今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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アイギスでもACでもWガトは強い


船上の戦い

 

王国領海、魔王軍の進軍ルートを遮るようにしてリーンベル率いる王国海軍とデューオ率いる海賊船団が集結していた。

褪せ人が乗るのは海賊船団、その中でもデューオが旗艦とするもの。

 

「やあ英雄、海賊船に乗るのは初めてかな?」

 

船内の設備を興味深げに見渡す褪せ人に、デューオが気さくに声を掛ける。

 

「……そうだな。船そのものに乗るのが初めてになるか」

 

「へぇ、じゃあ気の毒だね。最初にこの船に乗っちゃあ他の船じゃ物足りなくなっちゃう」

 

褪せ人の言葉に、デューオは得意げな笑みを浮かべて言った。余程この船に自信があるのだろう。

実際、船内は素人の褪せ人が見ても見事なものであった。大きさもさる事ながら、豪奢な装飾を施されたそれは、海賊としての威容をこれ以上なく誇示していた。

 

「目的の海域までまだ時間はあるからさ、遠慮なく見てってよ!」

 

デューオの許しを得て船内を見回る褪せ人に、フーロンが何も言わずについてくる。

 

波に揺られる廊下を、ただ二人歩いていく。

どこか緊張した様子で黙り込んだ彼女に、褪せ人は船内の設備や装飾を眺めながら口を開いた。

 

「フーロン」

 

「……何ですか、突然。人形に話し掛ける趣味でもお有りで?」

 

褪せ人の方から声を掛けられるとは思ってもいなかったのだろう。

僅かに驚き、しかし相変わらずの皮肉が飛んでくる。

どこか覚えのある皮肉の内容に、褪せ人はおかしみを感じながら、フーロンへと告げる。

 

「少し、肩の力を抜け」

 

「……私が怖気付いているとでも言いたいんですか?」

 

褪せ人の言葉に、フーロンが睨み付ける。

キョンシーとなり、かつて父から習った護身術も相まって並の魔物などまるで相手にならない程の力を得た彼女だが、こうした大規模な戦場は初めてであった。

魔物との小競り合いこそ経験はあれど、どこかそれとは異なった雰囲気に、気圧されているのは事実。

しかし、それを指摘されても素直に認められるかといえばそうではなかった。

 

無論、初陣に緊張する少女を褪せ人は責めるつもりはない。口では威勢の良い事を言っていても、元々ただの村娘である。

だが、仮にも己について来るというのならば、ある程度は覚悟してもらわなければならない。

イリスからも任された手前、可能な限り言葉を選び、フーロンへと助言する。

 

「お前とて、無駄死にはしたくなかろう。恐怖を受け入れ、その上で乗り越えろ」

 

「……分かりました」

 

その言葉に彼女は深く息を吸い、自身を落ち着かせると、頷いた。

皮肉と憎まれ口こそ叩くものの、彼女の性根はそこまで捻くれてはいない。他ならぬ歴戦の英雄の言葉を、今度こそ素直に受け止めた。

 

「貴方は今回の戦い、どう思ってるんですか?」

 

再び船内を探索しようとし始めた褪せ人に、フーロンが問い掛ける。

皮肉でもなんでもなく、純粋な疑問であった。この男にとって、今回の戦いは恐怖に値するものなのか。或いはそう大したものではないのか。

そんな疑問に対して、褪せ人は静かに答える。

 

「勝ちはするだろう。だが、気を抜けば私とて死ぬのは間違いない」

 

「……意外な答えですね。もっと自信満々かと」

 

「泳げないのだ、私は」

 

「は……?」

 

もっと自信に溢れていると思っていた褪せ人の言葉に、意外そうな反応を示すフーロン。そこにさらに意外な言葉が吐かれ、思わず素っ頓狂な声が出る。

 

「仮に船の上から落ちるような事があれば、それだけで私は死ぬのだろう。この鎧だ、助ける事も不可能に近い」

 

船に乗り込んだにも関わらず、己が泳げないが故に起こり得る状況を語る褪せ人。

淡々とした口調で語られるそれに、フーロンは笑いを抑えきれなかった。

 

「ぷ……あははははっ! 何ですかそれ、馬鹿なんですか!」

 

これから恐ろしい海の魔物と、その縄張りの上で戦うというのにこれだ。

自分より余程死にたがりなのではないかとすら思えるそれに、フーロンはひとしきり笑うと、落ち着かせるように息を吐いた。

 

「はぁ……緊張してた私が馬鹿でしたね。仕方ありません、貴方が船から落ちそうになったら、蹴っ飛ばして助けてあげます」

 

「そうして貰おう」

 

「んふっ……その淡々とするのやめてくださいっ」

 

何かがツボに入ったのか、肩を震わせるフーロンを連れて船内を歩く。

しばらくそうしていると、船内にデューオの声が響いた。

 

「そろそろ接敵だよ! 野郎ども、支度しな!」

 

「……予定通りですね。私達も行きましょうか」

 

当初の予定通りに、船は魔王軍へと近づく事に成功したようだった。

今回の魔王軍の撃退作戦。その内容は左程難しいものではない。

 

デューオ率いる海賊船団が先陣を切って敵軍を迎え討ち、後詰めを王国海軍が行う。ただそれだけである。

海賊として海で負けるつもりはないと、他ならぬデューオが提案し王国がそれを呑んだ形である。

同盟関係とはいえ、海賊と海軍。指揮系統がまるで違う両者の協働作戦故に、そうせざるを得ないという事もあった。

 

褪せ人が甲板へ出ると、既に準備を終えた海賊達。そしてカゴメやアスバール達の姿があった。

褪せ人がデューオへと声を掛ける。

 

「状況は」

 

「うん、向こうもこっちに気付いたみたいだね。あと少しすれば、砲撃戦さ。アナタ達には船に乗り込んでくる魔物の相手をお願いするよ」

 

そう言って船に備え付けられた大砲を指差す。

まずは砲撃にて敵の数を散らすという事だった。込められるのは王国錬金術師謹製の魔法弾。海上で爆発するそれは、対船とは異なる魔物に対する兵器であった。

 

「最も、アナタ達の出番は無いかも知れないけどね!」

 

そう言ってデューオは自慢げに両手に持つ巨大な火器を掲げてみせた。

複数の銃身からなるそれは、ガトリングと呼ばれる無数の銃弾を連続で発射し続ける兵器。

彼女はこれで、数多の海の怪物達を屠ってきた。

 

「マッハで蜂の巣にしてやるわ!」

 

「素晴らしい、どこに行けば手に入る」

 

「鋼の都ね! あそこなら質の良い銃器が揃ってるわ。確かトトノ商会が取り扱ってて……」

 

「あの、お頭、そろそろ……」

 

ガトリングという褪せ人の知識にない兵器に、強い興味を示す。

その事に気をよくしたデューオが饒舌に話すも、部下がやんわりと窘めた。

話を遮られた事にデューオが眉を顰めるも、今この場で話す事でも無いのは事実。

 

「おっと、そうだったね。それじゃあ魔王軍をぶっ倒そうじゃないか——撃ち方、始めぇ!」

 

デューオの言葉と共に、砲撃が放たれた。

海上の魔王軍と海賊団、その開戦の号砲である。

 

 

 

 

 

 

時は僅かに遡り、魔王軍。

 

海上に居並ぶ船団を見据えながら、それは居た。

光沢のある紫紺の肌、そして頭部には幾本もの触手がうねる。

上半身こそ人間に似たものであるが、下半身もまた、無数の触手で覆われている。

地上の人間が彼を見れば、或いは恐怖を抱いたかも知れない。だが、彼の瞳には深い理性と叡智が宿っていた。

人にとっては、悍ましい外見。しかし、相対すれば、彼を魔物だと思う者は居ないだろう。彼の纏うそれは、決して単なる魔物と片付け良いものではないが故に。

 

彼こそは深海の王、クラールフ。深き海の底に住まう者達を束ねる偉大なる亜神である。

 

「どうかなさいましたか、我らが深海の王よ」

 

一人のマーマンが、船団を見据えるクラールフへと口を開く。

クラールフはそんなマーマンへと目を向けると、静かに口を開いた。

 

「少し、感傷を抱いただけだ。かつては共に戦った溺れる者達と、今やこうして剣を向ける事になるとはな」

 

千年前、クラールフと深海の民達は英雄王と共に魔王との決戦に臨んでいた。

それが今や、魔王の手先として地上の人間に刃を向けている。感傷を抱かずには居られなかった。

 

「数多の海を巡ったが、終ぞ神は居なかった。神の力があれば、或いはガリウスめに対抗出来たのかも知れないが……」

 

もし、この地に未だ三女神に並ぶ神が居たのであれば、ガリウスを退け、物質界は存続出来たのかも知れない。

だが、そんな仮定は無意に終わる。

 

「……後悔されておりますか。魔王の下についた事を」

 

マーマンの言葉に、クラールフは笑う。

最早、考えても仕方のない事であった。

 

「ガリウスは我との契約を果たすのだろう。たとえ愛しき溺れる民達をこの手で殺めようとも、我は深海の民達を守らなければならない」

 

クラールフは迷いの淵にあり、しかしそれでも止まる事は許されていなかった。

ひとえに深海の王として、彼は深海の民を魔王の滅びから見逃す事を条件に、魔王軍幹部の座につき、その命に従っていた。

 

「それに、神なき地上に最早安寧はありはしない。魔王がおらずとも、遠からず滅ぶだろう。ならば、せめて苦しまずに逝かせてやるのも我の務め」

 

クラールフが矛を掲げる。

それを皮切りに、深海の魔物達が静かに気炎を上げる。

 

「——進軍せよ。地上の命に、安らかな滅びを与えるのだ」

 

魔王軍幹部、クラールフ。

深海の魔物達を束ねる亜神が、その牙を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

「弾薬なんて惜しんでんじゃないよ! ここで使わなきゃ世界が滅ぶんだ、ここより後に使い道なんて無いよ!」

 

デューオの言葉に、海賊達が慌ただしく動く。

砲弾を運び、装填、そして放つ。

水中を泳ぐサハギンの群れへ向けて放たれたそれは、水面で爆ぜ、魔法の雷が広範囲へと広がる。

サハギンの群れが電撃で焼かれ、その水面に死体を晒す。

しかし、その死体を押し分けるようにしてすぐさまギルマンの群れが泳いできた。

 

「次弾装填!」

 

「今やってます!」

 

迫るギルマンへと砲弾を放とうにも、間に合わない。

魔物達はその数に物を言わせて、船に取り付くと、船体に爪を食い込ませて登攀する。

 

「やらせませんよ! そら、やり直しです!」

 

カゴメが船体の側面に壁を生成する。

一部のギルマンはその壁に押し出される形で海へと投げ出され、残るギルマン達も、突如現れた壁によって甲板への道を阻まれる。

行き場をなくしたギルマン達を、甲板から海賊達が拳銃で撃ち落としていく。

 

「ふふん、ぬりかべ流のねずみ返しですね!」

 

「ぬりかべ的にはその使い方セーフなので?」

 

「道阻んでるんですから間違いなくセーフですね!!」

 

アスバールの疑問に、カゴメは勢いよく答える。

相手の行く先を阻んでいるのだ。ぬりかべ的には何一つ問題などありはしない。

撃ち落とされ、なおも船に取りつこうとするギルマン達に向けて、褪せ人が祈祷を放つ。

氷の雷槍。死氷の亜神の加護によって強化されたそれが、水面を走り、ギルマンを凍てつかせていく。

そんな褪せ人の祈祷を、アスバールがムッとしたような顔で見た。

 

「あの、褪せ人! 嵐、嵐の祈祷を使いましょう!」

 

「この場に適したものは無い」

 

「むうぅ!」

 

嵐に関する祈祷や戦技はそう多くはない。褪せ人の判断では、この場に即したものは無かった。

とはいえ、それを言うのであれば氷雷はさらに貴重なものではあるのだが。

 

じっとりとした視線を受けながら、褪せ人は淡々と海中より現れる魔物を処理していく。

ここまでは順調。海賊団の撃ち漏らしは背後に詰めている海軍によって処理されている。このまま行けば防衛自体は容易いだろう。

 

 

 

 

「成程、神なき大地、それ程に愛おしいか」

 

船団に取り付き、散っていく魔物達を見据え、クラールフが呟く。

流石に噂に聞こえた王国の戦士達。一筋縄ではいかない。

 

「だが、我らとて退くわけにはいかぬ。せめて役割は果たさねばな」

 

戦況が不利と見たクラールフが動き出す。

天へと矛を掲げると、その力を解放した。

澄み渡った空に、暗雲が立ち込める。やがてその雲は戦場を覆うと、滝のような大雨を齎した。

 

「溺れる者達にこの雨は辛かろう。戦士達よ、勝負はここからだ」

 

クラールフが海中へと沈む。

そして、ゆっくりと船団へと進んでいった。

かつて先陣を切って敵を討ち払った蛮勇の王。それが千年の時を経て、動き出す。

 

 

 

 

 

突如として戦場を豪雨が襲う。甲板を叩く雨音が、戦場にけたたましく鳴り響く。

 

「嘘でしょ!? さっきまで快晴だったのに……!」

 

デューオがその雨に驚愕を示す。

彼女とて海賊。天気の予測など知識と経験則の両面で深い理解がある。

それ故に、この雨は明らかに彼女の理解を逸脱していた。

 

「くそッ、前が見えねぇ!」

 

「ダメだ! この雨じゃ大砲も使えやしねぇ!」

 

海賊達が豪雨に打たれ、騒ぎ立てる。

突然の豪雨。それも過去類を見ないほどのそれは、地上に生きる者達の視界を遮る程のもの。

銃は辛うじて使えはするも、狙いは定まらず、満足に当たりはしない。大砲もこの雨の中では満足に使えはしなかった。

 

突然の雨に、アスバールが表情を険しくする。

こんなことが出来るのは亜神しかいない。何より、他ならぬ嵐の亜神である己を前にしてこのような芸当をやってのけるのだ。相手は相当に力持つ亜神であると、そう言わざるを得なかった。

 

豪雨に掻き消されぬよう大声で褪せ人へと叫ぶ。

 

「褪せ人! 敵に亜神が居ます! 恐らくは相当に強力な、水に関する亜神です!」

 

「……」

 

褪せ人がその声を聞きながら甲板へと乗り込んできたギルマンを黒鉄の大槌で叩き潰す。

砲弾も銃火器もまともに使えず、徐々に乗り込んでくる数が増えてくる。

今もこうして、褪せ人が敵を屠る間にも、新たにマーマンが槍を持って乗り込んできた。

 

「溺れる民達に死を!」

 

槍を構え、勇ましく叫び声を上げるマーマン。

だが、それを見据えるのは、両手にガトリングを構えたデューオ。

 

「アタシの船にようこそ! 歓迎するよ——盛大にね!」

 

放たれるは無数の銃弾。

豪雨の雨音にも負けない轟音と共に放たれる鉄の雨が、乗り込んできたマーマン達に無数の風穴を開ける。

無双の海賊、その異名に違わぬ実力をこの豪雨の中で遺憾無く発揮していた。

だが、全体の戦況としては徐々に押し込まれているのが現状。

 

「ひぃ、来るな!」

 

「くそが、最悪だぜ。ついてねぇ、ついてねぇよ!」

 

「じょ、冗談じゃ……!」

 

次々と魔物に乗り込まれ、海賊達が襲われていく。

デューオの乗る旗艦はまだ良い。しかし、周囲の船団はかなりの苦境に立たされていた。

褪せ人は銃とガトリングを駆使して敵を屠っていくデューオへと口を開く。

 

「……ここは任せる」

 

「構わないけど、どうするつもり!?」

 

豪雨の中、大声で問い掛けるデューオに、褪せ人はトレントに跨りながら答えを返す。

 

「隣の船に飛び移る」

 

「正気かい!? アッハハハ! 気に入った! 良いね、やっちまいなよ、君ぃ!」

 

隣の船に馬で飛び移る。明らかに常軌を逸したその言葉に、デューオは笑う。

あの王子が気に入るだけの事はある。世界が平和になったら、王子だけでなくこの男も海へ連れて行こう。きっと楽しくなる。そう思わずにはいられなかった。

 

デューオの了承を得た褪せ人はフーロンの方へとトレントで駆け寄ると、手を差し伸べる。

訝しげにするフーロンに、褪せ人は口を開いた。

 

「一番危険な所に連れていってやる」

 

「本気で馬で飛び移るつもりですか? 英雄ってのは馬鹿の代名詞なんですね」

 

呆れたような目で褪せ人を見遣るフーロン。

しかし、褪せ人が動じる事はない。他の者達がどう思おうとも、出来ないことは言っていないからだ。

 

「答えろ。ついてくるか、否か」

 

「……海に落っこちたらあの世で盛大に笑ってあげますよ」

 

そう言って、フーロンは褪せ人の手を取ると、トレントの背に飛び乗る。

アスバールが魔法を放ちながら、そんな二人を険しい顔で見遣る。

 

「……何かあのキョンシーと良い感じになってませんか!? 私が魔界元帥として色々大変なうちに一体何が……!」

 

「壁は高い程良い! お互い頑張りましょうね!」

 

またしても周囲に増えた女の気配に、アスバールが危機感を強める。

ただでさえ最近は同じ亜神という強敵が出てきたというのに、今のあの男は王子の事をどうこう言えないのではないかと歯噛みする。

 

褪せ人がトレントを船首へと駆けさせながらカゴメの方へ視線を向ける。

その視線の意図を察し、カゴメは船の側面へと壁を生成する。

分体をも利用して、複数の壁から成る即席の橋。

ぬりかべ的には用途外だが、頑張り妖怪としてはセーフ判定である。

言葉を交わさずに意図を読み取ったカゴメが褪せ人へと叫ぶ。

 

「じゃあ、無限に頑張って来てください!!」

 

その言葉を背後で聞きながら、褪せ人はトレントの駆ける速度を上げて、飛んだ。

豪雨の中、海の上を霊馬が駆ける。それは見る者によっては幻想的に映るのだろう。

 

だが——

 

「これ、届きませんよ!? どうするつもりですか!?」

 

——飛距離がまるで足りていない。

 

褪せ人の背に掴まったフーロンが叫ぶ。

このままでは海に落ちて終わるだろう。

自分は良い。最悪泳げば船に辿り着く。だが、目の前の男は自分で泳げないといっておきながら鎧を着たまま飛んでいるのだ。落ちれば、助ける事など出来はしない。

 

「問題無い」

 

だが、問題はない。

トレントをただの馬と一緒にされては困る。この相棒とは、幾度となく各地を旅立ったのだから。

トレントがその足を曲げ、足場のない空中を再び駆ける。

本来ならば不可能な空中での跳躍を、この霊馬は可能とする。

 

再び浮き上がるトレント。二度の跳躍は、不可能と思われた隣の船への飛び移りを見事に成功させた。

 

「ジョヴァンニの兄貴! 空から鎧の男と女が!」

 

「あぁん!? テメェ酔ってんのか!?」

 

乗り移った先で、海賊達が騒ぐ。無理もない。一体誰が、海の上を馬に跨って渡ろうなどと考えるのか。

ジョヴァンニと呼ばれた海賊が、部下の指し示す先を見る。

 

「……くそっ、俺にも見えらぁ。昨日のラム酒、アレが駄目だったんだな」

 

「現実です! しっかりしてくだせぇ!」

 

くだらない掛け合いを始める海賊達を尻目に、褪せ人は乗り込んでくる魔物達へと迷いなく突撃する。

祈祷を駆使し、武器を振るい、甲板を血で染め上げる。

 

そんな褪せ人に、フーロンはついていくだけで精一杯だった。

キョンシーとしての不死性に加え、天雷を手に入れた彼女をして必死に食い下がって漸くこの嵐の渦中に居られるのだ。

 

これが英雄。人々に求められ、それに応え続けた歴戦の戦士。

成程この男にしてみれば、自暴自棄で戦場に突っ込もうとする小娘など、文字通りおままごとのようなものだろう。

 

「……やってやろうじゃないですか。私だって生半可な気持ちでここに来たつもりはありません」

 

だが、己とて何も成せずに終わるつもりはない。

死んだ身では花実が咲くことなどありはしない。だが、それでも世界の為に死ねたなら、それはきっとこの苦しみに満ちた偽りの生に意味を見出せるから。

 

フーロンが小刀を振るう。

その小刀の軌跡に追従するようにして、雷が放たれた。

全てを貫く天雷。極一部の上位のキョンシーが使える異能。

皮肉にも、不完全なキョンシーとして生み出された彼女は、キョンシーとしては最上位の力を有していた。

 

フーロンと褪せ人が無数の屍を築き上げる。

最早二人を止められる者など居なかった。豪雨の中、雷が飛び交い、剣閃が舞う。

 

「——驚いた。この時代にも居るものだな、英雄というものは」

 

甲板に響く声。決して大きくないそれは、豪雨の中でも不思議とはっきり聞き取れた。

褪せ人が声の方へと意識を向ける。そこに居たのは、異形の人型。

放たれる圧から褪せ人は悟る。あれこそが、この魔物達を纏める将。アスバールが言っていた亜神であると。

 

「成程、ガリウスめが追い詰められたのも分かるというもの。かつての千年戦争の時も、お前のようなものは居なかった」

 

クラールフが褪せ人を見据える。相対して、肌で感じた。あれは、神を殺し得るもの。それは、他ならぬ自身が亜神であるからこそ本能で悟ったのだろう。

 

「……お前ならば、我の迷いを晴らせるやも知れぬ」

 

クラールフが矛を構える。褪せ人よりも巨大な体躯のそれは、確かな圧を感じさせた。それはまるで、嵐を前に凪いだ海を思わせる。

 

「——試させてもらおう。お前の力を」

 

——深海の王、クラールフ

 

千年戦争をも戦い抜いた深海の王が、褪せ人と対峙した。

 




これを書くまでマーマンギルマンサハギンの違いがふんわりしてました。
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