済まないそれを見て、しかし既に褪せ人は行動を終えていた。
両腕を広げ、黄金樹の紋章が宙へ描かれる。
放たれるのは、黄金の流星。
圧倒的な破壊の光。
金光聖菩は、恍惚とした表情でそれを見つめていた。
「あぁ……お前はどこまで私を悦ばせれば気が済むのだ」
光り輝くそれは、無数の小さな流星を生み出しながらゆっくりと金光聖菩達へと迫る。
放たれた小さな流星は緩やかに円を描きながら、しかし高速で移動し分身達を貫いていく。
消失する分身。迫る黄金へと光弾を放つも、まるでその勢いは衰えない。
やがて、黄金の流星は上空で弾け、その周囲に光を放つ。
光の奔流。あらゆるものを飲み込まんとするそれに、金光聖菩もまた、凄絶な笑みと共に飲み込まれていった。
「はぁっ……はぁっ……」
極大の光が収まった後、褪せ人が地面に膝を突く金光聖菩を見遣る。
直前で逃れたのか、或いは術で守ったのか、金光聖菩は生きていた。
全身を光に焼かれ、傷を負いながらも、それでも意識はある。
「ふふふ……全力を賭してなお届かないか……久しく忘れていたな、この感覚は……」
金光聖菩が笑う。
これでは他の邪仙の事を言えやしない。高みに登り、自惚れていたのは己とて同じなのだから。
「実に愉しい時間だったが、ここまでのようだな」
金光聖菩が褪せ人の背後、キョンシー達と戦う王国軍の方を見遣る。
その先には、天球儀を掲げた一人の女。
「王子君、準備が整いました。皆さんを退がらせてください!」
ソラスの言葉に、王子が頷くと声を張り上げ、退がるように命令する。
「占星術、その本領をお見せしましょう……!」
退却する王国軍へと追い縋るキョンシー達。
それらを前にして、ソラスは占星術の、その真の力を解き放った。
空より墜ちるは、燃え盛る流星。それも一つや二つではない。
無数の流星がキョンシー達へ向けて飛来する。
「私の占星術、その本領は星を墜とす事」
「これ占星術関係無いわよね?」
「占い怖……」
大地を揺らし、爆ぜる星々を前に王国軍はかつて魔王と戦った伝説の英傑、その威容を目の当たりにする。
それと同時に、占星術という言葉に誤った認識が生まれた。
今後、王国で占星術師を名乗る者は、星を墜とす事を求められるだろう。
圧倒的な破壊を前に、遂にキョンシーの軍勢は壊滅する。
「褪せ人君、大丈夫かい!?」
背後からタラニアの声が響いた。
キョンシーの対処を終えたアスバール達が褪せ人の戦闘を聞きつけ、駆け寄ってくるのが見える。
そして、屍解仙を任されたジンレイも褪せ人の方へ歩み寄ると、申し訳なさげに口を開いた。
「ごめん、屍解仙を逃した」
「構わん」
ジンレイの言葉に、しかし褪せ人は端的に返した。
王国の目的は破滅の力の入手であり、邪仙の討伐ではない。
無論、今後の脅威になり得る彼らを殺せればそれが良いのだが、これ程に大規模な計画が潰れた以上、しばらくは大きな動きは出来ないだろう。
「名残惜しいが、これまでのようだな……」
金光聖菩が弱々しく浮き上がる。最早戦闘の意思は彼女からは見られない。
それを見遣りながら、褪せ人が口を開く。
「お前の目的は何だ」
「あぁ、そういえばそんな約束だったか……何、一人の仙人として強者と死合いたかっただけの事」
褪せ人の問いに、金光聖菩が思い出したように答えを返す。
目的などありはしない。ただ強者との戦いに飢え、こうして襲い掛かっただけのこと。
「ふふふ……ここまでズタボロにされたのはいつ以来か……邪仙となってからは初めてかも知れんな」
十天君にまで上り詰め、その中でも上位に位置する彼女には、最早敵と言える相手は居なかった。
長い年月、満たされる事の無かった渇望は、知らず彼女を腐らせていたのだろう。
だが、それも今日までの話。
金光聖菩が褪せ人へ視線を送る。
その眼差しは恋に焦がれる乙女の眼差しとも、飢えた獣の目とも言えるような、妖艶な光を宿していた。
「決めたぞ、お前は私のものだ。必ずやお前を私の足元に平伏させてやろう」
それは宣誓であった。
ありとあらゆる手を使って、この男を越える。
そして、地に伏せるこの男に、手ずから首輪をつけるのだ。
決して逃しはしない。そんな未来を思い描き、舌なめずりをする金光聖菩。
だが——
「——へぇ」
「——ふぅん」
「——ふふっ」
そんな金光聖菩の言葉を、妖怪は、亜神は、悪魔は聞き逃さない。
異様な気迫を立ち昇らせる彼女達に、タラニアが若干怯えながら褪せ人の背後に隠れる。
そんな様子を見て、金光聖菩は笑った。
「あははははっ! 随分と競争相手が多いようだな? だが、そうでなくては」
神も悪魔も知ったことではない。寧ろ望むところであった。
「次に会う時が楽しみだな。その為にも、今一度己を磨き上げねば」
「逃すと思うか」
褪せ人達から離れていく金光聖菩に、褪せ人は雷の槍を握りながら、口を開く。
もとより逃すつもりはない。今後もこうして敵対するつもりならば、尚更だった。
そんな褪せ人の冷徹な対応に、笑みを浮かべて金光聖菩が口を開く。
「よせ、そう求められると疼くではないか。だが……」
放たれた雷の槍。それは金光聖菩の身体を貫くも、彼女は幻の如く消え去った。
分身、一体いつから入れ替わっていたのか。
「次に会える日を楽しみにしているぞ、褪せ人よ……」
どこからともなく声が聞こえ、やがてその気配が消える。
まるで指巫女を騙る人喰いの女を思わせる相手に、褪せ人は面倒な相手を逃した事を悟る。
褪せ人が王子の方へと向き直る。
厄介の種が新たに撒かれたものの。本来の目的である破滅の力は入手出来た。
王子もまた、褪せ人の視線に頷くと、破滅の力を回収し、撤退の準備を始めるのであった。
「……やっと見つけた」
そんな王国軍を遠目に見つめる一人の少女が居た。
静かに佇み、目を向けるその視線は何処までも冷たく、諦観に満ちたもの。
どこまでも深い絶望が、今の彼女を支配していた。
そんな少女が見つめる視線、その先に居るのは鎧の偉丈夫。
その苛烈なまでの戦いぶりを、その一部始終を目にしていた。
故に、彼女はそれに縋る。或いは、彼こそが己に終わりを齎してくれるのだと信じて。
「あの人ならきっと私を——」
——
そんな想いを胸に秘め、静かに一歩踏み出すのであった。
面倒な子はどんどん褪せ人に投げましょうね…