今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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ちょっと詰め込み過ぎたかな……
思い切った事やると緊張しますね


滅びの一歩

 

王城、作戦司令室。

 

王子を含めた主たる者達が集められたその部屋の空気は、酷く重苦しい。

 

「——結論から言って、世界各地の被害は甚大です」

 

アンナが口を開く。その顔には翳りがあり、これから話す内容が決して喜ばしいものではないことを物語っていた。

 

「帝国の飛空船及び天馬騎士団達により地上の様相を観測したところ……およそ思いつく限りの天変地異が起きています」

 

「火山は絶えず噴火し、森は枯れ、あちこちで地割れ……人の住める土地じゃなくなるのも時間の問題か」

 

アンナの言葉に続けるようにしてアトナテスが口を開いた。

常軌を逸した天変地異。原因は明白だった——覚醒した魔王。その影響は、かつての千年戦争を凌駕するもの。

 

「はい、ですが一番の問題は……」

 

「物質界の魔界化……だな」

 

それまで沈黙を保っていた王子が口を開く。

現状、最も厄介なのがこの物質界の魔界化、つまりは瘴気の存在である。

 

「今はそれ程でもないが、濃度は時が経つにつれて上がっていっている。そう遠くないうちに人間の老人や赤子、弱い奴らから順に衰弱していくだろうな」

 

淡々と事実を述べるラピスに、イリスが呆然と呟く。

 

「そんな……一体どうすれば……」

 

このままでは、物質界が完全に塗り替えられ、そのまま魔界と化すのだろう。

王子はソラス、そして新たに加わった仲間へと目を向ける。

 

「ソラス、サナラ、俺達に打てる手はあるのか」

 

サナラと呼ばれた少女が王子の問いに応える。

彼女もまた、今回の防衛戦を機に目を覚ました英傑の一人。

 

「……無いわけではありません。瘴気の発生源を止めてしまえば地上の自浄作用で物質界は元に戻るはずですから」

 

サナラの言葉を受けてソラスが補足する。

 

「その瘴気の発生源は『破滅の力』、つまりは……」

 

「——魔王を殺せと、そう言うのだろう」

 

作戦司令室に、新たな声が響く。

褪せ人であった。

褪せ人の姿を見るなり、王子は僅かに緊張が緩み、声を掛ける。

 

「待っていたぞ、随分と活躍したらしいな」

 

「左程意味は無かったがな」

 

「馬鹿を言うな。お前が活躍すればそれだけ戦場で死ぬ兵は減るんだ。無駄な事なんてありはしない」

 

王子の言葉に肩をすくめる褪せ人。そんなやり取りを見てソラスは褪せ人へと口を開く。

 

「……魔王はかつての千年戦争の……いえ、それ以上の力を手に入れました。現状、彼を討つ事は困難を極めるでしょう」

 

そんなソラスの言葉に、褪せ人は向き直ると口を開く。

 

「だが、出来ないわけではない」

 

彼女は困難を極めると、そう言った。それはつまり、魔王を討つ為の手段があるという事。

そんな真意を汲み取ったソラスは小さく頷く。

 

「私の知る限り、今の魔王は強力な障壁を身に纏っています。それこそ私の星墜としですら傷一つつけられないほどに強固なものを。彼の不死性とその障壁の存在が、かつて千年戦争において彼を封印するに留まった最たる原因です」

 

ソラスがかつての記憶を呼び起こしながら、魔王について語る。

かつて、神の一柱でありながら魔王となったそれは、あらゆる攻撃を通さない絶対の障壁と、彼自身の不死性によって女神と人類を相手に闘争を続けたのだ。

 

「ですが……神である以上は、それを討つ手段は有効」

 

「グングニルの事だな」

 

王子の言葉に、ソラスは再び頷く。

 

「はい、グングニルの力は先の戦いで殆ど残ってはいません。ですが、障壁を消し去る程度の事は出来るはず。問題はその後、破滅の力を手に入れた魔王を討つ手段です」

 

「そこからは、私の地脈を束ねる力で何とかなりませんか?」

 

眉根を寄せ、考え込むソラスに、サナラが口を開く。

大地を紡ぐ者と称される彼女はかつての千年戦争において、地脈を導き、その力を戦士達に分け与えた。

その力を軍ではなく個人に集中させれば、魔王を討つことも可能ではないかと、そう提案する。

 

「サナラの力は強力です。ですが……」

 

「やっぱり、足りませんか……?」

 

サナラの力はソラスも良く知っている。

だが、それ故に魔王を討つには不足である事も分かってしまう。相手は魔に堕ちた神。ならば、せめて同格の神、或いはそれに匹敵する力が無ければ難しいと言わざるを得なかった。

 

「だが、アダマス様は目覚めたばかり、アイギス様も地上に降臨出来るほどのお力は……」

 

イリスが口を開く。残る可能性、それは二柱の女神の力を借りる事。だが、アダマスもアイギスも、その力を失って久しい。到底力を借り受ける事が出来るとは思えなかった。

 

「——ではその二柱の女神、その依代がいるとなればどうでしょう?」

 

新たに司令室に響く声。

その声の主へとイリスが意識を向けると、息を呑み、目を見開いた。

 

「ケ、ケラウノス様……!?」

 

「いいえ、違いますよ。私はケラウノス様の依代——今は何の力もないただの非力な人間です」

 

そう言ってイリスへと微笑みかける一人の少女。

彼女はケラウノスが物質界に降臨する為に選ばれた器であった。

かつて、ケラウノスとの戦いにおいて女神アイギスが彼女とケラウノスを切り離したことによってグングニルを起動し、王子と褪せ人は神殺しを成し遂げた。

その折に、王国に保護されていたのが他ならぬ彼女である。

 

「私が女神二柱の依代になり、その力を宿します」

 

「出来るのだな」

 

褪せ人の確認に、依代の少女は頷いた。

 

「はい、私は器として生まれました。剣も魔法も使えませんが、どうか戦わせてください」

 

「……良いだろう」

 

彼女の覚悟に、褪せ人はそれ以上何も言わなかった。

或いは彼女も、ケラウノスの依代として何か思うところがあるのかも知れない。彼女自身に罪は無いが、それでも器であった彼女が何を思うかは当人にしか分かり得ないものであった。

 

一通りの要素が出揃った事を確認した王子が全員へ向けて纏めに入る。

 

「話は纏まったか。先ずは魔王の居るところまで——便宜上魔王城と呼ぶとしよう——そこまで帝国の飛空船を用いて突入。魔王の下まで辿り着き次第グングニルを起動し、障壁を破壊。そして、サナラの地脈を導く力と女神の力で俺と褪せ人を強化して魔王を討つ」

 

「なんといいますか……作戦というにはあまりにも力技ですね」

 

苦笑いを誰かが漏らす。困難を極めるというのはまさにこの事だろう。

選りすぐりの精鋭で、敵の居城まで突っ切りその王を殺すのだ。作戦も何もあったものではない。だが、それしか方法が無いのも事実。今の人類に、悠長に戦端を開く余裕などありはしないのだから。

 

「準備が整い次第出発する。……これが最後の戦いだ。皆、悔いのないよう備えてくれ」

 

王子の言葉に全員が力強い返事を返す。

ここで負ければ全てが終わるのだ。ここに集った英雄達に、揺るぎない眼差しが宿る。

褪せ人もまた、最後の戦いに備えるべく王城を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

褪せ人が邸宅に戻り、準備を整える。

とはいえ、準備と言うほどのものもない。精々がクラールフに空けられた鎧の穴を鍛冶屋に応急処置して貰い、武器を手入れする程度である。

手短に部屋でやるべき事を備え、ゴルドーの下へと向かうべく立ち上がる。

その際に、褪せ人の背後で立ち尽くし黙ったままのフーロンに声を掛ける。

 

「……何か用か」

 

船上の戦いで諸々吹っ切れたのかと思ったが、そうではないらしい。

フーロンは褪せ人へと消え入りそうな声で口を開く。

 

「……作戦を聞きました。魔王の居るところに直接突っ込むって」

 

「そうだ」

 

「何故平然としてられるんですか? あの空を見ましたか。世界を塗り替えるような化け物なんですよ……!」

 

言葉の端々に、隠しきれない怯えが滲んでいた。

最早、皮肉と強がりに彩られたキョンシーの仮面は剥がれ落ちていた。

そんな村娘の疑問に、しかし褪せ人の態度は変わらない。

 

「一度追い詰めた相手だ。どれ程に強くなろうとも、殺せる相手なのは知っている」

 

「そんな無茶苦茶な道理が通る訳……!」

 

「恐ろしいか、死が」

 

褪せ人の問いに、ついにフーロンが叫ぶように己の弱さを曝け出した。

 

「ええそうですよ! 死にたいとか何とか言いながら今私は世界が滅ぶ事が怖くてたまらない……! 中途半端なんですよ全部!!」

 

これが彼女が真に抱えていた苦しみなのだろう。終わりたい、壊れたいのも本当で、しかしそれと同じくらいには生きていたいのだろう。

相反する想いに引き裂かれ、苦しみ続けているのだ。

 

「キョンシーなのに感情があって……死にたい癖に死にたくなくて……訳分かんない……」

 

溢れる涙をそのままに、フーロンが崩れ落ちる。自分でも、どうすれば良いのか分からないのだろう。一度表に出てしまった弱さは、最早隠しようがなかった。

 

「生きたいよぉ……」

 

それが彼女の心からの叫びなのは分かった。真に望んだ幸せは掴めずとも、彼女は今に未練を残している。

彼女とて褪せ人にこんな思いをぶつけても仕方ないのは分かっていただろう。

だが、それでも言わざるを得なかったのはこの男に庇われた時、その揺らがぬ姿を見たからか。このどうしようもない感情を受け止めてくれると、無意識にそう思ってしまったからか。

 

啜り泣く少女を前に、褪せ人は立ち上がる。

この少女に己が出来ることなど殆どありはしない。だがそれでも、己を縋るというのならば、それを掲示してやるのがせめてもの救いになるか。

 

「……私はお前を壊す事は無いと言ったが、あれは訂正しよう」

 

褪せ人が崩れ落ちたフーロンへと口を開く。

何を言われるのか、不思議そうな表情の彼女へと言葉を続ける。

 

「お前が真に終わりを望むならば、私がお前に剣を突き立てよう。……お前の死を、私が背負ってやる」

 

「それは……」

 

「だが、お前が真に死を望まない限り、お前が死ぬ事は無い。半端な生といえどその中に意味を見出すのであれば、お前はそれを謳歌しろ」

 

己に出来る事は、彼女の終わりを定めてやる事だけだった。

置いてかれるのが恐ろしいのならば、その生が苦渋に満ちたものだと思ったのならば、その望みは叶えよう。

彼女は優しいのだろう。その役目を担わせる事にすら罪悪を抱いている。

だが、己は殺せる。その約束を違える事はない。

しかし、ほんの少しでも今の世に未練があるというのならば、多少の手助けくらいはしてやれる。精々が、目前に迫った滅びを退けるくらいか。

 

「私に出来るのは、お前の先にある不安を少し取り払うだけだ。その先を歩むのか、ここで立ち止まるのかはお前自身が決めろ」

 

言うべき事は言った。

褪せ人は何かを思い、押し黙るフーロンを背に邸宅を後にする。

答えを決めるのは、魔王を殺してからでも良い。先ずは成すべきことを成さねばならなかった。

 

街路を歩き鍛治工房を目指す中、褪せ人が不意に口を開く。

 

「——全て、お前の思い通りか」

 

ともすれば独り言のようなそれを、しかし聞き届けるものがいた。どこともなく、暗い路地裏から現れるのは白い悪魔。

薄い笑みを浮かべたアブグルントが、褪せ人の言葉を否定する。

 

「違うわ、どう転んでも面白いだけよ」

 

アブグルント自身、好みはあれど褪せ人の選択そのものに興味があるのだ。

たとえそれが、自身の思い描いていたものでなくとも、それならそれで構わなかった。

 

「でも、貴方なら背負うとは思っていたわ。何だかんだ、情が湧けば手放せないものね?」

 

「知ったように言う」

 

「これでもずっと貴方の事を見ていたもの。離れる予定はないから諦めて?」

 

上機嫌に笑うアブグルントに、内心で相変わらずだと嘆息する。

やがて、再び歩き始める。後ろにぴったりとつくアブグルントへと言葉を投げた。

 

「どうせついてくるのだろう。ならば、死地まで付き合え」

 

「言われなくても、貴方が終わりを迎える日まで、ついていってあげるわ」

 

暗い闇色の空の下を、鎧の男と白い悪魔が歩く。

その足取りに最早一切の迷いもありはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都上空、帝国の飛空船の上に褪せ人達は居た。

向かう先は魔王城。これより始まるは最終決戦。

 

「準備は良いか? こっからは後戻り出来ねぇぞ!」

 

飛空船を操縦するボリスの言葉に、全員が頷いた。この場に居る者全てが覚悟を決めていた。

分かりきっていた答えにボリスは笑いながら言葉を投げる。

 

「ハハッ! じゃあ飛ばすぜ、振り落とされるなよ!」

 

飛空船がその速度を上げる。向かう先、未だ遥か先に見えるのは闇の空に浮かび上がる不自然な裂け目。

とめどなく溢れ出す瘴気がその先に居る者が尋常なものではないことを物語る。

或いは、誘っているのか。

 

「空飛ぶ船で魔王の城へ突入ですか……まるで英雄譚の中にいるみたいですね」

 

吹き荒ぶ風に帽子を押さえながらイリスが呟く。

こんな事になるとは一体誰が想像しただろうか。ましてや、そんな歴史に残る戦いに加わっているなどとはイリスは考えもしなかった。

 

「みたい、じゃないよ。これはまさしく英雄譚さ! ふふん、きっと後世に雷光の魔剣士の伝説が語り継がれるだろうね!」

 

緊張したイリスとは打って変わってタラニアはどこか興奮した様子で口を開く。

彼女にしてみれば、理想的な展開だろう。

サインがどうとか、ポーズがどうとか一人話が飛躍していくタラニアを他所に、アスバールが呟く。

 

「私としては、魔王を倒した後が大変なんですけどね……」

 

「魔王側についたデーモンの利権争いやら、荒れた土地の開発やらが待ってますもんねー」

 

憂いを帯びたアスバールの言葉に、ヤハールが同意する。

彼女にしてみれば、戦争よりもその後が本番である。

魔王を倒してそれで解決といかないのが歯痒いところだと思いながらも、これが選んだ道なのだと一人納得する。

そして、飛空船の甲板で一人仁王立ちする褪せ人へと目を向けた。

 

「ふふ、でも優先契約の使い所ですからね。彼にはいっぱい働いてもらいましょう。ね? カゴメさん」

 

「ですね! 褪せ人を休ませるのは勿体無いので、無限に仕事を用意しておいてください!」

 

アスバールに言葉を向けられたカゴメが力強く同意する。

魔王という大きな目標を失った後も、彼には目標を立て続けてあげなくてはならない。

まるで篝火のようだと、カゴメは思った。絶えず薪を焚べてやらなければ、燃え尽きてしまう。

だから彼女は、その火を絶やさないようにするのが自身の役目なのだと、密かにそう誓う。

そして、褪せ人の方へと目を向ける。

 

「そういえば褪せ人、泳げないみたいですね。これが終わったら泳ぎの練習しましょう! 頑張りどころですよ!」

 

「断る」

 

風の噂で聞いた話を褪せ人へと向ける。この男が出来ないことをそのままにするなんて勿体無い。

そんな意図を込めてカゴメが言葉を投げるも、この男にしては珍しく明確な拒絶を示した。

不満げに頬を膨らませるカゴメを他所にふと、思い出したように王子が口を開く。

 

「あぁそういえば、帝国との合同演習を海でやろうかと言う話が出ててな、慰安旅行も兼ねようかと思ってるんだが」

 

「行かない」

 

王子の提案を、褪せ人は切って捨てる。

依頼があれば話は別だが、好き好んで行きたいところではない。

泳げないのも理由の一つだが、潮で鎧がベタつくのだ。

そんな褪せ人の言葉に、王子が呆れたように言う。

 

「なんで鎧で行くんだよ。水着だ水着。たまには日差しに肌を晒せ」

 

「断る。私は太陽信仰者ではない」

 

「いや信仰がどうとかではなくてな……?」

 

そんなくだらない話を続けているところに、一人の少女が歩いてくる。

フーロンだ。どこか吹っ切れたような表情で、褪せ人へと口を開く。

 

「全く、緊張感も何もありませんね。これから魔王を倒しに行くんですよ?」

 

「何故、ここに居る」

 

褪せ人が意外そうにフーロンへと目を向ける。あの様子では、ついてくる事は無いだろうと思っていた。

生きたいにしろ、死にたいにしろ。立ち直るのは魔王を倒した後になるだろうと、そう考えていたが故に彼女の存在は予想外であった。

 

そんな褪せ人の言葉に、柔らかな笑みで告げる。

 

「言ったはずですよ。有事の際は、貴方の下に組み込んでもらったと」

 

「無理強いをするつもりはない」

 

「ついてきたのは私の意思です。……背負ってくれるんでしょう?」

 

フーロンが褪せ人へと微笑み掛ける。

常の皮肉げな、無理矢理に被せた仮面の笑みではない、自然なそれであった。

 

「……好きにしろ」

 

「ええ、そうします。もう、簡単に死ぬつもりなんてありませんから」

 

それだけ言うと、褪せ人に背を向けて歩き去っていく。

そんなフーロンの背を見ながら、今度はへリューズが褪せ人へと近づいてくる。

 

「どうやら、貴方の存在が良い方向に向かったようですね」

 

「私は何もしていない。立ち上がったのはあの娘自身の意思だ」

 

そんな褪せ人の言葉に、へリューズが微笑み掛ける。

 

「そうでしょうか? 彼女自身が強いのもそうですが、それだけには見えませんでしたね」

 

へリューズにとっても、フーロンという少女は気にかかる存在だった。

本来のキョンシーならば、魂なく動く死体。つまりは彼女の管轄外であり、死後の尊厳を辱めているという事実に眉を顰めつつも単なる魔物以上のものではない。

彼女もまた、本来ならばただ死体の記憶から出力された感情や記憶でそのように振る舞っているだけ。その筈だったのだが。

そこまで考え、へリューズは褪せ人へと言葉を向ける。

 

「支えてあげてください。彼女は強く、しかし脆い。誰かが前で手を引いてあげなければ、すぐに迷ってしまう」

 

「……」

 

「難しく考えなくて良いですよ。ただ、今のままで居てあげてください」

 

英雄の背は、彼女の導となるのだろう。ただ強く在り続ける事。それだけで、見る者はその背に価値を見出す。

或いは、それは自身も含まれているのかも知れないが。

 

「勿論、私の事も支えてくださいね♪」

 

「……頼まれれば応じる。それだけだ」

 

「えへへぇ、それで十分です」

 

今はまだ。

その言葉はへリューズの口から出る事は無かった。時期尚早、彼はまだ、死すべき運命にない。

だがもし、全てを終えて彼が死する時が来たのならば、その時は手放すつもりはなかった。

 

 

 

各々が未来に想いを馳せる中、飛空船は進む。

遠くに見えた裂け目も、すぐ目前まで近付いていた。

 

そして、飛空船の甲板に、ボリスの声が響く。

 

「出迎えが来たぜ! 頼むぞ、お前ら!」

 

その声に、褪せ人が裂け目の方角を見つめる。

無数の黒い影が、群れを成してこちらに迫るのが見えた。

 

「フライデーモンとガーゴイルを確認……! 想定より少ない、楽勝です!」

 

「ちょっと数が足りませんね!」

 

「どうしてそういうこと言っちゃうかなぁ!」

 

不用意な発言に、タラニアが口を挟む。

古今東西、そのような台詞を吐いて楽勝だった試しはない。それを彼女はよく知っていた。

フライデーモンとガーゴイルの群れを背に、複数の異界の門が展開される。

現れるのは、かつて世界樹を襲った飛竜達。決して侮れないそれが追加で召喚される。

 

「ほらー!」

 

言わんこっちゃないとばかりに叫ぶタラニア。

そんな中、褪せ人が飛び交う飛竜の一体に跨る、一人の少女を見つける。

その目は虚ろ、何か意思を持っているようには見えない。

絶えず魔力を使い、異界の門を生み出し続けるそれは、壊れた人形を思わせた。

精神操作、それによってあの娘は門を生み出すだけの魔力貯蔵庫として使われている。

 

「捨て駒か」

 

「酷い……あれ確か異界召喚士の弟子だよ。自分の弟子をそんな風に扱うなんて……」

 

褪せ人の言葉に、タラニアが眉を顰める。正義感の強い彼女は、到底許せる行いではないだろう。

 

次々と召喚される飛竜達が飛空船を見据え、迎え打つように口を開く。

そして、渾身のブレスを放とうとして——突如放たれた火砲によって中断を余儀なくされた。

突然の攻撃に、咆哮と共に飛竜達は睨みつける。

その先に居るのは、黒き巨人。

 

「——ディアボロスか」

 

「ここは我に任せろ。お前達は、ただ前へと進め」

 

迫る魔物達、それらに対して両手の砲を放ちながら、ディアボロスが告げる。

魔物の群れの中心へと突貫し、その規格外の力を遺憾無く振るう。

魔物の群れ、それが散り散りになり一筋の道が出来上がる。

 

「よっしゃ、道が開いた! お前ら、しっかり掴まれよ! このまま魔王城に突撃するぞぉ!」

 

ボリスが飛空船の速度をさらに上げる。

機関部が悲鳴を上げるも、お構いなしに速度を上げ、迫る魔物と飛竜を掻い潜り、裂け目へと飲み込まれていった。

 

「——行ったか」

 

飛空船が居なくなったのを確認し、ディアボロスは迫る魔物達へと向き直る。

英雄騎一騎に対して、過剰とも言える魔物の群れ。だが、この巨人はそれすらも相手取れる。

 

「我に英雄を名乗る資格はない。——だが、お前達を滅ぼす悪魔にはなれる」

 

過ちは覆らない。故に、ディアボロスは前へと進む。ただ今は、己に出来ることを。

 

「——ターゲット確認、排除開始」

 

誰も見ていない空の上で、人知れずディアボロスは砲を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは深い闇の中であった。

果てがないとすら思わせる漆黒の闇、そこかしこには砕けた構造物が浮遊している。

どこかファルムアズラを思わせる光景に、褪せ人はゆっくりと立ち上がる。

 

「あれ……確か私達、魔王城に向けて飛空船で……?」

 

「城……って感じではないよね、ここは」

 

褪せ人の近く、イリスとタラニアが起き上がり、不思議そうに周囲を見遣る。

見渡せば、同じように倒れている面々。

どうやら全員無事ではあるらしい。しかし、魔王城の中でもないようだった。

周囲を警戒する褪せ人達に、嘲笑混じりの声が響き渡る。

 

「キヒィッ! 当然だ、ワシが貴様ら相手に罠すら張らずに待つと思っていたか!?」

 

特徴的な笑い声。

聞き覚えのあるその声が頭上から響き、褪せ人が顔を上げる。

 

「異界召喚士か」

 

「キヒヒヒ! 魔王様の居城を狙うとは、生き汚い連中よ!」

 

嗤う異界召喚士。魔王の完全復活により、最早勝利を確信しているのだろう。

その姿はどこまでも余裕に満ち溢れていた。

他に魔王軍幹部の姿は見えない。王子が訝しげに異界召喚士に問う。

 

「お前一人か?」

 

「キヒヒ! 他の幹部は別の所を守っておる。まぁ、貴様らなぞワシ一人で十分じゃがなぁ!」

 

その余裕が、常の小物然とした異界召喚士には似つかわしくない。或いは、何か秘策があるのか。

王子は情報を引き出すべく異界召喚士を挑発する。

 

「随分と余裕だな、お前の呼び出した飛竜達が世界樹で叩きのめされたのを忘れたか?」

 

そんな王子の言葉に、しかし異界召喚士が動じることは無かった。

寧ろ飛竜の名を出した事に対して心外とばかりに声を上げる。

 

「飛竜ぅ? キヒヒッ! あんなものと一緒にするでないわ! ワシは遂に見つけたのだ! 究極の力、魔導の最奥を!」

 

その言葉と共に、異界召喚士が異界の門を開く。

これまでのものよりも巨大な遥かにそれは、濃密なまでの魔力が込められていた。

 

「キヒヒヒ! やはり『鍵』が近いとあの世界ともより深く繋がる! 良いぞ、もっと深く、深く、より強大な力を!」

 

「これ、不味いんじゃないかい……!?」

 

タラニアが焦った声を上げるも、何もかもが遅かった。

ありったけの魔力と褪せ人の存在を『鍵』に、異界召喚士はより深く異界の門を繋げていく。

今ならあの世界の何でも呼び出せる。その確信があった。

いつか垣間見た暗黒の星々か。

空より来る降る星の獣達か。

或いはもっと先の——

 

 

 

——だが、それがいけなかったのだろう。

 

 

 

ぐしゃり、と何か肉を裂くような音が聞こえた。

 

「キヒ……?」

 

異界召喚士が、自身の近くで聞こえたその音の出所を探り、身体を見下ろす。

そこにあったのは、自身の胸を貫くように生えた一本の槍。

焼け爛れたような歪な槍は、異界召喚士から漏れ出る血で赤く染まっていた。

遅れて来る、身を焼くような激痛。

 

「キヒィィィヤ!?」

 

漸く自身が刺されたことに気付いた異界召喚士が身を捩り、何とか引き抜こうともがくが、最早手遅れであった。

戦槍から、黄色い炎が巻き起こる。

 

「ギャ……ァ」

 

身の内から狂おしい程の熱量の火を浴び、異界召喚士は悲鳴すら上げられず燃え盛る。

最期に見たのは、指痕のように焼け爛れた兜と——その奥に見える黄色く焼け爛れた瞳。

 

異界召喚士を貫いたそれが、ゆっくりと異界の門より這い出てくる。

 

金属質の鎧が、まるで巨大な手に握られたかの如く指痕に焼け爛れている。

緩慢な動作で、跡形もなく異界召喚士を燃やし尽くした槍を眺めるそれを見て、褪せ人が思わず声を上げる。

 

「馬鹿な……お前は……」

 

「知っているのか、アレを」

 

異界の門より現れたそれに、狼狽える褪せ人。

それ見て、険しい顔で王子は問い掛ける。この男が狼狽える程の何かが、目の前の騎士にある。問わずにはいられなかった。

 

「殺したはずだ……だが……」

 

ただ装備を奪った別人か、或いは別の世界では死んでいなかったのか。

褪せ人には判断がつかない。

だが、もしあれが本物だというのなら、己はアレを何よりも優先して殺さなければならない。

 

そんな指痕爛れの騎士は褪せ人の方を見る。

此方を認識し、一歩前へ踏み出して——突然頭を抱え、苦しみ出した。

 

兜の内、焼け爛れた瞳が輝きを増し、内側で荒れ狂う。

それを見て、褪せ人はとんだ思い違いをしていた事を確信する。

あれは、己の知るそれではないのだと。

 

「——そうか、お前は成したのか」

 

褪せ人の知るその男は、ある意味で対極の存在だった。

最もエルデの王に近いと称され、正しき巫女を連れてエルデンリングに手を掛けた英雄。

にも関わらず、その男は使命を捨て、地の底へと堕ちたのだ。

 

その理由が何だったのかは分からない。巫女のためなのか、或いは唆されたのか。はたまた別の思惑か。

いずれにせよ、王に手を掛けながら忌み嫌われる狂い火に手を出し、そしてそれすらも半ばで幽閉される。

 

何も成せなかった半端者。それが褪せ人の伝え聞くその騎士の物語である。

 

——ならば、今目の前で荒れ狂う男は何なのか。

 

掻きむしるように兜を引っ掻き、悶え苦しむそれが、動きを止める。

いっそ不気味なまでの静けさが辺りを包む。

そして、瞬い光と共に爆ぜた。

 

全員が光にその視界を奪われる。

だが、何か決定的な事が起きた事だけは間違いなかった。

 

再び視界が開け、次に目に映るそれはまるで異なる光景だった。

暗闇を、黄色い炎が照らす。煌々と燃え盛るそれを見て、しかし誰も安堵する事は出来はしなかった。

その炎が、どこまでも冒涜的なものであることを、この場に居る全ての者が本能的に悟ったからである。

 

騎士が居た瓦礫の上、それが歩みを進める。

 

まるで何かのくびきから解放されたように軽やかな歩み。

手に持つ戦槍はさらに焼け爛れ、赤い雷と黄色い炎が渦巻いていた。

 

そして、その頭部。

先程まであったはずの指痕爛れの兜は無く、そこにあるのは煌々と燃え盛る黄色い炎。

 

それは、あり得てはならない可能性。

褪せ人の知らない、本来出会う事のない絶望の具現。

成し遂げてしまった、悲劇の王。

 

 

 

——狂い火の王、ヴァイク

 

 

 

赤い雷と黄色い炎が渦巻く中、それは褪せ人の方をじっと見つめていた。

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