今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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この世界、全ての願い

 

王子達が魔王城を目指し、暗闇の中ひた走る。

背後では爆発音が響き、黄色い閃光が闇を裂いて周囲を照らす。それは彼らの背中を否応なく揺さぶった。

 

「立ち止まるな! あいつらは必ず来る!」

 

思わず足を止めそうになった仲間達を叱咤し、王子はなおも前を向いて走り続けた。

あの男に託された以上、役目は全うしなければならない。振り返る事なくただ眼前に聳え立つ魔王城を目指す。

 

「ガオオオオンッ! そこまでだ、挑戦者達よッ!」

 

目前まで迫った魔王城。しかし、その入り口を前にして轟く咆哮が響き渡る。

城門の上から土煙を巻き上げながら降り立ったのは獅子の獣人、ガオレオン。

彼は悠然と立ち上がり、威風堂々たる姿で高らかに叫ぶ。

 

「フハハハッ! とうとうこの時がきたッ! この世界のファイナルマッチであるッ!」

 

地を揺るがさんばかりの声に、厄介な相手が現れたと王子は眉を顰める。

魔王軍幹部、ガオレオン。その力は決して侮れるものではない。

 

ガオレオンの姿にかつての魔王軍配下、ハルモニアとエスネアが前へ出る。

 

「ガオちゃん……」

 

「おお! エスネアかッ! 元気そうで何よりだッ!」

 

かつての仲間に、裏切った後ろめたさがあるのだろう。控えめな声でガオレオンを呼ぶエスネア。

しかし、それに対してガオレオンはまるで気にしていない。寧ろ親しげに応じる。そこには一切の含みもありはしない。

 

そんなガオレオンの姿に、ハルモニアが意を決したように口を開く。

 

「……そこを通してください。貴方とて、世界が滅ぶのは望んでいないはず」

 

「ハルモニアかッ! ふむ、確かに、我ら獣人とて物質界の魔界化を歓迎出来るわけではない」

 

「では——」

 

「——だが、それは出来ない相談であるッ!」

 

ハルモニアの言葉に理解を示しつつ、しかしガオレオンは頑として道を譲らない。

 

「……ッ! どうして……!?」

 

「魔王は……いや、ガリウスはどうにも危なっかしくて見ていられんちびっこよ。誰か一人くらいは、味方で居てやらねばな」

 

ガオレオンの声は静かであった。

先程までの豪放な態度は影を顰め、その眼差しには確かな信念が宿っていた。

その言葉の真意は測りかねる。恐らく、ガオレオン自身もそれを明かすつもりはないのだろう。

 

そして、ガオレオンは王子達に向き直ると構えを取る。

 

「さぁッ! チャレンジャー達よッ! 魔王の下へ向かいたくば、このチャンピオンたる我を超えてみせよッ!」

 

闘志を漲らせ、道を阻むガオレオン。

相手はただ一人。しかし、決して無視して通り抜ける事は出来ない。

ソラスが天球儀を構え、王子へと口を開く。

 

「……やるしかないみたいですね。王子君、相手は侮れない相手ですが数は一人。一刻も早く魔王の下へ——」

 

「——あらぁ、一人だなんて誰が言ったのかしら?」

 

その声が戦場に響いたのは、ソラスの言葉が終わるよりも早かった。

どこからともなく現れるのはゴブリンの軍勢。多種多様な武器を手に、さながら軍隊の如く整列する。

その前に立つのは、褪せ人が打ち倒した筈の妖魔の女王。

 

「ゴブリンクイーン!?」

 

「あらやだ、今はもうゴブリンクイーンではないわぁ。『メカ』ゴブリンクイーンよぉ!」

 

「メカ!?」

 

そう言って妖魔の女王は己の姿を誇示するように両手を広げる。

その姿は、以前とは大きく異なっていた。顔の一部は鉄の仮面に覆われ、左腕も無機質な鉄へと置き換わっている。

何より目を引くのは、右手に装着された巨大な機関銃。

デューオの持つそれよりも遥かに巨大なそれが、妖魔の女王の、本来ある筈の右腕に代わって装着されていた。

 

「貴方のところの英雄の手で、私は瀕死の重傷を負った……でも、それはこの私をより美しく輝かせるための転機だったのよ!」

 

褪せ人によって崖の底へと叩き落とされたゴブリンクイーン。

しかし、瀕死の重傷を負った彼女は、ゴブリン博士によって全身を機械化する事で生き永らえたのだ。

 

「敗北の痛みすら美しさに昇華する私の才能……震えていいのよぉ?」

 

「これは、避けては通れねぇな……」

 

メカゴブリンクイーンがガトリングを構える。アトナテスが応じ、王子達も武器を構えた。

周囲のゴブリン達に加え、ガオレオン。魔王を目前にしてここが正念場だと覚悟を決める。

一触即発、今まさにぶつかり合わんとした矢先——

 

「——ずっと考えていたのだ。真に守るべきは一体なんなのかを」

 

ゴブリンクイーンとガオレオン、二人の足元に水の槍が突き刺さる。

思わぬ攻撃に飛び退がる二人。そして下手人を睨みつける。

その視線の先に居たのは深海の王、クラールフ。

 

「ヌゥッ!? どういうつもりだクラールフ!!」

 

「裏切るつもりかしらぁ? 答えによってはただでは済まないわよ?」

 

明らかな裏切り行為に怒気を露わにするガオレオン。メカゴブリンクイーンも同様に鋭い眼を向ける。

そんな二人へとクラールフは口を開く。

 

「言い訳はせぬ、我は裏切り者で、かつて己の守った世界を信じ切れなかった半端者である。——だが、迷いは晴れた」

 

クラールフの合図によりマーマン達が現れる。槍を構え、見据えるのはゴブリン達。

そんなマーマン達の様子に、王子がクラールフへと言葉を投げ掛ける。

 

「味方だと、そう思って良いんだな?」

 

「我はお前達に賭ける事にした。足止めは努めよう。先へ行け、渇いた地の英雄達よ」

 

そう言ってクラールフはメカゴブリンクイーンに向けて水の槍を投擲し、マーマン達がゴブリンとぶつかり合う。

 

「行きましょう、王子君!」

 

「ああ、行くぞ!」

 

ソラスの言葉に王子は頷き、この場をクラールフに任せる事を決める。

戦場を縫うようにして王子達は走り抜ける。

 

「ガオオオン!! そうはさせん——」

 

「——残念っ♪ 貴方の相手は私ですよぉ?」

 

そんな王子達を咎めるべくガオレオンが駆けようとして、迫り来る魔剣に足を止めざるを得なかった。

振り下ろされる魔剣をその強靭な腕で弾き、その相手を睨む。

その視線の先には、欲望の魔神。

 

「貴様、マンモンかッ!!」

 

「そうよぉ? 滅びを前にして諦められない人の強欲。私が手助けしないと嘘になっちゃう」

 

彼女が魔剣を構え、笑った。

己は欲望の魔神。滅びを前にして諦めずただ進み続ける人類を、その欲望を後押しする事に何の躊躇いがあるだろうか。

 

「ガオガオちゃん、リベンジマッチ……受けてくださる?」

 

「……良いだろうッ! その挑戦、受けて立つッ!」

 

ガオレオンの咆哮が響く中、王子達は包囲網を抜け出す事に成功する。

最早阻むものは無い。城門をくぐり、王子達は魔王城の中へと侵入するのであった。

 

 

 

 

 

魔王城内部は異様なほどの静寂に満ちていた。

先程の城門前と打って変わってまるで妨害に来る気配はない。まるで此方の到来を待ち侘びているようにすら感じさせた。

城を駆け上がり、その最奥にある扉を開く。

 

「これは……!?」

 

サナラが思わず声を上げる。

そこは異様な空間だった。城内とは思えない、無限に広がる闇。立ち込める瘴気が視界に広がり、息苦しさを感じさせる。

その最奥、闇に沈む玉座。そこに座すは、千年戦争より人類の敵であり続けた存在。

 

人類種の天敵、魔物達の王、魔に堕ちた神——

 

「魔王ガリウス……」

 

王子がその名を呼ぶ。

玉座に座したガリウスは、静かに目を開くと。その場に座したまま、不躾な侵入者達に口を開く。

 

「——来たか、英雄王の末裔、そしてかつての英傑達よ」

 

静かに告げられた言葉。声は低く、穏やかなもの。だが、抗い難い重圧が空気を満たした。

ただ口を開いただけでその存在感を露わにする魔王へと、ソラスは口を開く。

 

「決着です。永きに渡る千年戦争、その終止符を打つ時が来たのです」

 

「その通りだ。女神と人類共の足掻きは、今日ここで潰える」

 

魔王が立ち上がる。ただそれだけで、その存在感が膨れ上がったようにさえ感じる。

かつての褪せ人が齎した腐敗の毒は、少なくとも今は見受けられない。

叩き付けられる暴力的な魔力の高まりの中、再びガリウスが口を開く。

 

「狙いは、グングニルか? 無粋なものを持ち出すものだ」

 

魔王がその場で腕を掲げる。

そして、虚空に浮かせた掌を、無造作に握り潰した。

 

「……これでお前達の願いは届くことはない」

 

「てめぇ、一体何を言って……」

 

アトナテスが魔王へと問いを投げるも、その横でシビラが声を上げる。

 

「……ッ!? 王子、帝国の飛空船からの連絡が途絶えたわ!」

 

シビラが水晶に呼びかけるも、まるで声が返ってくることはない。魔王が動いてすぐの出来事に、最悪の予感が首をもたげる。

 

「そんな……まさかグングニルが!?」

 

ソラスが声を上げる。

作戦の第一段階、それが潰えた。聖槍の力が使えなければ、魔王の障壁を破壊する事は出来ない。

絶望が仲間達へと伝播する。しかし、そんな中でも王子は一歩前へ出た。

 

「まだだ、もとより可能性の低い作戦。今更鍵の一つを失ったからといって退くつもりはない」

 

神器を構え、魔王を見据える王子。その目に諦めの色は見えない。

 

「何より、白の皇帝が……あいつがやられる筈が無い。必ずグングニルを持ってここに来るはずだ」

 

「ハッ、そういうところ、本当にアイツに……お前のご先祖に良く似てるぜ」

 

その言葉は、折れかかった仲間達を奮起させる。

英傑達はその背を見て目を細める。あの時もそうだった。英雄王は、どれ程に絶望的な戦いでも決して諦めずに前を向いていた。

英雄王の器は、この男が受け継いでいる。それを今確信した。

 

「そうか……いや、お前が英雄王の血を継ぐのならばこれも道理か。ならばその心を折り、我を封じた女神と英雄王への復讐としよう」

 

魔王が虚空へと両手を広げる。闇の中、魔界の門を思わせる裂け目から無数の魔物達が溢れ落ちる。

ゴブリン、オーク、デーモン、マーマン——種族を問わぬ混沌の軍勢が王子達を見据え、一斉に咆哮を上げた。

 

「これ程の魔物を一度に生み出すなんて……」

 

「忘れたか? 予は魔物の王、魔に堕ちた神。この程度、造作もない」

 

生まれ落ちた魔物達の意思は、この世界に生きる通常の魔物達とは違う。

ただ破壊を、殺戮を望み殺到する。

 

「やるぞ、今はただ信じろ。俺達に出来る事をやるんだ」

 

王子の言葉に、その場の全員が覚悟を決める。退路はない。ここで負ければ、人類は滅びるのだ。

 

闇の中、混沌の軍勢達を前に、絶望的な戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

「ふん、数だけの揃えたところで私の敵ではない」

 

——デモニックフィールド

 

ラピスを中心に禍々しい魔力が奔流のように展開される。

生命を啜る魔力が魔物達を飲み込み、その力が味方へと流れ込む。

 

「今更よわよわなゴブリンなんて相手にならないよっと!」

 

「エスネア、油断してはいけませんよ」

 

軽口と共に鎌を振るい、エスネアがゴブリンを一掃する。

ハルモニアがその態度を咎めるも、それが強がりなのは分かっていた。

だからこそ、あえていつも通りに声を掛ける。

 

「ハッ、キリがねぇな! 深淵に居た時を思い出すぜ」

 

「また狂わないでくださいね? 今度は星を堕として正気に戻しますから」

 

アトナテスが斧槍を振るい、跨る紫竜が咆哮と共にブレスを放つ。

ソラスが星を堕とし、サナラはそんな仲間達へと地脈の力を導き、力を与える。

 

仲間達が魔物の軍勢を前に魔法が飛び交い、癒しの光が降り注ぎ、盾となり、その剣槍を振るう。

誰も諦めてはいない。次々と魔物達を打ち倒すも、その数が減る気配は無い。

 

「諦めよ、お前達がどれ程に抗おうとも、滅びは免れぬ」

 

「俺は、俺達は諦めない。たとえか細い希望だとしても、必ず掴み取って見せる」

 

魔王の宣告を、しかし王子は跳ね除ける。

ただ目前の魔物を斬り伏せ、魔王へと血路を切り開きながら、一歩ずつ前へと進む。

 

「大体お前は一回褪せ人に負けてるだろう。調子に乗るな」

 

「ククッ、そうだったな……だがあの男はここに来ることはない」

 

生まれ落ちた外なる神。それは魔王も把握していた。

あの男がここに来ることはない。最後の最後で、異界召喚士は良い仕事をしてくれた。

 

魔王が腕を掲げる。闇の深奥、空間を軋ませながら生まれ落ちたのは4体のソードデーモン。圧倒的な存在感が辺りを支配する。

雑多な魔物達とは比べ物にならない存在が、王子へと立ちはだかる。

 

「終わりだ」

 

王子へ向けて、一斉に剣が振り下ろされる。

それを前にしてなお、怯むことなく盾を構え——

 

「——まだ終わらせん。この男は、ここで止まる者ではない」

 

風が裂け、4体のデーモンを斬撃が一閃する。

狼狽えるデーモン達の前に降り立ったのは、銀髪の男。餓狼の如き眼光を輝せ、王子の隣に立つ。

 

「遅かったじゃないか……」

 

「これでもかなり急いだ方だ。まさか飛空船が圧壊するとはな」

 

そして、デーモンを見据えたまま、王子へと聖槍を差し出す。

それを王子が受け取るのを見て男——白の皇帝は口を開く。

 

「後はお前の仕事だ。聖槍を振るうのも、世界を救うのも……俺には荷が重過ぎる」

 

その言葉を受け、王子が槍を掲げる。

だが——

 

「そんな……!? 足りません、今の聖槍の残された力では、魔王の障壁を破る事は……!」

 

——聖槍に残された力が足りない。

 

ソラスが苦々しげに声を上げる。ここまで来て、なお立ち塞がる絶望感に歯噛みする。

最早打つ手は無い。諦めかけたその時——

 

「——間に合ったか!? 間に合ったよなこれぇ!!」

 

突如として響く声。

声の主へと意識を向けると、そこに居たのはいつか出会った冒険者達。

 

「お前達、一体何を……!?」

 

「世界の危機だって言うからよ、集めてきたぜぇ!! ありったけの力ってやつをな!!」

 

冒険者達が手に持つのは古今東西、あらゆる遺跡や迷宮から手に入れた宝の数々。

それらは決して王子の持つ神器や仲間の持つ聖剣などに遠く及ばないものの、確かな力を感じさせる。

それらは、彼らが己の人生を費やして手に入れた冒険の証明。それを今、世界を救う為に差し出していた。

 

「おかげでポーションはすっからかんだ! 後で請求するからな、王子様よぉ!!」

 

「あぁ! 使い切れないくらいに用意してやる!」

 

「聞いたか!? これで俺達は金欠からおさらばだぜぇ!!」

 

笑い合う冒険者達。この絶望的な状況でも飄々とした態度を崩さない彼らに、不思議な力強さを感じた。

 

そんな彼らの間を抜け、もう一人の来訪者が静かに現れる。

 

「——お久しぶりですね」

 

「ダークアンナ!」

 

それは、王子がかつて対峙した己の影、その影が最期まで愛した女。

己の愛する政務官と同じ姿をした影なる者、もう一人の『アンナ』だった。

 

「多くは語りません。ただ、あのお方より言伝を預かっております」

 

己の敬愛する主人より、預かった言葉——それを届ける為、そして力になるべく彼女は冒険者を伴って此処にやってきた。

 

「眩く輝く、蒼空と、緑に満ちた世界を、俺が憧れたこの世界を、失うことは許さない——以上です。意味は、お分かりですね?」

 

その言葉と共に、王子の持つ、一本の剣が淡く光を放ち始める。

ダーク王子、己の影たる男より託された剣が、聖槍に力を与えていた。

 

「これなら……王子君、行けますよ!」

 

「やっちまえ! 魔王の障壁なんざぶち壊しちまえ!」

 

ソラスとアトナテスが王子の背を押す。

聖槍は再び光を取り戻し、王子の手で静かに掲げられる。

 

「——この槍には、今やこの世界全ての願いが宿っている」

 

これまでに出会った者達、助けた人々、共に戦った仲間、ぶつかりあった敵すらも——

その全てが、この一撃に繋がっていた。

 

「——魔王ガリウス。お前を守る盾は、この世界の願いによって砕かれる」

 

そして、聖槍が放たれた。

全ての人々の願いが、数多の光を束ねられ、閃光となって迸る。

全てを拒絶する障壁がその光とぶつかり、僅かな拮抗、そして——砕かれた。

 

一条の光が、魔王の胴を穿つ。

 

「——ガァ……!?」

 

聖槍の光が魔王を貫き、風穴を開け、身の内から魔力が吹き出す。

魔王が苦痛に喘ぎ、その身を仰け反らせる。

 

「やった! お姉ちゃん、やったよ!」

 

「ええ、これなら……!」

 

エスネアが希望を見出して喜びの声を上げる。ハルモニアも、今回ばかりは高揚を抑えられなかった。

絶望が希望に変わる。闇の中、一筋の光が差し込んだのだ。

 

「やるではないか……英雄王の末裔よ。だが——」

 

魔王が口を開き、そしてその姿を変える。

肉体を捨て、業火のような魔力の塊へと変貌する。

 

シャディアの兄——その面影を焼き払うかのように。

 

「ならば、予の力にどこまでついて来れるか——抗ってみせよ!」

 

先程と比べてもなお膨れ上がった魔力の奔流。

障壁を破ろうとも、魔王自身の力が衰えたわけではない。

絶望的な力の差を感じる中、王子達の背後、金属質な足音が響き渡る。

 

「——来たか」

 

王子が笑う。最高のタイミング。狙っていたのなら満点をやりたい。女だったら惚れている——そんな冗談が思い浮かぶ程に、その男の到来は確かな希望だった。

 

「ほう……外なる神を殺したか」

 

魔王が笑う。

不可能と思いつつ、どこか予感があったのは事実。この男なら或いは——そう考えていたのは否定出来なかった。

 

「間に合ったか」

 

「あぁ、最高のタイミングだ」

 

激戦だったのだろう、傷こそ癒えているものの、その鎧はあちこちが焼け焦げ、ひしゃげていた。

だが、それでもなお揺るぎはない。

 

「依代ちゃん、合わせてくださいね! 私の地脈の力と、あなたが宿した女神の力——その全てを彼らに!」

 

「はい……!」

 

サナラが地脈を操り、依代が祈りを込める。

純粋な祈りは光を成し、依代へと降り注ぐ。

 

「ぐっ……あぁ……!」

 

「依代ちゃん!?」

 

依代が膝を突く。

二柱の女神をその身に降ろす。それは幾ら彼女が神の器として生まれた者であったとしても、その負荷は限界を超えていた。

苦しげに呻き、しかしそれでも立ち上がる。

 

「まだです……! 皆さんが命を賭けているのに、私が倒れる訳には……!」

 

『まったく、世話の焼ける』

 

あまりの負荷に血を流し始めた依代の少女。

そこに光と共に声が響く。現れたのは、かつて最も身近にあった神——雷霆の女神、ケラウノス。

 

「ケ、ケラウノス様!?」

 

『ここに来て倒れるなど許しませんよ……今回だけです、今回だけですからね』

 

ケラウノスが依代に手を添え、力を安定させる。

彼女自身の雷霆の力、それ自体は褪せ人へと明け渡した。今の彼女に出来るのは、器の少女に、ほんの少し力を安定させるよう手を貸す事だけ。

だが、それだけで十分だった。

 

「凄い……! 力が安定しました! これなら、王子達に力を……!」

 

三女神と、この世界の地脈の力が王子達へと注ぎ込まれる。

圧倒的な力の奔流。それが流れ込み、その手の神器が共鳴する。

王子と皇帝が神器を構える。

 

「行くぞ——全てを終わらせる」

 

「やって見せろ——英雄達よ」

 

魔王の言葉と共に、王子と皇帝が前へ駆け出す。

それを迎え撃つようにして、魔王は再び闇より魔物達を解き放った。

先程の比ではない、強力な闇の軍勢がひしめきあう。

 

それを見ながら、静かに褪せ人は祈祷を発動した。

 

眩い光と共に竜王の似姿、それがこの世に顕現する。それは、褪せ人が幾度となく使ってきた滅びの力。

だが——

 

「四本……!?」

 

王子が思わず目を見開く。褪せ人が変化する竜の頭は今まで一本だった筈。だが、今目の前に現れたのは——四つ首の竜。

強力な術なのは過去に幾度も目にしてきた。だが、今回はさらにその上をいく。

 

——竜王プラキドサクス

 

それは、黄金樹が聳え立つより以前に君臨したエルデの王であった。

時の狭間、永遠に崩れゆく嵐の中心に座すその王の全盛期は、褪せ人をして知ることはない。

 

だが、三女神の力と地脈の力を注ぎ込まれた今、仮初ではあるが竜王はその全盛の力を取り戻した。

 

魔物の軍勢を、竜王が睥睨する。ただそれだけの動作すら、圧倒的な力を感じさせた。

四本の頭、その口から金色の炎が溢れ出す。

永遠に滅びゆく竜王の、その断末魔が魔物達に向けて放たれる。

 

滅びの熱線。

四条の光が炸裂し、爆発と閃光が戦場を呑み込む。

そして、そのまま四本の首を動かし、薙ぎ払った。

 

魔物達は己の身に何が起きたのか、それすらも自覚する事なく消し飛んだ。

絶望すらも飲み込み、滅びの光が闇を照らす。

 

味方すら言葉を失った。あれ程居た魔物の軍勢は、ごく僅かな生き残りを除いて消滅する。

 

やがて光が収まり、竜王の姿は掻き消える。

 

地に降り立つ褪せ人、手に持つは王笏。

それはかつて、満月の女王が握った最上の輝石杖。

 

「今ここに——私の使命を果たそう」

 

圧倒的な破壊を齎し、しかしその目はただ魔王を見据える。

その一歩は、神にすら止められぬ意思の歩みであった。

 




前回は(こっちにとって)クソゲー。
次回は(相手にとって)クソゲー。
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