今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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破滅の力なんですが、本来はドラゴンボールよろしく7つあるらしいんですよね。
本作ではテンポ重視で省きました。お許しを。


華は屍人の上に咲く

 

これは一人の、哀れな男の話である。

 

その男はある村に住み、同じ村の幼馴染の女と結ばれ、子を授かった。

娘はすくすくと育ち、やがて母親によく似た、美しい少女へと成長した。

気立てのいい妻と、元気な娘。

男にとって、妻子と過ごす日々は、何ものにも代えがたい幸福であった。

 

だが、その幸福は、長くは続かなかった。

 

流行り病であった。

妻と子が床に伏せる中、男は八方手を尽くした。

薬を試し、術を試し、医者に訪ね歩いた。

されど、男の努力が身を結ぶ事は無かった。

 

妻と子を同時に喪い、男は悲嘆と絶望に沈んだ。

 

——ここまでならば、どこにでもある、哀しい話で済んだのだろう。

 

ただ一人、哀れな男が遺され、命を断つか、残りの人生を空虚に過ごすか。

それだけのはずだった。

 

だが、そうはならなかった。

 

不幸にも、この男は道士であった。

 

男は狂った。

かつての妻子との日々を取り戻すべく、外法に手を染めた。

邪仙達が造る動く死者——キョンシーへと、妻子を造り替え始めたのだ。

 

あえて不完全なキョンシーとして造り上げ、生前の記憶と自我が残るように術式を改造した。

 

ある意味では、この男は天才だったのだろう。

狂気に満ちた執念の果て、男の努力は実を結ぶ。実を結んでしまった。

 

妻子が目を開き、己の身体に戸惑う中、男は歓喜した。

涙を流し、二人の手を取り、心底嬉しそうに語った。

 

「また三人で暮らせる」のだと。

「またあの幸せな日々を送れる」のだと。

 

——そう信じて疑わなかった。

 

次の瞬間、男の胸を短刀が貫いた。

あまりの突然の出来事に、男はその短刀の先を見つめる。

 

それを握っていたのは、かつて己の妻だったもの。

外法に手を染め、人の道から外れた男に、涙を流し訴えた。

 

——こんな事、望んでいなかったのに。

 

その言葉に男は深い絶望を抱き、そして事切れた。

男を殺した女は、次いで己の娘へと向き直ると、その首に手をかける。

哀れな男の後始末。せめてそれを果たそうと女は力を込める。

 

だが、それは果たされなかった。

女の手が娘の首からそっと離れると、まるで糸の切れた人形のように下ろされる。

 

そして、ついに動く事は無かった。

 

最後に残されたのは、父に求められ、母に否定された、生まれながらに意味を失くした人形。

 

それが彼女、かつてフーロンと呼ばれたキョンシーの成り立ちであった。

 

 

 

 

 

「どうでしょう、壊してあげた方がそんな彼女の為になるとは思いませんか?」

 

褪せ人の邸宅で、ひとしきり物語を語った少女が、武器の手入れをする褪せ人へとそんな言葉をかけてくる。

 

余りに凄絶な生い立ちに絶句するイリスの傍ら、褪せ人は視線を武器にやったまま、何度目かの変わらぬ返答を返した。

 

「……答えは変わらん。私がお前を壊す事はない」

 

「ちっ……」

 

舌打ちをして、フーロンは此方を睨みつける。

 

王国に戻り、幾らもしないうちにこの邸宅にやってきたのが彼女であった。

聞けば、華の国から態々追ってきたらしい。開口一番に、自分を壊すように褪せ人に懇願してきた。

 

身体に幾重もの術符が貼られ、人形を思わせる病的なまでの白い肢体。

外法により動く死体、それが彼女である。

そんな彼女だが、その有り様は普通のキョンシーとはまるで異なっていた。

 

此方を睨みつける目、それは何処までも感情の籠ったもの。

本来、邪仙達の都合の良い道具に過ぎないキョンシーには全くもって必要のないそれを彼女は持ち合わせていた。

キョンシーとしては不完全。だが、それを成した男にとってはそれこそ求めたものだろう。

そんなフーロンが、冷たい声で褪せ人へと口を開く。

 

「聞いていた話と違いますね。貴方はそれが何であれ、壊せるのなら容赦なくぶち壊す鬼畜外道だと聞き及んでいたのですが」

 

「……」

 

その噂の出所自体には多少興味はあったが、生憎と答えは変わらない。

尚も武器の手入れの手を止めない褪せ人に、少女は吐き捨てるように言い放つ。

 

「……英雄だなんだと持て囃されていても、案外役に立ちませんね」

 

その言葉が、苦し紛れの挑発なのは見え透いていた。此方を苛立たせたいのなら、狭間の地を見習うべきだろう。あの禿頭の男など最適だ。それでも生かしてやったのだから褒めてもらいたいくらいだが。

しばらく褪せ人を見つめ、自身の挑発が空振った事を悟ると、溜め息をつき口を開いた。

 

「はぁ……理由だけでも聞いていいですか? 貴方は、王子殿下と違って底抜けの善人というわけでも無いでしょう? 綺麗事じゃ、私を救えない事は分かっているはずです」

 

少女の言葉は事実であった。

己は善人ではない。目的の為ならば他者を殺す事も厭わない人間である。

だが、悪人のつもりもない。

何の利益もなく、王子を筆頭とした王国の顰蹙を買ってまで一人のキョンシーを破壊するつもりなどありはしない。

 

「利益がないから、ですか……随分と俗なんですね」

 

半目で呆れたように睨む少女を無視して褪せ人は武器の汚れを拭う。

語るべき事は語った。これ以上、同じ問答をするつもりは無い。褪せ人の態度は、言葉なくそれを示していた。

頑として譲らない事を察した少女が部屋から立ち去るべく立ち上がる。

 

「分かりました。今日のところは引き下がります。……幸いにして、王子殿下から戦時は貴方の下につくように言われてますので、囮でも殿でも、ご自由にご用命ください」

 

「……なんだと?」

 

思わず手を止める。

そんな事は聞いていない。どういう事かと顔を上げれば少女のしたり顔が目に映った。

 

「聞いていませんか? 王子殿下から、一番危険な戦場になるのは貴方の側だと聞いたので有事の際は貴方の下に組み込んでもらいました」

 

「……」

 

あの男、面倒事を此方に押し付けたな。

一体何のつもりなのか。己にこの手の面倒事が向かないのはあの男とて分かっているだろうに。

僅かに顔を歪めた褪せ人に気を良くしたフーロンが口を開く。

 

「とにかく、貴方が壊してくれないのでしたら私は戦場に救いを求めるしかありません。命じてくれれば、如何様にも。精々上手く使い潰してください」

 

そう言って部屋の扉の前まで歩く。

しかし、出ていく直前に思い出したようにフーロンは立ち止まると、振り返る事なく褪せ人へと口を開いた。

 

「……お墓の件、ありがとうございました」

 

「何の話だ」

 

突然の礼に、褪せ人が問い掛ける。

その言葉に、フーロンは先よりも幾らか険の取れた声音で返す。

 

「貴方が華の国で花を添えてくれたお墓。あれ、私の両親のものなんです」

 

そこまで言われ、妖虎に荒らされていた墓の事を思い出す。あの二つの墓は、彼女の両親のものだったのだろう。

しかし、態々礼を言われる程のものでもない。所詮は気の迷いで添えただけの事。

 

「……ただの気紛れだ」

 

「それでも、お礼だけは言っておきたかったんです」

 

そう言って、今度こそフーロンは褪せ人の邸宅から去って行った。

あの様子では、また褪せ人の下へ来るのだろう。そして、同じ問答を繰り返すのか。

 

残されたのは褪せ人とイリス。重苦しい静寂の流れた部屋の中に、武器を研ぐ音だけが響く。

 

「……褪せ人様は、あの子をどうするおつもりでしょうか?」

 

沈黙に耐えかねたイリスが、褪せ人へと声を掛ける。

その言葉に褪せ人は答えない。

イリスはその沈黙をどう受け取ったのか、再び口を開く。

 

「私にはどうしてあげるのが正解なのか、分かりません。彼女の事を考えれば、願いを叶えてあげるのが良いのかも知れません。でも……」

 

壊すのが正しいと口にしながらも、彼女はそれに納得出来ていないのだろう。

ただの意思なきアンデッドならば理解出来た。だが、彼女は記憶も感情も、生前のものを持ち合わせている。

どうすれば良いか、答えが出せず言い淀むイリス。

そんな部屋の中に、新たに一つの声が加わる。

 

「壊してあげれば良いんじゃないかしら?」

 

「アブグルントさん……」

 

現れたのはアブグルントであった。

常の如く薄い笑みを浮かべ、褪せ人の方へと歩み寄る。

 

「いつから居た」

 

「ふふっ、最初から?」

 

褪せ人の問いに答えながら、アブグルントが武具の手入れを続ける褪せ人の隣へと腰掛ける。

そして、耳元で囁くようにして口を開いた。

 

「彼女はキョンシー。どんなに人に似せた行動を取ろうとも人間にはなれない。睡眠も食事も不要な化け物で、なのに人の心を持ち合わせている。壊してあげなければ、彼女はただ苦しみ続けるだけよ」

 

「そんな言い方……」

 

「事実よ」

 

イリスの控えめな反論に、しかしアブグルントははっきりと言い放つ。

望まぬ不死など、呪いでしかない。それは他ならぬ褪せ人自身も良く分かっている事ではあった。

 

「最早彼女に幸福な結末は無い。求めた両親はおらず、自死は封じられ、まともに人として生きる事は出来ない。壊してあげた方が彼女にとって救いであるはずよ?」

 

そんなアブグルントの言葉に、褪せ人は武器を卓の上に置くと、口を開いた。

 

「……お前は単に、私にあの娘の死を背負わせたいだけだろう」

 

そんな褪せ人の言葉に、アブグルントは笑みを深める。

この悪魔は褪せ人に背負わせたいのだ。哀れな村娘の死を、他ならぬこの男の選択で。それはきっと、この男の心の奥底を蝕むだろうから。

 

そんな思惑を言い当てられた悪魔は尚も言葉を続ける。仮にそれが彼女好みの結末だったとしても、一つの正解である事には変わらない。

 

「でも、それは彼女を壊さない理由にはなり得ない。そうよね?」

 

普通の人間ならば、一人の少女の死を背負う事を忌避するのは無理からぬ事だろう。だが、目の前の男はそれが必要だと判断すれば躊躇う事なく出来るのを知っている。

恨まれようとも、憎まれようとも、それら全てを背負って前へ進めるのがこの男なのだ。

故に、そんな男が彼女を壊さない理由が知りたかった。

アブグルントの問いに、褪せ人が口を開く。

 

「……あの娘が真に終わりを望むのなら、私は迷いなく剣を突き立てよう」

 

「へぇ? まるであの子はそれを望んでいないとでも言いたそうね?」

 

褪せ人の返した答えに、アブグルントは興味深げな視線を向けた。

果たしてこの男は、あの死にたがりの少女に何を見出したのか。

 

「あの娘は私に固執するが、何故他の者に救いを求めない。王国ならば、あの娘を壊す事を是とする者も居よう」

 

彼女は頑なに褪せ人に自身を壊すように頼むが、真に終わりを望むのならば、その相手は誰であっても構わないはずなのだ。

この王国には善人が多い。そして、彼女の境遇に対しての選択に正解はない。哀れに思った誰かが、彼女の死を背負う事を選ぶのは十分にあり得る話だろう。

さらに言えば、それは王国である必要も無いのだ。華の国でも彼女の望みは叶うのだろう。

 

だが、彼女はそうしなかった。

態々王国まで来て褪せ人を訪ね、安い挑発をしてまで壊されようと躍起になった。そして、彼女はそれを諦めてはいない。

 

「……どういう事かしら?」

 

褪せ人の言わんとしている事が分からず、アブグルントは首を傾げる。

イリスもまた、褪せ人の言葉に聞き入っていた。

 

「あの娘のような目をした者達を、私はよく知っている」

 

フーロンに語った彼女を壊さない理由。あれは事実ではあるが、全てを語った訳ではない。

それは恐らくは彼女自身が自覚していないからであり、正面からそれを伝えるのは憚られたからである。

 

「あれは決して、終わりを求めた者の目ではない」

 

褪せ人の目には、彼女が終わりを望んでいるようには映らなかった。

終わりを望む不死など居らず、どこまでも力無き村娘が、救いを求めて縋りついているようにしか見えなかったのである。

それは狭間の地でも、この地でも、英雄と称された褪せ人にとって、酷く見知ったもの。

弱きものが、無責任に強者に縋り、救いを求める。

どこにでもいる普通の少女のそれを、褪せ人はフーロンに見出していた。

 

「それが壊さない理由?」

 

「……或いは、もっと早くに出会っていればこんな事考えもしなかったかもしれないが」

 

アブグルントの言葉に、褪せ人が呟く。

もし仮に、この地に来てすぐにあの娘と出会ったならば、己は迷う事なく彼女の胸に刃を突き立てたのだろう。

今、己がそれを選ばないのは、あのお人好しの男の影響を少なからず受けているからか。

 

「……仮にもっと早く出会っていても、褪せ人様は彼女を壊さなかったと思いますよ」

 

褪せ人の考える仮定を、しかしイリスは微笑みと共に否定した。

 

目の前の男は苛烈な戦士であり、目的の為ならば手段を選ばない男である事は事実である。

だが、それと同時にイリスは知っているのだ。この男がそうして戦い続ける影で、多くの者が救われている事を。

他ならぬ自分もその一人。

この世界に来て彼は変わったのかも知れないが、それでも根本の部分は決して変わっていない。

今、フーロンを壊す事を良しとしないのは、紛れもない彼本来の善性の発露であると、そんな確信が彼女にはあった。

 

「褪せ人様は、優しいですから」

 

「……私をそう評すのは、お前くらいのものだろうな」

 

イリスの言葉に、褪せ人が口を開く。

フーロンに言わせれば己は鬼畜外道らしいのだ。そんな男を優しいと言ってのけるのは、きっと彼女くらいのものだろう。

褪せ人の言葉に、イリスは困ったように笑う。

 

「そうだったら良かったんですけどね……」

 

イリスは思う。きっと彼は、その不器用な優しさで多くを救うのだろう。

そんな褪せ人の優しさを、自分にだけ向けてほしいと思ってしまう事に僅かに嫌悪しながらも努めて彼女は表情に出さなかった。

 

「フーロンさんの事、助けてあげてくださいね。私もお手伝い出来ることは、何でもしますから」

 

「無茶を言う」

 

助けるなどと、結局彼女を壊さないだけで先延ばしにしているだけに過ぎない。

殺し殺されの傭兵風情に任せるには、随分な役目であった。

渋面を作る褪せ人に、しかしやらないとは決して言わないその姿にイリスが笑うと、口を開いた。

 

「ふふっ、一緒に()()()ましょうね」

 

だが、その一言は余計だった。

 

「今、頑張ると言いましたね!?」

 

「きゃあっ!?」

 

イリスの隣に、カゴメが突如として現れる。

褪せ人をしてどこから湧いたのかと驚嘆するも、この妖怪に関してはそういった理屈が通用しない事を既に経験済であった。

 

「何を頑張りますか!? とりあえず王都一周しておきますか!?」

 

「……王国では『頑張る』は禁じられた言葉よ。聖女様も分かっていたでしょうに」

 

張り切った様子のカゴメに、アブグルントが口を開く。

迂闊な言葉によって唐突に追い詰められたイリスが褪せ人に救いを求める。

 

「あ、褪せ人様……! 褪せ人様……!」

 

「これは……私には救えないものだ」

 

「褪せ人様……!?」

 

キョンシーを救うよりも困難な状況だというのですか。そんなイリスの心よりの悲鳴が聞こえるようであった。

その後、本当に王都一周をさせられかねないイリスに、流石に見兼ねた褪せ人が助け船を出す事で事なきを得るも、イリスはこれ以降『頑張る』という言葉がトラウマになったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

王城、作戦司令室。

突然の王国からの召集に、褪せ人は遂にその時が来た事を静かに悟った。

 

「状況を説明します。北の大国、白の帝国、そして我が王国——この三国に対して、魔王軍による大規模な進軍が確認されました」

 

政務官、アンナの簡潔な報告が室内に響く。

しかし、その内容に動揺する者は居なかった。

破滅の力を有する以上、魔王軍が動き出す事は、ある意味で当然の事であったからだ。

 

「確か、その三国で破滅の力を守る事になってたわよね?」

 

「はい、カタラさんによれば、破滅の力はその全てが揃って漸くその力が解放されると……」

 

アブグルントの問いに、アンナが頷き、応じる。

現在、破滅の力は王国だけで管理せず、リスクを分散する為に三国で分散して守護されていた。

全て揃って漸く力を発揮する破滅の力の特性上、各国で管理する事こそが最も理に適っていたのである。

 

「そして、その三国に全てに向けて同時に進軍、ですか……」

 

険しい顔を浮かべるのは王国軍の将の一人、アルティア。

王国はともかくとして北の大国と白の帝国はいずれも強大な軍事大国である。

それらに対し同時に進軍する魔王軍の常軌を逸した規模に驚くと同時に、その奇妙な動きに疑問が浮かぶ。

その場の空気を代弁するように、タラニアが口を開いた。

 

「陽動だよねこれ。僕達の戦力をそれぞれの中心部から離したがっている」

 

「……ですが、この規模の魔物の軍勢を無視する訳にもいきませんよ」

 

敵が何かを狙っているのは明らかで、しかしその思惑に乗るしか無いのが現状であった。

 

「北の大国と白の帝国も同様でしょう。私達に出来るのは迅速に敵の軍勢を撃退する事」

 

アンナの言葉に続けるようにして、王国の戦術教官であるケイティが地図を広げ、説明を始める。

 

「王国には現在、二方向からの進軍が確認されています。一つは陸路。もう一つは海路。我々はこの両面に対応しなければなりません」

 

地図に印をつけながら、ケイティは王国の置かれている戦況を解説していく。

その内容に、周囲の表情は徐々に険しくなっていった。

 

「戦力を二分します。王子を筆頭にアルティア、ジェローム率いる主力軍で陸路を防衛。リーンベル提督の率いる王国海軍、そして——デューオさんの率いる海賊団を中心に海路を防衛してもらいます」

 

「オッケー♪ 任せてよ!」

 

快活に答えたのは褐色の肌に海色の髪、そして太陽のような瞳を持つ女。

彼女こそが無双の海賊と恐れられる女傑、デューオである。

現在は紆余曲折あり、王国にその力を貸す盟友の一人。

 

速やかに戦力の分担が決まる中、褪せ人がケイティの前へ出ると、静かに問い掛けた。

 

「私はどちらに向かえばいい」

 

「褪せ人様は海側へお願いします。陸側に王国の主力を割く以上、貴方には海での戦果を期待します」

 

この男の存在は切り札である。どちらに投入しても間違いなく一定以上の戦果を上げてくるだろう。

そして、王子という旗印が居る陸上の戦力として使うよりも、少数精鋭が求められる海側でこそ、この男の力は最大限に発揮されると彼女は判断した。

 

「良いだろう」

 

「……今回、魔王軍は本気で此方と事を構えるつもりだ。だが、これを撃退出来れば間違いなく俺達人類は前へと進める」

 

王子の言葉に、褪せ人は頷いた。

 

「無論だ。お前は前を向け。後ろの事は何も気にしなくて良い」

 

「くくっ、相変わらず頼もしいな。これは俺も負けてはいられないか」

 

常と変わらない褪せ人の姿は、周囲の者達にとって揺るぎない信頼であった。

褪せ人が静かに前を見据える。

世界の命運を賭けた最後の戦いが今、静かに幕を上げた。




そろそろ魔王編終幕
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