長々書きましたが大ボスなのでお許しください。
漆黒の闇、ただでさえ異様な空間だったそこは、今や黄色い炎に包み込まれている。
それを成した異形の人型。黄色い太陽を頭に冠したそれは、褪せ人をじっと見つめて動かない。
「い、一体あれは……」
タラニアが戸惑い、口を開く。
突如現れた異形。それが尋常な存在ではないのは一目で理解出来た。以前現れた異界の飛竜も脅威だったが、今回のそれは比較にならない。
タラニアが強い警戒と共に、相手の一挙手一投足を見逃さないよう観察する。
——だが、それはこの存在に対しては悪手。
黄色い火、それを見ていると瞳が熱くなるのを感じる。
徐々にそれが強まり、やがて痛みに変わる。だが、それでも目を離す事が出来ない。
「うぁ……?」
タラニアは気付かない。褪せ人を見つめていたそれが、今はタラニアを見つめ返している事に。
タラニアが頭を抱える。瞳の熱が、痛みが強烈なまでに強まっていく。
そして——褪せ人がタラニアの瞳を手で覆い、叫んだ。
「カゴメ!」
「……ッ! はいっ!」
褪せ人の呼び掛けにカゴメはその場の全員の視界からそれを遮るようにして壁を展開する。
黄色い炎、それが遮られた事によりタラニアは自身の異常に気付き、膝を突く。
「はぁ……! はぁ……!」
「落ち着け、気を強く持て、決して呑まれるな」
息を荒げるタラニアに、褪せ人が言葉を投げ掛ける。
後一瞬、カゴメの壁の展開が遅れていればタラニアは手遅れだっただろう。
他の面々も、見つめ返されたタラニア程ではないが顔色は優れない。
王子が口を開く。
「アレは何だ。一体、何が現れたんだ」
「私の世界の害悪だ。アレは放置出来ない。ここで殺す」
王子の問いに、端的に説明する。
褪せ人とてあれが何なのか、その全てを知るわけではない。
ただあれが碌でもないもので、放置すればこの世界にとっても救いようのない結末を齎すものである事は間違いなかった。
「アレは……アレは……駄目です」
へリューズが身の内から溢れる恐怖を抑えつけるように自らを掻き抱く。
隠し切れない恐怖をその目に映しながら、震える声で話す。
「あれは、何もかもを焼き溶かすのでしょう……個々の生も死も、全てをかき混ぜ、一つにする混沌……生命の否定……」
彼女が死を司る亜神であるからこそ、それが何であるのかを断片的にも理解した。理解してしまった。
何もかもを一つに。あれが望むのはただそれだけ。個々の苦しみも罪悪も、そして個々の喜びと生命を。
「あれは……生まれるべきではなかった。なんとしてもここで食い止めなければ……」
だからこそ、許すべきではない。震える身体を押さえつけ、立ち上がる。
その恐ろしさを理解し、世界を導く亜神として許容できない存在である事を認めた。
彼女の瞳に、常の慈悲深さとは遠い敵意が宿る。
「……王子、お前達は依代を連れて先へ行け」
「……ッ! 正気か? これは全員で倒さないと……!」
褪せ人の言葉に王子が反論する。
あれが危険なものなのは褪せ人とへリューズの様子から理解出来た。同時に、生半可な相手でない事も。
それ故に、全員で相手するべきだと、そう考えての事だったのだが。
「忘れるな、私達の目的は魔王の討伐。目の前のこれはイレギュラーだ」
「だが……!」
それでも食い下がろうとする王子に、ラピスが横から口を開く。
「……確かに、後から突入する帝国の飛空船はこの状況を知らないだろう。グングニルを乗せたあれに不測の事態があれば、どの道魔王は倒せなくなる。そこの男の言うように、戦力は分けるべきだな」
幸いにして、目覚めたばかりの狂い火の王は大きな動きを見せていない。
だが、それも時間の問題だろう。
ラピスの言葉もあり、王子は渋々にだが、頷いた。
「……分かった、戦力を分けよう。俺についてくる者はこのまま魔王城へ。残りは、褪せ人と共にアレを倒す」
「それで良い」
王子が依代と、仲間達を連れその場を離れる。目指す先にあるのは魔王の居城。
最後に振り向き、王子が叫ぶ。
「必ず勝て! 間違っても死ぬんじゃないぞ!」
「無論だ、必ず合流する」
褪せ人が王子の言葉に短く答える。
それだけで十分であった。王子達がその場を遠ざかっていくのを背で感じながら、褪せ人が残った者達へと声を掛ける。
「悪いが、付き合ってもらうぞ」
「当然です。あんなもの、放置しては魔王を倒したところで意味がありません」
「魔王だけでも絶望的なのにこんなのと戦う事になるなんて……」
アスバールとフーロンが褪せ人に並び、口を開く。
相手はイレギュラー、だが決して無視はできない。齎す結果は場合によっては、魔王の望む世界以上に悲惨な結末が待っているだろう。
褪せ人が口を開く。
「端的に言う、あれを極力直視するな。あれに呑まれれば、私とて正気ではいられない。限界が来る前に、カゴメの壁まで下がり正気を保て」
「無茶を言うね。でも、それしかないか」
タラニアが口を開く。
あの化け物相手に直視せずに戦えとは無茶を言う。しかし、その理由は彼女達とて理解はしていた。
複数人での波状攻撃。限界が来たものが後方に下がり、体力と正気の回復に努める。これが最良だろうと、褪せ人は考える。
「お前には負担を掛けることになるが……」
「ふふん、どんと来いです! もっと頼ってください!」
今回の戦い、カゴメが要であった。
ぬりかべという遮蔽物を利用して、あの狂気の炎から回避する。それが褪せ人の考える狂い火の王に対処する作戦であった。
褪せ人の言葉に、カゴメが胸を張る。この死地にあっても彼女は変わらない。
褪せ人がカゴメの手に小さなタリスマンを握らせる。それは、歪な角が複数連なった奇妙な角飾り。狂気から身を守る為のものであった。
「気休めだが、持っておけ」
「はい! ありがとうございます!」
これで準備は整った。褪せ人が盾を構える。
アスバール達もまた、それぞれの得物を構える。
「行くぞ、覚悟は良いか」
全員の力強い返事と共に、カゴメの壁、その一つが消失した。
その先に居るのは、狂い火の王。ただ立ち尽くし、じっと此方を見つめている。
「まずはこれで……!」
壁の後ろで魔力を溜め続けたアスバールの一撃。
タクトを振るい、魔力の雨が狂い火の王へと降り注ぐ。
狂い火の王がそれを回避する様子はない。無防備にそれを受け、全身を爆発に晒される。
「追撃行きます!」
爆発の雨に、フーロンの天雷が放たれる。
狂い火の王に避ける気配はない。爆発の雨に身体を揺らしながら、不気味なまでに無抵抗。
だが容赦はしない。三連続の天雷が、狂い火の王へと放たれる。
爆発の雨が止む。その先には、依然として直立する狂い火の王。
「効いていない!?」
「いや、通っているはずだ。だが……」
アスバールの言葉を、褪せ人は否定する。
ダメージはある。だが、倒すには遠く及んでいない。
アスバールが追撃を放つべくタクトを振るう。
——ここで、遂に狂い火の王が動き出した。
直立したまま、無造作に槍を横に薙ぐ。
槍に纏わせた狂い火が振るわれると共に大地へ広がり、地を這うように前へ進む。
視界全てが黄色い炎で覆われたかと錯覚する程に、その範囲は広い。
「くっ……!」
アスバールはそれを、飛ぶ事で回避する。足元を狂い火が通り過ぎ、大地を焦がす。
だが、狂い火の王の攻撃は終わらない。宙に浮かぶアスバールを見つめると、頭部より狂い火を放つ。
収束された狂い火が、光線の如く放たれる。
「ぐっ……!」
凄まじいまでの速度で放たれるそれを、アスバールは紙一重で躱す。当たってはいない。しかし、横を掠めただけで彼女の頬が焼かれ、同時に瞳に熱が宿る。
これ以上はマズイ。そう判断するも、目の前には再び此方へと狂い火を収束させる王の姿。
再度発射態勢に移る狂い火の王、しかし褪せ人が突進する。手に握るのは黒鉄の大槌。
アスバールへと意識を向けた狂い火の王に、渾身の力で大槌を叩き付けた。
黒鉄の大槌の一撃を受けた狂い火の王は狙いが逸れ、あらぬ方向へと放たれる。
地面へと落ちたそれは、爆発とともに辺りに黄色い炎を撒き散らした。
「すみません、一度下がります!」
そう言って壁の背後でイリスの治療を受けに下がるアスバールを横目に、褪せ人は狂い火の王へと猛攻を加える。
二度三度と叩きつけられるそれを嫌うように、狂い火の王が槍を振るう。
それを、褪せ人は盾で受け止めた。槍にも関わらず、強烈な打撃と纏う狂い火が褪せ人を焼く。
しかし、それに構う事なく褪せ人はカウンターの振り上げを放つ。
振り上げが胴を打ち据え、光の軌跡が狂い火の王をその聖性で焼く。
追撃を試みようとして——頭部の狂い火が輝きを増しているのを見て中断。バックステップで距離を取る。
その直後、狂い火の王がまるで抑えきれないとばかりに狂い火を撒き散らした。無作為に広がるそれは周囲の大地諸共に褪せ人達をも焼き尽くす。
「……!」
最も近くにいた褪せ人に回避は不可能。降り注ぐそれらを盾で受け止める。
盾越しにも狂い火は容赦無く褪せ人を焼く。全身に狂的な痛みが走り、瞳が熱くなるのを感じる。
「褪せ人様!」
間髪入れずにイリスから癒しの奇跡が放たれる。全身の火傷は塞がり、しかし瞳は未だ熱を持つ。
「下がってください! 私達が受け持ちます!」
へリューズがその言葉と共に魔術を放つ。
死氷の亜神、その渾身の魔力と共に放たれる氷の魔術が狂い火の王の足元を凍らせ、その動きを鈍らせる。
「行くよ——ランページソード!」
そして、素早く前に出たタラニアによる魔法剣の斬撃。
無数の、雷を帯びた斬撃は容赦なく狂い火の王を切り刻んだ。狂い火の王、その爛れた鎧の内から血が溢れ落ちる。
「効いているみたいね。これはどうかしら?」
アブグルントが槍を振るう。タラニア同様に、放たれるのは雷。
度重なる雷撃に、狂い火の王が仰け反り、痙攣する。
——そして、すぐさま体勢を整える。
手に握られるのは、赤い雷槍。
「あれは……!?」
へリューズが声を上げる。
あの赤い雷を褪せ人が行使するのを見た事があるからだ。狂気の炎の化身、それが使うにはあまりに似つかわしくない。
そんなへリューズの考えなど他所に、宙に浮いた彼女へ向けて狂い火の王が雷槍を投擲する。
それはかつての英雄の面影。そしてそれすらも狂い火は焼き溶かし、冒涜する。
凄まじい速さで飛来するそれをへリューズが回避するも——追撃に放たれた無数の雷撃がへリューズの身体を貫いた。
古竜の雷、赤き雷撃がへリューズの全身を駆け巡る。
「きゃあああ!!」
「へリューズ!?」
墜落するへリューズ。タラニアが彼女を助けるべく疾走する。
「————」
狂い火の王の両手に赤い雷が迸る。
それを両手に広げると、無数の雷撃が周囲に巻き起こった。
狙いも何もなく、無作為に飛来する落雷。当たれば決して無事では済まないそれに、全員が回避を余儀なくされる。
幸いにして、予兆があるために落ちる場所は判断できる。
問題は、墜落して意識を失ったへリューズ。
「間に合え……!」
タラニアが落雷の隙間を縫うように駆ける。その速度が落ちる事はない。
それはさながら、赤い雷の中を迸る黄色い雷のようであった。
へリューズの側まで辿り着き、そのまま彼女を横抱きに駆ける。
直後に、彼女達の居た場所へと赤き落雷が突き立った。
「こっちです! タラニア!」
カゴメの分体が壁を生成。タラニア達を覆い隠す。
イリスの奇跡がへリューズを包み、傷を癒すもまだ目を覚ます様子はない。
「すまない! 僕達はしばらく動けない!」
「構いません! 任せてください!」
タラニアの声に、回復したアスバールと褪せ人が前へ出る。
褪せ人が祈祷を発動する。神獣の竜巻、アスバールによって強化されたそれが狂い火を巻き上げながら王へと迫る。
「————」
ここに来て、漸く狂い火の王が防御の姿勢を取った。両腕を交差し、嵐へと備える。
アスバールの全霊の加護を受けた竜巻が狂い火の王を飲み込む。さながら黄色い炎の竜巻と化したそれは、狂い火の王を飲み込み、そして吹き飛ばす。
「やった!」
確かな手応えに思わず声を上げるアスバール。
巻き上げられた狂い火の王。しかし、このままでは終わらない。
空中で体勢を変え槍を構える。そして、急降下。
「……ッ!?」
狙いは油断無く構えるアブグルント。槍に雷と炎を激らせ、眩い光が迸る。
当たれば致命は避けられない。加えて、アブグルントはエスネア達程に再生に長けた存在ではない。死ねば、長期間の転生を余儀なくされるだろう。
アブグルントが咄嗟に横跳びに躱す。彼女のいた場所に、破滅の槍が突き立った。
そして、爆発。赤と黄色の閃光が周囲を包み込む。
「ガッ……!?」
直撃は避け、しかしその破壊の奔流は彼女を飲み込んだ。古竜の雷撃と狂い火が彼女の身体を蝕み破壊する。
狂い火の王がアブグルントへと追撃を加えんと槍を構え——しかし頭上より振るわれる巨大な腕に押し潰された。
褪せ人である。左手を竜と成し、その勢いのまま押し潰す。渾身の力で振るわれたそれが、地面にクレーターを作り出す。
「カゴメ!」
「はい!」
アブグルントを回収し、壁を生成する。
傷は深い。死んではいないが、イリスの奇跡でも時間がかかるだろう。
褪せ人は追撃の手を緩めない。
地面に伏した狂い火の王へと向けて、再び竜餐の祈祷を繰り出す。
姿を成すは死の竜。繰り出すは霊炎。
強き故に死に切れなかった彼らの炎は、冷たき死を帯びていた。
その霊炎が狂い火の王を燃やす。
白き炎に包まれながら、しかし狂い火の王はその身を凍結させていく。
その炎の中を、狂い火の王は立ち上がる。全身を凍らせながら、それでも前進する。そこに、追撃とばかりに繰り出される魔力の雨。
「まだ終わらないのですか!?」
相当な攻撃を加えているはず。それなのに、目の前の異形は幾度となく立ち上がる。
その鎧は砕け、全身から血が滲んでいるのにも関わらず。まるで倒れる気配が無い。
異界の住人というのはそんなのばかりかと、温厚なアスバールをして毒づきたくなる有様であった。
魔力の雨の中、前進を続ける狂い火の王。槍を持たぬ左手に、赤い雷で出来た薙刀。その薙刀を、狂い火が包み込む。
そして、ゆっくりと宙に浮き上がった。
「全員距離を取れ!」
褪せ人が叫ぶ。尋常な一撃ではないことは明らかであった。
その声に、全員が距離を取り、カゴメの壁を遮蔽物に身を潜める。
そして、狂い火の王が薙刀を振るった。
迸る赤い雷撃が戦場へと迸る。扇状に広がるそれが、大地を抉り、赤い雷と黄色い炎が全てを焼き尽くす。
かつて、騎士を愛した古竜の名を冠する祈祷は、狂い火によって辱められ、冒涜の技へと成り下がっていた。
「無茶苦茶です! こんな……!」
壁に隠れながら、フーロンが声を上げる。
黄色い炎だけでも厄介なのに、赤い雷が逃げ場を潰す。反則としか言いようが無かった。
「はぁ……! はぁ……!」
「カゴメ」
「大丈夫、まだまだ……!」
息を荒げるカゴメに、褪せ人が声を掛ける。
彼女の負担は想像を絶する。仲間達を猛攻から庇い、戦闘続行が難しい者を回収。狂い火から匿う。
絶えず晒される攻撃に耐え、狂気を抑え込む。
イリスの奇跡があるといえど、限界はあるだろう。
それでも、彼女は笑ってみせた。ここが頑張りどころなのだと、どこまでも彼女らしく。
明らかな見栄ではあったが、褪せ人はそれ以上何も言わなかった。
静かに発狂の苔薬を彼女の口へと運び、そして言葉を掛ける。
「頼むぞ」
「はい! 無限に、頑張りましょう!!」
まだまだ倒れるつもりはない。守り切って見せると彼女は誓い、再び駆け出した。
破壊の限りを尽くした狂い火の王が地面に降り立つ。
焼け焦げたそれを踏み締め、歩く。
そして、一つの壁の前まで辿り着くと、その壁へと槍を突き立てた。
無造作に振るわれたそれは、狂い火と古竜の雷を纏い、脅威的な威力を持つ。
壁を傷付けた事で応報の呪いが身体を蝕むも、まるで気にした様子はない。僅かに身体を揺らしただけだ。幾度となく槍を突き立てる。
そして、何度目かの一撃で壁は砕け散る。その先にいたのはフーロン。
目前の狂い火の王に、しかし怯まず睨みつける。
「はぁ!」
放たれる雷撃。それが狂い火の王へと直撃すると、その身を焦がす。
しかし、狂い火の王は動じない。そのまま彼女へ向けて槍を振るう。
「——かかりましたね」
フーロンが口の端を歪める。己は囮、本命は既に準備を終えている。
フーロンが背後へと飛び退がる。それを追撃しようとした狂い火の王の周囲に光が満ちる。それを認識し、回避を試みようと動くも、最早遅い。
放たれるは、必滅の光。
かつて不浄の魔神すらも消滅させた一撃が狂い火の王を包み込む。
絶対の聖性。それは狂い火の炎すらも塗り潰し、世界を白く染め上げる。
「やったか!?」
タラニアが叫ぶ。
褪せ人の渾身の一撃が直撃したのだ。これで決まると、そう思わずにはいられなかった。
だが——
「しぶといなんてものではありませんね……」
——狂い火の王、未だ健在。
その身は最早傷だらけで、鎧はひしゃげ、あちこちに血が滾れ落ちている。それでもなお、倒れない。煌々と輝く頭部の狂い火は、未だ暗闇を照らしている。
狂い火の王が褪せ人を見つめる。
収束する狂い火に、赤い雷が入り混じる。苛烈さを増す狂い火の王の攻撃、さしもの褪せ人も焦りが滲む。
輝きを増す頭部から、必滅の一撃が褪せ人へ向けて放たれようとして——
「——オラァッ!!」
突如横合いから繰り出された槍の一撃に体勢を崩した。狂い火があらぬ方向に射出され、暗闇の果てで爆ぜる。
そして、乱入者は続け様に狂い火の王を盾で殴りつけた。
「合わせろ! ペルセナス!」
「名前言っちゃ駄目でしょ!? ……ったく!」
吹き飛ばされた狂い火の王へと無数の武器が突き刺さる。
褪せ人の前に着地したのは二人の女。
赤い羽飾りの、戦士然とした出立ちの女と、いつか世界樹で見た神器使いの少女。
その姿に、アスバールが声を上げる。
「貴方達は……!?」
「あはっ、気にしないでね、助けに来ただけだからさ」
ペルセナスがアスバールへと口を開く。
軽い調子で告げられるも、その瞳はどこまでも真剣そのもの。
彼女の視線の先、無数の神器に貫かれた狂い火の王がまるで糸に吊られたように立ち上がる。未だ火は潰えていない。
その様子に、羽飾りの女が冷や汗と共に口を開く。
「……おいおい、結構本気でぶつけたんだけどな。ひい爺さんがキレ散らかすわけだぜ」
「あんなにキレてるところ初めて見たねー」
二人の英雄がその時のことを思い起こす。
天空の亜神は、それがこの世界に生まれ落ちたのを認識した瞬間に二人を呼びつけた。
馳せ参じた二人が見たのは、怒りに顔を歪めた亜神の姿。
——創造神の愛した世界を、外なる神が穢そうとしている。
それは彼の神にとっての逆鱗であった。
この火は絶やさなければならない。自らの練っていた計画を修正しなければならないことを自覚しながら、それでも彼は自らの血を分けた英雄二人を遣わした。
常に神たらんと、超然とした姿を崩さないその男が、明確に敵意を剥き出しにした。
それがどれほどに異常事態なのか、それを知るのは二人の英雄のみである。
二人の英雄が武器を構える。その先には絶えず燃え盛る狂い火の王。
再び立ち上がった狂い火の王が槍を構え——突如飛来した魔弾によって吹き飛ばされる。
「ペルセナス!」
「アタシじゃないって!」
「また乱入者!?」
フーロンが声を上げる。
ただでさえ二人の乱入者に混乱しているところに再びの乱入。
そして二人の英雄が予想外の表情を浮かべていることから、別の勢力。
村娘の情報処理能力を軽く超えていた。
「——まったく、どこをほっつき歩いているのかと思えば……何をしているの、へリューズ」
「へぁ……? その声、もしかしてヘカティエですか?」
乱入者の声に、へリューズが声を上げる。
乱入者の姿が露わになる。紫紺の髪に漆黒のドレス。手に持つは月を模った杖。
怜悧さを感じさせるその面立ちに呆れを浮かべ、ヘカティエが口を開く。
「ハイドース様の命で悪しき外神を討ちに来てみれば……一体何故こんなところに」
「なんというか……成り行き?」
「はぁ……」
どこか惚けた様子のへリューズの姿に、ヘカティエが嘆息する。
中々戻って来ないことからハイドースを問い詰めれば、知らない男の家に上がり込んでいるというではないか。
親友としては、放っておけない。そのうち会いに行こうかと思っていた矢先に思わぬ再会である。
いつも通りのへリューズの姿に安堵する反面、心配を掛けさせた事に腹立たしさも感じる。
そんな想いを胸にヘカティエがへリューズへと言葉を投げる。
「後で説教よ。まずは合わせなさい」
「えへ……」
頼れる親友の登場に、強張っていたへリューズの表情が和らぐ。それは信頼の表れ。この亜神の力が、どれ程に優れているのかをよく知っているが故に、へリューズが笑みを浮かべる。
狂い火の王がヘカティエに向けて狂い火を放つ。
飛散する黄色い炎と、それを追従する赤い雷がヘカティエに迫る。
喰らえばただでは済まない。
だが——
「——遅い」
ヘカティエの姿が消える。狂い火と雷が、狙うべき的を見失い虚しく地面を照らす。
消えたヘカティエを探し、狂い火の王が周囲を見回す。
「ここよ、愚か者」
響く声。狂い火の王が振り向く。
狂い火の王、その背後には魔力を溜めたヘカティエとへリューズの姿。
放たれる魔法。夜闇の中、流星を思わせる光が狂い火の王を貫き、そして足元を凍らせていく。
亜神二柱の攻撃。それは確実に狂い火の王へとダメージを与えていた。
ペルセナス達がその様子を見て、狂い火の王へと駆け出していく。
「ハッ、何だか知らねぇが、味方って事で良いんだよな!?」
「それは此方の台詞。一体何を企んで——」
「——はぁい、そこまで! 私達は味方同士じゃないかもだけどさ……」
羽飾りの女とヘカティエが揉めそうになるのをペルセナスが強引に止める。
閉口し、ペルセナスを見る二人に対して、狂い火の王を指差した。
「——あれは全員の敵でしょ?」
そして、天界の英雄、冥界の亜神を加えて激戦が繰り広げられる。
飛び交う狂い火を躱し、防ぐ。
単純な頭数が増えた事によって狂気に対する対処が楽になり、またペルセナスの盾の神器によってカゴメの負担も減る。
狂い火の王に対して、その苛烈な攻撃を掻い潜って一撃を振るっていく。
着実に積み重なるダメージ。狂い火の王の動きも徐々に鈍っていく。
だが、それでもなお倒れる気配がない。
「いやしぶとすぎるだろ! どうなってんだこれ!」
「ハイドース様が危険視するのも分かるわね……常軌を逸しているわ」
思わず悪態をつく羽飾りの女と、自身が派遣された理由に納得するヘカティエ。
一度生まれたものはそう簡単には死なない、まるでそう言いたげに狂い火の王は燃え盛る。
黄色い炎は、容赦なく天界の英雄と冥界の亜神をも蝕んでいく。苛烈さを増す狂い火の猛攻に耐え、その上で狂気を抑え込むのは彼女達をして至難の業であった。
「う……ぐぅ……」
「褪せ人! イリスが!」
「大丈夫です……私は……まだ……」
イリスが地面にしゃがみ込む。その息は荒く、苦しげなもの。
この戦場で、絶えず回復の奇跡を使い続け、彼女自身に限界が来ている。
彼女が倒れればこの戦線は崩壊する。これ以上、時間をかけられない。
褪せ人が駆け出す。後先はこれ以上考えてられない。多少のダメージを受けてでもあれを止める事を優先する。
『——まったく、一体何を手こずっているのです』
そんな決意の下駆け出す褪せ人へと、不意に頭の中に響く声。
思わず立ち止まる。この場に居る誰でもない。そして恐らく己にしか聞こえていないそれは、褪せ人には聞き覚えのあるもの。
この世界の真なる神、三女神の長姉、かつてこの世界に災厄を齎した者。
「……ケラウノスか」
『我が下僕であるガリウスはおろか、その前座で苦戦するとは何事ですか。許しませんよ、そんな事は』
殺した筈の神。その声が聞こえる事に疑問を持つも、今それは重要ではない。
女神の声が再び響く。
『言ったはずです。後悔も絶望も許しはしないと。……ほんの少し、ほんの少しだけ手を貸してあげます』
褪せ人の身の内に力が宿る。
ケラウノスの残された神の力。それが褪せ人へと譲渡される。
『竜の雷? 笑わせる。真なる雷、その威容を示す事を許します。我が力、その最後の一欠片まで持っていきなさい』
褪せ人が祈祷を発動する。
雷が槍の形を成し、握られる。それは、常のものより輝きを増し、荒々しく暴れ狂う。
この世に潰えた真なる神。その一柱の力が今その槍に乗っていた。
「おいおいあれは……」
羽飾りの女が瞠目する。
その雷は己の曽祖父、天空の亜神が振るう力と同質のものであると看破したが故に。
ペルセナスもまた、その雷に目を細める。
そして冥界の神、ヘカティエもまたその英雄の姿を見てへリューズへと声を掛ける。
「あれが……貴方の見出した英雄?」
「はい! ……あげませんよ?」
ヘカティエの言葉に、へリューズが嬉しそうに声を上げる。
釘を刺す事も忘れない。彼女が目をつければ死後の独占が叶わなくなる。それはちょっと勘弁して欲しいところだった。
各々の思惑を背に浴びながら、褪せ人がそれを投擲する。
——裁きの神槍
全てを滅ぼし、人類を駆逐しようとしたその雷が放たれる。
暗闇の中、黄色い炎を貫き圧倒的な白が塗り潰す。
その一撃は狂い火の王、その象徴たる頭部の炎を貫いた。
「————」
吹き飛ばされ、降り注ぐ神雷が狂い火の王の身体を消し飛ばす。
これまでとまるで比較にもならない圧倒的な破壊がその身を蹂躙し、そして遂に狂い火の王に決定的な破壊を齎した。
「やった!」
フーロンが思わず声を上げる。その身はキョンシーであるにも関わらず傷だらけ。自己修復が追いつかない程のそれが激戦を物語る。
その視線の先には全身を砕かれ、地面に倒れ伏した狂い火の王。その火は弱々しく、最早立ち上がる事も出来ない。
「……」
残り火と化したそれに、褪せ人は歩み寄る。最後の仕上げをしなければならない。
手に握るのは、小さな金色の針。
かつて、神人たるミケラが外なる神への干渉を防ぐために紡いだ針、その一つ。
その針に、ミケラのルーンを静かに重ねる。
不完全な故に、本来ならば場所を選ばなければ使えないその針は、しかし壊れたルーンによって一時的にその輝きを取り戻す。
そしてその針を、そっと狂い火の王へと突き刺した。
弱々しいその炎が抵抗するように明滅し、しかし少しずつ小さくなっていく。
その針は本来、愛する妹の為、腐敗に抗うべく紡いだものだろう。だが、それすらきっと、あの優しき神人は忘れてしまったのだ。
やがて火は潰え、残されたのは無惨なガラクタと化した鎧と骸。無造作に突き刺さった焼け爛れた槍だった。
静寂が戦場を包み込む。その静寂こそが、この戦いが終わったという事実を何よりも物語っていた。
かくして有り得ざる可能性、狂い火の王たるヴァイクはこの世界を焼き溶かす事なく終焉を迎えた。
静寂が包む中、ただ褪せ人が前へと進む足音だけが闇の中を響いていた。
なんか味方面して良い感じのポジションに収まろうとするケラ様(原作まま)